わたしの発言を待つ間、山内くんは自身の瞳へかかる前髪を手で払っていた。

「断れない」

 けれどそう言ったその瞬間、その手は墜落機の如く座面へ一直線。ぽんっと弾んだ彼の手の甲が、跳ね返って横たわる。

「なん、で……?」

 この答えは、全く予期していなかったのだろう。こんな目に遭ってもなお、剣崎先輩の誘いを受けるというわたしを彼は、狂っていると思ったかもしれない。

「な、なんで断らないの……?だって胡都、睡眠薬が入ってたかもしれない変なドリンク飲まされて、剣崎の家に連れ込まれたんだよ?それなのにどうして、まだあいつに関わるのっ」

 関わる関わらないは、わたしの選択すべきことではない。他者がわたしと関わろうとするならば、わたしはそれを承諾するし、拒否はしない。
 だからこうして、好きでもない山内くんとも恋人同士でいるのだから。

「なあ胡都っ。どうしてだよっ」

 繋がれた手に、力が込められる。ココは山内くんとわたしの間で、ビー玉みたいな目をころころ行き交わせていた。ドクドクと速まる心臓、呼吸が乱れていく。

「ノーって言えない、やだって言えない……わたし、そういう人なの……」

 あの日から、そうなった。

「拒むのが、怖いの……」

 ぽろんとまた、勝手に出て行く涙の雫。それに反応したココがわたしの頬を舐めるから、わたしは彼女の頭を撫でて、小さく息を吸って。

「人を殺しちゃってから、わたしはもう、誰のことも拒否できないっ」

 と、言い切った。

「え……?」

 愕然とする山内くん。窓の外から、雨の降り始める音がした。