うちもこの時間は誰もいないの、とわたしから言われたのに、玄関扉を開けて早々飛び出してきた白い動物には、山内くんの声が「ひゃ!」とひっくり返っていた。

「びっくりした〜っ。胡都んちチワワ飼ってるんだっ」
「そうそう、ココっていうの。可愛いでしょ。もうけっこうな歳のおばあちゃんなんだけどね」
「あはは、胡都と名前そっくりじゃん」

 疼痛を抱える頭なのに、笑顔なんか作ってくれて。なんだか今日だけで、山内くんの優しさ全てを見せてもらった気がする。

「テキトーでいいよ、こんなんすぐ治るし」

 ソファーへ座る山内くんの後ろで立ち、傷口を止血。刃物を使ったわけでもないのにこんな傷を負うのは、剣崎先輩がはめている凶器のような指輪のせいだろうか。

「うう、すっごく痛そう……」
「けっこうヤバめ?」
「うん、わたしだったら入院したくなっちゃうかも」

 んな大袈裟な、と笑う山内くんだったけれど、その笑いをすぐに止めて、代わりに「ごめん」と謝ってくる。

「あんな喧嘩見せて、こんな傷見せて。女の子の胡都にとったら恐怖でしかないよね。本当ごめん」

 止血が終わり、そこへ氷嚢(ひょうのう)をあてがったまま、わたしは固まってしまった。

 なんなのもう、この人は。
 どうしてそこまで人を思いやれるのだろう、何故いつも自分の気持ちは後回しで、わたしの心を重んじてくれるのだろう。

 今日のわたしは、涙もろい。本日三度目の泣き顔は隠そうと、声を殺していたのに、クウンと不安げに鳴いたココが足元に擦り寄ってきたことで、山内くんが背後の異変に気付いてしまった。