昇降口の階段下へ到着すれば、夏の余波(なごり)を感じさせる蝉が一匹、か弱げに鳴いていた。暑くもないのに汗ばむのは、ここまで走ってきたせいか、それとも動揺しているせいか。
 わたしの手首を解放した山内くんは、脱いだブレザーを自身の腕にかけると、わたしと真っ直ぐ向き合った。

「俺、胡都のこと好きなんだ」
「え」
「付き合ってほしい」

 風で靡くのは、山内くんの茶色い髪の毛。今まで見たこともない彼の真剣な瞳を直視できなくて、わたしは風と遊ぶそれに視線を移した。

 なにか言わなくちゃ。

 そう思うけれど、返答に困ったわたしはサイレンスな空気を流すだけ。山内くんと同じく風と(じゃ)れる髪を耳へかけ、俯いた。

「胡都?」
「は、はいっ」
「今の聞いてた?」
「も、もちろんっ」

 もちろん聞いていたし、返事ももう決まっている。だけどわたしには、その言葉を口にするのは難しい。
 再び黙ってしまったわたしの耳へ届くのは、一生懸命な山内くんの声だった。