「胡都っ」

 ここは人通りの多い朝の通学路。彼はそんな場所で人目憚らず、わたしを抱きしめた。

「えっ……」

 とんっと山内くんの胸板に額が付くのと同時に、後頭部へ手が回された。たちどころに、ぐるんぐるんと思考も心臓も一回転。彼の苦しそうな鼓動が、耳元で響く。

「ごめん胡都っ。言いたくないなら、やっぱ言わなくていいっ」

 アトラクションみたいに激しく回り続ける頭でも、山内くんの我慢と優しさは感じてとれた。

 知りたい聞きたい。でも、胡都が話したくならそれでもいいよって。

 わたしの気持ちを優先してくれた彼に、涙が溢れそうになる。

「山内くん……」

 どうして彼は、こんなわたしが好きなのだろう。こんな身勝手なわたしを、付き合って一ヶ月経過しても、「好き」の文字も口にしないわたしを。

 潤む瞳。理不尽なわたしの方が泣くのは卑怯だと懸命に堪えるが、一粒逃して頬へ伝った。