「じゃあ剣崎だけが、胡都の顔を覚えてたってこと?」
「う、うん」
「それにしたって五月の話でしょ?今十月だよ?なんで今更その件で胡都を呼び出すのよ」

 体育祭の件は、ただ剣崎先輩がわたしを知るきっかけに過ぎなくて。彼はそれから、わたしを時折校内で見かけては、目で追っていたと話していた。

「付き合おうって、言われたの……」

 カップの縁まで、なみなみと注がれたままのカフェラテに目を落とし、そこに言葉を吐く。

「『今日から俺の彼女な』って、『明日にでもデートしようよ』って……」

 剣崎先輩の穏やかすぎる口調が、余計に不気味だった。悠々たる態度に、後退ってしまいそうなくらい怯んだ。

「だから、だからわたし……」

 伊吹胡都です。よろしくお願いします。

 だからわたしは、彼の手をとってしまったんだ。

 中途半端なところで口を閉ざせば、片時流れる静寂。みっちゃんの前に置かれたアイスティーの氷が、カランと音を立てて溶けていく。ストローとガムシロップはその側で、女性スタッフが運んできた形状のまま寝転んでいた。

「だから、二股するの?」

 おもむろに口を(ひら)いたみっちゃんの言葉が、胸を(えぐ)った。

「胡都は断れない性格だから、ノーって言えない子だから、山内と剣崎の両方と付き合うの?」

 彼女がわたしに向ける、強い瞳。けれどその奥に、悲しみが見えた。