「先輩、胡都になにか用ですか?」
「あ?」
「パンを買うまでにもう少し時間がかかっちゃうんで、その用事、今度でもいいですか?」

 自身よりもずっと背の高い先輩に目を向けたまま、山内くんはぎゅっとわたしの手を握る。

 大丈夫だよ、胡都。安心して。

 何も言われてはいないのに、リンクしたその温もりから、そんな言葉が聞こえてきた。

 ドクドクと速まっていた鼓動がほんの少しだけ、落ち着きを取り戻した時だった。

「伊吹さんは、なんのパン食べたいの?」

 ふいに質問が飛んできて、その鼓動が止まりかける。

「あ、えっと、メロンパンを」

 特に決めてはいなかったが、思いついたパンの名前を口にした。すると彼はずかずか列に割り込んで、「おばちゃん、メロンパン」と小銭を放って、その品物をゲットした。

「なんだよ、あいつ」

 信じ難い一連の動作に、隣からは山内くんの舌打ちが聞こえてくる。噂通りの素行の悪さに喫驚していると、周囲の視線を集めながら戻ってきた先輩が、「じゃ、行こ」とわたしの手を引いた。すかさず山内くんが反応する。

「おい、てめえ!」

 右手は先輩、左手は山内くん。双方に引っ張られ顔を歪めたわたしから真っ先に手を離したのは、もちろんわたしを想ってくれている山内くんだった。