「山内くん」

 胡都のことを想っていれば、どこからか聞こえてきた幻聴。

「山内くん、ねえ山内くん」

 早く起きてよと言わんばかりに何度も呼ばれ、俺は渋々目を開ける。そこに彼女がいないとわかれば、落ち込むだけなのに。

「山内くんっ」

 けれどそれは、幻の声などではなかった。目、鼻、口。どれをとって見ても胡都そのままの、リアルの彼女がそこにはいた。

「こ、胡都……なんでここに……」

 もう終業式は始まっているし、胡都は自ら行事をサボるような子ではない。ならばやはり幻覚か、と目を擦るが、それでも彼女はそこに存在していて、俺はわけがわからなくて。

「どうしたの」

 と、低音で問うだけ。
 俺の左右、枕元へつけられた胡都の手。蛍光灯の光を遮った彼女の顔は暗く視界に映るけれど、表情はしっかり確認できた。そう、なんだか今にも泣いてしまいそうな表情が。

「みっちゃんから全部聞いたっ」

 ぽつんと俺のまつ毛にかかったのは、胡都の涙。

「『昨日はホテルで困ってたわたしを助けに来てくれたんだ』って、『前に山内と話した時、美智になにかあったら胡都が傷付くだろって言われた』って!」

 ぽつんぽつん。矢継ぎ早に落ちるそれはまつ毛だけではなく、俺の頬や鼻や口、顔の至るところを濡らしていく。

「なにも知らずに、山内くんを責めてごめんなさいっ……」

 ぎゅうと絞るように、強く閉じられた胡都の瞳。唇にかかった雫がしょっぱくて、なんだか俺も、泣きたくなって。

「胡都っ」

 気付けば彼女の頭に手を回し、抱き寄せていた。