再び閉じた瞼へ次に浮かび上がるのは、胡都へ初めて告白をした九月、始業式の日だ。
 昇降口の階段下へ到着すれば、夏の余波(なごり)を感じさせる蝉が一匹、か弱げに鳴いていた。暑くもないのに汗ばんだのは、緊張していたから。ブレザーを腕にかけ、胡都と真っ直ぐ向き合った。

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「俺、胡都のこと好きなんだ。付き合ってほしい」

 そう言うと、彼女は風と遊ぶ俺の髪の毛に視線を移していた。

「もし胡都がオーケーしてくれたらさ、俺、絶対に大切にするから。だから俺と、付き合ってほしい」

 答えぬ彼女に再度想いを伝えるが、それでも返事はなくて。もうだめかと覚悟を決めようとしたら。

「こんなわたしでよければ、お願いします」

 と、思わぬ回答をくれたから、俺は死ぬほど喜んだんだ。
 両手で口元を覆い隠し、笑う彼女に求める握手。

「これからよろしくね、胡都」
「よろしくね」

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 幸せだった、偽りのイエスでも。
 もしあの日からもう一度やり直せたならば、俺は今度こそ、君を離さない。