ホテルのエレベータ内、鏡に映った自分に喝を入れる。

「美智を無事に連れて帰ったら、胡都に会えんぞ」

 相手に美智を殺める気があるならば、刃物の一丁くらい持っているかもしれない。そんな考えは首を振るって削ぎ落とす。

 五〇三の扉の前。「よし」と一度深呼吸し、行動に移った。
 ドアストッパー代わりのアイライナーを蹴飛ばして、スマートフォンで連写をしながら部屋へ突入。

「や、山内っ……」

 視界に入るはすぐそこで膝を抱え怯える美智と、今まさにバスルームから出てきた小太りのおじさん。腰に白いタオルを巻きつけた彼に、俺は飛びかかった。

「な、なんだお前は!」

 彼を仰向けに、ふたり倒れ込んだのはベッドの上。連写を止めたスマートフォンをコートのポケットに捩じ込んだ俺の口から放たれるのは、大量の唾。

「おっさんこそなんだよ!あの子になにしようとしてたんだよ!」
「た、ただ景色を見にきただけだ!」
「だったらシャワー浴びる必要ないだろ!」
「汗をかいたから浴びただけだ!若い子は臭い中年が嫌いだろう!?」
「じゃあ荷物隠したのは!」
「それはそういう事件があるから!実際男が浴室にいる間に金品を奪って逃げる若いのもいる!ただの予防策だ!」

 どこにでもいそうな、普通の中年男性。何の接点もない彼をこれほどまでに疑ってしまうのは、世に流れる悲惨なニュースのせいだ。