「そんなことよりさ、悪いんだけどその自転車、貸してくれない?」
「え、なんでですか」
「美智のこと助けに行くから」

 盗み聞きをしていた階段で、茹で蛸のように真っ赤な顔を見せてきた時から、俺は彼の気持ちに気付いている。だから美智の名前を出せばすぐに、その自転車が手に入ると思った。

「え!みっちゃんさんになにかあったんですか!だから今日お休みなんですか!」
「なにかある前に助けるんだよ。いーから早くっ」

 無遠慮にハンドルを握った俺に、「はい」と渡される鍵。黒縁メガネの奥の小さな瞳が不安定に揺れていた。

「あの、もしかして如何わしいおじさんと……」
「そうかもな、でも大丈夫だよ。連れて帰るから」
「お、お願いします」
「だから自分で渡せば?それ」

 武藤くんの手元の淡い色した包み紙。今日はクリスマスイブだから、彼が渡したいものとは、おそらくそういう意味合いのものだろう。

「放課後忙しいなら、明日の朝イチ渡せばいいじゃん。陰から応援してるよ、武藤くんの恋」

 ししっと悪戯に微笑むと、あわわと大袈裟に狼狽えた武藤くんの顔から、メガネがカチャンと地に落ちた。それを拾う余裕もないほどパニックに陥ってる彼は、ペダルを漕ぎ出す俺の背へ向かって叫んでいた。

「だ、誰にも言わないでくださいね!」
「ういー」
「約束ですよ!!」

 白い吐息、澄んだ空。美智を助けたいと思う理由がひとつ増えた。