「美智、まじでやめとけって。今すぐ帰って来いってばっ」
「え〜、なんなの山内。しつこい」
「どこいんの」
「教えなーい」
「べつにいいじゃんか教えてくれても」
「教えないってば」
「まじで、頼むから教えて。お願い美智」
「も〜。この前のショッピングモールだけど!」
「じゃあ今から俺、そっち行くわ」
「え」

 なんで、と言いかけた美智の声を「うんうん」と適当な相槌と通話終了のボタンで遮って、俺は教室へと通ずる扉に手をかけた。

 胡都との約束、どうしよう。何て言おう。だけど口では説得できぬ美智の安全を確保するためには、もう俺が直接行って帰らせるしか手段がない。
 本当は、胡都といたい。ふたりでケーキを頬張りながら、君に好きだと伝えたいのに。

「胡都……」

 手をかけたまま、中々開けられない扉。急がなければいけないのに。

 三度目の正直などもういらないと思った俺が、どうしてまた胡都へ想いを告げたくなったかと言うと、それは彼女のひたむきさに触れたから。剣崎を振り払うことにあれだけ手間取った胡都が、秋宮の墓の前では勇者そのものに見えた。
 前日まで「怖い」と泣いていた君。夜中の寒空の(もと)へひとりで出て行くほど、明日を拒んだ君。だから俺は、ものすごく感動したんだ。膝から崩れ落ちたのにもかかわらず、言葉を紡ぎ、そして墓へそっと手を差し出して。俺にはその時、嬉しそうに胡都の手を握る秋宮の姿が見えた。

 諦めが悪いと言ったらそれまでだけれど、俺はやはり胡都を遠くから見守るだけではなく、自分の力で笑顔にしたい。真珠を転がすような笑い声を、真珠のように綺麗なその笑顔を、俺が作って守りたい。

 俺は胡都の側にいたい。

 微かな弁解も思いつかないままに、開けた扉。するとすぐそこにある黒板傍にいた胡都の存在に、俺の心臓は跳ね上がった。