「胡都が拐われた!」

 ホームルームと一限目の間。一年一組の教室へ入るやいなや、胸ぐらを掴む勢いで俺の元へやって来た美智が、信じられないことを口にする。

「剣崎が連れ去った!今から遊ぼうって、家行こうって!」
「は……?」

 剣崎はインフルエンザで、その病気には国が定めた出席停止期間があって。

「だ、だってあいつまだ、学校来れないはずじゃ」
「そんなん知らないよ!教室まで来て胡都の手引いて行っちゃったもん!あいつやっぱまじで危ないやつだよ!」

 購買の列を無視にメロンパンを購入した剣崎の姿を見たあの日から、彼の辞書には『常識』という二文字がないのだと知っていた。それなのに、どうして俺は信じてしまったのだろう。あいつがフライングしない確証など、どこにもなかったのに。

「け、剣崎の家ってどこっ」

 早く追わなければと焦燥感に駆られながらそう聞くが、美智は首をふるふる振った。

「わかんないっ」
「はあ!?」
「だって胡都、着の身着のまま連れてかれたんだもんっ!鞄もスマホも置きっぱで!」

 その言葉で、俺は胡都の席へ向かう。激しい剣幕で教室を横断し、窓際へ辿り着いた俺はクラス皆の視線を集めた気もするが、そんなことはどうでもいい。俺は今、ものすごく焦っている。

「胡都のスマホ、解除の番号は!?」

 鞄の外ポケットに入れられていた胡都のスマートフォンを抜き取って、剣崎の連絡先をゲットしようとしたけれど、俺の質問には美智すら答えず、勘でタップした四桁の数字は五回弾かれロックがかかる。

「ああ、もうっ!」

 ならばもう、探すしかない。

「山内っ!」

 廊下へ飛び出た俺の背中で、美智の悲鳴じみた声がした。