彼女の肩を揺するが無視されて、俺は膝から崩れ落ちる。

「おい姉貴、シカトすんなよっ。来週の予定はどうすんだよっ」

 この前婚約指輪くれたから、来週ここに挨拶しに来る。

 八年もの間、共に愛を育んだ相手に会わせてくれると姉貴が言ったのは今朝のこと。

「なあ姉貴、聞いてんだから答えろってっ」

 それが何故、こんな事態になってしまったのか。

 ゆさゆさと何度揺さぶったって、(だんま)りを貫くだけの姉貴。手応えのない彼女にもう命は宿っていないと、絶命しているとわかっていても、心のどこかで奇跡を願ってしまう。

「姉貴!」

 だって、今日の朝は生きてたんだよ。

「稜」

 姉貴の顔に数滴、俺の唾が飛び散ったところで、肩に置かれた分厚い手。見上げた先にある父親の憔悴しきった顔は、人生初めて見るものだった。

「もう休ませてやれ。最期は大きな音がして、あかりも驚いたことだろう。静かに寝かせてあげなさい」

 奇跡なんて起こらない。その現実を、突きつけられた。姉貴の命の蝋燭(ろうそく)へ火を灯そうと、いくらマッチを擦ろうとも、その蝋が微塵だって残っていないのならば、無意味なのだ。

「姉貴……」

 病室と同じく白いシーツに、涙を落とす。彼女はいない、もうこの世のどこを探しても。