胡都のトラウマを克服する方法も、彼女を剣崎の元へ行かせぬ手立ても思い浮かばぬままに、迎えた金曜日。来週になれば剣崎は来る、必ず登校してくる。国が定めた法の効力がきれてしまえば、出席停止を延長してくれと俺が校長にいくら懇願しても無理なのだ。

「姉貴なんで私服なの?今日もリモートワークとかいうやつ?」

 寝起きから溜め息を吐き、何もできない自分に項垂れながら居間へ進むと、湯気立つコーヒーを傍に食卓でメイクをする姉貴の姿があった。

「今日は休み。有給とったの」
「なんで」
「彼氏とドライブデート」
「ふうん」

 唇からはみ出た口紅を小指で拭い、鏡へ向かって微笑む姉貴。寝癖だらけの頭のまま、俺は彼女の前で腰を下ろす。

「何年付き合ってんだっけ、その彼氏」
「うーんと、中学の時からだからもう、八年くらい?」
「そんなに長いならいい加減連れて来いよ。俺が見定めしてあげる」
「なんで稜がすんのよ。それはお父さんたちの仕事でしょっ」

 そう言った姉貴に、バチンと一発叩かれる。

「いてえってっ」

 頭を両手で押さえて大袈裟に痛がって見せると、彼女は愉快そうにケタケタ笑っていた。

「わたしの彼と会ってみたい?」
「ん〜、まあ」
「じゃあプロポーズされたら、会わせてあげるっ」
「ええっ。そんなのいつになるか──」

 いつになるかわからないじゃないか。そう言おうとしたけれど、それは「チチチ」と揺らめく姉貴の人差し指に遮られた。

「だから、来週」
「来週?」
「この前婚約指輪くれたから、来週ここに挨拶しに来る」

 その時俺は、初めて気付いたんだ。姉貴の左手薬指でキラリと輝く、リングの存在に。