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 放課後。
 特に部活に入ることもなく、友達もいない僕は、いつもの通り帰り支度を済ませて教室を出た。玄関へ続く渡り廊下に差し掛かった時、こつんと足首に何かが当たった。

「どこ行くのよ」

 壁に背を預け、両手を組み、教室で女子と話していた時とは別人のような仏頂面で、古閑さんが言った。僕の足首を蹴ったのは彼女らしい。

「帰ろうかと思って」
「そ」

 それだけ言って、古閑さんは壁から身を起こし、さっさと渡り廊下を歩いて行った。
 五歩ほど歩いて、振り返る。

「早く」

 ついて来いということだろうか。昨日から思っていたのだけれど、彼女の言葉にはいささか程度、主語が足りないと思う。別にいいんだけど。
 中々動き出さない僕にしびれを切らしたのか、古閑さんは「もう」とため息をついて片手を腰に当てた。

「ちょっと付き合ってって言ってんの」

 間違いなく言われてはいない。だが、意図は理解できた。
 僕は「ああ」と声を出して、彼女に続く。
 何に付き合って欲しいのか、どこに連れて行かれるのかも分からなかったが、聞いても明確な答えが返ってくる気はしなかった。大人しく従っていた方が、話はスムーズに進みそうだ。
 渡り廊下を進み、階段を下りる。

「……あんまジロジロ見ないでよ」
「見てないよ」
「嘘つき。朝のこと、忘れてないから」
「朝のこと?」
「言ってたじゃん。む、胸がどうとか、こうとか……」
「ああ、それは――」

 完全に誤解だった。しかし、僕がどう弁解したところで無意味だろう。
 彼女が不快に思ったなら、謝罪するのが無難な一手だ。

「ごめん」

 だから僕は素直に謝ったのだけれど、

「……自分が悪くないことで謝るな。バカ」

 古閑さんは半目で僕を睨みつけると、ふんと鼻を鳴らして歩いて行った。
 しばし茫然と立ちすくし、天井を仰ぎ見る。

「相手の行動を理解しようとすれば、深みにはまる。分からないくらいでちょうど良い。エリック・ホフモンド。『永劫の空』より抜粋……」

 誰に言うでもなくぽつりと落とした言葉は、リノリウムの階段の上で小さく跳ねた。