『二人で一緒に、薬を飲もう』

 あの日。
 藻引岬近くの浜辺で僕がそう言った時、古閑さんは最初、強く反対した。
 それでは何の解決にもならない、僕に一緒に死んで欲しいわけじゃない、と。
 構わず僕は続けた。

『薬をシャッフルすればいいんだよ』

 僕たちの薬は、自分だけを殺す薬だ。
 古閑さんのディープブルーを飲んでも僕は死なないし、僕のディープブルーを飲んでも、古閑さんは死なない。
 だからもし、どちらが自分の薬か分からないようにシャッフルしてそれを飲めば、二分の一の確率で僕たちは生き残ることができる。

『死ぬ時は一緒。生きる時も一緒ってこと。どうかな?』
『そんなの――』

 意味ないじゃない。
 そう続けようとしたのだろう。
 しかし古閑さんは、はたと口をつぐんで、しばらく押し黙って。
 やがて「分かった」とつぶやいた。

『その提案、乗った』
『よかった』
『でも、もうちょっと考えた方がいいかもね。シャッフルのやり方とか、一緒に飲むタイミングとか……』

 彼女の提案はもっともだった。
 そしてそこに関しては、既に考えがあった。

『それなんだけど、さ……』

 僕はそこで、口をつぐんだ。
 思いついた時はこれしかないと思った案だったが……いざ口にしようとすると、少しこっぱずかしい。
 そんな僕を見て、古閑さんはむっとした様子で眉間にしわを寄せた。

『……何よ。言いたいことがあるなら、早く言いなさいよ』
『怒らない?』
『そういう前置きする方が、怒る』
『分かった。じゃあ言うけど――』

 意を決して。
 べっと、僕は舌を出した。

『口の中で交換すればいいんだよ』
『口の、中で……』
『そう。口の中で』

 しばし間が空いて。
 僕の言葉の意味を理解した古閑さんは、自分の体を抱きしめて、夜の海の中で一歩下がった。

『……ド変態』
『引かれるのは予想外だったな……』
『どんな脳みそしてたら、そんな方法思いつくのよ……』
『でも、実際いいやり方だと思うんだよ』

 ここまで来たら、全部話すしかない。
 僕は割り切って、開き直って、話し続けた。

『口の中に入れてしまえば、どっちの薬かなんて絶対分からないだろ? ディープブルーのカプセルは唾液じゃ絶対に溶けないから安全だし、口を離した時に飲み込むことにすれば、タイミングも分かりやすい。あと、もしもどっちかが逃げ出しそうになっても、頭を押さえつけたら大丈夫』
『あんた、それっぽいこと言ってるけど、ただ私とき……き……キス、したいだけなんじゃないの?』
『それもある』
『み、認めないでよ!』

 僕は肩をすくめた。本当のことなのだから、仕方がない。

『で、どうする?』

 と僕は問いかけた。
 結局、受けるも蹴るも、彼女次第だ。
 互いの合意がなければ、この方法は成立しないのだから。
 しばらく、うんうんと唸っていた古閑さんは、やがて意を決したように大きく息を吐いて。
 言った。

『分かった。それでいい。そうしよう』

 こうして僕たちは、誕生日の一週間後。
 自分たちの運命を、二分の一の確率にかけることになった。

 死ぬ時は一緒。
 生きる時も一緒。
 そんな言葉で誤魔化してはみたけれど。
 だけど、僕たちは気付いていた。

 この方法には――相手だけを必ず生かす、抜け道がある。