【六月の報告】
 別段変わったことはありません。ディープブルーは引き続き、誰の目にも留まらないよう保管……というか、持ち歩いています。自分のものではないので、前よりも失くさないよう心がけているかもしれません。
 それと、古閑さんと顔を合わせる頻度が増えました。互いの事情を詮索しないように、って約束してるので、別に深いかかわりがあるわけじゃないんですけど。
 ただなんていうか……ちょっと癖のある人だなって思います。

 あぁ、そうだ。そういえば宿題の答えを書かないといけませんね。
 世界とはなにか。随分抽象的で、意図も分からない質問ですが……僕にとっての世界は「両手に届く範囲にあるもの」です。
 これで答えになってますか?

【須々木香織からの返信】
 なるほど、興味深いね。
 正直なところ、ディープブルーを交換するというケースは私も見るのが初めてでね。君たちの経過報告を毎月楽しみにしているんだよ。
 ああ、こんな言い方をすると、実験動物みたいな扱いを受けている気がして腹が立つかな? もし気分を害したのであれば、謝罪しよう。当然のことだが、私は君たちをモルモットのように見ているわけでは、もちろんないよ。
いうなればそう、田舎で暮らしている未亡人が、隣の家の子供たちを眺めているような――そんな感覚なんだ。干渉をする気はないし、介入するつもりもない。
 私は空気が読める女だからね。
 ただそっと、君たちを見守っている。それだけさ。

 追伸
 宿題の答え、楽しく読ませてもらったよ。
 両手に届く範囲にあるもの、それが世界。中々芯を食った答えじゃないか。
 面白い表現だし、そしておそらく一部は正しい。
 なぁ春海君、君は散歩は好きかい?
 私が思うにね、世界というのは散歩道に落ちているんだよ。
 あてもなく、目的もなく、ただ歩く。するとねえ、いつも通っていた道でさえ、違う顔を見せるんだ。こんなところにオトギリソウが咲いていたのか、とか、こんなところに抜け道があったのか、とか、ここは日当たりがいいから、野良猫がたむろしているんなんだなあ、とか、道の上に捨てられたゴミが、いつも綺麗に回収されているなあとか、今こけた子供は泣かなくて偉いなあとか、あの日ここで交通事故があったなんて、未だに信じられないなあ……とか。
 そういうところに、世界っていうのはあるんだよ。寄り道して、遠回りして、そうして世界を広げるといい。きっと何かが見つかるはずだ。
 ふふ、つい長く書いてしまった。追伸の方が長くなるなんて、これじゃどっちが本文か分かったものじゃないね。