式神作りを拒否った分の霊力が見鬼に全振りされた。

「はーい!こんにちはー!この度、黒鉄様の『主』になります賀茂でーす!」
「――!」
卯上の当主。即ち瑛子を除く十二家の当主達は、岩山でも乗せられたような圧力に、為す術も無く這いつくばって声にならない悲鳴を上げていた。
賀茂と名乗った彼女。『一般人の学校に通う、式神を持たぬ陰陽師』と聞いていた彼女が広間に踏み込んできた途端、全くもって身動きが取れなくなった。可憐な白無垢姿の彼女は、正に仁王立ちと言っていい勢いで、腰に両手を当てて堂々と佇み当主達を見下ろして声を張り上げる。
「聞いての通り式神を持っていませーん!でもこの場の全員の動きを封じるくらいの力は持ってますー!まあそれが『主』の資質じゃありませんけどー!あー因みに、式神を出したら同じようにぺしゃんこにしますのでー!」
そもそも重いやら痛いやらで、式神を出す余裕が無い。仮に出す事ができたとしてもまるで使い物にならないと理解し、当主達は戦慄した。
「まあ要するにー!陰陽師達の間では式神がステータスなのはわかりますけどー!式神の在不在で悪口言ったら承知しないぞって事ですー!全部しっかり聞こえてましたからねー?そもそもこの晴れの日の席で人の悪口言うのもどうかと思いますしー!」
全てが把握されていたと知り、当主達を更なる戦慄が襲った。
種明かしをすると、彼女は十二家の当主が集ってきた時から、目の力を発動していたのだ。当主達がどんな人となりをしているのか気になったのは、勿論ある。何より、何らかの危害を加えられる事こそ流石に無いとは思えども、同じ場にいる李子や元輝が案じられたからだ。そこで当主達による「式神も持っていないなんて、さぞかし弱い霊力しか持っていないに違いない」「そんな弱い陰陽師が選ばれるなんて、何か汚い手を使って主になったんじゃないのか」という物言いをしている事も把握した。
何てマナーの悪い参列者なのだろうと、彼女は不快になった。否。マナー云々以前に、人間性を疑う行為だなあと思った。
当主達の発言は、彼女本人はおろか彼女の身内、何より黒之命を侮辱している発言なのだ。ここまで言われて不快感を覚えないなんて、余程の聖人君子あるいは単なるうすら馬鹿と言えよう。
他人が自分をどう思うかなんて、勿論自由だ。何より『支持率100パーセント』なんてあり得ない。第一、十二家本家が一つである辰宮の縁者の式神を公衆の面前で叩きのめした時点から、自分を良く思わない人が多いだろうと彼女は見越してもいた。
だが、それはこういった席で言っていい事ではない。
元より、黒之命に伝えてはいた。
「私は陰陽師達のステータスである式神を作ってませんからね。確実に弱いと見做される私を主にした場合、支持率下がりますよ。人類社会の物言いじゃありませんけど」
考えた黒之命は「なら、君が本部での勝負以外でも、実力を示す機会が必要だね」と言った。
「仰る通りです。なので、祝言当日の席でやる事に同意を頂ければと。いや何も、辰宮さんのすばる君のように手ひどく傷付けようという訳ではありません。相手は対人類ですし」
彼女は「そうですね」と考える仕種を見せた。
「当日の当主達の出方にもよりますが、ちょっと物理で圧力をかけて力を封じて、私は決して弱くはないぞと理解してもらおうと思います。いやまあ陰陽師としての力の質や強さが『主』の選定基準ではありませんけど、そこをどうも履き違えている面々が多いようなので」
黒之命は「君がそこまで考えているなら、異論は無いよ」と頷いた。瑛子と李子、元輝にも「列席者から何を聞こうが絶対に反応しないで」と、予め言い含めてもいた。そして迎えた当日。現在に至る。
マナーやルール以前に人間性が疑われる言動をした当主達に、彼女は『容赦ゼロコース』を選択した。瑛子と李子、元輝を除外した全員に対して関節技のイメージを組み、広間に踏み込むと同時に構築したイメージへ一気に霊力を流し込んだのだ。そもそも、夜闇に潜む不特定多数の妖魔の位置を正確に把握して、全てを瘴気ごと滅する行為を彼女はやってのけた。その彼女にとって、広間という限定された空間の中に実体を持って存在する相手を把握し干渉するなど、正に児戯に等しい。
なお『容赦ゼロ』と記載はしたが、流石に祝言という席で流血沙汰は如何なものかと思ったので、勿論だが加減はしている。
「きちんと私の身内に謝ってくれますかー?身内の前で悪口言うとかもひどいのでー!」
圧力の影響で声を上げられないながらも、当主達は頷く形でどうにか顔を動かした。
「あと弱い強いが『主』の資質じゃありませんけどー!そもそも婚姻って『両性の合意によってのみ成立する』ものですしー!つまり合意さえしてればOKですー!あ!日本国憲法の条文は1回は読んだ事があるはずですよねー?」
彼女の口調は単に確認する口調である。何も皮肉を言っている訳ではない。
遠い昔の社会科の教科書を、当主達は思い出していた。まるで走馬灯だった。
「あー、要するに何が言いたいかと言いますとですねー!私の力の質とか原因をにこの間柄に文句を付けるようだったら、それは陰陽師達の使命である『人類社会の安寧』が乱れたままでいいと思ってると見做されるという事ですー!わかりましたかー?わかったら返事して下さーい!」
「わかった!!わかりましたからあああ!!」
少しだけ、本当に少しだけ。髪の毛1本分くらいではあるが圧力が緩んだその時。実は真っ先にこのような声を上げたのは、辰宮の当主だった。途端に圧力が消え去り、自由になった当主達はぎくしゃくと身を起こす。彼女に「うちの身内はこちらです」と手で示され、それぞれ素直に「すみませんでした」と頭を下げた。
「そういう事だ」
当主達が体勢を立て直すまでを待ち、黒之命は声を張った。
「僕と主に対する叛意は、即ち僕を鍛造した神々への叛意となる。それをよく心得ておくがいい」
当主達は「ははーっ」と言いながら平伏した。彼女は「選定ノ儀の時もそうだったけど、時代劇でしか見ない光景だなあ」と、相変わらずマイペースに思っていた。
かくして、祝言は恙なく終わった。瑛子以外の十二家当主達にとっては、全く恙なくなかったが。