「いい!?人型よ!絶対に人型を作るのよ!」
「………」
彼女は5歳の童女には似つかわしくない、それはそれはげんなりとした顔で、祖母の望月蹊子を見やり溜め息をついた。母である賀茂李子が「ちょっと、お祖母ちゃん。プレッシャーかけないでよ」と娘を気遣わし気に横目で見やりながら小声で囁く。尤も、李子の声も彼女にはしっかりと聞こえていたが。
床に描かれた五芒星の中央で、彼女はぷいと横を向く。
「私、やらない」
「え?」
蹊子と李子、そして正面の卯上家当主。大伯母たる卯上瑛子の声に、彼女は保護者達を見据えてきっぱりと言った。
「式神作り、やらない」
「な、何言ってるの!」
悲鳴のような声を上げたのは蹊子だった。孫娘に駆け寄ろうとするが、霊力を持たない一般人の身なれど、五芒星の陣を踏むのは流石に躊躇われたらしい。陣の外側で精一杯に身を乗り出す。
「式神は大事なものなのよ!兄さん達も姉さん達も桃子も皆作っていたのに、恥ずかしくないの!?」
「何でそこで皆が出てくるの?恥ずかしいって何?」
「口ごたえしないで作りなさい!」
「蹊子!」
彼女に向かって蹊子は片手を振り上げた。彼女は身を竦めて頭を庇う。刃物を持ったら人に向けてはいけないように、霊力を人に向けて使って痛い思いをさせてはいけない。そう教えられていたが故に、霊力を祖母に向けて身を守る事ができなかったのだ。
瑛子の鋭い声に、控えていた瑛子の式神。正頼が瞬時に移動し蹊子の腕を掴んで制止する。蹊子は我に返った顔で、正頼と姉を気まずそうに見た。正頼が瑛子の元へ戻ったと同時に声を張り上げる。
「とにかく作りなさい!作るのはあんたの為なんだから!」
「私の為だって思ってないじゃん。何か凄く嫌な感じがする」
当時はもう少し舌足らずであったが、彼女はこのような事を言った。
彼女は物心ついた頃から、耳に胼胝ができるくらいに蹊子に言われていた。絶対に人型の式神を作れと。そして変な暗示を娘にかけないでくれと李子が蹊子を窘め、しまいには祖母と母が喧嘩をする様を見ていた。彼女の双子の弟の元輝が両者の剣幕に怯えて泣き出し、喧嘩が止む所までが常だった。
まず彼女は、幼さ故に言語化こそできなかったものの、何となくだが思った。顕現した式神の姿で霊力を決められるのは嫌だと。式神がどんな姿であれ、祖母は自分や式神を『使う』だけではないかと。そして、そんな祖母の言う事など聞く必要はないのではないかと。
思えばこの頃から、彼女の『目』はあらゆる事象を見抜く方向に特化し始めていたのだが。
「いいわ」
静かな声に、蹊子と李子は瑛子を振り返った。
「式神は術者の器を測るもの。でも、あえて作らないという事も、陰陽師としての在り方と言えるわね」
瑛子は自分の姪孫を優しい目で見つめた。
「普通の在り方とは少しずれるから、苦労する事もあるかもしれないわ。だけど、それを正しく導くのが私達の役目。貴方は自分が思う道を行きなさい」
「はい」
大伯母が言う事は難しい所もあったが、自分の味方をしてくれているのだと彼女は理解した。また、姉に「この子を咎め立てしないように」と釘を刺された事から、蹊子は不承不承ながらもおとなしくなった。
こうして『式神を持たない陰陽師』として我が道を行き始めた彼女だが、ほとんど同じくして変化が視力に現れ始めた。妖魔の気配や陰陽師の術の構成、該当するものの物理的な位置などを看破できる目だ。それが冒頭で書いた梅組の一件によって、陰陽師達の組織である陰陽師連合、通称『陰陽連』にて妖魔の討伐に当たる実戦部隊が知る所となった。学生である、何より式神がいない事から陰陽連のいち事務員としてアルバイトをしていた彼女は、妖魔対策のキーパーソンに昇格したのである。
「………」
彼女は5歳の童女には似つかわしくない、それはそれはげんなりとした顔で、祖母の望月蹊子を見やり溜め息をついた。母である賀茂李子が「ちょっと、お祖母ちゃん。プレッシャーかけないでよ」と娘を気遣わし気に横目で見やりながら小声で囁く。尤も、李子の声も彼女にはしっかりと聞こえていたが。
床に描かれた五芒星の中央で、彼女はぷいと横を向く。
「私、やらない」
「え?」
蹊子と李子、そして正面の卯上家当主。大伯母たる卯上瑛子の声に、彼女は保護者達を見据えてきっぱりと言った。
「式神作り、やらない」
「な、何言ってるの!」
悲鳴のような声を上げたのは蹊子だった。孫娘に駆け寄ろうとするが、霊力を持たない一般人の身なれど、五芒星の陣を踏むのは流石に躊躇われたらしい。陣の外側で精一杯に身を乗り出す。
「式神は大事なものなのよ!兄さん達も姉さん達も桃子も皆作っていたのに、恥ずかしくないの!?」
「何でそこで皆が出てくるの?恥ずかしいって何?」
「口ごたえしないで作りなさい!」
「蹊子!」
彼女に向かって蹊子は片手を振り上げた。彼女は身を竦めて頭を庇う。刃物を持ったら人に向けてはいけないように、霊力を人に向けて使って痛い思いをさせてはいけない。そう教えられていたが故に、霊力を祖母に向けて身を守る事ができなかったのだ。
瑛子の鋭い声に、控えていた瑛子の式神。正頼が瞬時に移動し蹊子の腕を掴んで制止する。蹊子は我に返った顔で、正頼と姉を気まずそうに見た。正頼が瑛子の元へ戻ったと同時に声を張り上げる。
「とにかく作りなさい!作るのはあんたの為なんだから!」
「私の為だって思ってないじゃん。何か凄く嫌な感じがする」
当時はもう少し舌足らずであったが、彼女はこのような事を言った。
彼女は物心ついた頃から、耳に胼胝ができるくらいに蹊子に言われていた。絶対に人型の式神を作れと。そして変な暗示を娘にかけないでくれと李子が蹊子を窘め、しまいには祖母と母が喧嘩をする様を見ていた。彼女の双子の弟の元輝が両者の剣幕に怯えて泣き出し、喧嘩が止む所までが常だった。
まず彼女は、幼さ故に言語化こそできなかったものの、何となくだが思った。顕現した式神の姿で霊力を決められるのは嫌だと。式神がどんな姿であれ、祖母は自分や式神を『使う』だけではないかと。そして、そんな祖母の言う事など聞く必要はないのではないかと。
思えばこの頃から、彼女の『目』はあらゆる事象を見抜く方向に特化し始めていたのだが。
「いいわ」
静かな声に、蹊子と李子は瑛子を振り返った。
「式神は術者の器を測るもの。でも、あえて作らないという事も、陰陽師としての在り方と言えるわね」
瑛子は自分の姪孫を優しい目で見つめた。
「普通の在り方とは少しずれるから、苦労する事もあるかもしれないわ。だけど、それを正しく導くのが私達の役目。貴方は自分が思う道を行きなさい」
「はい」
大伯母が言う事は難しい所もあったが、自分の味方をしてくれているのだと彼女は理解した。また、姉に「この子を咎め立てしないように」と釘を刺された事から、蹊子は不承不承ながらもおとなしくなった。
こうして『式神を持たない陰陽師』として我が道を行き始めた彼女だが、ほとんど同じくして変化が視力に現れ始めた。妖魔の気配や陰陽師の術の構成、該当するものの物理的な位置などを看破できる目だ。それが冒頭で書いた梅組の一件によって、陰陽師達の組織である陰陽師連合、通称『陰陽連』にて妖魔の討伐に当たる実戦部隊が知る所となった。学生である、何より式神がいない事から陰陽連のいち事務員としてアルバイトをしていた彼女は、妖魔対策のキーパーソンに昇格したのである。