式神作りを拒否った分の霊力が見鬼に全振りされた。

「お待ちしておりました~!主様~!」
「よろしくお願いします」
迎えた祝言当日。待ち受けていた精霊達に「主様だ~!」「初めまして~!」「主様ようこそ~!」と熱烈な大歓迎を受けた彼女は、戸惑いつつもごく普通の返事をした。火や水に大地の精霊。色々な精霊がいるなあと思う中、彼女はあれよあれよと言う間に鏡台の前に座らされる。
自分に仕える精霊達が大はしゃぎする様子をにこにこと見守っていた黒之命であったが「じゃあ僕も準備をするから、後でね」と、彼女に片手を軽く振って退室した。
余談になるが、白無垢の寸法合わせだ何だという準備は、黒之命の気配りによって、常に人間の女性が卯上邸に派遣されて行われていた。つまりこの精霊達と顔を合わせる機会が無かった。精霊達に「主様、お肌ツルツルです~!」「紅も必要ないくらい!」と、化粧だ着付けだと嵐のような身支度が終わった後、姿見に映る自分を見て彼女は目を瞠った。
「おお!凄く綺麗です!自分じゃないみたい!皆さんのお陰です!ありがとうございます!」
お洒落だ何だと自分に手をかける余裕がまるで無かったので、このような事は初めてになる。しかし洗練された姿の自分を見たら、やはり気分が華やいだ。
精霊達が「主様キレイ~!」「褒めてもらっちゃった~!」と盛り上がる中、黒之命が訪いを告げた。彼女が「どうぞ」と言って襖を開ける為に踏み出そうとしたが、精霊達がいち早く飛んでいき、息の合った仕種で襖を開ける。黒の羽織に袴という姿の黒之命は、彼女を見た途端に「わあ」と子供のように目を輝かせた。
「凄く綺麗だよ!本当に綺麗だ!いっその事、誰も見られないように箱に入れてしまっておきたいくらいだよ!」
「精霊さん達が素敵に仕立ててくれたお陰です。黒之命様も、とても凛々しいですよ」
彼女は三次元の相手の『美』の判定に自信は無いが、黒之命を純粋に「凛々しい」と思った。なので率直に褒め言葉を返すと、黒之命は「そうかい?」と嬉しそうに軽く両腕を広げて自分の格好を見下ろす。長い黒髪は今やばっさりと切られているので、その動きに合わせて髪が揺れる事は、もう無い。
久しぶりにも思える今日、黒之命と顔を合わせた際に、彼女も驚いた。
「あらま。髪を切ってしまわれたんですか?」
「うん!だってやっと君に会えたからね!もう髪を伸ばす必要が無いという事さ!」
「はい?ええと。今まで長髪でいたのは、もしかして要するに『私』に会える願掛けの為ですか…?」
「そうだとも!」
黒之命は、躊躇なく大きく頷いた。
自分も神様であるというのに、1人の相手を想い続けて願掛けとして髪を切らないなんて、何と言えばいいのか、中々にロマンチストな所もある神様だなあと、彼女は黒之命の新しい一面を垣間見た気がした。
「…それとも、前の僕の方が良かったかい?長い髪が好みとか?」
「いいえ。そういう意味で言ったのではありません。これからは、お好きな髪型をなさればよろしいかと」
これまた困惑した子犬のような顔で訊かれてしまったので、彼女は思った事を返したが。
さて、やはり一転して髪が短い故か、何処かさっぱりとした印象になった黒之命は、彼女に笑顔で手を差し出した。
「じゃあ、早速だけど行こうか。僕の花嫁さん。君の母君も弟君も待っている」
「そうですね。先手必勝とは正にこの事」
この場に李子と元輝がいたら「え?何?何の話?」と言っている所である。