珠美から件の『鍋ちゃん』について話が出た。名字が『賀茂』だから『カモネギ』、転じて『鍋』というあだ名だと、娘から聞いた。
娘と彼女の出会いは、そう。珠美が白峰学園に入学したばかりの頃だ。梅クラスの実習で、梅の生徒ではおよそ対処できない妖魔が出没し、危うく事故になりかけたと知らせがあった。
誠と愛は文字通り血の気が引いた。自分の血の気が引く音など、人生の中で聞かない方がいい。
愛娘が怪我をしていないか、さぞかし怖い思いをしたのではないかと、誠と愛は当然ながら心配した。その時の気持ちは、昨日の事のように思い出す事ができる。
尤も、心配に反して珠美はかすり傷一つ負っていなかった。珠美と同い年の陰陽師が現れ、式神もサポートも無しに全ての妖魔を退治してのけたのだと、興奮気味に話していた。その数ヶ月後、「あの時の陰陽師の子とお友達になった」と上機嫌で帰ってきた。それが『鍋ちゃん』だ。
「どんな式神を持っている子なんだい?辰宮の『竜』や鳥丸の『鳳凰』じゃないけれど、幻獣クラスかな?」
現在の白峰では人型の式神がいないと聞く。そもそも人型は非常に珍しい。しかし『鍋ちゃん』は相当な実力者と見ていいだろう。なので人型以外かと当たりを付けて問うと、珠美は「ううん」と首を横に振った。
「式神を作っていないんだって」
「…は?」
この時も、誠と愛の目は点になった。
「珠ちゃんもびっくりした。でも、いい子だよ?珠ちゃんの名前もルリも褒めてくれたし、お父様達と同じ事を言ってたし」
「同じ事?」
珠美はそらんじるように答えた。
「『式神で測られた力がどんなでも、大事に使っていけばいい』って」
確かに『人間が持つ霊力は微々たるものでしかない。だからこそ、大切に使っていかないといけない』が、杜家の主義であり主張だ。
例えば、珠美の霊力の器は最下級とされる『虫』。だが、その器を大切にすれば良いと、誠と愛は同じ意見を持っていた。自ら『ルリ』と名付ける事になる蝶の姿の式神を作った愛娘の「見て見て~!ちょうちょさんキレイ!」と無邪気に喜ぶ笑顔を曇らせたくなかった事も大きいが。
さて件の『鍋ちゃん』は、聞いてみれば十二家本家が一つ『卯上』の当主を大伯母に持つ身らしい。だが式神が虫型であろうと態度を変えないとの事。自分では式神を作らない上に、一般人の学校に通っていると変わった所はあるが、信用に足る人物なのだろうと誠と愛は判断した。
その『鍋ちゃん』が、選定ノ儀で黒鉄様の本体を台座から抜いたばかりか、それにいちゃもんを付けてきた辰宮の娘の『竜』を、これまた式神も無しにあっさりと斃したらしい。選定ノ儀より興奮気味に帰ってきた珠美から、身振り手振りを交えての『鍋ちゃんズ武勇伝』の顛末を聞いた誠と愛は、口をあんぐりと開けていた。そしてつい先程、珠美は当人から『主と刀』になる儀式の事を聞かされたのだそうだ。
「…賀茂さんは、何て言っているんだ?」
「何てって?」
「だってほら、特別な立場になる訳じゃない?」
両親が言わんとする事を、珠美は察したようだった。
「それね、珠ちゃんも気になった。だから訊いたの。『主になっても鍋ちゃんって呼んでいい?』って」
珠美は、にっこりと笑った。
「鍋ちゃん、『態度を変えられたら困る』だって。今まで通り友達でいようって言ってくれたよ?」
「そう」
誠と愛は、安堵の笑顔を交わし合った。やはり『鍋ちゃん』は、信頼できる人となりをしているらしい。
「いいお友達を持ったわね。珠美。これからも大事にしなさい」
「うん!」
だが、誠は難しい顔になった。
「いやしかし、祝言には十二家本家の当主達が来るんだろう?当然だが、辰宮の当主もいるはずだ。娘の式神を斃された事で、賀茂さんに悪い感情を持っていないといいんだが…」
父の言葉に珠美は「あ」と口元に手を当てた。
「お父様の言う通りかも!鍋ちゃん、大丈夫かな…?」
しかし杜家の誰にも何かができない事であるのは確かなので、親子3人で揃って首をひねるしかない状況であった。
娘と彼女の出会いは、そう。珠美が白峰学園に入学したばかりの頃だ。梅クラスの実習で、梅の生徒ではおよそ対処できない妖魔が出没し、危うく事故になりかけたと知らせがあった。
誠と愛は文字通り血の気が引いた。自分の血の気が引く音など、人生の中で聞かない方がいい。
愛娘が怪我をしていないか、さぞかし怖い思いをしたのではないかと、誠と愛は当然ながら心配した。その時の気持ちは、昨日の事のように思い出す事ができる。
尤も、心配に反して珠美はかすり傷一つ負っていなかった。珠美と同い年の陰陽師が現れ、式神もサポートも無しに全ての妖魔を退治してのけたのだと、興奮気味に話していた。その数ヶ月後、「あの時の陰陽師の子とお友達になった」と上機嫌で帰ってきた。それが『鍋ちゃん』だ。
「どんな式神を持っている子なんだい?辰宮の『竜』や鳥丸の『鳳凰』じゃないけれど、幻獣クラスかな?」
現在の白峰では人型の式神がいないと聞く。そもそも人型は非常に珍しい。しかし『鍋ちゃん』は相当な実力者と見ていいだろう。なので人型以外かと当たりを付けて問うと、珠美は「ううん」と首を横に振った。
「式神を作っていないんだって」
「…は?」
この時も、誠と愛の目は点になった。
「珠ちゃんもびっくりした。でも、いい子だよ?珠ちゃんの名前もルリも褒めてくれたし、お父様達と同じ事を言ってたし」
「同じ事?」
珠美はそらんじるように答えた。
「『式神で測られた力がどんなでも、大事に使っていけばいい』って」
確かに『人間が持つ霊力は微々たるものでしかない。だからこそ、大切に使っていかないといけない』が、杜家の主義であり主張だ。
例えば、珠美の霊力の器は最下級とされる『虫』。だが、その器を大切にすれば良いと、誠と愛は同じ意見を持っていた。自ら『ルリ』と名付ける事になる蝶の姿の式神を作った愛娘の「見て見て~!ちょうちょさんキレイ!」と無邪気に喜ぶ笑顔を曇らせたくなかった事も大きいが。
さて件の『鍋ちゃん』は、聞いてみれば十二家本家が一つ『卯上』の当主を大伯母に持つ身らしい。だが式神が虫型であろうと態度を変えないとの事。自分では式神を作らない上に、一般人の学校に通っていると変わった所はあるが、信用に足る人物なのだろうと誠と愛は判断した。
その『鍋ちゃん』が、選定ノ儀で黒鉄様の本体を台座から抜いたばかりか、それにいちゃもんを付けてきた辰宮の娘の『竜』を、これまた式神も無しにあっさりと斃したらしい。選定ノ儀より興奮気味に帰ってきた珠美から、身振り手振りを交えての『鍋ちゃんズ武勇伝』の顛末を聞いた誠と愛は、口をあんぐりと開けていた。そしてつい先程、珠美は当人から『主と刀』になる儀式の事を聞かされたのだそうだ。
「…賀茂さんは、何て言っているんだ?」
「何てって?」
「だってほら、特別な立場になる訳じゃない?」
両親が言わんとする事を、珠美は察したようだった。
「それね、珠ちゃんも気になった。だから訊いたの。『主になっても鍋ちゃんって呼んでいい?』って」
珠美は、にっこりと笑った。
「鍋ちゃん、『態度を変えられたら困る』だって。今まで通り友達でいようって言ってくれたよ?」
「そう」
誠と愛は、安堵の笑顔を交わし合った。やはり『鍋ちゃん』は、信頼できる人となりをしているらしい。
「いいお友達を持ったわね。珠美。これからも大事にしなさい」
「うん!」
だが、誠は難しい顔になった。
「いやしかし、祝言には十二家本家の当主達が来るんだろう?当然だが、辰宮の当主もいるはずだ。娘の式神を斃された事で、賀茂さんに悪い感情を持っていないといいんだが…」
父の言葉に珠美は「あ」と口元に手を当てた。
「お父様の言う通りかも!鍋ちゃん、大丈夫かな…?」
しかし杜家の誰にも何かができない事であるのは確かなので、親子3人で揃って首をひねるしかない状況であった。



