「珠ちゃん、知ってるよ。黒鉄様と結婚するんだって、鍋ちゃんから聞いたもん」
「…へ?」
珠美の父。杜家当主たる杜誠。珠美の母にして誠の妻たる愛は、揃って目を点にしていた。
「…鍋ちゃんって、あの賀茂さんかい?」
「うん」
「…時々話してくれる、式神を持たないお友達の?」
「うん」
状況を説明するには、時を少々遡る必要がある。
「え゛え゛え゛え゛〜!!」
珠美は、我ながら濁音だらけの声を上げてしまったと思った。ルリが驚いたように飛び回っている。
「鍋ちゃん、人妻になっちゃうの〜!?」
『うんまあ、十二家にも通達がされた以上、遅かれ早かれ杜さんの御当主。杜さんのお家の人の耳にも入るからね。だからこうして話せたんだけど』
電話の向こうで、友人は言ったのだ。曰く『黒鉄様と正式に主と刀になる事になった。その為の正式な儀式は結婚だ』と。
「鍋ちゃんが…人妻になる…」
『神様の伴侶を正式に何て呼ぶかわからない以上、まあそんな感じになるね。だからと言って私の何が変わる訳でもないけど。変わると言うなら、それこそ人類有史以前から続いてきた妖魔が瘴気がって騒ぎが無くなるくらいかな』
「…鍋ちゃん。私、正直ホッとしちゃった」
『ホッとしたって?』
珠美は躊躇したが、話す事にした。
「戦わなくていいかもって事。命をかけて戦うなんて、私には無理って思ってたから。陰陽師としていけないと思うんだけど…」
後ろめたさと自分に対する情けなさから、言葉が自然と尻すぼみになった。しかし友人は不思議そうに『何言ってるのさ』と言う。
『命をかけるのが怖いなんて当たり前でしょ。それこそ現代の基準だと中学生の歳から戦場に出ていた戦国武将達みたいに、覚悟を決めないといけないのが当たり前とか、戦って手柄を上げる事こそが名誉とかな世の中って訳でもあるまいし。本来なら、命をかけて戦うなんてしなくていいんだよ。我々は。現代日本の高校生だよ?』
「…うん。鍋ちゃんなら、そう言ってくれると思ってた!」
自分が知る友人らしい答えが返ってきて、珠美は心が晴れたような気分になった。憂いが晴れると共にふと浮かんできた疑問を口にする。
「…鍋ちゃん。鍋ちゃんって今、何処から話してるの?」
『場所の話をしているんだよね?自宅だよ。黒之命様が、祝言当日までは家族水入らずで過ごすといいって言って下さったんだ』
「そうなんだ。同棲っぽい事をしてる訳じゃないんだね」
正に珠美が訊きたい事はそれだった。神様だと、気に入った子はすぐに自分の手元に連れて行ってしまうものだという先入観もあったので、何だか意外だった。同時に安堵もしたが。友人が自分の手がおよそ届かない遠くへ行ってしまったらどうしようと思っていたのだ。
余談になるが、黒之命は実際に彼女に言った。
「伴侶の権限を利用して、君をいきなり連れ去るなんて事はしないよ?」
と、悪戯っぽく笑いながら。なので彼女は実家にいるという次第だ。李子と元輝も「結婚するまでは一緒にいられるんですね」と喜んだのは言うまでもない。
「じゃあじゃあ、デートとか恋人っぽい事もしないで、そのまま結婚って事?」
『そうなるね。まあ祖母より上の世代になってくると、婚礼の日まで相手と顔を合わせないなんてよくある話だったと聞いてはいるけど。そもそも400年以上前の時代は、婚礼の前の両性が顔を合わせるのは、はしたない事だとされてもいたみたいだし』
「へえ。やっぱり鍋ちゃん、歴史に詳しいね」
友人は『そうでもないよ』と苦笑した。
『黒鉄様側は、流石に『いけない事だから婚礼の日まで顔を合わせない』なんて昔風のやり方を踏襲してる訳じゃないけど。あくまで家族の時間を大事にねって方針さ』
「へえ…。やっぱり、優しいんだね」
珠美は「でも」と眉を下げた。
「その優しい黒鉄様とデートとかできないのは、ちょっと寂しいね」
『今は何だかんだバタついてるからね。そういうのは、正式に祝言を挙げてから、ゆっくり考えればいいと思うよ』
「祝言…。祝言かあ…」
つまり結婚式だ。自分事ではないとわかっていれども、聞くとやはり気分が華やいだ。珠美は「ねえねえ!」と、これまた必要も無いのに身を乗り出していた。
「鍋ちゃんは祝言でどんな格好するの?やっぱり白無垢?それともドレス?お色直しで両方とか?」
『あくまで儀式って体だから、白無垢になるね。三々九度だよ。それに当たって、杜さんに謝らないといけない事があるんだ』
「へ?珠ちゃんに?何を?」
まるで話が読めないので、珠美は訊き返した。
『我々の世界と幽世を区切る力を発揮する事ができるようになるんだと、主に十二家の当主の前で周知する事になる。つまり呼ばれるのは十二家の当主なんだ。あとせいぜい私の血縁くらい』
それは理解できる理屈なので、珠美はうんうんと聞いた。
『要するに、新婦友人として杜さんを招待できない。ごめん』
「なんだ〜。そういう事?」
一体どんな深刻な問題かと身構えていたので、珠美は笑ってしまった。
「大事な儀式でもあるんでしょ?だったら、それは仕方ないよ」
むしろ、結婚式に招く事を考える程に友人は自分を仲良しだと思ってくれているのだと、珠美は嬉しくなった。
「あ!でも動画とか写真とか撮れたら、それは見せてよ!鍋ちゃんの白無垢、見てみたい!」
『ごめん。動画は流石に無理だ。写真も許可が降りればになるな…』
「あ!そっか!うん!無理はしなくていいよ!」
そうだった。そもそもが普通の結婚式と違う話だった。それを思い出した珠美は、難しい声を上げる友人に慌ててフォローを入れた。
『今日電話したのは、黒鉄様とどうなったかと、新婦友人として招けない事を伝えたかったからだよ。杜さんも気にしてくれてたからね』
「うん!電話してくれてありがとう!あ!ヨネさん!」
杜家で働くお手伝いのヨネが「旦那様がお呼びです」と、電話をしている事を気遣ってか小声で伝えてきた。珠美は慌てて友人に「ごめん!」と言う。
「お父様が呼んでるって!珠ちゃん行かなきゃ!」
『いいや。こちらこそ、聞いてくれてありがとう』
「うん!結婚式がどんなだったか聞かせてね!」
言って珠美は電話を切り、父の元へ向かった。待っていた父は告げた。見付かった黒鉄様の主が、正式に主と刀の間柄となるに必要な儀式として、祝言を挙げる事になったのだと。そして珠美の発言に至る。
「…へ?」
珠美の父。杜家当主たる杜誠。珠美の母にして誠の妻たる愛は、揃って目を点にしていた。
「…鍋ちゃんって、あの賀茂さんかい?」
「うん」
「…時々話してくれる、式神を持たないお友達の?」
「うん」
状況を説明するには、時を少々遡る必要がある。
「え゛え゛え゛え゛〜!!」
珠美は、我ながら濁音だらけの声を上げてしまったと思った。ルリが驚いたように飛び回っている。
「鍋ちゃん、人妻になっちゃうの〜!?」
『うんまあ、十二家にも通達がされた以上、遅かれ早かれ杜さんの御当主。杜さんのお家の人の耳にも入るからね。だからこうして話せたんだけど』
電話の向こうで、友人は言ったのだ。曰く『黒鉄様と正式に主と刀になる事になった。その為の正式な儀式は結婚だ』と。
「鍋ちゃんが…人妻になる…」
『神様の伴侶を正式に何て呼ぶかわからない以上、まあそんな感じになるね。だからと言って私の何が変わる訳でもないけど。変わると言うなら、それこそ人類有史以前から続いてきた妖魔が瘴気がって騒ぎが無くなるくらいかな』
「…鍋ちゃん。私、正直ホッとしちゃった」
『ホッとしたって?』
珠美は躊躇したが、話す事にした。
「戦わなくていいかもって事。命をかけて戦うなんて、私には無理って思ってたから。陰陽師としていけないと思うんだけど…」
後ろめたさと自分に対する情けなさから、言葉が自然と尻すぼみになった。しかし友人は不思議そうに『何言ってるのさ』と言う。
『命をかけるのが怖いなんて当たり前でしょ。それこそ現代の基準だと中学生の歳から戦場に出ていた戦国武将達みたいに、覚悟を決めないといけないのが当たり前とか、戦って手柄を上げる事こそが名誉とかな世の中って訳でもあるまいし。本来なら、命をかけて戦うなんてしなくていいんだよ。我々は。現代日本の高校生だよ?』
「…うん。鍋ちゃんなら、そう言ってくれると思ってた!」
自分が知る友人らしい答えが返ってきて、珠美は心が晴れたような気分になった。憂いが晴れると共にふと浮かんできた疑問を口にする。
「…鍋ちゃん。鍋ちゃんって今、何処から話してるの?」
『場所の話をしているんだよね?自宅だよ。黒之命様が、祝言当日までは家族水入らずで過ごすといいって言って下さったんだ』
「そうなんだ。同棲っぽい事をしてる訳じゃないんだね」
正に珠美が訊きたい事はそれだった。神様だと、気に入った子はすぐに自分の手元に連れて行ってしまうものだという先入観もあったので、何だか意外だった。同時に安堵もしたが。友人が自分の手がおよそ届かない遠くへ行ってしまったらどうしようと思っていたのだ。
余談になるが、黒之命は実際に彼女に言った。
「伴侶の権限を利用して、君をいきなり連れ去るなんて事はしないよ?」
と、悪戯っぽく笑いながら。なので彼女は実家にいるという次第だ。李子と元輝も「結婚するまでは一緒にいられるんですね」と喜んだのは言うまでもない。
「じゃあじゃあ、デートとか恋人っぽい事もしないで、そのまま結婚って事?」
『そうなるね。まあ祖母より上の世代になってくると、婚礼の日まで相手と顔を合わせないなんてよくある話だったと聞いてはいるけど。そもそも400年以上前の時代は、婚礼の前の両性が顔を合わせるのは、はしたない事だとされてもいたみたいだし』
「へえ。やっぱり鍋ちゃん、歴史に詳しいね」
友人は『そうでもないよ』と苦笑した。
『黒鉄様側は、流石に『いけない事だから婚礼の日まで顔を合わせない』なんて昔風のやり方を踏襲してる訳じゃないけど。あくまで家族の時間を大事にねって方針さ』
「へえ…。やっぱり、優しいんだね」
珠美は「でも」と眉を下げた。
「その優しい黒鉄様とデートとかできないのは、ちょっと寂しいね」
『今は何だかんだバタついてるからね。そういうのは、正式に祝言を挙げてから、ゆっくり考えればいいと思うよ』
「祝言…。祝言かあ…」
つまり結婚式だ。自分事ではないとわかっていれども、聞くとやはり気分が華やいだ。珠美は「ねえねえ!」と、これまた必要も無いのに身を乗り出していた。
「鍋ちゃんは祝言でどんな格好するの?やっぱり白無垢?それともドレス?お色直しで両方とか?」
『あくまで儀式って体だから、白無垢になるね。三々九度だよ。それに当たって、杜さんに謝らないといけない事があるんだ』
「へ?珠ちゃんに?何を?」
まるで話が読めないので、珠美は訊き返した。
『我々の世界と幽世を区切る力を発揮する事ができるようになるんだと、主に十二家の当主の前で周知する事になる。つまり呼ばれるのは十二家の当主なんだ。あとせいぜい私の血縁くらい』
それは理解できる理屈なので、珠美はうんうんと聞いた。
『要するに、新婦友人として杜さんを招待できない。ごめん』
「なんだ〜。そういう事?」
一体どんな深刻な問題かと身構えていたので、珠美は笑ってしまった。
「大事な儀式でもあるんでしょ?だったら、それは仕方ないよ」
むしろ、結婚式に招く事を考える程に友人は自分を仲良しだと思ってくれているのだと、珠美は嬉しくなった。
「あ!でも動画とか写真とか撮れたら、それは見せてよ!鍋ちゃんの白無垢、見てみたい!」
『ごめん。動画は流石に無理だ。写真も許可が降りればになるな…』
「あ!そっか!うん!無理はしなくていいよ!」
そうだった。そもそもが普通の結婚式と違う話だった。それを思い出した珠美は、難しい声を上げる友人に慌ててフォローを入れた。
『今日電話したのは、黒鉄様とどうなったかと、新婦友人として招けない事を伝えたかったからだよ。杜さんも気にしてくれてたからね』
「うん!電話してくれてありがとう!あ!ヨネさん!」
杜家で働くお手伝いのヨネが「旦那様がお呼びです」と、電話をしている事を気遣ってか小声で伝えてきた。珠美は慌てて友人に「ごめん!」と言う。
「お父様が呼んでるって!珠ちゃん行かなきゃ!」
『いいや。こちらこそ、聞いてくれてありがとう』
「うん!結婚式がどんなだったか聞かせてね!」
言って珠美は電話を切り、父の元へ向かった。待っていた父は告げた。見付かった黒鉄様の主が、正式に主と刀の間柄となるに必要な儀式として、祝言を挙げる事になったのだと。そして珠美の発言に至る。



