式神作りを拒否った分の霊力が見鬼に全振りされた。

「結局さあ。あれで良かったんだよ。祖母さんの処遇は」
李子のスマートフォンを操作しながら彼女は言った。現在は、賀茂一家で揃って蹊子の連絡先をブロックしている所だ。
「連絡先を削除って手段だと、万が一にも向こうが連絡してきた時に取っちゃうでしょ。着信拒否とかが一番いいんじゃない?」
という彼女の言葉に、李子も元輝も同意した。
李子は流石にスマートフォンの操作がわからない訳ではないが「お母さんに任せとくと連絡手段を残したままにするかもしれないから」と、彼女が代わりに操作をしている。
「処遇を神様任せにすると極端な話、手足や臓器が無事じゃ済まないレベルになるからね。お母さんは何も、祖母さんに苦しんで欲しい訳じゃないでしょ?」
李子は「そりゃあ」と答えた。元輝は「怖いよ神様」と呟くが、彼女が「あくまでも極端例だよ」とフォローを入れる。
「神様そして何より瑛子伯母様という権力者の前でけちょんけちょんにするのがまず一つ。祖母さんにとっては瑛子伯母様こそが最高権力者だからね。その最高権力者に突き放されるのがもう一つ。祖母さんには十分過ぎるくらいのダメージになるでしょ」
「確かに、お祖母ちゃんにはきついかも」
出ていく母の憔悴し切った様子を思い出しながら李子は呟いた。
「更に一つ。瑛子伯母様が『当主としての処遇だ』って言い切ったから、これはあくまで卯上家家中の事として片付けられたって事になる。瑛子伯母様の『顔が立つ』って奴さ。何より、裁いたのはあくまで瑛子伯母様という『人間』だからね。神様が裁くより遥かに優しいよ」
「う~ん…。『顔を立てる』とか、大人の世界は難しいなあ…」
頭を掻く元輝に彼女は「まあ私も歴史ものを読んだりしてなかったら、こういう発想はできなかったけどね」と返した。
「つまり、これが『落とし所』って奴でもある」
「祖母ちゃん、これからどうなるんだ?」
彼女は「瑛子伯母様から聞いた事だけど」と前置きする。
「瑛子伯母様の最後の慈悲で引っ越し代は出してもらったけど、この屋敷一帯及び瑛子伯母様が入ってる施設には、言われた通り出入り禁止。結界の機能を妖魔プラス祖母さんも指定で拒絶するようにしたからね。近付きたくても近付けないよ。物理で閉め出したって事になる」
「え?お祖母ちゃん、妖魔扱い?」
元輝も「おいおい」と呻くが、彼女は「でないとまた押しかけてくるでしょ」と肩をそびやかした。
「んで、瑛子伯母様の口利きで、クレーム対応のコールセンターで働くんだってさ」
「働くの!?お祖母ちゃんが!?」
「全然向いてなさそうな所だな…」
「そもそも働く事自体向いてないでしょ。あの人は。一緒に仕事したくないタイプだし」
彼女は、これまたばっさりと切り捨てた。彼女の意見に「お祖母ちゃん、絶対に責任取らないからね」「言えてる」と李子と元輝も頷く。
「でも私達からお金を無心してきた分、瑛子伯母様が『お金を稼ぐ大変さとお金のありがたみを理解させる』ってさ。まあ仕事まで紹介してもらえる分、めちゃくちゃ優しい処遇じゃない?保つかどうかは別として」
実際、彼女は選定ノ儀の後の電話で、瑛子に言われていた。
「あの人を働かせる、ですか?」
『蹊子は、貴方達に一度たりとも謝った事が無いでしょう?蹊子をそうなるまで甘やかしたのは、私の責任でもあるわ。何より蹊子は、もう少しお金を稼ぐ大変さや、そのありがたみを知った方がいいもの』
彼女は「あの祖母さんがあの年齢で理解できるとは思えないけどなあ。受け入れる職場もとんだ迷惑では?」と思っていたが、あえて黙る事にした。
『蹊子の事は、私が卯上の当主として、何より姉として然るべき措置を取るわ。だから、とても腹の虫がおさまらないだろうけれど、ここは堪えて欲しいの』
「あくまで卯上家家中の事として片付ける事で、『神』というある意味絶対的存在からの干渉は避けるという事ですね?相手が神様だと、それこそ五体満足でいられない可能性の方が高いですし」
『…話が早くて助かるわ』
彼女は「わかりました」とあっさり返事をした。
「瑛子伯母様が瑛子伯母様のやり方でけじめを付けられるというお話でしたら、私が口を出す事ではありません。これはきっと母も同じ事を言うとおもいますが、何も祖母に苦しんで欲しい訳ではありませんので」
『…ありがとう。貴方達の寛容さに、心から感謝するわ』
こうして先述の通り、蹊子を家から『叩き出す』流れとなった。新居に移る蹊子の自尊心は、跡形もなく砕け散っているだろう。
「瑛子伯母様も責任感じてるよ。自分が妹をスポイル…甘やかして駄目にしたって。まあ『謝ったら死ぬ病』みたいな祖母さんだけど、ひたすら謝って謝り倒して、その謝った数が人並みになれば、少しはましになるだろうよ。なれるとはおよそ思わないけど」
「どっちだよ。お姉ちゃん」
「ただ一つはっきりしてるのは、祖母さんが働いて得た実入りは、今まで私達に無心してきた分として返されるって事さ」
「それは本当に良かったわ。特に貴方に、ずっと負担をかけてきてしまったから…」
「全員が同じような条件でしょ。これからは自分が稼いだお金を100パーセント自分の為に使える訳だし。いやめでたい」
万歳をするように軽く両手を挙げた彼女は、その手で李子のスマートフォンを渡した。
「はい。全部ブロック済み。向こうでは正頼も祖母さんのスマホから我々の連絡先を全部抹消してくれているし、もうかかってくる事は無いよ。こっちから干渉しない限りはね」
「あ…ありがとう…」
スマートフォンを受け取る李子を、彼女は半眼で見据えた。
「年寄りだから可哀想とか言うかもしれないね。自分の母親だから助けるってのは自由だけど、干渉するなら全部1人でやってね。今度は私も元輝も巻き込まないで。仮に巻き込んでも、私は一切お母さんを助けないから」
「はい…」
「お姉ちゃん。お姉ちゃん。言い方」
「これからは祖母さんに悩まされる事も無いんだから、お母さんも気楽に生きればいいと思うよ」
元輝に窘められて言葉を変える彼女の発言に、李子は「そうねえ…」と放心したように虚空を見上げた。
「もうお金の事やあの人の嘘に振り回される事も無いと思うと、本当に気が楽だわ…。冷たいかもしれないけど…」
「冷たいって事は無いよ。優しいなあ。母ちゃんは」
「優しいって言うよかお人好しだね。あんな毒親なんて、それこそ私達が生まれる前に縁切りしても良かったのにさ。だから冷たいって事は決して無いよ」
元輝に同調した彼女は「改めて言うけど」と口調を切り替える。
「ここに住み続けるにしても、そうでないにしてもやるつもりではいたけど。シルキー隊は残してくから」
「お姉ちゃん。本当にいいのか?」
「貴方の負担にならない?それが一番心配なの」
あくまでも自分の身を案じる母と弟に、彼女は「ならないよ」となるべく優しく言った。
「むしろ、これから物理的に人手が1人減る訳だから、シルキー隊はますます必要でしょ。瑛子伯母様から、この屋敷の管理を任されてるし。私としても、お母さんと元輝が心配なんだって」
そう。黒之命が帰った後、賀茂一家を集めて瑛子は問うた。
「李子ちゃんは、これからどうしたいと思っているのかしら?」
怪訝そうに「どうって…」と首を傾げる姪に、瑛子は優しく続ける。
「これを機に引っ越したいと言うなら、それもいいかもしれないわ。どうしても元輝君の事があるから、そうそう簡単にできる事ではないかもしれないけれど」
「確かに…何処に移ろうと、元輝の病院だとかをまた一から探すのが大変です…」
「そもそも引っ越し自体が恐ろしく負担になりますからね。元輝の場合は尚更」
「ごめんな。母ちゃん…」
申し訳なさそうに眉を下げる息子に李子は「何で貴方が謝るの」と優しくフォローを入れた。母が訊かれた事であるが故に、彼女は頷くなどの動作は見せなかったが、李子と意見は同じようだった。互いを労り合う一家を慈しむように見つめる伯母に、李子は向き直る。
「母の事で辛い時期もありました。でもあの離れは、伯母ちゃんが作って下さった大事な我が家です。伯母ちゃんさえ良ければ、住み続けたいと思います」
「元輝君はどうかしら?」
「はい。俺も、瑛子伯母さんがいいって言ってくれるなら、あの離れがいいです!」
瑛子は「そう」と安堵の笑顔を浮かべた。
「李子ちゃんと元輝君が住んでくれるなら、私も嬉しいわ。帰って来られる限りは屋敷に帰って、お正月だとかの節目節目を、貴方達と一緒に過ごしたいもの。私の調子がいい時は正頼に様子を見に来させるけれど、屋敷の管理は李子ちゃん達に任せるわ」
「なら、シルキー隊も残します」
振り返り「え?」と言う母と弟に、彼女は何の事も無さそうに「元々決めてました」と続けた。
「今までやってた事を続けるだけです。瑛子伯母様がいつ帰ってみえてもいいように、お屋敷は綺麗に保っておきますよ」
「今度からは、その『帰ってくる』中に、貴方も入る事になるのね」
瑛子は感慨深い口調で言いつつ「心強いわ」と頷いた。そして現在、彼女が李子と元輝に方針を再確認するに至る。
「私がいなくなる分、心配だからね。シルキー隊には家事機能だけじゃなくてセンチネル機能も元から搭載してるけど、強化をかけておくさ」
彼女が言及した『センチネル機能』とは要するに、妖魔も妖魔以外も侵入者及び侵入を試みた存在を『お掃除』してしまう機能である。彼女が「まあ『清掃』って点では同じだろワハハハ。小さい分、色々多機能にしちゃえ」とシルキー隊に力を付与した結果だ。
「瑛子伯母様と私の結界はあるけど、念には念をって奴。物理的でもそうでなくても、脅威は絶対にお母さんと元輝に近付けさせないよ」
「本当に、何から何までありがとう」
「お姉ちゃんにはマジで頭が上がらないや」
さてもさても勇ましい彼女は「何言ってんの」と至極当然の口調で母と弟に返す。
「適材適所の役割分担だって。ああ、それと。大事な事がもう一つ。祝言当日なんだけど」
「え?おう」
「何かあったっけ?」
日取りなどは先程決めた。それ以外に大事な事とは何かと問う李子と元輝に、彼女は大真面目に告げた。
「お母さんと元輝は勿論呼ぶけど、元輝の体調が一番心配だから、体調を最優先にして。頼むから」
ひたすら弟を案じる言葉に、李子と元輝は「何だ」と肩の力を抜き笑った。
「お姉ちゃんの折角の晴れ姿なんだから、ちょっとは無理してでも見に行くからな?」