「何でそんな恥ずかしい事を言うの!?」
「いや。話を逸らさないでくれる?」
蹊子は、きっと李子を睨み付けた。身を強張らせる李子であったが、元輝が「母ちゃん。大丈夫だ」と手を握る。
「そもそも李子!あんた、この子からお金を借りていたの!?娘のお金を持ち出すなんて、母親がやる事じゃないでしょ!?」
「祖母ちゃんがどの口でそれを言うんだよ」
「元輝が言う事は正にそう。あと、恥ずかしい話って言う割に、その恥ずかしい話を続けているからね?言ってる事がめちゃくちゃだよ」
「蹊子。元はと言えば、貴方がこの子達に無茶を押し付けたからでしょう。私の為に施設に通っていると言ったけれど、それは自分の懐の範囲でやりなさい。私は無理をしてでも通うように言った覚えは無いんだから」
姉の言葉に一瞬怯んだ蹊子であったが「だって!」と続ける。
「李子を大学まで出して嫁にやるのに、どれだけお金がかかったと思っているの!?そのお金を返してもらうのは当然じゃない!」
「いや祖母さん含む8人姉弟を養育した場合も比較にならないくらいにお金がかかったろうけど、大お祖母様と大お祖父様が一度でも子供達にお金を返せって言った事あるか?」
「私に子供はいないけれど、親である以上は子供の養育は義務でしょう。そんな事を言うなんて…。蹊子。元輝君の物言いじゃないけれど、貴方はお母様とお父様の何を見てきたの?」
呆れたような、同時に悲しんでいるような姉の言葉に蹊子は沈黙した。
「もう一つ。恥ずかしいって言ったけど、うちの台所事情も把握されてるからね?」
彼女は「ですよね?」と黒之命に水を向けた。一連のやり取りを眉一つ動かさず見ていた黒之命であったが、そこで初めて微笑む。しかし眉宇に申し訳なさも滲ませながら頷いた。
「悪いけれど、調べさせてもらったよ。君は働いて得た実入りを、弟君の薬代にも回しているそうだね。とても感心な事だ」
「恐れ入ります」
彼女は軽く頭を下げた。続いて「だからこそ」と言う黒之命の声から感情が抜け落ちた。蹊子に向ける視線は完全に『無』だった。自分に向けられた視線ではないにしろ、瑛子達にも緊張が走る。その中で彼女は「無機物みたいな目ってこんな感じなのかなあ。いや本性が刀だし実際に無機物だけど」とマイペースに思っていた。
「僕の主の大切な財産を横取りして、主を苦しめる者を許す事はできないな」
「蹊子。卯上の当主として、何より貴方の姉として、貴方への処遇を言い渡します」
蹊子は冷や汗をかきながらも、次の言葉をおとなしく待っている。
「今すぐにこの家を出ていきなさい。猶予は無いわ。今すぐよ。今後、屋敷にも私の施設にも近付く事は許さないわ」
「こちらの銀生さんと金生さんが引っ越し業者を手配して下さったよ。今外に待機中だから、すぐ出ていけるよ」
続くような彼女の言葉の後で「銀生。金生」と黒之命に呼びかけられた両者は立ち上がった。呆然とした様子で「瑛子姉さん…」と呼びかける蹊子の側に行き、無言ながらも行動を促す。
自分に目もくれようとしない姉。控える青年2人の静かな威圧感。流石の蹊子も、自分の味方が誰1人としていないのだと理解したらしい。あるいは居た堪れなくなったのか、観念したように力無く腰を上げる。同時に瑛子が「正頼。ご案内してあげて」と声をかけたので、正頼に先導され銀生と金生に脇を固められる形で退室した。
瑛子は黒之命に深々と頭を下げる。
「お恥ずかしい所をお見せしました」
「いいや。主の憂いを払う事ができたなら、それに越した事は無いよ」
黒之命の表情も声も相変わらずの『無』であったが、気を取り直したように「御当主」と呼びかける。
「改めて言おう。僕は卯上の姪孫を主そして伴侶に迎えたい」
「黒之命様が本来の力を発揮できる事は、私達陰陽師にとって願っても無い事です」
瑛子は「しかし」とその姪孫を見やった。
「この子の身内として、私はこの子の意思を尊重したいと思います」
「御母堂」
他人の母親を丁寧に呼ぶ時に『御母堂』という言葉を使う事は李子も知っていたが、自分を指して呼ばれる事は初めてだった。李子は驚いたが、何処までも我が子を労る眼差しを娘に向けた。
「私は一般人です。陰陽師の世界の事は、何もわかりません。ですが、この子が私達の身を案じて結婚するよりも、私もこの子の気持ちを第一にしたいと思います」
「そうか。――君は、どう思っているのかな?」
優しいながらも若干の不安を含んだ声で、黒之命は彼女に問いかけた。
「僕としても、君が同意してくれる事が何より大切だと思っているんだ。他でもない君の口から、君の気持ちを聞かせて欲しい」
「お受けします」
実を言うと、瑛子や李子達と打ち合わせた日程を伝える際に一緒に結婚の申し出の返事を伝えようとしていたのだが、「あー!待って待って!待っておくれ!折角ならご挨拶の当日という場で答えを聞きたい!」と黒之命は慌てて止めてきたなあと彼女は思い返しつつ、率直に答えた。
「黒之命様とでしたら、一緒に歩いていけると思いました。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ!」
黒之命は『パアアア~』という表現そのままに顔を輝かせた。立ち上がって彼女の側に移動し、両手を優しく、しかし同時にしっかりと握る。
「君なら絶対に『うん』って言ってくれると思ったけれど、返事を聞けて安心したよ!改めて末永くよろしくね!僕の唯一の主!早速だけど、祝言の日取りはいつにする?」
「瑛子伯母様。お母さん。こういう場合の段取りはどうするものなんですか?私、とんとわからないです」
「え…ええと…」
彼女を相手に文字通り豹変した黒之命の態度に戸惑った様子で、瑛子と李子は互いに顔を見合わせた。
「いや。話を逸らさないでくれる?」
蹊子は、きっと李子を睨み付けた。身を強張らせる李子であったが、元輝が「母ちゃん。大丈夫だ」と手を握る。
「そもそも李子!あんた、この子からお金を借りていたの!?娘のお金を持ち出すなんて、母親がやる事じゃないでしょ!?」
「祖母ちゃんがどの口でそれを言うんだよ」
「元輝が言う事は正にそう。あと、恥ずかしい話って言う割に、その恥ずかしい話を続けているからね?言ってる事がめちゃくちゃだよ」
「蹊子。元はと言えば、貴方がこの子達に無茶を押し付けたからでしょう。私の為に施設に通っていると言ったけれど、それは自分の懐の範囲でやりなさい。私は無理をしてでも通うように言った覚えは無いんだから」
姉の言葉に一瞬怯んだ蹊子であったが「だって!」と続ける。
「李子を大学まで出して嫁にやるのに、どれだけお金がかかったと思っているの!?そのお金を返してもらうのは当然じゃない!」
「いや祖母さん含む8人姉弟を養育した場合も比較にならないくらいにお金がかかったろうけど、大お祖母様と大お祖父様が一度でも子供達にお金を返せって言った事あるか?」
「私に子供はいないけれど、親である以上は子供の養育は義務でしょう。そんな事を言うなんて…。蹊子。元輝君の物言いじゃないけれど、貴方はお母様とお父様の何を見てきたの?」
呆れたような、同時に悲しんでいるような姉の言葉に蹊子は沈黙した。
「もう一つ。恥ずかしいって言ったけど、うちの台所事情も把握されてるからね?」
彼女は「ですよね?」と黒之命に水を向けた。一連のやり取りを眉一つ動かさず見ていた黒之命であったが、そこで初めて微笑む。しかし眉宇に申し訳なさも滲ませながら頷いた。
「悪いけれど、調べさせてもらったよ。君は働いて得た実入りを、弟君の薬代にも回しているそうだね。とても感心な事だ」
「恐れ入ります」
彼女は軽く頭を下げた。続いて「だからこそ」と言う黒之命の声から感情が抜け落ちた。蹊子に向ける視線は完全に『無』だった。自分に向けられた視線ではないにしろ、瑛子達にも緊張が走る。その中で彼女は「無機物みたいな目ってこんな感じなのかなあ。いや本性が刀だし実際に無機物だけど」とマイペースに思っていた。
「僕の主の大切な財産を横取りして、主を苦しめる者を許す事はできないな」
「蹊子。卯上の当主として、何より貴方の姉として、貴方への処遇を言い渡します」
蹊子は冷や汗をかきながらも、次の言葉をおとなしく待っている。
「今すぐにこの家を出ていきなさい。猶予は無いわ。今すぐよ。今後、屋敷にも私の施設にも近付く事は許さないわ」
「こちらの銀生さんと金生さんが引っ越し業者を手配して下さったよ。今外に待機中だから、すぐ出ていけるよ」
続くような彼女の言葉の後で「銀生。金生」と黒之命に呼びかけられた両者は立ち上がった。呆然とした様子で「瑛子姉さん…」と呼びかける蹊子の側に行き、無言ながらも行動を促す。
自分に目もくれようとしない姉。控える青年2人の静かな威圧感。流石の蹊子も、自分の味方が誰1人としていないのだと理解したらしい。あるいは居た堪れなくなったのか、観念したように力無く腰を上げる。同時に瑛子が「正頼。ご案内してあげて」と声をかけたので、正頼に先導され銀生と金生に脇を固められる形で退室した。
瑛子は黒之命に深々と頭を下げる。
「お恥ずかしい所をお見せしました」
「いいや。主の憂いを払う事ができたなら、それに越した事は無いよ」
黒之命の表情も声も相変わらずの『無』であったが、気を取り直したように「御当主」と呼びかける。
「改めて言おう。僕は卯上の姪孫を主そして伴侶に迎えたい」
「黒之命様が本来の力を発揮できる事は、私達陰陽師にとって願っても無い事です」
瑛子は「しかし」とその姪孫を見やった。
「この子の身内として、私はこの子の意思を尊重したいと思います」
「御母堂」
他人の母親を丁寧に呼ぶ時に『御母堂』という言葉を使う事は李子も知っていたが、自分を指して呼ばれる事は初めてだった。李子は驚いたが、何処までも我が子を労る眼差しを娘に向けた。
「私は一般人です。陰陽師の世界の事は、何もわかりません。ですが、この子が私達の身を案じて結婚するよりも、私もこの子の気持ちを第一にしたいと思います」
「そうか。――君は、どう思っているのかな?」
優しいながらも若干の不安を含んだ声で、黒之命は彼女に問いかけた。
「僕としても、君が同意してくれる事が何より大切だと思っているんだ。他でもない君の口から、君の気持ちを聞かせて欲しい」
「お受けします」
実を言うと、瑛子や李子達と打ち合わせた日程を伝える際に一緒に結婚の申し出の返事を伝えようとしていたのだが、「あー!待って待って!待っておくれ!折角ならご挨拶の当日という場で答えを聞きたい!」と黒之命は慌てて止めてきたなあと彼女は思い返しつつ、率直に答えた。
「黒之命様とでしたら、一緒に歩いていけると思いました。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ!」
黒之命は『パアアア~』という表現そのままに顔を輝かせた。立ち上がって彼女の側に移動し、両手を優しく、しかし同時にしっかりと握る。
「君なら絶対に『うん』って言ってくれると思ったけれど、返事を聞けて安心したよ!改めて末永くよろしくね!僕の唯一の主!早速だけど、祝言の日取りはいつにする?」
「瑛子伯母様。お母さん。こういう場合の段取りはどうするものなんですか?私、とんとわからないです」
「え…ええと…」
彼女を相手に文字通り豹変した黒之命の態度に戸惑った様子で、瑛子と李子は互いに顔を見合わせた。



