電話を切った瑛子は、大きく息をつきながら安楽椅子に身を預ける。正頼が「瑛子様」と気遣わし気に声をかけてくるが、手で「大丈夫よ」と制した。
「…まさか、私が生きている内に『主』の登場を目にする事になるとはね。しかも、私の血縁から」
瞑目して呟く瑛子の言葉を、正頼は静かに聞いている。
「式神を持っていないのが痛い所ではあるけれど、辰宮の孫を白峰の生徒、そして本部の面々の前で斃して力を示したのは、あの子の為になるかもしれないわ」
姪孫と日程を決めてから、瑛子は切り出したのだ。
「ところで貴方、辰宮の式神を穴だらけにしたんですって?」
『瑛子伯母様が何処まで聞いておいでかはわかりませんが、しました』
瑛子は「陰陽連と辰宮から、それぞれ連絡が入ったの」と付け足す。
「まず、式神を持っていないにも関わらず『竜』を斃したのは大したものだわ」
『ええと。はあ。恐れ入ります』
ぶたれると思っていたのに飴をもらってしまったような声だった。
「貴方は白峰の教師と本部の人間の立ち合いの元、規則に則った形で戦った。それは何も咎め立てする事じゃないわ。聞けば、貴方が選ばれたにも関わらず、辰宮の孫が貴方を否定したんですってね」
『はあ。主を辞退しろだの、果てには陰陽連を辞めろだのと言ってきましたね』
改めて耳にしても、何を言っているのか瑛子にはわからなかった。しかし気を取り直して続ける。
「辰宮から正式に謝罪があったわ。うちの孫が黒鉄様の主を侮辱して申し訳ないって」
『はあ。私が瑛子伯母様とかとは全然関係ない単なる木っ端陰陽師でも、きちんと謝罪してくれるんですかねえ』
要するに「権力の後ろ盾があるから態度を変えるんじゃないのか」と姪孫は言いたいのだとわかった。瑛子は「辛辣ね」と苦笑する。
「それと、貴方が辰宮の孫に言った、陰陽連本部への出入り禁止の事なんだけれど」
『あ。はい。沙汰が降りたんでしょうか』
瑛子は読み上げるように述べた。
「まず結論から言うと、一族の出入り禁止は無いわ」
電話の向こうで姪孫は黙って聞き入っている。
「でも、黒鉄様のご判断への叛意とも取れる言動をした事は事実。だから責任を取る形で当主は交代。息子が新しい当主になるわね。その娘…貴方が戦った相手は、3ヶ月の停学処分よ」
『流石にまだ学生の子に学校を辞めさせる訳にはいかないからですか?』
瑛子は「そうなるわね」と頷いた。
「下手に辞めさせる事で逆恨みを買わないようにする、監視の意味合いもあるけれどね。これでもかなりの措置よ。貴方が言った出入り禁止は、相手が学生という身でなかったら適用できていたものだけれど、今できるのはこれが精一杯。だから、ここは矛を収めなさい」
『きちんと取ってくれた然るべき措置だったら、私が言う事は何もありません』
姪孫はあっさりと納得した。
「それと、貴方に一つだけ忠告があるわ」
『はい』
忠告という言葉に、何を言われるか緊張しているのだろう。より一層引き締まった姪孫の声に、しかし瑛子はなるべく優しく告げる。
「式神をあまり傷付けると術者にも影響が及ぶから、加減はなさい」
『はい。気を付けます』
このようなやり取りがあった。
正頼は上品な顔に微笑を浮かべる。
「お嬢様は、確かにお転婆でいらっしゃいます。しかし如何なる相手にも退かぬ堂々とした所は、正に『主』の器かと」
「お転婆?…そうね。お転婆ね。お転婆なくらいが丁度いいわ」
瑛子もつられて笑い、自分の式神を見た。
「まだまだ私も気を抜けないわね。正頼。今後また、貴方にも動いてもらう事になるわ。よろしくね」
「仰せのままに」
正頼は、自分の主に恭しく一礼した。
「…まさか、私が生きている内に『主』の登場を目にする事になるとはね。しかも、私の血縁から」
瞑目して呟く瑛子の言葉を、正頼は静かに聞いている。
「式神を持っていないのが痛い所ではあるけれど、辰宮の孫を白峰の生徒、そして本部の面々の前で斃して力を示したのは、あの子の為になるかもしれないわ」
姪孫と日程を決めてから、瑛子は切り出したのだ。
「ところで貴方、辰宮の式神を穴だらけにしたんですって?」
『瑛子伯母様が何処まで聞いておいでかはわかりませんが、しました』
瑛子は「陰陽連と辰宮から、それぞれ連絡が入ったの」と付け足す。
「まず、式神を持っていないにも関わらず『竜』を斃したのは大したものだわ」
『ええと。はあ。恐れ入ります』
ぶたれると思っていたのに飴をもらってしまったような声だった。
「貴方は白峰の教師と本部の人間の立ち合いの元、規則に則った形で戦った。それは何も咎め立てする事じゃないわ。聞けば、貴方が選ばれたにも関わらず、辰宮の孫が貴方を否定したんですってね」
『はあ。主を辞退しろだの、果てには陰陽連を辞めろだのと言ってきましたね』
改めて耳にしても、何を言っているのか瑛子にはわからなかった。しかし気を取り直して続ける。
「辰宮から正式に謝罪があったわ。うちの孫が黒鉄様の主を侮辱して申し訳ないって」
『はあ。私が瑛子伯母様とかとは全然関係ない単なる木っ端陰陽師でも、きちんと謝罪してくれるんですかねえ』
要するに「権力の後ろ盾があるから態度を変えるんじゃないのか」と姪孫は言いたいのだとわかった。瑛子は「辛辣ね」と苦笑する。
「それと、貴方が辰宮の孫に言った、陰陽連本部への出入り禁止の事なんだけれど」
『あ。はい。沙汰が降りたんでしょうか』
瑛子は読み上げるように述べた。
「まず結論から言うと、一族の出入り禁止は無いわ」
電話の向こうで姪孫は黙って聞き入っている。
「でも、黒鉄様のご判断への叛意とも取れる言動をした事は事実。だから責任を取る形で当主は交代。息子が新しい当主になるわね。その娘…貴方が戦った相手は、3ヶ月の停学処分よ」
『流石にまだ学生の子に学校を辞めさせる訳にはいかないからですか?』
瑛子は「そうなるわね」と頷いた。
「下手に辞めさせる事で逆恨みを買わないようにする、監視の意味合いもあるけれどね。これでもかなりの措置よ。貴方が言った出入り禁止は、相手が学生という身でなかったら適用できていたものだけれど、今できるのはこれが精一杯。だから、ここは矛を収めなさい」
『きちんと取ってくれた然るべき措置だったら、私が言う事は何もありません』
姪孫はあっさりと納得した。
「それと、貴方に一つだけ忠告があるわ」
『はい』
忠告という言葉に、何を言われるか緊張しているのだろう。より一層引き締まった姪孫の声に、しかし瑛子はなるべく優しく告げる。
「式神をあまり傷付けると術者にも影響が及ぶから、加減はなさい」
『はい。気を付けます』
このようなやり取りがあった。
正頼は上品な顔に微笑を浮かべる。
「お嬢様は、確かにお転婆でいらっしゃいます。しかし如何なる相手にも退かぬ堂々とした所は、正に『主』の器かと」
「お転婆?…そうね。お転婆ね。お転婆なくらいが丁度いいわ」
瑛子もつられて笑い、自分の式神を見た。
「まだまだ私も気を抜けないわね。正頼。今後また、貴方にも動いてもらう事になるわ。よろしくね」
「仰せのままに」
正頼は、自分の主に恭しく一礼した。



