式神作りを拒否った分の霊力が見鬼に全振りされた。

数回のコールの後で『お疲れ様。杜さん』と応じる友人の声に、珠美はぴょこんと身を起こした。側ではルリもそわそわとした様子で飛び回っている。
「あ!鍋ちゃん!良かった!出てくれた!今話して大丈夫?」
『今は家だから大丈夫だ。杜さんこそ、今話して大丈夫なのか?』
友人の問いに珠美は「うん!」と元気よく頷いた。
「ねえねえ!あの後、黒鉄様とはどうなったの?それとそれと!鍋ちゃん、すっごくかっこよかったよ!あんなに松クラスの子に言い返して黙らせちゃうなんて!」
『いや。相手のクラスのランクとやらが何であろうと、言い返すものは言い返すが』
我が道を行く友人らしいが、珠美は眉を下げて苦笑した。
「松とかスクールカースト上位の子だと、珠ちゃんみたいな梅は言い返せないからさ…」
『スクールカースト?初めて聞く言葉だが、意味は大体わかった。そんな言葉があるんだね』
友人が通う学校は『自由・自律・自制』こそを校風とする、誠に自由そのものの学校だと聞く。
「ただし校舎は超ボロくて、夏が暑くて冬が寒いけど」
と友人は言っていたが。制服が無く私服で通える学校である事が手伝って、生徒達は気温や気候に合わせた思い思いの服装で過ごしているのだと言う。
「えっ?じゃあ、ピアスとか髪染めたりとかも自由なの?」
「自由は自由だが、そういう極端に派手な格好の子は見かけないよ。思うに、校則だとかで頭をぎゅうぎゅう抑え付けられている訳じゃないからね。抑え付けるものが無いから、反発する事も無いって訳さ」
こうも言っていた。
友人が元より我が道を行くというのもあるが、そんなのびのびとした学校で過ごすなら、スクールカーストなんて関係ないだろうなと、珠美は思った。
電話の向こうの友人は『それより、杜さん』と口調を改めた。
『私と話していて大丈夫なのか?いや、こうして話す事に抵抗が無いのかと訊いた方がいいな。辰宮さんとの勝負は見ていたよね?私は相当にえげつない事をしていたが。最前列で応援してくれていたのはいいけど、その分刺激が強かったでしょ?』
小さな事だとは思うが、前に陣取って応援していたのがやっぱり見えていたんだなと、珠美は嬉しくなった。
「うーん。確かに、正直言うと…ちょっと怖かった」
『でしょうね』
「でもそれって、鍋ちゃんは考えがあってやったのかもとも思ったんだ。鍋ちゃんは、誰かの式神を苦しめようとか思った訳じゃないよね?」
『例えば杜さんにとってのルリちゃんを進んで傷付けようなんて、私は思わないよ』
想像するのも嫌だという口調だった。
『あくまで戦意喪失を狙っての事さ。まあ決闘と見做していたから過激に走ったというのもあるけどね』
確かに「決闘だと思った」と言っていた。行き違いって怖い。あと、友人が言っていた昔の決闘の方法も怖い。
あくまでも念の為に訊いた事だが、自分が知っている友人らしい答えが返ってきて、珠美は安堵した。
「だったら、珠ちゃんは平気だよ。確かに竜がずたずたになったのはびっくりしたし、辰宮さんはあの後大丈夫だったかなって思うけど…。あ!鍋ちゃんを責めてる訳じゃないよ?」
友人から『わかってるよ』と返ってきた。また『杜さんは優しいね』とも言ってくれた。
「でも珠ちゃん、何かスカッとしちゃったもん。だって辰宮さんが言ってた事っておかしいし!鍋ちゃんが主を辞めた所で、じゃあどうするの?って感じじゃん!鍋ちゃんが言った事を真似する訳じゃないけど、そもそも黒鉄様が鍋ちゃんを主に選んだんだから、それを変って言う方がおかしいんだよ!そういえば、黒鉄様とはどうなったの?」
スマートフォンを持つ手とは逆の手で作った拳を振り立てて『珠ちゃん的スカッとポイント』を熱を入れて並べていた珠美だが、一番最初に友人にした質問を思い出した。友人は『それなんだけど』と慎重な口調になる。
『陰陽師の世界全体に関わる事でもあるからね。私の口からは詳しく言えないんだ。ごめんね』
「ううん。言えないなら仕方ないよ!」
『ただ、心配はさせたくないから、これだけは言っておく』
静かな口調に、珠美は思わず居住まいを正した。ルリも『耳』があればその耳をそばだてるように、そっと珠美の肩にとまる。
『黒鉄様は私が主だと宣言したけど、それは決して命令だとかの強制じゃない。主となるには、まず私が納得して同意する事が大事だと言って下さった。目線を合わせてくれるし、歩み寄る姿勢を見せてくれるし、優しくていい神様さ。何も怖い事は無かったよ』
「そうなんだ」
珠美は安堵の息をついた。黒鉄様は「本物の貴公子だ!」とびっくりするようなイケメンだったけど、刀の神様らしく無表情で怖い感じもした。その反面、友人にはニッコニコで驚いたけど。きっと、本当は怖い神様じゃないのだろう。
しかしふとよぎった別の心配を、珠美は口にしていた。
「鍋ちゃん。鍋ちゃんが主になっても『鍋ちゃん』って呼んでいい?」
すると友人は『何でそんな事を訊くのさ』と不思議そうな口調になった。
『むしろいきなり態度を変えられると困るんだが。そもそも私は辰宮さんのすばる君を襤褸雑巾にした事で、杜さんにドン引きされると思っていたし』
「ううん。そう言ってくれて嬉しいよ」
電話の向こうからでも伝わってくる困惑し切った気配に、珠美は安堵すると共に思わず笑ってしまった。その友人が『あ』と声を上げて、申し訳なさそうに言った。
『折角電話してくれたのに、ごめん。今回の事を一番報告しないといけない、うちの当主の大伯母から電話だ』
「それ大事じゃん!わかった!切るよ!またね!」
友人の『じゃあ、また』と言う挨拶を聞き、珠美は電話を切った。『通話中』のアイコンが消えるスマートフォンを手に、珠美はクッションに上体を預ける。
「珠ちゃんの友達が神様に選ばれちゃった。凄いね。ルリ」
ルリは青い翅をひらひらと可憐に翻して、珠美の周りを飛ぶ。珠美は「あ」と、スマートフォンを持つ手とは逆の手を口元に当てた。
「鍋ちゃんは何も言わなかったけど、この事はお父様やお母様にも内緒にした方がいいかも!お口チャックね。ルリ」
つまり『命令ではなく同意が必要』など友人が言っていた事だ。人差し指を「しーっ」と口の前に立てる珠美に、ルリが宙を舞いながら頷いたように見えた。
これから珠ちゃん達はどうなるんだろうと、珠美は思う。でも、何があっても珠ちゃんは珠ちゃんが思う道を行けばいいとも思った。珠ちゃんにはお父様もお母様も鍋ちゃんもいるし、何より言葉を話す事こそできないけど、何でも分かり合えるルリがいるし。
そう思うと、勇気が湧いてくるような気持ちになる珠美であった。