「やたらフットワークが軽い神様だな!?」
「え…?本当に来るの…?家に…?」
彼女は弟の感想に共感できたし、母の問いにも答えたかったので、李子と元輝に向かって「うん」と頷いた。李子は「って、ちょっと待って」と娘を手で制する。
「その…結婚の話だけど、貴方はどうしたいの?」
「まあ、受けるよ。お母さんと元輝が平和に暮らせるなら、私は願ったりだからね」
「そうじゃなくて!」
李子は鋭い声を上げた。
「貴方の気持ちを訊いているんだよ!」
「そうだよ!お姉ちゃんが好きでもない奴と俺達の為に結婚するとか、お姉ちゃんに申し訳なさ過ぎるだろ!」
「大丈夫だよ。それこそ戦国だの明治だの大正だののお家事情でもあるまいし、『役に立ちたいから』って理由で結婚する訳と違うから」
昭和の時代、更には現代にも『政略結婚』というものはあるかもしれないが、件の要素がよく登場し尚且つ重要視されているのが彼女が挙げた時代を舞台にした物語なので、彼女はこのような物言いをしている。
「そもそも、くそおやじを見ている私が、この目でくそおやじの不倫を看破した当事者であるこの私が、『家族の役に立ちたいから』なんて理由で結婚を選択する人間だと思う?」
「思いません」
それはそれは憎々し気に『くそおやじ』という言葉を連発する彼女の問いに、李子と元輝の声は揃った。李子は片手で頭を抱え溜め息をつく。
「これはもう、貴方への呪いみたいなものだよね…。ごめんね…」
「いやお母さんが謝る事じゃないでしょ」
「エスパーとか、それこそお姉ちゃんみたいな力でも持ってない限り、『そういう奴だ』とか見抜くなんて、土台無理だからな?」
姉と共に母にフォローを入れた元輝は、姉に向き直った。
「それじゃあさ。そんな風に思ってるお姉ちゃんが『結婚してもいい』って思った理由って何か訊いていい?その黒之命様?とは初対面なんだろ?」
「前提として『黒鉄様に選ばれようが選ばれなかろうが、人類社会を裏から守るのが陰陽師の使命で誇り』っていうのは、まずある」
彼女は「前提として」と前置きを宣言したので、李子と元輝は黙って頷き先を促す。なお、「初対面なんだろ?」という元輝の問いに対して彼女の前世がどうのという話から入れると家族が混乱するだろうと判断した為、彼女はあえて話を省いている。
「私が『主』になる事で、少なくとも裏側においては人類社会に安寧がもたらされるなら願ったりだよ。しかし、あくまでも仮の話として言うけど。そういった事情を抜きにしても、あの黒之命様はいい人さ。短い時間しか話してないがね」
繰り返すが、彼女は黒之命を便宜上『人』と称している。
「物理的でもそうでなくても目線を合わせてくれようとするし、何より私という人類に対する歩み寄りの姿勢も見て取れた。結婚したら手のひら返しをされるという事も無いと見做していいだろうよ」
「うん。結婚したらパートナーを馬鹿にし出す人は多いって聞くからね。お父さんもそうだったし」
李子の言葉に元輝は「母ちゃんが言うと重みが違うな…」と呟いた。
「少なくとも、まあ引き合いに出すのは黒之命様に失礼だと思うが、結婚を約束した相手、つまりお母さんがいるにも関わらず『誘われたから』なんて理由で他の女性とデートに行くようなくそおやじよりかは、比較できないくらいまともさ。比較するのも失礼な話だがね」
「それは本当にごめんなさい…」
「俺達が生まれる前の話だろ。俺達に謝らなくていいって」
「お母さんに謝って欲しくて言った訳じゃないっつーの。比較だよ。悪いお手本との比較」
「あの時点で見抜けていれば、結婚を失敗しなかったかなあって…。貴方達を授かったのは良かったけど…」
申し訳なさそうに眉を下げる李子だが、気を取り直したように顔を上げた。
「つまり、貴方が『結婚してもいい』って考えるくらいにいい人なのね?でも、心配だから訊くんだけど、神様と結婚する事で何か危ない目に遭ったりしないの?」
「少なくとも妖魔関連では、無いな」
ひたすら娘の身を案じる母に、彼女は一般人向けに言葉を選びながら答えた。
「まず見えない所にだが、私の側に黒之命の本体である御神刀がしまわれているんだ」
繰り返しになるが、彼女は一般人の家族向けに表現を選んでいる。
「それで私の霊力にも強化がかかっているし、御神刀自体が元から持っている護りの力もある。だから、私は勿論だけどお母さんや元輝にも、妖魔が狙ってくる心配は無いよ」
「へえ。ゲームとかの終盤で手に入る何か凄いアイテムみたいだな」
彼女は「そんな感じだ」と言って周囲を見回す。
「あと言い忘れていたけど、この屋敷の敷地一帯の結界も強化しておいたからね。まあここは大伯母様が残して下さった結界と、それを邪魔しないように私の結界を重ねてあるから、『場』としては元々強固だけどさ。決して油断はしないがね」
「流石お姉ちゃん。抜かり無いな」
「そうそう。お母さんと元輝の護衛パワーも、念の為に強化とアップデートをかけるから。悪いんだけど、後でスマホを貸してね」
一般人であるが故に、李子と元輝は妖魔に関わる以前に視認すらできない。しかし家族を案じる彼女は、妖魔が李子と元輝に接近したら即座に滅ぼすセンサー兼結界を、母と弟のスマートフォンに仕込んでいる。術の対象がスマートフォンなのは、「スマホなら基本忘れる事は無いでしょ」という理由からだ。余談だが、このセンサー兼結界は対人間にも有効な機能だ。李子と元輝の前で霊力を初めて使った時から「生きた人間も怖い」と彼女は思っているからである。
なお、念の為に一応書いておくが、件の術が対人間にも有効とは言っても、何も生身の人間まで物理的に『消して』しまう訳ではない。単に激痛を与える事で行動自体が不可能なようにするだけだ。
「小さい頃の事を例えに出して言えば、それこそ車椅子を蹴っ飛ばそうとするような人間なんて、手足の1本や2本くらい捥いでもいいと思うけどさ。まあでも流血沙汰はお母さんも元輝も嫌がると思ったし、そもそも人間の『部品』が散らばったら、片付けが面倒くさいからなあ」
「お姉ちゃん怖いよ」
「貴方がお母さんや元輝を守ろうとしてくれる気持ちは嬉しいけど、誰かを傷付けるのはやめなさい。お母さんは、貴方がそんな事をするのは見たくない」
彼女としては、これでも優しくしている方なのだ。
「いつもありがとう。貴方におんぶにだっこみたいで申し訳ないけど…」
「何言ってんのさ。これも適材適所。役割分担だよ。私は私にできる事をしてるだけだって」
スマートフォンを取り出しかけた李子は「そうだ」と思い出したように顔を上げた。
「そう言えば、瑛子伯母ちゃんには連絡した?お母さんは陰陽師の世界の事はよくわからないけど、神様と結婚するって凄い事でしょ?上手く言えないけど…伯母ちゃんも同じ陰陽師だし、連絡した方がいいんじゃない?」
要するに「陰陽師の世界全体に関わる事だろうから、卯上の当主である瑛子にも伝えるべきじゃないのか」と母は言いたいのだと彼女は理解した。
「大丈夫だよ。陰陽連本部から大伯母様に通達は勿論行くけど、私からもきちんと言うから。まずお母さんと元輝に伝えてから連絡しようと思っていたんだよ」
彼女が答えるとほぼ同時に、マナーモードにしていたスマートフォンが電話の着信を知らせる。彼女は「噂をすればか?」とスマートフォンを取り出し画面を見た。
「違った。友達からだわ」
「え…?本当に来るの…?家に…?」
彼女は弟の感想に共感できたし、母の問いにも答えたかったので、李子と元輝に向かって「うん」と頷いた。李子は「って、ちょっと待って」と娘を手で制する。
「その…結婚の話だけど、貴方はどうしたいの?」
「まあ、受けるよ。お母さんと元輝が平和に暮らせるなら、私は願ったりだからね」
「そうじゃなくて!」
李子は鋭い声を上げた。
「貴方の気持ちを訊いているんだよ!」
「そうだよ!お姉ちゃんが好きでもない奴と俺達の為に結婚するとか、お姉ちゃんに申し訳なさ過ぎるだろ!」
「大丈夫だよ。それこそ戦国だの明治だの大正だののお家事情でもあるまいし、『役に立ちたいから』って理由で結婚する訳と違うから」
昭和の時代、更には現代にも『政略結婚』というものはあるかもしれないが、件の要素がよく登場し尚且つ重要視されているのが彼女が挙げた時代を舞台にした物語なので、彼女はこのような物言いをしている。
「そもそも、くそおやじを見ている私が、この目でくそおやじの不倫を看破した当事者であるこの私が、『家族の役に立ちたいから』なんて理由で結婚を選択する人間だと思う?」
「思いません」
それはそれは憎々し気に『くそおやじ』という言葉を連発する彼女の問いに、李子と元輝の声は揃った。李子は片手で頭を抱え溜め息をつく。
「これはもう、貴方への呪いみたいなものだよね…。ごめんね…」
「いやお母さんが謝る事じゃないでしょ」
「エスパーとか、それこそお姉ちゃんみたいな力でも持ってない限り、『そういう奴だ』とか見抜くなんて、土台無理だからな?」
姉と共に母にフォローを入れた元輝は、姉に向き直った。
「それじゃあさ。そんな風に思ってるお姉ちゃんが『結婚してもいい』って思った理由って何か訊いていい?その黒之命様?とは初対面なんだろ?」
「前提として『黒鉄様に選ばれようが選ばれなかろうが、人類社会を裏から守るのが陰陽師の使命で誇り』っていうのは、まずある」
彼女は「前提として」と前置きを宣言したので、李子と元輝は黙って頷き先を促す。なお、「初対面なんだろ?」という元輝の問いに対して彼女の前世がどうのという話から入れると家族が混乱するだろうと判断した為、彼女はあえて話を省いている。
「私が『主』になる事で、少なくとも裏側においては人類社会に安寧がもたらされるなら願ったりだよ。しかし、あくまでも仮の話として言うけど。そういった事情を抜きにしても、あの黒之命様はいい人さ。短い時間しか話してないがね」
繰り返すが、彼女は黒之命を便宜上『人』と称している。
「物理的でもそうでなくても目線を合わせてくれようとするし、何より私という人類に対する歩み寄りの姿勢も見て取れた。結婚したら手のひら返しをされるという事も無いと見做していいだろうよ」
「うん。結婚したらパートナーを馬鹿にし出す人は多いって聞くからね。お父さんもそうだったし」
李子の言葉に元輝は「母ちゃんが言うと重みが違うな…」と呟いた。
「少なくとも、まあ引き合いに出すのは黒之命様に失礼だと思うが、結婚を約束した相手、つまりお母さんがいるにも関わらず『誘われたから』なんて理由で他の女性とデートに行くようなくそおやじよりかは、比較できないくらいまともさ。比較するのも失礼な話だがね」
「それは本当にごめんなさい…」
「俺達が生まれる前の話だろ。俺達に謝らなくていいって」
「お母さんに謝って欲しくて言った訳じゃないっつーの。比較だよ。悪いお手本との比較」
「あの時点で見抜けていれば、結婚を失敗しなかったかなあって…。貴方達を授かったのは良かったけど…」
申し訳なさそうに眉を下げる李子だが、気を取り直したように顔を上げた。
「つまり、貴方が『結婚してもいい』って考えるくらいにいい人なのね?でも、心配だから訊くんだけど、神様と結婚する事で何か危ない目に遭ったりしないの?」
「少なくとも妖魔関連では、無いな」
ひたすら娘の身を案じる母に、彼女は一般人向けに言葉を選びながら答えた。
「まず見えない所にだが、私の側に黒之命の本体である御神刀がしまわれているんだ」
繰り返しになるが、彼女は一般人の家族向けに表現を選んでいる。
「それで私の霊力にも強化がかかっているし、御神刀自体が元から持っている護りの力もある。だから、私は勿論だけどお母さんや元輝にも、妖魔が狙ってくる心配は無いよ」
「へえ。ゲームとかの終盤で手に入る何か凄いアイテムみたいだな」
彼女は「そんな感じだ」と言って周囲を見回す。
「あと言い忘れていたけど、この屋敷の敷地一帯の結界も強化しておいたからね。まあここは大伯母様が残して下さった結界と、それを邪魔しないように私の結界を重ねてあるから、『場』としては元々強固だけどさ。決して油断はしないがね」
「流石お姉ちゃん。抜かり無いな」
「そうそう。お母さんと元輝の護衛パワーも、念の為に強化とアップデートをかけるから。悪いんだけど、後でスマホを貸してね」
一般人であるが故に、李子と元輝は妖魔に関わる以前に視認すらできない。しかし家族を案じる彼女は、妖魔が李子と元輝に接近したら即座に滅ぼすセンサー兼結界を、母と弟のスマートフォンに仕込んでいる。術の対象がスマートフォンなのは、「スマホなら基本忘れる事は無いでしょ」という理由からだ。余談だが、このセンサー兼結界は対人間にも有効な機能だ。李子と元輝の前で霊力を初めて使った時から「生きた人間も怖い」と彼女は思っているからである。
なお、念の為に一応書いておくが、件の術が対人間にも有効とは言っても、何も生身の人間まで物理的に『消して』しまう訳ではない。単に激痛を与える事で行動自体が不可能なようにするだけだ。
「小さい頃の事を例えに出して言えば、それこそ車椅子を蹴っ飛ばそうとするような人間なんて、手足の1本や2本くらい捥いでもいいと思うけどさ。まあでも流血沙汰はお母さんも元輝も嫌がると思ったし、そもそも人間の『部品』が散らばったら、片付けが面倒くさいからなあ」
「お姉ちゃん怖いよ」
「貴方がお母さんや元輝を守ろうとしてくれる気持ちは嬉しいけど、誰かを傷付けるのはやめなさい。お母さんは、貴方がそんな事をするのは見たくない」
彼女としては、これでも優しくしている方なのだ。
「いつもありがとう。貴方におんぶにだっこみたいで申し訳ないけど…」
「何言ってんのさ。これも適材適所。役割分担だよ。私は私にできる事をしてるだけだって」
スマートフォンを取り出しかけた李子は「そうだ」と思い出したように顔を上げた。
「そう言えば、瑛子伯母ちゃんには連絡した?お母さんは陰陽師の世界の事はよくわからないけど、神様と結婚するって凄い事でしょ?上手く言えないけど…伯母ちゃんも同じ陰陽師だし、連絡した方がいいんじゃない?」
要するに「陰陽師の世界全体に関わる事だろうから、卯上の当主である瑛子にも伝えるべきじゃないのか」と母は言いたいのだと彼女は理解した。
「大丈夫だよ。陰陽連本部から大伯母様に通達は勿論行くけど、私からもきちんと言うから。まずお母さんと元輝に伝えてから連絡しようと思っていたんだよ」
彼女が答えるとほぼ同時に、マナーモードにしていたスマートフォンが電話の着信を知らせる。彼女は「噂をすればか?」とスマートフォンを取り出し画面を見た。
「違った。友達からだわ」



