「み、認めないわ!そんなの!」
「はい?」
彼女が一番最後に刀を引き抜いた直後。他の少女達を掻き分けるようにして、憤然とした様子で1人の少女が踏み出してきた。刀を抜いたままの姿勢で手にした彼女は少女を見て、モデルさんみたいに華がある子だなあとマイペースに思った。
少女は胸を張り名乗りを上げる。
「私は十二家本家が一つ『辰宮』の娘、麗!クラスは当然ながら松!貴方のクラスは?松の子ではなさそうだけど?」
「いや。白峰の生徒じゃないので」
「生徒じゃない!?」
麗の声に、驚きと共に嘲りが入った事を、彼女は聞き逃さなかった。なお、黒之命や他の少女達は「白峰じゃない?」と単純に驚いた様子であった。
尤も、彼女は麗に対しては「一般人の学校だったら見下すような子なんだな」と呆れたので、怒りの片鱗すら抱かなかったが。怒る価値すら無いと見做したと言う方が正しい。
麗は彼女に片手の人差し指をびしりと突き付けた。何て無礼な子なのだろうと、彼女は不快に思った。自分に喧嘩を売る為に、あえて無礼を働いている可能性も視野に入れていたが。
喧嘩上等。売られた喧嘩は返品不可だ。彼女は、いっそ突き付けられている相手の人差し指を鷲掴みにして、関節とは逆方向に思い切り直角に折り曲げようかと考えたが、刀を扱うに不慣れな身では、片手で刀を持ち片手で他人の指を掴む行動をするのは危ないと判断したので、やめた。
「白峰に通ってすらもいない生徒を黒鉄様の主として認める訳にはいきません!辞退しなさい!」
「いや何馬鹿な事言ってんですか」
正に『打てば響く』の速度だった。彼女は即座に言葉を発していた。
「まず白峰に通っているか否かは関係無いでしょう。霊力を持つ一定年齢の女子なら全員儀式参加資格があるんですから」
視界の端では珠美が「そうそう!」と言いたげに頷いている。
「第一、認める認めないは君が言う事じゃありませんし、『辞退しなさい』とか命令するのもちゃんちゃらおかしいですから。選定基準が何かはとんとわかりませんけど、この刀を抜く事ができたのは私ですし、君を含む全員に試してもらっても抜けたのは私だけってわかりましたし、そもそも当の黒鉄様が私を主だと宣言なさいましたよ?選定に文句があるなら黒鉄様に直訴するのが筋で、選び直しも黒鉄様に頼むべきなんじゃないですか?つまり私が『辞退しなさい』なんて命じられる筋合いはありませんし、『辞退』を強要される筋合いもありません」
視界の端では珠美が「いいぞ鍋ちゃん!」とガッツポーズをしている。
「もう一つ。黒鉄様の主が登場するのは、妖魔だ瘴気だのの騒ぎが無くなる、我々陰陽師にとってはめでたい事のはずでしょう?戦場カメラマン達の物言いじゃありませんけど『我々が失業するのが一番』なんですから。極端な話『黒鉄様の主にならないと死ぬ病』に罹患しているとか、その手の厄介な呪詛にでもかかっているとかならともかく、そうでもないのに納得しないだの『辞退』がどうのと言うなら、それこそ御神刀パワーの発揮を妨害して人類社会の安寧が乱れたままでいる事を目論んでいると思われても仕方ないですよ?」
視界の端では珠美が「鍋ちゃんサイコー!」と応援している。
「つまり、辰宮さんでしたっけ?言ってる事が筋違いにも程があるんですよ。更に一つ。まがりなりにも本家の直系だったら、『主』が登場してもしなくても、人類社会を裏から守る為に、陰陽師の一員として妖魔や瘴気をどうにかしていくべきなんじゃないですか?それが我々の使命であり、誇りのはずでしょう?何も『選ばれる』事が全てじゃないんですから」
「全くもってその通り!素晴らしい!陰陽師の鑑!」
「いや。それは言い過ぎだと思いますけど」
最後の辺りは、奇しくも彼女が家族や珠美に言った事と、ほとんど同じになった。
感極まったように拍手をして彼女を褒めちぎる黒之命に、彼女は何の事も無さそうに返す。彼女としては、この場で思った事や常日頃から思っている事を口にしただけにしか過ぎないからだ。
さて麗はと言うと、まず彼女に「いや何馬鹿な事言ってんですか」と返された途端、目を白黒させていた。言い返されるだなんて、ついぞ思っていなかったからだ。今は今で、チークなど必要がないのではと思える程に顔を赤くして、ぷるぷると震えている。
「わ、わ、私は、絶対に主に選ばれると言われている最有力候補で…」
「はあ。参考までに、何が基準とされての話ですか?いや『選ばれる』って言われる基準とか全然知らないので」
「私がミス・白峰で、成績だってトップだからよ!」
彼女は黒之命を見上げた。
「そもそも選定ノ儀ってミスコン…美人の品評会でしたっけ?」
珠美からは「美人の子が選ばれるってソースらしいソースは無いよ」と聞いていたが、選定の当事者である黒之命がいるので、改めての問いだ。
訊かれた黒之命は、心底理解に苦しむと言った様子で首を傾げる。
「いや?僕はそんな事を言った覚えは一切無いよ?そもそも主は君と決まっているからね?」
「だそうです」
彼女は単に黒之命の言葉を伝えただけだ。だが麗は、きっと彼女を睨み付けた。
「貴方みたいなぽっと出が主だなんて、絶対に何かの間違いよ!」
「いやいいんですか神の宣言を間違いとか言って」
彼女は「神の宣言」と口にしたが、何も信仰心を持ち合わせている訳ではない。お正月もハロウィンもクリスマスも楽しむし、お葬式では仏教にお世話になる予定だ。つまり『良く言えば寛容、悪く言えばいい加減』な日本人らしい在り方をしている。とは言え、神がする宣言には特別な力が込められているのではないかと思ってはいるのだ。
「あと私はぽっと出じゃありませんよ。実戦部隊でこそないバイトだけど、妖魔対策の一員です」
本人曰く『下っ端アルバイト』の身なれど誇りはあるので、彼女は『ぽっと出』という言葉も訂正した。麗に届いているかは別として。
「自分が黒鉄様に相応しいと思うなら、私と勝負して力を示しなさい!」
「いや相応しいと自分が思う云々以前に、ご本人(神)による選定ですから。そもそも『力を示しなさい』とか強要される筋合いも無いんですけど。あと勝負って、それこそ城内での抜刀が禁じられていた江戸城じゃありませんけど、『まだ保護者が必要な学生同士』が『陰陽連本部で私闘をする』とかって、何かのルールに抵触しません?」
「いえ。よろしいかと」
黒之命の側に控える青年達が、静かに提案をしてきた。渋い顔をする黒之命にも向けて続ける。
「どんなに手を尽くしても『支持率100パーセント』はありません」
「いや普通に横文字と言うか現代の用語を使ってきますね」
「ここで主様が実力を示される事は、十二家への抑止にもなるかと」
「あー成る程。政治的な面も関わってきますか」
彼女は周囲を見回した。
「まあここで変に勝負を拒否したりして、うちとか学校とかにカチコミでもかけられたら困りますからね。いいですよ。やります。とりあえず、良さそうな場所ってありますか?あと何か刀の神通力でバフ…霊力への強化がかかったとか思われたらフェアじゃない…卑怯な手を使ったと思われるのも嫌なので、悪いんですけど刀自体は台座に戻しておきますね?」
「…うん。鞘に収まっていないのは落ち着かないけど、我慢するよ」
黒之命は、素直にこっくりと頷いた。陰陽連が戴く刀神なのに、困惑した子犬のような表情をするなあと、台座の切れ込みに正確に刀を戻しつつ、彼女は思った。
「はい?」
彼女が一番最後に刀を引き抜いた直後。他の少女達を掻き分けるようにして、憤然とした様子で1人の少女が踏み出してきた。刀を抜いたままの姿勢で手にした彼女は少女を見て、モデルさんみたいに華がある子だなあとマイペースに思った。
少女は胸を張り名乗りを上げる。
「私は十二家本家が一つ『辰宮』の娘、麗!クラスは当然ながら松!貴方のクラスは?松の子ではなさそうだけど?」
「いや。白峰の生徒じゃないので」
「生徒じゃない!?」
麗の声に、驚きと共に嘲りが入った事を、彼女は聞き逃さなかった。なお、黒之命や他の少女達は「白峰じゃない?」と単純に驚いた様子であった。
尤も、彼女は麗に対しては「一般人の学校だったら見下すような子なんだな」と呆れたので、怒りの片鱗すら抱かなかったが。怒る価値すら無いと見做したと言う方が正しい。
麗は彼女に片手の人差し指をびしりと突き付けた。何て無礼な子なのだろうと、彼女は不快に思った。自分に喧嘩を売る為に、あえて無礼を働いている可能性も視野に入れていたが。
喧嘩上等。売られた喧嘩は返品不可だ。彼女は、いっそ突き付けられている相手の人差し指を鷲掴みにして、関節とは逆方向に思い切り直角に折り曲げようかと考えたが、刀を扱うに不慣れな身では、片手で刀を持ち片手で他人の指を掴む行動をするのは危ないと判断したので、やめた。
「白峰に通ってすらもいない生徒を黒鉄様の主として認める訳にはいきません!辞退しなさい!」
「いや何馬鹿な事言ってんですか」
正に『打てば響く』の速度だった。彼女は即座に言葉を発していた。
「まず白峰に通っているか否かは関係無いでしょう。霊力を持つ一定年齢の女子なら全員儀式参加資格があるんですから」
視界の端では珠美が「そうそう!」と言いたげに頷いている。
「第一、認める認めないは君が言う事じゃありませんし、『辞退しなさい』とか命令するのもちゃんちゃらおかしいですから。選定基準が何かはとんとわかりませんけど、この刀を抜く事ができたのは私ですし、君を含む全員に試してもらっても抜けたのは私だけってわかりましたし、そもそも当の黒鉄様が私を主だと宣言なさいましたよ?選定に文句があるなら黒鉄様に直訴するのが筋で、選び直しも黒鉄様に頼むべきなんじゃないですか?つまり私が『辞退しなさい』なんて命じられる筋合いはありませんし、『辞退』を強要される筋合いもありません」
視界の端では珠美が「いいぞ鍋ちゃん!」とガッツポーズをしている。
「もう一つ。黒鉄様の主が登場するのは、妖魔だ瘴気だのの騒ぎが無くなる、我々陰陽師にとってはめでたい事のはずでしょう?戦場カメラマン達の物言いじゃありませんけど『我々が失業するのが一番』なんですから。極端な話『黒鉄様の主にならないと死ぬ病』に罹患しているとか、その手の厄介な呪詛にでもかかっているとかならともかく、そうでもないのに納得しないだの『辞退』がどうのと言うなら、それこそ御神刀パワーの発揮を妨害して人類社会の安寧が乱れたままでいる事を目論んでいると思われても仕方ないですよ?」
視界の端では珠美が「鍋ちゃんサイコー!」と応援している。
「つまり、辰宮さんでしたっけ?言ってる事が筋違いにも程があるんですよ。更に一つ。まがりなりにも本家の直系だったら、『主』が登場してもしなくても、人類社会を裏から守る為に、陰陽師の一員として妖魔や瘴気をどうにかしていくべきなんじゃないですか?それが我々の使命であり、誇りのはずでしょう?何も『選ばれる』事が全てじゃないんですから」
「全くもってその通り!素晴らしい!陰陽師の鑑!」
「いや。それは言い過ぎだと思いますけど」
最後の辺りは、奇しくも彼女が家族や珠美に言った事と、ほとんど同じになった。
感極まったように拍手をして彼女を褒めちぎる黒之命に、彼女は何の事も無さそうに返す。彼女としては、この場で思った事や常日頃から思っている事を口にしただけにしか過ぎないからだ。
さて麗はと言うと、まず彼女に「いや何馬鹿な事言ってんですか」と返された途端、目を白黒させていた。言い返されるだなんて、ついぞ思っていなかったからだ。今は今で、チークなど必要がないのではと思える程に顔を赤くして、ぷるぷると震えている。
「わ、わ、私は、絶対に主に選ばれると言われている最有力候補で…」
「はあ。参考までに、何が基準とされての話ですか?いや『選ばれる』って言われる基準とか全然知らないので」
「私がミス・白峰で、成績だってトップだからよ!」
彼女は黒之命を見上げた。
「そもそも選定ノ儀ってミスコン…美人の品評会でしたっけ?」
珠美からは「美人の子が選ばれるってソースらしいソースは無いよ」と聞いていたが、選定の当事者である黒之命がいるので、改めての問いだ。
訊かれた黒之命は、心底理解に苦しむと言った様子で首を傾げる。
「いや?僕はそんな事を言った覚えは一切無いよ?そもそも主は君と決まっているからね?」
「だそうです」
彼女は単に黒之命の言葉を伝えただけだ。だが麗は、きっと彼女を睨み付けた。
「貴方みたいなぽっと出が主だなんて、絶対に何かの間違いよ!」
「いやいいんですか神の宣言を間違いとか言って」
彼女は「神の宣言」と口にしたが、何も信仰心を持ち合わせている訳ではない。お正月もハロウィンもクリスマスも楽しむし、お葬式では仏教にお世話になる予定だ。つまり『良く言えば寛容、悪く言えばいい加減』な日本人らしい在り方をしている。とは言え、神がする宣言には特別な力が込められているのではないかと思ってはいるのだ。
「あと私はぽっと出じゃありませんよ。実戦部隊でこそないバイトだけど、妖魔対策の一員です」
本人曰く『下っ端アルバイト』の身なれど誇りはあるので、彼女は『ぽっと出』という言葉も訂正した。麗に届いているかは別として。
「自分が黒鉄様に相応しいと思うなら、私と勝負して力を示しなさい!」
「いや相応しいと自分が思う云々以前に、ご本人(神)による選定ですから。そもそも『力を示しなさい』とか強要される筋合いも無いんですけど。あと勝負って、それこそ城内での抜刀が禁じられていた江戸城じゃありませんけど、『まだ保護者が必要な学生同士』が『陰陽連本部で私闘をする』とかって、何かのルールに抵触しません?」
「いえ。よろしいかと」
黒之命の側に控える青年達が、静かに提案をしてきた。渋い顔をする黒之命にも向けて続ける。
「どんなに手を尽くしても『支持率100パーセント』はありません」
「いや普通に横文字と言うか現代の用語を使ってきますね」
「ここで主様が実力を示される事は、十二家への抑止にもなるかと」
「あー成る程。政治的な面も関わってきますか」
彼女は周囲を見回した。
「まあここで変に勝負を拒否したりして、うちとか学校とかにカチコミでもかけられたら困りますからね。いいですよ。やります。とりあえず、良さそうな場所ってありますか?あと何か刀の神通力でバフ…霊力への強化がかかったとか思われたらフェアじゃない…卑怯な手を使ったと思われるのも嫌なので、悪いんですけど刀自体は台座に戻しておきますね?」
「…うん。鞘に収まっていないのは落ち着かないけど、我慢するよ」
黒之命は、素直にこっくりと頷いた。陰陽連が戴く刀神なのに、困惑した子犬のような表情をするなあと、台座の切れ込みに正確に刀を戻しつつ、彼女は思った。



