花畑に鴉が紛れ込んだように見えるんじゃないかなあと、彼女は思った。まあだからどうと言う訳でもないけどと、同時に思いもしたが。
『選定ノ儀』当日。正に百花繚乱と言える和装で盛装の女子達とは対照的に、彼女はスーツ姿だ。何せ1人だけが黒の洋装なので、自然と目立つ。
「え?いや振り回す訳じゃないにしろ、刀を扱うのに何故着飾る必要が?ってか、スーツもれっきとした正装だし。そりゃ和服と比較したら歴史は無いけど。そもそもドレスコードって言うの?『この服装でなきゃ駄目』とか服装既定的なものは無かったよね?」
これは珠美に選定ノ儀に参加する事を連絡した時の彼女の発言だ。珠美には「まあ和装の盛装が杜さんのお家の流儀だったら、それはそれでいいと思うけど」とも言ったが。
彼女は台座に刺さっている刀。即ち『黒鉄様』を見た。闇を研いだような漆黒でありながら黒い光を放っているという、矛盾した外見である。
華子や瑛子から話を聞いてはいたが、実物は初めて目にする。しかし、あのように刃が剥き出しで錆びたりしないのか。まあ神話の時代に鍛えられたという御神刀だからなあと彼女はマイペースに考えていた。
その気になりさえすれば360度を視認できる持ち前の目で、ルリを髪飾り代わりに頭にとめた可憐な振り袖姿の珠美の姿を捉えた彼女は、これまたマイペースに手を振る。
なお、話が遡る事になるが、白峰学園の実習の現場にいた全ての妖魔を滅ぼす事ができたのも、その全方位を観測する目の力で妖魔の位置を正確に把握していたからだ。一体何をどうやって妖魔を退治したのだと問うてきた、初めて会った頃の珠美。彼女からしてみれば種明かしと言う程でも無いが珠美に種明かしをした所「私って言うか陰陽師なら見鬼はできるけど、そんなに見えるとか松クラスの子でも聞いた事無いよ!チートじゃん!」と、いっそ大仰な程に驚かれた。
説明するまでも無いと思うが、一応書いておこう。『見鬼』とは、幽霊から妖魔に至るまで、その姿を見る力だ。霊力を持ってさえいれば、当たり前にできる。
彼女は「いや『チート』って、そもそも『違法改造』って意味だろ。違法改造的な事は一切しておらんぞ私は」と思ったが。同時に、並外れた能力だという意味で、珠美は『チート』という表現を使用したのだと理解してもいたので、気分を害した訳では決して無かった。
話を現在に戻そう。
彼女の姿を認めた珠美が手を振り返して駆け寄ろうとしたが、「命様!」「お待ち下さい!」という慌ただしい声と足音に、彼女も珠美も視線を向ける。台座の奥から現れた人影に、珠美も含めた集う女子達全員が驚きの声を上げて、時代劇さながらに平伏した。彼女もつられて両膝をつき頭を下げる。艶やかな黒髪と黒い瞳の美丈夫。初めて見るが、彼女には理解できた。『黒鉄様』との間に感じられる力、即ち神気の繋がり。外見年齢こそ青年に見えるが、彼が話に聞く刀神『黒之命』だと。
衣擦れの音が足早に近付いてきて、彼女の前で止まった。その気配が膝をつく。
「顔を上げてくれるかい?」
思いがけず、それはそれは優しい声だったので、彼女は面食らうと共に顔を上げていた。すると、目線を合わせるようにしていた黒之命がにっこり。彼女の両手を優しく握った。
「ずっと君の事を待っていたんだ!君こそが僕の主だよ!会いたかったよ~!」
「はいぃ?」
あまりにも朗らかな声でされた宣言に目を見開く彼女を、黒之命はにこやかに「さあ来て!こっちこっち!」と手を引いて台座まで導く。彼女に刀の柄を握らせて初めて手を放し「抜いてみて!」とわくわくとした様子で勧めてきた。一点の曇りも無い美しい眼差しだった。
彼女は「はあ」と困惑しつつも、言われた通りに両手に力を込める。すんなりと、刀は抜けた。周りが「おお」とどよめく。例えるなら、豆腐から爪楊枝を引き抜くような、拍子抜けする程に呆気ない手応えだった。尤も、爪楊枝とは異なり対象が鋼の塊だが。しかし、鋼だと信じられない程に軽い。むしろ逆に、勢い余った関係もありその軽さで彼女はよろめきそうになりつつも、どうにか身体の均衡を保つ。
彼女が刀を引き抜く様を見た黒之命は、文字通り諸手を挙げた。全身で喜びを表現する仕種だった。
「いえーい!やったー!やっと主が来てくれたー!おめでとう!ひゅーひゅー!」
「いやめっちゃノリが軽いですね。あとこれ鞘は何処ですか?」
相手が神と認識していても、常に常に我が道を行く生来の図太さが揺るがない彼女だ。黒之命の外見にそぐわぬ賑やかさに呆気に取られた事もあるが。
何より、刀が抜き身のままでは危ない。彼女は鞘のありかを知る者がいないかと周囲を見回す。残念ながら、誰もが首を横に振った。
否。そもそも刀を引き抜けるか試す事は、この場に集う女子全員でないと不公平ではないか。いっそ台座に、正確に言うと台座に残る切れ込みに、刀を戻してしまおうかと彼女は考えた。
だが彼女が行動に移るより前に、変化が起きた。刀が黒い燐光を発したと思ったら、光の塊となった刀が彼女の全身に溶け込むようにして、消えてしまったのである。
「あれ!?…いやこれ、私の霊力に刀が溶け込んだ?」
黒之命以外の全員が騒ぎ出すが、彼女はその目で何が起こったかを即座に理解した。黒之命が「流石だね!」と手を叩く。
「その通り!僕の主こそが、同時に僕の本体の鞘でもあるんだ!」
「きちんと取り出せますか?」
「勿論だよ!そうでないと使えないからね!こう、出てくるように念じてくれればいいよ!」
「あ。出てきました」
霊力を使う要領で刀の姿を明確にイメージしたら、手の中に漆黒の太刀が出現した。また黒之命以外の全員がどよめくが、同時に安堵の声も聞こえる。
彼女は刀を「えい」と台座の切れ込みに正確に刺し直した。黒之命は、目に見えて慌てた。
「どうして戻してしまうんだい!?」
「いやだって、儀式に参加する資格を持つのはこの場の女子全員な訳ですし、皆が刀を引き抜けるか試さないと不公平じゃないですか。刀自体が私の霊力に一旦溶け込んだから、もしかしたら抵抗がある人もいるかもしれませんけど」
「…あの。命様」
黒之命を追って台座の奥から現れた2人の青年。多分だが「お待ち下さい!」と言っていた声の主が、遠慮がちに声をかけてきた。
「その方こそが主だと知らしめる為にも、全員が試す事は必要かと」
「主が現れて嬉しい事はわかりますが、公平性は大切です」
黒之命の顔から笑みが引っ込んだ。集まった少女達を無表情に見渡す。
「ーーああ。確かに、僕とした事が浮かれていた。そうだね。主はただ1人だと理解させる事が、主を守る事にも繋がるだろう。君達も試してみるといい」
「た、珠ちゃんやってみようと思います!いいですか!?」
互いに顔を見合わせざわめき始める少女達の中から、思い切ったように進み出てきたのは珠美だった。黒之命に「いいだろう」と言われて刀の柄を両手で掴み、思い切り引っ張る。びくともしない。珠美に続いて他の少女達も1人、また1人と進み出て刀を引き抜こうとしたが、結果は珠美と同じだった。清く正しく順番を待ち、一番最後に彼女が再度試した所、いとも簡単に抜けたが。
それにしても、と彼女は思う。刀を引き抜いた彼女に「ほらやっぱり君が主だった!ばんざーい!」と大喜びで拍手をして万歳もする黒之命は今でこそ満面の笑顔だが、珠美を始めとする他の少女達を見る目が『無』過ぎやしないかと。冷たい・温かいと表現する以前の話だ。完全に『無』なのである。
『選定ノ儀』当日。正に百花繚乱と言える和装で盛装の女子達とは対照的に、彼女はスーツ姿だ。何せ1人だけが黒の洋装なので、自然と目立つ。
「え?いや振り回す訳じゃないにしろ、刀を扱うのに何故着飾る必要が?ってか、スーツもれっきとした正装だし。そりゃ和服と比較したら歴史は無いけど。そもそもドレスコードって言うの?『この服装でなきゃ駄目』とか服装既定的なものは無かったよね?」
これは珠美に選定ノ儀に参加する事を連絡した時の彼女の発言だ。珠美には「まあ和装の盛装が杜さんのお家の流儀だったら、それはそれでいいと思うけど」とも言ったが。
彼女は台座に刺さっている刀。即ち『黒鉄様』を見た。闇を研いだような漆黒でありながら黒い光を放っているという、矛盾した外見である。
華子や瑛子から話を聞いてはいたが、実物は初めて目にする。しかし、あのように刃が剥き出しで錆びたりしないのか。まあ神話の時代に鍛えられたという御神刀だからなあと彼女はマイペースに考えていた。
その気になりさえすれば360度を視認できる持ち前の目で、ルリを髪飾り代わりに頭にとめた可憐な振り袖姿の珠美の姿を捉えた彼女は、これまたマイペースに手を振る。
なお、話が遡る事になるが、白峰学園の実習の現場にいた全ての妖魔を滅ぼす事ができたのも、その全方位を観測する目の力で妖魔の位置を正確に把握していたからだ。一体何をどうやって妖魔を退治したのだと問うてきた、初めて会った頃の珠美。彼女からしてみれば種明かしと言う程でも無いが珠美に種明かしをした所「私って言うか陰陽師なら見鬼はできるけど、そんなに見えるとか松クラスの子でも聞いた事無いよ!チートじゃん!」と、いっそ大仰な程に驚かれた。
説明するまでも無いと思うが、一応書いておこう。『見鬼』とは、幽霊から妖魔に至るまで、その姿を見る力だ。霊力を持ってさえいれば、当たり前にできる。
彼女は「いや『チート』って、そもそも『違法改造』って意味だろ。違法改造的な事は一切しておらんぞ私は」と思ったが。同時に、並外れた能力だという意味で、珠美は『チート』という表現を使用したのだと理解してもいたので、気分を害した訳では決して無かった。
話を現在に戻そう。
彼女の姿を認めた珠美が手を振り返して駆け寄ろうとしたが、「命様!」「お待ち下さい!」という慌ただしい声と足音に、彼女も珠美も視線を向ける。台座の奥から現れた人影に、珠美も含めた集う女子達全員が驚きの声を上げて、時代劇さながらに平伏した。彼女もつられて両膝をつき頭を下げる。艶やかな黒髪と黒い瞳の美丈夫。初めて見るが、彼女には理解できた。『黒鉄様』との間に感じられる力、即ち神気の繋がり。外見年齢こそ青年に見えるが、彼が話に聞く刀神『黒之命』だと。
衣擦れの音が足早に近付いてきて、彼女の前で止まった。その気配が膝をつく。
「顔を上げてくれるかい?」
思いがけず、それはそれは優しい声だったので、彼女は面食らうと共に顔を上げていた。すると、目線を合わせるようにしていた黒之命がにっこり。彼女の両手を優しく握った。
「ずっと君の事を待っていたんだ!君こそが僕の主だよ!会いたかったよ~!」
「はいぃ?」
あまりにも朗らかな声でされた宣言に目を見開く彼女を、黒之命はにこやかに「さあ来て!こっちこっち!」と手を引いて台座まで導く。彼女に刀の柄を握らせて初めて手を放し「抜いてみて!」とわくわくとした様子で勧めてきた。一点の曇りも無い美しい眼差しだった。
彼女は「はあ」と困惑しつつも、言われた通りに両手に力を込める。すんなりと、刀は抜けた。周りが「おお」とどよめく。例えるなら、豆腐から爪楊枝を引き抜くような、拍子抜けする程に呆気ない手応えだった。尤も、爪楊枝とは異なり対象が鋼の塊だが。しかし、鋼だと信じられない程に軽い。むしろ逆に、勢い余った関係もありその軽さで彼女はよろめきそうになりつつも、どうにか身体の均衡を保つ。
彼女が刀を引き抜く様を見た黒之命は、文字通り諸手を挙げた。全身で喜びを表現する仕種だった。
「いえーい!やったー!やっと主が来てくれたー!おめでとう!ひゅーひゅー!」
「いやめっちゃノリが軽いですね。あとこれ鞘は何処ですか?」
相手が神と認識していても、常に常に我が道を行く生来の図太さが揺るがない彼女だ。黒之命の外見にそぐわぬ賑やかさに呆気に取られた事もあるが。
何より、刀が抜き身のままでは危ない。彼女は鞘のありかを知る者がいないかと周囲を見回す。残念ながら、誰もが首を横に振った。
否。そもそも刀を引き抜けるか試す事は、この場に集う女子全員でないと不公平ではないか。いっそ台座に、正確に言うと台座に残る切れ込みに、刀を戻してしまおうかと彼女は考えた。
だが彼女が行動に移るより前に、変化が起きた。刀が黒い燐光を発したと思ったら、光の塊となった刀が彼女の全身に溶け込むようにして、消えてしまったのである。
「あれ!?…いやこれ、私の霊力に刀が溶け込んだ?」
黒之命以外の全員が騒ぎ出すが、彼女はその目で何が起こったかを即座に理解した。黒之命が「流石だね!」と手を叩く。
「その通り!僕の主こそが、同時に僕の本体の鞘でもあるんだ!」
「きちんと取り出せますか?」
「勿論だよ!そうでないと使えないからね!こう、出てくるように念じてくれればいいよ!」
「あ。出てきました」
霊力を使う要領で刀の姿を明確にイメージしたら、手の中に漆黒の太刀が出現した。また黒之命以外の全員がどよめくが、同時に安堵の声も聞こえる。
彼女は刀を「えい」と台座の切れ込みに正確に刺し直した。黒之命は、目に見えて慌てた。
「どうして戻してしまうんだい!?」
「いやだって、儀式に参加する資格を持つのはこの場の女子全員な訳ですし、皆が刀を引き抜けるか試さないと不公平じゃないですか。刀自体が私の霊力に一旦溶け込んだから、もしかしたら抵抗がある人もいるかもしれませんけど」
「…あの。命様」
黒之命を追って台座の奥から現れた2人の青年。多分だが「お待ち下さい!」と言っていた声の主が、遠慮がちに声をかけてきた。
「その方こそが主だと知らしめる為にも、全員が試す事は必要かと」
「主が現れて嬉しい事はわかりますが、公平性は大切です」
黒之命の顔から笑みが引っ込んだ。集まった少女達を無表情に見渡す。
「ーーああ。確かに、僕とした事が浮かれていた。そうだね。主はただ1人だと理解させる事が、主を守る事にも繋がるだろう。君達も試してみるといい」
「た、珠ちゃんやってみようと思います!いいですか!?」
互いに顔を見合わせざわめき始める少女達の中から、思い切ったように進み出てきたのは珠美だった。黒之命に「いいだろう」と言われて刀の柄を両手で掴み、思い切り引っ張る。びくともしない。珠美に続いて他の少女達も1人、また1人と進み出て刀を引き抜こうとしたが、結果は珠美と同じだった。清く正しく順番を待ち、一番最後に彼女が再度試した所、いとも簡単に抜けたが。
それにしても、と彼女は思う。刀を引き抜いた彼女に「ほらやっぱり君が主だった!ばんざーい!」と大喜びで拍手をして万歳もする黒之命は今でこそ満面の笑顔だが、珠美を始めとする他の少女達を見る目が『無』過ぎやしないかと。冷たい・温かいと表現する以前の話だ。完全に『無』なのである。



