●君との恋は秋の夕暮れみたい。
君との恋の始まりは秋だった。
イチョウ並木の中で君と初めて手を繋いだ瞬間、静電気が走って笑いあったことも、
今もまだ、鮮明に1秒ずつ思い出せるよ。
映画が24フレーム、つまり、1秒間に24枚の絵が重なって動画になっているみたいだけど、
きっと、それくらいその時のことを、再生できるんだよ。
君が言った言葉はすべて取っておきたいから、
スリコで買った300円のジュエリーケースをたくさん並べて、
その中に丁寧に保存していたよ。
だけど、もう、その必要はなくなったみたい。
君の言葉をひとつひとつ、ジュエリーケースから取り出し、
そのなかに、涙を一つずつ入れていく。
涙はガラスみたいに透明で、
ときおり、青い涙も混じっていたよ。
君と初めて手を繋いだ、あの秋の日。
深いオレンジ色の中で、思いなんか伝えないで、
ガソリンスタンドで静電気除去シートに触ればよかった。
●ねじの所為で僕らは共依存。
君の命は儚くて、別れを考えるだけでも寂しいから、
僕は君の背中にあるねじを1週間に一度、巻いている。
ジリジリといつものように回すと、君はいつも、ありがとうって素直に言ってくれる。
その行為は生命維持のためだけど、髪を切るみたいで、君にこうやって触れている時間が貴重に思えるよ。
夏のオープンテラスで銀色に輝くビル街や、
その下を行き交う多くの人を眺めながら、
君と一緒にレモネードを飲んでいる。
こうしている時間があまりにも貴重だし、
君の一日はねじ一回転分だから、より貴重に思う。
7回しか巻けない、そのねじはゆっくりジリジリと回転して、君の心臓を動かす。
「7日周期なのは、人間の摂理なのかもしれないね」
と君はいつも、君の背中のねじのことをそう言って、笑う。
僕はそのたびに君がどうして、ねじまき病になってしまったんだろうと悲観してしまう。
ねじまき病は回すことを忘れなければ、天命まで全うできると言われている。
「一生、君のねじを回すよ」と君に伝えると、
「あなたのねじも一生回すよ」
麦わら帽子を被ったまま、レモネードを片手に持っている君の微笑みは、ガラスより眩しかった。
●伝わらない君が好きなのに。
君の前では素直になれないのは、
それだけ、君のことを意識しているからだってこと、
君はどうして、わかってくれないんだろう。
役目を終えたガラス窓みたいに、透明が地面を反射して、
その先にプリズムをつくるようにもどかしいよ。
人と人はわかりあえないよって、よく言われてることを、
君は本気で信じているのかな。
私だって、それなりに君に100%を伝えようとしているのに、
君の受信はいったい、何%なんだろうね。
君の分母の基準がわかれば、きっと、私は君を虜にできると思うのに。
夏休みに入る前に、君に伝えたいんだ。
だから、炎天下を回避するために、
誰もいない、市民プールのエントランスで、
ベンチに座り、口の中で、コーラと塩素ナトリウムの香りを混ぜ、
二人きりで私といる意味を君はまだ、感じ取ってくれないんだね。
私はもう、我慢できないから、
君に今、思いを伝えるよ。
「透明なガラスみたいで繊細で切ない君が好きだよ」
そう言われて、私は手に持っていたコーラを床に落としてしまった。
●ダサいモチーフのネックレスを買った話。
永遠を誓うために、君と一緒にきゃっきゃ言いながら、
安いネックレスを2つ買った。
ショッピングモールの吹き抜けの下にあるベンチに座った。
吹き抜けのガラスからは冬の銀色の弱い日差しが差し込んでいて、
弱い光に暖かさを少しだけ感じた。
君と私は温室育ちのよしみのバナナみたいに、
人目をはばからず、弱々しく肩をくっつけあっていた。
ローブランドの袋から取り出した2つのネックレスは、
1つには、ハートの片割れ。つまり右心室と、鍵、
2つには、ハートの片割れ。つまり左心室と、南京錠がついていた。
「右と左、どっちがいい?」
「鍵と錠の聞き方のほうがよかったな」と私が返すと、
君はどっちだっていいじゃんと、ゲラゲラ笑い始めた。
何もかも、初めての体験の私たちはこのやり取りすら新鮮に感じ、
今、降り積もっている雪は永遠に溶けないような気さえした。
あのとき、鍵を選んだ私は、
結局、君の心を上手く開くことができなかった。
失くしたと思っていたはずのダサいネックレスで、
昔のショッピングモールファンタジーを痛く思い出した。
●すれ違ったまま、諦めた恋を思い出すのはどうして?
日々、後悔は胸に降り積もっていく。
だけど、それを無視して、新しい生活をして、新しい人を選んで頑張っても、
心のどこかで君を思い出してしまうのは、どうしてだろう。
君とは自然消滅したんだから、
私はもう、後悔なんてしていないはずなのに。
今日も雨の中、都営新宿線に乗り、忙しい場所まで身を任せているよ。
地下の中では雨の気配は人々の閉じた傘しか感じられないし、
都会ではね、君の住む場所と違って、
濡れないまま、雨の匂いも感じず、外の冷たい空気を吸わずに、
目的地まで行くことができるんだよ。
君は何をしているのか、気がかりな気持ちを抑えられなくて、
結局、カフェで一息つくことにしたよ。
そして、インスタのDMに残っている君とのやり取りを開いて、
『応援してるよ』
と、数年前の君の優しさを思い出して、
また、胸が痛くなったよ。
優しさに飢えた私は、きっと、今、
君とはもう、価値観が合わないかもしれないくらい、
くたびれてしまったよ。
だけど、諦めきれないから、久々にメッセージを送ってしまい、
ドキドキを誤魔化すためにコーヒーを飲もうとしたら、
数滴、カウンターにこぼしてしまった。
●すれ違ったまま、諦めた恋を思い出すのはどうしようもなかったからだ。
夢を追う君から離れたほうがいいと思い、
僕は好きだったけど、君から離れることにした。
君に言えなかったことは、今はようやく克服できたよ。
あの時は先が見通せなくて、身体もどんどんボロボロになっていき、
白い天井や風で舞っている白いカーテンを白いベッドの上から眺めていたよ。
世間は夏でキラキラして、青色を楽しんでいるのかと思うと、
すごく悲しかったし、こっちから君のことを振ったのに、
ときおり、君との恋を思い出して冷たく不機嫌な胸が少しだけ温かくなったよ。
『応援してるよ』
このDMを送るので精一杯だった。
本当は自分の病を君に打ち明けてもよかったと今、結果論で考えると
もう少し、君に頼ってもよかったのかもしれないと思ったよ。
君は無数の銀色の窓が空の青を反射する街で上手く行ったのかな。
更新されない君のインスタのアカウントは昔のままだった。
そして、僕のページも3年前と変わらないままだった。
だけど、君にも僕にも平等に3年のときは流れているはずだよ。
数年ぶりのドトールの中で、
僕はミラノサンドを食べ、それをコーヒーで流し込み、
いつもと変わらない見慣れた国道を行き交う車を窓越しに眺めていた。
カウンターに置いたままだったiPhoneに通知が表示されたから、
それを見ると、最初、信じられなくて、
僕は素直に君にこれまでのことを伝えようと思った。
●君とビルの下の氷上をすべる。
手を繋いで、君と一緒に夜のスケートリンクをかけるのは、
楽しいし、単純にときめいてしまう。
高層ビルの窓はまだ、ところどころ白くて、
周りの街路樹は電球色が暖かく、
今シーズン最大の冷え込みなんて全く感じないね。
少しずつ慣れ始めた氷上で、
君と最小の表面積で甘さの中、冷たい風を切るのは、
ティラミスを細長く食べやすく切っているみたいに思える。
もし、君とこのまま手を繋いで、
氷上からタイムトラベルしても、
きっと、君の手を離すことはないと思うよ。
君がどんなにスピードを上げても、
君がどんなによそ見をしても、
きっと、こっちからは手を離したりはしないよ。
心細さや、冬の甘さを忘れてしまわないために。
だから、もう一周したら、
さっき言ってたバルでピザを食べに行こうね。
●上手く行かない恋は劇薬。
君は想像以上に移ろいやすい性格で、
私は満たされてると思い込んでいた気持ちの処理に困っているよ。
疲れた私は別に別れを切り出すわけでも、
つらい事実を切り出すけわでもなく、
君のことを未だに信じ続けているフリをしているよ。
今日も雨が降り続けている外をリビングの窓越しから見ている。
テーブルに置きっぱなしの炭酸水が入ったペットボトルを開けると、
一気に抜けていく音がした。
ガラスの無数の雫は私の涙みたいって、
勝手に自己都合に合わせて考えてしまうほど、
後戻りできないなって思った。
もし、君の気持ちを三つ編みの髪に織り交ぜることができたら、
君は私のことをずっと見てくれたのかな。
「無邪気なところが好き」って言われたことがあった。
あれは、ただ単に都合がいいよって意味だったんだね。
あのとき、無邪気に嬉しくなった私はバカだったんだね。
ペットボトルに口づけて、炭酸水を口に含むと、
二酸化炭素はもう弱くなっていたから、
君の優しさは嘘だったんだって思った。
ペットボトルをそのまま手に持って立ち、
ベッドサイドにそのまま腰を掛けた。
そして、ベッドに置きっぱなしのiPhoneを見ると、
君からのメッセージがありますと表示されていた。
君からのあり得ないLINEの所為で、ベッドに仰向けになり、
ベッドの上で何度も両足をバタバタしたけど、
気持ちは炭酸水の泡が飽和したみたいに消化されなかった。
●今夜、君の胸にハート型のレーザーポインターを照射する。
お互いに学校に馴染めないなんて、笑えるよねとか、言いながら、
夜の公園でグダグダ君と、別に目指したくもない未来の話をして、
「永遠に夜が続けばいいのに」って、
君はため息混じりにそう言うから、僕は君とならそれでいいと思った。
夜の淵みたいな公園のベンチで横並びに座って、
恋人気取りだけど、お互いに肝心なことを言わないまま、
知り合ってからしばらく経っていた。
気温が下がらず、夏の熱気がTシャツに絡みつき、
もっと、夜なんだから、爽やかになってほしかった。
だから、二人で2本のポカリスエットを飲みながら、
悲しみの涙で果てた君と僕の水分を補っている。
別に本当に泣いているわけじゃないけど、
学校なんかに馴染めないつらさや、
生きる希望をどこかに持っていきたいための、
涙で僕らの身体は乾いている。
君が不意に立ち上がったから、
「撃ち抜くよ。レーザーポインターで」と伝えると、
「いいよ、あなたなら」と言って、君は右手で胸を抑える仕草をした。
「なんだよそれ」
「そんな野暮な質問するなら、私をぶどう畑で捕まえて」
「キャッチャー・イン・ザ・ぐれいぷ」
「ねえ。ワインの収穫祭で白い布を藍色に染めるような関係になりたいな」
「僕もそう思っていたところだよ。レーザーポインターの形、わからなかったの?」
「赤い点でしょ。どうせ」
「違うよ。ハート型」
そう言うと、君は微笑んだから、
僕は君に付き合ってと素直に言った。
●もっと、君とはしゃぎたい。
遊ぶための方法なんて、無数にあるから迷っちゃうよね。
君と私の時間はアスファルトに落ちたアイスクリームのように溶けていくよ。
少し前までの、日記に不幸を書き並べてた日々は嘘みたいになったよ。
肩を叩かれて、振り向くと頬に君の人差し指が当たり君が笑った日から。
緑が深まるの真夏の公園をゆっくりと歩き続けているよ。
塩素の匂いが、かすかに鼻をくすぐってきて、夏を感じた。
君とふたりでプールに無数のバブルバスを入れて、
白いプールサイドに腰を掛けて、
ふたりで、水色の底の冷たい水を両足でバタバタさせて、
泡をたくさん作って、そんなイケないことをしてみたいな。
たまに君は遠い目をふとするときがあるよね。
私はそれを見逃さなかったよ。
傷ついた過去はなにか知らないけど。
言ってくれたら、私は君を包む覚悟はもうできているよ。
今日も青空は夏を象徴しているみたいだね。
君がそう言ったから、かっこうつけないでよと、私は平然と君を茶化して寂しくなった。
君の過去を知ろうとするといつも君は話を逸らすけど、
いつか、それを知ることができたら、
きっと、それは愛の証拠になりそうだね。
待つよ。
君が心を開いてくれるまで。
それまで君を私だけに独占させつづけて。
●すべてを捨てるよ。
僕は君のことを真剣に考えてきたけど、
雪が降り積もる静かな明るい夜の中で君を失ったことを素直に後悔しているよ。
忙しさでお互いに積み重ねることができなかった日々は、
コンクリートの水たまりに氷が張ったみたいに不毛だったのかもしれないね。
ローソンの看板が雪で光がぼやけていて、
僕は君とこのローソンの前を去年、初雪が降った日に歩いたことを思い出した。
あの雪の日の夜も、この思いは変わらないかと思っていたけど、
1年もすれば、人って簡単に変われるね。
君の少しかすれ気味の声が好きだった。
冗談を言いあいながら、関係を深めていきたいなって漠然と思っていた。
だけど、日々はすれ違うことばかりだったな。
とても、思いやることなんてお互いに無理だったのかもな。
「好きだけど、もう一緒にいるの無理だから。ごめんね」
再生される君の声に納得はまだしっかりとできてない。
君を信頼しすぎて、甘えすぎたのかもしれないなって思ったときには、
もう遅いっていうのは、きっと、ありきたりなことなんだろうな。
よくふたりで、
もち食感ロールを買ったこの店で、
つらいから、ジャックダニエルを買って、
君と出会った頃のことを思い出そう。
●バスルームロマンス。
お互いにTシャツを着たまま、
バスルームでシャワーを掛け合っているよ。
びしょびしょになり、
髪からしたたるぬるま湯と透けたお互いの身体を
お互いに見つめ合い笑いあうよ。
白い箱の中では素直に、君と私は少年と少女になっていく。
無邪気さを永遠に保つ魔法は、
「お湯はりをします」で一気に消えたよ。
好きすぎて泣きたくなったって言ったら、
こうすれば笑顔を取り戻せるよっていって、
気がついたらこんなことを始めていた夏の夕暮れすぎだった。
君の部屋はファンタジーだね。
非日常を笑い飛ばしちゃえば、
世界はいい感じに丸くなるんだね。
楽しさのあとに君の部屋のすみに干した白いTシャツとキャミソール。
君の白いバスタオルに身を包みながら、
ワンナップ音を複数回、部屋中に響かせるように、
なぜだろう君との距離がより縮まった気がするよ。
「もう、友達以上だね」
君は笑いながらそう言ってきたから、
私はまた嫌な気持ちに戻されそうになったから、
「じゃあなんていうの?」と言うと、
「好きだよ」とさらりと返された。
だから、
「ドライヤーかけて」と頼むと、
君はそっと私の髪を撫でてくれた。
●何度繰り返しても。
君に会うために何度もタイムスリップするなんて、バカげているよね。
だけど、僕は君に会うために何度もタイムスリップをするつもりだよ。
君ともっと、たくさん思い出を作りたかったし、
君ともっと、笑っていたかった。
だけど、もう、ダメみたいだね。
なんだか、数ヶ月前に余命宣告を受けたのが懐かしく感じるくらいだよ。
なんだか、こうやって手紙で書くと他人事みたいに感じるよ。
本当は君のことを巻き込みたくなんてありませんでした。
あの日、お互いに気持ちを確かめた日、
本当に嬉しかったよ。
僕はこれから永遠の眠りに入るんだと思います。
それはこの命である自分がひっそりと消滅するだけです。
叶えたかった夢とか、愛とか、自由とか、欲求とか、
すべてがひっそりと消滅するだけです。
意識って、ホントどこに行くんだろうね。
だけど、悲しまないでほしいな。
人は死に向かって生きているから。
僕はそれが人より早かったってだけだよ。
最後に君に伝えたいことがあるんだ。
僕は君のことを忘れないよ。
ありがとう。
●囚われた君を助けに行く。
秋も終わろうとしているのに、
変われない思いを抱いたまま、
季節は僕を置いてけぼりにしていく。
冷たい雨が降る中、湿った落ち葉を踏みつけて、
森の一本道を地道に歩きながら、
僕は彼女のあれこれを考え続けた。
だけど、何度もリロードを繰り返した思考の答えは一緒で、
僕は彼女を必要としていることは変わらなかった。
彼女が魔女に拐われてから、ずっと君の行方を探している。
この2か月間、手がかりは見つからないまま、僕は途方にくれていた。
着慣れたカーキのMA-1のポケットに両手を突っ込み、
その中で何度も握ったり開いたりしても、
もどかしい現実が変わるような音はしなかった。
笑いあった夏が遠くなっていき、
秋は彼女がいなくなり、途方にくれて、
そして、今、ひとりぼっちになり冬を迎えようとしている。
魔女による人さらいは、
中世の魔女狩りの報復だと言われているけど、
彼女にも、僕にとっては関係ないことだ。
そして、僕は2か月の霧を抜け、
冷たい雨の中、森の中にある魔女の城にたどり着いた。
ただ、助けたい。
それくらいのこと、難しくないはずだ。
僕はバッグから冷たくなった拳銃を取り出し、
それをしっかりと両手で握り、
右足でゆっくり扉を蹴った。
●最終のメリーゴーランドに乗って。
閉園前の夢が眠りかけている世界は電球色でカラフルがシックになっていた。
11月の遊園地は底冷えし始めていて、
日中の陽気に騙されて一枚薄い格好をしたのを
私は少しだけ後悔していた。
君に手を引かれたまま、たどり着いた先には、
闇に柔らかい光を放つメリーゴーランドがあり、
最後にたどり着いたお城みたいに見えた。
光の傘の下で君と一緒に夜を駆けることになるんだと思うと、
君って、意外とロマンティックなことしたがるんだって思って、
いつものクールな裏はファンタジーで詰まっているんだって思った。
「乗るよ」
「最高だね」と返すと、君は弱く微笑んでくれた。
君のまつげの先に、電球色が乗っかり、輝いたように見えた。
隣同士の白馬にまたがると、
ゆっくりと回転を始め、冷たい夜風をゆっくりと切り始めた。
もうすぐ冬が始まってしまう香りがして、
今年もあと1か月もしないうちに終わってしまうんだって、
ちょっとだけ、虚しくなったけど、
去年の今頃は君の隣に私はいなかったからいい年だったな。
って、思いを伝えたくて、左側の君の方を見ると、
君はゆっくり上下に揺られ、右腕を精一杯伸ばしてピースサインを送ってきた。
その瞬間、私は君となら寒い夜を何度も越せるなって思った。
●機嫌なおしてあげるよ。
不機嫌そうな君の表情は氷上で踊る笑みとは遠くて、
雨をサイゼリヤの窓越しに眺める僕らは水槽の中のネオンテトラみたいだね。
雨が降るたびに冬が近づき、僕らは置いてけぼりをくらったまま月日は経つ。
言葉数が少なくなったのは、
倦怠期という言葉一つで片付けたくないよ。
もし、何かが不足しているのなら、
普段はあまり言わないありがとうの束を君に贈るよ。
そんなことはもう、遅すぎるような気がした。
君を怒らせるのはいつも僕のほうだと思うけれど、
そんなに君が気になることに僕は鈍感なのかな。
君のショートボブはいつの間にか新鮮味がなくなっただけだから。
今日もこうして、少ない言葉でやり取りできるのは、
たぶん信頼しすぎている所為かもしれないな。
頬杖をつく君は雨で濡れた窓に映る。
目を合わせずに窓に映るいつもの君を横目で見ていると、
ふと、ピアスに目がいき、
いつもと違うイエローゴールドが今日も雨で濡れる街の片隅に映っていた。
君に視線を視線を戻すと君はようやく僕に目線を戻し、
「気づいた?」と冷たくそう言い放ったから、
「似合うよ」
「遅いね。もう夜になりそうなのに」
君はようやく笑みを浮かべたから、僕は君に別れを告げることにした。
●君は素直じゃない。
春が揺れるように、桜の木々が風で揺れている。
君と桜の下を歩くのは、君から誘われたからで、
私はこの春、この街を出る。
最後になる制服はJKブランド卒業が名残惜しい私は、
19歳に向かい、20歳を過ぎ、大人になれるのか、
自分でもまだ、いまいちイメージができない。
君にそのことを話すと、
「同じだよ。時間は無情に流れるよ」
「同じって、どういうこと?」
「無条件に時間は流れて、誰もが嫌でも大人にならなくちゃいけないってことだよ」
大人ぶって、何でも知ったふりをするそんな君が好きだ。
だけど、君はこの街に留まるし、離れてしまうよね。
こんなに頻繁に近くにいたのに、二人とも一定の距離を取りあって、
無地のキャンパスに何かしらの色を足すことができなかった。
「ねえ、私がいなくなっても生きていける? そんな調子で」
「その言葉、そのまま返すよ。心配だよ」
「心配?」
「そう。素直じゃないから」
「ひねくれてるのはお互い様でしょ」
私たちは絡まった二匹のクラゲみたいに軟弱で、
空回りし始めて恋を始めるきっかけを逃した私たちは、
きっと、このまま大人になり、
桜が散ったことなんてクリスマスには覚えていないように、
自然消滅するんだと思う。
そして、桜を見たときに、ふと君のことを思い出して、
青かったなってきっと、独り言をつぶやくのかもしれない。
そう思うと、胸の中でなにかずっしりと重い感覚がビックバンみたいに広がり、
そして、ブラックホールの収縮みたいにきゅっと縮まった。
横を歩いていた君が急に立ち止まったから、
君のほうを振り向くと、
君はピンクの中で上を見上げていた。
そのあとすぐに視線を渡しの方に向けて、
目と目が合い、一歩、私のほうに近づいた。
君はパーソナルスペースを無視して、
私の目の前で私をじっと見つめてきた。
こうして、見つめ合うと、
君と離れるんだって実感がより湧いてきた。
「今更だけど、素直になるわ」と言って君は私を抱きしめた。
両思いだって今、知っても、今更、もう遅いよ。
桜の緑が深くなったらすぐに帰る決意をした。