翌朝。

 優恵は周りを警戒しつつ、学校に向かう。
もしかしたらあの直哉という男が待ち伏せしているかもしれない。
一晩よく考えて、優恵はやっぱりあれはきっと何かの嫌がらせかイタズラの類いだったのだろうと自分の中で結論づけていた。

 思い返してみれば、中学の頃も散々そんなことがあったからだった。


"俺、龍臣の気持ちがわかるんだ"

"俺は龍臣の幽霊が見える。お前のこと、恨んでるってさ"

"龍臣が泣いてるよ。お前のために死んだのは間違いだったって"

"お前のことなんて助けなきゃ良かったって"


 龍臣と仲が良かった男子達にそう言われるのはいつものことだった。
だからきっと、今回だって演技がとても上手なだけ。

 あからさまな態度だとすぐに優恵にバレてしまうから、涙を見せるという高騰手段を使って優恵に嫌がらせをしているのだろう。
そう思ってしまえば、逆にイライラとしてきて朝ごはんもしっかり食べることができた。

 四月の空気はどこか爽やかで温かみを感じる。
そんな空気は自分には似合わない。そう思いながら、優恵は歩みを進めた。

 高校は少し遠くにある進学校を選んだ。
特に理由は無い。無意味に生きている中で、勉強している時間だけが唯一何も考えなくて済んだからかもしれない。
自分が合格圏内の高校の中で一番上のランクの学校を選んだ。

 少し遠くにあるからか、進学校だからか。
どうやら同じ中学から進学した生徒は一人もいないようだった。

 それが優恵にとって良かったことなのかは本人もわかっていない。
だけど、"龍臣を死なせた"という噂が流れていない学校生活が久しぶりすぎて、逆に慣れることができずに困っていた。


 今日は無事に直哉という男子に会わないまま学校にたどり着くことができて、優恵はいつも通り教室に入る。
自分の席に座ると、ようやく息ができたような気がした。

 高校に入学してまだ日は浅い。
友達なんて呼べる存在はもちろんいないし、クラスの中で仲良く会話をするような人もいない。


「原田さん、おはよう」


 そう挨拶してくれるクラスメイトの女の子に


「あ……おはよう」


 とぎこちない笑みを向けるのが唯一のまともな会話かもしれない。

 高校は進学校だからか、優恵はもっとカリカリしている学校なのだろうと思っていた。
ガチガチの校則があってガリ勉タイプばかりで、教室の中はペンを走らせる音が響くくらい静かなのだろうと勝手に想像していた。
しかし、通い始めてみるとそれはただの偏見だったようだ。

 校則はそこまでガチガチではなくてむしろ緩い方で、みんな適度に制服を着崩したりアレンジしたりと自由だ。
髪の毛を染めている人までいて驚いた。
生徒の性格も様々な人がいて、メガネをかけたいかにも頭が良さそうな人もいれば、派手で明るくいわゆるギャルに近いような人も。
とても進学校にいるようには見えない人も多い。

 授業中はみんな一気に集中するためか静かだけれど、それ以外はむしろ賑やかで常に明るい学校だった。

 そんな場所で一人でいれば悪目立ちするかと思ったけれど、同じように一人を好む生徒もそれなりにいるようで優恵が浮くことはなかった。
用があれば話しかけるし、用がなければ何も言わない。
挨拶は交わし、お互いの存在も名前も知っている。だけど必要以上に関わろうとはしない。

 優恵にとって、そんな距離感はすごく居心地が良かった。