視聴覚室の片付けは松村くんと楸に任せて、僕らはスタジオへすべての機材を戻すことになった。
機材を載せた軽トラは古谷くんの家のものを借りた。運転手は彼のお兄さん。実は昨日の運び込みの時も、お兄さんにはお世話になっている。
昨日は学校についたトラックから機材を積み下ろすだけだったけれど、今日は僕もスタジオに行って手伝わなくてはいけない。スタジオ組はセナ、早瀬、古谷くん、僕だった。
「ちょっと狭いけど男どもは後ろの荷台に隠れててな。女の子たちは前乗りぃ」
お兄さんは古谷くんに似て気さくでとってもいい人だった。お兄さんの言う通りコードやアンプに囲まれて僕らは荷台に腰を下ろす。出発したら思ったよりも揺れて、近くの固定用タグにしがみつく羽目になった。そんな僕を見て古谷くんは「ははは!」と楽しそうに笑う。
「古谷くんは慣れてんの、これ乗るの」
「おう、小さい頃から乗ってる。朝早くの市場はいいぞー、空気が澄んでてて。昔よく親父に連れてってもらってた……まぁ、今はもういねーけど」
サラッとすごいカミングアウトをして来た気がする。目を瞬く僕に向かって、古谷くんは「ああ、悪り、うちの親父交通事故で一昨年あっけなく逝っちまって」と苦笑した。
「……そう、なんだ」
「でも俺には母ちゃんもにーちゃんも、十和子もいるから。あ、十和子ってのは妹な。最近生意気でよー」
すぐに彼の父親の話は妹の話にすり替わった。それでも僕の頭から彼の言葉が離れなかった。
どうして、そんなにも簡単に受け入れることができるんだろう。
「俺の服と一緒に洗濯しないで! とか言ってくんだぜ?」
「ねえ、あのさ」
「お?」
古谷くんは僕の声にきょとんとしてこちらを振り向いた。あまり深刻になり過ぎないように注意しながら言葉を選んで声に出す。
「お父さんが、亡くなったって言ったじゃん、今」
「おう、言ったな」
当たり前のようにうなづく古谷くんに少しだけホッとした。彼のそんな雰囲気に安心して、もう一歩踏み込む。
「……どうやってさ、受け入れた?」
「まーたお前は難しいこと言ってんなぁ」
ガタガタと揺れる荷台で、古谷くんは考えるように頭をかく。「そうだなぁ」と言いながら一度運転席に座るお兄さんの後ろ姿を見て、そうして、僕にもう一度目線を戻した。
「俺はさ、頭も良くないし、別に何ができるわけでもないんだよ」
「そんなことないと思うけど」
僕にしてみたら古谷くんは十分、すごい。みんなをパワーでまとめることができるのは才能だ。
「ありがとよ、そんなふうに言ってくれるのはお前だけだぜ、句楽」
「どういたしまして」
お茶目にウインクをかました古谷くんはそのまま言葉を続ける。
「父ちゃんが死んじゃったときさ、みんな、泣かなかったんだ」
「え……?」
「店をどうやって続けていくかとか、お金のこととか、みんな目の前のことに一生懸命になってて。十和子ですら泣かなかった。……いや、今思えばきっと、誰も見ていないところで泣いてたのかもだけど、それでもそれぞれがやれることを探して乗り切ったんだ」
古谷くんは話しながら懐かしそうに瞳を緩めて笑う。
「でさ、俺には何ができるだろうって、考えたんだよね。まー俺、次男坊だし、兄ちゃんと母ちゃんで店も切り盛りすんだろうなって思ってたし、実際その通りになった。でもさ、そんな俺でもこれだけは俺のモンだっての、一個だけ決めたんだ」
古谷くんはニカッと大口を開けて笑う。
「俺は、父ちゃんの代わりに、明るくいようって」
「……」
「俺の父ちゃん、家族の中で一番賑やかな人だったんだ。嫌なことあって泣きそうになってても、家帰って、父ちゃんがガハガハ笑うの見てるとなんかもーどーでも良くなっちゃう感じっていうの?」
陽キャの代表みたいな古谷くんがそう言うんだ。とても明るいお父さんだったんだろう。
「誰かが、その役目をしなきゃって思った。それが俺を立ち直らせたんだと思う」
「そう、なんだ……」
役目。
それが古谷くんにとっての、救い。
彼の、生きている、意味。
僕にとっての救いは、なんだろう。
「お前も、なんか人生大変そうだよな。最近は休み減って来ただけど、やっぱまだ体調悪いんだろ? 病気か?」
「んー、まぁ、そんなところ……」
自力で立ち直った古谷くんに向かってまさか言えない。トラウマ治療のためにAIをつけてもらっているだなんて、そんなこと。