――里中 清美
わたくしのクラスの委員長で、鼻の頭にまだ少しそばかすが残る、美人というより可愛らしいという感じの子ですわ。
『美子』の日記はまだ全部に目を通していませんが、クラスメイトの名前などは特に出ていませんでしたね。
それはいじめていた人間も同様。
先を読めば書かれているかもしれませんが、恨み言くらいしかまだ見れていません。
「――さん、神崎さん?」
「え? あ、ああ、すみませんボーっとしておりましたわ。ええっと……?」
「あ、うん……やっぱりまだ無理をしない方がいいんじゃない……?」
「いえ、少し考えごとをしていただけですわ。ショックで記憶が無くなっていますけれども」
「そ、それが気になっていて……。記憶は直前の記憶、とか?」
「全部ですわ。クラスの方も覚えていませんし、両親のこともですね」
わたくしの言葉に里中さんが目を見開いて驚き、箸を取り落としました。
まあ、なにもかも忘れているというのは誰でも恐ろしいと感じるものだと思いますし、仕方ありません。
「そ、それでよく登校できましたね……!? 全部ってそんな……。な、なんにも覚えていないんですか……」
「ええ。だから最初はなにがなんだか……ビルから飛び降りたなんてとても信じられませんでしたわ」
俯いて怖かったことをわざとらしくアピールをしておきましょうか。
この話は少し大きな声で話しているのですが、周囲の方たちも興味を持ったのか視線を感じますわね。
才原さんとその取り巻きもこちらを見ているのに気づき、眼鏡越しに目を合わせると彼女は眉間にしわを寄せて睨んできます。
委員長がいるから手は出さない、そういう感じでしょうね?
「あんまり見ちゃダメだよ、覚えていないかもしれないけど才原さん達があなたを連れ出してイジめていたって話なんだから」
「まあ……今朝の態度を見ていればだいたいそうだと思いますけれど、理由がわからないのが気持ち悪いですわね」
「理由……ですか。というよりなんかサバサバしちゃいましたね神崎さん」
「こうやって話すのが元のわたくしだったんですわきっと」
「ええー……あ、お昼休み終わっちゃう! それじゃまたね!」
里中さんが慌ただしく立ち去っていく中、お昼の終了を知らせる『ちゃいむ』が鳴り遠巻きに見ていた生徒たちも一斉に席へと戻っていきました。
「……」
才原さんもわたくしを見ながら自席へ。
席の位置は彼女よりこちらが後ろなため背中を見ることができます。
先ほども里中さんに伝えましたが彼女が『美子』をイジメる理由を知りたいですわね。
ただのお遊びでイジメというものは発生することがありますからね。言葉としてそういうものはありませんでしたが、向こうの世界で貴族が平民を虐げるのと同じようなものでしょう。
貴族が平民を、平民が奴隷をといった具合に権力によるものがほとんですが、サイバラさんの剣幕はそういった雰囲気ではないと感じたからですわ。
――言うなれば『憎しみ』か『恨み』
才原さんは『美子』に対して恨みがある、そういう眼。
周囲の評価を考えると彼女に対してなにかをしたとは考えにくいのですが、知らずに傷つけて恨みを買うこともあり得なくはない――
「……とはいえ推測を重ねたところで、意味はありませんわね。まずは散らばったピースを集めなければいけませんか」
そんな様子見の一日が終わり下校時刻となりました。
収穫は『高校』がどういった施設で、クラスメイトの顔と名前を覚える程度で終わってしまいましたわね。
現状、怪しいのは才原さんとその取り巻きの二人。ここは一度決め打ちをして彼女達の動向を探るのがいいかしら。
他のクラスメイトは腫物を扱うような態度ですから怪しき人物に焦点を当てるべきですからね?
「美子ちゃぁん、ちょっといいかなぁ?」
などと思っているとその三人がわたくしの席へとノコノコやってきましたわ。
リップが濃く、茶髪をした取り巻きの一人が間延びした声を出しながらニヤニヤと目線を合わせてくる。
瓶底眼鏡の奥にある目をその子に……ではなく才原さんに向けると彼女は黙ったまま腕組みをしながらなにかを考えている様子。
「ちょっとぉ! あたしが話しかけてるでしょぅが?」
「えっと……ごめんなさい、記憶がちょっと曖昧で……モブ山さん、でしたか?」
「違うわ!? 田中 有栖よぅ、マジであたし達のこと忘れてんのぉ?」
「ふうん、随分落ち着いてんね……? 私は佐藤 莉愛だけど」
「ごめんなさい……。才原さんはかろうじて覚えているんですけど。……うっ、頭が」
「……」
頭を押さえながらチラリと三人を薄目で見ると不満気に顔を見合わせているようですわ。さて、この流れなら『まんが』ですと連行されて話を聞くとなりそうですが――
「神崎さん居ますか? ……あなた達なにをしているんですか! 頭を押さえている、大丈夫!?」
「チッ……行くよ有栖、莉愛」
「え、あたしらなんもして無いじゃなぁい!」
「有栖、行こう」
激昂する田中さんを佐藤さんが諫めて三人はわたくしの机から遠ざかるのを見届けながら惜しい、と思いつつわたくしは先生の目的を聞き出すため話しかけてみますわ。
「どうしたのですか?」
「朝は大丈夫だった? どこで聞きつけてきたのかわからないけど新聞社とかマスコミが張っているのよ。だから裏から出て行ってもらおうと思って」
「……マスコミ」
確か『てれび』の『ばんぐみ』を提供する人達でしたね。
なるほど、自殺未遂の女生徒が再び学校へ登校したとなれば話題のネタになるのはわかりますわね。
「裏に車を回しているから一緒に来てくれるかしら。私が送っていくわ」
「わかりました」
生徒は少なくなっていましたけど『やっぱり』だとか『困るよな』といったざわめきが起こっていたのを聞き逃さなかった。
とはいえ彼らがなにかをしてくれるわけでもないですし、いじめに関わっていなければ用はありませんからとりあえず言わせておきましょう。
しかしマスコミもしばらくは付きまってくると考えると……どうしましょうか。
「さ、乗って。校長先生の車、スモークを張っているからお借りしたの」
「……」
どこか焦った様子でわたくしを隣に乗せて『くるま』は発進。
向こうの世界でいう馬車と同じ運用ですが馬車よりも速いのが素晴らしい乗り物だと思いながら帰路へ――
わたくしのクラスの委員長で、鼻の頭にまだ少しそばかすが残る、美人というより可愛らしいという感じの子ですわ。
『美子』の日記はまだ全部に目を通していませんが、クラスメイトの名前などは特に出ていませんでしたね。
それはいじめていた人間も同様。
先を読めば書かれているかもしれませんが、恨み言くらいしかまだ見れていません。
「――さん、神崎さん?」
「え? あ、ああ、すみませんボーっとしておりましたわ。ええっと……?」
「あ、うん……やっぱりまだ無理をしない方がいいんじゃない……?」
「いえ、少し考えごとをしていただけですわ。ショックで記憶が無くなっていますけれども」
「そ、それが気になっていて……。記憶は直前の記憶、とか?」
「全部ですわ。クラスの方も覚えていませんし、両親のこともですね」
わたくしの言葉に里中さんが目を見開いて驚き、箸を取り落としました。
まあ、なにもかも忘れているというのは誰でも恐ろしいと感じるものだと思いますし、仕方ありません。
「そ、それでよく登校できましたね……!? 全部ってそんな……。な、なんにも覚えていないんですか……」
「ええ。だから最初はなにがなんだか……ビルから飛び降りたなんてとても信じられませんでしたわ」
俯いて怖かったことをわざとらしくアピールをしておきましょうか。
この話は少し大きな声で話しているのですが、周囲の方たちも興味を持ったのか視線を感じますわね。
才原さんとその取り巻きもこちらを見ているのに気づき、眼鏡越しに目を合わせると彼女は眉間にしわを寄せて睨んできます。
委員長がいるから手は出さない、そういう感じでしょうね?
「あんまり見ちゃダメだよ、覚えていないかもしれないけど才原さん達があなたを連れ出してイジめていたって話なんだから」
「まあ……今朝の態度を見ていればだいたいそうだと思いますけれど、理由がわからないのが気持ち悪いですわね」
「理由……ですか。というよりなんかサバサバしちゃいましたね神崎さん」
「こうやって話すのが元のわたくしだったんですわきっと」
「ええー……あ、お昼休み終わっちゃう! それじゃまたね!」
里中さんが慌ただしく立ち去っていく中、お昼の終了を知らせる『ちゃいむ』が鳴り遠巻きに見ていた生徒たちも一斉に席へと戻っていきました。
「……」
才原さんもわたくしを見ながら自席へ。
席の位置は彼女よりこちらが後ろなため背中を見ることができます。
先ほども里中さんに伝えましたが彼女が『美子』をイジメる理由を知りたいですわね。
ただのお遊びでイジメというものは発生することがありますからね。言葉としてそういうものはありませんでしたが、向こうの世界で貴族が平民を虐げるのと同じようなものでしょう。
貴族が平民を、平民が奴隷をといった具合に権力によるものがほとんですが、サイバラさんの剣幕はそういった雰囲気ではないと感じたからですわ。
――言うなれば『憎しみ』か『恨み』
才原さんは『美子』に対して恨みがある、そういう眼。
周囲の評価を考えると彼女に対してなにかをしたとは考えにくいのですが、知らずに傷つけて恨みを買うこともあり得なくはない――
「……とはいえ推測を重ねたところで、意味はありませんわね。まずは散らばったピースを集めなければいけませんか」
そんな様子見の一日が終わり下校時刻となりました。
収穫は『高校』がどういった施設で、クラスメイトの顔と名前を覚える程度で終わってしまいましたわね。
現状、怪しいのは才原さんとその取り巻きの二人。ここは一度決め打ちをして彼女達の動向を探るのがいいかしら。
他のクラスメイトは腫物を扱うような態度ですから怪しき人物に焦点を当てるべきですからね?
「美子ちゃぁん、ちょっといいかなぁ?」
などと思っているとその三人がわたくしの席へとノコノコやってきましたわ。
リップが濃く、茶髪をした取り巻きの一人が間延びした声を出しながらニヤニヤと目線を合わせてくる。
瓶底眼鏡の奥にある目をその子に……ではなく才原さんに向けると彼女は黙ったまま腕組みをしながらなにかを考えている様子。
「ちょっとぉ! あたしが話しかけてるでしょぅが?」
「えっと……ごめんなさい、記憶がちょっと曖昧で……モブ山さん、でしたか?」
「違うわ!? 田中 有栖よぅ、マジであたし達のこと忘れてんのぉ?」
「ふうん、随分落ち着いてんね……? 私は佐藤 莉愛だけど」
「ごめんなさい……。才原さんはかろうじて覚えているんですけど。……うっ、頭が」
「……」
頭を押さえながらチラリと三人を薄目で見ると不満気に顔を見合わせているようですわ。さて、この流れなら『まんが』ですと連行されて話を聞くとなりそうですが――
「神崎さん居ますか? ……あなた達なにをしているんですか! 頭を押さえている、大丈夫!?」
「チッ……行くよ有栖、莉愛」
「え、あたしらなんもして無いじゃなぁい!」
「有栖、行こう」
激昂する田中さんを佐藤さんが諫めて三人はわたくしの机から遠ざかるのを見届けながら惜しい、と思いつつわたくしは先生の目的を聞き出すため話しかけてみますわ。
「どうしたのですか?」
「朝は大丈夫だった? どこで聞きつけてきたのかわからないけど新聞社とかマスコミが張っているのよ。だから裏から出て行ってもらおうと思って」
「……マスコミ」
確か『てれび』の『ばんぐみ』を提供する人達でしたね。
なるほど、自殺未遂の女生徒が再び学校へ登校したとなれば話題のネタになるのはわかりますわね。
「裏に車を回しているから一緒に来てくれるかしら。私が送っていくわ」
「わかりました」
生徒は少なくなっていましたけど『やっぱり』だとか『困るよな』といったざわめきが起こっていたのを聞き逃さなかった。
とはいえ彼らがなにかをしてくれるわけでもないですし、いじめに関わっていなければ用はありませんからとりあえず言わせておきましょう。
しかしマスコミもしばらくは付きまってくると考えると……どうしましょうか。
「さ、乗って。校長先生の車、スモークを張っているからお借りしたの」
「……」
どこか焦った様子でわたくしを隣に乗せて『くるま』は発進。
向こうの世界でいう馬車と同じ運用ですが馬車よりも速いのが素晴らしい乗り物だと思いながら帰路へ――