「思い……出しましたわ……」
「本当!? 向こうで何があったの?」
「メイドのドジで壺を頭にぶつけられ、それでそのまま意識を失いましたの。もしかしたら当たりどころが悪かったのかもしれませんわね」
「ドジで……そのメイドさん、実は誰かが雇った人だったりしないかな……」
「ウチのお父様が雇っていますけど?」
「えっと……うん、まあ、今更だしいいや」

 涼太が優しい目をわたくしに向けて首を振りこの話題はやめようと話を打ち切りました。なんだったのかしら?
 
「まあ真相が分かってスッキリしましたわ。ですが美子の……なんでしょう、魂とでも言いましょうか、それがどこへ行ったかの方が気になりますわね」
「そうだね……姉ちゃん、誰かにいじめのことを話してくれれば良かったんだけど……」
「それこそ今さらですわよ。いじめとやらについてはわたくしが高校へ行って確かめてきます。さ、特訓を続けましょう」

 高校へ行くためにはある程度の常識は必要ですから手を抜いてはいられません。どうしても無理なら記憶がありませんと言えばいいですが、全部が全部そういうわけにもいけませんからね。
 
「美子、涼太、いいかい? 寿司が届いたから一緒に食べよう」

 もう少し特訓をしようかと思ったところでお父様の声が部屋の外から聞こえてきました。涼太に目を向けると同意するように頷いたのでわたくしが扉越しに返事をしました。

「わかりましたわ、すぐに行きます」
「うん、待っているよ」
「寿司かあ、久しぶりだな」
「……どういう食べ物ですの?」
「ああ、料理も知っておいた方がいいかも。後で勉強しようか。まあ寿司は見てのお楽しみってところだけど、レミ姉ちゃんは食べられるかなあ」
「?」

 涼太が苦笑しながらそんなことを言うので、もしかしてあまり美味しくない食べ物なのかしら? 
 わたくしは意地の悪い笑みをする涼太を訝しみながら恐る恐るリビングへと向かうと、お母様がわたくしを席へ案内してくれ椅子を引いてくれたので座る。

 そして全員が着席するとお父様がグラスに飲み物を注いでから口を開きます。

「美子の回復を祝って乾杯だ、お父さん久しぶりに酒を飲むぞー!」
「本当に良かったわ……ごめんなさいね美子」
「大げさですわ、わたくしはこの通りピンピンしておりますのに」
「ああ、うん……その言葉遣いは気になるけど無事であることがなによりだよな」

 お父様はまだ困惑気味ですが慣れてもらうしかありませんわね。

「「「いただきます!」」」

 涼太に教わった食事の挨拶をし、手を合わせて『お箸』を手に取りお寿司というものを覗き込みます。
 
「……これは?」
「魚だよ姉ちゃん。お米の上に生の魚を乗せている食べ物なんだ。この醤油とわさびをつけて食べるんだ」
「生の魚……!?」

 わたくしの知る魚は生臭く、生で食べるなど言語道断……あ、覚えた単語ですわ。
 なので、これが美味しいとはとても思えません。

「美味い! やっぱり、イワシは最高だ」
「渋いな涼太……俺はやっぱりブリだな」
「私はサーモンを食べようかしら? あら、美子どうしたの、お寿司大好きだったでしょ?」
「え、ええ……」

 ふむ、みんな美味しそうに食べていますわね……わたくしを謀っているわけでは無いと考えていいでしょう。
 
「姉ちゃん食べないの? 無くなるよっと」
「……」

 涼太は恐らく異世界の人間であるわたくしがお寿司を食べられないと思っていて、意地悪な笑みを浮かべていると言ったところでしょうか。

「いいでしょう、その挑戦受けて立ちます……!」
「え?」
「逃げるなどブランディア家に恥となる行為はできませんの。……では、このピンクが鮮やかでキレイなものを。い、いただきましょう」
「無理しない方が……」
「お黙りなさい、わたくしは食べると言ったら食べるのです」

 『しょうゆ』というソースをつけ、『わさび』という謎の物体を少量乗せて口に運ぶと――

「これは……!!」
「ね、姉ちゃん!?」
「美子!」

 わたくしは目を見開き、おもわず立ち上がって咀嚼しながらお寿司たちを見つめます。

 何故ならば――

「美味しいですわぁ……」
 
 ――そう、生のお魚が超絶美味だったからです!
 
「生臭さは一切なく、むしろ甘い味がふんわりと鼻を突き抜け、さらに少し酸っぱいお米にしょうゆとお魚が混じり合い不思議な味わいを出していますわね……舌触りは質の良いチーズのようで、とろけるように口の中から消えていく……」
「姉ちゃんがグルメ番組の司会みたいになった……」
「大トロは昔、美子が好きだったから入れておいたんだ、さて俺も大トロを――」
「美味しいですわ! 美味しいですわ!」
「あああああああ!? お、俺の大トロがっ!?」
「良かったわ、元気になってくれて……あなたはまた頼めばいいじゃない」

 お母さまが涙ぐみながら白い身をしたお寿司を口に入れてわたくしに微笑みかけてくれました。

 ……この態度から察するに両親は娘が嫌いというわけではなさそうですが、美子はどうして相談もせず自殺を図ったのでしょうね?

「ウニとイクラ、絶品だ……!」
「涼太、わたくしのお皿にも乗せなさい」
「いいよー」
「んー! 確かに絶品ですわ……!!」
「あ、ちょ、美子!? お父さんの分――」

 大トロ、ウニ、イクラ、ハマチにサーモンと、お寿司という食べ物に魅了されたわたくしは食べ続け、涼太との特訓で学んだ大豆を発酵させたものを使った『おみそしる』と紅茶ではない『緑茶』をいただき締めとなりました。

「うう……鉄火と河童巻きと玉子だけ……」

 お父様が嘆いておりましたが、娘の回復祝いなので大目に見ていただきましょう。

 その後、リビングで『てれび』というものを見て欲しいと涼太に促されソファに座ると――

「これは……!? なぜこんな薄い箱に人間が……!!」
「あはははは! お約束ってあるんだなあ! 痛い!?」
「笑っていないで説明をしなさい」
「横暴だよ姉ちゃん……」

 『てれび』の構造を説明させましたがイマイチよく分からなかったので履修科目として一旦は退散。
 程なくして捻るとお湯の出る魔法のようなお風呂に、貴族でもなかなか使えないふかふかのベッドで疲れた体を休ませました。

「……贅沢な世界ですわ。自殺など考えるのがバカバカしくなるほど恵まれています。両親も健在で別段貧しいということは無い。いえ、むしろ勉強した結果、お母様の職業は高給取り――」

 ――となるとやはり学校がキーになりそうですわね。

 学歴が今後お仕事をするのに非常に重要なファクターを持っているらしいので『ちゅうそつ』はわたくしのプライドが許しません。

 学校へ行く……前に意外と面倒なことが――