「一番謎だったのは『あの日』どうして三人と顔を合わせていたのか? ですわ」
「それは補導を――」
「するにしてはあまりにもピンポイントすぎですわ。恐らく貴女はつけていたのでしょう、美子と里中さんを」
「……」

 あの日、飛び降りた時に三人は海原先生に出くわしていた。
 確かに時間的にも生徒が徘徊するには少し遅い時間なのですが、駅前やデパートのある町に桧垣さんの居た場所を見て回っているわたくしからすると、

「このオフィス街には学生の姿は殆どありません。なので教師がこの辺りに来る理由は殆どないはずなのです。それなのに織子達三人と出くわしたのが腑に落ちません」
「別にオフィス街を見回らないというルールはないんだけど――」
「だとしても、あの日、あの時間に偶然居るでしょうか?」
「……」
「貴女は里中さんが『きちんと』仕事をこなしてくれるのをどこかで見ていたのではないでしょうか? そして帰る途中に三人に出くわした……」
「それが証拠? だとしたら弱すぎないかしら?」

 まだ余裕のある顔で捩じられていた腕をさすりながら口を開く海原先生。
 確かにまだ偶然であると言われればその通り。

「そうですわね。しかし、こういう分かりやすいのはどうでしょうか?」
「……?」

 わたくしがポケットから『あるもの』を取り出したところ、海原先生は首を傾げて眉根を顰めてそれを見る。

「……わかりませんか? この貝型のイヤリングに見覚えはない、と」
「そうね、どこにでもあるイヤリング――」
「これは貴女が有栖、佐藤さんから没収したイヤリングなのですがね? どうしてそれがここに落ちていたのでしょうか?」
「……!? 馬鹿な、落としているはずが――」

 初めて慌てた様子で海原先生が自身のポケットに手を入れてイヤリングを確認したところで『あっ!?』と小さく呻く。その瞬間、わたくしは口角を最大限に引き伸ばしてから口を開く。

「探しましたわね、イヤリングを。どうして『ここに居なかった』貴女がここに落ちていたと言ったこれを探すのでしょうか?」
「う……く……」
「ちなみに。これは里中さんのイヤリングなので先生のポケットには――」

 呻きながら冷や汗をかく海原先生がポケットから手を出して開くと、そこには有栖のイヤリングが載せられていました。
 そう、パッと見ではほとんど同じですが実は少し違うのです。いわゆるブラフというものですが、もしこれが本物なら証拠となり得るので焦る気持ちはわかります。
 
「ただ、目の前で探すのは浅はかでしたわね。しらばっくれながらポケットを探るべきですのに」
「汚いわね……。あの女の娘だけのことはあるわ……」
「お母様は関係ないと思いますが? とりあえず今のは自白と捉えて構いませんね? フフフ、残念でした」
「どうして分かったの……」
「それは情報を集めていた際、点と点が繋がったことにありますわ」

 焦燥した様子でへたりこむ海原先生。彼女にいきついたのは正直、偶然もかなりありました。

「まず、里中さんですが一人で実行するのは不可能と申し上げました。そこで協力者ですが、恐らく貴女は彼女のパパ活を知っていましたわね? それこそ補導中に見つけた」
「……そうね、その通りよ。別にそれだけなら特に注意だけで済ませたんだけどね。あの子の親、娘に厳しいけどそれはそれとして興味ってものを感じないし」

 父親は厳格だが、暴力を振るうこともあるようですがそれで溜飲が下がるという。母親の方は事なかれ主義のようで、殴りつけられた後に慰めてくるそうです。
 が、その前に止めるべきですわよね、本来であれば。

「私もそれなりに話はしたけど特に父親が酷かったわね。成績が悪くなれば家から出すみたいなことを言っていたから。だからストレスになって発散するため同じことを繰り返すの」
「先ほど聞いた話と同じですわね。それで、『ないしんてん』というものの代わりに操り人形にした、と」
「ふん、そうよ。あんたの担任を受け持った時、正直ラッキーと思った」
「そうでしょうね。自分の手を汚さずに復讐を遂げられるとなれば。エンコーというのを斡旋したのは、あなた自身ですわね」
「……」
「無言は肯定と捉えます。恐らく、誰か別の学校の人間を補導した際、脅して使っているというところでしょう」
「ふん」

 当たりのようですわね。
 それと――

「里中さんと二人で歩いていた時に覆面をしていた三人の男達ですが、あの時里中さんが離れて行ったのは貴女と連絡を取るためだった。バイク男もそうですが、あの人たちは貴女が『お願い』をした人たちでしょう? 里中さんの写真を消すために脅迫するつもりで」
「さあ、どうかしらね? 友達に頼むとかリスクが高すぎるでしょ」
「しらばっくれても無駄ですよ。やりようはあります」
「ふーん、どんな?」
「それこそパパ活やエンコーといったやり方で知り合った方。後は婚活アプリというものもあるらしいですわね」
「……っ」

 顔が歪む。
 お母様のマネージャーであるスミレさんが駅前で会った時に口にしていたデート。あれも婚活アプリというもので知り合ったと聞いています。
 なので男達に上手く声をかけたのでしょう。

「自分でもおっしゃっていましたが容姿はいいですものね」
「あんた……」
「これが全ての計画。なにか反論はありますでしょうか?」
「反論、ね……」
「む」

 わたくしの言葉にふらりと体を揺らしてぼそぼそとなにかを口にする。次の瞬間、髪を振り乱しながら一気に間合いを詰めてきました。

「あんたをここでもう一度落として……今度こそ殺せばそれで終わり……!!」
「なるほど、実力行使と来ましたか」
「これでもモデルになるため体力づくりはずっとしてたし、格闘技も少しはかじっているのよ! 小娘が……もう一度おちな――」
「く……くくく……」
「なにがおかしい!」
「はっ! このわたくしに近接戦闘を仕掛けてくるとは愚かだと笑っただけですわ!人の心の弱さにつけこんで操り、あまつさえ美子を追い詰めて自殺に追い込むその所業……許すわけにはいきませんわ!」

 向かってくる海原先生に対し、腰を落として身構える。先生の間合いをはかったわたくしはそれをずらすため前進する。

「自分から……!? こ、のぉぉぉぉぉ!」
「遅いですわ。‟スラッシュアックス”……!」

 放たれる先生の拳。それを回避したわたくしは拳を猫の手のように丸め、上半身を捩じって力を蓄える。
 そして全力、全体重を乗せて海原先生の顎を、撃ち抜いた――