『凶悪令嬢』と呼ばれたわたくしが『最凶』女子高生として君臨しますわ


「こ、こんにちは……!」
「あんた、美子の弟……涼太だっけ?」
「うん。そうだけど、よく覚えてましたね」
「あ、うん。久しぶり、かな」

 とりあえず知り合いと目が合ったからには挨拶をする必要があるかと、ぎょっとしながら声をかける。
 すると向こうもどっきり顔で返してくれた。

「えー、なになに? 誰、この子ー!」
「神崎の弟?」
「ええ、まあ……」

 才原の姉ちゃんが居心地悪そうにする中、派手なギャルが僕を見てでかい声を上げ、めちゃくちゃクールな女子がこちらに目を向け、上から下まで見てくる。
 感じ悪い……けど、誰かに似ているなと思った瞬間、横に立っていた連れが驚いた声を出す。

「あ、お姉ちゃん!」
「おねえちゃん?」
「げ、依子、なんでこんなところに……」
「この人、田中さんのお姉さんなのか!?」
「そうよ。まあ、この辺はよく来るって言ってたから居てもおかしくないけど」
「むう……」
「えー! いいなー! あたし一人っ子だから姉妹とか憧れるんですけどぉ」

 ギャルがうるさいなあ。
 とりあえず僕と田中さん……は紛らわしいからと妹の方は依子ちゃんと呼ぶことに。

「よろしくお願いします! 先輩!」
「おう……先輩……莉愛、この子連れて帰っていい?」
「ダメに決まってんでしょ。で、依子はデート?」
「ううん。ちょっと家庭科で使う布の買いだしだよ。神崎君にお店を案内しているの」
「だよね」

 それはなんの『だよね』なのか気になるけど、依子ちゃんと釣り合っていないというのは分かってるんだよ……!! クラス……いや、学年でも可愛いと評判なんだよね。
 姉妹だけあってお姉さんも美人だなと思いつつ、僕は咳ばらいをして才原の姉ちゃんに尋ねる。

「才原の姉ちゃんはなにをしているんです? 放課後のショッピング?」
「そうよ。この子が新しいマニキュアが欲しいって並ばされた」
「へえ。佐藤先輩好きそうですもんね。でも二人はそうでもない?」

 僕が尋ねると依子ちゃんのお姉さんは肩を竦め、才原の姉ちゃんも苦笑しながら口を開く。……おや?

「ギャルは有栖だけよ。わたしも莉愛もオシャレは好きだけど、服とか髪型くらいかな? 先生もうるさいしさ」
「ホントよ。有栖はある意味凄いわ」
「なーによー」

 と、和やかな雰囲気が場を包む。
 変だな……僕を姉ちゃんの弟と知ったのに慌てている様子とかないぞ?
 
 特に才原の姉ちゃんは主犯だと考えているだけにこの態度。警戒している感じもないね。

「あ、そうだ! 弟クン聞いていい? 美子ちゃんって家ではどうなの? 記憶、失くしているみたいだけど――」
「「……!?」」
「――で、美子ちゃんの変わりようが……もがが!?」
「ちょ、あんた!」
「美子ちゃん? 誰なのお姉ちゃん?」
「な、なんでもないから。依子には関係ないし。ほら、買い物行くんでしょ? 遅くなるとお母さんうるさいから早く買って帰りなさい」
「う、うん」

 姉ちゃんの名前が出たら動揺したな……。後ろめたいという気持ちはあるのか? でも佐藤先輩の聞き方だと仲が悪いって感じじゃない。
 
「あの、才原の姉ちゃん」
「ひゃい!? な、なに?」
「姉ちゃんのことで相談したいことがあるんですけど」
「……それは――」
「織子……」

 僕の提案に真っすぐ目を見て口ごもる。少しだけ考えた後、口を開く。

「――いいよ。わたしも気になることがある」
「それじゃ……」
「でも今はダメ。買い物の途中でしょ? 次の土曜日、家に行く。美子が嫌がるならファミレスとかストバでもいいけど」

 ストバとは呪文みたいに長い名前の飲み物を出すカフェだ。というか今まさにここがそうなんだけど。
 だけどこれは僥倖かもしれない。才原の姉ちゃんが『美子姉ちゃん』をどうしていたか聞くチャンスだ。
 『レミ姉ちゃん』が調査しているなら本人と話すのもアリだろう。

 ……問題はその後。犯人だった場合レミ姉ちゃんがなにをしでかすか分からないのが悩みの種。
 いや、姉ちゃんは対面にせず、後ろの席とかで聞いてもらえば――

「わかりました。それじゃここで話しましょう。土曜日」
「オッケー。それじゃ連絡先交換ね」
「……私もしておこうか。妹の友達みたいだし」
「え? あ、ありがとうございます」
「先輩のもやろー! あ、莉愛の妹ちゃんもー♪」
「いいですよ!」

 そんな感じで約束を取り付けると何故かギャル先輩と依子ちゃんのお姉さんとも連絡先を交換することになった。
 二人とも美人と可愛い系なのでラッキーかもしれない。いや、違う。敵かもしれない相手からの連絡先は牽制にできる。

「それじゃ」
「はい」
「早く帰って来てよお姉ちゃん」
「わかってるって」

 依子ちゃんが口を尖らせながら莉愛さんにそう言い、僕達は本来の目的である布を買いに足を進める。

「……神崎君、お姉ちゃんみたいなのがいいの?」
「え? どういうこと?」
「なんでもない! 行こ!」
「あ、ああ」

 ちょっと機嫌の悪くなった依子ちゃんに手を引っ張られてたたらを踏む。そこでポケットのスマホが震えたので通知を見ると――

『依子に変な真似したら殺す』

「……」
「ん? どうしたの?」
「……なんでもない」

 やはり彼女達が犯人じゃないのか?
 僕は冷や汗をかきながらスマホをポケットへ戻し、ため息を吐くのだった。

◆ ◇ ◆

「……神崎の弟にしちゃ普通だったわね」
「礼儀正しいよ、昔から」
「知り合いなんだ? そういえば美子ちゃんと中学は一緒だっけ?」
「そ。家も近――」

 涼太たちが立ち去った後、静けさが戻ったテラスでわたし達はまた話を始める。今ので疲れたからそろそろ帰りたいかもしれない。

 そんなことを考えていると――

「……美子」
「ん? あ、本当だ。一緒に居るのは……委員長か?」
「珍しいねえ。ちょっと前じゃ見かけない二人じゃん? ……後をつけますか、お二人さん?」

 ――委員長、里中と一緒に歩く美子を発見した。

 どうしてこんなところに? 疑問が沸き起こったわたしはドヤ顔で顎に指を当てる有栖の言葉に頷いた。

 ――里中さんと繁華街とやらを移動し始めて一時間ほど探索を試みましたが才原さんの姿は確認できずですわ。
 
 『はんばあがあ』ショップに『げえせん』、衣料品のお店や『こすめ』を扱っているお店など手当たり次第に見ましたがやはりこう広いとなかなか見つからないものですわね。

 町、ということであればわたくしの世界でももちろんありましたが規模が違いすぎて見て回るのが精一杯ですわ。

「こう、どうして似たような店舗がたくさんあるのでしょう……」
「え? そりゃあ……取り扱う種類がいっぱいある……りますけど、一つの店には入りきらないじゃないですか」
「なるほど」

 それは言い得て妙ですわ。
 それにしても食事をできるお店も雑貨を売る店もあれば『でぱあと』と呼ばれる大きな複合施設もあり、買い物は困らないことが分かりました。
 ついでに言えば娯楽施設もたくさんあるようですし、この世界は魔物も居ない……平和な場所ですわね。

「あのカラオケというのはなんですか?」
「カラオケを知らない……!? いや、マジ……本当に?」
「ええ」

 涼太との訓練は勉学系ばかりでそういった知識は後回しにしましたから仕方ありませんわ。
 スマホを取り出して調べてみると『歌う場所』ですわね。ゲーセンもそうでしたがあまり騒がしいところは好きではありませんから遠慮しておきたいですわね。

「さて、これだけ動き回っても居ないとなるとこの場所には来ていないのでは無いでしょうか?」
「うーん、どうだろ。確か新作のマニキュアが発売されるのが今日だから……」
「あら、里中さんもコスメに興味がおありで?」

 どうやら当たりをつけてここへ来たらしく、コスメの発売日とのこと。そうであれば佐藤さんが食いついているはずだと言う。
 それはともかく発売日を知っているとは、と里中さんへ尋ねてみると、 

「あ、うん。委員長なんて地味な感じだけど、私も興味はありますよ。今度、その変身のやり方を教えて欲しいかも」
「ふふ、里中さんも素材はいいですし、キレイになりますわよ」
「ありがとうございます!」

 喜ぶ彼女へわたくしは微笑みながら言う。そのまましばらく歩いて行き、裏通りのお店というのも確認したところで前を歩く里中さんへ声をかけました。

「この辺りはお店はあまり無いみたいですね。これからどうしましょうか? 他にアテはありますか? そうでなければ結構歩いてきたので戻ろうかと」
「うーん……そうですねえ……。ちょっと休んでから考えます? 私、喉が渇いたんですけど」
「ああ、それはいいですわね。買いに行きましょうか、お代は出させてください」
「あ、病み上がりで連れまわしちゃったから私が買ってくるよ。近くに公園があるからそこで待ってて!」
「あ、里中さん」

 ……行ってしまいました。わたくしの身体を気遣っていただけるのはありがたいですわね。元気ですけど。
 
「わたくしはまだこの世界でカフェに行ったことが無いので買い物をしたかったのですが」

 そう呟いて彼女が示唆した公園へ足を運ぶ。確かに近くに広場というには狭いですが、そういう場所がありました。

「それにしても一歩道を外れると寂しい感じがしますわね。建物が大きいから狭く感じる――」

 そう呟きながら周囲を見ていると、目の前に黒く大きな自動車が通り……過ぎずに目の前で止まる。

 その瞬間――

「……!」
「こいつか」

 ――黒い大きな自動車から顔を隠した人間が三人出てきて、即座にわたくしへ手を伸ばしてきました……!!

「あなた達は何者でしょうか?」
「……」

 返事は無し。
 わたくしはすぐにバックステップをすると、前に出てきた者の手を逃れる。すぐに踵を返そうとしたところですでに一人回り込んでいたようで挟まれた形に。

「この世界にも盗賊がいらっしゃるのですね? わたくしに何か御用でしょうか。人を待たせていますので帰りたいのですが」
「大丈夫だ。あの車で送ってやるから」
「どこに連れていかれるのやら……」
「よく見れば上玉だな。これは楽しみだぜ」
「それは後だ」

 どこの世界にも誘拐はあるのですね。それと別のちょっとお腹の出ている男が怪しいことを口走る。
 金銭目的では無さそうですわね? さっきの『こいつか』ということからわたくしを狙っての犯行。

「……ふっ」
「?」
「なにがおかしい……!」
「いえ。キナ臭くなってきたと思いましてね。飛び降りて生き残った女子高生ですが、復帰して少ししたらこういう誘拐に巻き込まれるなんて怪しいじゃありませんか?」
「……」
「ごちゃごちゃうるせえぞ……!」

 ちょっと身長の低い……声からして男が苛立ちながら掴みかかってきました。短気ですこと。
 わたくしはすぐに身をかがめると、顎をに向けて下から拳を打ち上げます。

「フッ……!!」
「がっ!? こい、つ……お、おお……?」
「脳が揺らされてすぐ回復は難しいですわよ? <ウインドボム>」
「うぐあああ!?」

 顎を打ち抜かれて膝から崩れ落ちそうになっている小柄な男に、わたくしは腹へ拳を叩き込むと同時に魔法を放つ。
 爆発的な空気圧が膨れ上がり男を吹き飛ばすと、黒い自動車まで飛んでいき背中から叩きつけられた形になりました。

「な、なんだこの女……!?」
「一気にかかるぞ」
「ふん、来なさいな。凶悪令嬢とまで言われたわたくしの力をお見せしましょう」
「大人しくしろや……!!」
「……!」
「腕を掴んで口を塞ぐんだ」

 大声を出して助けを呼ぶのは簡単ですが、その隙に捕まるのは避けたい。
 なのでわたくしは回り込まれないように下がりつつ、お腹の出ている男の手を払う。
 こっちは感情に任せて襲い掛かってくるので御しやすいですが、もう一人のリーダー役みたいな肩幅の広い男は不気味ですわね。
 
「こちらは連れが居ます。戻ってきたら警察へ連絡されますわよ」
「その前に捕まえればいい」

 ……怯まない、か。

 手慣れていると思っていいのでしょうか? それにしてもわたくしを捕まえる理由がわかりませんわね。
 自殺に失敗した女生徒を誘拐するというのはリスクが高いと思いますが――

「ハッ!」
「ぐあ!? な、なんだ……こいつ。聞いていた話と違うぞ、地味な陰キャって話だった……ぐえ!?」
「情報が古いですわね。<アイスニードル>」
「……!? 空中に氷の矢、だと?」

 お腹の出ている男の脛を蹴り飛ばし、怯ませてから魔法を使う。
 肩幅の大きな男がわたくしの魔法を見て初めて動揺を見せる。距離を取るため二人の足元へアイスニードルを飛ばしておく。

「うお……!?」
「チッ、切り裂かれるだと……! なんだこれは……」
「今……!」
「こいつ……ぐあああ!?」

 ハイキックを顔面に叩き込むとお腹の出ている男の首が気持ちいいくらい吹き飛んでその場に転がりましたわ。一撃でしたわね。

「あと一人」
「……」

 まだ諦めないようで腰を低くして一気に飛び掛かってくる態勢に。この体では大人の男性が本気でタックルを仕掛けてきたら止めようがありませんわ。
 相手のダッシュと同時に左右どちらかへ回避するかウインドボムで吹き飛ばすのが最善でしょうね。

 すぐに最適解を導き出し、右手に魔力を込める。正面なら魔法を決め打ちですわ。
 そう思っていると、男の身体にグッと力が入るのが見えた。その瞬間、こちらも身構えて迎撃の態勢に入ると――

「だーれかー! こっちに怪しい男がいまぁす!」
「誘拐だ! 誰か来て!」
「あんた達そこを動くんじゃないわよ!」
「おや……!」
「チッ、これは予想外だ……!」

 わたくしの後ろの道の角から才原さんと田中さんが大声を上げながら走ってくるのが見えました。佐藤さんはひらひらと手を振りながら大通りの方へ声をかけているようです。

「っと、それはともかく待ちなさいな! <アイスニードル>!」
「ぐっ……!?」
「素早い……!」

 見た目に違わず腕力があるようで、お腹の出ている男を引きずるようにしながら大きな車へ乗せた後、わたくしが吹き飛ばした男を押し込む。そして扉を閉めるのもそこそこに、

「出せ……!」

 大きな車を発進させ逃げる態勢になりました。

「逃がしませんわ……!!」
「美子、危ない!」

 わたくしが手を伸ばした瞬間、鉄の棒のようなものが振るわれ、目の前を通り過ぎる。才原さんが引っ張ってくれなければ頬にぶつかっていたかもしれません。

「ナンバーを……! くそ、曲がったか」
「うおお、大丈夫、美子ちゃぁん? 如何にもって感じの誘拐なんですけど!?」
「心当たりはありませんわね。ありがとうございます才原さん。もう大丈夫ですわ」

 田中さんはスマホを取り出してなにかしようとして、それができなかったようで舌打ちを。才原さんはわたくしを抱きかかえて尻もちをついたまま答えてくれます。

「あ、うん……。ケガは?」
「問題ありません。それよりあなた方はどうしてここへ?」
「カフェでお茶をしていたんだけどぉ、そこでちょうど委員長と美子ちゃんを見つけたのね。織子が話があるってことだから追いかけてきたんだよー」
「そうでしたの。助かりましたわ」

 佐藤さんが説明をしてくれ、なるほど向こうも話しがしたかったのかと納得する。 
 そこで田中さんが周囲を見ながら口を開く。

「そういえば委員長は?」
「飲み物を買いに行くとどこかへ行きましたわ」
「そうなんだ」
「あ、戻ってきたよ。おーい!」

 そこで佐藤さんが去っていた方向から戻ってくる里中さんを見つけて手を振り、何事かと慌てて近づいてきた。

「ど、どうしたの?」
「どうもこうも、今、神崎が誘拐されそうになってたのよ」
「誘拐……!? だ、大丈夫……だったんだよね……ここにいるし……」
「巻き込まれなくて良かったですわ。里中さんを守りながらだと御するのは難しかったかもしれません」
「……というかあんた、ちらっと見ていたけどどうして――」

「おーい、大丈夫かい君たち?」

 その瞬間、やじ馬たちが集まってくるのが見え、その中に警察の方がいらっしゃり、声をかけられた。

「警察……」
「どうする織子?」
「事情を聞きたいから交番まで来てくれないかな?」
「ええ。申し訳ありませんが、皆さんお願いしますわ」

 わたくしがそう言うと気まずい顔をしながら三人が顔を見合わせており、里中さんは緊張気味に口を開きました。

「い、行きます! 話をしないと、ね!」
「仕方ないわね」
「乗りかかった泥船だもんねえ」
「沈むじゃない、それ」

 ということで交番へ行くことに。
 おっと、その前に警察の方へ言っておかなければならないことがありましたわ。

「すみません。この場に一人、応援を呼んでもよろしいかしら?」
「応援……? 構わないけど……」
「警部の若杉という方です。ちょっと自殺未遂の時に知り合いになったもので」
「「「……!」」」
「け、警部……」
「ええ。それでは、行きましょうか」

 動揺が見られる四人をよそに、わたくしは警察の方の後についていくことに――

 わたくし、里中さん、才原さん、田中さん、佐藤さんの五人は交番へ足を運んだ後、少しだけ待っていると二台のパトカーで若杉さんがやってきました。

「まさか例の件以外で呼ばれるとはね」
「申し訳ありません。階級が上の若杉さんの方がいいかと思いまして」

 意外だったのは里中さんを除いた三人が逃げずについてきたこと。それとあの危険な状況で救出に来たということでしょうか。
 美子(わたくし)を追い込んだのであれば証拠隠滅……誘拐される方が都合がいいと思うからですわ。

「け、警察と知り合い……なんですね……」
「ええ。飛び降り事件の時、事情聴取を受けましてね」
「ああ、そういう繋がり……。あ、先生に連絡しておいた方がいいかな?」
「……そうですわね。家にも連絡しておく方がいいでしょう」

 若杉さんのパトカーの後部座席にはわたくしと里中さん。もう一台に残り三人が乗っています。
 
「それにしても、あの田中さんという子は凄いね。犯人の特徴は聞いたから捜査をしているよ」

 そう。若杉さんと合流した際、田中さんが誘拐犯の乗っていた大きな車の特徴とどっちへ逃げて行ったかを説明し、他の警察官が付近の捜索に乗り出したのです。
 
 こういう時はすぐに相談するべきとのことで代わりに話をつけてくれました。
 わたくしの前に出た理由は彼女、ああ見えて空手という武道を嗜んでいるらしいですわ。

「さ、ついた。悪いけど少し話を聞かせてもらおう」
「ええ」
「うう……」

 別のパトカーからも三人が降りるのが見え、わたくしたちはそのまま若杉さんに連れられて会議室へと招かれました。
 
「座ってくれ。とりあえず名前を聞かせて欲しい」
「……」

 四人は顔を見合わせた後、仕方が無いとため息を吐いてからそれぞれ名乗り、本題へ。

「それで、狙われたのは神崎 美子さんで間違いないね」
「はい。明らかにわたくしを狙っていましたわね」
「そ、そうなんですか? 神崎さん、可愛くなったから狙われたとか?」
「いえ、里中さん。肩幅の広い男が『こいつか』と漏らしていましたので、確定でしょう」
「それは……」

 と、里中さんが顔を青くして手を口元に当てて小さく『それは間違いない……』と呟く。そこで若杉がさらに続ける。
 
「心当たりは?」
「月並みですがありませんわね。例の件関連だとしても大の男に狙われるようなことは全然」
「……ま、そうだよなあ」
「ううん、もう一つあるよー」
「え? 佐藤さん?」

 そこで手を上げて佐藤さんが自分の考えた可能性を口にする。

「えっと、美子ちゃんってモデルの娘でしょ? それがじさ……飛び降りて一躍時の人になったじゃない? テレビとかでも報道されたわけだし」
「ああ、それでお金があるから身代金がとれるって思ったわけ?」
「なんでいいところを言うのよ織子ー!」

 ふむ、それは悪くない推理ですわね。しかし、それだと気になることがひとつ。
 もし、わたくしを狙っていて身代金目的だったとしても『こいつ』と特定できているのが不思議なんですよね。

 何故なら一昨日までのわたくしは瓶底眼鏡の地味子で、これだけオシャレをしてきたのは今日が初めてですからね。暴行目的ならオシャレをする前のわたくしを狙わないでしょう。

 そうなると今のわたくしを知っている人物。概ねクラスメイトに絞られる形になる。
 ……ただ、今、この話をするのはあまり美味しい状況ではないためここは知らぬふりをするのがベストだと考えます。

「君たち四人は神崎さんの友人かい?」
「そうです……!」

 里中さんが勢いよく手を上げてそう答え、それを見た三人は顔を見合わせて肩を竦める。

「私達は、まあ、そうかも?」
「美子ちゃんにはお世話になってまーす♪」
「家が近所なんで」

 三人はそれぞれそう答える。佐藤さん以外の二人は目を泳がせていますわね? すると里中さんが少し不機嫌になって口を開く。

「……お世話に、って金銭を要求したりしているんじゃないですか……? 記憶を失くす前の彼女をいつもどこかへ連れて行っていましたよね?」
「は? そんなことしてないし。そりゃ連れて行ったことはあるけど、普通に話をしていただけ」
「なにをしていたんですかね……? 言えないならそれは黒ってことになるわ」

 里中さんの言葉に才原さんも不機嫌な顔になり反論する。しかし、わたくしも興味がある『なにをしていたのか』のは口にしない。
 そこをついて里中さんが詰め寄っていくと、間に田中さんが割り込んで睨む。

「委員長、あんた喧嘩売っているの? なら買うわよ?」
「べ、別にそういうわけじゃ……。そうやっていじめていたんでしょ……」
「あたし達が美子ちゃんをいじめる必要ってあるぅ?」
「そこまでだ。里中さん、だっけ? 学校で神崎さんとなにか関わりがあるというのは今の会話で分かった。けど、証拠も無いのにそんなことを言ってはダメだ」
「う……ご、ごめんなさい……」
「ふん」

 若杉さんが頭を掻きながら四人を止める。当事者のわたくしを置いて喧嘩とは、とちょっと面白いと感じましたわね。

 それとも――

「とりあえず誘拐犯はガタイのいい男に太っているヤツ、それと小柄な男、と。それと大型のバン、だな。身代金目的は推測の域が出ないが気を付けるように」

 特に一人に絶対なるな、ということと、

「君たち四人もだ。顔を知られたと考えて慎重に。一応、通学路や学校付近に警らは寄越すが絶対じゃない」
「そ、それもそっか……あたし達も可愛いから狙われる可能性がある……!」
「可愛いは関係無いでしょうが」

 佐藤さんの言葉に田中さんが呆れて小突く。
 そこで別の警察の方が扉の向こうでノックをしながら声をかけてきました。

「学校の先生がお見えになられていますが、若杉警部どうしましょう?」
「ああ、通してくれ。それじゃ、応接室へ行こうか。親御さんも心配しているだろうし」

 若杉さんがそう言うと、四人が騒ぎながら会議室を後に。最後にわたくしが出ようとしたところで振り返り、彼に声をかけます。

「すみません。あなたの奥様は教師だと言っておられましたわね」
「ん? ああそうだな。それが?」
「調べて欲しいことがあるのですが――」

 使用人の詰所かと見まごう応接室へ通されたわたくしたちの前に、担任の海原先生と、不機嫌そうな顔で座る見知らぬ男性が視界へ入りました。
 こちらに気付くとまず海原先生が立ち上がってわたくしたちの下へ。

「うわあああん、無事でよかった! 私の教師生命が終わるかと思ったっ!」

 相変わらず保身を口にするあたり、涼太の言葉を借りるなら『ブレない』人ですわね。そこで先生は才原さん達に気付き、今度はそちらへ声をかける。

「あんた達がなにかしたんじゃないでしょうね? 今日も午後はサボっていたみたいだし、また連れまわしたとか」
「あ? そっちこそ私達を不良扱いしてんなよ?」
「な、なによ。私は先生として他の生徒を――」
「海原先生。止めなさい。で、とりあえず生徒は無事なんだな?」
「校長先生……」

 ふむ、校長先生でしたか。
 家へ謝罪に来たという話は両親から聞いていますが、初めて見ましたわね。あの頃は学校へ関わらせたくないという話でしたし。

「はい。神崎さんがさらわれそうになったところで、この三人が大声で周辺の人へ声をかけたそうです」
「実は君たちが誘拐犯をけしかけた、なんてことはないだろうな」
「校長先生とは話し合う必要がありそうね……!」
「ふざけたこと言うわね、両親もそろそろ来るからじっくり話す? ちょうどここ、警察署だし?」
「はい、そこまでですわ」

 田中さんと才原さんが詰め寄ろうとしたところでお二人の後頭部を掴み、引き下がらせる。

「なにするのよ美子、あんただって」
「いいですから。とりあえず海原先生、校長先生わたくしたちは無事ですわ。ただ、今後ここに居る五人が狙われることがあるかもしれません」
「え」
「制服で学校を特定されていますからね。それにあの誘拐犯の一人は抜け目が無さそうでした。わたくし達の顔を覚えている可能性は十分にあるかと」

 もし才原さん達が主犯であれらを操っているとして、その理由が考えられないんですよね。姿を見せずに放置していた方が攫いやすくなりますから。
 わたくしが思ったより強く、捕まるのを阻止するために自作自演という可能性もありますが――

「ふん。このことは他言無用だ」
「校長……!」
「明日は緊急朝礼だ。不審人物に注意するよう喚起しなければ。……君の二の舞はごめんだからな」
「そうですわね。何度も失態を見せるわけにはいきませんものね?」
「……」

 まともなことを言いつつ、こちらを煽ってくるのでわたくしが微笑みながら返すと、バツの悪い顔で目を細める校長。

「ちょ、神崎さん、言い過ぎ……」

 おろおろする海原先生にもなにか返そうと思ったところで若杉さんが二人とわたくし達の間に入って口を開く。

「まあまあ、先生方も急な話で驚いたことでしょうしお気持ちはわかりますが生徒さんへ配慮した方がよろしいかと思いますよ。それと私はこういうこともやっていまして……」
「なんだ? 事件調……? これは噂の――」
「なんですの?」
「いいからいいから」

 名刺という紙を若杉警部に渡された校長先生は緊張し、冷や汗を流しておりました。警部というのは知っているはずですがね?

「織子!」
「あ、お母さん」
「なにがあったのよ……!」

「莉愛、おめえ……」
「と、父さん!? なんで、母さん……ぐえ!?」

「有栖ちゃ~ん?」
「ノウ、ストップ、ママ。それ以上近づいたら……ぎぃやぁぁぁぁ!?」

 それから程なくして各家庭の親御さんたちがやってきて場が騒然となった。田中さんはお父様に拳骨を受け、佐藤さんは頬をつねられているのが痛々しいですわね。

「あら、美子ちゃんじゃない……!? やっぱりこの子がなんかしたんでしょ! ごめんねえ。織子ったら昔から美子ちゃんのこと好きだから」
「ちょ、なに言ってんのお母さん!? うざ……帰る……」
「あ、待ちなさい! 美子ちゃん、最近見ないけど、また遊びに来てね。織子、待ちなさい!」
「ええ」

 顔を真っ赤にした才原さんが肩をいからせながら応接室を出ていき、その後をお母様が追いかけていく。なるほど、昔は友人だったというのは本当なのですね。

「じゃあね、美子ちゃん♪ 痛いってママ!?」
「神崎……気をつけなよ?」
「田中さんも」

 キリっとした顔で忠告をしてくれましたけど、お父様に首根っこを掴まれて引きずられる彼女の方が心配ですわね。佐藤さんはお母様そっくりなんですけど。

「……」
「里中さんの親御さんはまだ来ませんわね」
「仕事が忙しい、ですからね。さっき来れないって連絡が」
「そうでしたか」

 彼女はパトカーではない普通の自動車で送ってもらうようですわね。そうしているとわたくしのお母様もやってきました。

「美子!」
「ごめんなさいお母様。心配をおかけしました」
「本当よ! もう、キレイになったから変な人が寄ってきたのかしら……。やっぱり送迎をすべきね……。私の出勤と合わせて……」
「大丈夫ですわ。人の多いところを移動しますし、ね?」

 わたくしを抱きしめて鼻をすするお母様は本気で心配したと口にします。まあ、今後の警戒は必要でしょうけど、この話……美子が飛び降りたことについて、もう少しで紐解けそうな感じがします。

「そ、それじゃあ私も行くね」
「ええ、里中さん。付き合っていただきありがとうございました」
「では、私達も行きましょう美子ちゃん。今日は怖い思いを払拭するためお寿司にしましょう」
「お寿司……!」

 なんという僥倖。
 これなら毎日誘拐を――

「ああ、神崎さん。さっきの件は後で」

 ――などと考えていたら若杉さんに声をかけられて我に返ります。

「よろしくお願いいたしますわ」
「……失礼します」
「……」
「神崎さん、やっぱり学校に来ない方が……ひぃ!?」
「美子は学校へ行きたいと申しております。それが教師の言うことですか? ……私も親の資格はないかもしれませんが、努力はしておりますよ」
「お母様、他の生徒の心配もありますし」

 本気で睨むお母様にそう言うと、わたくし達は応接室を後に。先生二人は若杉さんにお任せする形ですわね。

「わ!?」
「おや、里中さんどうしました?」
「あ、すみません! 口ひもがほどけて結んでいたんです」
「ごめんなさいね、蹴ったりしていない?」
「大丈夫です! それでは!」

 そういうと里中さんは早足でこの場を離れていきました。
 
「ふむ」

 さて、それではお寿司を買いに行きましょうか。
 

「……クソ! あいつら失敗しやがって……! こっちは目的の物を回収したら神崎の奴は好きにしていいってことで雇ったのに台無しだわ」

 暗い部屋の中で指を噛む人影。
 声の調子から若い女性だということが辛うじて分かる。

「それにしても神崎があんなに強いとは思わなかったわね。記憶がないというより別人みたいな……」

 人影は顎に手を当ててそう呟く。
 しかし、すぐに頭を振ってから壁を殴りつけた。
 
「どうする……? 話した感じ、記憶が無いようだから『あの時』のことを覚えていなさそうだけど、いつ思い出すか分からない」

 誘拐して脅迫、ということを考えていたが今日、それは失敗した。
 バイクに跳ねさせようとしたものの、間一髪というところでそれも叶わなかった。

「せめて学校に来なければいいと思ったのに……。飛び降りた時に死んでいれば――」

そう言った時、スマホの画面がパッと点灯して通知が表示された。暗闇でのスマホはよく目立つ。そんなことを考えながら通知を開く。

「……はあ。今は『仕事』をする気分じゃないんだけど……。仕方ない……」

 そして彼女はベッドから降りると、着替えを始める――

◆ ◇ ◆

「誘拐だなんて……。あの件から美子ちゃんの周りでおかしなことばかり起きるわね……。あ、ごめんなさいね」
「お母様の言うことももっともなので大丈夫ですわ。車道に突き飛ばされた時はまさかとも思いましたが、実際キナ臭い感じになってきましたわ」
「うえ!? 美子ちゃんそんなことがあったんですか!?」
「は、初耳よ!?」

 そういえばそうでした。
 自動車を運転しているスミレさんとお母様が驚愕の声を上げてわたくしに目を向けます。

「……やっぱり学校へ行くのは辞めた方がいいんじゃないかしら今度こそなにかが起こりそうな気がするわ……」
「ですよ、美子ちゃん。お母さんを心配させない方が……」
「嫌ですわ。このまま学校に行かなければわたくしは助かるかもしれません。しかし真相を追及しておかないと他に犠牲者が増える可能性が高い」
「でもそれは先生の仕事……」

 お母様の言葉にわたくしは首を振って答えます。

「先生はあまり役に立ちそうにありませんわ。むしろ揉み消そうとしている節もありますし」
「そ、そうなんですか……?」
「まあ、それはいいでしょう。今日のことである程度推測も立ちましたし、若杉さんという警察の協力も得られました。反撃は……ここからですわよ」
「美子ちゃん……、危ないことだけはやめてね」
「うう……」

 約束はできかねますので微笑んで誤魔化しておきましょう。スミレさんもばっくみらーという鏡越しにわたくしを見て驚いておりますわ。
 
「さ、お寿司……お寿司を食べさせていただければこの状況、きっと打破できると思いますわ」
「美子ちゃんったら。毎日お寿司を食べさせてあげるから学校行くの辞めないかしら」
「……」

 魅力的な提案……。ですが、少なくとも全て終わるまでは学校へ行く必要がありますからね。
 理由は分かりませんが犯人はわたくしが学校へ来るのを嫌がっている……のではなく、美子個人になにかあるようだと、狙った誘拐で確信しましたわ。

「いただきますー!」
「姉ちゃんのおかげで寿司が食えるよ……!! 美味い……!」
「ふふ、サーモンは譲りませんわよ」
「速い……!?」
「茶碗蒸しもあるわよー」

 さて、そんな怒涛の一日はお寿司という癒しをいただき、誘拐されそうになった恐怖を乗り越えました。お父様は一時ひっくり返っていましたわね。

「ふむ、それはそうと明日からの動きを考えないといけませんわね。若杉さんの奥様の情報を得るまで下手に動かない方がいいですが、あの男達がまたやってきたら面倒ですし……」
「姉ちゃん、今、いい?」
「ん? どうしました涼太。開いていますわよ」

 日記を手に他になにかワードが拾えないかチェックしていたところ、涼太に声をかけられ顔を上げる。
 入室を許可するとスマホを手にした涼太が複雑な顔で入ってきました。

「どうしました?」
「ん。今日さ、姉ちゃんが誘拐されそうになって才原の姉ちゃんが来たって話……」

 先ほど夕食時にお父様がひっくり返った時のことを繰り返す涼太。どうしたのかと言葉を待っていると、スマホを差し出して口を開きました。

「……実はその少し前、田中先輩の妹と買い出しに行ってたんだ。そこで才原の姉ちゃん達三人と会ってる」
「ほう」

 それは……結構な情報ですわね。となると、彼女たちは白に近くなりますわね。

 そして――

「で、その時に才原の姉ちゃんや田中さん、佐藤さんの連絡先を教えてもらった。もしその気なら姉ちゃんも登録して連絡してみるのもいいかもってさ」
「素晴らしいですわ涼太。早速連絡してみましょう」
「え!? もう!?」

 怪しかった彼女達は今のところわたくしが不利益を被るような真似をしていない。
 態度は悪いですが、なにかを悟られたくないという感じがします。

「というわけで……」
「あ、俺のからするんだ」

メッセージアプリというものを使いわたくしは才原さんへ。

[こんばんは]

[ああ、アンタか。どうしたの? 美子のこと?]

[ええ、その通りですわ才原さん。わたくしのことです]

[……!? アンタ、美子……なの?]

 直後、『でんわもおど』になり、涼太が頷いたので『つうわ』ボタンを押す。

「ごきげんよう、才原さん」
「ほ、本当に美……きゃあ!?」
「どうなさいましたの?」
「な、なんでもない! ……で、なによ? 昼間の件?」
「それもありますが……。今度のお休みの日、あの二人と一緒にお話をしませんか?」
「話……?」
「ええ。田中さんの家は武道の稽古場みたいですし、四人だけで話がしたいのです――」

「……」
「……」
「あの人たち、まだ神崎さんを……。助けに入った時、ちょっといい人たちだと思ったのに」
「いいのですよ里中さん」

 才原さん達と目が合うと里中さんが不機嫌そうな顔で口を尖らせていました。
 そんな三人がこちらにやってきて話しかけてきました。

「なに見てるのよ美子」
「いえ、なんでもありませんわよ才原さん」
「そのすました顔、気に入らないわねえ」
「きゃはっ! こわーい」
「……」

 わたくしは三人へ目を向けて余裕の笑みを見せる。
 昨日、助けてくれた彼女達へ文句を言う必要もありませんし……。そう思っていると、

「こらー! あんた達また! 生徒指導室へ連れて行くわよ!」
「ふん」
「いーだ! いこ、二人とも」
「……」
「では、また」

 海原先生が教室へ入ってきてわたくしを囲もうとした三人へ詰め寄りました。
 才原さんが先生に視線を合わせた後、すぐにこの場から離れ自席へ。

「昨日、本当にあの子達に助けられたの? またどこかへ連れて行かれそうになったとかじゃない?」
「いえ、本当に助けられましたよ? 誘拐犯は里中さんも見ていますし、ね?」
「う、うん……」
「神崎さんも自分のこと、もう少し考えて欲しいけどね先生は」

 若干、歯切れの悪い里中さん。やはりあの三人はあまり好きではないようですわね? そして教卓へ移動する海原先生。
 やはり先生はことを大きくしたくない……いえ、わたくしという『異物』を排除したいという気もしてきましたわね。

「みんな席について。今日は緊急放送朝礼があるからホームルームはその時間に充てられるわ」
「緊急……?」
「いったいなにがあったんだ?」
「神崎さんのこと以来だな……」

 昨日約束した朝礼は放送でやることにしましたか。妥当なところでしょう。
 え? 放送を知っているのか? テレビを知っておりますから当然ですわ。

 そして校長先生による『不審者』の目撃情報が周辺であるため、警察からも注意されているという話をしました。わたくしが関わっていることはもちろん伏せて。
 警察が関わっていることは嘘ではないですし、他の生徒が狙われて困るのは先生方も同じこと。

 そして今日は花瓶も置かれていなかったですが、心境の変化というやつでしょうか? 学校内で特になにか起こることもなく、次の休みまでは静観しようと穏やかに過ごすことにしておきましょうか。

「神崎さん、お昼一緒に食べましょう!」
「ええ、構いませんわ」
「あ、わたしもー」
「私もいい?」

 里中さんは三人を警戒しながらお昼ご飯を誘ってきました。他の女生徒も便乗してこちらへ。

「昨日は大変だったから今日は来ないかと思っていました」
「ふふ、あれくらいではへこたれませんわよ?」
「え? なになに、委員長、昨日なにかあったの?」
「……あ」
「言いにくいこと……?」

 迂闊、という顔で里中さんが口をつぐむ。

「そうですわね……。今朝の朝礼の不審者。アレに遭遇したのですよわたくしと里中さんは」
「え!? だ、大丈夫だったの!?」
「はい。なんとか危機は脱しました。その場に里中さんと才原さん達三人も居まして、慌てて逃げ去りました」
「あれ!? あの三人も……? 仲が悪いんじゃ……」
「です。……あの三人が出てきてからすぐ逃げたし、ちょっと怪しいと思っているんですよね」

 女生徒が卵焼きを口にしながら不安そうに言うと、里中さんが視線を落としてから口を開く。

「おや、そうなのですか?」
「うん。いくら田中さんが空手で強かったとしても三人だよ? 手引きしたとかないかな」
「どうでしょう。……あの三人と話をしてみなければ分かりませんわ」

 すると女生徒の一人が声を小さくしてわたくしへ言います。

「止めといた方がいいんじゃない……? 佐藤さんってあの見かけでしょ? 援交しているって噂もあるよ? 女子高生を攫わせて、とかあるかも……」
「えんこう?」
「わ、私の口からはこれ以上言えないけど……!」

 スマホでこっそり調べてみると、お金をもらって淫らな行為をするということらしいですわね。なるほど、娼婦みたいな感じでしょうか。

「でも噂でしょう?」
「……パパ活も流行っているし、わかんないよー?」

 パパ活……また新しい単語が。
 ふむ、こちらは淫らな行為は無いけど金銭は発生する、か。
 
「難しいですわね。あまり根も葉もないことを言うとこちらが訴えられますわよ? わたくしが追い詰められたみたいに知らず、襲われるとか――」
「や、やめてよ神崎さん……」
「お、お昼食べよ!」
「……」

 慌てて取り繕う女生徒二人に、黙り込む里中さん。
 その後は『とりあえず』平穏に凄し、帰りはスミレさんの送迎があり誘拐犯も手が出せない状況で表向きはなにも無かったですわ。

 そして――

「こっちだよ」
「周辺に注意を、涼太。後をつけられたりしていたら撒きますわ」
「こんな早朝は誰も居ないと思うけどね。ふあ……」

 ――休日。

 わたくしと涼太は朝早くから田中さんの家へ向かう。
 家が分からないのと、地図あぷりなるものの見かたが分からなかったので案内をお願いした形ですわ。

 まだ薄暗い道を二人で歩いて行き、歩いて二十分ほどしたところで目的地へと到着。

「……来たわね」
「おっはよー♪ あれ、弟君も? はっはーん、妹ちゃんに会いにきたのねぇ」
「ウチの妹はあげないよ?」
「ち、違いますよ!?」
「勢ぞろい、ですわね。それでは場所をお借りさせていただきますわ」
「いいわ。こっちよ」

 さて、どんな話が聞けるか。面白くなってきましたわね?

「あら、これはいい場所ですわね。気が引き締まります」
「ありがと。はい、座布団」
「あたしお菓子持って来た~♪」
「道場に持ち込むなって」

 田中さんの家にある『道場』に才原さん達と涼太、そしてわたくしの五人が集まり、あてがわれた座布団という敷物に座る。

「……大丈夫、食べていいよ」
「やった」
「お父さん……! いつもはめちゃくちゃ怒るくせに!」
「ふふ……莉愛が友達を連れてくるなんて久しぶりだからな。警察に呼ばれた時は震えたが、その子を助けたそうじゃあないか」
「あっち行け……クソ親父!! 依子をちゃんとカットしておいてよ」
「おおお……寂しいよ莉愛ぁぁぁぁ」

 と、熊のような田中さんのお父様がフェードアウトし、顔を赤くした田中さんが戻ってきました。乱暴に座布団へ腰かけると、才原さんが咳ばらいをしてわたくしと目を合わせてきました。

「……で、ここにわたし達を集めたのは?」
「ハッキリさせておきたかったからですわ」
「はっきり? って、どういうことぉ?」
「あなた達がわたくしの敵ではない、ということをです。最初は態度があまりにも酷いと思っていたので、飛び降りた原因が三人だと思っていました」
「なにを……!!」

 静かに答えるわたくしに激昂する田中さん。それを才原さんが黙って制止する。佐藤さんは口元に笑みを浮かべて楽し気な様子ですわね。

「続けて」
「ええ。しかし、先日の誘拐事件で助けてくれたのを鑑みて恐らく『違う』と判断したのです。記憶が無いので復帰登校以前のわたくしとあなた達がどう接していたのかわからない。そのあたりを聞きたいと思っています」
「あー、記憶がなきゃわかんないよねえー」

 佐藤さんが髪の毛を指先でくるくると絡ませながら口をつく。それに頷くと、才原さんが手を上げて質問を投げかけてきました。

「……聞いていい? 美子、あんた記憶が無いってのはわかるけど、いくらなんでも変わりすぎよ。本当に……美子、なの?」
「……」
「姉ちゃん……」

 訝しげに聞いてくる才原さんに対して目を細めるわたくし。涼太が心配そうに呟いたところで彼女へ返します。

「……わたくしは美子であって美子ではありませんの。名をレミ。レミ・ブランディアという、こことは違う世界に居た人間ですわ」
「「「……!?」」」
「い、いいのかい姉ちゃん」

 息を飲む三人。
 これは必要事項だと判断したので特に問題がないので、涼太を手で制止して続きを告げる。

「驚くのも無理はありません。が、これは事実。なので記憶が無くなったのではなく――」
「美子はどこ……!! どこにいるの!」
「……」

 真実を告げると、才原さんが必死の形相で詰め寄ってきました。どうやらわたくしの予測は当たっていたようですわね。

「……残念ですが、どこへいったのかはわかりません。この体にはレミ……わたくしの記憶しかありません」
「そ、そんな……」

 瞬間、崩れ落ちる才原さん。

「マジ、なの……?」
「別世界って……へへ、冗談でしょ、美子、ちゃん……」

 残る二人もさすがに頬を引きつらせて冷や汗をかいておりますわね。

「驚くのも無理はありませんし、信じられないのも無理はありません。ですが、これは真実です。その証拠に……<ファイア>」
「手から火……」
「ま、魔法ってやつ?」

 田中さんと佐藤さんはなんとか声を振り絞り、才原さんは焦燥した顔でわたくしの出した火を見つめる。

「というわけで、ここに居るのは美子であって美子ではありません。だから詳細を聞く必要がある、ということですわ」
「なるほど……どうりで口調がおかしいと思ったわ……」
「いや、もっと突っ込んで欲しいところだけどさ……」

 田中さんが腕組みをしてそういうと涼太が頬を掻きながら苦笑する。ま、それほど話が出来なかったからというのはありますから、その暇もありませんでしたし。

「ごめん……」
「ん?」
「ごめん……美子……わたしがちゃんと見ていたらこんなことには……。うぐ……ふぐ……」
「織子が号泣!?」
「ごめんんんんん!」
「わ」

 感極まった才原さんが顔をぐしゃぐしゃにしてわたくしに抱き着いて大泣きを始めました。

「織子、あんた……じゃない、美子のこと大事に思ってたからね」
「そのようですわ。ということは才原さんは美子を守っていた……ではどうして飛び降りるまで追い詰められたのでしょう?」

 さて、これで話の中心に入ることができました。
 まだ白に近いグレーというところですが、才原さんの反応を見るにこの三人が『美子』へ酷いことをしていたということは無さそうですわ。

「それなんだけど、私達も詳しいことが分からないのよ。なにかを隠していたのは間違いない」
「だけどそれを教えてくれなかったのよねえ」
「隠していた……?」
「ずび……うん。なにかに怯えているのは分かっでいだから放課後、一緒に帰っていだの」
「鼻をかんでください才原さん」
「ふぐ……」

 世話が焼けますわね。
 ただ、これで少し見えてきたこともでてきましたわ。

「日記には『先生は助けてくれない』とありましたが心当たりは?」
「あー……。相談はした、みたいなことを言っていた気がするー。本題はあたし達には教えてくれなかったんだよね。巻き込むからって」
「誰かに……ストーカー、とか?」

 顎に手を当てて考える涼太。狙われていた、という意味では当たっていますが――

「そういえば才原さん、わたくしが心配ならどうして睨んだりしていたのです?」
「ふあ……!?」

 わたくしが背中をさすりながら問うと、びくっと身体をこわばらせて変な声をあげました。

「ああ、レミじゃわからないか。織子、あんまり目が良くないからじっと見ると睨んでいるように見えるのよ」
「そそ。だから前の席にいるでしょ?」
「や、やめて二人とも!? 知らない人に言っちゃだめだって!?」

 ふむ。どうも悪態をついているのは照れくささを隠しているという感じのようですわね。

「なんと可愛らしい」
「う、うるさいわね……!! 美子の身体を乗っ取ったやつに言われたくないわ!」
「わたくしも困っていますからおあいこというやつですわ。だからこそ、飛び降りた理由を知り、犯人を突き止めたいと考えています」
「う……。そうね……美子……」

 わたくしの真面目な顔に涙を引っ込めて俯く。とりあえず才原さんはこれでいいでしょう。納得がいかないというのは分かりますが。

「時に里中さんはいつもあんな感じなのですか?」
「え? 委員長? まあ、そうね。おせっかいというかそんな感じかな」
「飛び降りる前には『美子』とどれくらい関わっていたかわかりますか?」
「そうねえ――」

「まず最初に言っておくと、中学が一緒だったのは織子だけ。これは知っている?」
「ええ」
「んでえ、一年の時に織子を通じて仲良くなったのよねえ」
「……仲良く、ですか」
「あによ……」

 涙ぐむ才原さんがわたくしへ疑惑の目を向けてくる。しかし、そこで涼太が首をひねってから口を開いた。

「ちょっと待って。姉ちゃんと才原の姉ちゃんは中学二年の時から仲が悪いって聞いているよ? どうして高一で仲良くなっているんだろう」
「それは……」
「わたしから言うわ。……美子は小学校まではそうでも無かったんだけど、中学に入ってからモデルの娘ってことでやっかみを受けるようになったわ」
「ふむ」

 ――で、才原さんの説明によると美子は中学二年で本格的にいじめというものを受けていたそうです。
 それを助けていたのが才原さんだった。しかし、そのいじめの手が彼女にまで及んだことにより少しずつ美子が距離を置くようになっていった、ということ。

「小学校からの付き合いだし、ショックだったわ。それと同時に自分も美子も弱いんだなあって……。だから、距離を取って影から助ける方法を選んだのよ」
「友達少なかったもんねえ織子」
「有栖、うるさい」
「なるほど……概ね、関係が読めてきましたわね。高校で友人が増えたことにより、積極的に関わろうとした、というところですか」
「まあね。だけど、まあ有栖の見た目、莉愛の粗暴で不良みたいな扱いを受けているから、今度はわたしが先生達に睨まれることになった――」
「はあ!? 織子だって反抗的だって先生に怒られているじゃん!」
「だよね。私達のせいだけにしないでくれる……?」
「わ、悪かったわよ……」

 さて、二人に詰め寄られた才原さんはともかく美子を取り巻く環境は概ね分かりました。そして中学までのいじめが原因で暗く……というのはなんとなく分かるのですが、それだと『今』がわかりませんわね。

「高校に入ってからはどうなのです? 机に花瓶くらいしか今のところそれらしい痕跡がありませんし、いじめている主犯はあなた達だと皆、思っているようですけど」
「それねー。あたし達も知りたいのよ。……美子ちゃんが飛び降りる前の段階で、あの子かなり追いつめられていたんだけど、なんなのかを教えてはくれなかったのよねえ」
「そうなのですか? いじめの実態は?」
「それも不明。美子はキョドってたけど、殴られたり蹴られたりみたいな暴力は無かったわ」
「ただ、誰かに脅されている感じはあったのよね。いつも周囲を気にするようになったし」

 そういえば外傷は飛び降りた時以外の擦り傷以外は無い……。

「他に美子と接触している人物に心当たりは?」
「接触って……。ええっと、友達自体は少なかったけど、委員長はよく構っていたわね」
「委員長……里中さんですか。彼女は二年から同じクラスに?」
「そうだね」
「ではもう一つ。一年の頃に美子はそういう態度はありましたか」
「自分のことじゃん! って違うのかあ……ううん、一年の時はあたし知らないんだよね」
「特にそういうことは無かったわ」

 と、才原さんが深く頷く。
 ということは二年からということになる。先生も怪しいですが――

「あ、そうですわ。あなた方の中でこれに見覚えがある人は居ますか?」
「……これは」
「星型のイヤリング……」
「これってあたしの!?」

 例の廃屋ビルで拾ったイヤリングを目の前に差し出すと、三人の内、佐藤さんが反応を示す。

「ちょ、ちょっと見ていい?」
「すり替えたりしないでくださいね」
「だーいじょうぶだってぇ。……うん、なるほど……」
「どうなの有栖?」
「これ、あたしのじゃないや。海原先生に没収されたやつかと思ったんだけど」
「佐藤さんのは先生没収されているのですか?」

 新情報だと思い、興味があると話を続けることに。すると佐藤さんは唇に指を当てて小さく頷く。

「これって一応、限定品でさ。同じように見えてちょっと細工が違うんだ~。あ、片方あるから見る?」
「ぜひ」
「……本当だ、レミ姉ちゃんが持っているのは星の先が尖っているけど、佐藤先輩のは丸っこい……」
「……確かに」

 涼太が覗きこんできたので一緒に確認すると、わずかですが形と色が違うことが判明しました。
 となると佐藤さんは白でほぼ間違いなさそうですわね。

「てゆうか美子ちゃんどこで拾ったの~?」
「もう素性を明かしたのですからレミで大丈夫ですわ、佐藤さん。さて、どうしましょうか。もう少し三人を信用できる材料が欲しいのですが」
「信用?」
「ええ、敵意は無しと判断しました。ですが、この三人の内誰かが『真犯人』と繋がっていた場合、次の手を打ってくるかもしれません」
「美子……! いや、レミあんた――」

 カッとして立ち上がる才原さん。飛び掛かってくるかと思いましたが、それを田中さんが制した。

「待って織子。美子……じゃない、レミの言う通り、信用問題という部分は共感できるわ。美子は私達の友達だったけど、この子はそうじゃない」
「う……」
「そして誘拐が再び起きた時、不利益を被るのは私達もそうよね?」
「その通りです」

 隠し事があるまま一緒に居れば、再び誘拐事件があった際、一度は疑いが向くものですわ。
 特になにも無かったとしても『そういうことをするかもしれない』というレッテルはついて回るので学校生活は面倒になるはず。

 そして真犯人の目的はわたくしの排除。三人に疑いの目が向けられるか、登校しなくなれば周囲の目を逸らしたまま逃げ切れる。噂はやがて消えますしね。
 すると三人は意を決したといった感じで顔を見合せて、頷いた。