さて、変身を遂げたわたくしを見たお父様が泣いて昨晩は大変でした。
 それが本来の美子の姿だと自信をもって言っていましたが子供のころは可愛い感じだったようですわね。
 
 それはともかく『いめちぇん』をした今日は眼鏡を外し、制服をしっかりと整えてからカバンも『それっぽい』ものに変更。
 陰気な『美子』にさようならを告げ『レミ子』が誕生しましたわ。

「うおお……姉ちゃんが母さんみたいに……」
「素材がいいのは分かっていましたから、後は調理を上手くすれば……というところでしょうか」

 朝食時に眩しいとばかりに顔を腕で覆う涼太へそう語ると、苦笑しながら食パンに手を伸ばし質問を投げかけてきた。

「でもなんでまたそんなことを? 調査だけならキレイになる必要はないんじゃないの?」
「それは……」
「それは?」
「あんな恰好で外を出歩くのは恥ずかしいからですわ」

 わたくしの言葉に涼太が椅子から転げ落ちました。お行儀が悪いですわね。

「割とどうでもいい理由だった……」
「まあ、他にも意味はありますけれど、記憶喪失という『設定』を利用してのいめちぇんは才原さん達を驚かせられるでしょう」
「才原の姉ちゃんかあ。あの人が姉ちゃんを追い込んだ……」
「という証拠が欲しいですわね」

 わたくしが『ぶらっくこーひー』なる苦いお湯を口にしながらそう答えると、涼太は怪訝な顔をしてパンを口にする。

「結局、レミ姉ちゃんはどうしたいのさ」
「もちろん、然るべき謝罪を。……よく考えてごらんなさい。『この姿』だから『美子』が存在すると認識しているのでしょうが、中身は別人。さらに一歩間違えば墓の下だった可能性すらあるということを」
「……!?」

 それだけ告げてからわたくしはカバンを持って先に出ることに。考えないようにしていたのかもしれませんし、一人にさせておきましょう。
 さて、今日はなにか変化があると嬉しいのですけれどね?

 ◆ ◇ ◆

「おはようございます、みなさん」
「おはよ……って誰!?」
「お、おい、あんな美人いなかったよな!?」
「転校生……?」

 シャランといった感じで笑顔のまま教室へ入り挨拶をすると一気に注目を浴び、クラスメイトがどよめき始めましたわ。
 ま、あの瓶底眼鏡に無駄に伸びきった髪の毛と、プロにヘアカットされて眼鏡をはずし、教師に叱られない程度の化粧をしている今とでは同じ人物とは思えませんものね。

「わたくしですわ。神崎です」
「「「うえええええ!? マジかっ」」」

 ふむ、いい反応でなにより。そうでなくては面白くありません。

「うわー……美子っち凄っ」
「イメチェンにもほどがあるわね」
「おはようございます」
「……」

 あの三人組が目に入ったのでお辞儀をしてみると、田中さんは素直に驚いていて、佐藤さんは呆れた顔。そして才原さんは訝しむような眼を向けていますわね。
 ホームルームの後にでもお話をしてみようかしら?

 ……あら?

「また、わたくしの机に花瓶が」

 そんなことを考えながら席へ行くとまたしても花瓶が置かれておりました。活けられている花は真っ黒なバラ。

「えっと、おはよう神崎さん?」
「おはようございます、里中さん」
「やっぱりそうなんだ……全然違うからびっくりした。というかこれは……」
「久しぶりに登校した時と同じく、嫌がらせ、ですわね。造花のようですけれど」

 今まで嗅いだことのない匂いをする真っ黒なバラ。花言葉は憎しみとか恨み、でしたかしら?
 
「気持ち悪いですね……誰――」

 里中さんも意味を知っているのか身震いしながらポツリと呟き、周囲のクラスメイトへ声をかけようと振り向く。

「みんな、おはよー。ホームルームを始めるわよ! って、どうしたの?」
「あ、先生! それが……」

 静まり返る教室で里中さんがわたくしの机を差して先生へと報告。
 すると目を大きく見開いた彼女は慌ててこちらへ来て花瓶をわたくしからひったくるように受け取り、声を荒げます。

「まだこんなことをしてる人が居るの!? 誰、正直に言いなさい!」
「……」

 まあ当然名乗り出る人などいるはずもなく、しばらくの沈黙。

「見つけたら停学もあり得るから覚えておくこと!」
「そ、それじゃあまた後で……」

 と、その後、ホームルームが開始され、簡単な今日のスケジュールが報告されました。海原先生が念のためにとばかりにもう一度花瓶について言及して教室を後に。

 そして次の授業まで十分ほどの空き時間。

 先ほどきちんと話せなかったと里中さんが怒りを露わにしながらやってきました。

「改めておはよう神崎さん。それにしても困るわね、ほんと誰なのかしら?」

 そう言いながら才原さん達三人組に目を向ける。彼女も恐らくそう思っているからでしょうか?
 するとその視線と言葉に気づいた彼女たちがこちらへ向かってきました。

「なに委員長? さっきの花瓶、あたし達がやったって言いたいの?」
「そ、そういうわけでは……」
「でも、こっちを見ながら言ってたのはどういうことかしら?」

 才原さんと佐藤さんが里中さんに詰め寄りってきましたか。二人の後ろで田中さんがにやにやと笑みを浮かべながら動向を伺っていますわね。
 とりあえず注目を浴びるのは結構ですけど、里中さんが標的になるのは避けたいですわ。

「おやめなさいな。里中さんも証拠が無いのに滅多なことを言うものではありませんよ?」
「う……。ご、ごめんなさい……」
「……まあ、いいけど」
「えー、終わりー?」

 里中さんの態度だと悪意があるように聞こえますから才原さん達の怒りは当然でしょう。
 意外だったのはすぐに謝罪をしたことに対し『まあ、いい』とそれ以上追求しなかったことですわね。
 ただ、相手が里中さんであるということかもしれないのでわたくしは少しだけ続けます。

「しかし、腹を立てるということはなにかやましいことでもあるのでしょうか? この花瓶を置いたのがあなた方ではないのであればそこまで詰め寄ることも無いでしょう」
「……美子、あんたって――」
「確かに言う通りかも、ね。それにしても随分変わったわね神崎」

 と、佐藤さんがわたくしへ突っかかってこようとした才原さんを止めてわたくしを上から下まで眺めてそんなことを言う。すると田中さんが押しのけて目を輝かせてきました。

「そー! 最初誰か分からなくてさぁ、織子もわかんなかったんだよねー。美子ちゃんどうしちゃったの?」
「いめちぇんですわ。あんなもっさりした格好で学校へ来るのが恥ずかしかった、というのは田中さんならわかりますでしょう?」
「わかるぅ! ていうか有栖って呼んでよー。ねね、一限さぼってちょっとお話しない~? 織子も話したい事あるんじゃない?」
「それは――」

 どこかへ連れて行ってまたいじめるつもりでしょうか? それは好都合……魔法も使えますし解決に近づく一歩と思えば。

 そう考えていたのですが、

「そうそう忘れてた。神崎さん、ちょっと職員室に……。って、あなた達また神崎さんに絡んで!」
「やば、海原ちゃんだ。また後でねー」
「ふん」
「……」

 あら残念。
 海原先生が戻ってきたことで三人はわたくしから離れていきました。
 まあチャンスはいくらでも、ね?
 そう思いながらこちらと目があった才原さんを見ながら先生のところへ――