オートスが村長を殴り倒してから数時間が経過した。
村に滞留するのはカイル達六人と数人の歩哨で、すでに村の入口と村内に配備されていた。交代要員も共に入っている。ただし、屋内で休むのは『遺跡』へアタックするカイル達だけである。
村長は一番大きな自分の家を開け渡すと言い、彼と妻は納屋へと移動しようとしたのをカイルが慌てて止める。
「いやいや、それはダメですって! 俺が納屋で寝ますから、村長の部屋は残してください」
「……ふん、軍人と同じ家など窮屈なだけじゃ! いくぞ」
「ええ……」
「あ……」
青ざめた顔をした村長の妻とともに家から出て行き、カイルは嘆息してオートスへ向き直る。リビングの椅子に座って腕組みをする彼に悪びれた様子はない。
「お前……あ、いや、隊長。ちょっとこれはやりすぎだろう? 俺達は『遺跡』の調査なんだから、村を接収する必要はないはずだ。……もし他国の人間が入り込んでいたとしても、だ」
「ふむ。それが分かっていてそのセリフか、甘いな副隊長は」
「だなぁ。講義であったろ? 『遺跡』は世界各地にあるが、見つかるのは稀だ。こういう村や町に自国の人間を紛れ込ませて抜け駆けしようってヤツを抑止する必要があるってさ。一週間経っているし、もしかしたらもう『遺跡』に入り込んでいるかもしれん」
オートスとドグルが口を揃えてカイルに反論する。
「た、確か昔、他国の人間が帝国領内の『遺跡』に侵入して小競り合いになったこともあったんですよね……」
「南の国境付近の戦いですね……」
温厚なダムネとフルーレが悲しそうな顔をして俯く。国境付近の戦いは両国に無駄な血を流したことで忌まわしい記録として残されているのだ。そこでブロウエルが口を開く。
「隊長の言う通りだ。この村の人間が興味本位で入り込むこともあるかもしれん、というのも含まれている。カイル少尉、この部隊の隊長はオートスだ。やりすぎという意見はわからないでもないが、オートスの行動は悪いものではない。それが嫌なら……お前が隊長になるしかないぞ?」
ブロウエルの鋭い目が試すようにカイルへ向けられると、カイルは一瞬、顔を顰めてからぼつりと呟いた。
「はは、それは、面倒ですね……。ちっと見回りをしてきます」
「あ、わ、わたしも行きます!」
「あれ、フルーレちゃん行っちゃうの? そりゃ残念。親睦を深めようと思ったのに」
いしし、とドグルが嫌らしい笑いを浮かべながら二人を見送る。フルーレはそれを見て口をへの字に曲げてからカイルと共に家の外へ出た。
「いやらしいですね! べーだ! ……大丈夫ですかカイルさん……?」
「ん? ああ、問題ないよ。軍じゃ上の言うことは絶対だ。隊長のオートスの指針があれなら、俺は副隊長として抑えをしないといけないなと思っただけさ。フルーレちゃんはどうして出て来たんだい? ブロウエル大佐が居るからあいつらも下手なことはできないと思うけど」
「何にもされなくても、あまり一緒にいたくありません! 特にドグル大尉! それに実はオートス少佐もこっそりモーションをかけてきていたからというのもあります」
いつの間に……でも、この子は可愛いしなと胸中で呟きながら広場へと出る。村人は家の中に入ってしまい、シンと静まり返っていた。
「わん♪」
「あ、シューちゃんダメですよ勝手に広場に入ったら!」
「シューちゃん?」
「シュナイダーだからシューちゃんです! 可愛いかと思って!」
「まあ……それより追うぞ」
カイル達が飛び出したシュナイダーを追うと、一番陽の当たる子供用の遊具である滑り台の上に登って寝そべっていた。
「あふ……」
「ったく、昼寝かよ。お前、無駄にでかいんだから勝手に動くなよ? 俺達以外にも兵がいるんだ、処分されるぞ」
「わふん!?」
「大丈夫ですよ、賢いですもん。ねー」
「くぅん♪」
座って背中を撫でるフルーレを見ながらやれやれと苦笑しつつ、村長に謝りに行こうかと思案したところで子供の声が滑り台の下から聞こえてきた。目をキラキラさせながら階段を登ってくる。
「すっげー! 本物の帝国兵だ! ……おう!? でけぇ犬……!?」
「お、元気だな少年。俺達みたいなのを見るのは初めてか?」
「そうだよ! かっこいいな!」
カイルが男の子の頭に手を乗せると、くすぐったそうにしながら返事をする。灰色の髪でTシャツと半ズボンという格好で、膝には擦りむいた傷などがあり、村を走り回るいたずら小僧という印象を受けた。
するとその子供が満面の笑みで話を続ける。
「村から出たこと無いし、人はそれほど来ないからね」
「近くに町が無かったっけ?」
「あるよー。けど姉ちゃんがうるさくてさぁ。そんなことよりさ、話を聞かせてよ! 俺、大きくなったら帝国へ行って兵士になりたいんだ!」
「男の子には人気らしいですもんね、帝国兵ってほら制服もかっこいいですし」
「……やめとけ、帝国兵なんてロクなもんじゃない。戦争だっていつまた起こるか分からないし、姉ちゃんがいるなら猶更だ」
「えー! 俺、こんな田舎で一生暮らすなんて嫌だよー」
「はは、なあに町に行って仕事を探せばいいのさ。兵士なんてやるもんじゃない」
「ならなんで兄ちゃんは帝国兵なんだよ! ずるいぞ!」
するとカイルは帝国がある方角を見ながらポツリと呟く。
「……そういう、約束だからな……」
「え?」
「ああ、いや、なんでもない。ところで村長が今どこにいるか――」
カイルが慌てて話を変えると、また足元から、今度は怒声が響いてきた。
「ビット! 何しているの、降りてきなさい!」
「げ、姉ちゃんだ!?」
下を見ると、先ほどドグルが尻を触っていた女性が立っており、カイルとフルーレを睨みつけていた。とりあえず滑り台から降りて女性の前へ行く。
「……なんですか? 弟に変なことを吹き込んでいるんじゃないでしょうね!」
「いや、そんなことは無いよ、あの上で寝ている魔獣は俺のペットでね。ちょっと日向ぼっこをさせていたんだ。それよりさっきはウチの兵がすまなかった」
カイルが頭を下げると、女性はぎょっとして後ずさり、フルーレも目を大きく見開いて驚いていた。
「な、なによ……。帝国兵なんて、横柄なヤツばかりじゃないの……!?」
「俺はカイル。カイル=ディリンジャー。副隊長をやっている。こっちはフルーレ少尉」
「あ、よろしくお願いします」
「……」
まだ警戒を解かない女性にカイルは尋ねる。
「えっと、名前は?」
「……チカ」
「チカちゃんね。村はすまない。少し騒がしいと思うけど、ウチの調査隊メンバー以外はそんなに変なやつもいないし、下手なことをしないよう言っておくから」
「……わかりました。さっきのはあなたが頭を下げてくれたので、相殺します……」
「ありがとう。それで、俺達が村長の家を接収しちゃってさ。一度きちんと謝っておきたいんだけど、居場所知らないかい?」
すると、チカは呆れた顔をし、すぐに困った笑顔に変わり口を開いた。
「別に帝国兵が国内の領地にこういったことをするのは当たり前のことなのに、おかしな人ですねカイルさんは」
「なに、理不尽が嫌いってだけだ。ちょっと『遺跡』についても話が聞きたいから、教えてもらえるかな?」
「……わかりました。こちらへ。ビット、行くわよ!」
「わかった!」
「シュナイダー、お前もだ」
カイルとチカがそういうと、背にビットを乗せたシュナイダーがサッと降りてくるのだった。
「うひゃあ……!?」
「はは、子供くらいは余裕かシュナイダー。ほら」
お気に入りの肉を手のひらサイズにした餌を貰い、褒められてご満悦のシュナイダーがビットを乗せたままチカの横へつく。一瞬びっくりするが、大人しいと判断したのかそのまま歩き出す。
そこでフルーレがカイルに耳打ちをした。
「……いいんですか? 隊長に断らず接触して」
「構わんさ。俺は副隊長だからな。情報収集と言えばいいだろ?」
「あんなにすぐ頭を下げたのを見られてたら小言ものですよ? ……わたしは言いませんけど! 優しいんですね、カイルさん。でも約束って……?」
穏やかな顔ををカイルに向けてえへへ、と笑うフルーレに、カイルは目を逸らして言う。
「優しく、ねえ。俺はそんな立派なもんじゃないよ。約束、そんなこと言ったっけ? さ、行こう。しかし村娘にしては可愛いなあチカちゃん」
「! ……ふん!」
「いて!? え? なんで蹴られたの俺!? なあフルーレちゃん!?」