飛行船が発進すると、メンバーは各自割り当てられた部屋へと向かった。カイルは副隊長だからとメンバーを見送り、シュナイダーと共に一番最後に移動をした。

「あおうん~」

「よしよし、元気そうだなホント。……さて、どういうつもりかわからないけど魔獣を連れて行けるのはありがたい、か。この遺跡調査が楽に終われば金も入る。そしたらお前を飼える住居とか用意してもらえないか打診してみようか」

「あおん!」

 シュナイダーは久しぶりに会えたご主人にご満悦で腹を見せて甘えていた。

「……お前本当に魔獣かよ……まあいいけど」

 シュナイダーを撫でながら改めてメンバーを思い出すカイル。隊長オートスは可もなく不可もなくといった感じだと思った。
 出世欲が強すぎるのが作戦に影響を与えないか危惧する。

「確か21歳だったか? あの若さで少佐ならエリート路線だし、焦らなくてもいいと思うんだがねえ。第二大隊のドグルってやつも曲者っぽい。ダムネは……あのガタイで気弱そうだけど、仲間の盾になる気概はありそうだったな」

 ただ、ああいう手合いは自分の命を軽んじることが多いことをカイルは知っていた。故に他のふたりよりも見ておかないといけないかとため息を吐く。

「男達は知り合いのようだし、うまく動かせば安全策は取れるか? 年齢はバラバラだが恐らく同期だろうな。あいつらだけでも連携を取ってくれればそれはそれか。少なくとも衛生兵の子に危険が及ばないようにしたい。お前も頼むぞ?」

「わん!」

 ぱたぱたと尻尾を振り、女の子は任せろと言わんばかりの返事をする。カイルは苦笑して頭を撫で、次に目を向けたのは巨大な細長い箱。木箱ではあるが、鎖でぐるぐる巻きにされて容易に取り出すことができない状態だった。

「……ま、仕方ないか」

 その鎖を解くのに少々時間がかかり、シュナイダーが背中に乗ってきて遊ぼうとじゃれついてくるが無視して続けた。

 やがて『ピピピ……』という音が鳴り、カイルは手を止めた。

 「おっと、もうこんな時間か」

 しばらく没頭していたが、セットしておいたタイマーの音でようやくハッと気づく。この速度なら明日の昼にはペパーグリーン領に辿り着くだろうと窓の外で沈んでいく夕日を見ながらブリーフィングの為、会議室へと向かう。

 ――飛行船『ウェザーコック』
 
 二百メートルを越える巨大な空飛ぶ船は、魔科学で作られた乗り物である。定員は百名前後で、技師やコック、船長といった隊に組まれていない軍人や従軍者で動かしている。
 『遺跡調査』と聞いて志願した者も数多く、神秘や知識の宝庫である『遺跡』は誰の目から見ても魅力的のようだった。命の危険がある、ということを除けばだが。


「お疲れ様で、す……」

「ありがとう。そっちもご苦労さん」

 伍長かと敬礼してすれ違った者の襟を見て胸中で言う。シュナイダーにびびっていたなとにんまりするカイル。
 会議室へ入ると、すでにオートス、ドグル、ダムネの三人が談笑しているところに出くわした。最初にこちらに気付いたドグルが声をかけてくる。

「ああ、少尉さっきはどうも」

「こっちこそ。三人とも随分早いな」

 カイルが近づきながら声をかけると、オートスが鼻を鳴らし、憮然とした様子で口を開く。

「副隊長とはいえお前は少尉だ、言葉が過ぎるぞ。分をわきまえろ」

「あー……申し訳ありませんでした」

「貴様……! 大佐や技術開発局長と知り合いで、それに魔獣と一緒だからって調子に乗るなよ?」

 悪びれた様子のないカイルに激高するオートスがずかずかとこちらに来て胸倉を掴んできた。

「まあまあ……こいつは俺の性格なんで許してくださいよ隊長」

 両手をあげて降参のポーズをとるカイルにドグルがくっくと笑い、オートスの肩に手を置いた。

「止めとけ止めとけ。こんなあっさり降参するような腰抜けを相手にしてもこっちが疲れるだけだぜ。……そんなんだから五年経っても少尉のままなんだぜ?」

 蔑むような笑いを向けてくるドグルに、胸倉から力が抜けた瞬間サッと距離を取ったカイルが手を広げて首を振った。

「はは、ご忠告感謝しますよ大尉。これも性分なんで、階級に拘りは無いんですよ。平和に生きるのが俺の夢でしてね」

「な、ならどうして軍人なんてやっているんですかね……」

 大柄な男ダムネがカイルの言葉に苦笑し、そういえばと何かを思い出し話を続ける。

「五年前って、確か皇帝の暗殺騒ぎがあったんじゃなかったでしたっけ?」

「そう言えばそんな話もあったなぁ。少尉さんはその時のことを知ってんのかい?」

「あー、いや。俺が配属されたのはそのゴタゴタの後でしてね。……詳細はまったく知らないんですよ」

 するとオートスが腕組みをし、片目を瞑ってからドグルへ言う。

「……皇帝暗殺の時に直属の兵が数人と、上層部の首が半分くらいすげ変わったとんでもない事件だったらしいぞ。その時に下位の階級が上にあがったからお前のようにのらりくらりとしている腰抜けでも少尉になれたんだろうな」

「そりゃ怖いですねえ。でも給料が高いのは助かりますよ」

「それでも帝国の軍人かお前は……年も俺より上だろうに、出世欲がないとは」

「わん!」

 オートスがそんなことを言うと、シュナイダーが講義するように声をあげる。そこへダムネがにこにこしながらシュナイダーの前に座り口を開く。

「ちゃんとお座りしている、可愛いなあ。な、撫でてもいいですか? そ、そういえばこの狼が魔獣になったのはどうしてなんです? 人懐っこいから相当昔から飼ってたんじゃ……。あ、でも、宿舎ってペット禁止じゃ――」

「撫でるのはいいよな?」

 ダムネの言葉を遮るように声を出すカイルに、シュナイダーは元気よく吠えた。

「おん!」

「ああ、やった! シュナイダーだっけ?」

「わんわん!」

 尻尾を振るシュナイダーを見ながらカイルは微笑み、先ほどの問いに答えることは無かった。呆れた顔をするオートスに、笑いがこらえられないとドグルが椅子に座って笑う。

「き、緊張感ってものが欲しいねぇ! くっく、まあ俺は嫌いじゃねぇけどよ」

「副隊長としての仕事、大丈夫なのか……」


 そんなやり取りの中、程なくしてブロウエルとフルーレが部屋に入ってくるとブリーフィングが始まった。

「コホン。……とりあえず明日の昼には到着するが、実際に侵入するのは次の日になる。近くの村で話を聞いて、『遺跡』の入口付近でキャンプを張るのが明日の目標だ」
 
 そこでフルーレが手を上げ発言権を主張し、オートスが頷いて許諾する。

「遺跡への侵入は我々のみ、ということですけど大丈夫ですかね……? もし迷路のようになっていたら手分けして探索する方がいいような気もします」

「……いや、戦闘要員はそれほど多くない。それに遺跡は魔獣や狂暴な動物よりも罠の方が危険度は高いと聞く。大量に死者を出すよりは、我々だけが全滅する方がマシというものだろう。それと遺跡の内部調査は、中に入って二十四時間をリミットに入退出を繰り返す。行きは慎重だが、帰りと二度目のアタックは少しずつだが時間短縮ができることを期待する」

「やれやれ、怖いねえ」

「ぼ、僕が前に出ますから」

「期待してますね!」

「えへへ……」

「問題なかろう」

 説明を聞き、ブロウエルは教科書通りだと思いながら頷きホッとするオートス。そこで横に座っていたカイルへと声をかける。

「副隊長、他に何かあるか?」

「ふえ!? お、俺、いえ私ですか!? ……そうですね、とりあえず私が”聞いた”ところによると、『遺跡』には必ず大部屋があるそうです。そこを最終目標地点として考えるべきだと思います。それと――」

「それと?」

「フルーレちゃんは全員、全力で守りましょう」

「まあ!」

 顔を赤くして口に手を当てるフルーレに、ガクっと崩れるオートス。

「貴様……そんな不純なことで任務遂行ができるとでも――」

「まあ聞いてください。彼女は衛生兵ですが薬以外にも『回復術』が使えます。恐らく、解毒もできるでしょう。生き残るための生命線として彼女の生死は成功にも大きく関わってきます」

「う、む……」

 そういえば資料に書いていたようなと思い立ち上がった勢いをおさめて椅子に座る。そこでブロウエルが手をあげる。

「どうぞ大佐」

「うむ。『遺跡』調査は常に死と隣り合わせだ。私も参加自体は初めてだが、二十年ほど前に現れたものへ派遣した際に、兵を五十名失っている。最終的に制覇したが、我等は最初で制覇できるよう努める必要がある。もし全滅するにしても、後続へ何かを残せるよう立ち回るようにな。以上だ」

「は! 激励、ありがたく頂戴します!」

 そう言って、その場にいた全員が敬礼をしブリーフィングが終了する。カイルはこれなら何とかなるかと考えるが翌日、村に到着してから――