帝国少尉の冒険奇譚

 

「さて、と……とりあえず町に出るか」

 隊舎を出たカイルはとある場所を目指して町のある方へ向かう。このゲラート帝国の城内には各隊の集まる場所と技術開発局という部署が存在する。そしてその中央に皇帝が居る巨大な城があるのだ。

「お疲れ様です、少尉!」

「あいよ、いつもご苦労さん」

 門兵へ片手を上げながら挨拶をすると、カイルは目を通していた書類をズボンの後ろポケットへ無造作に突っ込む。
 そのまま正門を通って町へ続く道へと出た。特に名前も知らない、階級章だけみて敬礼をする門兵に肩を竦めながら彼は橋を渡る。
 ゲラート帝国の城は長さ十メートル、深さ五メートルほどの堀に囲まれているため、正門か東門の橋を渡るしか出る方法はない。

 城をぐるりと囲むように城下町があるこの国は、周りが山で覆われており天然の要塞にもなっている。
 
 先ほど上司であるエリザ大佐との会話で『遺跡』へ向かうための手段に”飛行船”の説明があったが、帝国独自で開発されたものだ。なので仮に戦争が起こった場合、現状でゲラート帝国を侵攻するのが難しい国のひとつである。
 空からの攻撃を返す準備はまだどの国も整っていない。
 とはいえ他国も『魔科学』と呼ばれる便利道具を生みだす研究を続けているため、パワーバランスはいつか一定になるだろうと専門家は話す。

「ちわーっす」

 カラン、と目的地に到着したカイルがとある店の扉を開けながら挨拶をする。
 ここは『ハイドの酒場』という昼は食堂、夜は酒場という二面性をもったお店である。今はランチ時で人がごった返しており、その中をかき分けてカイルはカウンターへ向かうと灰色の髪と髭をした老人へ声をかけた。

「ランチひとつ、おススメで頼む」

「毎度! ……ってなんじゃ、カイルか。サリーよ、適当に出しておいてくれ」

「客に向かってなんだはないだろう?」

 乱暴に出された水を口に入れながら憮然と返していると、サリーと呼ばれた赤毛のポニーテールをした女の子がサッと出せるメニューであるカレーを置きながらほほ笑む。

「んふふ、おじいちゃんはこれでも嬉しいんですよ? でもカイルさんがランチの時間に来るのは珍しいですね?」

「ちょっと野暮用でね。マスター、もう少しで昼休憩だろ? 話したいことがあるんだ」

「……ほう、食ったら裏で待ってろ」

「はふはふ……サンキュー」

「600リラになりまーす♪」

「……あいよ。ああ、うめぇ」

 カレーを平らげた後、カイルは厨房の先にある部屋へと足を運ぶ。厨房で数人の料理人が働いているのを横目に部屋へ入ると適当な椅子へ腰かけ、もう一度書類に目を通しながら時間を潰す。
 しばらくすると外の喧騒が落ち着き始め、カイルがマスターと言った老人が部屋へ入ってきて肩を回しながら口を開く。

「やれやれ、歳は取りたくないもんじゃ」

「はは、『残虐グリズリー』と呼ばれた、ゼルトナのおやっさんでも歳には勝てないのか?」

「もう退役して三十年じゃ、仕方なかろう。で、どうしたんじゃ? 飯以外で儂に話があるとは珍しい」

 そういって、退役軍人のゼルトナ=イーブル元中将が、カイルを自室へと案内する。防音性の高い部屋の鍵をかけると、カイルはふと真顔になって口を開く。

「『遺跡』の先遣隊に抜擢された。それも副隊長待遇で」

「ふむ……お前、今は少尉じゃったか?」

「ああ」

 一言、返事をしてから機密であろう書類を手渡すと、ゼルトナは顎髭を撫でながら眉を潜めて独り言のように呟く。それは元自分が居た軍に対して違和感を覚えていたからに他ならない。

「あり得んな。しかし、辞令は本物じゃし、行くしかあるまい。となると?」

「ま、そういうことなんだよ。お偉いさんがたが何を考えているかわからんし、それなら遺跡探索を楽しもうと思ってね。で、預けていたものを取りに来たってわけ」

「やはりそういうことか。よくわからんが預かっていただけじゃ、好きにすりゃええ」

 ゼルトナがそう言うと、机の引き出しを開けて手を入れる。次の瞬間、ガコンという音と共に地下へと降りる階段が出現した。

「サンキュー」

「お前が作ったんじゃろうが! ったく迷惑な改造をしてくれおって……」

「へへ、おやっさんの家なら下手な手出しはできないからな。出口は別のところを使うからここは閉じていてくれ」

「おうおう。遺跡の土産に期待しておるぞ。ま、遺跡なら地下にあるものは必要じゃろうし、気を付けてな」

 そう言って口をへの字に曲げながらもにやっとしているゼルトナに、振り向かず片手をあげて階段を下りて行く。地下はすぐに終着を迎え、鉄製の扉に手をかけて開く。
 カイルは部屋に入りマッチを擦って灯りを手に入れると壁にかけられたランタンに火を移して部屋を見渡す。

「久しぶりだなぁ。ここを残してくれているおやっさんには頭が上がらない」

 その部屋は色々な機材や道具が散乱しており、しばらくぶりだと言わんばかりに移動する度、埃が舞う。口を袖で隠しながらカイルは奥にある金庫の前に行き、ダイヤルを回す。

「……0918、と」

 直後、カキン、と小気味よい音と共に鍵が外れ、カイルは重い金庫の扉を開ける。中には鎖で厳重に封印されたアタッシュケースがあった。
 それを何とも言えない顔で見つめた後、肩に担ぎ、テーブルに散乱していた道具をいくつか回収して別の階段から店の外へと出た。
 内側からは出られるが、一度閉めると外からでは開かない、マンホール型にカモフラージュされた扉を閉めながらカイルは呟いた。

「なかなかいい隠れ場所だよな。さて、腹も膨れたし宿舎に戻るかね」

 そう言って元来た道を引き返す。

「お戻りですか」
 「ああ、ご苦労さん」

 さっき見送ってもらった門番にまた挨拶をし、正門をくぐったところで傍の広場に差し掛かる。
 そこには出る時には見かけなかった休憩中と思わしき一団が座っていた。その中に、ひとりだけ立って馬鹿笑いをしながら喋っている男を見て、カイルは足を止めてすっと目を細める。

「はっはっはぁ! 俺が『遺跡』の選抜隊に隊長として行くことになったんだ! こりゃ手柄を立てて出世するしかないよな!」

「ああ、オートスならできるさ!」

「エリートは違うなぁやっぱり」

「(あいつは確か、今回の隊長さんだな。少佐だったか? なるほど、あれが隊長なら、俺みたいなグータラなやつが副隊長の方が具合がいいってことか)」

 見たところ調子に乗りやすいタイプかと納得し、声をかけることもなく自室へと戻るカイル。

「(ま、三日後に嫌でも会うしな。それより、装備のチェックの方が重要だ)」

 『遺跡』は危険だと承知しているが、好奇心の方が勝っているカイルは笑みを浮かべて鼻歌交じりに歩くのだった。

 そして三日後―― 
 ――迎えた遺跡調査の当日。

 カイルは宿舎の自室にて持っていく装備と道具のチェックを終えて、荷物をカバンに詰めていた。両手が使える方が良いため、リュックサックが都合がいいと部屋のクローゼットから引っ張り出したものだ。
 
 集合は午前八時半。壁にかけられた時計が八時を指したので、カイルはリュックを背負い、呟く。

「行くか!」

 場所は城の西側にあるグラウンドより広い、飛行船整備場。それと発着場が一緒になった広場だ。部屋を出て、真っすぐにそこへ向かう。
 時間的に一番乗りかと思ったが、すでに先客がふたり居た。カイルは驚きながら女性へ声をかけた。

「まさか三十分前に人が居るとは思わなかった。第五大隊のカイル・ディリンジャー、階級は少尉だ」

「おはようございます! わたしはフルーレ・ビクセンツ、階級は少尉で第六大隊の衛生兵です!」

 金髪セミロングに軍帽を被ったフルーレはにこやかに握手をした後、びしっと敬礼をした。カイルはその様子を見て元気がいい子だと思いながら隣に立つ目つきの鋭い初老の男性に目を向ける。

「大佐には自己紹介の必要はありませんよね?」

「ふん。当然だ。お前のことは良く知っているしな。……まさか『遺跡』調査に選ばれるとは思わなかったが」

「ま、こうなった以上は全力を尽くしますよ」

 カイルがそう言って肩を竦めるとフルーレが口に指を当ててカイルと初老の男性を交互に見ながら口を開く。

「えっと、カイルさんはブロウエル大佐をご存じなんですね?」

「……まあな。階級は一緒だし、気楽に頼む」

「はい! 少尉上がりたてのわたしが『遺跡』調査みたいな特殊任務に抜擢されるなんて本来有り得ないですからね! あれ? そういえばカイルさんって――」

 フルーレが首を傾げたところで、カイルは遮るように口を開いた。

「他のメンバーも来たようだな」

「あ、本当ですね! どきどき……」

 カイルがチラリとブロウエルの背後に目を向けると、昨日見た隊長の男に体格の良い男。それにたれ目がちな細身の男が近づいてきた。見れば整備員や料理人といったキャンプの待機メンバーなどが飛行船に乗り込んでいる。
 そして隊長の男がカイルたちの前に到着し手を敬礼させながら言う。 

「お待たせしたかな? 俺が今回の遺跡調査で隊長を務める、オートス=グライアだ。書面で知っているとは思うが、こういうのは形式だからな。各自自己紹介をしよう」
 
 不敵に笑いながらオートスは体格のいい男の肩に手を乗せて言う。体格のいい男はおどおどしながら口を開く。

「ぼ、僕はダムネ=ヒート、です。第四大隊の中尉です。よ、よろしく……」

 ダムネは騎士の名残を残す第四大隊からの選抜だった。大鎧に大盾、それに長い槍と腰の剣がそれを物語っている。次にたれ目の男が口を開く。

「俺は第二大隊の大尉でドグル=レイヤード。よろしくな! 特にそっちのお嬢さんには、さ」

 そう言う彼の所属する第二大隊は、主に銃を専門に扱う部隊である。それを象徴するように、腰のホルスターにあるハンドガン”EW-02 イーグル”と、左肩に担いでいるショットガン”EW-036 ホーネット”がこれ見よがしに装備されていた。
 ちなみに形式番号の『EW』は【EmpireWeapon】の略称で、帝国製であることを証明するものだ。

「わたしは第六大隊のフルーレです! 少尉という一番下の階級ですが、よろしくお願いします!」

「ああ。で、俺が隊長を務める第三大隊の少佐、オートス……っておい、お前も自己紹介するんだ」

 カイルがそれぞれの人物を眺めていると、不意にオートスから要求されたのでびしっと背を伸ばして敬礼をする。

「カイル=ディリンジャー、第五大隊で階級は少尉。……僭越ながら副隊長をやらせてもらう」

「もらいます、だろうが! 上官に向かってため口とはいい度胸だ!」

「いてっ!? ……すみませんでした……」

 カイルがオートスに小突かれ、口を尖らせる。年齢はカイルの方が上だが、階級がモノを言う軍隊においてオートスに頭が上がらないカイルである。

「お前はいつからいるんだ?」

「……五年前に少尉として入ってからそのままだ……です」

「くっく! 五年も少尉なのか? そんな奴がいるのか! ははははは! ……まったく、上層部はどういうつもりでこんな男を副隊長に……」

 ぶつぶつと呟くオートスの後ろで、ドグルがダムネに耳打ちをする。

「居るんだなぁ、落ちこぼれってやつ。お前もああはなりたくないよな」
 
「は、はは……」

「そういう言い方は良くないと思います!」

 愛想笑いをするダムネに、怒りを露わにするフルーレ。カイルはこの即席混成部隊の力関係を頭の中で考える。

「(フルーレちゃん以外の三人は顔見知りかね? ちとやりにくいかもしれないが、まあ何とかなるか? 『遺跡』次第だろうけど)」

 そう胸中で思っていると、ブロウエルがかかとを鳴らしながら大声をあげる。

「グチグチと文句を言うな少佐。上層部の決定に不満があるのか? であれば、今すぐここを去ってもらっても構わんぞ。上層部に逆らうものは『遺跡』調査に必要無い」

「さから……!? い、いえ、失礼しました! ブロウエル大佐はバックアッパーとお伺いしておりますがその認識で大丈夫でしょうか!」

 上層部に逆らうということはイコールでクビということなので、オートスは居住まいを正してブロウエルへ質問をする。

「うむ。私は君達のお目付け役みたいなものと思ってくれていい。ただ、座学で学んでいるだろうから省くが『遺跡』で君達だけでは手に負えない場合、戦力として参加する」

 そう言って腰にある細身の剣と、ホルスターにある銃を撫でながら目を細めると、オートスは敬礼をして一言、

「光栄であります! ……よし、飛行船へ行くぞ」

「(後衛だけに光栄……なんちゃって……)」

「……」

 フルーレの呟きはスルーし、全員で飛行船へ向かう一行。船内に乗り込むための階段に近づいた時、白衣を着て、茶色い髪をした眼鏡の男がタバコをふかしながら声をかけてきた。
 自己紹介を終えて部隊として行動することを確認。
 カイル達が飛行船へ乗り込もうとしたその時、

「『遺跡』調査部隊、ご苦労さん。ちょっとこいつも連れて行ってくれよ」

 軽そうな感じをさせる笑みを見せながら、くわえ煙草をふかす白衣の男が近づいてきた。
 ガラガラと後ろから檻がついてきているのが気になったが、カイル達は足を止めてそちらを向く。
 すると、オートスが驚愕の表情で白衣の男に声をかけた。

「そ、その白衣と階級章はまさか技術開発局長……!? いつも研究棟から出てこないと聞いていますが……」

「こりゃ珍しいもんが見れた、か?」

 ドグルも引きつった顔で呟くが、フルーレとダムネは知らない様子で首を傾げていた。
 
「技術開発局……?」
 
「講義でそんな話があったような……」」
 
 オートスの言った『技術開発局』はその名の通り、魔科学を研究する科学者たちの巣窟である。部隊ではないが、かなりの数を有しており、北の山側に研究棟を構えている。
 銃火器などの武器から生活道具までさまざまなものを実験と称して試作品を色々な舞台へ与えることがある。有用なものならいいが、変なものをよこしてくる可能性も高い。そのため、人身御供が必要とされていたりするので注意されている集団だ。
 
 オートス達の白衣の男はくわえていた煙草を指に挟んで口を開いた。

「はは、俺達だって外の空気は吸いたくなるさ。なあカイル?」

「それでも出てくるのは珍しいじゃないか、セボック。どうしたんだ?」

「!? お前、局長と知り合いなのか……?」

 白衣の男がカイルへ気軽に声をかけ、カイルもそれに応じるのを見てオートスが驚く。

「そうだ……です。少佐の言うとおり、五年も少尉をやっていると色々知り合いもできるってもんですよ?」

 カイルが苦笑しながらオートスへ返答すると、技術開発局長のセボックがカイルへ先ほどの問いの答えを話し出した。

「どうしたもなにも、見ての通りだ。こいつを一緒に連れて行ってくれって最初に言ったろう?」

 檻に目を向けながらそう言うと、フルーレが興味本位で檻へと歩いていく。この子は目が離せないかもしれないなとカイルが思っているとフルーレが声をあげる。

「わあ、可愛い狼さんですね! ……って、こ、この子、”魔獣”じゃないですか!?」

「ぐるる……」

 檻の中には一匹の狼が寝そべっていた。首にボロ布が巻かれていて、赤い瞳をフルーレに向けて喉を鳴らす。その目はチラリとカイルへと向けられていた。

 フルーレが驚いて口にした”魔獣”とは動物が狂暴化した生き物だった。
 もちろん狂暴化する原因には理由がある。それは空気中にある魔力が一か所に集まって淀むのだが、それを”魔症”といい、魔症を取り込んだ動物が狂暴化するというわけだ。
 特徴は二つあり、どういった動物であっても瞳が赤くなることと、毛の一部が黒く染まる。元々黒い毛の動物は瞳の色で判断するしかない。
 また、元の動物の危険度でクラスが振り分けられていて、

 低級(ノーマル)中級(ミディアム)上級(アドバンス)脅威級(メナス)、|《カラミティ》となっている。

 当然、|《カラミティ》ともなれば大隊をひとつ、またはふたつ以上丸ごと出動するほどの騒ぎに発展し、混乱に陥るのは必至だ。
 
 話を戻すとこの檻の中にいる狼は#上級(アドバンス)であり、手ごわいクラスのためフルーレが驚いたのも無理はないと言える。
 
 セボックはカイルにいたずらを仕掛けるような顔で檻の前へ呼ぶので訝しんだが、このままでは出発できないかと、カイルはフルーレの隣へ行く。

「こいつは……!」

「!?」

 カイルが目を大きく見開いて狼を見ると、狼もカイルを見て立ち上がり目をカッと開けた。セボックは部下に指示し、檻の扉を開ける。

「あ!? お、檻を……! きゃあああ!」

 フルーレが身構えるが、狼は鋭い動きで檻を脱し飛びかかってきた。だが――

「あ、あれ……?」

「お前、シュナイダーか! 元気だったか!」

「おんおん♪」

 頭を押さえて蹲るフルーレの頭上を飛び越えた狼はカイルに飛びかかり、ぺろぺろと顔を舐めて甘えていたのだった。

「ええ……魔獣が懐いているんですか……?」

「おう、シュナイダーは俺が拾ったただの子狼だったんだけど、魔症に侵されて魔獣になってな。でも俺のことをちゃんと覚えていて狂暴化までには至らなかったってこったな」

「まあ、前例がないわけじゃないからな。乳牛が魔症にやられても大人しかったケースはある」

 セボックが煙草をふかしてそういうと、カイルは目を細めてシュナイダーを撫でながら問う。

「……処分される予定じゃなかったか?」

「……さあ、俺はこいつをお前に引き渡すように言われただけだからな? それとこいつも持っていけ」

 カイルは『引き渡すように言われただけ』という言葉に何かを言いかけたが、意味がないことかと言葉を呑む。そしてセボックが合図をし、長方形の大型の箱が目の前に現れるとカイルはもう一度驚きの声を上げた。

「これって……!?」

「まあ、使わないで済むと祈っておくよ。それじゃ、頼まれたことは済んだし撤収だ」

 セボックが煙草を靴で踏んで消すと、部下たちに撤収の合図をし踵を返す。カイルは慌ててその背に声をかけた。

「お、おい、待て、セボック!」

「気にすんな。書類上は問題ない。安心して使えー」

 振り向かずにひらひらと手を上げ、胸ポケットから煙草を取り出してその場を後にした。オートス以下、ポカーンとした調査隊のメンバー。

 それを見てブロウエル大佐がため息を吐いてオートスへと言う。

「オートス隊長、アレはああいうこちらの軍規とは外れた存在だ。いちいち気にしても仕方がない。飼い犬が一匹増えたくらいで狼狽えては士気に関わるぞ? 締めてくれ」

「は、はあ……。しかし、あの箱は一体……」

 ツッコミたい気持ちは多分にあるが、大佐の前で失態を見せるわけには行かないとそれを押し殺して高らかに声をあげる。この『遺跡』調査を無事終えれば、中佐、はたまた大佐への昇級は確実だからだ。

「コホン! では諸君、出発だ! 我等『遺跡調査混成部隊』これより任務地へと赴く!」

「「「「は!」」」」

「わんわん!」

 全員がびしっと決めた後、シュナイダーが尻尾を振って後に続き、ガクっと崩れる。

「ったく……もういい、乗り込むぞ」

「へいへい」

「は、はい!」

「うふふ、おりこうさんですね? 撫でていいですか?」

「おん♪」

「相変わらず女の子好きなのかお前?」

「……ふん、カイルが言えたことではないな」

「きっついすね大佐……」

 そして飛行船は浮き上がり、グリーンペパー領に向けて静かに移動を開始した――
 
 飛行船が発進すると、メンバーは各自割り当てられた部屋へと向かった。カイルは副隊長だからとメンバーを見送り、シュナイダーと共に一番最後に移動をした。

「あおうん~」

「よしよし、元気そうだなホント。……さて、どういうつもりかわからないけど魔獣を連れて行けるのはありがたい、か。この遺跡調査が楽に終われば金も入る。そしたらお前を飼える住居とか用意してもらえないか打診してみようか」

「あおん!」

 シュナイダーは久しぶりに会えたご主人にご満悦で腹を見せて甘えていた。

「……お前本当に魔獣かよ……まあいいけど」

 シュナイダーを撫でながら改めてメンバーを思い出すカイル。隊長オートスは可もなく不可もなくといった感じだと思った。
 出世欲が強すぎるのが作戦に影響を与えないか危惧する。

「確か21歳だったか? あの若さで少佐ならエリート路線だし、焦らなくてもいいと思うんだがねえ。第二大隊のドグルってやつも曲者っぽい。ダムネは……あのガタイで気弱そうだけど、仲間の盾になる気概はありそうだったな」

 ただ、ああいう手合いは自分の命を軽んじることが多いことをカイルは知っていた。故に他のふたりよりも見ておかないといけないかとため息を吐く。

「男達は知り合いのようだし、うまく動かせば安全策は取れるか? 年齢はバラバラだが恐らく同期だろうな。あいつらだけでも連携を取ってくれればそれはそれか。少なくとも衛生兵の子に危険が及ばないようにしたい。お前も頼むぞ?」

「わん!」

 ぱたぱたと尻尾を振り、女の子は任せろと言わんばかりの返事をする。カイルは苦笑して頭を撫で、次に目を向けたのは巨大な細長い箱。木箱ではあるが、鎖でぐるぐる巻きにされて容易に取り出すことができない状態だった。

「……ま、仕方ないか」

 その鎖を解くのに少々時間がかかり、シュナイダーが背中に乗ってきて遊ぼうとじゃれついてくるが無視して続けた。

 やがて『ピピピ……』という音が鳴り、カイルは手を止めた。

 「おっと、もうこんな時間か」

 しばらく没頭していたが、セットしておいたタイマーの音でようやくハッと気づく。この速度なら明日の昼にはペパーグリーン領に辿り着くだろうと窓の外で沈んでいく夕日を見ながらブリーフィングの為、会議室へと向かう。

 ――飛行船『ウェザーコック』
 
 二百メートルを越える巨大な空飛ぶ船は、魔科学で作られた乗り物である。定員は百名前後で、技師やコック、船長といった隊に組まれていない軍人や従軍者で動かしている。
 『遺跡調査』と聞いて志願した者も数多く、神秘や知識の宝庫である『遺跡』は誰の目から見ても魅力的のようだった。命の危険がある、ということを除けばだが。


「お疲れ様で、す……」

「ありがとう。そっちもご苦労さん」

 伍長かと敬礼してすれ違った者の襟を見て胸中で言う。シュナイダーにびびっていたなとにんまりするカイル。
 会議室へ入ると、すでにオートス、ドグル、ダムネの三人が談笑しているところに出くわした。最初にこちらに気付いたドグルが声をかけてくる。

「ああ、少尉さっきはどうも」

「こっちこそ。三人とも随分早いな」

 カイルが近づきながら声をかけると、オートスが鼻を鳴らし、憮然とした様子で口を開く。

「副隊長とはいえお前は少尉だ、言葉が過ぎるぞ。分をわきまえろ」

「あー……申し訳ありませんでした」

「貴様……! 大佐や技術開発局長と知り合いで、それに魔獣と一緒だからって調子に乗るなよ?」

 悪びれた様子のないカイルに激高するオートスがずかずかとこちらに来て胸倉を掴んできた。

「まあまあ……こいつは俺の性格なんで許してくださいよ隊長」

 両手をあげて降参のポーズをとるカイルにドグルがくっくと笑い、オートスの肩に手を置いた。

「止めとけ止めとけ。こんなあっさり降参するような腰抜けを相手にしてもこっちが疲れるだけだぜ。……そんなんだから五年経っても少尉のままなんだぜ?」

 蔑むような笑いを向けてくるドグルに、胸倉から力が抜けた瞬間サッと距離を取ったカイルが手を広げて首を振った。

「はは、ご忠告感謝しますよ大尉。これも性分なんで、階級に拘りは無いんですよ。平和に生きるのが俺の夢でしてね」

「な、ならどうして軍人なんてやっているんですかね……」

 大柄な男ダムネがカイルの言葉に苦笑し、そういえばと何かを思い出し話を続ける。

「五年前って、確か皇帝の暗殺騒ぎがあったんじゃなかったでしたっけ?」

「そう言えばそんな話もあったなぁ。少尉さんはその時のことを知ってんのかい?」

「あー、いや。俺が配属されたのはそのゴタゴタの後でしてね。……詳細はまったく知らないんですよ」

 するとオートスが腕組みをし、片目を瞑ってからドグルへ言う。

「……皇帝暗殺の時に直属の兵が数人と、上層部の首が半分くらいすげ変わったとんでもない事件だったらしいぞ。その時に下位の階級が上にあがったからお前のようにのらりくらりとしている腰抜けでも少尉になれたんだろうな」

「そりゃ怖いですねえ。でも給料が高いのは助かりますよ」

「それでも帝国の軍人かお前は……年も俺より上だろうに、出世欲がないとは」

「わん!」

 オートスがそんなことを言うと、シュナイダーが講義するように声をあげる。そこへダムネがにこにこしながらシュナイダーの前に座り口を開く。

「ちゃんとお座りしている、可愛いなあ。な、撫でてもいいですか? そ、そういえばこの狼が魔獣になったのはどうしてなんです? 人懐っこいから相当昔から飼ってたんじゃ……。あ、でも、宿舎ってペット禁止じゃ――」

「撫でるのはいいよな?」

 ダムネの言葉を遮るように声を出すカイルに、シュナイダーは元気よく吠えた。

「おん!」

「ああ、やった! シュナイダーだっけ?」

「わんわん!」

 尻尾を振るシュナイダーを見ながらカイルは微笑み、先ほどの問いに答えることは無かった。呆れた顔をするオートスに、笑いがこらえられないとドグルが椅子に座って笑う。

「き、緊張感ってものが欲しいねぇ! くっく、まあ俺は嫌いじゃねぇけどよ」

「副隊長としての仕事、大丈夫なのか……」


 そんなやり取りの中、程なくしてブロウエルとフルーレが部屋に入ってくるとブリーフィングが始まった。

「コホン。……とりあえず明日の昼には到着するが、実際に侵入するのは次の日になる。近くの村で話を聞いて、『遺跡』の入口付近でキャンプを張るのが明日の目標だ」
 
 そこでフルーレが手を上げ発言権を主張し、オートスが頷いて許諾する。

「遺跡への侵入は我々のみ、ということですけど大丈夫ですかね……? もし迷路のようになっていたら手分けして探索する方がいいような気もします」

「……いや、戦闘要員はそれほど多くない。それに遺跡は魔獣や狂暴な動物よりも罠の方が危険度は高いと聞く。大量に死者を出すよりは、我々だけが全滅する方がマシというものだろう。それと遺跡の内部調査は、中に入って二十四時間をリミットに入退出を繰り返す。行きは慎重だが、帰りと二度目のアタックは少しずつだが時間短縮ができることを期待する」

「やれやれ、怖いねえ」

「ぼ、僕が前に出ますから」

「期待してますね!」

「えへへ……」

「問題なかろう」

 説明を聞き、ブロウエルは教科書通りだと思いながら頷きホッとするオートス。そこで横に座っていたカイルへと声をかける。

「副隊長、他に何かあるか?」

「ふえ!? お、俺、いえ私ですか!? ……そうですね、とりあえず私が”聞いた”ところによると、『遺跡』には必ず大部屋があるそうです。そこを最終目標地点として考えるべきだと思います。それと――」

「それと?」

「フルーレちゃんは全員、全力で守りましょう」

「まあ!」

 顔を赤くして口に手を当てるフルーレに、ガクっと崩れるオートス。

「貴様……そんな不純なことで任務遂行ができるとでも――」

「まあ聞いてください。彼女は衛生兵ですが薬以外にも『回復術』が使えます。恐らく、解毒もできるでしょう。生き残るための生命線として彼女の生死は成功にも大きく関わってきます」

「う、む……」

 そういえば資料に書いていたようなと思い立ち上がった勢いをおさめて椅子に座る。そこでブロウエルが手をあげる。

「どうぞ大佐」

「うむ。『遺跡』調査は常に死と隣り合わせだ。私も参加自体は初めてだが、二十年ほど前に現れたものへ派遣した際に、兵を五十名失っている。最終的に制覇したが、我等は最初で制覇できるよう努める必要がある。もし全滅するにしても、後続へ何かを残せるよう立ち回るようにな。以上だ」

「は! 激励、ありがたく頂戴します!」

 そう言って、その場にいた全員が敬礼をしブリーフィングが終了する。カイルはこれなら何とかなるかと考えるが翌日、村に到着してから――
 
 

 ――夜の空を飛行船が静かに進んでいく。すでに時刻は深夜帯で、カイル達は自室で眠っていた。

 だが、その静寂は突如として破られることになる。

<警告します! 魔獣が出現しました! 繰り返します! 警告! 魔獣が――>

「……!?」

「わふ!」

 緊急警報が船内に響き渡ったからだ。
 カイルは警報を聞きつけすぐにシャツの上から軍服を羽織って通路へ出る。

「今の警報は接敵だったな。空に敵とは妙だが……。他の国も飛行船を開発していた、とかだったりして。お前は部屋にいるんだぞ」

「くぅーん」

 付いてくる気満々だったシュナイダーは少し寂しそうだったが、大人しく部屋に戻った。カイルは扉を閉めて操縦室へと向かう。操縦室なら状況を把握しているだろうと思っての行動だった。
 
「あ! カイルさん!」

「フルーレちゃんか、同じことを考えていたようだな」

 彼女も警報を聞きつけて即座に行動を開始していた。行動の速さは頼もしいと思いながら操縦室の扉を開けた。

「来たか」

「っと、隊長殿早いですね」

「部屋が近いからな。……で、敵は?」

 オートスが入ってきたカイル達を見ずに、周囲を確認するために配備されている人に声をかけると、すぐに返事が返ってきた。

「鳥型の魔獣ですね。種類は恐らく鷹だと思われます。数は二。ですが結構大きいので飛行船に体当たりでもされるとバランスが崩れますのでできれば始末をお願いします」

 眼鏡の几帳面そうな女性が淡々と事実だけを述べ、オートスは顎に手を当てて思案する。そこへカイルが提案を口にする。

「ドグル大尉に狙撃してもらうのはいかがでしょう? 第二大隊なら得意武器ではなくても十分な戦果を得られるはずです。武器は積み込んでいますし」

 そう言うと、オートスは一度目を瞑った後、

「……いや、ここは俺がやる。実力というやつを見せるにはちょうどいい」

「……了解」
 
 これも顕示欲ってやつかなと思いつつ、操縦室からも降りることができるデッキに向かったオートスを見送る。手にはスナイパーライフルと呼ばれる遠距離狙撃用の銃、”EW-029 ヴァイパー”を持ち、索敵を開始する。
 
「夜なのに見えるんですかね……?」

 フルーレが窓からデッキを覗くが、真っ暗闇が広がるだけでオートスの姿も見えない。だが、カイルは横に立ち目を細めて言う。

「大丈夫。隊長にゃこいつを持たせてある」

「これは……?」

 カイルが大きな眼鏡のようなものを腰から取り出してフルーレに見せると、フルーレが首を傾げて問う。

「衛生兵には馴染みが無いと思うけど、これは”EO-192 ナイトゴーグル”。夜でも魔力で視覚を強化できる魔道具だ。これでぼんやりだけど形が分かるようになっている。人も魔獣も、それこそ木でも微量な魔力を持っているからね」

「へー! ……本当だ、隊長さんが見えます! でも、カイルさんの部隊って軽装部隊ですよね? 随分詳しいです」

「……こういう便利アイテムを眺めるのが趣味なんだよ。キャンプ装備とかわくわくしない?」
 
「いえ、特には」

 にべもなくあっさり返され、肩を落としながらカイルは窓の外へ目を向ける。ちなみにナイトゴーグルの形式番号の頭文字になる【O】はOrnaments(装飾品)である。

「とほほ、女の子は興味ないか……。んじゃ、隊長殿の雄姿を見とこうぜ」

「あ、はい」


 ――そのころ、デッキに居たオートスはライフルを手にし、相手を捉えるため細かく首を動かしていた。

「(幸い風は小さいな。……あそこか!)」

 片膝の態勢から狙いをつけ、引き金を引く。マズルフラッシュが輝き、その直後、ターン! という乾いた発射音が空に響き、

「ギャァァァ……」

 と、風の音に交じって鷹型の魔獣が断末魔の叫びを上げながら落ちていく。

「よし、次だ!」

「ギィェェェェ!」

 もはや怪鳥といって差し支えないほどの大きさをした鷹魔獣が、相方をやられたことに怒り、オートスへと向かってきた。

「おっと!? デッキと飛行船上部の隙間をよく通り抜けるものだな。だが……!」

 鷹魔獣が再度オートスを攻撃するため旋回する。
 しかし、魔獣による二度目のアタックは叶わなかった。魔獣がこちらを向いた瞬間、オートスのライフル弾が眉間を貫いたからである。

「やれやれ、この後は落ち着いて眠らせてもらいたいものだ」

 ガシャン、と安全装置をロックしながら一息つき、オートスが操縦室へと戻るため歩き出す。フルーレは戦いの様子を見て、興奮気味に飛び跳ねながらカイルの袖を引っ張って声をあげた。

「やった! やりましたね!」

「流石は万能部隊と言われる第三大隊の少佐ってところだな。ふあ……それじゃさっさと出迎えてもうひと眠りしますかね……」

「カイルさんったら」

「副隊長、それにフルーレ少尉。見ていたのだろうが、敵は倒した。ゆっくり休んでくれ」

「了解であります! いやあ、いつもならぐっすりでさあ……」

 緊張感のないカイルにくすくすと笑いながらも、戻ってきたオートスへ敬礼しそれぞれ自室へ戻って行く。見れば通路にドグルとダムネが壁に背を預けて立っていた。

「終わったみてぇだな。あふ……副隊長さんじゃないが、ゆっくり寝れそうだな」

「あ、ありがとうございます隊長」

「あの程度なら問題ない。お前達はもう少し早く行動しろ、少尉に後れをとっているとはなにごとか」

 オートスの言葉に気を付けますよと悪びれた様子もなくドグルが戻り、ぺこぺこしながらダムネも姿を消した。カイル達も一連のやり取りにびっくりしながら自室へと戻る。

 ――そして間もなくグリーンペパー領に入り、予定通りの時刻に『遺跡』近くの村”アンダー(むら)”へと足を踏み入れる。


「『遺跡』は先発でキャンプを張りに行く者たちを送る。なので我々はここで一泊する」

「飛行船までは遠いし仕方ねぇな」

 ドグルが面倒くさそうな感じで口を開くと、近くにいた村娘に近づきお尻を撫でた。

「きゃ……!? な、なにするんですか!」

「へへ、俺達は帝国の軍人だぜ? そんな態度でいいのかい? 金は弾むぜ」

「! 馬鹿にしないでください! あ、ちょっと本当にやめて……」

 尚も絡むドグルにカイルが慌てて止めに入る。

「あー、こらこら! ドグル大尉そこまでだ! 現地人に迷惑をかけたらダメだ。すまんねお嬢さん、行っていいよ」

「……」

 カイルとドグルを睨みながら何も言わずサッと遠ざかっていく。見ればオートスはドグルを見ておらず、こちらに向かってきた男性と話していた。

「帝国軍人がここに何の用だ? 勝手に『遺跡』でもなんでも行けばよかろう! まった――」

 村長だと思われる年配の男性が怒声を浴びせるが、最後までいうことができなかった。なぜなら冷ややかな目をしたオートスが男を殴り飛ばしたからだ。

「おい隊長!?」

 カイルが肩を掴むが、オートスはそれを振り切ってずいっと顔を近づけて呟いた。

「な、なん……!」

「この村は我々が接収する。十数名分の寝床と食料を用意しろ。むろんタダでとは言わん。料金は払う。だが、断るようならこちらはこちらで勝手にやらせてもらう。この意味はわかるな?」

「……!?」

 男はこくこくと頷き、尻もちをついたまま後ずさりすると村の中央へ消えて行った。様子をうかがっていた村人も慌てて家の中へ入っていくのが見える。
 
「ったく、一般人に無茶すんじゃ……。おっと……」
 
 カイルがイラっとしている横でフルーレが顔面蒼白で立ち尽くしていることに気づき、声をかける。

「フルーレちゃん、ちょっとあそこの広場で休んでていいよ。ダムネ中尉、連れて行ってくれ」

「は、はい……」

「りょ、了解です!」

 一般人に手を上げたことがショックだったのだろうかと思いながら、カイルはちらりとブロウエルを見る。彼は特に気にした風もなく両手を後ろ手にし立っていた。

「(ドグルとオートスの行動について何も言わないところを見ると、これも俺達の責任でやれってことかね? はー……やれやれ、やっぱりこいつらとは仲良くなれそうにないか?)」

 カイルは頭を掻きながらどうするかと思案を始めるのだった。
 
 オートスが村長を殴り倒してから数時間が経過した。

 村に滞留するのはカイル達六人と数人の歩哨で、すでに村の入口と村内に配備されていた。交代要員も共に入っている。ただし、屋内で休むのは『遺跡』へアタックするカイル達だけである。
 村長は一番大きな自分の家を開け渡すと言い、彼と妻は納屋へと移動しようとしたのをカイルが慌てて止める。

「いやいや、それはダメですって! 俺が納屋で寝ますから、村長の部屋は残してください」
 
「……ふん、軍人と同じ家など窮屈なだけじゃ! いくぞ」

「ええ……」

「あ……」

 青ざめた顔をした村長の妻とともに家から出て行き、カイルは嘆息してオートスへ向き直る。リビングの椅子に座って腕組みをする彼に悪びれた様子はない。

「お前……あ、いや、隊長。ちょっとこれはやりすぎだろう? 俺達は『遺跡』の調査なんだから、村を接収する必要はないはずだ。……もし他国の人間が入り込んでいたとしても、だ」

「ふむ。それが分かっていてそのセリフか、甘いな副隊長は」

「だなぁ。講義であったろ? 『遺跡』は世界各地にあるが、見つかるのは稀だ。こういう村や町に自国の人間を紛れ込ませて抜け駆けしようってヤツを抑止する必要があるってさ。一週間経っているし、もしかしたらもう『遺跡』に入り込んでいるかもしれん」

 オートスとドグルが口を揃えてカイルに反論する。

「た、確か昔、他国の人間が帝国領内の『遺跡』に侵入して小競り合いになったこともあったんですよね……」

「南の国境付近の戦いですね……」

 温厚なダムネとフルーレが悲しそうな顔をして俯く。国境付近の戦いは両国に無駄な血を流したことで忌まわしい記録として残されているのだ。そこでブロウエルが口を開く。

「隊長の言う通りだ。この村の人間が興味本位で入り込むこともあるかもしれん、というのも含まれている。カイル少尉、この部隊の隊長はオートスだ。やりすぎという意見はわからないでもないが、オートスの行動は悪いものではない。それが嫌なら……お前が隊長になるしかないぞ?」

 ブロウエルの鋭い目が試すようにカイルへ向けられると、カイルは一瞬、顔を顰めてからぼつりと呟いた。

「はは、それは、面倒ですね……。ちっと見回りをしてきます」

「あ、わ、わたしも行きます!」

「あれ、フルーレちゃん行っちゃうの? そりゃ残念。親睦を深めようと思ったのに」

 いしし、とドグルが嫌らしい笑いを浮かべながら二人を見送る。フルーレはそれを見て口をへの字に曲げてからカイルと共に家の外へ出た。

「いやらしいですね! べーだ! ……大丈夫ですかカイルさん……?」

「ん? ああ、問題ないよ。軍じゃ上の言うことは絶対だ。隊長のオートスの指針があれなら、俺は副隊長として抑えをしないといけないなと思っただけさ。フルーレちゃんはどうして出て来たんだい? ブロウエル大佐が居るからあいつらも下手なことはできないと思うけど」

「何にもされなくても、あまり一緒にいたくありません! 特にドグル大尉! それに実はオートス少佐もこっそりモーションをかけてきていたからというのもあります」

 いつの間に……でも、この子は可愛いしなと胸中で呟きながら広場へと出る。村人は家の中に入ってしまい、シンと静まり返っていた。

「わん♪」

「あ、シューちゃんダメですよ勝手に広場に入ったら!」

「シューちゃん?」

「シュナイダーだからシューちゃんです! 可愛いかと思って!」

「まあ……それより追うぞ」

 カイル達が飛び出したシュナイダーを追うと、一番陽の当たる子供用の遊具である滑り台の上に登って寝そべっていた。

「あふ……」

「ったく、昼寝かよ。お前、無駄にでかいんだから勝手に動くなよ? 俺達以外にも兵がいるんだ、処分されるぞ」

「わふん!?」

「大丈夫ですよ、賢いですもん。ねー」

「くぅん♪」

 座って背中を撫でるフルーレを見ながらやれやれと苦笑しつつ、村長に謝りに行こうかと思案したところで子供の声が滑り台の下から聞こえてきた。目をキラキラさせながら階段を登ってくる。

「すっげー! 本物の帝国兵だ! ……おう!? でけぇ犬……!?」

「お、元気だな少年。俺達みたいなのを見るのは初めてか?」

「そうだよ! かっこいいな!」

 カイルが男の子の頭に手を乗せると、くすぐったそうにしながら返事をする。灰色の髪でTシャツと半ズボンという格好で、膝には擦りむいた傷などがあり、村を走り回るいたずら小僧という印象を受けた。
 するとその子供が満面の笑みで話を続ける。

「村から出たこと無いし、人はそれほど来ないからね」

「近くに町が無かったっけ?」

「あるよー。けど姉ちゃんがうるさくてさぁ。そんなことよりさ、話を聞かせてよ! 俺、大きくなったら帝国へ行って兵士になりたいんだ!」

「男の子には人気らしいですもんね、帝国兵ってほら制服もかっこいいですし」

「……やめとけ、帝国兵なんてロクなもんじゃない。戦争だっていつまた起こるか分からないし、姉ちゃんがいるなら猶更だ」

「えー! 俺、こんな田舎で一生暮らすなんて嫌だよー」

「はは、なあに町に行って仕事を探せばいいのさ。兵士なんてやるもんじゃない」

「ならなんで兄ちゃんは帝国兵なんだよ! ずるいぞ!」

 するとカイルは帝国がある方角を見ながらポツリと呟く。

「……そういう、約束だからな……」

「え?」

「ああ、いや、なんでもない。ところで村長が今どこにいるか――」

 カイルが慌てて話を変えると、また足元から、今度は怒声が響いてきた。

「ビット! 何しているの、降りてきなさい!」

「げ、姉ちゃんだ!?」

 下を見ると、先ほどドグルが尻を触っていた女性が立っており、カイルとフルーレを睨みつけていた。とりあえず滑り台から降りて女性の前へ行く。

「……なんですか? 弟に変なことを吹き込んでいるんじゃないでしょうね!」

「いや、そんなことは無いよ、あの上で寝ている魔獣は俺のペットでね。ちょっと日向ぼっこをさせていたんだ。それよりさっきはウチの兵がすまなかった」

 カイルが頭を下げると、女性はぎょっとして後ずさり、フルーレも目を大きく見開いて驚いていた。

「な、なによ……。帝国兵なんて、横柄なヤツばかりじゃないの……!?」

「俺はカイル。カイル=ディリンジャー。副隊長をやっている。こっちはフルーレ少尉」

「あ、よろしくお願いします」

「……」

 まだ警戒を解かない女性にカイルは尋ねる。

「えっと、名前は?」

「……チカ」

「チカちゃんね。村はすまない。少し騒がしいと思うけど、ウチの調査隊メンバー以外はそんなに変なやつもいないし、下手なことをしないよう言っておくから」

「……わかりました。さっきのはあなたが頭を下げてくれたので、相殺します……」

「ありがとう。それで、俺達が村長の家を接収しちゃってさ。一度きちんと謝っておきたいんだけど、居場所知らないかい?」

 すると、チカは呆れた顔をし、すぐに困った笑顔に変わり口を開いた。

「別に帝国兵が国内の領地にこういったことをするのは当たり前のことなのに、おかしな人ですねカイルさんは」

「なに、理不尽が嫌いってだけだ。ちょっと『遺跡』についても話が聞きたいから、教えてもらえるかな?」

「……わかりました。こちらへ。ビット、行くわよ!」

「わかった!」

「シュナイダー、お前もだ」

 カイルとチカがそういうと、背にビットを乗せたシュナイダーがサッと降りてくるのだった。

「うひゃあ……!?」

「はは、子供くらいは余裕かシュナイダー。ほら」

 お気に入りの肉を手のひらサイズにした餌を貰い、褒められてご満悦のシュナイダーがビットを乗せたままチカの横へつく。一瞬びっくりするが、大人しいと判断したのかそのまま歩き出す。
 そこでフルーレがカイルに耳打ちをした。

「……いいんですか? 隊長に断らず接触して」

「構わんさ。俺は副隊長だからな。情報収集と言えばいいだろ?」

「あんなにすぐ頭を下げたのを見られてたら小言ものですよ? ……わたしは言いませんけど! 優しいんですね、カイルさん。でも約束って……?」

 穏やかな顔ををカイルに向けてえへへ、と笑うフルーレに、カイルは目を逸らして言う。

「優しく、ねえ。俺はそんな立派なもんじゃないよ。約束、そんなこと言ったっけ? さ、行こう。しかし村娘にしては可愛いなあチカちゃん」

「! ……ふん!」

「いて!? え? なんで蹴られたの俺!? なあフルーレちゃん!?」
 
 カイルとフルーレはチカに連れられ、村長宅から逆の位置にある家へと案内された。チカが玄関を開け中へ入ると、どうぞと招き入れられ付いて行く。

「……チカ、どういうつもりだ?」

「あ、こりゃどうも、はは……」

 外から見ても大きくはない家だと思っていたが、まさか目の前にいるとは思わず、カイルは引きつらせた笑顔で挨拶をする。フルーレも緊張な面持ちでシュナイダーと一緒にカイルの横に立つ。

「村長、彼は悪い人ではないわ」

「どうだか……殴られたんだぞ?」

「それについては申し訳ない。隊長に代わって、副隊長の俺が謝罪します。すみませんでした」

 カイルが頭を下げると、口を尖らせた村長が嘆息して口を開いた。

「ふん、副隊長か。お前さんに免じてこれ以上はとやかく言うまい。帝国はこんなもんだとは理解しているつもりだ」

「……そう言ってもらえると助かります。で、二週間前に現れた『遺跡』ですが、村長はご存じで?」

「知っておる。こっちとしてはこうなるだろうと思っていたから知られたくはなかったが」

 村長が憮然としたまま腕を組んで毒づく。ならばと、カイルは探るように、質問を変えて尋ねる。

「少しお聞きしたいんですが『遺跡』が現れた後、見慣れない人間は来なかったですかね? あまり人が来ない村なら目立つと思うんですが」

「……知らんな」
 
「……私も知りません。おっしゃるように村は小さいですから、誰か来れば分かるわ」

 村長がチカに目をやり返事をする。チカも小さく首を振り、知らないと返してくる。それを聞ききながら、カイルは家の中を目だけで移動させながら台所へと近づく。

「そうですか、まあ何か怪しい奴がいたら教えてくださいね? 『遺跡』の中身は場所によって違うんですが、だいたいは他国も欲しがるような未知の技術なんですよ。お、冷蔵庫がある。チカ、ちょっと飲み物もらってもいいかな?」

「え、ええ。水くらいしかないけど……」

「こういう村の水は美味そうだからありがたい。えっと、四つコップがあるけどどれがチカちゃんの? うしし」

「カイルさん! いやらしい顔してますよ! ビット君、借りてもいいかしら?」

「うん! 兄ちゃん、その茶色のコップだよ」

「おう、サンキュー。……んぐ、ぷは、美味い! フルーレちゃんもどう?」

「わ、わたしはいいです……」

 コップを差し出すがフルーレは首を振って遠慮した。カイルはそう? とだけ短く呟きコップを台所に置いて玄関へと向かう。

「ご協力感謝します! さ、フルーレちゃん戻ろうか。シュナイダーも散歩はもういいだろ?」

「あ、はい」

「わふ」

「ふん……」

「またなー兄ちゃん!」

 元気なビットに見送られカイル達は村長の家へと戻っていく。帰り道、フルーレが口を尖らせてカイルへ言う。

「もう、食料と水は持ってきているじゃありませんか。わざわざあそこで飲まなくても……」

「はは、確かにね。だけど分かったこともある」

「?」

「まずは戻ってからだな――」

 程なくして村長宅へ戻ると、リビングで各自適当に過ごしていた。
 オートスは読書で、ドグルは銃の手入れをしており、ダムネはテーブルに突っ伏して寝ていた。ブロウエルは煙草をくわえて新聞を読んでおり、玄関が開くと同時に目線を上げた。

「戻りましたよっと」

「早かったな。ちゃんとストレス発散できたか?」

「んなことしちゃいませんよ」

「? 日向ぼっこはしましたよ?」

「くっく、そうじゃねぇよフルーレちゃん。ふたりでしっぽりしてきたのかってことだ、気持ち良かった?」

 ドグルにそう言われ意味を理解したフルーレの顔が真っ赤になり、声を荒げる。

「~!! そんなことカイルさんはしません! シューちゃんいけ!」

「わおおおん!」
 
「うお!? 魔獣をけしかけるなっての!?」

 バリバリと顔を引っ掛かられ椅子から転げ落ちるドグル。きちんと手加減したシュナイダーは賢かった。そんな様子にため息を吐き、オートスは本を閉じてカイルへ問う。

「何か調べて来たのか?」

「ええ、ちょっと大きな声では言えないので集まってください――」


 ◆ ◇ ◆


 その夜――


「……」

 キィィ……

 鍵をかけたはずの玄関が静かに開けられ、黒ずくめのふたり組が入ってくる。村長の部屋は四つあり、ひとつはフルーレがひとりでベッド使っている以外にブロウエルとオートスが残ったベッドを使っていた。
 カイル以下三人は適当に寝袋などを使うように……なっていたはずだった。

「はい、そこまでだ。フルーレちゃんの部屋に何しに行くつもりだったのかな?」

「!? う……」

「ば、馬鹿な……! どうして我等のことが……!?」

 スッと玄関の脇からカイルが銃を背中に突きつけ、もう一人はドグルに気絶させられていた。カイルはすぐに男に足払いをかけて転ばし、背中を踏みつけて言う。

「チカの家に入った時、違和感を覚えたからだな。昼間尋ねたあの家には村長と奥さんが居た。
 で、チカとビットだけの家にしちゃ、リビングが広かった。椅子の数も多かったしな。で、極めつけは食器だ。きっちり四人分あった。村長と奥さんの分か? 違うね、ふたりの年ごろから考えて両親がいるはず。だが、その姿は無かった」

「あの時、そんなことを見ていたんですか……!?」

 暗闇から”EO-001 ハンドライト”を持ったフルーレが口に手を当てて驚きながらそう口にする。カイルはライトに目を向けながら笑みを浮かべて言う。

「じゃなきゃ生き残れないんだぜフルーレちゃん。で、俺はチカの両親が人質に取られているんじゃないかと疑ったわけさ」

「くそ……!」

「さて、帝国兵を狙ったんだ。何者か吐いてもらう」

「殺すなら殺せ!」

 倒れた男が叫ぶと、カイルがため息を吐いて銃を頭に押し付けた。その態勢のまま男へ告げる。

「……『遺跡』か?」

 直後、ビクッと身体を震わせる。ビンゴかと確信し、カイルはロープで男を縛り上げながらオートスへ尋ねていた。

「なに、拘束はするが殺しはしない。だろ、隊長?」

「……そうだな。とりあえず転がしておけ。仲間がいるかもしれんから、交代で見張りをして朝本格的に尋問だ。まあ、最初は俺が見張りをするから、すぐに口を割るかもしれんが、な?」

 ニヤリとサディスティックな笑みを浮かべたオートスに顔を顰めて、カイルは銃を収めながら言った。

「……やり過ぎるなよ? 殺したら俺もちっと考えないといけないからな」

「口の利き方に気を付けろと言ったはずだぞ? まあ、副隊長に先にそう言われては考慮せねばならんか」

「(ったく、ストレス発散が必要なのはどっちなんだってんだ)」

 カイルはこれ以上できることはないかと、侵入者に同情しつつごろりとソファに寝転がった。

 そして翌朝、いよいよ『遺跡』へ入る準備が整った。
「カイルさん、起きてください。陽が昇り始めましたよ」

「んが……あぁ、フルーレちゃん……ふあ……もう朝か……」

 交代による目覚めで眠りの浅いカイルが、ぐっすり眠らせたフルーレに起こされ上体を起こしてリビングを見る。そこには顔面を腫らした侵入者二人が気絶して転がっていた。

「……ドグル大尉、どうだった?」

「おう、少尉のおふたりさんか、おはよう。ああ、問題ない。吐いたぜ」

「う……」

 何が問題ないのか、とカイルは嘆息する。フルーレが血まみれのふたりを見て口元に手をやるのを見て、手をたたきシュナイダーを呼ぶ。

「はいはい、フルーレちゃんは外に行った行った。シュナイダーの散歩を頼む」

「わうん!」

「い、行こうか、シューちゃん……」

 のんきな魔獣がしっぽを振ってフルーレの足元でぐるぐる回り、そのまま外へ出ていく。見送った後、オートスとダムネ、そしてブロウエルが奥の部屋からリビングに現れると、ドグルが口を開く。

「こいつら”ウィスティリア国”の連中だったぜ」

「なるほど、隣国か。二週間……いや、一週間あれば潜入は可能だな」

「そ、そうですね……旅行者を装って入国はできますし……」

 ウィスティリア国は、現在滞在しているアンダー村から北西に向かうと辿り着く国だ。帝国とは友好国である。が、今の王政に反発する者との内紛が静かに起こっている少々不安定な国だったりする。

「こいつらはクーデター派の人間だろうなあ。『遺跡』で何か強力な『遺物』が見つけられないか探しにきたってところだろうな。そこは口を割らなかったけど、それはそれで楽しかったぜ」

 ドグルはひっひと喉を鳴らしながら、顔を洗ってくるとその場を後にする。その背中を目で追いながら、カイルは胸中で呟く。

「(悪趣味なやつだ、味方に警戒させるなっての。……さて、これで憂いは無くなったと思いたいが、仲間がいる可能性は捨てきれん。歩哨には警戒を強めるよう言っておくか――)」

 
 ――その後、他国のふたりは飛行船へと送られ、カイル達は朝食を手早く済ませると『遺跡』に向けて出発するため村長の家を後にする。
 村の出口へ差し掛かった時、村長とチカ、ビットが見送りに来ていた。

「もう行っちゃうのか兄ちゃん?」

「ああ、仕事だからな」

 カイルが肩を竦めてビットにそう言うと、オートスが口を開く。

「……先に行くぞ」

 「すぐ追いつきますよ。で、なんか用かい? 歩哨には村人に手を出さないよう言っておいたから安心してくれ。もし何かあったら俺かこっちのフルーレちゃんにでも言ってくれれば、いい。もし俺達が『遺跡』から戻ってこないようなら、帝国の第五大隊の隊長エリザ大佐に直訴してくれていいぜ」

「……わかったわ。お父さんとお母さんにこと、ありがとう……」

「シュナイダーもまたな!」

「わん!」

 チカが小さく頭を下げ、ビットがシュナイダーを撫でると大きく吠えた。すると村長がびくっと体を震わし、一歩後ろに下がる。

「あー、まあ、おぬしは悪い奴ではなかったようだな。帝国兵にもいろいろ居るということか」

「村長なんで離れてるの?」

「……魔獣に近づいていられるか……! そ、そんな恐ろしい生き物……!」

 そこでフルーレが首をかしげてほほ笑みながらシュナイダーの頭をなでて言う。

「大丈夫ですよ? シューちゃん、大人しいですから!」

「わんわん!」

「もうお前はただの犬だな、犬」

「わふん!?」

「ぷっ!」

 カイルの言葉でうなだれるシュナイダーに、チカがぷっと噴き出し笑う。それを見たカイルが口元に笑みを浮かべてチカの頭に手を乗せた。

「悪かったな、騒がせて」

「……いえ、お気をつけて」

「むー。行きますよカイルさん!」

「おいおい、引っ張るなって!? じゃあな!」

 カイルとフルーレは駆け出し、前を進んでいたオートス以下混成部隊に追いつく。すると一番最後尾を歩いていたブロウエルがカイルに目を向ける。

「早かったな。……もういいのか(・・・・・)?」

「ええ、あまり長居もできませんから。それで、『遺跡』は近いんでしたっけね」

 カイルが前を見ながら誰にともなく言うと、フルーレが後ろから声をかけてくる。

「アンダー村から歩いて三十分。だいたい五キロ地点だって書いていますね。魔獣の気配もありませんし、すぐ到着すると思います」

 その手にはポケットにでも入れておいたのであろう資料があり、それを見て話している。そこでオートスが首だけ振り返って口を開く。

「フルーレ少尉の言う通りだ。魔獣はキャンプを立てる先発隊が駆除、もしくはけん制しているだろうから出会わないだろう。我々が『遺跡』に入るまで温存させてもらわねば困るからな」

「きちんと労ってやれよ? ……やってくださいよ」

「フッ、少しはわかってきたじゃないか副隊長。まあ、お前は昨日の侵入者について功労があるから、気が向いたらな」

「カ、カイル少尉は少尉なのに凄いなあ……やっぱり歳を取っているから……?」

「ダムネ中尉、言い方」

「くっく、ま、『遺跡』は俺達しかいねぇ、仲良くしようや」

 ドグルがそう締めてさらに進むと、上空へ煙が立ち上っているのが見えてくる。キャンプ地に到着したとフルーレが安堵し、オートスが敬礼しながら近づいてきた兵に話しかけていた。

「『遺跡』はどうか? 勝手に侵入などしていないだろうな」

「当然です。地震もなく、落ち着いています。ただ、気になるのはこの『遺跡』はどうも地下に向かって道が伸びているようです」

 そこでカイルが顎に手を当て、ぽつりと呟く。

「……珍しいな。山にある『遺跡』なら、神殿のような場所に長年積もった土砂が山になっている、ってパターンが多いんだがな」

「そうなんですか? 講義じゃそんなことは聞いてないですけど」

「あ、いや、人づてに聞いた話だよ。ほら、セボックなんかが好きそうな話だろ?」

「どんな状態でも構わん。我々は進むだけだ。装備は?」

「こちらです」

 兵が踵を返してカイル達をテントへと案内する。
 ふたつある内、ひとつは女性用だと説明を受けて各々テントへと入っていく。
 しばらくして、制服から戦闘用の軍服に着替えたメンバーがテントから出てきた。
 ガントレット、チェストプレート、レッグガードといった急所や局所を守るための防具を装備したメンバーが広場に集まる。
 ダムネだけは完全武装で全身鎧を着ていて見た目にも重苦しいが、慣れているのか動きは機敏だ。
 彼以外はヘルメットの代わりに鉄板の入った軍帽をかぶり、得意な得物を手にしていた。そこへドグルがカイルの姿を見て切れた表情を見せた。

「……おいおい副隊長、それ、何が入っているんだ?」

「ん? 探索道具一式ですかね。ゴーグルにライト、着火剤に食料とかだな」

「ぶ、武器は持っていないんですか?」

「持ってるよ?」

「それだけですか? 軽装部隊はすごいなあ……僕なら怖くて出られないですよ」

 カイルが腰のホルスターにある”イーグル”と、胸のケースに携帯しているダガーを見せながら言うと、ダムネがごくりと喉を鳴らす。するとオートスが目ざとくカイルへと問う。

「その魔獣の背にあるのは技術開発局長が持たせたものか?」

「ええ。使うことはないと思いますけど、せっかく持たせてくれたからとりあえずって感じで。シュナイダーはこう見えて力持ちなんで足手まといにはなりませんよ?」

「わんわん♪」

「頑張ってねシューちゃん」

 褒められたと思ったのか、尻尾をぶんぶん振って鼻を鳴らす。

「せいぜい俺のために頑張ってもらおう。では、出発だ!」

「「「「おおー!」」」

 オートスの言葉を受け、ダムネを先頭に、いよいよ『遺跡』へと足を踏み入れるのだった――

 ――カイル達は『遺跡』に足を踏み入れ、奥へと進む。
 ブーツや具足の足音が『遺跡』内に響き、それ以外の音は一切ないため不気味さを際立たせる。

「……ふう」
「落ち着いて行けよ、ダムネ」
「う、うん」

 ダムネを先頭にし、その斜め後ろの左右にオートスとドグル。中心にフルーレが立ち、最後尾にブロウエルと並んでカイルがついて行く形だ。最後尾を選んだのはカイルだが、恐れをなしたわけではない。
 よく先頭が危険だと思われがちだが、こういう『敵』が潜む場所はむしろ最後尾が一番危ない。
 前方なら視認しやすいが、後方はよほど気を使わない限り奇襲を受けやすいからである。

 そんな一番後ろを歩くカイルがナイトゴーグルをつけて周辺を探索していると、ブロウエルから声がかかった。

「……どうだ、何かありそうか?」

「いんや、まだ分かりませんって大佐。隊長―、天井も高くないし、外の兵士が言うように地下に何かあるのが濃厚です。階段を探すのを優先しましょう」

「わかった。……って、お前は何をしているんだ?」

「いえいえ、ちょっと壁のサンプルをね……ふうん、大理石と、こっちは水晶か……ほかの『遺跡』とは材質が違うな……重要なものがある? でも――」

 カイルはぶつぶつと小型のドリルで壁を削りながら進み、遅れ始めていた。オートス達は立ち止まり、カイルが追いつくのを待つ。

「カイルさん、こういうの好きなんですか?」

「よくぞ聞いてくれました! いや、こういう未知の場所ってわくわくしない? ロマンがあるっていうか感じがさ。男ならわかるでしょ?」

 ねえ? と同意を求めるが、ドグルに返される。

「くっく、飯のタネにならなきゃこんなところにはこねぇって。ここを攻略すりゃ、給料とは別に報酬がもらえるだろ? それにオートス……隊長が狙っている通り昇進も近くなるからなあ」

「は、はは。危険な場所だから僕は遠慮したいですけど……任務ですからね」

「なんだい、夢がないなあ。隊長も?」

「無論だ。金は別段気にしないが、昇進はありがたいからな」

 そう言い放つ男性陣に口をとがらせ、カイルは頭を掻く。そこへフルーレがフォローを入れてくれた。

「うふふ。重要な任務というのはありますけど、もしかしたらお宝があるかもしれないんですよね? 回収されたらわたし達は見れなくなりますから、最初に見られるのは自慢できるかもしれません」

「お、いいね。そうそう、未知の道具ってのもいいよなあ」

 カイルが腕組みをしてうんうんと頷くと、

「……私もこの張り詰めたような『遺跡』の空気は好ましいと思うぞ」

 ブロウエルからそんな言葉が出てきた。

「おっと……意外なところからご意見が」

「無駄口はそろそろいいか? 行くぞ」

「へいへい……」

「口のきき方――」

「はい! 承知しました隊長殿!」

「わん!」

 いつもの小言を言われる前に、敬礼をして言い直すと、チラリとカイルに目を向けた後ため息を吐き前へ向き直る。
 そこからしばらく進んだところで、ダムネが珍しく声を荒げた。

「……気を付けて! 敵が来ます!」

「問題ねぇよ……!」


 カイル達の腰くらいまである大きなネズミ型魔獣が二匹、正面から飛び掛かってきていたのだ。気づいていたダムネは槍で攻撃し、ドグルは”EW-02 イーグル”で頭と腹を的確に打ち抜いて息の根を止めた。

「終わりか? では急ぐぞ」

「え、ええ……」

 オートスは褒めるでもなく、淡々と先を急ぐため歩き出す。その様子にドグルは肩を竦め、無言でトリガーから指を離し進む。

「(『遺跡』に入ってから隊長殿はさらに手柄を意識するようになったような感じか。こりゃ食料が尽きるまで一旦戻るとは言わないだろうな)」

 カイルは時計を見ながら陽が落ちる時間まで九時間かと計算する。
 基本的に暗闇の中は時間の感覚が分からなくなるので無理をしてしまいがちになる。さらに太陽の光を浴びず、せま苦しいこういった場所ではいわゆる『気が滅入る』状態になりやすい。
 さらに先ほどのように魔獣のような敵が出るのであればゆっくり休むことも難しいのでギスギスした空気にもなる。
 カイルはそれが面倒なので、ある程度進んだら一度引き返す提案をするつもりだったが、恐らく却下されるだろうとリュックから筒形の道具をいくつか取り出す。

「……? なんですかそれ?」

「ああ、魔獣除けの道具だよ。魔獣は魔力の淀みで狂暴化した動物だけど、そのせいか魔力が多いところを好む傾向があるんだ。この道具は魔力を霧散させることができるから、必然的に魔獣は寄ってこなくなるって寸法さ」

「凄いですね! その道具、名前はあるんですか」

「あ、あー……”EA-967 タチイラーズ”、かな?」

「あれ? 900番台の装備ってあったっけ?」

 ドグルが首だけカイルに向けてそう言うと、カイルは焦りながら言う。

「あ、ああ。最近出来たらしい。セボックがそう言っていた……ような気がする……」

「?」

 ドグルがなに言ってんだこいつ、という顔をし、オートスが不満気に口を開く。

「そんなものが必要か? 魔獣が出れば倒して進めばいいだろう。無駄な労力と時間を使うのはいただけんな。急ぐぞ」

 オートスがにべもなく止めさせようと筒形の道具に手を伸ばすが、カイルはその手を掴み、目をしっかり見て反論する。

「いえ、隊長。お言葉ですがこれは必要です。もし先に強力な魔獣がにやられたり、トラップがあってフルーレ少尉の回復術では手の負えない場合、戻らざるを得ません。その場合、魔獣に襲われる可能性は少なくない。だから、安全な帰還ルートを確保するのは『遺跡』では必要です」

 ここに来るまでの勢いと違う雰囲気に、オートスは一瞬怯み、カイルの言葉を反芻した後、口を開く。

「……副隊長の言うことももっともか。いいだろう、許可しよう」

「聡明なお答えに感謝しますよ。ま、数はそれなりにしかないんで俺がストップと言ったら止まってくれると助かりますよ」

「わかった。では、ここはもういいな? 行くぞ」

「了解。フルーレちゃん、行くよ?」

「……タチイラーズ……ネーミングは最悪だけど、形式番号967……来るな……これは一個欲しいですね……」

 カイルがフルーレに声をかけると、なにやらぶつぶつ呟いていたので、カイルは呆れた顔で肩に手を乗せて言った。

「はいはい、終わったらプレゼントするから、先行くよ」

「わひゃ!? あ、は、はい! ってくれるんですか? 楽しみにしてます!」

 そう言って軽い足取りで元の位置に戻ると、シュナイダーがついていき、フルーレが気になって声をかける。

「あ、鼻水が出てる!? そっか、シューちゃんも魔獣だから、魔力が少ないと困るんですかね?」

「くぅん」

 切ない声をあげてフルーレに甘えるシュナイダーに、カイルは苦笑しながら答えた。

「気にしなくていいよ。周囲の魔力が少なくなるだけだから死ぬわけじゃないし、新鮮な空気だけだと逆に花粉症みたいな症状になるだけなんだ。ほら、これくっとけ」

「わん」

 がりがりと硬いものを砕く音が聞こえ、フルーレはカイルに問う。

「なんですか?」

「魔力を固めた魔石だよ、魔獣はこれを食って蓄積させることができるからな。魔獣によっちゃ溜め込んだ魔力でとんでもないのがいたりするんだよな……」

「へえー……」

「さ、行こう」

「わふ!」

 木箱を背負ったシュナイダーはすっかり鼻水が治り、てくてくと歩いていく。



 ――その様子を、ドグルが目を細めてみていた。

「(カイル少尉、か。ただの道具マニアの腰抜けかと思ったが、知識の幅が軍人とはかけ離れてねぇか……? 『遺跡』にも詳しいようなことを言う。こいつ、本当にただの少尉か?)」

 次にブロウエルに目を向ける。

「(カイルの知識に驚いた様子もみせねぇ。むしろ当然だと言わんばかりの態度。オートスとダムネは同期だが、他のふたりは違う。たまたまではない?)」

「あ、ドグルそっちに――」

「問題ねえよ。行こうぜ」

 魔力が霧散し、それを嫌がってこの場から離れようとしたネズミ型の魔獣。それをドグルのショットガン”EW-036 ホーネット”でバラバラにし、肩に乗せゆっくりと歩き出す。

 一行はさらに奥へと進んでいくのだった――