――大雨が降り、雷が鳴り響く真夜中。血の匂いが充満する

「エリザをどこへやった。答えろ皇帝」

「どこへやったか、だと? 自分の娘をどこへやろうが私の勝手だろう。君に許可を取る必要があるか? それに――」

 皇帝が踏み込み、見事な装飾をした大剣を、目の前に立つ男……カイルへ振りかぶる。カイルは暗い瞳でそれを深紅の刃で受け止め皇帝を見る。

「皇帝に向かってその口の利き方は感心せんな」

「知ったことか。答えないならお前を殺して探すだけだ、こいつらと同じように」

「!」

 皇帝の振るう大剣を軽々と押し返し、いつの間にか接敵して皇帝の脇腹へ銃の引き金をためらいなく引くカイル。
 殺気を感じた皇帝は大剣の柄を使ってカイルを押し返し、銃弾は窓ガラスに穴をあける。それでもカイルはすかさず狙いを定め、弾丸を撃ちだしながら深紅の刃を振るう。

「恐ろしい男よ……エリザを助けるためだけに上層部と親衛隊を壊滅させるとは」

「弱い奴が死んだ、それだけだろ? その中の一人に加わるんだ、あんたもな」

「若造が囀りよるわ」

 皇帝は嬉しそうに両手で大剣を持ち、銃弾をかわしはじき返す。遠距離は不利かと皇帝はカイルに踏み込み、銃を撃つ隙を無くさせる。

「チッ」

「その刃、奇妙な色をしているな……まるで血のように赤い。それに私の剣を受けて折れぬとは」

「エリザを連れていかれたとき無力な自分を呪って造っただけだ。自分の血液を魔力で結晶化させ、それを刃にすれば自分が扱う魔力に反応して切れ味が増す。それを何度も繰り返してくみ上げた刃。俺はそれを魔血晶と名付けたが――」

「ぬう!?」

「ここで死ぬあんたに覚える意味はない……!」

 技術開発局長とは思えぬ踏み込みの速さで皇帝が反応できず肩口を切られ血が噴き出す。その血を吸った刃が鈍く輝きカイルはさらに踏み込んでいく。

「頭脳だけでなく戦闘力もあるとはな。……面白い男だ、本当に。もう一度聞こう『アレ』を作ってみる気はないか? エリザはもちろん、死ぬまで楽をして暮らせるよう手配してやるぞ?」

「身を守る武器じゃなく、人間を殺す兵器を作る手助けはしないと言ったはずだぁぁぁぁぁ!」

「愚か者め……。何もかも失うことを選ぶとは」

「エリザが居なければ同じことだ!!」

 カイルの激昂と同時に斬撃が薄暗い室内で火花を散らす。親衛隊を皆殺しにしてここまで来た男の力ではないと皇帝は胸中で呟く。

「仕方あるまい」

「逃がすか……!」

 パチン、と皇帝が指を鳴らすと、奥の部屋から黒ずくめの男がぐったりした女性を抱えて出てくる。それを見たカイルが目を大きく見開き叫んだ。

「エリザ……!」

「動くな、カイル」

「!?」

 皇帝が合図をすると、黒ずくめの男がエリザの首筋にダガーを押し当て、一筋の血が流れる。カイルは大剣をよけながら後ろへ下がった。

「娘は愛おしいが、君がこれ以上抵抗するというならエリザはここで始末することにしよう。だが、エリザを失うのは私も辛い。そこで取引と行こう」

「……兵器は作らんぞ。もしここでエリザを殺してみろ、お前を死んでも潰す」

「兵器は時間をかければ誰かが作れるだろう。だが、帝国を滅ぼされてはたまらん。エリザは解放しよう。しかし条件は飲んでもらう――」


 ◆ ◇ ◆


『……スター』

「……ん」

『マスター』

「んあ」

『起きてくださいマスター』

「お、おお……イリスか……おはよう」

『おはようございます。酷い汗です、どうかなさいましたか?』

「いや……」

 嫌な夢を見たな、と言いかけて口を噤む。余計なことを言う必要はないと。
 カイルは上半身を起こすと、イリスが濡らしたタオルを差し出してきた。
 
「お、助かる」

『いえ、マスターにお仕えするからにはこれくらい当然です』

 イリスからタオルを受け取ってから汗を拭き、ベッドから出て洗面台で顔を洗うと、リビングで水をごくりと飲みほして一息つく。

「静かでいいなあ」


 『遺跡』の戦いからすでに二週間。
 カイルは希望通り宿舎から一軒家へと引っ越していた。イリスについては両親が見つからず、イリスがカイルと一緒にいることを望んでいるということであっさり受理された。
 戻ってからのメンバーはキャンプを作った兵や技師など含めて二週間の休暇を貰っていたので、今日が最終日となる。
 こうして二人の共同生活が始まったのだが、先ほどのカイルの言葉はこの日をもって破られることになる。

『おや、来客でしょうか。初めてですね』

 来客を告げるベルを聞いてイリスがそんなことを呟く。寝起きの頭を掻きながらカイルがあくびをしながらベッドから降りる。

「だなあ。まあ、お前の生活用品とか買いに出かけていることが多かったから、実は来ていて分からなかっただけかもしれないけど」

『対応しても?』

 イリスがそう言いカイルが頷くと、玄関を開ける。そこには――

「落ち着いたかカイル?」

「ああ、エリザだったのか。おはよう」

「ふふ、私だけではないぞ」

「きゅーん!」

『あ、わんわん!』

 シュナイダーが足元で鳴くと、イリスが声をあげる。

「わんわん?」

『……これは生物学的にいうと狼ですね。魔獣化していますが、子どもなので危険はないかと思われます』

「別にお前くらいの歳の子がそう言っても気にならないし、いいと思うが……」

 カイルがそう言うと、イリスは表情を変えず、顔を赤くして言う。

『言いませんし、言ってません』

「いいって」

『マスターの朝ご飯はなしにしましょう』

「はは、悪かったよ。年相応なところもあるんだなあ」

 そう言い放つカイルの腰をポカポカ叩くイリスを無視して、エリザと話を続ける。

「で、俺は今日まで休暇のはずだよな?」

「ああ。今日は文句を言いに来ただけだから気にするな」

「は?」

 エリザは笑顔のままそんなことを言い、すっと息を吸ってから大声を出した。

「引っ越すなら私にきちんと言え! シュナイダーと一緒に部屋に行ったら誰もいないし、誰もどこへ行ったか知らなかったぞ? 忙しかったから昨日ようやく総務に聞いてここだとわかったんだ! ……た、隊員の把握をするのは隊長の務めだからな、先に行っておいてほしかったのだ」

「おー、そういえば誰にも言ってなかったかもしれないな!」

「まったく……少し上がっていいか?」

「時間があるなら全然いいぜ。イリス、シュナイダーと遊んでていいぞ」

『ハッ!? い、いえ、お茶を出します』

 お腹を撫でて遊んでいたイリスが慌てて立ち上がると、さらに騒々しくなる。

「カイルさんおはようございます! ここに引っ越したって聞いて――あ」

「あ」

「エ、エリザ大佐……!? ど、どうしてここに!?」

「それはこちらのセリフだフルーレ少尉。わ、私はカイルの上官だからな? 君はどうしてだ?」

 勝ち誇った顔をするエリザに少しむっとしてフルーレは答える。

「わ、わたしは助けてもらったお礼をしようと思って、お食事にでも誘おうかと思ったんです! 場所を知らなかったから手間取りましたけど!」

「ほう……」

 エリザがそう言って目を細め、フルーレは冷や汗をかきながら不敵な笑いを浮かべた。するとエリザは踵を返し家の中へと入り、フルーレへ言う。

「まあ、入ってくれ。『遺跡』生還者を労うのも別部隊とは言え隊長の務めだ」

「あ、はい。お邪魔します……」

「あの、ここ俺ん家……」

 すたすたと入って行くふたりに、疲れたように言葉を放つが聞こえていなかった。頭を掻きながら後を追うカイルに、シュナイダーを抱っこしたイリスがぽつりとつぶやく。

『大人は面倒くさいですね』

「きゅーん?」