「……」
――帝国に戻った部隊。
その内の一人、カイルは技術開発局長時代の白衣をまとっていた。
その理由は『遺跡』で出会った少女。彼女を調べるため、ハイドの酒場にある地下部屋に運んでいたからである。
連れ出す際、ブロウエルやエリザに協力してもらう必要がありそうだと思っていたが、どさくさに紛れて木箱やカバンと一緒に連れだすことができたのだ。
カイルは目を覚まさない少女を調査すべくベッドに寝かしつけてカルテを持ち、瞳孔や脈、皮膚、触診による臓器の確認とできることをやっていた。
シュナイダーは到着と同時にこっそりエリザが連れて行ったのでここにはいない。
代わりに――
「……『遺跡』に居たということはただモノではあるまいて」
ハイドの酒場のマスター、ゼルトナ=イブールが隅にあった椅子に背を預けて呟いた。
元・帝国将軍の彼は『遺跡』についても知識があるので、カイルが連れてきた少女が『遺跡』から連れて来たと言えば警戒するのも無理はない。それに対しカイルが口を開く。
「ま、その通りだよゼルトナ将軍。見た目は十歳かそこらだが、皮膚の下にはあちこちに魔科学……いや、それ以上の技術で作られた強化スキンが張られている。そのせいか分からないけど、臓器は人間と同じで成長すれば子共も産むことができるはずだ。ただ、首から上は不可解だ。それこそ手術でもしないとわからない」
「なんと……。魔法も使ったようだし、危険じゃないかのう? 可哀想じゃがここで処分した方が――」
ゼルトナが将軍としての慧眼で冷静にかつ冷徹に言う。子供の姿をしているというだけでゼルトナは忌み嫌う。小競り合いの続いていた国で、子供を囮にして相手の手を出しにくくする戦法を取られたことがあったからだ。
結果、相手国は大人・子供含めて全滅。その件に嫌気がさし、ゼルトナは退役をすることになった。同じ戦場に居た兵は彼を伝説級に見立て『マッドオーガ』と震えあがっていたという。
それはともかく、カイルは処分には首を振り言葉を続ける。
「いや、それはしない。この子は俺が預かる。俺を『マスター』と呼んだ。俺が生きているうちはとんでもないことにはならないだろう」
そう言いつつ、カイルは少女の左鎖骨より少し下にある『4』という数字に目を細める。一体何の数字なのか、と考えを巡らせるが、結局この少女が目を覚まさない限りそれは分からないかとカルテを置く。
「飯にするか? 店は閉まっておるが、お前のために夕食は用意させておる」
「お、本当かい? 助かるよゼルトナ爺さん」
「一食1200リラじゃ♪」
「ちぇ、しっかりしているぜ」
「ボーナスが出たのじゃ、ろ……」
「なんだ? ……お」
カイルが頭を掻きながら苦笑していると、ゼルトナの顔がこわばり、カイルの後ろに目を向けて一粒の汗を額から流す。カイルが振り向くと、
『ますター……アーあー……マスター、モうしワけ……アーあーあー……ん。申し訳ありません。お守りするはずが逆に足手まといになってしまいました』
「目が覚めたか。ま、気にするな、ドラゴンのとどめは助かったしな。エネルギーとか必要なのか?」
声の調子を整えた少女に振り向くと、カイルは笑いかけながら言う。
『はい。疑似生命であるこの体は食物を摂取して体を維持します。なので、人間的に言うなら『お腹がすいた』という状態です。このままではまた眠りにつきそうです』
「もうちょっと話を聞きたいし、助けてくれたお礼にご馳走してやるよ。追加料金、頼むぜ爺さん」
「ふん、子供から金をとるわけなかろうが! 行くぞ!」
そう言ってドスドスと階段を上がり、カイルと少女は誰もいないシンとしたカウンターに座り食事を待つ。その間、カイルは少女に質問をする。
「名前はあるのか?」
『……”LA-164”それが私の与えられた形式番号になります』
「名前はないのか……」
『はい』
「他に何か覚えていることはないか?」
『所々、記憶が欠けています。長い間眠っていた障害だと思われます。……ただ、製作者が私を封印するときに言った言葉と顔は覚えています』
「……聞かせてくれ」
『『できれば目覚めないことを祈る。作ったのに勝手だと思うだろう? それでも作らざるを得なかった僕の弱さを許してくれ……。願わくばお前を目覚めさせる人間が良い人でありますように』とのことでした。泣き笑いの顔で私の棺を締めたのが最後の記憶でした』
「……」
カイルは腕を組んでその言葉を反芻する。
「(この子を”作った”、か。それも不本意で。目的はなんだ? 封印をする理由は? 分からん。疑似生命と言っていたが、ほとんど人間と変わらない。『遺跡』自体、作られたのがいつなのかはっきりしないからな。この子がどれだけ眠っていたのかさえも。だが衰退しつつある『魔法』を使って武器を呼び出した。少なくとも『煉獄の祝祭』よりは前だろうけど……)」
作成者はこの少女のことを『良い人に目覚めさせてほしいと願っていた』
「(そこは、俺みたいだな。もしかするとゼルトナ爺さんの言うように兵器なのかもしれない。作ったものが人殺しの道具になるのは見たくないもんだからな……)」
知識は蓄えているが分からないものはやはり分からないものだと目を瞑る。そこへゼルトナが料理を運んできた。
「持ってきたぞ! ハイドの酒場特製ハンバーグ定食じゃ!」
「お、いいね。ちょうど重たいものを食べたい気分だったんだ。熱いから気を付けろ?」
『……』
カイルが横を見ると、目を輝がやかせて口を三角にしている少女。表情は無いが、恐らく興奮しているに違いないと苦笑し、フォークとナイフを渡す。
「ほら、食えよ。ライスとも相性がいいんだ。はふはふ……」
『マスター、はい……これは牛と豚の肉。それが絶妙な配合で挽かれ混ざり合ったものが焼かれているのですね。いるのですね』
「お、おい。落ち着いて食べろ、逃げないんだから」
『何を言うのです。熱々を食べるのが良いと分析した今、エネルギーを摂取するには最適な方法で食すのが求められるのです。はふはふ』
「はいはい、のどに詰まらせなるなよ? って早いなお前!?」
『ドラゴンと戦った際にかなりエネルギーを消耗しましたから。これでもまだ満タンにはなっていません』
「……しれっと俺のハンバーグを狙うんじゃない。よだれを拭け。爺さん、まだあるか?」
「くっく、待っておれ!」
そう言って厨房に戻ったゼルトナは、都合7枚のハンバーグを焼くことになり、そこでようやく少女は、
『エネルギーが満タンになりました。ありがとうございますマスター』
「いい食いっぷりだったな。これからお前はどうするんだ? 目覚めたら何かするよう命令されていないのか?」
『いえ、特には。記憶の底に何かあったような気がすると思うのですが、思い出せません。マスターの命令に従います』
そう言って目を見てくる少女に、カイルは胸中で呟く。
「(不本意に作られ、目的も、こいつを知る人もいない……空っぽの人形、か)」
だが、カイルは首を振る。
「(いや、それは俺か。皇帝を殺すという目的を果たせず、ただ生きているだけの今はこいつと何が違うってんだ)」
そしてカイルは口を開く。
「なら俺と暮らすか”イリス”」
『? なんですかそれは』
「お前の名前だよ。”LA-164”なんて呼びにくい。だからイリスだ」
「カイルその名は……」
「いいんだ。どうだ、いい名前だろう?」
すると少女は目を閉じ、名前を短く呟く。
『……イリス……。はい、良き名です。響きがとても、いいです。マスターのお傍に居させてください』
「よし! 決まりだ! 明日、城の敷地内にある家族用の住居同居申請出しておくから、今日はここで寝泊まりだ」
『かしこまりました』
「ったく、大丈夫なのかねえ……」
――こうして『遺跡』から連れ出した”LA-164 イリス”と共に過ごすことになったカイル。
これは大きな災厄の前の小さな出会いなのだが、それはまだ誰にも分からなかった――