帝国少尉の冒険奇譚


「……どうだ?」

 オートスが緊張した口調で作業中のカイルへ声をかけてくる。その瞬間、カチャリと神殿らしき建物の扉が開く音が聞こえた。それを見たドグルがヒューと口笛を拭いた後に口を開く。

「おいおい、少尉はトレージャーハンターか? そんな技術があったら兵士なんてやらなくて良さそうじゃねぇか」

「はは、まったくだ。俺もそう思うよ。さて、突入しますか隊長? ……って、隊長も新しい武器を支給されていたんですか?」

 カイルがドグルに肩を竦めて返しながらオートスを見るといつの間にかドグルとはまた違う銃を手にしていた。ハンドガンの”イーグル”よりも大きく、アサルトライフルの”ウッドペッカー”よりも小さい。それを見てフルーレが口に指を当てて言う。

「ドグル大尉のものに少し似ていますね? バウムクーヘンがちょっと小さいですけど……」

「だからバウムクーヘンじゃねぇって……マガジンだ……」
 
 ドグルが疲れたように呟くが、オートスは気にせず扉をギィっと開きながらフルーレを見ずに答えた。

「……”EW-284 レイディバグ”という名前で、サブマシンガンという武器だそうだ。来る前に一度試射したが、取り回しが良く連射ができた。この先が本命ならこれくらいは必要だろう?」
 
「そ、そうですね。あ、僕が前に出ますよ隊長」

「任せよう。俺の横にドグル大尉。後ろはカイル少尉とブロウエル大佐にお願いしたい。フルーレ少尉はしんがりを頼む」

「大佐がしんがりでいいんじゃないか? ……ですか?」

 カイルはバツが悪そうに言い直すが、珍しく口の利き方がというようなことは言わず、自身の考えを口にした。極めて、冷静に。

「ここまで何も出なかったのだ、背後から魔獣が来る可能性はかなり低いと見ていい。それよりも戦力を正面に集中した方が何かあった時に突破しやすいだろう。異論はあるか? それとお前のペットも横に連れておいてくれ」

「……いえ。シュナイダー、こっちへ来い」

「わふ」

 確かに、とカイルは後ろを一瞬振り返ってから返事をし、シュナイダーを足元に引き寄せた。オートスは無言で頷くとダムネに中へ入るよう合図をする。
 
 神殿内の天井は先ほどの場所とそれほど変わらずやや低い程度だった。しかしそれよりも一行が気になったのは、明かりが無くても見える内部と青白く光る壁だった。
 不思議な空間だと思いながらカイルが壁を見ていると、ブロウエルが目を細めて口を開く。

「……ひんやりしているな」

「大佐、寒いはずですよ。ここの壁、全部氷ですよ」

「氷!? これが……全部……!?」

 フルーレが驚くと、カイルが近くの壁を撫でて続ける。

「ああ。光っているのは苔の一種が光を出しているようだ。さて、どうやらゴールみたいだな」

「え? ああ……!」

 通路には何も出ず、カイル達は一際大きな部屋に出た。山の頂上まであるのではと思うほど天井は見えず、柱もないぽっかりと空洞のような場所……だと思っていたが、部屋の一番奥に祭壇のようなものが見えた。

「あれはなんでしょう……? 祭壇にしてはここは何もなさすぎます……」

「お、見ろ、台座の上に何かあるぞ?」

「あ、あれが『遺跡』にあると言われている『遺物』……?」

 ドグルとダムネの声色が明るいものになっていた。
 これで面倒で危険な『遺跡』調査は終わりなのだからとふたりは肩をたたき合っていた。そこでオートスがひとり、台座へと近づいていく。

「隊長、ひとりじゃ危ないですよ? ドグル大尉、ダムネ中尉、それと大佐。俺達も――」

 と、カイルが口を開いたところでオートスが目線だけカイルの方へ向けると、パチンと指を鳴らす。直後、最後尾を歩いていたフルーレの悲鳴が聞こえ、全員がそちらへと振り向く。

 するとそこには――

「……動かないで。少しでも動いたらこの女の頭は吹き飛ぶわ……」

「兄ちゃんたち、武器を捨ててくれないかな?」

「あ、あなた達……どうして手錠が外れているの……!?」

「喋らないで」

 チカとビットが拘束から逃れ、チカがフルーレの側頭部に銃を押し当てていた。直後、ビットがフルーレの剣を遠くに蹴り飛ばし、銃をホルスターから抜く。
 その様子を見ながら、カイルはチカの持っている銃を見て目を細めていた。

「その銃……隊長のものだな? 隊長もウィスティリア国のスパイだったってわけか? みんな武器を地面に置こう。フルーレちゃんを見殺しにするわけにはいかない」

「カイル少尉の言う通りだ。今は奴に話を聞くべきだろう」

 ブロウエルはあっさりとマチェットを捨ててそう言い放つ。余裕があるその言葉にドグルが舌打ちをしながら――

「おいおい、大佐が見ている前で手柄の横取りとは恐れ入るなあオートス! てめぇどういうつもりだ、ああ!? うお!?」

 ウッドペッカーをオートスに向けて発砲しようとしたが、その前にチュイン! という音がしてドグルの右手から鮮血がほとばしる。そしてカラカラと乾いた音を立ててウッドペッカーが床に転がっていく。

「いってぇ……指は……繋がってるか……!」

 脂汗を流して蹲るドグル。そしてオートスはサブマシンガン、レイディバグの銃口をこちらに向けながらしゃべり始める。

「……武器を捨てろ。……そうだ、それでいい。後は俺の……俺達の邪魔をしないでくれればそれでいい。もっとも、下手な動きを見せれば最初に死ぬのはフルーレ少尉だが」

「オ、オートス! 一体どういうことなんだい! 僕達は同期、スパイなんかじゃないよね!?」

「ダムネ、味方を騙すには年を経ることも必要なのだ。これは……!」

 オートスは台座の上にあった置物を見ると感嘆の声をあげた。それを手にしようとしたところでカイルが叫ぶ。

「オートス! むやみに触るな! 『遺物』は慎重に調査しなければとんでもない目に合う。だからそいつに触るんじゃない。それより、なぜここで行動を起こした? 調査して持って出れば持ち去るチャンスはいくらでも……」

 カイルはどうにか巻き返せないか思案する時間を稼ぐため、オートスに質問を投げかけた。しかし、彼は聞く耳を持たんといった様子で台座の上にあった置物を持ち上げた。

「それを副隊長に言う必要はない。……やったぞ、これで『遺物』を持ちかえれば俺達はじ――」

 ゴゴゴゴゴゴ……

「な、なんだ!?」

 オートスが置物を持ち上げた瞬間、地面が大きく揺れ始める。直後、台座が真っ二つに割れ、オートスはその場に尻もちをついた。そして割れた台座の下から何かがせりあがってきたのだ。

「ガラスの……棺……?」

 オートスが呟くと、チャリィィィンという音ともに置物が粉々に砕け散る。

「あ、ああ!? 『遺物』が……!?」

「……!? 隊長、そこから離れろ!」

 砕けた破片を集めている必死で集めるオートスの近くに、ふっと巨大な魔法陣のようなものが現れカイルは叫ぶ。
 その瞬間、魔法陣から光の柱が放たれる。

 そこに現れたのは――

「な、なんだ……ありゃあ……!?」

「羽のあるトカゲです……!?」

 驚くドグルとフルーレに、カイルが冷や汗をかきながら片目を細めて呟いた。

「あれは……ドラゴンだ……クラスは伝説級(レジェンド)……最古に存在したと言われる、最悪のバケモンだ……!」
 ――伝説級(レジェンド)

 敵対存在として最高クラスの強さを誇り、その姿はこの世界に存在するどの生き物とも違うものが多い。
 人型をしているもの確認されているが、一般的に伝説級と呼ばれる個体は”魔物”と呼ばれ、『遺跡』や『遺物』と共に出自が謎とされている恐るべき存在。
 古くは一つ目の巨人や角の生えた鬼。豚や馬の頭をした人間や液体に意思のあるスライムなどが目撃されているらしい。
 天上人や地底人が作った生物兵器ではないかと言われているが、言葉を介さぬ彼らには、武器を持って倒す以外、互いを認識する術がない。

 ――その話にも出てくる全長十メートルをゆうに越える伝説級(ドラゴン)。それがカイル達の目の前に立ちはだかった。

「こいつはこの人数で戦うレベルの相手じゃない……撤退するぞ!」

「そうだな。幸い、間者は割れた。今回はここまでにしよう。捕虜の子供たちよ、お前らとて死にたくはあるまい。撤退に協力する方が賢明だぞ?」

「う、うるさい、動くな! 間者が割れたってど、どういうこと……!?」
 
「きゃ……」

 ブロウエルの冷静な言葉に、チカがフルーレを盾にしながら問う。しかしその様子に微塵も動揺を見せず、ブロウエルはドラゴンを見据えて口を開く。

「カイル少尉とフルーレ少尉の二人を除いた同期の三人に疑いがかかっていた。それを炙り出すための部隊編成だということだな。そしてオートスが尻尾を出した。それだけの話。オートスから手錠のカギと銃を、ここへ降りるときに受け取ったのだろう?」

「そ、そんな理由で危険な『遺跡』に抜擢されたんですか!?」

「なるほどね。なら、俺とフルーレちゃんの枠は誰でも良かったってことか?」

「……」

 カイルの言葉にブロウエルは返事をしなかった。そこまで黙って立っていたドラゴンが咆哮を上げる!

『グォォォォォォ……!』

「ぐ……なんてぇ声だ……いてて……」

「ドグル大尉! チカちゃん、治療をさせてください!」

「で、でも……あ!?」

 チカがドラゴンが足元で転がっているオートスの方をチラリと見ると、ちょうど彼にカパリと口を開いたところだった。頭を振っていたオートスがそれに気づき叫ぶ。

「う、うわあああああ!?」

「「兄ちゃん!!」

「間に合うか……!? オートス!」

 カイルがどこからかワイヤーの先についた銛のようなものを射出した。それがドラゴンの下あごにヒットする。刺さりはしなかったがドラゴンがオートスに噛みつくのを止めるのを確認すると、
 
「ワイヤーに掴まれ!」

「わ、わかった!」

 オートスがワイヤーを掴んだ瞬間、力いっぱい引き寄せ始める。
 ちょうどドラゴンが噛みつこうとしていたがオートスがその場から消えたので、間一髪カイルに救われた形になった。

「す、すげえ……」
「よそ見をすると死ぬぞ」
「え? ……きゃあ!?」
「う、うわっ!?」

 オートス救出と同時にブロウエルが動き、呆然としているチカとビットの銃を叩き落としてフルーレを救出。フルーレは即座にドグルの回復をするため駆け出した。

「くっ、悪いなフルーレちゃん。少尉、……なんでこいつを助けた……こいつを囮にして逃げても良かったじゃねぇか!」

「おしゃべりしている暇はなさそうだぜ、大尉! 逃げるぞ!」

 カイルがビットを抱え、合図をすると一斉に出口へ向かって走りだした。隣の部屋は天井が低いため、最悪この部屋から出ればドラゴンは追うことができないだろうとの算段だった。

 だが――

「ギィェェェッェ!」

「マジか!?」

 ドラゴンはばさりと羽を広げて舞い上がり、カイル達の頭上を越えて出口に立ちはだかったのだ。高い天井はドラゴンの為にあえてそうしているのかとカイルは舌打ちをする。

「チッ、伝説通り賢いってか? 面倒なこって」

 カイルが悪態をつくと、ドグルがウッドペッカーとイーグルを手に前へ出る。

「こうなったら戦うしかねぇ! たかがでかいトカゲだろ、こいつをくれてやるぜ!」

『グォォォォォ……!』

「よし、効いてるぞ! おら、お前らもやるんだよ!」

「ドグル大尉、無理だ! 今、銃は俺とお前しかもっていない!」

 カイルの言う通り、サブマシンガンのレイディバグはオートスが取り落とし、フルーレとオートスのハンドガンはチカとビットがそれぞれブロウエルに弾き飛ばされ転がっている。

「フルーレちゃん、俺のハンドガンを使え! チカとオートスは銃を拾いに戻るんだ!」

「後ろから撃たれるぞ! 俺のホーネットは大佐が使ってくれ!」

「承知した。む……!」

 弾丸はドラゴンの皮膚に食い込み、細かな傷を残して血をわずかに出させる。しかし、硬い鱗を貫通するほどの威力は無く、高さもあるため接近が必要だった。
 ブロウエルがショットガンであるホーネットを構え、オートス達が走るため踵を返したところでドラゴンの口がぱっくりと開き――

『ゴアォオォォォ!』

 口から炎を吐き出した。誰にも直撃はしなかったが周囲が一気に燃え盛る。

「きゃあああ!?」

「わおおん!?」

「くそ……。弾丸が全然効いていないのかよ!? こうなったら――」

「ぬうううう!?」

「おわあああ!?」

「きゃいぃん!?」

 カイルが最後まで言い終えることなく、ドラゴンの尻尾で全員が吹き飛ばされた。自動車がぶつかったであろう程の威力がカイル達を襲い、床に倒れこむ一行。

「う、ぐう……」

「か、体がバラバラになったかと思った、ぜ……」

「だ、大丈夫かいみんな! お、大楯がひしゃげてる……くそ、フルーレちゃん! みんなをお願い!」

「ダ、ダムネさん……ダメ、です……」

 全身鎧を着ていたダムネだけはすぐに立ち上がり、槍をもってドラゴンに突撃する。時間稼ぎのつもりだが、ドラゴンは獲物が自ら飛び込んできたと舌なめずりをする。

「わああああああ!」

 槍を突き立てるが、ドラゴン相手にはこの槍では文字通り歯が立たなかった。直後、ドラゴンが右手の爪をダムネに叩きつける。

「がああああ……!?」

「ち、くしょ……このまま全滅、かよ……食らいやがれ!」

 手をダムネに押し付けて踏みつぶそうとするのを見てドグルが寝転がったままウッドペッカーを連射する。しかし、弾を補充していないアサルトライフルはすぐに、カキンカキンと乾いた金属音を鳴らしていた。

「こ、この化け物……!」

「よせ、チカ!」

 そこへ銃を拾いなおしたチカがドラゴンへ銃口を向けて叫ぶ。オートスが慌てて止めようとするが弾が発射され、変わらず鱗に弾かれた。

『グォォォォォン!』

「きゃあ……!?」


 ダムネにとどめを刺そうとしたドラゴンが邪魔をされたと咆哮を上げ、チカに頭をぐるりと向ける。そして再び口を大きく開けた。

「チ、チカちゃん……!」

 起き上がろうとするフルーレ。だが、ドラゴンの喉にチラチラと赤い炎が見え、この距離では間に合わないと、目をつぶる。

「姉ちゃん!?」

 ビットが悲痛な叫び声をあげ、もう駄目だと思ったその時――


「シュナイダー!」

「ガォォォォォォン!!!!」

『グギュ!?』

 炎を吐く寸前で、シュナイダーがドラゴンの身体を駆け上がり、下から突き上げるように体当たりを仕掛けた。衝撃で上顎と下顎がガチンと噛み合い、発射しようとした炎が口の中で爆発した。

「そのままダムネを回収して戻ってこい! フルーレちゃん、こいつを飲め。痛みが治まる」

「ワォォォォォン!」

「う、ぐ……あ、ありがとうございます……これって即効性の鎮痛薬!? こんなものまで持っていたんですか!?」

 フルーレが片膝で立ち上がるのを見て、カイルは微笑んでから言う。

「備えあればって言うだろ? 悪いけど、フルーレちゃんはみんなに回復術を頼む」

「カイルさんはどうするんですか……?」

「あいつを何とかする。それしか方法はなさそうだ」

 そう言って、カイルはいつの間にか鎖が外れていた長方形の木箱の蓋を開けた。

「もう少し耐えてくれよシュナイダー……!」
 
 カイルは鎖の解けた箱を開けながらシュナイダーとドラゴンの戦いから目を離さない。幸い火を吐く邪魔をしたシュナイダーに怒りを向けたことにより、カイル達は思うように行動ができていた。
 賢くて逆に助かったと思いながらカイルは、箱の中にあったモノを組み立てる。

「もう少し耐えろよシュナイダー! 三番と四番を解放っと。人間相手じゃないから全力で行くぜ……!」

 ガシャン、と両手で抱えてでしか持つことができないであろう火器を持ち、トリガーを引くカイル。
 直後、銃口からシュルルル……という白煙を巻き上げ、弾丸がドラゴンへ向かっていく。狙いは胴体。
 そしてシュナイダーに気を取られていたドラゴンに回避できるはずもなく、弾丸は吸い込まれるように着弾する。
 
『ギャェェェェェ!?』

「アオオオオオン!」

 着弾した瞬間、弾丸を中心に大爆発を起こし燃え広がる。ギリギリまで引き付けていたシュナイダーにも燃え移るが、ゴロゴロと転がり火を消すと再びドラゴンへと飛び掛かる。

「一発じゃ無理か食らえ!」

『グォォォォ……!』

 さらに弾丸を発射するカイル。
 その攻撃がどこからくるのかとドラゴンが視線を動かしカイルを捕捉する。するとドラゴンは天井ギリギリまで浮かぶ。シュナイダーの攻撃と、弾丸を避けるため空中の方が良いと考えたのだ。

「チッ、面倒くさい奴だぜ!」

 そんなカイルを横目に、フルーレは近くに居たドグルの回復を行っていた。カイルの撃つ銃にふたりはゴクリと喉を鳴らす。

「な、なんだありゃ……? あんな火器、みたことねぇぞ……。俺達があれだけ撃って少ししか傷つかなかったドラゴンの鱗と皮があっさり……」
 
「それにあの武器、帝国の刻印もありませんよアレ。カイルさん、何者なんですか……?」

 フルーレが呟くと、カイルがこちらをチラリと見ながら弾丸を撃つ。ドラゴンはひらりと回避し、カイルを爪で引き裂こうと急降下してくる。

「チッ、シュナイダー!」

「ガルゥゥッゥ!」

 シュナイダーのジャンプが届く範囲に入った瞬間、ドラゴンに体当たりでぶつかり邪魔をする。またこいつか、とドラゴンは怒り、前足でシュナイダーを殴り飛ばす。

「ギャン!? ……グルゥゥゥ……!」

「シューちゃん!」

「気にするな、あれくらいじゃあいつは死なない! 回復できたかドグル大尉? こいつを頼む! 一番と二番も解放する!」

 カイルは長い箱から取り出した『一』と『二』と書かれた木箱を二人の前に蹴り飛ばし、それぞれパキンという音ともに蓋が勝手に開く。

 その中には――

「こいつはアサルトライフル!? でもこんな型しらねぇぞ……色も真っ赤だし……」

「こっちもさっぱり……知ってますか?」

「いや……新作、か? そういや、セボック技術開発局長からなんか預かってたな……」

 ドグルの手には本体が深紅、装丁が黒という異質なアサルトライフルを手にし、フルーレも同じ色をしたハンドガンのような銃を持ち、六発の弾倉がむき出しになっている銃を見て呟く。

「フルーレちゃんはダムネ中尉の治療に向かってくれ! ドグル大尉はシュナイダーとこいつを足止めだ。できれば倒してくれ」

「おめぇはどうすんだよ!」

「残りを開放する。頼む!」

 そう言って近づいてきたカイルは先ほどまで使っていた火器をドグルへ渡す。

「うわっと!? こいつも使えってか!?」

「あんたなら片手で撃てるだろ? ダムネ中尉なら……六番でいくか……大佐!」

「もう来ている。もらっていくぞ。ふん、用意周到なことだ」

「できれば使わないでおきたかったですがね。セボックに演技をしてもらってまで頼んでいた甲斐がありました。シュナイダーは予想外でしたけど。……フルーレちゃん早く!」

 やはり箱に入っていた剣を拾いドラゴンへと向かっていくブロウエル。これでしばらくは持つかとカイルはフルーレに声をかけた。

「あ、は、はい!」

 ダムネへと駆け出すフルーレにドラゴンが気づき、獲物を取られまいと今度はフルーレに標的を合わせる。しかし、そこでドグルが両手に持ったアサルトライフルと火器放つ。

「トカゲ野郎! こっち向けってんだよ!」

 左手の火器から飛ぶ弾丸の反動に体を揺らしつつ、右手のアサルトライフルを乱射するドグル。

「(おいおい、ほとんどブレねぇぞこれ!? マジでなんなんだあいつは!?)」

 アサルトライフルのような連射タイプの銃は反動で上下にブレるもので、ドグルが新作だと渡された”ウッドペッカー”でも反動はかなりあった。
 だが、この銃はブレも音も最小限で、持っている手も撃っている感覚が少なく、使いやすさと同時に気持ち悪さも感じていた。

『グギャァァ!?』

「っしゃ! さっきのお返しだぜ!」

 舞い上がろうとしたドラゴンの羽を綺麗に撃ちぬきドグルは歓喜する。羽と共に燃え上がるドラゴンにやったかと思ったが、ドラゴンはドグルへ首を向けて火球を吐き出してきた。

「うおお!? こいつ吐く火の強弱をつけられんのか!?」

「油断するな。こいつが伝説級(レジェンド)だということを忘れるな? ……来るぞ!」

「チッ、大佐いいんですかい!?」

「構わん。私は銃が苦手でな。切り刻むことしかできんロートルだよ」

 そう言って落ちてきてバランスを崩したドラゴンの眉間を切り裂くブロウエル。

「よくあんなに近づけるな……なら、大佐殿の援護で畳みかけるとすっか!」


 ◆ ◇ ◆


「少尉、お前は一体……」

「ちっと黙っててくれ、こいつは単純だがちゃんと組まないと暴発するんでな」

「すげ……なにこれ……」

 ビットが長い銃身を見て息をのむ。
 おおよそ人間を撃つためのものじゃない銃だとカイルに近づいてきたオートスとチカが胸中で呟く。
 そこでしゃべるなと言われたが、オートスは作業中のカイルへ口を開く。

「か、勝手なことだとはわかっている、だが、俺はこいつらを死なせたくない……俺にもなにか武器はないか!」

「……」

「う、後ろから撃つような真似はしないと誓う! 頼む!」

 カイルは無言でカチャカチャと重火器を組み立てる。オートスはダメかと項垂れるが、カイルは最後のパーツをカチャリとはめ込んだ後、口を開く。

「隊長さん、どうしてこいつらを巻き込んだ? さっき『兄ちゃん』とふたりが叫んだのは聞いている。理由を聞かせてくれるかい?」

「……っ」

 オートスは顔を引きつらせて口を噤むが、チカがオートスの肩をゆすり首を振る。オートスはそこで息を吐き、口を開けた。

「……少尉の言う通り、こいつらは俺の妹と弟だ。村でこいつらの両親が捕まっているとお前は推測したが、それもフェイク。本物の俺達の両親はウィスティリア国の現政権の人間に捕らえられている」

「どうしてまた」

「恥ずかしい話だ……両親は商人でな、交易で隣の友好国へ行くのだ。俺が帝国兵になったことを仲間に話したんだろう、向こうで拉致され――」

 オートスはそこで言葉を切る。

「なるほどな。恐らく帝国に関する何か情報を手に入れろってところか? もしくはクーデター派の連中を黙らせる武器でも流せ、とかだな」

「……ああ。だから今回の『遺跡』で『遺物』があれば助けられると、思ったのだ……」

「それを上層部は見越してたってわけか。もう武器もいくつか流したんだろ? マークされてたんだ、恐らくな。これで両親はもう助からない、そういうことか」

「……」

 オートスは俯いて黙り込むと、フルーレとダムネがこちらへ来るのが見えた。カイルは『六』と書かれた箱を開けて、オートスに手渡す。やはり深紅の色をした……スナイパーライフルだった。

「下手なことをしたら撃たれる。お前がじゃなく、このふたりが、だ。いいな?」

「……! わ、わかった……感謝する」

 オートスが銃の仕様を確認する中、

「(さて……手持ちはこれで全部出し切った。ドラゴンにもダメージはある。だが、これで倒せるといいけどな……)」

 恐ろしい重火器をすべて出し終えたカイルは目を細め、ボロボロになりつつあるドラゴンを見ながら胸中で呟く。相手は伝説級(レジェンド)このまま終わるとは思えないと――
「ダムネ中尉、狙いはあまり気にしなくていい。でかい胴体にぶちかましてやれ」

 傷が癒えたダムネへ組み立てた武器を渡すカイル。大楯がひしゃげて使い物にならなくなったので丁度いいと使い方を説明する。

「わ、わかりました……わああ!」

 使い方を教えた直後にダムネがトリガーを引いた。
 瞬間、重苦しい音と共に長身の重火器から弾丸が発射された。この重火器は砲身が長いため、途中に二本脚のようなものがついており、固定して発射するタイプのものだった。

『グルォォォォン!?』
 
 ドラゴンが気づいた時にはすでに遅く、シュナイダーが弾丸の軌道を見せないよう立ちまわっていたため回避が間に合わなかった。

 弾丸がドラゴンの腹に命中すると貫通はせず、鈍い音が周囲に響く。

『ゲボォァァァ!?』

「ええ!?」

 着弾すると同時にドラゴンが大量の血を吐き出し、ズウンと大きな音を立てて落ちてくると前のめりになってのたうち回る。
 フルーレが驚愕の声を上げると、カイルはハンドガンを持ってドラゴンへ向かう。

 「あの弾はダムダム弾と言って着弾と同時にその場でひしゃげるように工夫してある。そうすることで内臓にダメージを与えられるんだ。隊長、頭が下がったから狙いを頼む」

「……承知した!」
 
 オートスがスナイパーライフルをドラゴンの眉間に向かって撃ち方を始め、カイルがリュックを背負い突撃を開始する。
 ドン! と、ダムネの撃つ重火器が追撃を行いドラゴンの脇を掠めていく。そこへブロウエルの剣が爪に一閃し、ひびが入る。

 「うぉらあああああ!」

 そしてドグルのアサルトライフルが羽や腕にヒットし、このまま倒せるのではないかと一同が思ったところで状況が一変する。

『ウグゥゥゥ……グォォォォ!』

「きゃああ!?」

「ガルウウウ……!」

「なんだ!? 魔法……陣……!?」

 ドラゴンが苦しみながら指先をくるりと回すと、空中にいくつもの魔法陣が出現し、そこからずるりと這い出るように――

「小さいドラゴンが出てきた!?」

「「「「キィィィ!」」」

「数が多い……! ドグル大尉はミニドラゴンの対応に当たってくれ! うおわ!?」

「くそ、本命が死にかけだってのに……!! お、ナイスだオートス!! って、あちぃ!? 野郎……!」

 三十体ほど現れたミニドラゴンが一斉に飛び回り、カイルやドグルへ炎を浴びせかけてくる。オートスがミニドラゴンに噛まれながらも撃つと、弾はドラゴン本体の左目を撃ちぬく。

 ドラゴンは悲鳴をあげ、ボロボロの羽を駆使して後ろへ下がるが、

「くっ……こ、これじゃ火器が撃てない……! やあ!」

『グギャ……!?』

 フルーレのハンドガンから放たれた弾丸により片方の羽が吹き飛んだ。

「い、一発で羽が吹き飛びました……!? でもこれなら……チカちゃん、ビット君、離れないでくださいね! 弾は十一発……」

「キィィ……!」

「くそ、ドラゴンが逃げるなってんだ!」

 ドグルがアサルトライフルでミニドラゴンを蹴散らしながら悪態をつく。それでも爪や牙、炎による攻撃でかなり消耗していた。

「私が前に出る。援護を頼むぞ」

「フルーレ少尉、こっちへ!」

「ダムネさん!」

 ダムネとフルーレはチカとビットの護衛に回ったため、重火器の使用ができなくなり手数が減る。ブロウエル、シュナイダー、そしてオートスとカイルがドラゴンのトドメを刺すため攻撃に走る。

「くそ、こんな手を使ってくるとはな! 落ちろ!」

「カイル、奴は右目が見えない。死角から回り込むぞ」

「了解!」

「ワォォォォォン!」

 オートスが潰した右目の方へ移動する二人と一匹。胴体に赤黒いシミのようなものがあり、内臓をずたずたにされているであろうことを予想させる。
 これなら胴体を集中攻撃して打ち破れば絶命させられる。そう思っていた矢先――

「はあああああ!」

「これで十分だろ!」

 懐に飛び込むカイルとブロウエル。だが、ドラゴンはその瞬間羽を大きく広げ、跳躍した!

「まだ飛べるのかよ!? 頼むシュナイダー!」

「なんと……! 空では手が出せん!」

『ガオオオオン!』

 叩き落とそうと、カイルがハンドガンを撃ちながらシュナイダーをけしかける。その様子に、ドラゴンがにやりと笑った気がした。

「ガウ!?」

『グルオオオオオ!』

「ギャン……!?」

「シュナイダー!」

 飛び掛かったシュナイダーの胴体を足で鷲掴みにし、一気に握りつぶした。全身から血を噴出させるの見てドラゴンは満足気にシュナイダーを捨て、高くホバリングをする。
 踏ん張りが利かないのか徐々に高度が下がってくるがドラゴンは大きく息を吸い、そして巨大な火球を吐き出した。

「フルーレちゃん! みんな伏せろ!」

「え? あ!?」

「カイル頭を下げんか!」

「うおおおおお!?」

「きゃあああああ!」

「ぐあ……!?」

 狙いはフルーレ含むミニドラゴンを相手にしていた者達。火球は前に出ていたカイルとブロウエル以外の全員を巻き込めるように放ち、狙い通り爆散した。

「あいつ、俺達を引き付けるために逃げていたのか……! ミニドラゴンごとやるとはえげつないぜ……おい、シュナイダーしっかりしろ!」

「くぅーん……」

「私が空へ攻撃できないことを見越しての行動か……伝説級、やはり一筋縄ではいかんのか」

 カイル達が火球でできたクレーターを見て冷や汗をかいていると、ドラゴンはフルーレを目にしながら舌なめずりをした。

「……! 食うつもりか! ……シュナイダー、どうする? このまま死ぬか?」

「ウ……ガウ……」

「……死んだ方が楽になるぞ? 魔獣のお前はいつか処分されるかもしれない」

「ガウ……!」

「……そうか。なら、あの時と同じ(・・・・・・)ように手を貸してくれ。切り札を使うぞ」

 カイルはリュックから酒場の金庫から持ってきたアタッシュケースを取り出し、錠を外す。
 開けるとそこには深紅の色をした石が入っていた。それに加えてダガーより長く、剣よりも短い一振りの刃。そして漆黒と呼んで差し支えない真っ黒な銃が一丁、入っていた。

 カイルは石をシュナイダーの口へ入れ、静かに言う。

「食え、シュナイダー。そして、俺と共に戦え」

「ガウ……」

「最初からこうしていれば良かったんだな。……温存しようとした自分に腹が立つ。……だから俺は甘いと言われるんだ!」

 刃を左手で逆手に持ち、右手にある銃の安全装置を解除し、カイルは飛び出していった。

「こっちだ爬虫類の親戚野郎!!」

『グルゥゥ……!?』

 カイルの持っている銃から発射された弾丸はほぼ無音で飛んでいき、フルーレを掴もうとしていた左腕を何の抵抗もなく貫通し、大量の血が吹きだした。
 ドラゴンがカイルへ目を向けようとするも、すでにその場にはおらず、銃を口に咥えてオートスを救った銛付きのワイヤーで一気に接近しすぐ足元まで来ていた。

「悪さできないようその腕、もらう!」

『ギャォォォォン!』

 深紅の刃が取り出した時よりもさらに輝きを増し、弾丸を受けて下がっていた左腕を高級な霜降り肉にナイフを入れるかのごとく切断した。

「こっちだ!」

『グ……グォォォォォォォォォォ!!』

 落ちた腕は戻らない。
 ドラゴンは大咆哮を上げ、食事を後回しと考えてカイルを殺すため狙いを定める。直後、カイルはブロウエルに目配せをし、顎でフルーレ達の救出を促すと、ブロウエルは走り出した。

「……少しキツイが効果は折り紙付きだ、まずはフルーレ少尉から」

 キュポっと、懐から取り出した瓶の蓋を開けて倒れたフルーレをブロウエルが抱き起こして口へ液体を流し込む。するとしばらくしてからフルーレがせき込みながら目覚めた。

「げほっ!? ゴホ!! 喉が焼けるように熱いです!?」

「目覚めたか。火傷は後でなんとかするとして、骨が折れたりはしていないか?」

「ブ、ブロウエル大佐……! は、はい……大丈夫、みたいです。……そうだ! ド、ドラゴンは!?」

「案ずるな、今はカイルが引き付けている。問題がないならすぐに撤退する準備をする。これを飲ませてくれ」

「カ、カイルさん一人で!? 援護は!」

 フルーレがチラリとカイルとドラゴンの戦いに目を向けると――

「おおおおおおおお!!」

『グギャァァァァ!?』

 重火器でダメージを与えた胴体。その傷口へ銃弾を幾度も発砲する。

『グルォア!』

「ぐふお!?」

 ドラゴンが咄嗟に出した足で蹴られカイルは大きく吹き飛ぶ。だが、カイルは空中で身をひるがえし叩きつけてこようとした右腕を金属入りブーツで蹴ってそれを回避する。

「カ、カイルさん凄い……あ、あの人、少尉なのになんであんなに強いんですか!? それに色々な道具を持っていて見たこともない武器を取り出して……」

「……それは――」

 答える必要がないと口にしようとしたところで、

「俺も聞きてぇな、大佐……ヤツはなんだ……? 武器もそうだが、身のこなし、知恵。飄々としているが隙もねぇ……」

 ビットの首根っこを掴んで引きずりながら、ドグルが銃を杖代わりにブロウエルへ尋ねる。慌ててフルーレが回復術で二人を癒すと、チカを背負ったオートスとダムネも近づいてくる。

「逃げるのが先だ」

「それは承知しています。ですが、回復術なしでは動くのも辛い状況です、その間だけで構いません……」

「必要ない。オートス、貴様は裏切り者なのだぞ?」

「ぐ……」

 そう言われては立つ瀬のないオートスが口ごもると、フルーレが鼻息を荒くして吠えた。

「わ、わたしは逃げませんよ! 回復しきったらこれでカイルさんを援護します! 本人の口から聞きます!」

「まだ弾はあるし、俺もそのつもりだぜフルーレちゃん!」

 ドグルも深紅のアサルトライフルを手に傷の治療を終え、そんなことを言い出す。ブロウエルはため息を吐いた後、ポツリと口を開く。

「……五年前の事件は知っているな? 皇帝陛下暗殺未遂事件があった、ということは」

「は、はい……」

 ダムネがフルーレに癒してもらいながら返事をすると、カイルの方へ目を向けて話し出す。

「結果的に皇帝陛下は無事だったが、上層部の首がほぼ全員変わるほどの大惨事だったということも知っているな」

「ああ……二十人だか五十人だかが全員死亡ってやつでしょう? そりゃ耳にタコができるくらい聞いて――」

「では問おう。犯人の正体は?」

「は、犯人……? そういえば暗殺の話は噂で上がってきますが犯人の名前は知りませんね……。もう処刑されているとか?」

 するとそこでオートスが口を開く。

「大佐、俺達はカイルのことを聞きたいんですよ? 皇帝陛下の暗殺を聞きたいわけじゃない話を逸らさないで――」

 オートスが困惑気味にそう言うが、ブロウェルはカイルから視線を逸らさず続ける。

「私は話を逸らしてなどいない。五年前……当時の技術開発局長だった男が上層部を含めた親衛隊七十四人を惨殺し、皇帝陛下の命を狙った」

「ま、まさか……」

「……元・技術開発局長で現在は第五大隊の少尉。あの事件はあそこにいるカイル=ディリンジャー、あいつひとりでやった犯行なのだ」

「な……!?」

「にぃ!?」

 驚愕の声をあげたのはオートスとドグル。フルーレは顔を青ざめて目を大きく見開いていた。驚くべき話に全員が固まっていると、回復したダムネが起き上がり恐る恐るブロウエルに尋ねる。

「で、でもどうして陛下の暗殺を企て、失敗したのに生きているんですか……? 陛下に牙を剥くことはオートスなんかよりよほど重い罪ですよね……」

「……さあ、私には皇帝陛下のお考えなどわからん(・・・・・・・・・・・・・・・)よ。気は済んだか? では、今度は私の言うことも聞いてもらう。カイルが引き付けている間にここから出る。最悪、あの坂を登ればキャンプまで帰れる」

「そんな……!」

「問題ない。相棒が復活した。オートスの妹は私が背負う。弟は誰か任せるぞ」

「え?」

 相棒が復活した。そう言ったブロウエルの口元は微かに笑みがあった。フルーレが聞き返そうとしたその瞬間、

「アオォォォォォォン!」

 青白い炎をまとったシュナイダーがドラゴンへ突撃するのが見えた。

「戻ったかシュナイダー! 殺しきるぞ!」

 シュナイダーがその言葉に反応し、ドラゴンの下へジャンプ。
 そのまま背中を伝って走り鼻先へと噛みつく。鼻骨の砕ける音がして悲鳴をあげるドラゴン。このままでは死ぬと直感し残った右手で再度魔法陣を描きだした。

「チッ、またそれか! だが、この弾丸なら!」

 素早いトリガー捌きで途中まで描かれていた魔法陣を正確に撃ちぬき、霧散する。さらに高度が落ちてきたのでドラゴンへ飛び移り、紅い刃で額を十字に切り裂いた。

『ギャオゥ!?』

「残念だったな、この『魔血晶の弾丸』は俺の血と魔力でできている。魔法的な力を霧散させるのさ。そして、これも――」

「ワン!」

 鼻骨から口を離したシュナイダーが落下する。それを踏み台にしてカイルは飛び上がり――

「死ね」

 真っ赤に輝く刃を、深々とドラゴンの眉間へと刺して振りぬいた。

「やった……!」

「あの剣、気持ち悪いくらい赤い……」

 ドラゴンの脇を抜けながら走るフルーレ達が口々に歓喜の声を上げる。だが、まだ終わってはいなかった。

『グル、ウゥゥゥ……!』

「うおわ!?」

「ワンワン!」

 ドラゴンが悪あがきをし、頭を乱暴に振って乗っていたカイルを吹き飛ばす。
 地面でキャッチしようとシュナイダーが追いかけるがものすごい勢いで吹っ飛んでいき、カイルは祭壇の頂上へ落とされた。

『ぐお!? ってぇ……ガラスがクッションになったけど刺さってるなこれ……ん?」

 カイルはオートスが呟いた『ガラスの棺』に突っ込み、それを割ったようだと悟る。そしてカイルの下にあるものを見て眉を顰める。

「これは……人間? いや、人形、か?」

 カイルの血で濡れた少女の姿をした美しい人形がそこにはあった。妙な美しさをしていて、吸い込まれるように手を出したカイルにシュナイダーが吠える。

「わんわん!」

「げ、まだ生きてるのかよ……!? 脳みそ飛び散らしながらよくやるぜ! でも横に回避すれば――」

 カイルは起き上がり棺から転がるように出る。だが、ドラゴンはそれを見て大きく跳躍する。

「!? ヤツめ巨体で俺達を潰す気か!? この距離じゃ間に合わない……! うおおおお!」

 カイルは深紅の刃を突き上げ、叫んでいた。
「ああ……カ、カイルさん……」

「伝説級……とんでもねぇな……」

「……みんな、こっちだ。上に続く階段があった」

 遠くの方でドラゴンが跳躍したのが見え、フルーレがぺたんとその場にへたり込む。最後に見えたのはカイルがドラゴンの頭から振り落とされて祭壇に落下するところだった。その上に飛び掛かられたのであれば下敷きになったカイルがどうなるのかは想像に難くない。
 オートスがチカを背負いながらも脱出口を発見し、そこへ案内する。そしてスナイパーライフルを手にし、元来た道を戻ろうとする。

「チカはダムネ、お前が連れて行ってくれ」

「オ、オートスはどうするのさ……!」

「ヤツを……カイルを助けに行く」

「じゃ、じゃあ! わたしも行きます」

「ダメだ。オートスは重要参考人、フルーレ少尉は貴重な回復術の使い手だ、ここで失うわけにはいかん。いや、失っていい人材など帝国にはいないのだ」

「ならカイルだって――」

「……」

 ドグルが食い下がろうとしたが、ブロウエルはドグルに左わきのホルスターからハンドガンを取り出し、ドグルの鼻先に突きつけた。

「上官命令だ。上官の命令は絶対。そうだなオートス?」

「……は、はい……」

「くそ……」

「それとカイルの渡してくれた武器はここに放棄。そんなものを持って帰ったら何を言われるかわからん。お前たちもいらぬ疑いをかけられても敵わんだろう」

「そ、そうか……くそ、勿体ねぇな……」

「カイルさん……」

 深紅の装丁をしたカイルの兵装をその場に置き、ブロウエルは頷きドグルを先頭に階段を上りだす。しんがりはブロウエルで、階段に足をかけた時、カイルのいる方を見て胸中で呟いた。

「(……ここで終わるのかカイル? お前は死ねないはずだ、皇帝陛下を殺すまでは……)」


 ◆ ◇ ◆


 死んだ――

 カイルは直感でそう思い目をつぶる。突き出した深紅の刃では止めきれないが何かをせずにはいられなかった。だが、いつまで経っても圧迫感を感じることが無く、カイルは恐る恐る目を開ける。
 
「なんだ……? な!?」

『グォォォォ……!?』

 カイルはそこでとんでもない光景を目にしていた。先ほど人形だと思っていた少女が片手でドラゴンを持ち上げていたからだ。
 抑揚のない無機質な瞳がドラゴンを見据えながら何かぶつぶつと呟いていたので、カイルは耳を傾け聞いてみる。

『コンディション・オールグリーン。ケツエキカラノマスタートウロク、カンリョウ』

 マスター登録……? 何だ、お前は」

 カイルが少女の呟きに尋ねてみるが、少女はドラゴンを見据えたまま口を動かす。

『|守護者《ガーディアンドラゴン。フウインヲ、マモルモノ。ゲンザイ、マスター、ノ、テキセイソンザトシテ、ショブンシマス』

「お、おい……!」

『グォォォォ!?』

 ドラゴンは暴れるがビクともしない。どうするのかとカイルが思った瞬間、少女はドラゴンを高く……その細腕から信じられないほど高くぶん投げた。

「なんだそりゃ!? ……いや、チャンスか、シュナイダー!」
 
「ガウ!」

 すぐそばまで来ていたシュナイダーと迎撃態勢を取ると、少女はカイルを見ずに口を開く。

『マスター、オマカセ、クダサイ。ハイジョ、シマス <*****>』

 少女が何か聞き取れない言語を口にすると、右手から魔法陣が現れそこからズズズ……と無機質ななにかが這い出てくる。
 すべて出きった時、それは130cmほどしかない少女の身長をゆうに越え、2mはあろうかという――

「パ、パイルバンカーか? しかし、いくら何でもでかすぎるぞ!?」

 無骨なカイルが少女に目を向け扱えるのか? そう思った時、頭上から咆哮があった。ドラゴンが落下してきたのだ。羽はすでに飛行機能を失い飛ぶことはできていないが、踏み潰すことはできると判断したようだ。
 
 ドラゴンが距離を測るため目を細める。しかし、ドラゴンが攻撃をすることはできなかった。

『ハイジョ、カンリョウ』

 少女がパイルバンカーに魔力を込めると、ジェット噴射のように飛び上がってドラゴンの口から脳天にかけて撃ち抜いたからだ。
 カイル達をあれほど苦しめたドラゴンは、タイミングをほんのわずかに狂わされ、最後は何もできずに絶命した。

「や、やったか……! って、えええ!?」

『エネルギー、ロー』

 少女はそう呟き、何の抵抗もなくパイルバンカーと共に落下してきた。

「この辺か!」

「わんわん!」

 カイルが間一髪で少女をキャッチし、シュナイダーが尻尾を振る。パイルバンカーはガシャリと音を立てて地面に落ちた後、スゥっと姿を消した。

「人形……? いや、暖かい……それにあの武器、どうやって消えた……?」

 綺麗な金髪を短くそろえている少女は目を開けていなかった。服は立派なドレスで、どこかの国の王女と言われればみなが納得する顔立ちをしていた。カイルは少女と棺を交互に見てからひとり呟く。

「もしかしてこの子が『遺産』なのか? だけど人型の『遺産』なんて聞いたことが無い。もう少し情報が……ん?」

 調査していこうかと逡巡したその時、神殿内が大きく揺れ始めた。氷の壁がボロボロと崩れだし、超高度の天井が落ちてくる。

「うおわ!? やべぇ、せっかく生き残ったのにまたピンチかよ! シュナイダーこの子を乗せて走ってくれ」

「うおん!」

 カイルは手早く少女をロープで括り付けると、木箱を抱えて出口に向かって走り出す。

「対物ライフルは諦めるしかないな! お、俺の武器。……そうか、大佐が置いて行ったな? ま、セボック以外に見せるもんでもないし木箱で回収しとくか」

 アサルトライフル、スナイパーライフル、銀の長剣を木箱に入れ鎖を巻いて肩に担ぐ。深紅の刃と真っ黒な銃はそれぞれカバンに放り込んでいた。

「階段発見……! 急ぐぞ!」

「わおわおーん!」

 無情にも『遺跡』は崩壊し始めていく。守護者であるドラゴンが倒され、『遺産』が起動したことによる自動消滅であった。内部の魔獣や通路は次々に崩れ――

「間に合うかー!?」

 カイルは冷や汗をかきながら出口を目指していた。

 ◆ ◇ ◆

 「どうぞ」

 執務室で書類仕事をしていたカイルの上官であるエリザ。彼女はドアのノック音に気づき、顔を上げて声かけた。するとドアが開かれ、白衣を着た軽そうな男……セボックが手を上げて入ってきた。

「セボック技術開発局長、外に出るなんて珍しいじゃないか」

「くっく、そりゃないよエリザ大佐殿。先日、カイルを見送ったんだぜ?」

「そうか、それは失礼した。で、隊舎には何用なのだ? そっちの方が興味深いな」

 エリザが目を細めると、セボックは頭を掻きながらソファに腰かけながら煙草を取り出す。エリザはそれを手で下げる。

「ここは禁煙だ」

「おっと、そうか……研究棟は関係なくてね」

「御託はいい、早く話せ」

 若干の苛立ちを隠さずエリザはセボックへ尋ねる。そこでようやくセボックが真面目な顔でエリザに告げる。

「……『遺跡』が崩壊した」

「なんだと? まだ調査を開始して何日かそこらだろう? 混成部隊は無事なのか?」

「落ち着いて聞けよ? 調査隊は……カイル以外生還した。『遺跡』崩壊からすでに四日。『遺跡』内部に取り残されたままだ」

「――!?」

 ――フルーレ達が『遺跡』から脱出して五日目の朝。

 混成部隊はまだ『遺跡』入口のキャンプで待機していた。フルーレの回復術で傷は癒えたものの、大幅に削られた体力と失った血のせいで上手く動けなかったからだ。
 
「『遺跡』崩れちゃいましたね……」

「うむ。もう体調はいいのか?」

 テントにコーヒーを運んできたフルーレを気遣うブロウエル。その言葉に微笑みながら返す。

「はい! 傷は自分で回復できますし、あとは寝ていれば治りますから。……カイルさんは無事でしょうか?」

「わからんな。『遺跡』がああなってしまった以上、救出は難しいだろう。あれほど崩れてしまっては価値も無い。『遺物』もなければ他の人間に荒らされても問題ないと判断する。回復してきたならそろそろ撤収をするのもやむなしか」

「カイルさんを見捨てるんですか……?」

「『遺跡』は危険な場所。命を落とすこともあると聞いているはずだ、カイルは残念だった、そういうことだ」

「そんな……」

 フルーレが悲痛な顔で呟くが、決定事項だと言い放つブロウエル。
 隊長のオートスと副隊長のカイルが居ない今、お目付け役だったブロウエルがこの部隊の最高士官なので決定権はすべて持っている。
 
 なお、オートス兄妹は現在捕虜と共に飛行船”ウェザーコック”の部屋に監禁されていてこの場にはいない。ドグルとダムネのふたりはなんとかカイルを救い出せないか、崩れた『遺跡』の入り口を掘り起こそうとするなど行動を起こしていた。
 
「くそ、かてぇ……」

「ス、スコップじゃ無理ですよやっぱり……ちゃんとした掘削道具を持ってこないと……」

「じゃあてめぇはカイルを見捨てるってのか!?」

「そ、そういうつもりじゃ……」

「あん?」

 そこでキャンプが騒がしいことに気づき、ふたりはキャンプへと戻る。するとそこには――

「『遺跡』が崩れたと聞いているが、状況はどうだ?」

「ど、どうして貴女が」

「聞こえなかったのか? 状況はどうだ?」

「はっ! 現在調査隊は六名中、五名が生還。撤収作業に入っています」

「……ひとり犠牲が出たのか」

「ええ……残念です。奇遇というか……エリザ大佐の部隊であるカイル少尉です」

「……!」

 そこにはセボックから『遺跡』が崩れたと聞いたエリザが来ていた。もう一隻の飛行船を使い、ここまで文字通り飛んできたのだった。
 しかし、情報は確かだったかと、エリザは息を飲み、言葉を失う。そこへブロウエルとフルーレがやってくる。

「エリザ大佐、どうしてここへ?」

「あ、カイルさんの部隊の……」

 フレーレが力なく敬礼をすると、エリザがふたりに返す。続けてエリザは口を開きブロウエルへ質問を投げかけた。

「カイルが『遺跡』に取り残されたのですか?」

「(情報が早いな……? どこで聞いたのだ?)」

 エリザの言葉に訝しみながらも、今は置いておこうと話を続けるブロウエル。

「うむ。中にいた伝説級から私たちを逃すためにな。『遺物』は無く調査の成果は得られなかったが、隊長のオートスを裏切者だと炙り出すことができた」

「そう、ですか……救出の予定は」

「無い。ひとりにそこまで労力をかける必要はないだろう。エリザ大佐の部隊の補充もせねばな」

 そこでエリザは首を振る。

「あいつがそう簡単に死ぬとは思えません。万が一と思い、瓦礫の撤去班を連れてきています。ブロウエル大佐は撤収の準備を。ここからは私が引き継ぎます」

「しかし――」

 ブロウエルが口を開こうとしたが、ひょいっと横から顔を出したフルーレにさえぎられた。

「わ、わたしもお手伝いさせてください! カイルさんにはたくさん助けてもらいました、今度はわたしが助ける番です!」

「第六大隊のフルーレ少尉だったか。いや、君は報告を優先してくれ」

「で、でも……」

 エリザがにべもなく断り困惑するフレーレに、後押しする声が聞こえてくる。

「俺達もお手伝いさせてください大佐! あいつはすげぇ。ここで死なすには惜しい」

「で、ですよ!」

「お前たちまでか。もう死んでいると思うが?」

 まだカイルは死んでいないと確信しているようなドグルとダムネ、そしてフルーレにため息を吐きながらブロウエルは言う。

「……ふう。エリザ大佐、遺体かもしれんぞ? それでも?」

「やる。カイルでなくとも、私はやるつもりだった。上層部に許可は取ってある。では行くぞ!」

 エリザの一声でザッザッザ……と、撤去部隊が前進しエリザが最後に付いて行く。ドグルは煙草を捨てながらそのあとに続く。

「いい隊長さんじゃねぇか。あの尻と胸が特に」

「最低です!」


 ◆ ◇ ◆


「ここか……」

 完全に入り口が塞がった『遺跡』を見てエリザが呻くように呟く。

「カイルさんはドラゴンを引き付けてわたし達を逃がしてくれました……」

「ドラゴン……伝説級の魔物とはな。だが、カイルらしい。無理でも無茶でも、誰かのために戦いに赴く。本人は戦いたくないというのにな……」

「戦いたくない……? エリザ大佐はカイルさんのことをご存じなんですか?」

「あ、いや、同じ部隊だからそのくらいは当然だろう?」

「……」

 フルーレは目を細めてエリザを見る。いわゆる女の勘というやつが働いた。

「あの、もしかしてカイルさんのこと――」

 と、フレーレが立場をわきまえず発言をしようとしたところで、

「な、何の音だ!?」

 『遺跡』の入り口からとんでもない音が聞こえてきた。ドグルが驚いて身をこわばらせて耳を塞ぎ、ダムネが慌てふためく。そんな中でもエリザは凛として構え、声を発する。

「皆、警戒を怠るな! 魔獣か、はたまたドラゴンかもしれん……」

 その言葉に緊張が走り、各自武器を構える。

 音がだんだんと近づいてくると、ごくりと喉をならし緊張が走る。

 そして――

 『遺跡』に入り口に穴が開き、そこから探していた人物が穴から体を出して声を出した。

「お、おお……明るい……そ、外か! た、助かったぞシュナイダー!」

「きゅーん!」

 そこには髭が伸びに伸びたカイルが居た。頭の上には、背中だけ黒く、赤い目をした子犬が尻尾を振って鳴く。 カイルは五日ぶりの光に目を細めるとその場でペタリとうつぶせに倒れた。

「カイ――」

「カイル!」

 それを見たフルーレが駆け出そうとしたが、それよりも早くエリザがカイルへと向かっていた。すぐに引っ張り出して抱き起すとエリザは心配そうな顔で頬を叩く。

「カイル、しっかりしろ、大丈夫か!?」

「う、うう……は……」

「は?」

「腹が減った……」

「そ、そうか! 腹が減っているのは健康な証拠だ、すぐに食事を用意させるからな!」

「あ、ああ……いや大丈夫だ……ここに大きな肉饅頭がふたつもあるじゃないか」

「!」

「おお……柔らかい」

「カ――」

「ってあれ? エリザじゃないかなんでこんなところにいるん……だ!?」

「カイルーーーー!!」

 エリザが叫んだ直後、カイルは地面に頭を叩きつけられ、静かに意識を失った。
 ――カイルが自力で『遺跡』から脱出した後、すぐに撤収準備が始まった。
 何とか息を吹き返したカイルが『遺跡』はすでに崩れていて入るのは危険すぎると宣言したからだ。くわえて『遺物』もなかったと言えばここに留まる意味もない。

 カイルがテントで髭を剃っているとエリザが訪ねてきた。守っていた少女をみながら開口一番、エリザが言う。

「すまなかったカイル……」

「いや、別にいいよ。それにまさかエリザがここに来るとは思わなかった」

「お前が取り残されたと聞いてな。瓦礫を排除できる部隊を借りてきたのだ……って、おや?」

「きゅん! きゅーん!」

 エリザは足元でぐるぐると回る子犬に気づき抱きかかえると、尻尾を大きく振ってエリザの顔を舐めた。

「……お前、もしかしてシュナイダー!? 赤い目だし、背中も黒い……」

「ああ、死にかけていたから魔石を飲ませて”魔症”を人工的に引き起こしてみたんだけど、副作用かなんかで気づいたら縮んでた。で、俺がその子と木箱を運ばないといけなくなったからちょっと脱出に遅れたんだよ」

 そう言いながら少女に目を向けて言う。エリザはシュナイダーを胸元へ寄せて少女を見ながら口を開く。

「……この子は?」

「正直言って分からない、というのが答えだな。ただ、俺が見た限りただの女の子じゃない。この子が『遺跡』の『遺物』なのかもしれない」

「なら――」

「この子は『遺跡』にもぐりこんだ要救助者として扱わせてくれ。副隊長は俺だから通るだろ?」

「……ブロウエル大佐が何というか、だな。上層部は――」

「ま、命の恩人ってことで。な?」

「きゅん!」

 カイルがシュナイダーに笑いかけると一声鳴き、エリザが話を続ける。

「上層部はどう判断するだろうか……」

「あいつらはいつも通りだろ。俺が死ななかったのが残念なくらいだ」

 エリザはそれには答えず、困った顔で話を変えた。

「それにしても長いひげだな。もともと伸びやすかったか?」

「……多分『遺跡』のせいだろう。少しだけ、時間の流れが速いような気がした。魔獣や罠だけじゃなくて、こういう不可思議なものもあるんだ。恐らくあのまま『遺跡』の調査を続けていたら老いていたかもしれないなあ」

「ふう……やはり『遺跡』は恐ろしい場所ということか……」

「そうだな……あの時――」

 カイルが珍しく忌々しいといった表情をしたその時、テントへフルーレが入ってくる。

「あ、あの、失礼します。このテント以外は移動準備ができました」

「む、そうか。報告ご苦労、フルーレ少尉。行くぞカイル少尉」

「あいよ」

 荷物と少女を背負い、カイルはテントを出る準備をする。そこでフルーレを見たシュナイダーがじたばたしながら甘えた声で鳴く。

「きゅーん♪」

「あれ? 姿が見えないと思ってましたけどもしかしてシューちゃんですか!? わあ可愛い……」

「少尉、預かってくれるか? 私がこういうものを連れていては威厳というものが、な」

「あ、了解であります! なんで小さくなったんですかーもうー」

「きゅーん!」

 本当はカイルとエリザのことが気になって声をかけてきたフルーレだったが、シュナイダーに毒気を抜かれてエリザの後を追う。こうして一行は無事犠牲者無しで『遺跡』から撤収し、帝国へと帰還することができた。


 ◆ ◇ ◆


 ――もちろんこれで話が終わるはずもなく。

 ブロウエルを先頭に、手錠と目隠しをつけられたオートスが、両脇を他の人間に固められて薄暗い通路を歩いていた。
 この後どうなるかなど想像に難くないオートスは冷や汗をかいて見えない通路を進んでいく。やがて前を歩いていたブロウエルが立ち止まりゆっくりと振り返る。

「……この先は私だけでいい」

「は」

 二人の男は短くそれだけ言うとスッと暗がりの奥へと消えていく。いよいよか、とオートスが喉を鳴らすとブロウエルが無言で重い鉄製の扉を開けた。

「連れてきました」

「ご苦労」

 ガシャァンと扉が閉じられると同時に低い声が部屋に響く。ブロウエルが目隠しを外すと、目の前には自分達とは違う真っ黒な制服に白い手袋をした人物が数人、三日月型になった机に座っていた。
 中心にいる形のオートスは目を動かし、考える。

「(こ、これが上層部か……? 威圧感なんてものを同じ人間から感じるとは思わなかった……しかし、すぐ処刑されるものだと思っていたがどういうことだ?)」

 オートスの考えを見透かしたように、その中の一人が口を開く。

「くく……オートス=グライア隊長、この度はご苦労だったな」

「……は」

 労いの言葉をかけられ困惑するオートス。その様子をおかしいと言わんばかりに、別の男が話し出す。

「君のおかげでウィスティリア国の内情が少し判明した。今の王政は思った以上に腐っているようでな、クーデター派の人間が倒そうとするのも頷けるよ」

「それは……」

 知っている。
 貴族層だけが裕福で、平民の貧困具合は恐らく他の国に比べて群を抜いて酷いと。だからクーデター派は『遺跡』から『遺産』や兵器を欲していたのだ。ウィスティリア国王はそれをけん制するため、オートスの両親を人質に取り、斥候としていたのだから。
 オートスはそう言いかけたが、口を噤む。下手に何かを言うのは不利だろうと。そして別の男が淡々と事務的な発言を始める。

「君の本当のご両親は尋問した二人組と身柄を交換するよう要求している。無事戻ってくることを兄妹と祈っておくのだな。まあ要求には応じるだろう。応じなければそれを口実にあの国を潰すだけだ。一手、こちらが国を責める口実を作ってくれたこと、礼を言う。ブロウエル大佐、警戒はわかるが手錠は外してかまわんよ。功労者に失礼だ」

「は」

「!?」

 一体何が起こっているのだとオートスは目を見開く。だが、さらに別の男が口を開き、驚愕の話がオートスを襲う。

「今回の件で君とドグル=レイヤード、ダムネ=ヒート、フルーレ=ビクセンツの四名はひと階級昇進だ、おめでとう。特別ボーナスも支払われるだろう。どうかねご家族で旅行など。今の時期ならミントス地方などがいいかもしれん。花畑は見事だったよ?」

「馬鹿な!? 俺は……私は帝国を裏切ったスパイですよ!? 家族を助けてくれたのは感謝しています。だが、処刑になるかとばかり……生き残っただけでもありがたいのに昇進とはおかしくないでしょうか!」

 いよいよ話がおかしいと思い、オートスは焦る。良いことなのだがどうにも気持ち悪いと思っての行動だ。それと――

「なぜカイル少尉には何の褒章も与えられないのです! 今回の功労者は彼のはずだ!」

 すると、

「カイル……カイル=ディリンジャーねえ……夢でも見ていたんじゃないかね? 彼はただの殺人鬼だ、生かされているだけありがたいと思ってほしいものだ。皇帝陛下のご慈悲でな? 君もブロウエルから聞いたのだろう」

 あまりにも冷徹な言い草と、ブロウエルの名が出たことでオートスはブロウエルを見る。特に気にした風もなくブロウエルは前を見たまま立っていた。

「では失礼ついでに質問を変えさせていただきます。カイル少尉は何者ですか……? 殺人鬼だと言うのであればそれこそ処刑せねば危険なはず。皇帝陛下のお命を考えれば――」

「くっく……生かせと命じたのは他ならぬ陛下だ、我らがそれを止めるのも野暮であろう? 陛下以外にあの時の事件を知る者は少ない。少尉……カイル技術開発局長の暴走の理由などもな。そうだな、ブロウエル大佐」

「ええ、あの時の生き残りは十人もいませんし、止めるだけで必死でしたからな。オートス中佐、少尉にはボーナスで金は入る。それで良いではないか?」

「……大佐……」

 オートスはブロウエルも『あちら側の人間』なのだと悟り肩を落とす。
 彼はカイルが殺人鬼・皇帝の命を狙った大罪人だとはどうしても思えなかったからだ。スナイパーライフルを預け、信用してくれた命の恩人でもあるカイルがこのような扱いを受けるのが腑に落ちなかった。

「以上だ、追って辞令が下るだろう。それまでゆっくり休むといい」

「……了解しました」

 敬礼をして下がるオートスとブロウエル。扉に手をかけたところで一人の男性が言い忘れていたとばかりに口を開いた。

「ああ、この話を他人に話してはダメだぞ? ……君の家族、もしくは友人がどうなるか分からないからね?」

「……失礼します」

 オートスは歯噛みしながら扉を閉めると、ブロウエルに肩を叩かれる。

「家族が助かった、それで良しとするのだ。上層部に逆らうことだけはならんぞ」

「大佐……大佐はいったい……」

「もうカイルと関わることもあるまい。生かさず殺さず……カイルはそう言う立場の人間なのだ、エリザと共に」

「え?」

 オートスが聞き返すも、ブロウエルは通路の闇へと消えていく。上層部とは一体何なのかと扉に振り返ると、

「扉が……消えた……?」

 そこには無機質な壁が広がるだけであった――

「……」

 ――帝国に戻った部隊。
 その内の一人、カイルは技術開発局長時代の白衣をまとっていた。
 その理由は『遺跡』で出会った少女。彼女を調べるため、ハイドの酒場にある地下部屋に運んでいたからである。
 連れ出す際、ブロウエルやエリザに協力してもらう必要がありそうだと思っていたが、どさくさに紛れて木箱やカバンと一緒に連れだすことができたのだ。
 カイルは目を覚まさない少女を調査すべくベッドに寝かしつけてカルテを持ち、瞳孔や脈、皮膚、触診による臓器の確認とできることをやっていた。
 シュナイダーは到着と同時にこっそりエリザが連れて行ったのでここにはいない。

 代わりに――

「……『遺跡』に居たということはただモノではあるまいて」

 ハイドの酒場のマスター、ゼルトナ=イブールが隅にあった椅子に背を預けて呟いた。
 元・帝国将軍の彼は『遺跡』についても知識があるので、カイルが連れてきた少女が『遺跡』から連れて来たと言えば警戒するのも無理はない。それに対しカイルが口を開く。

「ま、その通りだよゼルトナ将軍。見た目は十歳かそこらだが、皮膚の下にはあちこちに魔科学……いや、それ以上の技術で作られた強化スキンが張られている。そのせいか分からないけど、臓器は人間と同じで成長すれば子共も産むことができるはずだ。ただ、首から上は不可解だ。それこそ手術でもしないとわからない」

「なんと……。魔法も使ったようだし、危険じゃないかのう? 可哀想じゃがここで処分した方が――」

 ゼルトナが将軍としての慧眼で冷静にかつ冷徹に言う。子供の姿をしているというだけでゼルトナは忌み嫌う。小競り合いの続いていた国で、子供を囮にして相手の手を出しにくくする戦法を取られたことがあったからだ。
 結果、相手国は大人・子供含めて全滅。その件に嫌気がさし、ゼルトナは退役をすることになった。同じ戦場に居た兵は彼を伝説級に見立て『マッドオーガ』と震えあがっていたという。

 それはともかく、カイルは処分には首を振り言葉を続ける。

「いや、それはしない。この子は俺が預かる。俺を『マスター』と呼んだ。俺が生きているうちはとんでもないことにはならないだろう」

 そう言いつつ、カイルは少女の左鎖骨より少し下にある『4』という数字に目を細める。一体何の数字なのか、と考えを巡らせるが、結局この少女が目を覚まさない限りそれは分からないかとカルテを置く。

「飯にするか? 店は閉まっておるが、お前のために夕食は用意させておる」

「お、本当かい? 助かるよゼルトナ爺さん」

「一食1200リラじゃ♪」

「ちぇ、しっかりしているぜ」

「ボーナスが出たのじゃ、ろ……」
 
「なんだ? ……お」

 カイルが頭を掻きながら苦笑していると、ゼルトナの顔がこわばり、カイルの後ろに目を向けて一粒の汗を額から流す。カイルが振り向くと、

『ますター……アーあー……マスター、モうしワけ……アーあーあー……ん。申し訳ありません。お守りするはずが逆に足手まといになってしまいました』

「目が覚めたか。ま、気にするな、ドラゴンのとどめは助かったしな。エネルギーとか必要なのか?」

 声の調子を整えた少女に振り向くと、カイルは笑いかけながら言う。

『はい。疑似生命(フェイクライフ)であるこの体は食物を摂取して体を維持します。なので、人間的に言うなら『お腹がすいた』という状態です。このままではまた眠りにつきそうです』

「もうちょっと話を聞きたいし、助けてくれたお礼にご馳走してやるよ。追加料金、頼むぜ爺さん」

「ふん、子供から金をとるわけなかろうが! 行くぞ!」

 そう言ってドスドスと階段を上がり、カイルと少女は誰もいないシンとしたカウンターに座り食事を待つ。その間、カイルは少女に質問をする。

「名前はあるのか?」

『……”LA-164”それが私の与えられた形式番号になります』

「名前はないのか……」

『はい』

「他に何か覚えていることはないか?」

『所々、記憶が欠けています。長い間眠っていた障害だと思われます。……ただ、製作者が私を封印するときに言った言葉と顔は覚えています』

「……聞かせてくれ」

『『できれば目覚めないことを祈る。作ったのに勝手だと思うだろう? それでも作らざるを得なかった僕の弱さを許してくれ……。願わくばお前を目覚めさせる人間が良い人でありますように』とのことでした。泣き笑いの顔で私の棺を締めたのが最後の記憶でした』

「……」

 カイルは腕を組んでその言葉を反芻する。

「(この子を”作った”、か。それも不本意で。目的はなんだ? 封印をする理由は? 分からん。疑似生命と言っていたが、ほとんど人間と変わらない。『遺跡』自体、作られたのがいつなのかはっきりしないからな。この子がどれだけ眠っていたのかさえも。だが衰退しつつある『魔法』を使って武器を呼び出した。少なくとも『煉獄の祝祭』よりは前だろうけど……)」
 
 作成者はこの少女のことを『良い人に目覚めさせてほしいと願っていた』

「(そこは、俺みたいだな。もしかするとゼルトナ爺さんの言うように兵器なのかもしれない。作ったものが人殺しの道具になるのは見たくないもんだからな……)」

 知識は蓄えているが分からないものはやはり分からないものだと目を瞑る。そこへゼルトナが料理を運んできた。

「持ってきたぞ! ハイドの酒場特製ハンバーグ定食じゃ!」

「お、いいね。ちょうど重たいものを食べたい気分だったんだ。熱いから気を付けろ?」

『……』

 カイルが横を見ると、目を輝がやかせて口を三角にしている少女。表情は無いが、恐らく興奮しているに違いないと苦笑し、フォークとナイフを渡す。

「ほら、食えよ。ライスとも相性がいいんだ。はふはふ……」

『マスター、はい……これは牛と豚の肉。それが絶妙な配合で挽かれ混ざり合ったものが焼かれているのですね。いるのですね』

「お、おい。落ち着いて食べろ、逃げないんだから」

『何を言うのです。熱々を食べるのが良いと分析した今、エネルギーを摂取するには最適な方法で食すのが求められるのです。はふはふ』

「はいはい、のどに詰まらせなるなよ? って早いなお前!?」

『ドラゴンと戦った際にかなりエネルギーを消耗しましたから。これでもまだ満タンにはなっていません』

「……しれっと俺のハンバーグを狙うんじゃない。よだれを拭け。爺さん、まだあるか?」

「くっく、待っておれ!」

 そう言って厨房に戻ったゼルトナは、都合7枚のハンバーグを焼くことになり、そこでようやく少女は、

『エネルギーが満タンになりました。ありがとうございますマスター』

「いい食いっぷりだったな。これからお前はどうするんだ? 目覚めたら何かするよう命令されていないのか?」

『いえ、特には。記憶の底に何かあったような気がすると思うのですが、思い出せません。マスターの命令に従います』

 そう言って目を見てくる少女に、カイルは胸中で呟く。

「(不本意に作られ、目的も、こいつを知る人もいない……空っぽの人形、か)」

 だが、カイルは首を振る。

「(いや、それは俺か。皇帝を殺すという目的を果たせず、ただ生きているだけの今はこいつと何が違うってんだ)」

 そしてカイルは口を開く。

「なら俺と暮らすか”イリス”」

『? なんですかそれは』

「お前の名前だよ。”LA-164”なんて呼びにくい。だからイリスだ」

「カイルその名は……」

「いいんだ。どうだ、いい名前だろう?」

 すると少女は目を閉じ、名前を短く呟く。

『……イリス……。はい、良き名です。響きがとても、いいです。マスターのお傍に居させてください』

「よし! 決まりだ! 明日、城の敷地内にある家族用の住居同居申請出しておくから、今日はここで寝泊まりだ」

『かしこまりました』

「ったく、大丈夫なのかねえ……」

 ――こうして『遺跡』から連れ出した”LA-164 イリス”と共に過ごすことになったカイル。

 これは大きな災厄の前の小さな出会いなのだが、それはまだ誰にも分からなかった――