帝国少尉の冒険奇譚


「また行き止まりか。おい」

「はいはい、目印つけておきますよっと」

 『遺跡』へ侵入してからすでに半日が経過していた。
 地下二階までは順調に進んでいたものの、地下三階から急に分岐路が増え、今のように行き止まりに当たる回数が増えていたのだ。

「……もう陽が暮れる時間だ。隊長、そろそろ戻りますか?」

「いや、食料はあるからこのまま野営だ。ダムネとドグルは寝床の準備、フルーレ少尉は火を熾してくれ。副隊長は周辺の調査と先ほどの魔獣除けを設置だ。ブロウエル大佐はこの場で警戒を」

「承知した」

「了解しました! カイルさん、頑張ってくださいね!」

「サンキュー、フルーレちゃん。シュナイダーの背中にある木箱を降ろしてやってくれ」

「わん!」

 わかりましたと元気な声を聴きながらカイルは来た道をいったん戻る。この通路に入る前に曲がったT字路に”タチイラーズ”を設置すればいいかと思ったからである。しかしその時だ。

「ま、こうなるよな」

「シャァァァァ……!!」
「ギチィィィ」

 T字路に差し掛かったところで、カイルは足を止めひとり呟くと蛇型の魔獣二体とネズミ型の魔獣三体に囲まれた。カイルは頬を掻きながら腰のダガーに手を添え、腰を低くして迎撃態勢を取る。

「魔獣になると賢くなるのはどの生き物も同じか。そら!」

 二メートル前後の長さをしたカイルの胴体くらい太い蛇が飛び掛かってくる。だが、カイルはそれを半身で回避し、すれ違いざまに左手のダガーで大蛇の頭を真っ二つにする。

「シャァ!」
「人間は近づかなくてもお前達を倒せるんだよ」

 やられた大蛇とは別方向に回り込んでいたもう一匹は、右手の”イーグル”で頭と胴体を撃ち抜かれて動かなくなる。

「次……!」

 先に襲い掛かった大蛇を見ても恐れず、三匹のネズミ型の魔獣がカイルを逃がさないよう回っていた。狙いを定めさせないように動いているなと、カイルは賢さに感心するが、所詮は低級の魔獣なので対処は難しくなかった。

「くっく……。ネズ公、これならどうだ?」

 カイルはポケットから白い紙のようなものを取り出し床に投げつけた。ネズミたちはそれを回避するがカイルが無防備でいることに気づき一斉に走ってくる。だが、カイルへ飛び掛かることはできなかった。

「ヂュヂュウ!?」

「特殊な粘着シートだ、動けないだろ? ……じゃあな」

 パンパンパン! と、乾いた発砲音が鳴り響き、ネズミ型魔獣はやがて動かなくなる。筒を設置したカイルは戻りながら周囲を確認していた。

「……随分警戒が強い『遺跡』だ。確かに侵入者を阻むもんだけど、ここは『絶対に奥へと行ってほしくない』ってのがひしひと伝わってくるな。あまり長居できないか? 流石に脅威級の魔獣はいないと思うが、なんかまずい気がする」

 ダガーの血を払いケースへ戻しながら一人呟くカイル。銃は手に持ったまままた部隊の下へ戻ると、食事の用意が始まっていた。もちろん衛生兵のフルーレが担当しているのだが――

「さ、できましたよ皆さん! って言ってもレーションですけど……」

「くっく、そりゃ生の食材を持ってくるわけにゃいかないしな! てか料理上手いのかよ?」

「じ、自信はありますよ! お家ではよく作っていましたし」

「それはいつか食べてみたいねえ」

「それはここから帰れたら、だな。生きて戻っても、なんの成果も挙げられなかったらそれは恥だ」

 和やかだった雰囲気がオートスの一言で一気にしらけ、ドグルは口を尖らせて壁に背を預けてレーションを口にする。

「お前、ちょっと気負いすぎじゃねぇか? まずは死なないことが前提だろうが。今回はダメでも、一回戻ってまた準備すりゃいいだけだろ?」

「そうはいかない。期限はある。……そうですよね、大佐?」

 黙ってレーションを口にしていたブロウエルが手を止め、オートスに目を向けて口を開く。鋭い目が刺さり、一瞬怯む。

「……知っていたか。どこで情報を手に入れたか分からんがその通りだ。だが心配するな、期限は一か月ある。全滅をしなければ何らかの成果はあるだろう。全滅をしなければな。私の知る限り、仲間割れが失敗原因になりやすい。それと、独断先行や私欲などもあるな」

「わふ」

 そう言ってシュナイダーの頭を撫でながらまた、レーションを口にするブロウエル。オートスやドグルにその傾向があるぞと暗に締め上げをした形だ。
 流石に今の空気だと大佐も苦言を言うかと安堵し、食事の続きに戻る。ふとフルーレを見ると、難しい顔でブロウエルの顔をみつめていた。

「(犬好き……意外……)」
 
「フルーレちゃん? 大佐に怒られそうなこと考えてない?」

「ふえ!? いいいいいえそんなことは! さ、見張りの順番とか決めましょう!」

「くっく、取り乱しすぎだぜフルーレちゃんよう」

 慌てて取り繕うフルーレにオートス以外の全員が苦笑しながら各自食事を終える。タチイラーズの効果があったためか、魔獣に襲われるということもなく翌日を迎えることができた。

 そうして地下三階を探索するが――

「……これで全部の通路を探索したか副隊長」

「ですねえ。どっかに見落としがあったかな……?」

「て、手分けして探しますか?」

 ダムネが槍を肩に担いで提案するが、カイルは首を振って答える。

「今は低級の魔獣しかいないけど、どこで上級みたいな強力な魔獣と出くわすか分からない。だからそれはダメだ。それにダムネ中尉は盾だから尚のこと単独探索はさせられない」

「そ、そうですね……」

「なら地道にやるしかねぇ……な!」

「きゃあ!?」

 天井に張り付いていた蜘蛛型の魔獣、もとい魔虫がドグルの撃った弾丸で爆散し残骸が落ちてくる。オートスは仕方なくといった感じでカイルの提案を飲みキャンプを片付け移動を開始する。

「行き止まりを徹底的に調べましょう!」

 フルーレの言葉で一行は壁という壁を調べつくすことになった。
 タチイラーズのおかげで魔獣とはほとんど遭遇しないが、緊張と行軍で体力と気力を消耗する中で好転の兆しが見えた。

「ここが怪しいですな」
「……確かに少し色が違うな」

 カイルがほんの僅かに色の違う石を通路の壁で見つける。それを押し込むと壁が奥へずれる。そしてその先で階段を発見することができた。

「ひゅー」

「す、すごいですね!」

「”ナイトスコープ”で魔力の流れを見ながちょっとな。そこで一か所、壁から魔力が漏れているような場所があった。そこを見ると石の色が違うのが分かったから後はちょちょいとね」

「へー。あなたのご主人様、凄いわね」

「わん!」

「よくやった。これはきちんと報告してやるからな? さ、急ぐぞ」

「了解。ダムネ中尉、先頭を頼むよ」

「は、はい!」

 そして到着する地下四階――
 
 
 ――地下四階に降りたカイル達。彼等は慎重に周囲を警戒しながらさらに奥へと進む。

「ここもあまり変化がありませんね。目印は?」

「大丈夫だよフルーレちゃん。いつでも戻れる。まあ、まだ二日目だ、焦らず行こう」

 カイルが十字路の地面に杭を打ち込み目印にする。
 カイルは気楽な調子でそう言い、オートスが一瞬、厳しい目を向けてくる。だがカイルは口笛を吹いてスルーした。そこでブロウエルがふいに口を開いた。

「……『遺跡』は天上人や地底人が作った、という話が一般的に流れているが、それは知っているな?」

「そりゃ講義で『遺跡』についてひとつ枠を取っているんだから、勉強が嫌いなお……自分でも流石に知っていますよ。そいつらの作った道具や武器が眠っていてそれを回収して保管するのが自分達なんですよね?」

 ドグルがショットガンを肩に担いで振り返って答えると、ダムネもうんうんと頷き、フルーレも同意見という表情でブロウエルを見る。

「講義だとそうだな。だが実際は少し違う。『遺跡』にあるものは確かに保管するため回収をする。だが、それは帝国の力を維持するためなのだよ」
 
「力を……?」

 フルーレが聞き返すと、ブロウエルは前を向いたまま続ける。

「そう。百年前の『煉獄の祝祭』も講義で知っているな? あれを終わらせたのは『遺跡』から発見された戦闘兵器なのだ。たまたま発見した我がゲラート帝国がそれを使った」

「あ、あの時、国が一つ吹き飛んだというのは……」

「史実では相手国が使った兵器の自爆ということになっているがそうではない。『遺跡』にあった”ロストウェポン”によるものなのだ。ゆえに、この作戦は失敗が許されない。いや、失敗しても、何が存在するか確認をするまで探索を辞めるわけにはいかないのだよ」

「ロストウェポン……他国を抑制させるための作り話じゃないんですかね?」

 ドグルが冷や汗を流しながらそう言うと、ブロウエルは立ち止まりドグルへと返す。しかし目はドグルを見ていない。

「公開はしていないから当然だ。だが、他国にも『遺跡』は存在する。故に、遺跡へ――」

「――スパイを送り込むんだよな! シュナイダー!」

「わぉぉぉん!」

「ええ!? どうしたんですか!?」

 シュナイダーと同時にブロウエルが踵を返し、一瞬でシュナイダーと並ぶ。次の瞬間、女性と男の子の悲鳴が聞こえてきた。

「きゃあああ!?」

「う、うわ!? やめろよぉぉぉ!」

「今の声は……!」

「持ち場を離れるな、少尉! ……クソ、これだから下級兵は……!」

 フルーレが何かに気づきシュナイダー達を追い、オートスが呼び止めるも走り去る。隊長の命令を聞かなかったと苛立たしげに吐き捨て、今度はカイルを睨みつけながら質問をする。

「いつから気づいていた」

「最初から、ですね。あ、気づかないと思いますから落ち込まなくていいですよ。どうも”EA-312 ギリーフード”を持っているみたいです。あれは姿が風景に溶け込みますが、透明人間になるわけじゃない。気配があったからダガーについたネズミの血を振りまいて気づきました」

「……わかるもんなのかよ……俺も使ったことあるけど気配も消えるだろあれ……」

「ぼ、僕は演習で使われたら全然分からなかったです」

「……」

 オートスが黙ってカイルの説明を聞いていると、すぐに二人と一匹が戻ってくる。追跡者であるチカとビットを連れて。それを見てカイルが困った顔で微笑み、二人へ言う。

「やっぱりか」

「……気づいていたの……でも、どうして……」

「シュナイダー! 逃げないから降ろしてくれよ!」

「降ろしてやれ」

「わふ」

「いて!?」

 ビットが地面に落とされ尻もちをつくと、その直後に隠し持っていたナイフでカイルを狙う。

「兄ちゃんだけでも……!!」

「よっ! ほっと」

「うあ!?」

 だが、カイルはひょいっと横に避けて足を引っかけると、ビットは盛大に転びドグルに銃を突きつけられる。ドグルは冷ややかな声でオートスへ問う。

「殺しとく?」

「……止めろ、子供を殺すのは寝覚めが悪い」

「チッ」

 ドグルは不満げにナイフを取り上げると、銃を突きつけたまま今度はカイルへ質問をする。

「で、どうやら知っていたみたいだがどうして泳がせた? それに――」

「どうしてわかったんですか……侵入者を捨て駒にして完璧だと思ったのに……!」

 恨みがましくカイルを見るチカにカイルは肩を竦めて説明を始める。

「侵入者のフェイクは見事だったけど、君たちふたりは最初から違和感があったんだよ。シュナイダーを見て驚かなかった君たちがね」

 チカを抑えていたフルーレがハッとして目を丸くする。

「そ、そんなところを見ていたんですか……!?」

「ああ。ウチの兵士ですらびびるのに、ビットは恐れず撫でただろう? チカの横を歩いていたこともあるけど、チカは怖がるそぶりを見せなかった」

 「で、でも、村人は魔獣を追い払うことも――」

「――あるだろう。だけど、村長はシュナイダーを見て酷くおびえていたろ? だから『ああ、上級の魔獣はこの辺りには出ない』んだろうと思ったわけだ。なら君たちは何らかの訓練を受けているんじゃないか、とね」

「……そんな……」

「訳を話してくれるかい? 話さないというなら、俺はここでビットを殺さないといけなくなる」

「おい、よせと命令したはずだぞ! 隊長は俺だ!」

「……!? わ、わかった、話すわ」

 オートスの叫びをカイルが手で制すと、チカはぽつりと話し出す。
 気を付けているつもりだった。帝国の情報を集めるため、何年も前から村に入り込み、村人も自国の人間と徐々に入れ替えていたと。そこで『遺跡』が近くに出現し、これはチャンスだと思ったのだと。


「はあ……ま、今のご時世スパイなんてやってちゃ身が持たないぜ? 女の子なら猶のことだ。すぐに口を割ったからいいようなものの、女の子が拷問されるってことはどういうことかわかるだろ? それにビットみたいな子供は情を誘うには効果的だが、弱点にもなる」

 拷問と聞いてチカがサッと青ざめ、ドグルが口笛を吹いて歓喜する。

「副隊長、その役目、自分にやらせてもらえませんかね! へへ、満足させ……いえっ必ず情報を吐かせて見せます!」

「うるさい!」

「痛っ!? なんでオートス……隊長が殴るんだ!?」

「その必要はないよ。ウィスティリア国のクーデター派の仕業だろう。侵入者と一緒に帝国へ送って、国と交渉だな」

「ちぇー。ダムネの童貞卒業できなかったな」

「ぼ、僕は関係ないでしょ!?」

 するとフルーレが憮然とした表情でオートスへ口を開く。ドグルへは汚物を見るような目を向けていた。

「隊長、この二人をこのまま連れて行くのは得策ではありません。一度キャンプへ戻るべきです」

「俺もその意見だ。隊長、一度戻ることを提案する」

 するとオートスは目を閉じて考えた後、信じられないことを口にした。

「……いや、このまま進むぞ。時間がもったいない」

「マジか? 今はグリーンペパー領の人間だが、スパイなんだぞ? それに護衛対象が増えるのは――」

「隊長である俺が責任を持つ。なに、強力な魔獣の餌にすれば隠滅もできよう? それより『遺跡』をしっかり調査するんだ。ブロウエル大佐、俺の提案に何かありますか?」

「隊長が決めたのなら私は構わん」

「さいですか……了解。フルーレちゃん、ふたりを縛ってくれ。で、シュナイダーとふたりを護衛頼む」

「わ、わかりました」

「あーあー、面倒なことになってきたなあ」

「無駄口を叩くな。いくぞ」

 ドグルの嫌味をものともせず、オートスは歩き出した。

「(さて、とりあえずは後ろから撃たれることはなくなったか。『遺跡』の調査に専念できる。しかし魔獣も少ないし、迷路も単純……何か裏が……? ん? これって……)」

 カイルは自分で作成したマップを見ながら、あることに気づく。

「そうか、なるほどね、ふむふむ……」

「カイルさんどうしたんですか? そんなににやけて」

「どうせ姉ちゃんのおっぱいを見てにやけてるんだぜ?」

「そうそう、あれはエリザに匹敵……って何言わせるんだ!」

「えー……やっぱり男の人ってそうなんですね……」

 フルーレがカイルに向かって汚物を見る目を向けてくるが、ふとあることに気づきカイルへ尋ねる。

「エリザ……って今,
言いました? それってカイルさんの部隊長のエリザ大佐ですか?」

「そうだよ。いつも怒鳴られてばっかりだけど、いい隊長だよ。この『遺跡』に出向く時、激励でおっぱい揉ませてくれたからな!」

「最低!?」

「マジ!? 隊の鞍替えってできるんですかねブロウエル大佐!」

 カイルが勝手に揉んだだけなのだが、ドグルが食いつき、あろうことかブロウエルに問いかけていた。ブロウエルはガツンと拳骨をくらわし、ドグルへ告げる。

「できんわ馬鹿者。上層部が個々の能力を診断して振り分けるからな。お前が軽装兵として優秀なら推薦してやってもいいが」

「ふうん……ならこいつはどうして第五大隊なんですかね? どう考えても戦闘向けじゃない感じがしますけど」

「それは上層部に聞いてくれ。それよりもカイル少尉、何か気づいたようだったが?」

 ブロウエルはこの話は終わりだと言わんばかりに、ぶつ切りにしてカイルへと声をかける。当のカイルはフルーレに詰め寄られていた。

「エリザ……大佐はほら、人がいいから呼び捨てでもいいんだって。ほら、また後でな。こほん。で、俺が気づいたこと、ですね? マップを作っていたんですけど、ほら、なんかおかしくありません?」

 そこでずっと黙って聞いていたオートスがマップをのぞき込み口を開いた。

「……向かって東側に道が寄っているな。地下一階も二階も、ずれはあるが東に通路が多い」

「お、流石は隊長。その通りです。恐らくですけど、本命は向かって西側に何かあると見ていいでしょう。これ自体がフェイク、ということもありますけどね。とりあえずこの階を調べてみましょう」

 カイルの言葉で全員が頷き、探索を再開する。しかし、地下四階に下へ続く階段もなければ隠し部屋もなかった。やがて陽が暮れる時間になり一行はまたキャンプを作る。

「はい。食事ですよ」

「やったー! 腹減ってたんだよなー昨日から何も食ってないし!」

「……ありがと、ございます」

 フルーレがチカの手錠をビットと片方ずつの足に繋ぎ、逃げられないようにしてレーションを渡す。ビットはすごい勢いで食べ始め、チカはもそもそと口に運んでいた。

「き、昨日からって朝も食べていないの?」

「……ええ。お腹をいっぱいにして緊張するとお腹を壊すことがあるから……」

 ダムネの質問に即座に答えるチカ。口答えするとひどい目にあわされると思っているようで、時折、体を震わせていた。

「どうしてこんなことをしているんだ? スパイなんてこうやって見つかったらどうなるかくらいわかるだろうに」

「仕方がないじゃない……こうするしかなかったんだから……」

「こうするしかなかった? それって――」

「フルーレ少尉、そこまでだ。情が移っては困る。事情聴取はやめてもらおう」

「でも……」

「口答えは許さない。どうしてもというなら、戻ったら俺とデートでもしてもらおうか」

「そんなこと……!」

「やめとけフルーレちゃん、隊長の言う通りだ。帝国に戻ったらこの二人がどうなるかは分からない。俺達は色々聞かない方がいい」

 カイルがもぐもぐと租借しながらあっさり言い放ちフルーレはドキッとして口をつぐむ。
 
「はい……」

「私たちがドジだったんだ、お姉さんが気にすることはないわ」

「そうだ、フルーレちゃん。チカちゃんの身体検査、しておいてくれ。多分、銃くらいは持っているだろ」

「……わかりました。食事のあとで行います」

「……」

 チカは覚悟を決めた目でフルーレに笑いかけ、食事を口にする。
 フルーレの身体検査でチカのジャケットの内ポケットからウィスティリア国製のハンドガンが出てきてそれを回収。

 翌日、本当に抵抗する気はなくなったのか、チカは黙ってついてくる。対してビットは子供らしくぺらぺらと口を開いていた。

「シュナイダーの背中に乗せて欲しいのに何か載ってるなあ。あれ、なんなの?」

「秘密だ。まあロクなもんじゃないし、開けることは無いと思うけどな。お前は捕まったんだから黙って歩けー」

「ちぇ、ケチ。ってまた行き止まりじゃん!」

「だなあ。そろそろ当たりがありそうな……お?」

 地下四階には何もないと判断し、地下三階に戻って再度西側のチェックをするカイル達。出発から三時間経った今、進展が見られた。
 目線より少し下、中腰になる高さでカイルはまた、ほんの少しだけ色の違う壁を見つけた。そこをノックすると、カイルは確信したようにカバンを漁りだした。

「な、何かわかったんですか?」
 
「ああ、ここだな。少し色の違う壁がある。恐らく、ここは後から埋めた壁に違いない。ちょっと下がってくれ」

 カイルは小さな箱を取り出し、ネズミ魔獣に使った粘着テープを使って箱を壁に貼り付けると、箱の中に木でできた筒から黒い粉を入れて紐のようなものを差し込みするすると離れていく。
 ドグルはごくりと喉を鳴らし、カイルに言う。

「おま……あれまさか……」

「お、分かるか? まあ、ドグル大尉はよく銃をいじっているからそうか。あれはガンパウダーだ」

「やっぱり!? 地下で爆破すんのかよ! 生き埋めになるぞ!?」

「ああ、火薬の量は調整してあるから大丈夫だ。みんな、耳を塞いでいてくれ【小さき火花】……と」

 フルーレはカイルが呟いて火を熾したことに驚愕した。廃れつつある魔法を使ったからだ。他のメンバーは気づいておらず、胸中でフルーレは考える。

「(魔法まで使うんですか……!? この人、本当に何者なんでしょう……。『遺跡』調査に抜擢されたとき、カイルさんの名前があったのを見てわたしの部隊の人も『エリザ大佐も人を見る目がない』って言ってましたけどとんでもないですよ……カイルさん……)」

 導火線に火が付き、小気味よい音と共に火が走る。
 木箱に着火したその瞬間、ガゴンという音ともに壁に穴が開いた。カイルはすぐに壁へ近づき、穴が開いたことに歓喜する。
 それと、同時に肩を竦めた。

「丈夫な『遺跡』だ、一気に壊せば良かったのではないか?」

 オートスが煙を払いながらカイルの背に声をかけるが、カイルは穴を見ながら手招きをしてオートスを呼び、首を傾げながら案内されるように穴をのぞき込む。

「……!? これは……」

「こういうことがあるから一気には壊さなかったんですよ。ここからが本番みたいですね」

 穴の向こうは淀んだ嫌な空気が流れ、ギン! と、無数の赤い瞳がこちら見ていたのだった。
「ダムネ大尉! 正面は任せる! うぉぉぉりゃぁぁぁ! 行けぇ!」

「は、はい! おおおおおおおおお!」

「ギャギャ!」

 カイルが持参したハンマー”EW-018 グリズリー”で壁を破壊すると、奥にいた魔獣が一斉に襲い掛かってきた。
 カイルはダムネに合図し、彼は槍と大楯を構えて最初に突撃してきた猿型の魔獣三体を弾き飛ばす。しかし、足元からネズミ魔獣が抜けてドグルの足へ噛みつこうと迫っていた。

「おらぁ! ぶっとべや」

「ヂュゥゥゥ!?」
 
「チュチュウウ!!」

「チッ、あっちいけってんだ」
 
 数匹のネズミを蹴り飛ばすと、オートスが目ざとくハンドガンを連射して絶命させる。
 ダムネが猿魔獣を”ギィアリッグ”の槍で貫くのが見え、残り二匹が大楯に挟まれた体を抜けさせようともがいていたそれをやはりオートスの抜いたサーベルが脳天を貫いた。

「数が多い、囲まれないよう注意して動け。フルーレ少尉は捕虜のカバーを頼む」

「は、はい! はああ!」

「あおおおおおん!」
 

 天井から這ってきた巨大ムカデをフルーレが長剣”グラスランド”で真っ二つにした後、シュナイダーが頭を潰す。

「シュナイダー、フルーレちゃんたちを頼むぞ! うおっと!?」

「がう!」

「そら!」

 蛇型魔獣がいつの間にかカイルに迫ってきた。
 首筋に噛みつこうとしたのを間一髪避けながら”プレイン”というダガーを投げつけて胴体を壁と固定した後、ハンドガンで撃ちぬいた。

「シャアア……」

「たああああ!」

「キィィィ……!?」

 そして最後に残っていた猿型魔獣をダムネが槍で貫ぬいて絶命させた。攻撃が止みその場に静寂が戻る。しばらく警戒を解かず息を潜めていたがここは倒し切ったのだと思い胸を撫でおろす。

「ふう……さ、猿型は中級でしたっけ……? いきなり魔獣のランクが上がりましたね」

「ああ。この淀んだ空気、こっちの道が本命で間違いなさそうだな」

「フッ、ようやく『遺跡』も本番か、どんなものが眠っているのか……楽しみだ」

「珍しく笑ってんなオートス隊長?」

「そうか? 俺は感情がある方だと思ってるんだがな」

「(そういや広場で出世がどうとか言ってたっけか?)……! ビット、避けろ!」

「え? あつっ……!?」

 カイルはそんなことを思い出しながら銃をしまうと、その瞬間倒したはずの蛇型魔獣がガクガクと動き、ビットの足に噛みついた。

「ビット!?」

「ガウッ!」

「フシュウゥゥ……」

 シュナイダーの強烈な一撃で、ビチャっと地面に叩きつけられた蛇魔獣は今度こそ絶命した。足を抑えてうずくまるビットが苦しみの声をあげる。

「うぐ……足が……熱い……!」

「大変!? きっと毒ですね、回復術を使います!」

「許可する。任せるぞ、少尉」

「はい! 【メディカル】……!」

 パァっと、フルーレの手が光り、その光を傷口にそっと当てると、紫色に変色していたビットの足が徐々に元の色を取り戻していく。

「続けて傷を……【ヒール】」

「おお、回復術ってすげぇな……こんなにすぐ治るもんなのか……」

 ドグルが感嘆のため息を吐いていると、カイルが渋い顔で口を開く。手には飲み物を持って。

「魔力の消費が激しいから連発はできないし、使いすぎると気絶するんだ。はい、フルーレちゃん、水だ」

「あ、はい。ふう……ありがとうございます!」

「まだ大丈夫そうだな。……!」

 それでも魔法を使った反動で少し疲労感があるか、とカイルが考えていると、暗闇に嫌な気配を感じた。
 ノータイムで銃を抜くとハンドライトの光が届かない通路へ向けて発砲する。
 その行動にぎょっとして通路の向こうに全員が目を向けると、どちゃっという音と共に猿魔獣が倒れた。

「もう次かよ! どうすんだ隊長」

「このまま突っ切る。部屋があればそこをしらみつぶしだ。いいな」

「マジかよ!?」

「進むなら隊長のアイデアがいい。シュナイダー、箱は俺が持つ。お前はビットを乗せてくれ」

「わふん!」

「そ、それを担いでいくんですか!?」

 カイルの身長よりも高い箱を背負い歩き出す。リュックと違い片手が塞がるため戦闘ができないのではとフルーレが心配する。

「隊長、申し訳ないですが俺は少し下がります。このふたりを連れて行くといったのは隊長だ、異論はないですよね?」

「……いいだろう。俺がその分戦うとしよう。ダムネを軸にする戦法は変えないでいくぞ。大佐に魔獣が飛び掛かってきた場合は対処をお願いします」

「ありがとうございます。大佐、歳なんだから無理しないでくださいよ? ……いてっ!?」

「余計なお世話だな、少尉。立ち止まっていると的になる。動くぞ」

 カイルに拳骨をプレゼントした後、ブロウエルは両手に”ハイランド”という名のマチェットを持って軽く振ると、風切り音が聞こえてきた。

「ヒュウ……」

「た、大佐の心配はしなくてよさそうですね……」
 
「行くぞ」

 オートスが合図をすると、進軍が始まる。魔獣の猛攻はとどまるところを知らず、加えて壁から突き出す針や落とし穴の先に酸のプールといったトラップも増えてきた。

「右だフルーレちゃん。ダムネ中尉、足元にも気を付けてくれ」

「は、はい!」

「うわ!? いつのまに……!」

 カイルも後方からハンドガンで足止めをしつつチカとビットのふたりをカバーしながら部屋を開け、階段を下りていく。
 
 ――時間の間隔が分からなくなるほどの戦闘を繰り返し前進を続けていく。もう地下七階は降りただろうか。日付が変わるころ、ようやく一匹も姿を見せなくなったことで休憩を挟み、弾丸のリロードと食事を取る一行。

「はあ……ようやく落ち着いたか? こりゃ確かにとんでもねぇ……まだ二日……死人が出るのも頷けるぜ……」

 弾丸が減り、軽くなっていくカバンに不安を覚え始めるドグル。彼を見ながらヘルメットを脱いで汗を拭いていたダムネがオートスへ提案を口にする。

「た、隊長。一度引き返しませんか? 一気に駆け下りてきましたけど、余分な食料消費と魔獣の数が想定外と感じます。ドグル大尉の弾丸も心もとなくなっていますし……」

「だな。引き返すなら今だろ? 行きは遠く感じるが帰りは早いってな。二日でここまでくりゃ十分だろ?」

「そ、そうですね! 体を拭きたいですし……」

 もじもじとフルーレが場の雰囲気を和ませるためにそう口にすると、オートスは自分のカバンに入っていた弾丸をドグルに渡す。

「俺のを使え。俺は剣でも戦えるホーネット(ショットガン)の弾も少しだが余分に持ってきた」

「……おいおい、まじかよ……俺達が折角戻りやすい状況にしたってのにお前はまだ進む気か……! そんなに出世したいのかよてめぇ!」

「口の利き方に気をつけろドグル。俺は少佐でお前は大尉だ。それに隊長は俺。指針には従ってもらう」

「こいつ……! 副隊長、大佐、何とかならねぇのか?」

 ドグルが懇願するようにカイル達を見るが、大佐は言い放つ。

「戻るのは構わん。隊長の言うことは基本的に聞くことになるが、どうしてもというなら部隊を離れ、代わりに誰かをここへ寄こしてくれれば問題ない。手柄は無いが生き残れる」

「ぐ……ふ、副隊長はどうなんだよ……」

 ここまで来て手柄なし、というのは痛い
 そう人間らしい思考をしたドグルがカイルへ尋ねると、カイルはリュックをごそごそしながら返事をした。

「……もう少し持つか。魔獣除けの筒はそろそろ尽きるから、これが無くなったら戻る。それでいいですか隊長? ひとりじゃ深部までいけないでしょうし、ここは仲間のことも考えてほしいですね」

「……よかろう」

 先に進むことを肯定され、正論を言われれば頷くしかない。ドグルはやり取りを見て嘆息し、銃の手入れを始めた。
 オートスは無言でレーションを食べ、ダムネはオートスとドグルを見ておろおろする。フルーレも困惑気味にシュナイダーへ餌を与えようとしたところでカイルに止められた。

「シュナイダーは何日か食べなくても大丈夫だから餌はあげなくていいからね」

「あ、そうなんですか?」

「おん!」

「ふふ、ごめんね? じゃあこれは取っておきましょう……きゃあ!?」

 フルーレが休憩のため壁に背を預けた瞬間、壁が崩れてフルーレがぽっかり空いた口へと消えた。
 
「フルーレちゃん!? ……滑り台か……! くそ、なんてタイミングだよ! 隊長、離れ離れになるのはまずい、何があるかわからないけど、ついてきてくれ」

 穴を見ながらカイルが焦る。喋りながら指示を待たずにすぐ木箱を穴へ突っ込み、自身も穴の中へ入っていった。

「わん!」

「あ、シュナイダー!」

「ダムネとドグルは先に行ってくれ、大佐もお願いします。捕虜ふたりは俺が責任もって連れて行きますので」

「承知した」

「遅れんなよ!」

「せ、狭いなあ……」

 三人が降りていくと、オートスは冷ややかな目をチカとビットに向け、手を伸ばした――
 先に落とした細長い木箱には鎖が巻かれており、それを片手で握って一緒に降りたカイル。
 もう片方の手にはハンドライトを持ち、明かりを灯していた。
 明らかに人工的に作られた急な坂をした穴を滑り落ちていく中、カイルは焦りながら呟く。

「深いな……! この先がトラップだったらフルーレちゃんはひとたまりもない……! シュナイダー俺の脇を抜けて行け。フルーレちゃんを咥えた後、お前の爪で速度を落とせ」

「わぉぉぉぉ!」

 ダッ! と、ただでさえ速く落ちる坂をさらに速度を上げて走る。ハンドライトの光からシュナイダーの姿が見えなくなるとハンドライトをポケットへしまい、手足を踏ん張って少しスピードを緩め始めた。

「俺がぶつかって落っこちましたじゃ話にならないしな……!」

 だが、カイルの危惧とは裏腹にだんだん坂の出口が見えてきた。ライトは照らしていないのに下が明るいなと思ったところで、フルーレの声が聞こえてきた。

「カイルさーん! みなさーん! 大丈夫ですから降りてきてくださいー!」

 問題なしと判断したカイルは、木箱とともに滑るように地面へと着地した。

「っと、罠が無くてよかっ……どわあああ!?」

「あ、す、すみません少尉!?」

「馬鹿野郎、んなところに突っ立てるからこうなるんだよ! そこはお前、フレーレちゃんと俺がくんずほぐれつになってやわらかいあれを……って、ああ、おもてぇなクソ!」

 カイルは後から来たドグルとダムネに体当たりされ下敷きになり、ドグルがぶちぶちと文句を言いながら上に乗っているダムネを押しのけて立ち上がっていると、ブロウエル、オートス、チカとビットの姉弟が降りてきて全員が揃う。

「ふむ……ここは先ほどとは違う地形だな」

「なんだか、空気が澄んでいませんか? 神聖な感じというか……」

 ブロウエルが周囲を見ながら口を開くと、フルーレが続いてそんなことを言う。カイルは木箱を担ぎなおしながら冗談半分で話す。

「俺は神なんて信じちゃいないけど、フルーレちゃんはそういうの信じるクチ? 女の子ってそういうの好きだもんな」

「……いえ、神様なんていませんよ。良く知っています」

「え?」

「あ、いえ、何でもありません! それよりどうします? 元の道へ戻りますか?」

 そこでオートスが顎に手を当てて思案した後、全員に告げる。

「このまま進むぞ。見ろ、ここ以外にも同じような穴がある。恐らく別の場所からもここに来ることができるということだ。ここが正解だと思わないか?」

「……まあ、これを登るのもしんどいしな。今回は隊長に賛成するぜ?」

 ドグルが言うと、ダムネも頷きカイルとフルーレ、ブロウエルも頷く。
 フルーレの言う通り神聖な雰囲気が漂うこの場所には魔獣の気配がなく、天井も高い。柱がいくつも立ち並び、その中でひとつだけ柱の間隔が広い道があった。

「でも隊長、とりあえず休憩の続きはしましょうや。装備のチェックをしておかないと、急に襲われて対処できないのは困りますし」

「そうだな。副隊長の言う通りだ。1時間、休憩をする」

「(……随分あっさり認めたな? 一気に突き進むぞとか言いそうだったんだけど)」

 カイルが冷静になったオートスを見て訝しむ。しかしとりあえず我儘を言わないのは助かるかと地べたに座り、ダガーの血と油を布で拭う。
 すると、ドグルが自分のカバンから小さめの木箱を取り出し何かを組み立て始める。それは――

「とりあえずホーネットは弾が心もとねぇからこいつを使うぜ。じゃーん! この前支給された新武器! ”EW-189 ウッドペッカー”ってんだ、こいつはいいぜ? ハンドガンみたいに一発ずつじゃなくて、トリガーを引いているだけで弾が出る。突撃銃、とかウチの隊長が説明を受けてたな」

「わ、かっこいいですね! そのバウムクーヘンみたいなのがマガジンですか?」

「バウム……くっく、流石フルーレちゃんだぜ! なあ、少尉!」

 マガジンの形状は確かに四つに切ったバウムクーヘンに似ているとドグルは笑う。カイルにも笑いかけて同意を得ようとするが、

「失敗作……だな……」

 と、カイルは冷ややかな目でウッドペッカーを見てぼそりと呟く。ドグルはぎょっとして、怒っていいものか複雑な気持ちでカイルに返す。

「なんだと? 今、失敗作っていったか少尉?」

「あ、いや、なんでもない!? 新作って言ったんだよ。重火器を扱う第二大隊ならそれも納得だな、うん。あ、ちょっと見せてくれ。俺は新しい道具を見るのは好きなんだ」

「そ、そうか? へへ、第二大隊に推薦してやろうか? 壊すなよ! ていうかだからお前変な道具をいっぱい持ってんのか……?」

 隊を褒められて先ほどの不機嫌さが飛び、カイルの肩をバンバン叩きながらウッドペッカーを渡す。カイルはそれをじっくり見て、ある場所でスッと手を動かした。

 「お? 何だ今の音?」

 「ああ、マガジンが外れた音です。でも、これは強力そうだ」

 「おいおい、あんまりいじんなって。ま、こいつの弾はまだある。任せときな! お前も」

 はっはっはと上機嫌でショットガンを組み立てたままカバンに突っ込み、銃を磨き始め、ダムネが苦笑していた。

「現金だよねドグル大尉は」

「訓練校時代からだろう」

「ふふ、同期なんですねやっぱり。あ、同期だけに一緒にここに来る動機がある……とか……」

 オートスがぶっきらぼうに答えるとフルーレが笑い、またぶつぶつと何かを呟いていたが皆スルーする。やがて休憩が終わり奥へと歩き出す一行。

 どこかへ誘うような通路へ足を運び、柱から魔獣が飛び掛かってくる可能性を警戒しながら進んでいると、ビットが声をあげる。

「しっかし広いなぁ……俺達、ここから出られるのかな姉ちゃん?」

「知らないわよ……。どうせ出てもいいことはないからここで死んだ方がマシかもしれないわよ?」

「そんなことは言わないでください。事情があるのでしょう? わたしたちも何とかしますから。ね?」

「ふん……」

 後方でそんなやりとりをしていると、今度はダムネがおっかなびっくりといった感じで口を開いていた。

「こ、これは……! し、神殿……?」

 少し進んだところで巨大な神殿のような建物を発見する一行。それぞれ興味深いといった表情で見上げていると、オートスが帽子の位置を直しながら口を開く。

「そのようだな。隠し穴に落ちたのは僥倖だったようだ、感謝するぞフルーレ少尉。報告ではしっかりアピールしておいてやる」

「え、あ、はあ……」

 デートを要求してきたり、感謝をしてきたりとコロコロ態度の変わるオートスに困惑しながら生返事を返す。オートスは親指を神殿の扉に差し、カイルへ調べるよう指示を出す。

「どうせ、何か鍵を開ける道具でも持っているのだろう?」

「あ、分かります? いやあ、隊長と仲良くなれた気がしますな。……さて、と」

 カイルは真面目な表情になり、扉を調べ始めた。

「……どうだ?」

 オートスが緊張した口調で作業中のカイルへ声をかけてくる。その瞬間、カチャリと神殿らしき建物の扉が開く音が聞こえた。それを見たドグルがヒューと口笛を拭いた後に口を開く。

「おいおい、少尉はトレージャーハンターか? そんな技術があったら兵士なんてやらなくて良さそうじゃねぇか」

「はは、まったくだ。俺もそう思うよ。さて、突入しますか隊長? ……って、隊長も新しい武器を支給されていたんですか?」

 カイルがドグルに肩を竦めて返しながらオートスを見るといつの間にかドグルとはまた違う銃を手にしていた。ハンドガンの”イーグル”よりも大きく、アサルトライフルの”ウッドペッカー”よりも小さい。それを見てフルーレが口に指を当てて言う。

「ドグル大尉のものに少し似ていますね? バウムクーヘンがちょっと小さいですけど……」

「だからバウムクーヘンじゃねぇって……マガジンだ……」
 
 ドグルが疲れたように呟くが、オートスは気にせず扉をギィっと開きながらフルーレを見ずに答えた。

「……”EW-284 レイディバグ”という名前で、サブマシンガンという武器だそうだ。来る前に一度試射したが、取り回しが良く連射ができた。この先が本命ならこれくらいは必要だろう?」
 
「そ、そうですね。あ、僕が前に出ますよ隊長」

「任せよう。俺の横にドグル大尉。後ろはカイル少尉とブロウエル大佐にお願いしたい。フルーレ少尉はしんがりを頼む」

「大佐がしんがりでいいんじゃないか? ……ですか?」

 カイルはバツが悪そうに言い直すが、珍しく口の利き方がというようなことは言わず、自身の考えを口にした。極めて、冷静に。

「ここまで何も出なかったのだ、背後から魔獣が来る可能性はかなり低いと見ていい。それよりも戦力を正面に集中した方が何かあった時に突破しやすいだろう。異論はあるか? それとお前のペットも横に連れておいてくれ」

「……いえ。シュナイダー、こっちへ来い」

「わふ」

 確かに、とカイルは後ろを一瞬振り返ってから返事をし、シュナイダーを足元に引き寄せた。オートスは無言で頷くとダムネに中へ入るよう合図をする。
 
 神殿内の天井は先ほどの場所とそれほど変わらずやや低い程度だった。しかしそれよりも一行が気になったのは、明かりが無くても見える内部と青白く光る壁だった。
 不思議な空間だと思いながらカイルが壁を見ていると、ブロウエルが目を細めて口を開く。

「……ひんやりしているな」

「大佐、寒いはずですよ。ここの壁、全部氷ですよ」

「氷!? これが……全部……!?」

 フルーレが驚くと、カイルが近くの壁を撫でて続ける。

「ああ。光っているのは苔の一種が光を出しているようだ。さて、どうやらゴールみたいだな」

「え? ああ……!」

 通路には何も出ず、カイル達は一際大きな部屋に出た。山の頂上まであるのではと思うほど天井は見えず、柱もないぽっかりと空洞のような場所……だと思っていたが、部屋の一番奥に祭壇のようなものが見えた。

「あれはなんでしょう……? 祭壇にしてはここは何もなさすぎます……」

「お、見ろ、台座の上に何かあるぞ?」

「あ、あれが『遺跡』にあると言われている『遺物』……?」

 ドグルとダムネの声色が明るいものになっていた。
 これで面倒で危険な『遺跡』調査は終わりなのだからとふたりは肩をたたき合っていた。そこでオートスがひとり、台座へと近づいていく。

「隊長、ひとりじゃ危ないですよ? ドグル大尉、ダムネ中尉、それと大佐。俺達も――」

 と、カイルが口を開いたところでオートスが目線だけカイルの方へ向けると、パチンと指を鳴らす。直後、最後尾を歩いていたフルーレの悲鳴が聞こえ、全員がそちらへと振り向く。

 するとそこには――

「……動かないで。少しでも動いたらこの女の頭は吹き飛ぶわ……」

「兄ちゃんたち、武器を捨ててくれないかな?」

「あ、あなた達……どうして手錠が外れているの……!?」

「喋らないで」

 チカとビットが拘束から逃れ、チカがフルーレの側頭部に銃を押し当てていた。直後、ビットがフルーレの剣を遠くに蹴り飛ばし、銃をホルスターから抜く。
 その様子を見ながら、カイルはチカの持っている銃を見て目を細めていた。

「その銃……隊長のものだな? 隊長もウィスティリア国のスパイだったってわけか? みんな武器を地面に置こう。フルーレちゃんを見殺しにするわけにはいかない」

「カイル少尉の言う通りだ。今は奴に話を聞くべきだろう」

 ブロウエルはあっさりとマチェットを捨ててそう言い放つ。余裕があるその言葉にドグルが舌打ちをしながら――

「おいおい、大佐が見ている前で手柄の横取りとは恐れ入るなあオートス! てめぇどういうつもりだ、ああ!? うお!?」

 ウッドペッカーをオートスに向けて発砲しようとしたが、その前にチュイン! という音がしてドグルの右手から鮮血がほとばしる。そしてカラカラと乾いた音を立ててウッドペッカーが床に転がっていく。

「いってぇ……指は……繋がってるか……!」

 脂汗を流して蹲るドグル。そしてオートスはサブマシンガン、レイディバグの銃口をこちらに向けながらしゃべり始める。

「……武器を捨てろ。……そうだ、それでいい。後は俺の……俺達の邪魔をしないでくれればそれでいい。もっとも、下手な動きを見せれば最初に死ぬのはフルーレ少尉だが」

「オ、オートス! 一体どういうことなんだい! 僕達は同期、スパイなんかじゃないよね!?」

「ダムネ、味方を騙すには年を経ることも必要なのだ。これは……!」

 オートスは台座の上にあった置物を見ると感嘆の声をあげた。それを手にしようとしたところでカイルが叫ぶ。

「オートス! むやみに触るな! 『遺物』は慎重に調査しなければとんでもない目に合う。だからそいつに触るんじゃない。それより、なぜここで行動を起こした? 調査して持って出れば持ち去るチャンスはいくらでも……」

 カイルはどうにか巻き返せないか思案する時間を稼ぐため、オートスに質問を投げかけた。しかし、彼は聞く耳を持たんといった様子で台座の上にあった置物を持ち上げた。

「それを副隊長に言う必要はない。……やったぞ、これで『遺物』を持ちかえれば俺達はじ――」

 ゴゴゴゴゴゴ……

「な、なんだ!?」

 オートスが置物を持ち上げた瞬間、地面が大きく揺れ始める。直後、台座が真っ二つに割れ、オートスはその場に尻もちをついた。そして割れた台座の下から何かがせりあがってきたのだ。

「ガラスの……棺……?」

 オートスが呟くと、チャリィィィンという音ともに置物が粉々に砕け散る。

「あ、ああ!? 『遺物』が……!?」

「……!? 隊長、そこから離れろ!」

 砕けた破片を集めている必死で集めるオートスの近くに、ふっと巨大な魔法陣のようなものが現れカイルは叫ぶ。
 その瞬間、魔法陣から光の柱が放たれる。

 そこに現れたのは――

「な、なんだ……ありゃあ……!?」

「羽のあるトカゲです……!?」

 驚くドグルとフルーレに、カイルが冷や汗をかきながら片目を細めて呟いた。

「あれは……ドラゴンだ……クラスは伝説級(レジェンド)……最古に存在したと言われる、最悪のバケモンだ……!」
 ――伝説級(レジェンド)

 敵対存在として最高クラスの強さを誇り、その姿はこの世界に存在するどの生き物とも違うものが多い。
 人型をしているもの確認されているが、一般的に伝説級と呼ばれる個体は”魔物”と呼ばれ、『遺跡』や『遺物』と共に出自が謎とされている恐るべき存在。
 古くは一つ目の巨人や角の生えた鬼。豚や馬の頭をした人間や液体に意思のあるスライムなどが目撃されているらしい。
 天上人や地底人が作った生物兵器ではないかと言われているが、言葉を介さぬ彼らには、武器を持って倒す以外、互いを認識する術がない。

 ――その話にも出てくる全長十メートルをゆうに越える伝説級(ドラゴン)。それがカイル達の目の前に立ちはだかった。

「こいつはこの人数で戦うレベルの相手じゃない……撤退するぞ!」

「そうだな。幸い、間者は割れた。今回はここまでにしよう。捕虜の子供たちよ、お前らとて死にたくはあるまい。撤退に協力する方が賢明だぞ?」

「う、うるさい、動くな! 間者が割れたってど、どういうこと……!?」
 
「きゃ……」

 ブロウエルの冷静な言葉に、チカがフルーレを盾にしながら問う。しかしその様子に微塵も動揺を見せず、ブロウエルはドラゴンを見据えて口を開く。

「カイル少尉とフルーレ少尉の二人を除いた同期の三人に疑いがかかっていた。それを炙り出すための部隊編成だということだな。そしてオートスが尻尾を出した。それだけの話。オートスから手錠のカギと銃を、ここへ降りるときに受け取ったのだろう?」

「そ、そんな理由で危険な『遺跡』に抜擢されたんですか!?」

「なるほどね。なら、俺とフルーレちゃんの枠は誰でも良かったってことか?」

「……」

 カイルの言葉にブロウエルは返事をしなかった。そこまで黙って立っていたドラゴンが咆哮を上げる!

『グォォォォォォ……!』

「ぐ……なんてぇ声だ……いてて……」

「ドグル大尉! チカちゃん、治療をさせてください!」

「で、でも……あ!?」

 チカがドラゴンが足元で転がっているオートスの方をチラリと見ると、ちょうど彼にカパリと口を開いたところだった。頭を振っていたオートスがそれに気づき叫ぶ。

「う、うわあああああ!?」

「「兄ちゃん!!」

「間に合うか……!? オートス!」

 カイルがどこからかワイヤーの先についた銛のようなものを射出した。それがドラゴンの下あごにヒットする。刺さりはしなかったがドラゴンがオートスに噛みつくのを止めるのを確認すると、
 
「ワイヤーに掴まれ!」

「わ、わかった!」

 オートスがワイヤーを掴んだ瞬間、力いっぱい引き寄せ始める。
 ちょうどドラゴンが噛みつこうとしていたがオートスがその場から消えたので、間一髪カイルに救われた形になった。

「す、すげえ……」
「よそ見をすると死ぬぞ」
「え? ……きゃあ!?」
「う、うわっ!?」

 オートス救出と同時にブロウエルが動き、呆然としているチカとビットの銃を叩き落としてフルーレを救出。フルーレは即座にドグルの回復をするため駆け出した。

「くっ、悪いなフルーレちゃん。少尉、……なんでこいつを助けた……こいつを囮にして逃げても良かったじゃねぇか!」

「おしゃべりしている暇はなさそうだぜ、大尉! 逃げるぞ!」

 カイルがビットを抱え、合図をすると一斉に出口へ向かって走りだした。隣の部屋は天井が低いため、最悪この部屋から出ればドラゴンは追うことができないだろうとの算段だった。

 だが――

「ギィェェェッェ!」

「マジか!?」

 ドラゴンはばさりと羽を広げて舞い上がり、カイル達の頭上を越えて出口に立ちはだかったのだ。高い天井はドラゴンの為にあえてそうしているのかとカイルは舌打ちをする。

「チッ、伝説通り賢いってか? 面倒なこって」

 カイルが悪態をつくと、ドグルがウッドペッカーとイーグルを手に前へ出る。

「こうなったら戦うしかねぇ! たかがでかいトカゲだろ、こいつをくれてやるぜ!」

『グォォォォォ……!』

「よし、効いてるぞ! おら、お前らもやるんだよ!」

「ドグル大尉、無理だ! 今、銃は俺とお前しかもっていない!」

 カイルの言う通り、サブマシンガンのレイディバグはオートスが取り落とし、フルーレとオートスのハンドガンはチカとビットがそれぞれブロウエルに弾き飛ばされ転がっている。

「フルーレちゃん、俺のハンドガンを使え! チカとオートスは銃を拾いに戻るんだ!」

「後ろから撃たれるぞ! 俺のホーネットは大佐が使ってくれ!」

「承知した。む……!」

 弾丸はドラゴンの皮膚に食い込み、細かな傷を残して血をわずかに出させる。しかし、硬い鱗を貫通するほどの威力は無く、高さもあるため接近が必要だった。
 ブロウエルがショットガンであるホーネットを構え、オートス達が走るため踵を返したところでドラゴンの口がぱっくりと開き――

『ゴアォオォォォ!』

 口から炎を吐き出した。誰にも直撃はしなかったが周囲が一気に燃え盛る。

「きゃあああ!?」

「わおおん!?」

「くそ……。弾丸が全然効いていないのかよ!? こうなったら――」

「ぬうううう!?」

「おわあああ!?」

「きゃいぃん!?」

 カイルが最後まで言い終えることなく、ドラゴンの尻尾で全員が吹き飛ばされた。自動車がぶつかったであろう程の威力がカイル達を襲い、床に倒れこむ一行。

「う、ぐう……」

「か、体がバラバラになったかと思った、ぜ……」

「だ、大丈夫かいみんな! お、大楯がひしゃげてる……くそ、フルーレちゃん! みんなをお願い!」

「ダ、ダムネさん……ダメ、です……」

 全身鎧を着ていたダムネだけはすぐに立ち上がり、槍をもってドラゴンに突撃する。時間稼ぎのつもりだが、ドラゴンは獲物が自ら飛び込んできたと舌なめずりをする。

「わああああああ!」

 槍を突き立てるが、ドラゴン相手にはこの槍では文字通り歯が立たなかった。直後、ドラゴンが右手の爪をダムネに叩きつける。

「がああああ……!?」

「ち、くしょ……このまま全滅、かよ……食らいやがれ!」

 手をダムネに押し付けて踏みつぶそうとするのを見てドグルが寝転がったままウッドペッカーを連射する。しかし、弾を補充していないアサルトライフルはすぐに、カキンカキンと乾いた金属音を鳴らしていた。

「こ、この化け物……!」

「よせ、チカ!」

 そこへ銃を拾いなおしたチカがドラゴンへ銃口を向けて叫ぶ。オートスが慌てて止めようとするが弾が発射され、変わらず鱗に弾かれた。

『グォォォォォン!』

「きゃあ……!?」


 ダムネにとどめを刺そうとしたドラゴンが邪魔をされたと咆哮を上げ、チカに頭をぐるりと向ける。そして再び口を大きく開けた。

「チ、チカちゃん……!」

 起き上がろうとするフルーレ。だが、ドラゴンの喉にチラチラと赤い炎が見え、この距離では間に合わないと、目をつぶる。

「姉ちゃん!?」

 ビットが悲痛な叫び声をあげ、もう駄目だと思ったその時――


「シュナイダー!」

「ガォォォォォォン!!!!」

『グギュ!?』

 炎を吐く寸前で、シュナイダーがドラゴンの身体を駆け上がり、下から突き上げるように体当たりを仕掛けた。衝撃で上顎と下顎がガチンと噛み合い、発射しようとした炎が口の中で爆発した。

「そのままダムネを回収して戻ってこい! フルーレちゃん、こいつを飲め。痛みが治まる」

「ワォォォォォン!」

「う、ぐ……あ、ありがとうございます……これって即効性の鎮痛薬!? こんなものまで持っていたんですか!?」

 フルーレが片膝で立ち上がるのを見て、カイルは微笑んでから言う。

「備えあればって言うだろ? 悪いけど、フルーレちゃんはみんなに回復術を頼む」

「カイルさんはどうするんですか……?」

「あいつを何とかする。それしか方法はなさそうだ」

 そう言って、カイルはいつの間にか鎖が外れていた長方形の木箱の蓋を開けた。

「もう少し耐えてくれよシュナイダー……!」
 
 カイルは鎖の解けた箱を開けながらシュナイダーとドラゴンの戦いから目を離さない。幸い火を吐く邪魔をしたシュナイダーに怒りを向けたことにより、カイル達は思うように行動ができていた。
 賢くて逆に助かったと思いながらカイルは、箱の中にあったモノを組み立てる。

「もう少し耐えろよシュナイダー! 三番と四番を解放っと。人間相手じゃないから全力で行くぜ……!」

 ガシャン、と両手で抱えてでしか持つことができないであろう火器を持ち、トリガーを引くカイル。
 直後、銃口からシュルルル……という白煙を巻き上げ、弾丸がドラゴンへ向かっていく。狙いは胴体。
 そしてシュナイダーに気を取られていたドラゴンに回避できるはずもなく、弾丸は吸い込まれるように着弾する。
 
『ギャェェェェェ!?』

「アオオオオオン!」

 着弾した瞬間、弾丸を中心に大爆発を起こし燃え広がる。ギリギリまで引き付けていたシュナイダーにも燃え移るが、ゴロゴロと転がり火を消すと再びドラゴンへと飛び掛かる。

「一発じゃ無理か食らえ!」

『グォォォォ……!』

 さらに弾丸を発射するカイル。
 その攻撃がどこからくるのかとドラゴンが視線を動かしカイルを捕捉する。するとドラゴンは天井ギリギリまで浮かぶ。シュナイダーの攻撃と、弾丸を避けるため空中の方が良いと考えたのだ。

「チッ、面倒くさい奴だぜ!」

 そんなカイルを横目に、フルーレは近くに居たドグルの回復を行っていた。カイルの撃つ銃にふたりはゴクリと喉を鳴らす。

「な、なんだありゃ……? あんな火器、みたことねぇぞ……。俺達があれだけ撃って少ししか傷つかなかったドラゴンの鱗と皮があっさり……」
 
「それにあの武器、帝国の刻印もありませんよアレ。カイルさん、何者なんですか……?」

 フルーレが呟くと、カイルがこちらをチラリと見ながら弾丸を撃つ。ドラゴンはひらりと回避し、カイルを爪で引き裂こうと急降下してくる。

「チッ、シュナイダー!」

「ガルゥゥッゥ!」

 シュナイダーのジャンプが届く範囲に入った瞬間、ドラゴンに体当たりでぶつかり邪魔をする。またこいつか、とドラゴンは怒り、前足でシュナイダーを殴り飛ばす。

「ギャン!? ……グルゥゥゥ……!」

「シューちゃん!」

「気にするな、あれくらいじゃあいつは死なない! 回復できたかドグル大尉? こいつを頼む! 一番と二番も解放する!」

 カイルは長い箱から取り出した『一』と『二』と書かれた木箱を二人の前に蹴り飛ばし、それぞれパキンという音ともに蓋が勝手に開く。

 その中には――

「こいつはアサルトライフル!? でもこんな型しらねぇぞ……色も真っ赤だし……」

「こっちもさっぱり……知ってますか?」

「いや……新作、か? そういや、セボック技術開発局長からなんか預かってたな……」

 ドグルの手には本体が深紅、装丁が黒という異質なアサルトライフルを手にし、フルーレも同じ色をしたハンドガンのような銃を持ち、六発の弾倉がむき出しになっている銃を見て呟く。

「フルーレちゃんはダムネ中尉の治療に向かってくれ! ドグル大尉はシュナイダーとこいつを足止めだ。できれば倒してくれ」

「おめぇはどうすんだよ!」

「残りを開放する。頼む!」

 そう言って近づいてきたカイルは先ほどまで使っていた火器をドグルへ渡す。

「うわっと!? こいつも使えってか!?」

「あんたなら片手で撃てるだろ? ダムネ中尉なら……六番でいくか……大佐!」

「もう来ている。もらっていくぞ。ふん、用意周到なことだ」

「できれば使わないでおきたかったですがね。セボックに演技をしてもらってまで頼んでいた甲斐がありました。シュナイダーは予想外でしたけど。……フルーレちゃん早く!」

 やはり箱に入っていた剣を拾いドラゴンへと向かっていくブロウエル。これでしばらくは持つかとカイルはフルーレに声をかけた。

「あ、は、はい!」

 ダムネへと駆け出すフルーレにドラゴンが気づき、獲物を取られまいと今度はフルーレに標的を合わせる。しかし、そこでドグルが両手に持ったアサルトライフルと火器放つ。

「トカゲ野郎! こっち向けってんだよ!」

 左手の火器から飛ぶ弾丸の反動に体を揺らしつつ、右手のアサルトライフルを乱射するドグル。

「(おいおい、ほとんどブレねぇぞこれ!? マジでなんなんだあいつは!?)」

 アサルトライフルのような連射タイプの銃は反動で上下にブレるもので、ドグルが新作だと渡された”ウッドペッカー”でも反動はかなりあった。
 だが、この銃はブレも音も最小限で、持っている手も撃っている感覚が少なく、使いやすさと同時に気持ち悪さも感じていた。

『グギャァァ!?』

「っしゃ! さっきのお返しだぜ!」

 舞い上がろうとしたドラゴンの羽を綺麗に撃ちぬきドグルは歓喜する。羽と共に燃え上がるドラゴンにやったかと思ったが、ドラゴンはドグルへ首を向けて火球を吐き出してきた。

「うおお!? こいつ吐く火の強弱をつけられんのか!?」

「油断するな。こいつが伝説級(レジェンド)だということを忘れるな? ……来るぞ!」

「チッ、大佐いいんですかい!?」

「構わん。私は銃が苦手でな。切り刻むことしかできんロートルだよ」

 そう言って落ちてきてバランスを崩したドラゴンの眉間を切り裂くブロウエル。

「よくあんなに近づけるな……なら、大佐殿の援護で畳みかけるとすっか!」


 ◆ ◇ ◆


「少尉、お前は一体……」

「ちっと黙っててくれ、こいつは単純だがちゃんと組まないと暴発するんでな」

「すげ……なにこれ……」

 ビットが長い銃身を見て息をのむ。
 おおよそ人間を撃つためのものじゃない銃だとカイルに近づいてきたオートスとチカが胸中で呟く。
 そこでしゃべるなと言われたが、オートスは作業中のカイルへ口を開く。

「か、勝手なことだとはわかっている、だが、俺はこいつらを死なせたくない……俺にもなにか武器はないか!」

「……」

「う、後ろから撃つような真似はしないと誓う! 頼む!」

 カイルは無言でカチャカチャと重火器を組み立てる。オートスはダメかと項垂れるが、カイルは最後のパーツをカチャリとはめ込んだ後、口を開く。

「隊長さん、どうしてこいつらを巻き込んだ? さっき『兄ちゃん』とふたりが叫んだのは聞いている。理由を聞かせてくれるかい?」

「……っ」

 オートスは顔を引きつらせて口を噤むが、チカがオートスの肩をゆすり首を振る。オートスはそこで息を吐き、口を開けた。

「……少尉の言う通り、こいつらは俺の妹と弟だ。村でこいつらの両親が捕まっているとお前は推測したが、それもフェイク。本物の俺達の両親はウィスティリア国の現政権の人間に捕らえられている」

「どうしてまた」

「恥ずかしい話だ……両親は商人でな、交易で隣の友好国へ行くのだ。俺が帝国兵になったことを仲間に話したんだろう、向こうで拉致され――」

 オートスはそこで言葉を切る。

「なるほどな。恐らく帝国に関する何か情報を手に入れろってところか? もしくはクーデター派の連中を黙らせる武器でも流せ、とかだな」

「……ああ。だから今回の『遺跡』で『遺物』があれば助けられると、思ったのだ……」

「それを上層部は見越してたってわけか。もう武器もいくつか流したんだろ? マークされてたんだ、恐らくな。これで両親はもう助からない、そういうことか」

「……」

 オートスは俯いて黙り込むと、フルーレとダムネがこちらへ来るのが見えた。カイルは『六』と書かれた箱を開けて、オートスに手渡す。やはり深紅の色をした……スナイパーライフルだった。

「下手なことをしたら撃たれる。お前がじゃなく、このふたりが、だ。いいな?」

「……! わ、わかった……感謝する」

 オートスが銃の仕様を確認する中、

「(さて……手持ちはこれで全部出し切った。ドラゴンにもダメージはある。だが、これで倒せるといいけどな……)」

 恐ろしい重火器をすべて出し終えたカイルは目を細め、ボロボロになりつつあるドラゴンを見ながら胸中で呟く。相手は伝説級(レジェンド)このまま終わるとは思えないと――
「ダムネ中尉、狙いはあまり気にしなくていい。でかい胴体にぶちかましてやれ」

 傷が癒えたダムネへ組み立てた武器を渡すカイル。大楯がひしゃげて使い物にならなくなったので丁度いいと使い方を説明する。

「わ、わかりました……わああ!」

 使い方を教えた直後にダムネがトリガーを引いた。
 瞬間、重苦しい音と共に長身の重火器から弾丸が発射された。この重火器は砲身が長いため、途中に二本脚のようなものがついており、固定して発射するタイプのものだった。

『グルォォォォン!?』
 
 ドラゴンが気づいた時にはすでに遅く、シュナイダーが弾丸の軌道を見せないよう立ちまわっていたため回避が間に合わなかった。

 弾丸がドラゴンの腹に命中すると貫通はせず、鈍い音が周囲に響く。

『ゲボォァァァ!?』

「ええ!?」

 着弾すると同時にドラゴンが大量の血を吐き出し、ズウンと大きな音を立てて落ちてくると前のめりになってのたうち回る。
 フルーレが驚愕の声を上げると、カイルはハンドガンを持ってドラゴンへ向かう。

 「あの弾はダムダム弾と言って着弾と同時にその場でひしゃげるように工夫してある。そうすることで内臓にダメージを与えられるんだ。隊長、頭が下がったから狙いを頼む」

「……承知した!」
 
 オートスがスナイパーライフルをドラゴンの眉間に向かって撃ち方を始め、カイルがリュックを背負い突撃を開始する。
 ドン! と、ダムネの撃つ重火器が追撃を行いドラゴンの脇を掠めていく。そこへブロウエルの剣が爪に一閃し、ひびが入る。

 「うぉらあああああ!」

 そしてドグルのアサルトライフルが羽や腕にヒットし、このまま倒せるのではないかと一同が思ったところで状況が一変する。

『ウグゥゥゥ……グォォォォ!』

「きゃああ!?」

「ガルウウウ……!」

「なんだ!? 魔法……陣……!?」

 ドラゴンが苦しみながら指先をくるりと回すと、空中にいくつもの魔法陣が出現し、そこからずるりと這い出るように――

「小さいドラゴンが出てきた!?」

「「「「キィィィ!」」」

「数が多い……! ドグル大尉はミニドラゴンの対応に当たってくれ! うおわ!?」

「くそ、本命が死にかけだってのに……!! お、ナイスだオートス!! って、あちぃ!? 野郎……!」

 三十体ほど現れたミニドラゴンが一斉に飛び回り、カイルやドグルへ炎を浴びせかけてくる。オートスがミニドラゴンに噛まれながらも撃つと、弾はドラゴン本体の左目を撃ちぬく。

 ドラゴンは悲鳴をあげ、ボロボロの羽を駆使して後ろへ下がるが、

「くっ……こ、これじゃ火器が撃てない……! やあ!」

『グギャ……!?』

 フルーレのハンドガンから放たれた弾丸により片方の羽が吹き飛んだ。

「い、一発で羽が吹き飛びました……!? でもこれなら……チカちゃん、ビット君、離れないでくださいね! 弾は十一発……」

「キィィ……!」

「くそ、ドラゴンが逃げるなってんだ!」

 ドグルがアサルトライフルでミニドラゴンを蹴散らしながら悪態をつく。それでも爪や牙、炎による攻撃でかなり消耗していた。

「私が前に出る。援護を頼むぞ」

「フルーレ少尉、こっちへ!」

「ダムネさん!」

 ダムネとフルーレはチカとビットの護衛に回ったため、重火器の使用ができなくなり手数が減る。ブロウエル、シュナイダー、そしてオートスとカイルがドラゴンのトドメを刺すため攻撃に走る。

「くそ、こんな手を使ってくるとはな! 落ちろ!」

「カイル、奴は右目が見えない。死角から回り込むぞ」

「了解!」

「ワォォォォォン!」

 オートスが潰した右目の方へ移動する二人と一匹。胴体に赤黒いシミのようなものがあり、内臓をずたずたにされているであろうことを予想させる。
 これなら胴体を集中攻撃して打ち破れば絶命させられる。そう思っていた矢先――

「はあああああ!」

「これで十分だろ!」

 懐に飛び込むカイルとブロウエル。だが、ドラゴンはその瞬間羽を大きく広げ、跳躍した!

「まだ飛べるのかよ!? 頼むシュナイダー!」

「なんと……! 空では手が出せん!」

『ガオオオオン!』

 叩き落とそうと、カイルがハンドガンを撃ちながらシュナイダーをけしかける。その様子に、ドラゴンがにやりと笑った気がした。

「ガウ!?」

『グルオオオオオ!』

「ギャン……!?」

「シュナイダー!」

 飛び掛かったシュナイダーの胴体を足で鷲掴みにし、一気に握りつぶした。全身から血を噴出させるの見てドラゴンは満足気にシュナイダーを捨て、高くホバリングをする。
 踏ん張りが利かないのか徐々に高度が下がってくるがドラゴンは大きく息を吸い、そして巨大な火球を吐き出した。

「フルーレちゃん! みんな伏せろ!」

「え? あ!?」

「カイル頭を下げんか!」

「うおおおおお!?」

「きゃあああああ!」

「ぐあ……!?」

 狙いはフルーレ含むミニドラゴンを相手にしていた者達。火球は前に出ていたカイルとブロウエル以外の全員を巻き込めるように放ち、狙い通り爆散した。

「あいつ、俺達を引き付けるために逃げていたのか……! ミニドラゴンごとやるとはえげつないぜ……おい、シュナイダーしっかりしろ!」

「くぅーん……」

「私が空へ攻撃できないことを見越しての行動か……伝説級、やはり一筋縄ではいかんのか」

 カイル達が火球でできたクレーターを見て冷や汗をかいていると、ドラゴンはフルーレを目にしながら舌なめずりをした。

「……! 食うつもりか! ……シュナイダー、どうする? このまま死ぬか?」

「ウ……ガウ……」

「……死んだ方が楽になるぞ? 魔獣のお前はいつか処分されるかもしれない」

「ガウ……!」

「……そうか。なら、あの時と同じ(・・・・・・)ように手を貸してくれ。切り札を使うぞ」

 カイルはリュックから酒場の金庫から持ってきたアタッシュケースを取り出し、錠を外す。
 開けるとそこには深紅の色をした石が入っていた。それに加えてダガーより長く、剣よりも短い一振りの刃。そして漆黒と呼んで差し支えない真っ黒な銃が一丁、入っていた。

 カイルは石をシュナイダーの口へ入れ、静かに言う。

「食え、シュナイダー。そして、俺と共に戦え」

「ガウ……」

「最初からこうしていれば良かったんだな。……温存しようとした自分に腹が立つ。……だから俺は甘いと言われるんだ!」

 刃を左手で逆手に持ち、右手にある銃の安全装置を解除し、カイルは飛び出していった。