「また行き止まりか。おい」

「はいはい、目印つけておきますよっと」

 『遺跡』へ侵入してからすでに半日が経過していた。
 地下二階までは順調に進んでいたものの、地下三階から急に分岐路が増え、今のように行き止まりに当たる回数が増えていたのだ。

「……もう陽が暮れる時間だ。隊長、そろそろ戻りますか?」

「いや、食料はあるからこのまま野営だ。ダムネとドグルは寝床の準備、フルーレ少尉は火を熾してくれ。副隊長は周辺の調査と先ほどの魔獣除けを設置だ。ブロウエル大佐はこの場で警戒を」

「承知した」

「了解しました! カイルさん、頑張ってくださいね!」

「サンキュー、フルーレちゃん。シュナイダーの背中にある木箱を降ろしてやってくれ」

「わん!」

 わかりましたと元気な声を聴きながらカイルは来た道をいったん戻る。この通路に入る前に曲がったT字路に”タチイラーズ”を設置すればいいかと思ったからである。しかしその時だ。

「ま、こうなるよな」

「シャァァァァ……!!」
「ギチィィィ」

 T字路に差し掛かったところで、カイルは足を止めひとり呟くと蛇型の魔獣二体とネズミ型の魔獣三体に囲まれた。カイルは頬を掻きながら腰のダガーに手を添え、腰を低くして迎撃態勢を取る。

「魔獣になると賢くなるのはどの生き物も同じか。そら!」

 二メートル前後の長さをしたカイルの胴体くらい太い蛇が飛び掛かってくる。だが、カイルはそれを半身で回避し、すれ違いざまに左手のダガーで大蛇の頭を真っ二つにする。

「シャァ!」
「人間は近づかなくてもお前達を倒せるんだよ」

 やられた大蛇とは別方向に回り込んでいたもう一匹は、右手の”イーグル”で頭と胴体を撃ち抜かれて動かなくなる。

「次……!」

 先に襲い掛かった大蛇を見ても恐れず、三匹のネズミ型の魔獣がカイルを逃がさないよう回っていた。狙いを定めさせないように動いているなと、カイルは賢さに感心するが、所詮は低級の魔獣なので対処は難しくなかった。

「くっく……。ネズ公、これならどうだ?」

 カイルはポケットから白い紙のようなものを取り出し床に投げつけた。ネズミたちはそれを回避するがカイルが無防備でいることに気づき一斉に走ってくる。だが、カイルへ飛び掛かることはできなかった。

「ヂュヂュウ!?」

「特殊な粘着シートだ、動けないだろ? ……じゃあな」

 パンパンパン! と、乾いた発砲音が鳴り響き、ネズミ型魔獣はやがて動かなくなる。筒を設置したカイルは戻りながら周囲を確認していた。

「……随分警戒が強い『遺跡』だ。確かに侵入者を阻むもんだけど、ここは『絶対に奥へと行ってほしくない』ってのがひしひと伝わってくるな。あまり長居できないか? 流石に脅威級の魔獣はいないと思うが、なんかまずい気がする」

 ダガーの血を払いケースへ戻しながら一人呟くカイル。銃は手に持ったまままた部隊の下へ戻ると、食事の用意が始まっていた。もちろん衛生兵のフルーレが担当しているのだが――

「さ、できましたよ皆さん! って言ってもレーションですけど……」

「くっく、そりゃ生の食材を持ってくるわけにゃいかないしな! てか料理上手いのかよ?」

「じ、自信はありますよ! お家ではよく作っていましたし」

「それはいつか食べてみたいねえ」

「それはここから帰れたら、だな。生きて戻っても、なんの成果も挙げられなかったらそれは恥だ」

 和やかだった雰囲気がオートスの一言で一気にしらけ、ドグルは口を尖らせて壁に背を預けてレーションを口にする。

「お前、ちょっと気負いすぎじゃねぇか? まずは死なないことが前提だろうが。今回はダメでも、一回戻ってまた準備すりゃいいだけだろ?」

「そうはいかない。期限はある。……そうですよね、大佐?」

 黙ってレーションを口にしていたブロウエルが手を止め、オートスに目を向けて口を開く。鋭い目が刺さり、一瞬怯む。

「……知っていたか。どこで情報を手に入れたか分からんがその通りだ。だが心配するな、期限は一か月ある。全滅をしなければ何らかの成果はあるだろう。全滅をしなければな。私の知る限り、仲間割れが失敗原因になりやすい。それと、独断先行や私欲などもあるな」

「わふ」

 そう言ってシュナイダーの頭を撫でながらまた、レーションを口にするブロウエル。オートスやドグルにその傾向があるぞと暗に締め上げをした形だ。
 流石に今の空気だと大佐も苦言を言うかと安堵し、食事の続きに戻る。ふとフルーレを見ると、難しい顔でブロウエルの顔をみつめていた。

「(犬好き……意外……)」
 
「フルーレちゃん? 大佐に怒られそうなこと考えてない?」

「ふえ!? いいいいいえそんなことは! さ、見張りの順番とか決めましょう!」

「くっく、取り乱しすぎだぜフルーレちゃんよう」

 慌てて取り繕うフルーレにオートス以外の全員が苦笑しながら各自食事を終える。タチイラーズの効果があったためか、魔獣に襲われるということもなく翌日を迎えることができた。

 そうして地下三階を探索するが――

「……これで全部の通路を探索したか副隊長」

「ですねえ。どっかに見落としがあったかな……?」

「て、手分けして探しますか?」

 ダムネが槍を肩に担いで提案するが、カイルは首を振って答える。

「今は低級の魔獣しかいないけど、どこで上級みたいな強力な魔獣と出くわすか分からない。だからそれはダメだ。それにダムネ中尉は盾だから尚のこと単独探索はさせられない」

「そ、そうですね……」

「なら地道にやるしかねぇ……な!」

「きゃあ!?」

 天井に張り付いていた蜘蛛型の魔獣、もとい魔虫がドグルの撃った弾丸で爆散し残骸が落ちてくる。オートスは仕方なくといった感じでカイルの提案を飲みキャンプを片付け移動を開始する。

「行き止まりを徹底的に調べましょう!」

 フルーレの言葉で一行は壁という壁を調べつくすことになった。
 タチイラーズのおかげで魔獣とはほとんど遭遇しないが、緊張と行軍で体力と気力を消耗する中で好転の兆しが見えた。

「ここが怪しいですな」
「……確かに少し色が違うな」

 カイルがほんの僅かに色の違う石を通路の壁で見つける。それを押し込むと壁が奥へずれる。そしてその先で階段を発見することができた。

「ひゅー」

「す、すごいですね!」

「”ナイトスコープ”で魔力の流れを見ながちょっとな。そこで一か所、壁から魔力が漏れているような場所があった。そこを見ると石の色が違うのが分かったから後はちょちょいとね」

「へー。あなたのご主人様、凄いわね」

「わん!」

「よくやった。これはきちんと報告してやるからな? さ、急ぐぞ」

「了解。ダムネ中尉、先頭を頼むよ」

「は、はい!」

 そして到着する地下四階――