――カイル達は『遺跡』に足を踏み入れ、奥へと進む。
ブーツや具足の足音が『遺跡』内に響き、それ以外の音は一切ないため不気味さを際立たせる。
「……ふう」
「落ち着いて行けよ、ダムネ」
「う、うん」
ダムネを先頭にし、その斜め後ろの左右にオートスとドグル。中心にフルーレが立ち、最後尾にブロウエルと並んでカイルがついて行く形だ。最後尾を選んだのはカイルだが、恐れをなしたわけではない。
よく先頭が危険だと思われがちだが、こういう『敵』が潜む場所はむしろ最後尾が一番危ない。
前方なら視認しやすいが、後方はよほど気を使わない限り奇襲を受けやすいからである。
そんな一番後ろを歩くカイルがナイトゴーグルをつけて周辺を探索していると、ブロウエルから声がかかった。
「……どうだ、何かありそうか?」
「いんや、まだ分かりませんって大佐。隊長―、天井も高くないし、外の兵士が言うように地下に何かあるのが濃厚です。階段を探すのを優先しましょう」
「わかった。……って、お前は何をしているんだ?」
「いえいえ、ちょっと壁のサンプルをね……ふうん、大理石と、こっちは水晶か……ほかの『遺跡』とは材質が違うな……重要なものがある? でも――」
カイルはぶつぶつと小型のドリルで壁を削りながら進み、遅れ始めていた。オートス達は立ち止まり、カイルが追いつくのを待つ。
「カイルさん、こういうの好きなんですか?」
「よくぞ聞いてくれました! いや、こういう未知の場所ってわくわくしない? ロマンがあるっていうか感じがさ。男ならわかるでしょ?」
ねえ? と同意を求めるが、ドグルに返される。
「くっく、飯のタネにならなきゃこんなところにはこねぇって。ここを攻略すりゃ、給料とは別に報酬がもらえるだろ? それにオートス……隊長が狙っている通り昇進も近くなるからなあ」
「は、はは。危険な場所だから僕は遠慮したいですけど……任務ですからね」
「なんだい、夢がないなあ。隊長も?」
「無論だ。金は別段気にしないが、昇進はありがたいからな」
そう言い放つ男性陣に口をとがらせ、カイルは頭を掻く。そこへフルーレがフォローを入れてくれた。
「うふふ。重要な任務というのはありますけど、もしかしたらお宝があるかもしれないんですよね? 回収されたらわたし達は見れなくなりますから、最初に見られるのは自慢できるかもしれません」
「お、いいね。そうそう、未知の道具ってのもいいよなあ」
カイルが腕組みをしてうんうんと頷くと、
「……私もこの張り詰めたような『遺跡』の空気は好ましいと思うぞ」
ブロウエルからそんな言葉が出てきた。
「おっと……意外なところからご意見が」
「無駄口はそろそろいいか? 行くぞ」
「へいへい……」
「口のきき方――」
「はい! 承知しました隊長殿!」
「わん!」
いつもの小言を言われる前に、敬礼をして言い直すと、チラリとカイルに目を向けた後ため息を吐き前へ向き直る。
そこからしばらく進んだところで、ダムネが珍しく声を荒げた。
「……気を付けて! 敵が来ます!」
「問題ねぇよ……!」
カイル達の腰くらいまである大きなネズミ型魔獣が二匹、正面から飛び掛かってきていたのだ。気づいていたダムネは槍で攻撃し、ドグルは”EW-02 イーグル”で頭と腹を的確に打ち抜いて息の根を止めた。
「終わりか? では急ぐぞ」
「え、ええ……」
オートスは褒めるでもなく、淡々と先を急ぐため歩き出す。その様子にドグルは肩を竦め、無言でトリガーから指を離し進む。
「(『遺跡』に入ってから隊長殿はさらに手柄を意識するようになったような感じか。こりゃ食料が尽きるまで一旦戻るとは言わないだろうな)」
カイルは時計を見ながら陽が落ちる時間まで九時間かと計算する。
基本的に暗闇の中は時間の感覚が分からなくなるので無理をしてしまいがちになる。さらに太陽の光を浴びず、せま苦しいこういった場所ではいわゆる『気が滅入る』状態になりやすい。
さらに先ほどのように魔獣のような敵が出るのであればゆっくり休むことも難しいのでギスギスした空気にもなる。
カイルはそれが面倒なので、ある程度進んだら一度引き返す提案をするつもりだったが、恐らく却下されるだろうとリュックから筒形の道具をいくつか取り出す。
「……? なんですかそれ?」
「ああ、魔獣除けの道具だよ。魔獣は魔力の淀みで狂暴化した動物だけど、そのせいか魔力が多いところを好む傾向があるんだ。この道具は魔力を霧散させることができるから、必然的に魔獣は寄ってこなくなるって寸法さ」
「凄いですね! その道具、名前はあるんですか」
「あ、あー……”EA-967 タチイラーズ”、かな?」
「あれ? 900番台の装備ってあったっけ?」
ドグルが首だけカイルに向けてそう言うと、カイルは焦りながら言う。
「あ、ああ。最近出来たらしい。セボックがそう言っていた……ような気がする……」
「?」
ドグルがなに言ってんだこいつ、という顔をし、オートスが不満気に口を開く。
「そんなものが必要か? 魔獣が出れば倒して進めばいいだろう。無駄な労力と時間を使うのはいただけんな。急ぐぞ」
オートスがにべもなく止めさせようと筒形の道具に手を伸ばすが、カイルはその手を掴み、目をしっかり見て反論する。
「いえ、隊長。お言葉ですがこれは必要です。もし先に強力な魔獣がにやられたり、トラップがあってフルーレ少尉の回復術では手の負えない場合、戻らざるを得ません。その場合、魔獣に襲われる可能性は少なくない。だから、安全な帰還ルートを確保するのは『遺跡』では必要です」
ここに来るまでの勢いと違う雰囲気に、オートスは一瞬怯み、カイルの言葉を反芻した後、口を開く。
「……副隊長の言うことももっともか。いいだろう、許可しよう」
「聡明なお答えに感謝しますよ。ま、数はそれなりにしかないんで俺がストップと言ったら止まってくれると助かりますよ」
「わかった。では、ここはもういいな? 行くぞ」
「了解。フルーレちゃん、行くよ?」
「……タチイラーズ……ネーミングは最悪だけど、形式番号967……来るな……これは一個欲しいですね……」
カイルがフルーレに声をかけると、なにやらぶつぶつ呟いていたので、カイルは呆れた顔で肩に手を乗せて言った。
「はいはい、終わったらプレゼントするから、先行くよ」
「わひゃ!? あ、は、はい! ってくれるんですか? 楽しみにしてます!」
そう言って軽い足取りで元の位置に戻ると、シュナイダーがついていき、フルーレが気になって声をかける。
「あ、鼻水が出てる!? そっか、シューちゃんも魔獣だから、魔力が少ないと困るんですかね?」
「くぅん」
切ない声をあげてフルーレに甘えるシュナイダーに、カイルは苦笑しながら答えた。
「気にしなくていいよ。周囲の魔力が少なくなるだけだから死ぬわけじゃないし、新鮮な空気だけだと逆に花粉症みたいな症状になるだけなんだ。ほら、これくっとけ」
「わん」
がりがりと硬いものを砕く音が聞こえ、フルーレはカイルに問う。
「なんですか?」
「魔力を固めた魔石だよ、魔獣はこれを食って蓄積させることができるからな。魔獣によっちゃ溜め込んだ魔力でとんでもないのがいたりするんだよな……」
「へえー……」
「さ、行こう」
「わふ!」
木箱を背負ったシュナイダーはすっかり鼻水が治り、てくてくと歩いていく。
――その様子を、ドグルが目を細めてみていた。
「(カイル少尉、か。ただの道具マニアの腰抜けかと思ったが、知識の幅が軍人とはかけ離れてねぇか……? 『遺跡』にも詳しいようなことを言う。こいつ、本当にただの少尉か?)」
次にブロウエルに目を向ける。
「(カイルの知識に驚いた様子もみせねぇ。むしろ当然だと言わんばかりの態度。オートスとダムネは同期だが、他のふたりは違う。たまたまではない?)」
「あ、ドグルそっちに――」
「問題ねえよ。行こうぜ」
魔力が霧散し、それを嫌がってこの場から離れようとしたネズミ型の魔獣。それをドグルのショットガン”EW-036 ホーネット”でバラバラにし、肩に乗せゆっくりと歩き出す。
一行はさらに奥へと進んでいくのだった――