帝国少尉の冒険奇譚

 
 オートスが村長を殴り倒してから数時間が経過した。

 村に滞留するのはカイル達六人と数人の歩哨で、すでに村の入口と村内に配備されていた。交代要員も共に入っている。ただし、屋内で休むのは『遺跡』へアタックするカイル達だけである。
 村長は一番大きな自分の家を開け渡すと言い、彼と妻は納屋へと移動しようとしたのをカイルが慌てて止める。

「いやいや、それはダメですって! 俺が納屋で寝ますから、村長の部屋は残してください」
 
「……ふん、軍人と同じ家など窮屈なだけじゃ! いくぞ」

「ええ……」

「あ……」

 青ざめた顔をした村長の妻とともに家から出て行き、カイルは嘆息してオートスへ向き直る。リビングの椅子に座って腕組みをする彼に悪びれた様子はない。

「お前……あ、いや、隊長。ちょっとこれはやりすぎだろう? 俺達は『遺跡』の調査なんだから、村を接収する必要はないはずだ。……もし他国の人間が入り込んでいたとしても、だ」

「ふむ。それが分かっていてそのセリフか、甘いな副隊長は」

「だなぁ。講義であったろ? 『遺跡』は世界各地にあるが、見つかるのは稀だ。こういう村や町に自国の人間を紛れ込ませて抜け駆けしようってヤツを抑止する必要があるってさ。一週間経っているし、もしかしたらもう『遺跡』に入り込んでいるかもしれん」

 オートスとドグルが口を揃えてカイルに反論する。

「た、確か昔、他国の人間が帝国領内の『遺跡』に侵入して小競り合いになったこともあったんですよね……」

「南の国境付近の戦いですね……」

 温厚なダムネとフルーレが悲しそうな顔をして俯く。国境付近の戦いは両国に無駄な血を流したことで忌まわしい記録として残されているのだ。そこでブロウエルが口を開く。

「隊長の言う通りだ。この村の人間が興味本位で入り込むこともあるかもしれん、というのも含まれている。カイル少尉、この部隊の隊長はオートスだ。やりすぎという意見はわからないでもないが、オートスの行動は悪いものではない。それが嫌なら……お前が隊長になるしかないぞ?」

 ブロウエルの鋭い目が試すようにカイルへ向けられると、カイルは一瞬、顔を顰めてからぼつりと呟いた。

「はは、それは、面倒ですね……。ちっと見回りをしてきます」

「あ、わ、わたしも行きます!」

「あれ、フルーレちゃん行っちゃうの? そりゃ残念。親睦を深めようと思ったのに」

 いしし、とドグルが嫌らしい笑いを浮かべながら二人を見送る。フルーレはそれを見て口をへの字に曲げてからカイルと共に家の外へ出た。

「いやらしいですね! べーだ! ……大丈夫ですかカイルさん……?」

「ん? ああ、問題ないよ。軍じゃ上の言うことは絶対だ。隊長のオートスの指針があれなら、俺は副隊長として抑えをしないといけないなと思っただけさ。フルーレちゃんはどうして出て来たんだい? ブロウエル大佐が居るからあいつらも下手なことはできないと思うけど」

「何にもされなくても、あまり一緒にいたくありません! 特にドグル大尉! それに実はオートス少佐もこっそりモーションをかけてきていたからというのもあります」

 いつの間に……でも、この子は可愛いしなと胸中で呟きながら広場へと出る。村人は家の中に入ってしまい、シンと静まり返っていた。

「わん♪」

「あ、シューちゃんダメですよ勝手に広場に入ったら!」

「シューちゃん?」

「シュナイダーだからシューちゃんです! 可愛いかと思って!」

「まあ……それより追うぞ」

 カイル達が飛び出したシュナイダーを追うと、一番陽の当たる子供用の遊具である滑り台の上に登って寝そべっていた。

「あふ……」

「ったく、昼寝かよ。お前、無駄にでかいんだから勝手に動くなよ? 俺達以外にも兵がいるんだ、処分されるぞ」

「わふん!?」

「大丈夫ですよ、賢いですもん。ねー」

「くぅん♪」

 座って背中を撫でるフルーレを見ながらやれやれと苦笑しつつ、村長に謝りに行こうかと思案したところで子供の声が滑り台の下から聞こえてきた。目をキラキラさせながら階段を登ってくる。

「すっげー! 本物の帝国兵だ! ……おう!? でけぇ犬……!?」

「お、元気だな少年。俺達みたいなのを見るのは初めてか?」

「そうだよ! かっこいいな!」

 カイルが男の子の頭に手を乗せると、くすぐったそうにしながら返事をする。灰色の髪でTシャツと半ズボンという格好で、膝には擦りむいた傷などがあり、村を走り回るいたずら小僧という印象を受けた。
 するとその子供が満面の笑みで話を続ける。

「村から出たこと無いし、人はそれほど来ないからね」

「近くに町が無かったっけ?」

「あるよー。けど姉ちゃんがうるさくてさぁ。そんなことよりさ、話を聞かせてよ! 俺、大きくなったら帝国へ行って兵士になりたいんだ!」

「男の子には人気らしいですもんね、帝国兵ってほら制服もかっこいいですし」

「……やめとけ、帝国兵なんてロクなもんじゃない。戦争だっていつまた起こるか分からないし、姉ちゃんがいるなら猶更だ」

「えー! 俺、こんな田舎で一生暮らすなんて嫌だよー」

「はは、なあに町に行って仕事を探せばいいのさ。兵士なんてやるもんじゃない」

「ならなんで兄ちゃんは帝国兵なんだよ! ずるいぞ!」

 するとカイルは帝国がある方角を見ながらポツリと呟く。

「……そういう、約束だからな……」

「え?」

「ああ、いや、なんでもない。ところで村長が今どこにいるか――」

 カイルが慌てて話を変えると、また足元から、今度は怒声が響いてきた。

「ビット! 何しているの、降りてきなさい!」

「げ、姉ちゃんだ!?」

 下を見ると、先ほどドグルが尻を触っていた女性が立っており、カイルとフルーレを睨みつけていた。とりあえず滑り台から降りて女性の前へ行く。

「……なんですか? 弟に変なことを吹き込んでいるんじゃないでしょうね!」

「いや、そんなことは無いよ、あの上で寝ている魔獣は俺のペットでね。ちょっと日向ぼっこをさせていたんだ。それよりさっきはウチの兵がすまなかった」

 カイルが頭を下げると、女性はぎょっとして後ずさり、フルーレも目を大きく見開いて驚いていた。

「な、なによ……。帝国兵なんて、横柄なヤツばかりじゃないの……!?」

「俺はカイル。カイル=ディリンジャー。副隊長をやっている。こっちはフルーレ少尉」

「あ、よろしくお願いします」

「……」

 まだ警戒を解かない女性にカイルは尋ねる。

「えっと、名前は?」

「……チカ」

「チカちゃんね。村はすまない。少し騒がしいと思うけど、ウチの調査隊メンバー以外はそんなに変なやつもいないし、下手なことをしないよう言っておくから」

「……わかりました。さっきのはあなたが頭を下げてくれたので、相殺します……」

「ありがとう。それで、俺達が村長の家を接収しちゃってさ。一度きちんと謝っておきたいんだけど、居場所知らないかい?」

 すると、チカは呆れた顔をし、すぐに困った笑顔に変わり口を開いた。

「別に帝国兵が国内の領地にこういったことをするのは当たり前のことなのに、おかしな人ですねカイルさんは」

「なに、理不尽が嫌いってだけだ。ちょっと『遺跡』についても話が聞きたいから、教えてもらえるかな?」

「……わかりました。こちらへ。ビット、行くわよ!」

「わかった!」

「シュナイダー、お前もだ」

 カイルとチカがそういうと、背にビットを乗せたシュナイダーがサッと降りてくるのだった。

「うひゃあ……!?」

「はは、子供くらいは余裕かシュナイダー。ほら」

 お気に入りの肉を手のひらサイズにした餌を貰い、褒められてご満悦のシュナイダーがビットを乗せたままチカの横へつく。一瞬びっくりするが、大人しいと判断したのかそのまま歩き出す。
 そこでフルーレがカイルに耳打ちをした。

「……いいんですか? 隊長に断らず接触して」

「構わんさ。俺は副隊長だからな。情報収集と言えばいいだろ?」

「あんなにすぐ頭を下げたのを見られてたら小言ものですよ? ……わたしは言いませんけど! 優しいんですね、カイルさん。でも約束って……?」

 穏やかな顔ををカイルに向けてえへへ、と笑うフルーレに、カイルは目を逸らして言う。

「優しく、ねえ。俺はそんな立派なもんじゃないよ。約束、そんなこと言ったっけ? さ、行こう。しかし村娘にしては可愛いなあチカちゃん」

「! ……ふん!」

「いて!? え? なんで蹴られたの俺!? なあフルーレちゃん!?」
 
 カイルとフルーレはチカに連れられ、村長宅から逆の位置にある家へと案内された。チカが玄関を開け中へ入ると、どうぞと招き入れられ付いて行く。

「……チカ、どういうつもりだ?」

「あ、こりゃどうも、はは……」

 外から見ても大きくはない家だと思っていたが、まさか目の前にいるとは思わず、カイルは引きつらせた笑顔で挨拶をする。フルーレも緊張な面持ちでシュナイダーと一緒にカイルの横に立つ。

「村長、彼は悪い人ではないわ」

「どうだか……殴られたんだぞ?」

「それについては申し訳ない。隊長に代わって、副隊長の俺が謝罪します。すみませんでした」

 カイルが頭を下げると、口を尖らせた村長が嘆息して口を開いた。

「ふん、副隊長か。お前さんに免じてこれ以上はとやかく言うまい。帝国はこんなもんだとは理解しているつもりだ」

「……そう言ってもらえると助かります。で、二週間前に現れた『遺跡』ですが、村長はご存じで?」

「知っておる。こっちとしてはこうなるだろうと思っていたから知られたくはなかったが」

 村長が憮然としたまま腕を組んで毒づく。ならばと、カイルは探るように、質問を変えて尋ねる。

「少しお聞きしたいんですが『遺跡』が現れた後、見慣れない人間は来なかったですかね? あまり人が来ない村なら目立つと思うんですが」

「……知らんな」
 
「……私も知りません。おっしゃるように村は小さいですから、誰か来れば分かるわ」

 村長がチカに目をやり返事をする。チカも小さく首を振り、知らないと返してくる。それを聞ききながら、カイルは家の中を目だけで移動させながら台所へと近づく。

「そうですか、まあ何か怪しい奴がいたら教えてくださいね? 『遺跡』の中身は場所によって違うんですが、だいたいは他国も欲しがるような未知の技術なんですよ。お、冷蔵庫がある。チカ、ちょっと飲み物もらってもいいかな?」

「え、ええ。水くらいしかないけど……」

「こういう村の水は美味そうだからありがたい。えっと、四つコップがあるけどどれがチカちゃんの? うしし」

「カイルさん! いやらしい顔してますよ! ビット君、借りてもいいかしら?」

「うん! 兄ちゃん、その茶色のコップだよ」

「おう、サンキュー。……んぐ、ぷは、美味い! フルーレちゃんもどう?」

「わ、わたしはいいです……」

 コップを差し出すがフルーレは首を振って遠慮した。カイルはそう? とだけ短く呟きコップを台所に置いて玄関へと向かう。

「ご協力感謝します! さ、フルーレちゃん戻ろうか。シュナイダーも散歩はもういいだろ?」

「あ、はい」

「わふ」

「ふん……」

「またなー兄ちゃん!」

 元気なビットに見送られカイル達は村長の家へと戻っていく。帰り道、フルーレが口を尖らせてカイルへ言う。

「もう、食料と水は持ってきているじゃありませんか。わざわざあそこで飲まなくても……」

「はは、確かにね。だけど分かったこともある」

「?」

「まずは戻ってからだな――」

 程なくして村長宅へ戻ると、リビングで各自適当に過ごしていた。
 オートスは読書で、ドグルは銃の手入れをしており、ダムネはテーブルに突っ伏して寝ていた。ブロウエルは煙草をくわえて新聞を読んでおり、玄関が開くと同時に目線を上げた。

「戻りましたよっと」

「早かったな。ちゃんとストレス発散できたか?」

「んなことしちゃいませんよ」

「? 日向ぼっこはしましたよ?」

「くっく、そうじゃねぇよフルーレちゃん。ふたりでしっぽりしてきたのかってことだ、気持ち良かった?」

 ドグルにそう言われ意味を理解したフルーレの顔が真っ赤になり、声を荒げる。

「~!! そんなことカイルさんはしません! シューちゃんいけ!」

「わおおおん!」
 
「うお!? 魔獣をけしかけるなっての!?」

 バリバリと顔を引っ掛かられ椅子から転げ落ちるドグル。きちんと手加減したシュナイダーは賢かった。そんな様子にため息を吐き、オートスは本を閉じてカイルへ問う。

「何か調べて来たのか?」

「ええ、ちょっと大きな声では言えないので集まってください――」


 ◆ ◇ ◆


 その夜――


「……」

 キィィ……

 鍵をかけたはずの玄関が静かに開けられ、黒ずくめのふたり組が入ってくる。村長の部屋は四つあり、ひとつはフルーレがひとりでベッド使っている以外にブロウエルとオートスが残ったベッドを使っていた。
 カイル以下三人は適当に寝袋などを使うように……なっていたはずだった。

「はい、そこまでだ。フルーレちゃんの部屋に何しに行くつもりだったのかな?」

「!? う……」

「ば、馬鹿な……! どうして我等のことが……!?」

 スッと玄関の脇からカイルが銃を背中に突きつけ、もう一人はドグルに気絶させられていた。カイルはすぐに男に足払いをかけて転ばし、背中を踏みつけて言う。

「チカの家に入った時、違和感を覚えたからだな。昼間尋ねたあの家には村長と奥さんが居た。
 で、チカとビットだけの家にしちゃ、リビングが広かった。椅子の数も多かったしな。で、極めつけは食器だ。きっちり四人分あった。村長と奥さんの分か? 違うね、ふたりの年ごろから考えて両親がいるはず。だが、その姿は無かった」

「あの時、そんなことを見ていたんですか……!?」

 暗闇から”EO-001 ハンドライト”を持ったフルーレが口に手を当てて驚きながらそう口にする。カイルはライトに目を向けながら笑みを浮かべて言う。

「じゃなきゃ生き残れないんだぜフルーレちゃん。で、俺はチカの両親が人質に取られているんじゃないかと疑ったわけさ」

「くそ……!」

「さて、帝国兵を狙ったんだ。何者か吐いてもらう」

「殺すなら殺せ!」

 倒れた男が叫ぶと、カイルがため息を吐いて銃を頭に押し付けた。その態勢のまま男へ告げる。

「……『遺跡』か?」

 直後、ビクッと身体を震わせる。ビンゴかと確信し、カイルはロープで男を縛り上げながらオートスへ尋ねていた。

「なに、拘束はするが殺しはしない。だろ、隊長?」

「……そうだな。とりあえず転がしておけ。仲間がいるかもしれんから、交代で見張りをして朝本格的に尋問だ。まあ、最初は俺が見張りをするから、すぐに口を割るかもしれんが、な?」

 ニヤリとサディスティックな笑みを浮かべたオートスに顔を顰めて、カイルは銃を収めながら言った。

「……やり過ぎるなよ? 殺したら俺もちっと考えないといけないからな」

「口の利き方に気を付けろと言ったはずだぞ? まあ、副隊長に先にそう言われては考慮せねばならんか」

「(ったく、ストレス発散が必要なのはどっちなんだってんだ)」

 カイルはこれ以上できることはないかと、侵入者に同情しつつごろりとソファに寝転がった。

 そして翌朝、いよいよ『遺跡』へ入る準備が整った。
「カイルさん、起きてください。陽が昇り始めましたよ」

「んが……あぁ、フルーレちゃん……ふあ……もう朝か……」

 交代による目覚めで眠りの浅いカイルが、ぐっすり眠らせたフルーレに起こされ上体を起こしてリビングを見る。そこには顔面を腫らした侵入者二人が気絶して転がっていた。

「……ドグル大尉、どうだった?」

「おう、少尉のおふたりさんか、おはよう。ああ、問題ない。吐いたぜ」

「う……」

 何が問題ないのか、とカイルは嘆息する。フルーレが血まみれのふたりを見て口元に手をやるのを見て、手をたたきシュナイダーを呼ぶ。

「はいはい、フルーレちゃんは外に行った行った。シュナイダーの散歩を頼む」

「わうん!」

「い、行こうか、シューちゃん……」

 のんきな魔獣がしっぽを振ってフルーレの足元でぐるぐる回り、そのまま外へ出ていく。見送った後、オートスとダムネ、そしてブロウエルが奥の部屋からリビングに現れると、ドグルが口を開く。

「こいつら”ウィスティリア国”の連中だったぜ」

「なるほど、隣国か。二週間……いや、一週間あれば潜入は可能だな」

「そ、そうですね……旅行者を装って入国はできますし……」

 ウィスティリア国は、現在滞在しているアンダー村から北西に向かうと辿り着く国だ。帝国とは友好国である。が、今の王政に反発する者との内紛が静かに起こっている少々不安定な国だったりする。

「こいつらはクーデター派の人間だろうなあ。『遺跡』で何か強力な『遺物』が見つけられないか探しにきたってところだろうな。そこは口を割らなかったけど、それはそれで楽しかったぜ」

 ドグルはひっひと喉を鳴らしながら、顔を洗ってくるとその場を後にする。その背中を目で追いながら、カイルは胸中で呟く。

「(悪趣味なやつだ、味方に警戒させるなっての。……さて、これで憂いは無くなったと思いたいが、仲間がいる可能性は捨てきれん。歩哨には警戒を強めるよう言っておくか――)」

 
 ――その後、他国のふたりは飛行船へと送られ、カイル達は朝食を手早く済ませると『遺跡』に向けて出発するため村長の家を後にする。
 村の出口へ差し掛かった時、村長とチカ、ビットが見送りに来ていた。

「もう行っちゃうのか兄ちゃん?」

「ああ、仕事だからな」

 カイルが肩を竦めてビットにそう言うと、オートスが口を開く。

「……先に行くぞ」

 「すぐ追いつきますよ。で、なんか用かい? 歩哨には村人に手を出さないよう言っておいたから安心してくれ。もし何かあったら俺かこっちのフルーレちゃんにでも言ってくれれば、いい。もし俺達が『遺跡』から戻ってこないようなら、帝国の第五大隊の隊長エリザ大佐に直訴してくれていいぜ」

「……わかったわ。お父さんとお母さんにこと、ありがとう……」

「シュナイダーもまたな!」

「わん!」

 チカが小さく頭を下げ、ビットがシュナイダーを撫でると大きく吠えた。すると村長がびくっと体を震わし、一歩後ろに下がる。

「あー、まあ、おぬしは悪い奴ではなかったようだな。帝国兵にもいろいろ居るということか」

「村長なんで離れてるの?」

「……魔獣に近づいていられるか……! そ、そんな恐ろしい生き物……!」

 そこでフルーレが首をかしげてほほ笑みながらシュナイダーの頭をなでて言う。

「大丈夫ですよ? シューちゃん、大人しいですから!」

「わんわん!」

「もうお前はただの犬だな、犬」

「わふん!?」

「ぷっ!」

 カイルの言葉でうなだれるシュナイダーに、チカがぷっと噴き出し笑う。それを見たカイルが口元に笑みを浮かべてチカの頭に手を乗せた。

「悪かったな、騒がせて」

「……いえ、お気をつけて」

「むー。行きますよカイルさん!」

「おいおい、引っ張るなって!? じゃあな!」

 カイルとフルーレは駆け出し、前を進んでいたオートス以下混成部隊に追いつく。すると一番最後尾を歩いていたブロウエルがカイルに目を向ける。

「早かったな。……もういいのか(・・・・・)?」

「ええ、あまり長居もできませんから。それで、『遺跡』は近いんでしたっけね」

 カイルが前を見ながら誰にともなく言うと、フルーレが後ろから声をかけてくる。

「アンダー村から歩いて三十分。だいたい五キロ地点だって書いていますね。魔獣の気配もありませんし、すぐ到着すると思います」

 その手にはポケットにでも入れておいたのであろう資料があり、それを見て話している。そこでオートスが首だけ振り返って口を開く。

「フルーレ少尉の言う通りだ。魔獣はキャンプを立てる先発隊が駆除、もしくはけん制しているだろうから出会わないだろう。我々が『遺跡』に入るまで温存させてもらわねば困るからな」

「きちんと労ってやれよ? ……やってくださいよ」

「フッ、少しはわかってきたじゃないか副隊長。まあ、お前は昨日の侵入者について功労があるから、気が向いたらな」

「カ、カイル少尉は少尉なのに凄いなあ……やっぱり歳を取っているから……?」

「ダムネ中尉、言い方」

「くっく、ま、『遺跡』は俺達しかいねぇ、仲良くしようや」

 ドグルがそう締めてさらに進むと、上空へ煙が立ち上っているのが見えてくる。キャンプ地に到着したとフルーレが安堵し、オートスが敬礼しながら近づいてきた兵に話しかけていた。

「『遺跡』はどうか? 勝手に侵入などしていないだろうな」

「当然です。地震もなく、落ち着いています。ただ、気になるのはこの『遺跡』はどうも地下に向かって道が伸びているようです」

 そこでカイルが顎に手を当て、ぽつりと呟く。

「……珍しいな。山にある『遺跡』なら、神殿のような場所に長年積もった土砂が山になっている、ってパターンが多いんだがな」

「そうなんですか? 講義じゃそんなことは聞いてないですけど」

「あ、いや、人づてに聞いた話だよ。ほら、セボックなんかが好きそうな話だろ?」

「どんな状態でも構わん。我々は進むだけだ。装備は?」

「こちらです」

 兵が踵を返してカイル達をテントへと案内する。
 ふたつある内、ひとつは女性用だと説明を受けて各々テントへと入っていく。
 しばらくして、制服から戦闘用の軍服に着替えたメンバーがテントから出てきた。
 ガントレット、チェストプレート、レッグガードといった急所や局所を守るための防具を装備したメンバーが広場に集まる。
 ダムネだけは完全武装で全身鎧を着ていて見た目にも重苦しいが、慣れているのか動きは機敏だ。
 彼以外はヘルメットの代わりに鉄板の入った軍帽をかぶり、得意な得物を手にしていた。そこへドグルがカイルの姿を見て切れた表情を見せた。

「……おいおい副隊長、それ、何が入っているんだ?」

「ん? 探索道具一式ですかね。ゴーグルにライト、着火剤に食料とかだな」

「ぶ、武器は持っていないんですか?」

「持ってるよ?」

「それだけですか? 軽装部隊はすごいなあ……僕なら怖くて出られないですよ」

 カイルが腰のホルスターにある”イーグル”と、胸のケースに携帯しているダガーを見せながら言うと、ダムネがごくりと喉を鳴らす。するとオートスが目ざとくカイルへと問う。

「その魔獣の背にあるのは技術開発局長が持たせたものか?」

「ええ。使うことはないと思いますけど、せっかく持たせてくれたからとりあえずって感じで。シュナイダーはこう見えて力持ちなんで足手まといにはなりませんよ?」

「わんわん♪」

「頑張ってねシューちゃん」

 褒められたと思ったのか、尻尾をぶんぶん振って鼻を鳴らす。

「せいぜい俺のために頑張ってもらおう。では、出発だ!」

「「「「おおー!」」」

 オートスの言葉を受け、ダムネを先頭に、いよいよ『遺跡』へと足を踏み入れるのだった――

 ――カイル達は『遺跡』に足を踏み入れ、奥へと進む。
 ブーツや具足の足音が『遺跡』内に響き、それ以外の音は一切ないため不気味さを際立たせる。

「……ふう」
「落ち着いて行けよ、ダムネ」
「う、うん」

 ダムネを先頭にし、その斜め後ろの左右にオートスとドグル。中心にフルーレが立ち、最後尾にブロウエルと並んでカイルがついて行く形だ。最後尾を選んだのはカイルだが、恐れをなしたわけではない。
 よく先頭が危険だと思われがちだが、こういう『敵』が潜む場所はむしろ最後尾が一番危ない。
 前方なら視認しやすいが、後方はよほど気を使わない限り奇襲を受けやすいからである。

 そんな一番後ろを歩くカイルがナイトゴーグルをつけて周辺を探索していると、ブロウエルから声がかかった。

「……どうだ、何かありそうか?」

「いんや、まだ分かりませんって大佐。隊長―、天井も高くないし、外の兵士が言うように地下に何かあるのが濃厚です。階段を探すのを優先しましょう」

「わかった。……って、お前は何をしているんだ?」

「いえいえ、ちょっと壁のサンプルをね……ふうん、大理石と、こっちは水晶か……ほかの『遺跡』とは材質が違うな……重要なものがある? でも――」

 カイルはぶつぶつと小型のドリルで壁を削りながら進み、遅れ始めていた。オートス達は立ち止まり、カイルが追いつくのを待つ。

「カイルさん、こういうの好きなんですか?」

「よくぞ聞いてくれました! いや、こういう未知の場所ってわくわくしない? ロマンがあるっていうか感じがさ。男ならわかるでしょ?」

 ねえ? と同意を求めるが、ドグルに返される。

「くっく、飯のタネにならなきゃこんなところにはこねぇって。ここを攻略すりゃ、給料とは別に報酬がもらえるだろ? それにオートス……隊長が狙っている通り昇進も近くなるからなあ」

「は、はは。危険な場所だから僕は遠慮したいですけど……任務ですからね」

「なんだい、夢がないなあ。隊長も?」

「無論だ。金は別段気にしないが、昇進はありがたいからな」

 そう言い放つ男性陣に口をとがらせ、カイルは頭を掻く。そこへフルーレがフォローを入れてくれた。

「うふふ。重要な任務というのはありますけど、もしかしたらお宝があるかもしれないんですよね? 回収されたらわたし達は見れなくなりますから、最初に見られるのは自慢できるかもしれません」

「お、いいね。そうそう、未知の道具ってのもいいよなあ」

 カイルが腕組みをしてうんうんと頷くと、

「……私もこの張り詰めたような『遺跡』の空気は好ましいと思うぞ」

 ブロウエルからそんな言葉が出てきた。

「おっと……意外なところからご意見が」

「無駄口はそろそろいいか? 行くぞ」

「へいへい……」

「口のきき方――」

「はい! 承知しました隊長殿!」

「わん!」

 いつもの小言を言われる前に、敬礼をして言い直すと、チラリとカイルに目を向けた後ため息を吐き前へ向き直る。
 そこからしばらく進んだところで、ダムネが珍しく声を荒げた。

「……気を付けて! 敵が来ます!」

「問題ねぇよ……!」


 カイル達の腰くらいまである大きなネズミ型魔獣が二匹、正面から飛び掛かってきていたのだ。気づいていたダムネは槍で攻撃し、ドグルは”EW-02 イーグル”で頭と腹を的確に打ち抜いて息の根を止めた。

「終わりか? では急ぐぞ」

「え、ええ……」

 オートスは褒めるでもなく、淡々と先を急ぐため歩き出す。その様子にドグルは肩を竦め、無言でトリガーから指を離し進む。

「(『遺跡』に入ってから隊長殿はさらに手柄を意識するようになったような感じか。こりゃ食料が尽きるまで一旦戻るとは言わないだろうな)」

 カイルは時計を見ながら陽が落ちる時間まで九時間かと計算する。
 基本的に暗闇の中は時間の感覚が分からなくなるので無理をしてしまいがちになる。さらに太陽の光を浴びず、せま苦しいこういった場所ではいわゆる『気が滅入る』状態になりやすい。
 さらに先ほどのように魔獣のような敵が出るのであればゆっくり休むことも難しいのでギスギスした空気にもなる。
 カイルはそれが面倒なので、ある程度進んだら一度引き返す提案をするつもりだったが、恐らく却下されるだろうとリュックから筒形の道具をいくつか取り出す。

「……? なんですかそれ?」

「ああ、魔獣除けの道具だよ。魔獣は魔力の淀みで狂暴化した動物だけど、そのせいか魔力が多いところを好む傾向があるんだ。この道具は魔力を霧散させることができるから、必然的に魔獣は寄ってこなくなるって寸法さ」

「凄いですね! その道具、名前はあるんですか」

「あ、あー……”EA-967 タチイラーズ”、かな?」

「あれ? 900番台の装備ってあったっけ?」

 ドグルが首だけカイルに向けてそう言うと、カイルは焦りながら言う。

「あ、ああ。最近出来たらしい。セボックがそう言っていた……ような気がする……」

「?」

 ドグルがなに言ってんだこいつ、という顔をし、オートスが不満気に口を開く。

「そんなものが必要か? 魔獣が出れば倒して進めばいいだろう。無駄な労力と時間を使うのはいただけんな。急ぐぞ」

 オートスがにべもなく止めさせようと筒形の道具に手を伸ばすが、カイルはその手を掴み、目をしっかり見て反論する。

「いえ、隊長。お言葉ですがこれは必要です。もし先に強力な魔獣がにやられたり、トラップがあってフルーレ少尉の回復術では手の負えない場合、戻らざるを得ません。その場合、魔獣に襲われる可能性は少なくない。だから、安全な帰還ルートを確保するのは『遺跡』では必要です」

 ここに来るまでの勢いと違う雰囲気に、オートスは一瞬怯み、カイルの言葉を反芻した後、口を開く。

「……副隊長の言うことももっともか。いいだろう、許可しよう」

「聡明なお答えに感謝しますよ。ま、数はそれなりにしかないんで俺がストップと言ったら止まってくれると助かりますよ」

「わかった。では、ここはもういいな? 行くぞ」

「了解。フルーレちゃん、行くよ?」

「……タチイラーズ……ネーミングは最悪だけど、形式番号967……来るな……これは一個欲しいですね……」

 カイルがフルーレに声をかけると、なにやらぶつぶつ呟いていたので、カイルは呆れた顔で肩に手を乗せて言った。

「はいはい、終わったらプレゼントするから、先行くよ」

「わひゃ!? あ、は、はい! ってくれるんですか? 楽しみにしてます!」

 そう言って軽い足取りで元の位置に戻ると、シュナイダーがついていき、フルーレが気になって声をかける。

「あ、鼻水が出てる!? そっか、シューちゃんも魔獣だから、魔力が少ないと困るんですかね?」

「くぅん」

 切ない声をあげてフルーレに甘えるシュナイダーに、カイルは苦笑しながら答えた。

「気にしなくていいよ。周囲の魔力が少なくなるだけだから死ぬわけじゃないし、新鮮な空気だけだと逆に花粉症みたいな症状になるだけなんだ。ほら、これくっとけ」

「わん」

 がりがりと硬いものを砕く音が聞こえ、フルーレはカイルに問う。

「なんですか?」

「魔力を固めた魔石だよ、魔獣はこれを食って蓄積させることができるからな。魔獣によっちゃ溜め込んだ魔力でとんでもないのがいたりするんだよな……」

「へえー……」

「さ、行こう」

「わふ!」

 木箱を背負ったシュナイダーはすっかり鼻水が治り、てくてくと歩いていく。



 ――その様子を、ドグルが目を細めてみていた。

「(カイル少尉、か。ただの道具マニアの腰抜けかと思ったが、知識の幅が軍人とはかけ離れてねぇか……? 『遺跡』にも詳しいようなことを言う。こいつ、本当にただの少尉か?)」

 次にブロウエルに目を向ける。

「(カイルの知識に驚いた様子もみせねぇ。むしろ当然だと言わんばかりの態度。オートスとダムネは同期だが、他のふたりは違う。たまたまではない?)」

「あ、ドグルそっちに――」

「問題ねえよ。行こうぜ」

 魔力が霧散し、それを嫌がってこの場から離れようとしたネズミ型の魔獣。それをドグルのショットガン”EW-036 ホーネット”でバラバラにし、肩に乗せゆっくりと歩き出す。

 一行はさらに奥へと進んでいくのだった――

「また行き止まりか。おい」

「はいはい、目印つけておきますよっと」

 『遺跡』へ侵入してからすでに半日が経過していた。
 地下二階までは順調に進んでいたものの、地下三階から急に分岐路が増え、今のように行き止まりに当たる回数が増えていたのだ。

「……もう陽が暮れる時間だ。隊長、そろそろ戻りますか?」

「いや、食料はあるからこのまま野営だ。ダムネとドグルは寝床の準備、フルーレ少尉は火を熾してくれ。副隊長は周辺の調査と先ほどの魔獣除けを設置だ。ブロウエル大佐はこの場で警戒を」

「承知した」

「了解しました! カイルさん、頑張ってくださいね!」

「サンキュー、フルーレちゃん。シュナイダーの背中にある木箱を降ろしてやってくれ」

「わん!」

 わかりましたと元気な声を聴きながらカイルは来た道をいったん戻る。この通路に入る前に曲がったT字路に”タチイラーズ”を設置すればいいかと思ったからである。しかしその時だ。

「ま、こうなるよな」

「シャァァァァ……!!」
「ギチィィィ」

 T字路に差し掛かったところで、カイルは足を止めひとり呟くと蛇型の魔獣二体とネズミ型の魔獣三体に囲まれた。カイルは頬を掻きながら腰のダガーに手を添え、腰を低くして迎撃態勢を取る。

「魔獣になると賢くなるのはどの生き物も同じか。そら!」

 二メートル前後の長さをしたカイルの胴体くらい太い蛇が飛び掛かってくる。だが、カイルはそれを半身で回避し、すれ違いざまに左手のダガーで大蛇の頭を真っ二つにする。

「シャァ!」
「人間は近づかなくてもお前達を倒せるんだよ」

 やられた大蛇とは別方向に回り込んでいたもう一匹は、右手の”イーグル”で頭と胴体を撃ち抜かれて動かなくなる。

「次……!」

 先に襲い掛かった大蛇を見ても恐れず、三匹のネズミ型の魔獣がカイルを逃がさないよう回っていた。狙いを定めさせないように動いているなと、カイルは賢さに感心するが、所詮は低級の魔獣なので対処は難しくなかった。

「くっく……。ネズ公、これならどうだ?」

 カイルはポケットから白い紙のようなものを取り出し床に投げつけた。ネズミたちはそれを回避するがカイルが無防備でいることに気づき一斉に走ってくる。だが、カイルへ飛び掛かることはできなかった。

「ヂュヂュウ!?」

「特殊な粘着シートだ、動けないだろ? ……じゃあな」

 パンパンパン! と、乾いた発砲音が鳴り響き、ネズミ型魔獣はやがて動かなくなる。筒を設置したカイルは戻りながら周囲を確認していた。

「……随分警戒が強い『遺跡』だ。確かに侵入者を阻むもんだけど、ここは『絶対に奥へと行ってほしくない』ってのがひしひと伝わってくるな。あまり長居できないか? 流石に脅威級の魔獣はいないと思うが、なんかまずい気がする」

 ダガーの血を払いケースへ戻しながら一人呟くカイル。銃は手に持ったまままた部隊の下へ戻ると、食事の用意が始まっていた。もちろん衛生兵のフルーレが担当しているのだが――

「さ、できましたよ皆さん! って言ってもレーションですけど……」

「くっく、そりゃ生の食材を持ってくるわけにゃいかないしな! てか料理上手いのかよ?」

「じ、自信はありますよ! お家ではよく作っていましたし」

「それはいつか食べてみたいねえ」

「それはここから帰れたら、だな。生きて戻っても、なんの成果も挙げられなかったらそれは恥だ」

 和やかだった雰囲気がオートスの一言で一気にしらけ、ドグルは口を尖らせて壁に背を預けてレーションを口にする。

「お前、ちょっと気負いすぎじゃねぇか? まずは死なないことが前提だろうが。今回はダメでも、一回戻ってまた準備すりゃいいだけだろ?」

「そうはいかない。期限はある。……そうですよね、大佐?」

 黙ってレーションを口にしていたブロウエルが手を止め、オートスに目を向けて口を開く。鋭い目が刺さり、一瞬怯む。

「……知っていたか。どこで情報を手に入れたか分からんがその通りだ。だが心配するな、期限は一か月ある。全滅をしなければ何らかの成果はあるだろう。全滅をしなければな。私の知る限り、仲間割れが失敗原因になりやすい。それと、独断先行や私欲などもあるな」

「わふ」

 そう言ってシュナイダーの頭を撫でながらまた、レーションを口にするブロウエル。オートスやドグルにその傾向があるぞと暗に締め上げをした形だ。
 流石に今の空気だと大佐も苦言を言うかと安堵し、食事の続きに戻る。ふとフルーレを見ると、難しい顔でブロウエルの顔をみつめていた。

「(犬好き……意外……)」
 
「フルーレちゃん? 大佐に怒られそうなこと考えてない?」

「ふえ!? いいいいいえそんなことは! さ、見張りの順番とか決めましょう!」

「くっく、取り乱しすぎだぜフルーレちゃんよう」

 慌てて取り繕うフルーレにオートス以外の全員が苦笑しながら各自食事を終える。タチイラーズの効果があったためか、魔獣に襲われるということもなく翌日を迎えることができた。

 そうして地下三階を探索するが――

「……これで全部の通路を探索したか副隊長」

「ですねえ。どっかに見落としがあったかな……?」

「て、手分けして探しますか?」

 ダムネが槍を肩に担いで提案するが、カイルは首を振って答える。

「今は低級の魔獣しかいないけど、どこで上級みたいな強力な魔獣と出くわすか分からない。だからそれはダメだ。それにダムネ中尉は盾だから尚のこと単独探索はさせられない」

「そ、そうですね……」

「なら地道にやるしかねぇ……な!」

「きゃあ!?」

 天井に張り付いていた蜘蛛型の魔獣、もとい魔虫がドグルの撃った弾丸で爆散し残骸が落ちてくる。オートスは仕方なくといった感じでカイルの提案を飲みキャンプを片付け移動を開始する。

「行き止まりを徹底的に調べましょう!」

 フルーレの言葉で一行は壁という壁を調べつくすことになった。
 タチイラーズのおかげで魔獣とはほとんど遭遇しないが、緊張と行軍で体力と気力を消耗する中で好転の兆しが見えた。

「ここが怪しいですな」
「……確かに少し色が違うな」

 カイルがほんの僅かに色の違う石を通路の壁で見つける。それを押し込むと壁が奥へずれる。そしてその先で階段を発見することができた。

「ひゅー」

「す、すごいですね!」

「”ナイトスコープ”で魔力の流れを見ながちょっとな。そこで一か所、壁から魔力が漏れているような場所があった。そこを見ると石の色が違うのが分かったから後はちょちょいとね」

「へー。あなたのご主人様、凄いわね」

「わん!」

「よくやった。これはきちんと報告してやるからな? さ、急ぐぞ」

「了解。ダムネ中尉、先頭を頼むよ」

「は、はい!」

 そして到着する地下四階――
 
 
 ――地下四階に降りたカイル達。彼等は慎重に周囲を警戒しながらさらに奥へと進む。

「ここもあまり変化がありませんね。目印は?」

「大丈夫だよフルーレちゃん。いつでも戻れる。まあ、まだ二日目だ、焦らず行こう」

 カイルが十字路の地面に杭を打ち込み目印にする。
 カイルは気楽な調子でそう言い、オートスが一瞬、厳しい目を向けてくる。だがカイルは口笛を吹いてスルーした。そこでブロウエルがふいに口を開いた。

「……『遺跡』は天上人や地底人が作った、という話が一般的に流れているが、それは知っているな?」

「そりゃ講義で『遺跡』についてひとつ枠を取っているんだから、勉強が嫌いなお……自分でも流石に知っていますよ。そいつらの作った道具や武器が眠っていてそれを回収して保管するのが自分達なんですよね?」

 ドグルがショットガンを肩に担いで振り返って答えると、ダムネもうんうんと頷き、フルーレも同意見という表情でブロウエルを見る。

「講義だとそうだな。だが実際は少し違う。『遺跡』にあるものは確かに保管するため回収をする。だが、それは帝国の力を維持するためなのだよ」
 
「力を……?」

 フルーレが聞き返すと、ブロウエルは前を向いたまま続ける。

「そう。百年前の『煉獄の祝祭』も講義で知っているな? あれを終わらせたのは『遺跡』から発見された戦闘兵器なのだ。たまたま発見した我がゲラート帝国がそれを使った」

「あ、あの時、国が一つ吹き飛んだというのは……」

「史実では相手国が使った兵器の自爆ということになっているがそうではない。『遺跡』にあった”ロストウェポン”によるものなのだ。ゆえに、この作戦は失敗が許されない。いや、失敗しても、何が存在するか確認をするまで探索を辞めるわけにはいかないのだよ」

「ロストウェポン……他国を抑制させるための作り話じゃないんですかね?」

 ドグルが冷や汗を流しながらそう言うと、ブロウエルは立ち止まりドグルへと返す。しかし目はドグルを見ていない。

「公開はしていないから当然だ。だが、他国にも『遺跡』は存在する。故に、遺跡へ――」

「――スパイを送り込むんだよな! シュナイダー!」

「わぉぉぉん!」

「ええ!? どうしたんですか!?」

 シュナイダーと同時にブロウエルが踵を返し、一瞬でシュナイダーと並ぶ。次の瞬間、女性と男の子の悲鳴が聞こえてきた。

「きゃあああ!?」

「う、うわ!? やめろよぉぉぉ!」

「今の声は……!」

「持ち場を離れるな、少尉! ……クソ、これだから下級兵は……!」

 フルーレが何かに気づきシュナイダー達を追い、オートスが呼び止めるも走り去る。隊長の命令を聞かなかったと苛立たしげに吐き捨て、今度はカイルを睨みつけながら質問をする。

「いつから気づいていた」

「最初から、ですね。あ、気づかないと思いますから落ち込まなくていいですよ。どうも”EA-312 ギリーフード”を持っているみたいです。あれは姿が風景に溶け込みますが、透明人間になるわけじゃない。気配があったからダガーについたネズミの血を振りまいて気づきました」

「……わかるもんなのかよ……俺も使ったことあるけど気配も消えるだろあれ……」

「ぼ、僕は演習で使われたら全然分からなかったです」

「……」

 オートスが黙ってカイルの説明を聞いていると、すぐに二人と一匹が戻ってくる。追跡者であるチカとビットを連れて。それを見てカイルが困った顔で微笑み、二人へ言う。

「やっぱりか」

「……気づいていたの……でも、どうして……」

「シュナイダー! 逃げないから降ろしてくれよ!」

「降ろしてやれ」

「わふ」

「いて!?」

 ビットが地面に落とされ尻もちをつくと、その直後に隠し持っていたナイフでカイルを狙う。

「兄ちゃんだけでも……!!」

「よっ! ほっと」

「うあ!?」

 だが、カイルはひょいっと横に避けて足を引っかけると、ビットは盛大に転びドグルに銃を突きつけられる。ドグルは冷ややかな声でオートスへ問う。

「殺しとく?」

「……止めろ、子供を殺すのは寝覚めが悪い」

「チッ」

 ドグルは不満げにナイフを取り上げると、銃を突きつけたまま今度はカイルへ質問をする。

「で、どうやら知っていたみたいだがどうして泳がせた? それに――」

「どうしてわかったんですか……侵入者を捨て駒にして完璧だと思ったのに……!」

 恨みがましくカイルを見るチカにカイルは肩を竦めて説明を始める。

「侵入者のフェイクは見事だったけど、君たちふたりは最初から違和感があったんだよ。シュナイダーを見て驚かなかった君たちがね」

 チカを抑えていたフルーレがハッとして目を丸くする。

「そ、そんなところを見ていたんですか……!?」

「ああ。ウチの兵士ですらびびるのに、ビットは恐れず撫でただろう? チカの横を歩いていたこともあるけど、チカは怖がるそぶりを見せなかった」

 「で、でも、村人は魔獣を追い払うことも――」

「――あるだろう。だけど、村長はシュナイダーを見て酷くおびえていたろ? だから『ああ、上級の魔獣はこの辺りには出ない』んだろうと思ったわけだ。なら君たちは何らかの訓練を受けているんじゃないか、とね」

「……そんな……」

「訳を話してくれるかい? 話さないというなら、俺はここでビットを殺さないといけなくなる」

「おい、よせと命令したはずだぞ! 隊長は俺だ!」

「……!? わ、わかった、話すわ」

 オートスの叫びをカイルが手で制すと、チカはぽつりと話し出す。
 気を付けているつもりだった。帝国の情報を集めるため、何年も前から村に入り込み、村人も自国の人間と徐々に入れ替えていたと。そこで『遺跡』が近くに出現し、これはチャンスだと思ったのだと。


「はあ……ま、今のご時世スパイなんてやってちゃ身が持たないぜ? 女の子なら猶のことだ。すぐに口を割ったからいいようなものの、女の子が拷問されるってことはどういうことかわかるだろ? それにビットみたいな子供は情を誘うには効果的だが、弱点にもなる」

 拷問と聞いてチカがサッと青ざめ、ドグルが口笛を吹いて歓喜する。

「副隊長、その役目、自分にやらせてもらえませんかね! へへ、満足させ……いえっ必ず情報を吐かせて見せます!」

「うるさい!」

「痛っ!? なんでオートス……隊長が殴るんだ!?」

「その必要はないよ。ウィスティリア国のクーデター派の仕業だろう。侵入者と一緒に帝国へ送って、国と交渉だな」

「ちぇー。ダムネの童貞卒業できなかったな」

「ぼ、僕は関係ないでしょ!?」

 するとフルーレが憮然とした表情でオートスへ口を開く。ドグルへは汚物を見るような目を向けていた。

「隊長、この二人をこのまま連れて行くのは得策ではありません。一度キャンプへ戻るべきです」

「俺もその意見だ。隊長、一度戻ることを提案する」

 するとオートスは目を閉じて考えた後、信じられないことを口にした。

「……いや、このまま進むぞ。時間がもったいない」

「マジか? 今はグリーンペパー領の人間だが、スパイなんだぞ? それに護衛対象が増えるのは――」

「隊長である俺が責任を持つ。なに、強力な魔獣の餌にすれば隠滅もできよう? それより『遺跡』をしっかり調査するんだ。ブロウエル大佐、俺の提案に何かありますか?」

「隊長が決めたのなら私は構わん」

「さいですか……了解。フルーレちゃん、ふたりを縛ってくれ。で、シュナイダーとふたりを護衛頼む」

「わ、わかりました」

「あーあー、面倒なことになってきたなあ」

「無駄口を叩くな。いくぞ」

 ドグルの嫌味をものともせず、オートスは歩き出した。

「(さて、とりあえずは後ろから撃たれることはなくなったか。『遺跡』の調査に専念できる。しかし魔獣も少ないし、迷路も単純……何か裏が……? ん? これって……)」

 カイルは自分で作成したマップを見ながら、あることに気づく。

「そうか、なるほどね、ふむふむ……」

「カイルさんどうしたんですか? そんなににやけて」

「どうせ姉ちゃんのおっぱいを見てにやけてるんだぜ?」

「そうそう、あれはエリザに匹敵……って何言わせるんだ!」

「えー……やっぱり男の人ってそうなんですね……」

 フルーレがカイルに向かって汚物を見る目を向けてくるが、ふとあることに気づきカイルへ尋ねる。

「エリザ……って今,
言いました? それってカイルさんの部隊長のエリザ大佐ですか?」

「そうだよ。いつも怒鳴られてばっかりだけど、いい隊長だよ。この『遺跡』に出向く時、激励でおっぱい揉ませてくれたからな!」

「最低!?」

「マジ!? 隊の鞍替えってできるんですかねブロウエル大佐!」

 カイルが勝手に揉んだだけなのだが、ドグルが食いつき、あろうことかブロウエルに問いかけていた。ブロウエルはガツンと拳骨をくらわし、ドグルへ告げる。

「できんわ馬鹿者。上層部が個々の能力を診断して振り分けるからな。お前が軽装兵として優秀なら推薦してやってもいいが」

「ふうん……ならこいつはどうして第五大隊なんですかね? どう考えても戦闘向けじゃない感じがしますけど」

「それは上層部に聞いてくれ。それよりもカイル少尉、何か気づいたようだったが?」

 ブロウエルはこの話は終わりだと言わんばかりに、ぶつ切りにしてカイルへと声をかける。当のカイルはフルーレに詰め寄られていた。

「エリザ……大佐はほら、人がいいから呼び捨てでもいいんだって。ほら、また後でな。こほん。で、俺が気づいたこと、ですね? マップを作っていたんですけど、ほら、なんかおかしくありません?」

 そこでずっと黙って聞いていたオートスがマップをのぞき込み口を開いた。

「……向かって東側に道が寄っているな。地下一階も二階も、ずれはあるが東に通路が多い」

「お、流石は隊長。その通りです。恐らくですけど、本命は向かって西側に何かあると見ていいでしょう。これ自体がフェイク、ということもありますけどね。とりあえずこの階を調べてみましょう」

 カイルの言葉で全員が頷き、探索を再開する。しかし、地下四階に下へ続く階段もなければ隠し部屋もなかった。やがて陽が暮れる時間になり一行はまたキャンプを作る。

「はい。食事ですよ」

「やったー! 腹減ってたんだよなー昨日から何も食ってないし!」

「……ありがと、ございます」

 フルーレがチカの手錠をビットと片方ずつの足に繋ぎ、逃げられないようにしてレーションを渡す。ビットはすごい勢いで食べ始め、チカはもそもそと口に運んでいた。

「き、昨日からって朝も食べていないの?」

「……ええ。お腹をいっぱいにして緊張するとお腹を壊すことがあるから……」

 ダムネの質問に即座に答えるチカ。口答えするとひどい目にあわされると思っているようで、時折、体を震わせていた。

「どうしてこんなことをしているんだ? スパイなんてこうやって見つかったらどうなるかくらいわかるだろうに」

「仕方がないじゃない……こうするしかなかったんだから……」

「こうするしかなかった? それって――」

「フルーレ少尉、そこまでだ。情が移っては困る。事情聴取はやめてもらおう」

「でも……」

「口答えは許さない。どうしてもというなら、戻ったら俺とデートでもしてもらおうか」

「そんなこと……!」

「やめとけフルーレちゃん、隊長の言う通りだ。帝国に戻ったらこの二人がどうなるかは分からない。俺達は色々聞かない方がいい」

 カイルがもぐもぐと租借しながらあっさり言い放ちフルーレはドキッとして口をつぐむ。
 
「はい……」

「私たちがドジだったんだ、お姉さんが気にすることはないわ」

「そうだ、フルーレちゃん。チカちゃんの身体検査、しておいてくれ。多分、銃くらいは持っているだろ」

「……わかりました。食事のあとで行います」

「……」

 チカは覚悟を決めた目でフルーレに笑いかけ、食事を口にする。
 フルーレの身体検査でチカのジャケットの内ポケットからウィスティリア国製のハンドガンが出てきてそれを回収。

 翌日、本当に抵抗する気はなくなったのか、チカは黙ってついてくる。対してビットは子供らしくぺらぺらと口を開いていた。

「シュナイダーの背中に乗せて欲しいのに何か載ってるなあ。あれ、なんなの?」

「秘密だ。まあロクなもんじゃないし、開けることは無いと思うけどな。お前は捕まったんだから黙って歩けー」

「ちぇ、ケチ。ってまた行き止まりじゃん!」

「だなあ。そろそろ当たりがありそうな……お?」

 地下四階には何もないと判断し、地下三階に戻って再度西側のチェックをするカイル達。出発から三時間経った今、進展が見られた。
 目線より少し下、中腰になる高さでカイルはまた、ほんの少しだけ色の違う壁を見つけた。そこをノックすると、カイルは確信したようにカバンを漁りだした。

「な、何かわかったんですか?」
 
「ああ、ここだな。少し色の違う壁がある。恐らく、ここは後から埋めた壁に違いない。ちょっと下がってくれ」

 カイルは小さな箱を取り出し、ネズミ魔獣に使った粘着テープを使って箱を壁に貼り付けると、箱の中に木でできた筒から黒い粉を入れて紐のようなものを差し込みするすると離れていく。
 ドグルはごくりと喉を鳴らし、カイルに言う。

「おま……あれまさか……」

「お、分かるか? まあ、ドグル大尉はよく銃をいじっているからそうか。あれはガンパウダーだ」

「やっぱり!? 地下で爆破すんのかよ! 生き埋めになるぞ!?」

「ああ、火薬の量は調整してあるから大丈夫だ。みんな、耳を塞いでいてくれ【小さき火花】……と」

 フルーレはカイルが呟いて火を熾したことに驚愕した。廃れつつある魔法を使ったからだ。他のメンバーは気づいておらず、胸中でフルーレは考える。

「(魔法まで使うんですか……!? この人、本当に何者なんでしょう……。『遺跡』調査に抜擢されたとき、カイルさんの名前があったのを見てわたしの部隊の人も『エリザ大佐も人を見る目がない』って言ってましたけどとんでもないですよ……カイルさん……)」

 導火線に火が付き、小気味よい音と共に火が走る。
 木箱に着火したその瞬間、ガゴンという音ともに壁に穴が開いた。カイルはすぐに壁へ近づき、穴が開いたことに歓喜する。
 それと、同時に肩を竦めた。

「丈夫な『遺跡』だ、一気に壊せば良かったのではないか?」

 オートスが煙を払いながらカイルの背に声をかけるが、カイルは穴を見ながら手招きをしてオートスを呼び、首を傾げながら案内されるように穴をのぞき込む。

「……!? これは……」

「こういうことがあるから一気には壊さなかったんですよ。ここからが本番みたいですね」

 穴の向こうは淀んだ嫌な空気が流れ、ギン! と、無数の赤い瞳がこちら見ていたのだった。
「ダムネ大尉! 正面は任せる! うぉぉぉりゃぁぁぁ! 行けぇ!」

「は、はい! おおおおおおおおお!」

「ギャギャ!」

 カイルが持参したハンマー”EW-018 グリズリー”で壁を破壊すると、奥にいた魔獣が一斉に襲い掛かってきた。
 カイルはダムネに合図し、彼は槍と大楯を構えて最初に突撃してきた猿型の魔獣三体を弾き飛ばす。しかし、足元からネズミ魔獣が抜けてドグルの足へ噛みつこうと迫っていた。

「おらぁ! ぶっとべや」

「ヂュゥゥゥ!?」
 
「チュチュウウ!!」

「チッ、あっちいけってんだ」
 
 数匹のネズミを蹴り飛ばすと、オートスが目ざとくハンドガンを連射して絶命させる。
 ダムネが猿魔獣を”ギィアリッグ”の槍で貫くのが見え、残り二匹が大楯に挟まれた体を抜けさせようともがいていたそれをやはりオートスの抜いたサーベルが脳天を貫いた。

「数が多い、囲まれないよう注意して動け。フルーレ少尉は捕虜のカバーを頼む」

「は、はい! はああ!」

「あおおおおおん!」
 

 天井から這ってきた巨大ムカデをフルーレが長剣”グラスランド”で真っ二つにした後、シュナイダーが頭を潰す。

「シュナイダー、フルーレちゃんたちを頼むぞ! うおっと!?」

「がう!」

「そら!」

 蛇型魔獣がいつの間にかカイルに迫ってきた。
 首筋に噛みつこうとしたのを間一髪避けながら”プレイン”というダガーを投げつけて胴体を壁と固定した後、ハンドガンで撃ちぬいた。

「シャアア……」

「たああああ!」

「キィィィ……!?」

 そして最後に残っていた猿型魔獣をダムネが槍で貫ぬいて絶命させた。攻撃が止みその場に静寂が戻る。しばらく警戒を解かず息を潜めていたがここは倒し切ったのだと思い胸を撫でおろす。

「ふう……さ、猿型は中級でしたっけ……? いきなり魔獣のランクが上がりましたね」

「ああ。この淀んだ空気、こっちの道が本命で間違いなさそうだな」

「フッ、ようやく『遺跡』も本番か、どんなものが眠っているのか……楽しみだ」

「珍しく笑ってんなオートス隊長?」

「そうか? 俺は感情がある方だと思ってるんだがな」

「(そういや広場で出世がどうとか言ってたっけか?)……! ビット、避けろ!」

「え? あつっ……!?」

 カイルはそんなことを思い出しながら銃をしまうと、その瞬間倒したはずの蛇型魔獣がガクガクと動き、ビットの足に噛みついた。

「ビット!?」

「ガウッ!」

「フシュウゥゥ……」

 シュナイダーの強烈な一撃で、ビチャっと地面に叩きつけられた蛇魔獣は今度こそ絶命した。足を抑えてうずくまるビットが苦しみの声をあげる。

「うぐ……足が……熱い……!」

「大変!? きっと毒ですね、回復術を使います!」

「許可する。任せるぞ、少尉」

「はい! 【メディカル】……!」

 パァっと、フルーレの手が光り、その光を傷口にそっと当てると、紫色に変色していたビットの足が徐々に元の色を取り戻していく。

「続けて傷を……【ヒール】」

「おお、回復術ってすげぇな……こんなにすぐ治るもんなのか……」

 ドグルが感嘆のため息を吐いていると、カイルが渋い顔で口を開く。手には飲み物を持って。

「魔力の消費が激しいから連発はできないし、使いすぎると気絶するんだ。はい、フルーレちゃん、水だ」

「あ、はい。ふう……ありがとうございます!」

「まだ大丈夫そうだな。……!」

 それでも魔法を使った反動で少し疲労感があるか、とカイルが考えていると、暗闇に嫌な気配を感じた。
 ノータイムで銃を抜くとハンドライトの光が届かない通路へ向けて発砲する。
 その行動にぎょっとして通路の向こうに全員が目を向けると、どちゃっという音と共に猿魔獣が倒れた。

「もう次かよ! どうすんだ隊長」

「このまま突っ切る。部屋があればそこをしらみつぶしだ。いいな」

「マジかよ!?」

「進むなら隊長のアイデアがいい。シュナイダー、箱は俺が持つ。お前はビットを乗せてくれ」

「わふん!」

「そ、それを担いでいくんですか!?」

 カイルの身長よりも高い箱を背負い歩き出す。リュックと違い片手が塞がるため戦闘ができないのではとフルーレが心配する。

「隊長、申し訳ないですが俺は少し下がります。このふたりを連れて行くといったのは隊長だ、異論はないですよね?」

「……いいだろう。俺がその分戦うとしよう。ダムネを軸にする戦法は変えないでいくぞ。大佐に魔獣が飛び掛かってきた場合は対処をお願いします」

「ありがとうございます。大佐、歳なんだから無理しないでくださいよ? ……いてっ!?」

「余計なお世話だな、少尉。立ち止まっていると的になる。動くぞ」

 カイルに拳骨をプレゼントした後、ブロウエルは両手に”ハイランド”という名のマチェットを持って軽く振ると、風切り音が聞こえてきた。

「ヒュウ……」

「た、大佐の心配はしなくてよさそうですね……」
 
「行くぞ」

 オートスが合図をすると、進軍が始まる。魔獣の猛攻はとどまるところを知らず、加えて壁から突き出す針や落とし穴の先に酸のプールといったトラップも増えてきた。

「右だフルーレちゃん。ダムネ中尉、足元にも気を付けてくれ」

「は、はい!」

「うわ!? いつのまに……!」

 カイルも後方からハンドガンで足止めをしつつチカとビットのふたりをカバーしながら部屋を開け、階段を下りていく。
 
 ――時間の間隔が分からなくなるほどの戦闘を繰り返し前進を続けていく。もう地下七階は降りただろうか。日付が変わるころ、ようやく一匹も姿を見せなくなったことで休憩を挟み、弾丸のリロードと食事を取る一行。

「はあ……ようやく落ち着いたか? こりゃ確かにとんでもねぇ……まだ二日……死人が出るのも頷けるぜ……」

 弾丸が減り、軽くなっていくカバンに不安を覚え始めるドグル。彼を見ながらヘルメットを脱いで汗を拭いていたダムネがオートスへ提案を口にする。

「た、隊長。一度引き返しませんか? 一気に駆け下りてきましたけど、余分な食料消費と魔獣の数が想定外と感じます。ドグル大尉の弾丸も心もとなくなっていますし……」

「だな。引き返すなら今だろ? 行きは遠く感じるが帰りは早いってな。二日でここまでくりゃ十分だろ?」

「そ、そうですね! 体を拭きたいですし……」

 もじもじとフルーレが場の雰囲気を和ませるためにそう口にすると、オートスは自分のカバンに入っていた弾丸をドグルに渡す。

「俺のを使え。俺は剣でも戦えるホーネット(ショットガン)の弾も少しだが余分に持ってきた」

「……おいおい、まじかよ……俺達が折角戻りやすい状況にしたってのにお前はまだ進む気か……! そんなに出世したいのかよてめぇ!」

「口の利き方に気をつけろドグル。俺は少佐でお前は大尉だ。それに隊長は俺。指針には従ってもらう」

「こいつ……! 副隊長、大佐、何とかならねぇのか?」

 ドグルが懇願するようにカイル達を見るが、大佐は言い放つ。

「戻るのは構わん。隊長の言うことは基本的に聞くことになるが、どうしてもというなら部隊を離れ、代わりに誰かをここへ寄こしてくれれば問題ない。手柄は無いが生き残れる」

「ぐ……ふ、副隊長はどうなんだよ……」

 ここまで来て手柄なし、というのは痛い
 そう人間らしい思考をしたドグルがカイルへ尋ねると、カイルはリュックをごそごそしながら返事をした。

「……もう少し持つか。魔獣除けの筒はそろそろ尽きるから、これが無くなったら戻る。それでいいですか隊長? ひとりじゃ深部までいけないでしょうし、ここは仲間のことも考えてほしいですね」

「……よかろう」

 先に進むことを肯定され、正論を言われれば頷くしかない。ドグルはやり取りを見て嘆息し、銃の手入れを始めた。
 オートスは無言でレーションを食べ、ダムネはオートスとドグルを見ておろおろする。フルーレも困惑気味にシュナイダーへ餌を与えようとしたところでカイルに止められた。

「シュナイダーは何日か食べなくても大丈夫だから餌はあげなくていいからね」

「あ、そうなんですか?」

「おん!」

「ふふ、ごめんね? じゃあこれは取っておきましょう……きゃあ!?」

 フルーレが休憩のため壁に背を預けた瞬間、壁が崩れてフルーレがぽっかり空いた口へと消えた。
 
「フルーレちゃん!? ……滑り台か……! くそ、なんてタイミングだよ! 隊長、離れ離れになるのはまずい、何があるかわからないけど、ついてきてくれ」

 穴を見ながらカイルが焦る。喋りながら指示を待たずにすぐ木箱を穴へ突っ込み、自身も穴の中へ入っていった。

「わん!」

「あ、シュナイダー!」

「ダムネとドグルは先に行ってくれ、大佐もお願いします。捕虜ふたりは俺が責任もって連れて行きますので」

「承知した」

「遅れんなよ!」

「せ、狭いなあ……」

 三人が降りていくと、オートスは冷ややかな目をチカとビットに向け、手を伸ばした――
 先に落とした細長い木箱には鎖が巻かれており、それを片手で握って一緒に降りたカイル。
 もう片方の手にはハンドライトを持ち、明かりを灯していた。
 明らかに人工的に作られた急な坂をした穴を滑り落ちていく中、カイルは焦りながら呟く。

「深いな……! この先がトラップだったらフルーレちゃんはひとたまりもない……! シュナイダー俺の脇を抜けて行け。フルーレちゃんを咥えた後、お前の爪で速度を落とせ」

「わぉぉぉぉ!」

 ダッ! と、ただでさえ速く落ちる坂をさらに速度を上げて走る。ハンドライトの光からシュナイダーの姿が見えなくなるとハンドライトをポケットへしまい、手足を踏ん張って少しスピードを緩め始めた。

「俺がぶつかって落っこちましたじゃ話にならないしな……!」

 だが、カイルの危惧とは裏腹にだんだん坂の出口が見えてきた。ライトは照らしていないのに下が明るいなと思ったところで、フルーレの声が聞こえてきた。

「カイルさーん! みなさーん! 大丈夫ですから降りてきてくださいー!」

 問題なしと判断したカイルは、木箱とともに滑るように地面へと着地した。

「っと、罠が無くてよかっ……どわあああ!?」

「あ、す、すみません少尉!?」

「馬鹿野郎、んなところに突っ立てるからこうなるんだよ! そこはお前、フレーレちゃんと俺がくんずほぐれつになってやわらかいあれを……って、ああ、おもてぇなクソ!」

 カイルは後から来たドグルとダムネに体当たりされ下敷きになり、ドグルがぶちぶちと文句を言いながら上に乗っているダムネを押しのけて立ち上がっていると、ブロウエル、オートス、チカとビットの姉弟が降りてきて全員が揃う。

「ふむ……ここは先ほどとは違う地形だな」

「なんだか、空気が澄んでいませんか? 神聖な感じというか……」

 ブロウエルが周囲を見ながら口を開くと、フルーレが続いてそんなことを言う。カイルは木箱を担ぎなおしながら冗談半分で話す。

「俺は神なんて信じちゃいないけど、フルーレちゃんはそういうの信じるクチ? 女の子ってそういうの好きだもんな」

「……いえ、神様なんていませんよ。良く知っています」

「え?」

「あ、いえ、何でもありません! それよりどうします? 元の道へ戻りますか?」

 そこでオートスが顎に手を当てて思案した後、全員に告げる。

「このまま進むぞ。見ろ、ここ以外にも同じような穴がある。恐らく別の場所からもここに来ることができるということだ。ここが正解だと思わないか?」

「……まあ、これを登るのもしんどいしな。今回は隊長に賛成するぜ?」

 ドグルが言うと、ダムネも頷きカイルとフルーレ、ブロウエルも頷く。
 フルーレの言う通り神聖な雰囲気が漂うこの場所には魔獣の気配がなく、天井も高い。柱がいくつも立ち並び、その中でひとつだけ柱の間隔が広い道があった。

「でも隊長、とりあえず休憩の続きはしましょうや。装備のチェックをしておかないと、急に襲われて対処できないのは困りますし」

「そうだな。副隊長の言う通りだ。1時間、休憩をする」

「(……随分あっさり認めたな? 一気に突き進むぞとか言いそうだったんだけど)」

 カイルが冷静になったオートスを見て訝しむ。しかしとりあえず我儘を言わないのは助かるかと地べたに座り、ダガーの血と油を布で拭う。
 すると、ドグルが自分のカバンから小さめの木箱を取り出し何かを組み立て始める。それは――

「とりあえずホーネットは弾が心もとねぇからこいつを使うぜ。じゃーん! この前支給された新武器! ”EW-189 ウッドペッカー”ってんだ、こいつはいいぜ? ハンドガンみたいに一発ずつじゃなくて、トリガーを引いているだけで弾が出る。突撃銃、とかウチの隊長が説明を受けてたな」

「わ、かっこいいですね! そのバウムクーヘンみたいなのがマガジンですか?」

「バウム……くっく、流石フルーレちゃんだぜ! なあ、少尉!」

 マガジンの形状は確かに四つに切ったバウムクーヘンに似ているとドグルは笑う。カイルにも笑いかけて同意を得ようとするが、

「失敗作……だな……」

 と、カイルは冷ややかな目でウッドペッカーを見てぼそりと呟く。ドグルはぎょっとして、怒っていいものか複雑な気持ちでカイルに返す。

「なんだと? 今、失敗作っていったか少尉?」

「あ、いや、なんでもない!? 新作って言ったんだよ。重火器を扱う第二大隊ならそれも納得だな、うん。あ、ちょっと見せてくれ。俺は新しい道具を見るのは好きなんだ」

「そ、そうか? へへ、第二大隊に推薦してやろうか? 壊すなよ! ていうかだからお前変な道具をいっぱい持ってんのか……?」

 隊を褒められて先ほどの不機嫌さが飛び、カイルの肩をバンバン叩きながらウッドペッカーを渡す。カイルはそれをじっくり見て、ある場所でスッと手を動かした。

 「お? 何だ今の音?」

 「ああ、マガジンが外れた音です。でも、これは強力そうだ」

 「おいおい、あんまりいじんなって。ま、こいつの弾はまだある。任せときな! お前も」

 はっはっはと上機嫌でショットガンを組み立てたままカバンに突っ込み、銃を磨き始め、ダムネが苦笑していた。

「現金だよねドグル大尉は」

「訓練校時代からだろう」

「ふふ、同期なんですねやっぱり。あ、同期だけに一緒にここに来る動機がある……とか……」

 オートスがぶっきらぼうに答えるとフルーレが笑い、またぶつぶつと何かを呟いていたが皆スルーする。やがて休憩が終わり奥へと歩き出す一行。

 どこかへ誘うような通路へ足を運び、柱から魔獣が飛び掛かってくる可能性を警戒しながら進んでいると、ビットが声をあげる。

「しっかし広いなぁ……俺達、ここから出られるのかな姉ちゃん?」

「知らないわよ……。どうせ出てもいいことはないからここで死んだ方がマシかもしれないわよ?」

「そんなことは言わないでください。事情があるのでしょう? わたしたちも何とかしますから。ね?」

「ふん……」

 後方でそんなやりとりをしていると、今度はダムネがおっかなびっくりといった感じで口を開いていた。

「こ、これは……! し、神殿……?」

 少し進んだところで巨大な神殿のような建物を発見する一行。それぞれ興味深いといった表情で見上げていると、オートスが帽子の位置を直しながら口を開く。

「そのようだな。隠し穴に落ちたのは僥倖だったようだ、感謝するぞフルーレ少尉。報告ではしっかりアピールしておいてやる」

「え、あ、はあ……」

 デートを要求してきたり、感謝をしてきたりとコロコロ態度の変わるオートスに困惑しながら生返事を返す。オートスは親指を神殿の扉に差し、カイルへ調べるよう指示を出す。

「どうせ、何か鍵を開ける道具でも持っているのだろう?」

「あ、分かります? いやあ、隊長と仲良くなれた気がしますな。……さて、と」

 カイルは真面目な表情になり、扉を調べ始めた。