――『遺跡』
ひょっこりとその姿を現し研究者たちを魅了するが、時には多くの調査員の命を奪っていく古代の建造物。
古代人や天上人、はたまた地底人が建造したなどと噂される危険な『遺跡』には、現在ではおよそ実現できない道具や知識が書かれた碑文などが残されている。
そんな『遺跡』がまた一つ発見された、という報せを受けたゲラート帝国。
調査へ乗り出すため、帝国軍人のメンバー選定が始まる――
◆ ◇ ◆
「……は?」
「聞こえなかったのか? お前は『遺跡』の調査隊に"副隊長"として組み込まれることになったと言ったんだ」
「マジか……『遺跡』って、今ある分は全部調査しているんじゃなかったか? ……おお、マジだ……」
軍の敷地内にある執務室で男女が会話をしていた。襟の階級章から女性の方が階級が高いことがわかり、男へ辞令を渡していた。
辞令交付された紙を受け取った男は顔を顰めると、すぐに頭を掻きながら不貞腐れる。上官に対しての態度ではないが、その様子を気に留めず女性は話を続ける。
「……二週間ほど前に地震があったのを覚えているか? あの地震の後、辺境にあるグリーンペパー領の山が崩れたのだ」
「ああ、知ってるぜ。辺境なのに話がすぐ伝わってきたからな」
「うむ。で、一晩立って現地人が見に行くと――」
女性が言い終わる前に、目の前の男が口を開く。
「……そこに遺跡が出てきたってわけか。それはいいけど、どうして少尉である俺が副隊長に抜擢された? 副隊長は基本的に少佐か大尉だろ? エリオット大尉はどうしたんだ?」
男が首を傾げて尋ねると、女性はため息を吐きながら椅子から立ち上がる。スラリとした足に、ショートボブの金髪が良く似合っており、その胸は男性なら誰しも目を奪われるだろう。そんな彼女が窓に顔を向けてから口を開く。
「……これは司令部からの通達だ」
「なんだって……? それなら尚のこと有り得ないだろ? あいつらはことさら階級重視じゃないか」
いわゆるお偉いさんの体制だろう? そう言って男が肩を竦めると、同意するように女性が頷く。
「まったくもってその通りだ。しかし、意図を探っても埃は出てこなかった。それとあまり面白くないこともある。今回の遺跡調査は混成部隊だそうだ」
「……そりゃ面倒なこって」
「すまん。私も少尉を連れて行くのはおかしいだろうと、上にかけあったんだが決定事項だと突っぱねられた」
「ああ、別にエリ――大佐を攻めている訳じゃないさ。で、メンバーはわかっているのか?」
「これがリストだ」
そう言って大佐の女性が男に書類を渡すと、男は一枚一枚慎重に内容を吟味していく。全てを読み終わった後、深いため息を吐いて口を開いた。
「隊長は駆け上がったエリート少佐……。俺以外の尉官は中尉と大尉がひとりずつ。で、衛生部隊の女の子少尉がひとりって……正気か?」
「一応、第一大隊のブロウエル大佐がお目付け役として同行する」
「げ!? あの爺さん苦手なんだよな……」
「ふふ、だが彼なら信頼できるだろう」
「はは、まあそうだが」
少しだけ大佐の女性が微笑むと、男もつられて苦笑する。そしてもう一度書類を手にし、神妙な顔つきをして喋りだす。
「ま、失敗して腕の一本でも無くせば退役してのんびり過ごせるかね。二階級特進とかでお金もらって田舎暮らしも悪くねぇか?」
「そういうことは言わないでくれカイル……」
大佐の女性が悲し気な表情で俯いてそう言うと、男……カイルはバツが悪そうな顔で続ける。
「ま、まあ、とりあえず行ってみるさ。危険な任務……訪れる危機。そんな中、衛生兵の彼女を颯爽と助けて恋が始まるかもしれんし」
すると、女性大佐の耳がピクリと動き、ギギギ……とぎこちなく顔を上げると、
「ほう、そんな邪な考えで行くつもりか? ……よし、喜べ。今ここで二階級特進にしてやろう」
にこやかに懐から銃を取り出してカチャリとカイルの額に突きつける。
「うおおおおおい!? それ弾が入ってるんだろ!? やめろぉぉ!?」
「……冗談だ。それより『遺跡』の調査、くれぐれも注意してくれ。出発は三日後。飛空船で現地入りの予定だ」
懐に銃をしまいながら告げると、カイルはホッとした様子でポツリと呟く。
「はいはい、分かりましたよ。まったく、おっぱい魔人はこれだか――」
「誰がおっぱい魔人か! 上官に向かって破廉恥な! 命令を復唱!」
物凄い速度でカイルは女性大佐に頭を殴られ、その場でふらついた。しかし、上官が声を出せというのでなんとか背筋を伸ばして敬礼をする。
「いてぇぇぇ!? くそ……! カイル=ディリンジャ―! 『遺跡』の調査任務、確かに受領いたしました!」
「よろしい。話は以上だ」
「了解であります! では、危険な任務に赴くための激励を頂戴します!」
敬礼をした後、すかさず女性大佐の胸を鷲掴みにするカイル。
「これだよこれ……」
その直後、みるみる内に顔が赤くなっていく女性大佐。その顔は羞恥か、怒りか、判別はつかない。そして振り下ろされた拳を回避するため、即座にその場を離脱するカイル。
「ごちそうさまであります!」
「待ちなさい!! カイルーーーー!!」
カイルは急いで部屋から出て行き、激高した女性大佐だけが残されるのだった――
◆ ◇ ◆
カイル――――!!
女性大佐の叫び声は外のグラウンドでランニング訓練中の兵にまで届いていた。それを聞きつけたひとりがが口を開く。
「あれ? エリザ大佐の怒号? 珍しいね」
「カイル、って叫んでたよな? あのぐーたら少尉、またなんかやらかしたのか?」
「半年前にエリザ大佐が招き入れたんだよな。……なんでまたあんなぐーたら男を引き入れたんだか……」
「いや、あのふたりって――」
事情を知っていそうな兵が話そうとした時、グラウンドのコーチが訓練中の兵に怒鳴り声を上げる。
「貴様等! 無駄口を叩くなー! もう一周追加するぞ!」
「「「す、すみませんー!?」」」
そんなうわさ話をされているとはつゆ知らず、カイルは書類を手にグラウンドに目を向ける。
「お、訓練か。頑張って未来の帝国のために働いてくれー。……さて、『遺跡』調査に俺が呼ばれるとは思わなかったな……。準備だけは入念にしておくか」
一言呟き、その足は町の方へと向けられた。
――カイル=ディリンジャー。彼の冒険が今、幕を開ける。
その冒険は彼が過去に置いてきた残滓を取り戻すことになるが、カイルはまだそのことを知る由もない――