異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

「では、ひと月後に会おう」
「ああ、ありがとう。また来るよ」

 というわけで俺達はマトリアさんに素材を託して王都へと戻ることに。
 一か月なんて仕事をしてりゃすぐだし、特に問題はないだろう。シルバードラゴン達のところへ行く時間ができたと思えばいいしな。

 なんて話をしながらマトリアさんを残して地下室を後にし、ダイトとデイルさんの下へ戻ると物々しい雰囲気に包まれていた。なぜか分からないが騎士達に囲まれているからだ。
 慌てて駆け出していくと、デイルさんがこちらに気付いて手を振ってくれた。

「どうしたんですか?」
「いやあ、このバカ息子がベヒーモスが居ると騎士団に通報したらしくてな」
「あ!? こいつら!」
<まったく失礼な>

 足元にはアリーに結婚を迫っていた親子が転がっており、ダイトによる尋問を受けていたそうだ。
 供述によると、親子は危険な魔物が町中に入り込んでいると通報。一時騒然となり取り囲まれたが、デイルさんが『そんなことはねえ』と、デイルさんにとって息子と孫にあたる彼等にボディブローをぶち込んでことなきを得たらしい。
 名前も知らないし、行った悪事もダイジェストになるとは……今後の登場は恐らくもうないと思う。
 それはともかく、デイルさんの言葉でひとつ訂正しないといけないので口を開く。

「いや、ベヒーモスは危険だと思う」
<え!?>
<わふ!?>
 
 突然の俺の反逆に驚くが、一般市民からしてみたらそうだろと言うと納得してくれた。お前達だから許されている部分もあるのだと。

 そこへ騎士の一人が俺に話しかけてくる。

「あなたがベヒーモスとの契約者ですか?」
「そう畏まられると恐れ多いけど、まあ家族ではあるな」
「おお……ベヒーモスを家族……」
「強そうに見えないのに……」

 余計なお世話だ。

「前回の訪問時に、ビルシュ国王様が来られていたと聞いていますが侵略行為ではないですか?」
「ああ、そういう危惧か。大丈夫だ、俺はマトリアさんに薬の依頼をしにきたのと、アリーの継承儀式の手伝いをしただけだしな。仕事は運送業をやっている」
「結構です。まあ、流石に驚きましたがベヒーモス殿とは言葉を交わせるので問題にはならないでしょう。ウチの陛下とソリッド王の仲は悪くないですから。今度『ごるふ』とかいうスポーツをやるのだとお誘いがあったようです」

 ノリノリだろう王様達……
 送迎はなんとなく任されそうな気がするが、薬が完成するまで仕事に支障がなければ問題ない……と、しておく。

 騎士達が撤収しようとしたところで、ふっと空が暗くなり顔をあげると……

<おー、おったおった! ベヒーモスの気配があったから来てみたが当たりだったな!>
「げっ!? シルバードラゴン!?」
「おお……S級の魔物が同じ場所に……!? ヒサトラ殿、こちらのドラゴンも家族ですか!?」
「いや、こいつは野良だ」
<野良っていうな!?>

 ◆ ◇ ◆

 広い場所に降り立つシルバードラゴンに、念のためと騎士達も取り囲んで様子を見守る。そんな中でダイトが呆れたように言う。

<あんまりウロウロしていると狩られるぞ>
<暇なんじゃもの。いいではないか、お主だけあちこち行けるのはずるい>

 野良ドラゴンは命と暇つぶしを天秤にかけていた。
 危なくなれば空高く飛べるのでそこは問題ないと笑っていたが楽観的なほど危ないような気がするんだよなあ……

「で、今日はどうしたんだ?」
<うむ、息子の嫁が有精卵を生んでのう。産まれたら見に来て欲しいという伝達じゃ>
「本当のところは?」
<卵の周りで喜んでいたら息子に怒られて追い出された>
 
 まあ喜ぶのはいいけど迷惑をかけたらダメだよな。で、自分の巣に戻る途中でダイトの気配がここへ来たというわけらしい。

<お主らはこれからどうするのだ?>
「王都に帰るぞ。ああ、明日も休みだしそっちの山に行ってもいいな。キャンプ道具はもちこんでいる……あ、でも魚がねえな。家の冷凍庫だ」
<なら、今日はそっちにお邪魔させてもらおうかのう>
「俺は構わないけど、ソリッド様に確認は取るぞ? まあダメなら外でキャンプだ」
<ワシはなんでもいいぞ>
「あはは、おじいさんそれでいいんですか?」

 適当だ。
 アリーも思わず苦笑いするレベルで。
 ついて来たそうなデイルさんを置いて俺達は王都へと戻って行く。
 トラックを見た騎士達は『あれが……』とか『陛下に報告せねば』などと口にしていたがこのローデリア国にはトラックのことが伝わっているようだ。
 国境を越える時にソリッド様がなにか話していたからそのせいだろうけど。

 そんじゃ今度こそ王都へ戻りますかとトラックを走らせるのだった。
 薬、ちゃんとできるといいけどな。
 
「彼はでかいからなあ、長時間はヒサトラ君の庭で対応するのは無理だろう。門の近くに簡易広場をすぐに作るから少し外で待っていてくれるか? テーブルや椅子なんかはこっちで運ばせるから食材だけ頼む」
 
 と、王都に戻って開口一番ソリッド様にそんな提案をされる。
 一旦、家に戻ってソリッド様へ謁見しようと思っていたがシルバードラゴンを遠くから見ていたらしく、すでにウチの前で待機していた。
 いや、凄くありがたいんだけど、それでいいのか?
 ちなみに俺は城に一度も出向いたことが無いのでチャンスだと思ったんだけど叶わなかった。

「いいのかな?」
「まあ、手伝ってくれた人には料理を振るまおうぜ」
<振るまおう……降る、魔王……>
「不吉なことを言うな」
<痛っ!?>
<わんわん!>

 ダイトの髭を引っ張って窘め、アロンも変なことを言うなとばかりに吠えて糾弾していた。こいつもそのうち喋れるようになったら楽しそうだ。
 
<あ”->
<♪>

 さて、キャンプの準備でもするかと、荷物の持ち運びを開始して必要なものをトラックのコンテナに乗せていく。ポンチョやプロフィア達はお気に入りのプールや座布団(運転席にあった俺の)をコンテナに積む。
 なにげにポンチョはマンドラゴラで身体が小さいのに力が強く、自分の三倍くらいあるテーブルを抱えて移動することができる。
 スライム達も5匹で力を合わせれば水の入ったプールを持ち上げて飛び上がれるので侮れない。見た目は可愛いのでギャップが凄い。

<わんわん♪>
「トラポリン……必要か?」
<うぉふ!>
「いいんじゃない? この子、これ大好きだし」

 みんなお気に入りの者を持って行っているから自分もと言いたいのだろう。 サリアと協力して積み込みを終えてゆっくりとトラックを外へ回す。

「つかはええな……」
 
 門の近くに簡易ではあるが柵を形成していくのが見え、町のみんなの能力が高いことを伺わせる。
 中にはギルマスターのファルケンが居たので声をかけてみることにした。

「おーい、ファルケンさん!」
「お? ああ、ヒサトラか。……また、妙なものを拾って来たな」
「拾ったんじゃねえって。ついて来ただけだし、ちょっと宴会をしたら帰るよ」

 少し離れたところでダイトと談笑しているシルバードラゴンを見てため息を吐くファルケンさん。その様子に俺も肩を竦めて口を開く。

 まあ、楽しそうでいいけどなとファルケンさんが作業に戻り、程なくして特設会場が設けられた。
 扇状に柵を張り、俺達がそこに座った。広く取られたところにダイトとシルバードラゴンが座り宴会がスタート。

「しかし歳をとったと言っても現役のようですな」
<そうだな人間の王よ。ワシらの命は長いからのう、だから卵から子が生まれるのはそう多いことではない。あちこちに仲間は居るが個体としては人間に比べたら少ないかもしれん>
「エルフ達と似たような感じなんすかねえ」

 寿命が長い種族とはそういうものなのか、子供を作るのはあまり早くなく出来てもひと家族一人くらいなものなのだそうだ。
 だからシルバードラゴンの息子が嫁を連れて来てつがいになったのは嬉しかったし、卵が産まれて爺さんが張り切り過ぎたのは致し方ないのかもしれない。

<我もアロンしか作ってないしな>
「母親はどうしたんだよ」
<……今は居ない>
「……」

 今は、という部分でなにかあったのだと思うのだが、聞くのははばかられたので適当に焼いた魚を差し出してやる。
 シルバードラゴンにはマグロのいい部分をあぶってやると大層喜んでくれた。

<む、これは美味いな……肉のような脂だ>
「爪と牙の礼にしちゃ少ないけどな」
<構わん。こうやって美味い物を食わせてくれるなら安いもんじゃて!>
<ここに住んでもいいんじゃないか? なあヒサトラ>
「俺の居場所を失くしたいのかよ!?」
「いや、その気があるならウチは構わんぞ」
「流石にドラゴンはまずいのでは?」

 俺がそう言うと、ベヒーモスもSクラスの魔物だと考えれば一頭も二頭も同じだ! と言いながらがははと笑い、俺は呆れながらソリッド様の顔を見る。
 そんな和やかな雰囲気の中、宴は進みそのまま寝入った。

 そして翌日、その話をしてみたところ――

<気持ちはありがたいが、息子夫婦の近くに居たいからな。ではまた会おう!>
「また来るっすよ!」

 ソリッド様達の用意した料理などをたいらげて飛び去って行った。
 騎士達も仲良くなっていたので少々残念そうだったが、またあの調子だとすぐ来るんじゃないか? などと皆で話していた。

 みんなで見送っているとポツリとサリアが呟く。

「無事に生まれるといいわね……」
「だな。ドラゴンだし簡単に襲われるってこともないだろうけどな」
「でも無精卵を狙ってくる人もいるって言ってたし、気を付けて欲しいわよね」

 確かに、と小さくなっていくシルバードラゴンを見てそう思う。
 しかし三頭のドラゴンを相手にしたい人間なんていないとは思うが……

 子ドラゴンが生まれたら見たいなと思いつつ、俺達は薬が出来るまでの間、通常の仕事に戻るのだった。 
 材料を渡してから出来上がるまで一か月。
 出来るまでヤキモキする……ことはなく、毎日の仕事を続けていると一か月はあっという間にやってきた。
 そして昨日から七日ほど休みをもらっており、もし今日、出来ていなくてもしばらく待つことはできるようにな。

<うぉふ!>
「おう、元気だなアロンは! 飯くったら早速出発だ!」
「ふふ、ヒサトラさんも元気じゃない」
「そりゃそうだって、ようやく母ちゃんを呼んでも問題ない状態になったんだからな。みんな乗ったな? それじゃいくぞ!」

 意気揚々という言葉がぴったりだと思えるテンションで俺はトラックを走らせる。
 ソリッド様達は今回も来ておらず、ゴルフ場建設に夢中らしい。
 税金で建設しているが、工事やゴルフ場で働く人の雇用で金回りは還元しているし、今後も観光で金を落としてもらえる算段があるからだろう。実際、ゴルフ場の近くには町がある。
 国境付近に作ったら儲かりそうだと思ったけど、やっぱ土地の問題だろうな。

<うむ、いい天気だ>
「ああ、こりゃ間違いなく薬ができているぜ。ちっと飛ばすか!」
「おー!」
<あ”ー!!>
<!!>

 あんまり人通りが無い街道をフルスロットで駆け抜けていく。これがフラグだったら嫌だな……自重するか?
 
 一瞬、そんなことを考えてしまうが――

 ◆ ◇ ◆

「できとるよ、ちょうど昨日完成して息子に飲ませたところじゃ」
「ああ、それで……」

 庭で元気にデイルさんと木剣で切り結んでいるアリーの親父さんに目を向ける。

「体が軽い! 回復したばかりなのに父上から一本取ってしまうかもしれませんな!」
「むははは! 小童めが言いおるわ!」

 元気になりすぎだ。
 というかデイルさんとマトリアさんで素材を探しに行けば良かったんじゃなかろうかと思うが、お家騒動が片付いたらそのつもりだったことを聞かされた。
 まあドラゴンとやり合える人間だし、牙も取れるだろうな……。

「お薬はこれ、ですか?」
「うむ。万能治療薬オポロミオンじゃ。これを飲み干せばすぐにああなる」
「息子を指さすな。……ん? どうした?」

 牛乳瓶みたいなものに黄色い液体が入った万能薬をもらうと、ポンチョが俺の足をつついていることに気づく。
 屈んで尋ねてみると、おもむろに頭のでかい葉っぱを一枚千切って俺に差し出して来た。

<あ”あ”あ”!>
「なんだ……?」
「多分、葉っぱでお薬をくるんでおけってことかも? この子って大事な湯のみをそうしているから、薬が大事なものだって分かってるのかも?」
「おお……」

 確かにそう言われればそうかもと葉を受け取り薬をくるむと満足気に頷いてアロンの背に飛び乗った。何気にアロンはポンチョやプロフィアを背に乗せて移動することもある。仲良しでなによりだと思う。

「これからどうするのじゃ?」
「後は……母ちゃんをこっちに呼んでもらう必要があるからそれまで保管してって感じだな。なんかお礼をと思ったんだが、これくらいしかなかった」
<これを納めてくれ>
「なんだい、素材を集めてくれたのはあんた達なんだ礼なんて良かったのにさ……でかい!?」

 たまたまオールシャンの町に行った時にゲットした90cmクラスのマダイを差し出した。
 お祝いを兼ねてめでたいという意味も込めてだが誰にも理解してもらえなかったのでもう言わない。

「これは美味そうだね、後でみんなでいただくことにするよ! って、今日は泊って行かないかい? みんな喜ぶと思うよ。あ、金は受け取らないからね! 息子も助かったことだし」
「マジか……用意してたんだが……。とりあえずいつルアンと連絡が取れるかわからないから帰るよ。母ちゃんが来て回復したら連れてくるつもりだ」
「ああ、楽しみにしているよ。腐ったりはしないから落ち着いてね……ふあ……」

 マトリアさんが片手を上げてから庭に設置されている椅子に座り込み、即寝入った。

「ふふ、おばあ様よく寝ているわ。久しぶりに大仕事だったものね」
「それじゃあ静かに帰りましょうヒサトラさん」
「だな」

 昨日に完成して息子に飲ませたと言っていたから徹夜で経過観察もしていたんだろう。俺達は静かにその場を後にするため移動しようとするが……

「フハハハハ! やるな息子よ! 弟とは違うな!」
「あの親子も根性が曲がらなければ良かったのですが……!!」

 ……打ち合いが激化したデイルさん達が目に入り俺は――

「婆ちゃんが寝てるんだ、静かにしやがれ!!」
「おう!?」
「なにぃ!? 私と父上の一撃を棒で弾き飛ばすだと!?」

 ――バットで二人の剣をホームランにしてやった。

<うむ、よく飛んだな>
<♪>

 唖然とする二人を置き、苦笑するアリーに見送られて俺達はその場を後にした。

 ……さて、次はルアンか。今晩にでも対応してもらえないか聞いてみるかな? 
「……」
「来ますかね?」
「この時間なら問題ないはずだ、ルアン頼むぞ……!」
<わふん……>
<!!>
<あ”ー>

 もう深夜と言える時間なのでアロンがあくびをし、ポンチョたちが休むように声をかけていた。すぐに後部の仮眠ベッドにアロンが寝そべり、ポンチョがまた葉っぱをちぎって掛布団にしてあげていた。優しい。

「お前、あんまりぶちぶちとちぎるなよ、大丈夫なのか?」
<あ”ー!>
「また生えるのか?」

 手で頭を指しているので見てみると湯飲みをくるんだ時の葉っぱ部分は若い葉が見えていた。きちんと水を取っていたら復活するのか? 根っこはどうした?
 ずっと湯飲みで水分を補給しているからなんとも不思議な生物だ。スライム達みたいに酒を飲ますとどうなるか分からないのでこいつにはやっていない。

 さて、そんな深夜のトラックで今回はサリア達も参加してルアンを待っていた。
 今日、母ちゃんの召喚が難しくても薬が出来たことを伝えられればと思っているのでとりあえず話だけでもしたい。

「あ、ヒサトラさん、モニターが」
「来たか……!」
<!!>

 なにもしていないのにカーナビの電源が入り、車内が照らされ俺とサリアとスライムが輝く。
 そしてしばらくして映し出されたのはやっぱりカメラの角度がおかしいルアンの姿だった。

『やっほー、久しぶり! どう、そっちの様子は』
「……後頭部しか見えていませんけど……」
『え!?』
「言わなくてもいいのに。毎回そうだぞ」
『毎回!?』

 気づいていなかったようだ。
 ルアンは慌ててカメラみたいなものを探し出し、ようやく正面を見据えることになった。

『ふう、大丈夫? 見えてる?』
「問題ないぜ。で、早速だが例の薬が完成したからその報告にな。そっちはどう? 母ちゃんの召喚、後半年くらいの予定だったが短縮できそうなのか?」
『おお、本当に作ったのね……!? そうね、ちょっとバトったけど上司に許可をもらったし、いつでもいけるわ』
「マジか! じゃあ早速頼むぜ」

 ルアンがドヤ顔で頷いた後、なにやらブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。
 すると庭に少しずつ文字が浮かび上がり、やがてそれは魔法陣を形成していることに気付く。

「あ……」
「どうしたサリア?」
「ふふ、私とお嬢様がゴブリンに襲われていた時にこれと同じものを見たの。そしてヒサトラさんがトラックでゴブリンを轢いたことを思い出して」
「ああ、本当に一番最初のころか」

 なにも分からない俺をトライドさんところまで連れて行ってくれたことを思い出すな。
 不幸中の幸い……いや、もしかしたら二人を助けるためにルアンがあそこに送ったのかもしれないけど、今となっては聞く必要もないだろう。

 人との縁は些細なことから繋がっていく。偶然でも必然だったとしても、出会ったあとからの選択肢でいくらでも変わるものだ。

「きれいね」
<あ”あ”ー>
 
 俺達はカーナビを外して(タブレットみたいなやつ)、トラックから降りると魔法陣の前に立ってその時を待つ。
 スライム達は魔法陣を取り囲み、ダイトは俺の横で静かに寝そべった。

<お前の母君か。やはり強い人間なのだろうな>
「確かに女手ひとつで俺を養ってきたわけだから強いのは強いだろうな」
「腕っぷしばかりじゃないからね、強さって」
<確かに……そうだな>

 ただ、母ちゃんは正義の人だから俺が荒れていたころも拳骨やびんたは食らっていた。そういう意味では元気だったんだけどまさか癌だなんてな……。

<見ろ、来るぞ……!!>

 ダイトが興奮気味に叫ぶと魔法陣の上に少しずつ人間のシルエットが浮かんできた。その姿がはっきりしてくると、それは間違いなく俺の母ちゃんだった。

 だが――

「こたつごと移動してきただと!?」
「え? あ、あれ? ここ、どこ? って今の声は……玖虎?」
「母ちゃん!」
「やっぱり!? あ、あれ、でもなんでさっきまで玖虎のことを忘れていたのかしら……」

 こたつに入ったまま困惑している母ちゃんに、カーナビ越しにルアンが説明を始める。
 ここは別世界で俺をここに連れて来たことで日本には居なくなっていて存在が記憶から抹消されていたことなどを。

「異世界……アニメや小説の世界って本当にあったのね。というか無事で良かったわ! 記憶に無かったけど! それであたしを呼んだのは会いたかったから?」
「ああ。それについては俺が話すよ。ちなみにこの世界から日本には戻れねえ」
「え!? ちょ、お仕事はどうなるのよ? 明日は夜勤だったんだけど」
「それについては母ちゃんがこっちに来た時点で『別の存在』が肩代わりしてくれるそうだから心配いらないぜ」

 母ちゃんは『そうなの?』と不思議そうな顔をしているが、そこはもはや重要ではないので本題へ。

「ここに呼んだのは……母ちゃん癌なんだろ? それもあんまり治る見込みがないらしいじゃないか」
「……知ってたの? そうね、思い出したから言うけどあんたに少しでもお金を残したくて働いていたわ。後2、3年がヤマだって言われてたかしら」
「らしいな。で、この世界にはそれを治す薬が存在するんだ」
「え?」

 そこで俺は葉っぱにくるんでいた牛乳瓶を取り出しこたつの上に置く。
 
「これを飲めば癌は完治する……はずだ。他の人が飲んだ時は治っていたよ」
『そのためにこっちへ呼んだのよ。さ、一気に飲み干して治療しちゃいましょう!』
「貴重な薬なんじゃないの?」
「……ヒサトラさんはお母さまを治すために素材を集めておりましたから。あ、初めまして私はサリアと言います」
 
 サリアが挨拶をすると母ちゃんの目が光る。

「まさか玖虎の彼女……! ヤンキーじゃない彼女を連れているですって!! 飲む飲む! 孫の顔を見るまで死ねないわっ!」
「ま、まあ、飲んでくれれば俺の目的は達成されるからな」
<あ”あ”あ”ー>
<!!>

 いつの間にかポンチョがこたつの縁に手をかけて母ちゃんを見上げ、スライム達も台の上でぴょこぴょこ飛び跳ねていた。
 
「あら、可愛い! ぬいぐるみ? ……まあいいや、まずは頂くとしますか――」
 
 母ちゃんが舌なめずりをして瓶のふたを開けたところで俺は違和感を感じる。サリアもそう思ったようで俺の袖を引きながら口を開く。

「……ヒサトラさん、薬の色って黄色じゃなかったっけ……?」
「……!? そうだ、黄色だ! なんで緑色をしているんだ!? 腐らないって言ってたのに……。ま、待ってくれ母ちゃんそれは――」
「青汁っ!!」

 俺が止める間もなく、謎の気合を入れながら一気に飲み干してしまった。
 だ、大丈夫なのか!?
「う……!?」
「母ちゃん!?」

 黄色だったはずの液体が緑色に変わっていることに気付いたが、すでに母ちゃんはなんの躊躇いもなく一気飲みをしていた。豪快な性格が裏目に出たか……!

 そして、こたつに突っ伏した母ちゃんを前にポンチョが小躍りしていた。

<あ”あ”あ”あ”♪>
「お、お前、まさか毒を入れたとかじゃないだろうな!?」
<あ”?>

 ポンチョを抱き上げて怒鳴りつけるが、体をへにゃりと曲げて『なんのこと』と言わんばかりの態度である。
 あれか、悪いことだと思ってないからなのか?

「あ! ヒサトラさんお母さまが!」
「どうした!?」
<あ”!>

 母ちゃんの肩を支えていたサリアが驚愕の声をあげたので、俺は慌ててポンチョを放り投げてこたつの横に片膝をつく。ポンチョはスライム達がクッションになりキレイに着地していた。

 そして――

「ん”あ”あ”……! なんか体がめちゃくちゃ軽くなった!」
「なんだって!?」
「あ、あれ? ちょっと皺とかシミ・そばかすが消えてるような……」
「本当? どれ……」

 母ちゃんは鏡を取り出して確認すると、どうやらサリアの言う通りらしく、若返ったみたいになっているらしい。まさか葉っぱ効果……!?

「齢46歳のあたしがまさかキレイになれるなんて。最初は冗談かと思ったけどおもいきって飲んで良かった……!!」
「その薬の目的はそうじゃねえよ……。胡散臭い美容広告のキャッチコピーみたいなこと言ってねえで、身体はどうなんだよ」
「え? 軽くなったわよ。癌にやられてた部分は鈍痛が走ってたんだけど、今は全然痛みとか無いし。現役時代になったって感じかな?」
 
 現役……?
 
「母ちゃんがスポーツをやってたなんて話はきいてねえぞ?」
「ああ、学生のころは荒れてたのよ。いやあ、あんたがヤンキーになった時はやっぱそうなるかーってなったわね」
「マジか……!?」
「やんきい?」

 なんでもくっそ厳しい父親との確執でグレたとか言いだした。
 そういや親父方の祖父母しか見たこと無かったけどそういうことだったのかと今更ながらに納得する。
 で、親父が大学生で母ちゃんが高3の冬に、繁華街で連れ去られそうになったところを親父に助けられてから付き合い、20歳で俺を産んだらしい。
 ちなみにクソ真面目だった親父は弱かったってさ。

「体力も戻っているかしらね? よっと。そこの大きいわんちゃん、ちょっと肉球を貸してくれない?」
<ん? 我か? 構わんぞ>
「順応性が高いのはお母さま譲りなのね」
「俺もあそこまでは無かったと思うが」

 もう母ちゃんの独壇場と化した庭でダイトがひょいっと前足を掲げて殴りやすい位置に持ってくる。母ちゃんは深呼吸をした後、腰を落として拳を振るう。

「速い……!?」
<ぬお!?>

 インパクトの直後、ダイトの上半身がぐわっと浮いた。あの巨体が持ち上がるってことは相当威力が高いぞ……!?

「うんうん、まあまあね。こんなところかしら」
「凄い……」
「一体なんなんだ……ま、病気は治ったってことでいいのかルアン?」
『……』
「寝てんじゃねえよ!!」
『ハッ!? わたしのグレイトフルメンチカツが!? ……くっ、夢か……』

 なんか悔しそうだが、とりあえずこいつのおかげでここまで漕ぎつけたので礼を言っておこう。

「どうやら成功したみたいだ、サンキューなルアン」
『まあ、こっちにヒサトラさんを呼んだのはわたしの都合だからこれくらいはね? それじゃ、召喚魔法を使って眠いし、そろそろ消えるわ。もう会うことも無いかもしれないけど』
「そうなのか?」
『ええ、目的は終わったから、後はあなた達だけで暮らす感じね。こっちから用があったら顔を出すかもしれないけど』
「ロクなことになりそうにないから勘弁してくれ」
『あっはっは! そうかもしれないわ。それじゃ、後はよろしくね! シーユー!』

 笑顔でそれだけ言い残してモニターが暗くなり、俺達だけが残された。
 そこで俺と一緒にモニターを見ていたサリアが苦笑しながら母ちゃん達の方へ眼向けて口を開く。

「でも、元気になって良かったわね」
「元気すぎる気もするけどな……」

 俺の学生時代に苦労をさせていたせいでこの姿を見ることが出来なかっただけなのだろう。それに……小さい頃は仕事仕事であんまり顔を合わせても無かった気がするので――

「おう、君は大根の仲間かしら? こっちは色のついたゼリー?」
<あ”あ”ー!>
<!!!>
「あはは、違うの? ごめんね」

 ――ああいう表情は覚えていない。苦笑いばかりだった。そう思う。

「しょうがねえな、サリア。アロンを連れて来てくれこいつら全員、母ちゃんに紹介するぞ」
「はーい♪」

 だから、これからは苦労をかけないために俺が頑張ろう、そう思った―― 
「こっちの方でいいのね?」
「ああ、サリアと一緒に地図を見ながら回ってくれ。護衛は頼んだぞ、お前達」
<うぉふ!>
<あ”ー!>

 俺の号令でアロンとポンチョ、そしてスライム達がずらりと整列してそれぞれアピールをしサリア達の後を追う。
 
 ――さて、母ちゃんの召喚から2週間ほど経った。

 経過は順調で、向こうに居た時は薬も飲んでいて体がしんどかったそうだが、飲まなくても平気だしむしろその辺の冒険者よりも強い。

 もう金もあるし家でゆっくりしていて欲しいと思ったのだが、今日は自分も連れて行けと言いだしたのである。
 アロンやポンチョ達も懐いているんだけど、あいつらも仕事の時は留守番をしてくれないので寂しいらしい。

◆ ◇ ◆

「ジュエリーサンゴを見つめているだけの一日は地獄よ?」
「買い物にでもいけばいいだろ……」
「ならサリアちゃんを置いて行ってよー。あ、そうだ、あたしも仕事するわ! そしたらこの子達も一緒よね」
<わん♪>
<あ”->

◆ ◇ ◆

 という割とどうでもいい理由でついてきたというわけ。
 
 ……余談だが、ルアンが最後に気を利かせたらしく、目が覚めたら庭に実家である一戸建てが増えていた。父方の爺さんの持ち家だったから丸々ウチのものなので、向こうで消えるよりはと思ったのかもしれない。
 俺の部屋もまんま残っていたので、漫画やらベース、野球のグローブにサッカーボールに自転車などなど……増えてはいけないものが増えた気がする。

<サッカーボールは我とアロンで使わせてほしい>

 とはダイトの言葉だが、やはり追いかけるのが楽しいようだ。トランポリンに続くお気に入りが増えたアロン。
 ポンチョはスケボーが気に入ったようで、小さい身体を使って軽快に滑っていた。
 スライム達はこたつの上がお気に入り。

 そんな感じで母ちゃんは自宅、俺とサリアはソリッド様の建ててくれた家と差別化も図れているのも特徴的だ。庭が狭くなったから騎士達が集まってバーベキューは難しくなったけどな。


 ◆ ◇ ◆

「ここがこの住所になりますね!」
「なるほどねえ。きちんと配達できる仕組みになっているから成り立つのね」
「はい! こんにちはー、お届け物でーす」

 私はお母さまと一緒に荷物配達をすることに。
 息子であるヒサトラさんと行くかと思ったけど意外なことに私と一緒に行きたいと言いだしたのだ。

「ふう……サリアちゃんは可愛いわね……おばさん、娘も欲しかったのよ。いつ結婚するの?」
「あ、その……ありがとうございます。お母さまがこっちに来てから考えたいってヒサトラさんが言ってましたから、そのうちじゃないかなと」
「……ちなみにまだしてないの?」
「……! はい。ヒサトラさん、そういうの全然なかったですね。そこが好きになった部分でもあるんですけど!」
「あー、最初の事件ね」

 襲われてもおかしくない状況だったけどそうしなかった彼はやっぱり誠実なんだと思うなあ。
 
 それはそれとして――

「私も両親が居ないので、お母さまが出来たら嬉しいです!」 
「あら、嬉しいわね。ふふ、異世界だなんて驚いたけど、可愛い娘ができるならアリね」
<わんわん!>
<あ”ー!>
「アロンちゃんにポンチョ、ナンパ師を撃退してくれたの? ありがと♪」

 最近だとみんながガードしてくれるのでナンパの心配もなかったりして。お母さまも私も強いから簡単に連れ去られたりしないけど、アロンちゃんたちも頼もしい。

「はいはい、プロフィアちゃん達、顔にへばりついてないで行くわよー」
<♪>
「懐いてるなあ」

 ヒサトラさんもそうだったけど、ニホンジンって順応性が高いのかしら?
 でもお母さまに喜ばれてよかったな。孤児となんて結婚反対! って人も多いしね。

「行くわよサリアちゃんー」
「はーい!」

 早く結婚したいな、この三人なら私が欲しかった家庭がきっとできる。そう思えるから――

 ◆ ◇ ◆

<遅いな、迎えに行かなくていいのか?>
「まあ、ここが最後だし、アロン達もいるから平気だろ。母ちゃんには俺でも勝てるかどうかだぞ?」
<確かに……む? ヒサトラ、空を見ろ>
「星を見ろってか? お、ありゃシルバードラゴンか」

 久しぶりに見たな、どこかへ行っているのか? とか考えていると、くるっと方向を変えて急降下してきた!?
 珍しく大雑把な着地で風圧に耐えていると、シルバードラゴンが慌てた口調で俺達に話しかけてきた。

<おおおお! ヒサトラではないか!! ここで会ったが一か月ぶり! すまん、助けてくれい!>
「落ち着け、ホバリングで周囲の人が吹き飛んでいるだろ!? 丁度サリア達も帰って来たし、外で話を聞かせてくれ」

 と、いうわけで外に出て話を聞くと、結構大変な事態で驚いた。
 なんとドラゴンの卵が冒険者達に狙われているというのだ。
 有精卵は貴重で、生まれたばかりのドラゴンは全身素材となるので、ある程度成長させて殺し、売り飛ばされたりするらしい。

<ワシが飛び回っていたからつけられたのかもしれん……頼む、卵と嫁さんを匿ってくれんか? 息子は人間を撃退したもののケガを負ってな。あやつも狩られる可能性が高い!>
「いいぜ、でも卵を持って飛んでくりゃいいだろ?」
<加減が難しいから持ち出すことはできんのだ。そのトラックとやらならいけるじゃろうと思ってな>

 なるほど、賢い選択だ。
 
「ヒサトラさん、このまま行きましょう!」
「よくわからないけど、友人? のピンチなら手助けするのが人間よね」
<我達が要れば人間など容易い。ゆくぞ!>

 俺達も人間だけどな!?
 そんなわけで俺達はドラゴンの巣へと向かうことになった。
「しっかり掴まってろよ!!」
「うん!」
「ほら、あんた達は後ろに居なさい! いいわよ玖虎」
「いくぜ……!」

 母ちゃんがアロン達を寝台へ投げ込むのを確認した瞬間、俺はアクセルをべた踏みにする。
 スキール音が周囲に響き、トラックは一気に加速を行い、弾けるように飛び出した。

<あ”あ”あ”!!>
<うぉふ!!>
<♪>

 キュルキュルとした音が気にいったのか背後で魔物たちが合唱を始めて割とうるさい。
 だが、それよりもドラゴンの夫婦が心配なので先を急ぐ。

「こんなにスピード出して大丈夫なの!?」
「ああ、このトラックは絶対に転ばないようになっているし、万が一ぶつかってもこっちが勝つ。人間だけ気をつければ特に問題はねえよ」
「今までより一番速いよね」
 
 サリアが手を合わせてそう言い俺は静かに頷く。
 現在128キロを計測し、恐らく最高だ。このまま行けば160までは上がり、ドラゴンの山までここからなら1時間程度で到着するはず。俺は前を飛ぶシルバードラゴンを見失わないようにしながらハンドルをきって急いだ。

 そして――

<あなた……!?>
<ぐぬう……き、傷が……>
「ひゃっはぁ!! 青いドラゴンはもう終わりだ! 卵を奪えええええ!」
<子供は渡しません! カァッ!>
「チッ、メスはまだ元気だな……念のためこっちも潰しとくか」
「「おお!」」

 ――俺達が到着すると、すでに戦闘が開始されており50人前後からなる冒険者に囲まれていた。シルバードラゴンが残っていたらと思うが、逆だ。しっかり獲物を狩るために編成されてきているので三頭とも殺されていた可能性は十分ある。息子さんが瀕死になっているのがいい証拠だ。

 それよりも早く助けないとまずいなと、トラック、ダイト、シルバードラゴンが夫婦を庇うように踊り出た。

「そこまでだ。このドラゴンは俺達のフレンドでな、悪いが邪魔させてもらうぜ」
<ふむ、まあまあ数を集めたようだが……我等には勝てんぞ?>
「な!? に、人間にベヒーモス、か!?」
<お、おお……ヒサトラ殿……!>

 俺を見て歓喜の声を上げる息子ドラゴン。
 うなりを上げるシルバードラゴンとダイトという状況に冒険者達が驚愕の表情で俺達を指さした。

「それに見たことがない乗り物だ……! まさかこいつら、隣の国で噂の運送屋ってやつか!? な、なんでここに……」
<ワシが呼んだのじゃ!! 孫は渡さぬぞ!>
「マ、マジでドラゴンと友達なのかよ……ベヒーモスもいるしこれは無理だぜ!?」

 シルバードラゴンの咆哮に戦慄する冒険者達だが、リーダー格らしき目つきの悪い男は怯む様子もなく、唾を吐いてから大声を上げた。

「びびるな! でけぇなら卵だけでも回収する手段を考えろ! よく見りゃ女も居るし、フレンドっつーなら傷ついたドラゴンを盾にでもできるだろうが、考えろ! 一攫千金は目の前だぞ」
「お、おお……!!」

 チッ、徹底抗戦の構えか。ならぶちのめしてやるかと思った瞬間――
 
「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
「あ」
<む、避けられたか>

 不意に突撃したダイトの一撃で10人くらいが宙に舞った。
 それを皮切りにシルバードラゴンやアロン、ポンチョ達が飛び出した!?

<あ”あ”あ”あ”あ”!!>
<わおわおーん!!>
<#!!>

 お前等やる気かよ!?

「玖虎、コンテナを開けて! 卵はあたしとサリアちゃんでコンテナに運ぶわ!」
「うん!」
「オッケー、なら護衛は俺がやる……!」

「乗り物から降りてきたぞ、あいつらを狙え!」
<グルゥゥゥ……!!>

 数が多いな、捌ききれるか? 
 そう思った瞬間、アロンが俺達の前に立ちはだかり冒険者に体当たりを仕掛けた。全力のアロンの一撃は冒険者の鎧をひしゃげさせ、2メートルは吹き飛んだ。

「ち、小さいベヒーモス……!?」
<わんわん!!>
「ぶっ殺してやる……!!」
「アロンちゃん!」
「いや、大丈夫だ……!」

 短いながらも立派な角と爪で攻撃するアロンの背後から男が刃物で斬りかかる。サリアが絶叫するが、俺はトラックの上に鎮座したスライム達に気づいていた。
 そして五匹が固まってこちらに狙いをつけているのは、戦隊モノでよくある五人で合体して撃つバズーカのおもちゃ。しかし、サリアの剣ですでにお分かりだと思うが、あれも実戦で使える代物――

<イクゾー!>
<オオー!>
<アロンクンヲマモレー!>
「あれ!? スライムから声が聞こえる!?」

 直後、おもちゃのバズーカから虹色の塊が発射され、アロンを狙っていた冒険者にクリーンヒット。

「ぐああああああ!?」
「な、なん――」

 最後まで言い終えることなく、さらに地面からカラフルな爆発が起きて無情にも数人が吹き飛んでいった。色々とおかしい。
 だが、この状況下でこの理不尽はありがたい。

<わんわん!>
「おう、任せたぞ!」
<きゅーん♪>
<コッチハマセテー!>

 プロフィア達はコンテナ上から次々と虹色の塊を発射し冒険者達を空へ打ち上げる。なんか普通に喋れてんな……。

「可愛い! でも後からね、風呂敷を使ってコンテナに載せるわよ」
「はい! 二人なら軽いですね!」
<ええー……? そう? 人間には重いからあいつら荷車を持ってきてるけど……>
「大丈夫ですよ?」

 母ドラゴンは信じられないといった感じだが、サリアと母ちゃんが風呂敷の端を掴んでひょいっと持ち上げてスタスタと歩くさまを見て口を開けてポカンとしていた。しかし今は戦闘中。すぐに頭を振って冒険者たちの迎撃に戻っていた。

「女と卵、両方ゲットだぜ!」
「おっと、それは無理な注文だぜ!」
「ぐあ!?」

 アロン達に負けていられないと喧嘩で培った拳を叩きつけてやる。
 そういやバットを持ってきてないと思っていると、視界の端にバットが見えた。見えたのだが――

「な、なんだこいつ……」
「マンドラゴラ、か? なんかでけえ棒をもってんぞ?」

 がらがらとポンチョが片手でバットを引きずりながら冒険者達の行く手を遮っていた。
 
「あ」

 ポンチョの顔、というか眉間がくしゃっとなっていることに気づき俺は戦慄する。
 あの顔はガチ怒りの顔で、酔ったソリッド様付きの騎士が調子にのってあいつの湯のみを奪った時にああなったのを思い出す。ちなみにその騎士はもちろん酷い目にあった。

 俺が冒険者をあしらいながらごくりと喉を鳴らして見ていると、ポンチョが動いた。

<あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!>
「あ――」

 最初の雄たけびで数十人が失神。
 殺してはダメだと言い聞かせているため手加減をしている。だから引っこ抜いた時のように死ぬことは無いがしばらく起き上がれないだろう。
 耐えた冒険者も居るが、すでにポンチョは動いている。

 
<あ”あ”あ”あ”あ”!>
「ああああああああ!?」

 雄たけびと悲鳴が交差。
 ポンチョはバットを振り、執拗に相手の右足、その脛を打ち付けていた! もちろん相手は具足をつけているが、ものの数秒で役立たずと化す。そうなると残りは肉と骨のみ。

「このクソ大根が!! ……ぎゃああああああ!?」
<あ”あ”あ”あ”あ”!>

 一人目が転げまわると別の冒険者が我に返りポンチョへ襲い掛かっていく。が、小さいため捕らえられず、またしても狂ったように右脛を叩き続けていく。確実に戦意を削いでいくが正直、見た目はなにを考えているか分からない顔で意思疎通ができないから恐怖でしかない。

 というか息子ドラゴンが酷い目にあっているのを見てみんなキレちまったらしい。アロンもベヒーモスの子供らしく一撃が重いし。

 とはいえ、まだ人間の数は多い……ここは脱出するべきか?
「よし、卵オッケー!」
「ヒサトラさんコンテナを閉めるわね!」
「おう! ……って邪魔すんなこらぁ!」
「ぐあ!?」

 突っかかってくる冒険者をぶっ飛ばしてコンテナに向かって駆け出す俺。
 サリアと母ちゃんを捕まえようと襲い掛かっていたのが見えたからだ。ダイトとシルバードラゴンは体がでかいので一撃は大きいが小回りが利かない。確実に数は減らせているものの、向こうもベテランなのでフォーメーションを立て直していた。

<ふむ、卵を確保したならこいつらに用はないか……しかし>
<お、俺のことはいい。卵と嫁を……>
「そうはいかないわ。見殺しにしたら明日からお肉が食べられないじゃない!」
 
 母ちゃんが冒険者達を牽制しながらそんなことを言い、サリアも戦隊モノの剣を持ち出してうんうんと頷いていた。コンテナ上のプロフィア達の砲撃を回避しながら冒険者が仕掛けてきた。

「お前達を人質にしてやりゃいくらデカブツでも!」
「あたしを人質? それ自体、甘い考えね!!」
「速い……!?」

 掴みかかられるより早く、母ちゃんの拳が鎧で守られていない場所へ突き刺さっていた。
 くの字に折れ曲がった男を背負い投げでぶん投げ、他の冒険者をベルトアクションゲームのように巻き込む。

「オラオラ! あたしが女だからって舐めてると痛い目を見るわよ!!」
「こいつ!! ぐえ!?」
「囲め囲め!!」
「判断が遅いっての! 鉄パイプが欲しいわね」

 5人相手に大立ち回りをする母ちゃんは特に剣にびびることなくぶん殴っていく。 鉄パイプでなにをするつもりかはよく分かるが残念ながらここにはない。
 代わりにダウンにしたやつのハンマーを拾ってボッコボコにし始める。

「母ちゃんが元ヤンってのはなんとなく納得できたけど強いな!? サリア、無理するなよ!」
「大丈夫ー!!」
「なんだこの美少女!?」
「ちょ、あぶね……!? なんだあの光の剣!?」

 うん、サリアも大丈夫そうだ。ベヒーモスとの契約で現状ここに居る人間で勝てるやつは居なさそうだ。
 ならば……!

「てめぇが頭か?」
「チッ、なんなんだ貴様らはよ……? 魔物は狩りの対象だ、ガタガタ言われる筋合いはねえな!!」
「魔物でも友人にゃなれんだ、だから止めさせてもらうぜ!」
「ぐあ!?」

 俺はリーダー格の男へ向かい、剣を回避してカウンター気味に顔面をぶん殴った。
 キレイに入り、男は大きくぶっ飛んだあと……1、2、3……5回ほど地面に体を叩きつけながらバウンドし、やがて動かなくなった。

「あ、あれ?」
 
 その瞬間、暴れていた冒険者達の動きが止まり、ぎょっとした顔で俺を注視していた。
 
「お、おい、あいつ『緋剣のバイス』さんを倒したぞ……!?」
「一撃……一撃だと……」
「ゆ、油断していたんじゃねえか?」
「あの人が油断するとは……思えないけど……」

 ……どうやらこいつは結構強いヤツだったらしい。

 実力者と指揮系統を失った冒険者達は頷いてから白旗を上げた。

「さすがにバイスさんを倒されちゃこっちが不利だ。死人が出る前に降参するぜ……いてっ!?」
<あ”あ”あ”あ”!>
「ポンチョやめろ、終わったみたいだ」
 
 隙を見せたらすぐ叩くなこいつ。
 俺の言葉にポンチョがこっちまで戻って来て俺の足にしがみつく。

<あ”? ……あ”あ”ー>
<わんわん♪>
<♪>

 アロンとスライム達も俺にじゃれついてくる。あのバズーカは封印推奨かもしれん。
 
「オラァ! 根性が足りないんじゃないの!」
「ひいい!?」
「母ちゃんもそこまでにしよう」
「あはは……」

 母ちゃんを窘めていると、バイスと呼ばれていた冒険者が起き上がり俺を睨みつけながら口を開く。

「ぐっ……てめぇ……やりやがったな……」
「まだやるか? 卵を諦めるまで戦う準備はあるぞ」
<ヒサトラの言う通りだ>
 
 ダイトがそういって俺の近くへとやってきた。
 シルバードラゴンに蒼と桃色のドラゴン、そしてベヒーモスに無駄に強い俺達と死屍累々となっている冒険者達を見比べた後、バイスは剣を放り投げて地面を殴りつけた。

「分かったよ、くそっ! もう卵にゃ手を出さねえ。あの箱も簡単には開きそうにないしな」
 
 何度かトラックが魔法を受けている場面もあったが、ビクともしなかったのでそれも込みで降参というところか。
 しかしこの冒険者達も仕事でここまで来ていたんだろうし、悪いことをしたとは思う。ファルケンさんとかの知り合いがいるからこそだと俺はトラックの上部寝台へ行ってからとある袋を取り出してバイスへ渡す。

「……? なんだこりゃ?」
「死人はいないと思うけど怪我はしているだろ? 足りないかもしれないけど、治療費として分けてくれ」
「マジか? ……うおっ!? 足りないどころか納品した時と同じくらいの金貨があんぞ!? な、何者なんだよホントに!?」

 これは貯金の一部で、移動先でいいものがあったら買うためのお金である。
 実はまだ家に稼いだ金はたくさんあるからこれくらいは痛手にもならなかったりする。

「とっといてくれ、治療したら減るだろうしさ。そんじゃ俺達は行くぜ? なあ、シルバードラゴン達よ。またこういうことがあったら困るだろ、まとめてウチに来いよ。ソリッド様に言えば産まれるまで匿ってくれると思うぞ」
<いたた……。い、いいのでしょうか……?>
<ヒサトラが言えば問題なかろう、この男がやることは概ね人間にとって有用だ。もし、ヒサトラが国を出たら大きな損失になるのが分かっているからなあの王は>

 そうなのか? そこまで考えているというか欲まみれな気もするが……。
 とりあえずシルバードラゴンと嫁さんドラゴンに手伝ってもらい、息子ドラゴンを上部に載せてコンテナにくくりつけてやり、魔物とサリア、それと母ちゃんで卵が割れないようにしてもらうためコンテナに乗り込んでもらった。

 ダイトは地上、ドラゴンは空から王都まで飛んでくることを決めたのでトラックのエンジンをかけ、窓から顔を出して呆然としている冒険者達へ挨拶をする。

「んじゃ、悪いけど俺達は帰るぜ。ま、ご覧のとおり俺達に喧嘩を売ったらこうなる。それでも良けりゃ、リベンジでもなんでも受け付けるぜ。……ただ、その時はこんなもんじゃ済まないかもしれないけどな? んじゃ気を付けてなー」
「あ、ああ……」

 ぶっちゃけダイト達は俺に気を使ってかなり手加減をしているのだ。死者ゼロなんて偶然があるはずもないから、言い聞かせておく。次また来るような馬鹿なら容赦はしないつもりだ。

<いい運動になったぞ。ではな>
 
 トラックをゆっくり進ませダイトが追従してくる。
 なんだったんだと言わんばかりの顔をした冒険者達を置いて俺達は王都へと戻って行くのだった。


 ◆ ◇ ◆


「いっちまった……。バイスさん良かったんですかい?」
「……仕方ねえだろ、あの兄ちゃん一人にぶっ飛ばされたんだぞ、この俺が。お前等、俺とタイマンでやれる自信あるか?」
「まさか。そう考えるとバケモンだなあの兄ちゃん。ドラゴンとかベヒーモスを友達と呼べるわけだぜ」
「とりあえず帰ったら山分けだ。十分すぎるが、マジで良かったのか? ……くく、おもしれえ野郎だった、また会いたいもんだ。チヤホヤされて俺に驕りがあったか。修行しなおしだな――」

「構わんよ」
「即答!?」

 王都へ戻ったのはもう日が暮れた後だったが、ドラゴン二頭は無視できるものではなかったらしく、騎士達が総出で門の外まで出て来ていた。
 『やっぱりヒサトラさんか』という腑に落ちない発言はスルーし、ソリッド様に匿ってもらえるよう頼んだところ先ほどの回答を得られたわけだが……

「頼んどいてなんですけど、ドラゴン三頭ですよ?」
「まあ、今更だろう。シルバードラゴンは先日も来て人気もある。ただ、まあ三頭が落ちつける場所が王都にはないから街の外に新しく建設する形になるだろう。その間、卵をヒサトラ君の倉庫に入れておいてもらえるかな?」
「もちろん。それでいいよな?」
<申し訳ないのだけどお願いしますね>

 嫁ドラゴンが深々と頭を下げ、概ね指針が決まる。
 すぐに行動が開始され、卵は丁重に倉庫へ運ばれ、庭はプロフィアとポンチョによる警戒態勢になり、母親は居た方がいいだろうとダイトが庭から出て嫁ドラゴンがインする形を取った。

<いいのかしら……>
「子供が産まれたらすぐに母親の顔を見てもらわないと困るからね。刷り込みって怖いし」
「産まれそうになったらお前達も離れるんだぞ?」
<あ”ー>
<アイ!!>

 という感じだ。
 運送の仕事中は母ちゃん・プロフィア達スライム・ポンチョが家に残り防衛に努めることとし、アロンとダイトは前と同じようにトラックに乗って俺とサリアの手伝いだ。
 そして前回のシルバードラゴン訪問の時と同じく、町の外にドラゴン達が休める場所が建設されていく。
 ちなみに俺の家があるのは壁の傍だが、今回はその壁を越えたすぐのところに作っている。
 後は――

「ドラゴンに効く薬ってあるのか?」
「どうだろうな……ヒサトラさんの母親を治した薬は病気に効くがケガは違うらしいしな」
「そこ、喋ってないで動けー」
「「へーい」」

 ――息子ドラゴンのケガの問題が残っている。いつ治るかは分からないが死ぬことはないというので一安心か。

 こっちはシルバードラゴンが常駐するし、待機している兵士たちがローテーションで見張りをしてくれるらしいのでこっそり討伐されたりはないだろう。

 久しぶりに俺とサリア、それとアロンだけで遠巻きに建設風景を眺めていると不意に俺の手を握りながらサリアがポツリと呟く。

「……後は無事に赤ちゃんドラゴンが産まれてくるのを待つだけね」
「だな、どんどんおかしなことになっていくけど……」
「でもいいんじゃない? ヒサトラさんが優しい人だから集まってくるんだと思うし」
「どうだろうなあ。俺はそんなつもりはないんだけどな? まあ、母ちゃんもこっちに来たし、後は仕事を頑張ろうぜ。それで……」
「それで?」

 ここで言うべきか悩むところだが、誰も……特に茶化す人間も居ない今がチャンスだと思いサリアを正面に向かせてから俺は言う。

「……色々と俺の事情は片付いた。だから、俺と結婚してくれないか? お前と家族になりたいと思っている」
 
 俺は真顔でそう言い、顔が熱くなっているのがわかる。付き合っていると公言したとはいえ結婚はまた別だ。
 こういうのはきちんと口にしないと『相手が分かっている』なんて自惚れは全てを終わらせてしまう。

 返事は……どうだ? 

「はい! 喜んで!」
「おっと……!」
<うぉふ♪>

 少し涙ぐんでいたサリアが俺に抱き着いてきてキスをし、足元でお座りをしていたアロンが祝うように足元で吠えた。さて、母ちゃんに報告しないといけねえな。


 ◆ ◇ ◆


「……よし! よく言ったわ玖虎」
「なるほど、母上はそれで近づくなとおっしゃっていたのか」
「そうですよソリッド様。なんだかんだと周りに人が多いと言いだしにくいですからね。夜ひっそりと……というのも考えられましたが、ドラゴン夫婦と卵という連想させるシチュエーションなら、となるべく二人きりにさせたかったというわけですね」
「な、なるほど……」
「今日はお祝いかしらね? あの子の好きなハンバーグステーキでも作ってあげようかしら」

 ウチの息子は高校時代に荒れていたけど、あれはよくある流行り病のようなものだ。人様に迷惑をかけていたことに関してビンタくらいはしていたけど、自分もそういう時期があったからわからなくはない。

 多分、父親が居ればそうはならなかったと思っているのであたしの親としての力不足だ。
 まあ、元ヤンだったしね。
 それでも、自分の親が嫌いでそうはならないよう努力してきた。で、あたしを助けるために奮闘してくれた玖虎は立派に育ってくれたと胸を張って言える。

「ハンバーグとはなんでしょうか……?」
「うわ、びっくりした!? ……誰?」
「通りすがりの魔道具技師大臣です。ちょうど陛下を探しに来ていたら、知らないのになにやら心躍るワードが聞こえてきたもので」
「ああ、あたし達の世界にあるポピュラーな食べ物よ。材料があればすぐ作れるけど」
「是非」
「バスレイ、私に用があったのではないのか……?」

 眼鏡の女の子はバスレイというらしい。なんでハンバーグに拘るかわかんないけど、食べたいというなら作ってあげてもいいかしらね?