「……」
「来ますかね?」
「この時間なら問題ないはずだ、ルアン頼むぞ……!」
<わふん……>
<!!>
<あ”ー>

 もう深夜と言える時間なのでアロンがあくびをし、ポンチョたちが休むように声をかけていた。すぐに後部の仮眠ベッドにアロンが寝そべり、ポンチョがまた葉っぱをちぎって掛布団にしてあげていた。優しい。

「お前、あんまりぶちぶちとちぎるなよ、大丈夫なのか?」
<あ”ー!>
「また生えるのか?」

 手で頭を指しているので見てみると湯飲みをくるんだ時の葉っぱ部分は若い葉が見えていた。きちんと水を取っていたら復活するのか? 根っこはどうした?
 ずっと湯飲みで水分を補給しているからなんとも不思議な生物だ。スライム達みたいに酒を飲ますとどうなるか分からないのでこいつにはやっていない。

 さて、そんな深夜のトラックで今回はサリア達も参加してルアンを待っていた。
 今日、母ちゃんの召喚が難しくても薬が出来たことを伝えられればと思っているのでとりあえず話だけでもしたい。

「あ、ヒサトラさん、モニターが」
「来たか……!」
<!!>

 なにもしていないのにカーナビの電源が入り、車内が照らされ俺とサリアとスライムが輝く。
 そしてしばらくして映し出されたのはやっぱりカメラの角度がおかしいルアンの姿だった。

『やっほー、久しぶり! どう、そっちの様子は』
「……後頭部しか見えていませんけど……」
『え!?』
「言わなくてもいいのに。毎回そうだぞ」
『毎回!?』

 気づいていなかったようだ。
 ルアンは慌ててカメラみたいなものを探し出し、ようやく正面を見据えることになった。

『ふう、大丈夫? 見えてる?』
「問題ないぜ。で、早速だが例の薬が完成したからその報告にな。そっちはどう? 母ちゃんの召喚、後半年くらいの予定だったが短縮できそうなのか?」
『おお、本当に作ったのね……!? そうね、ちょっとバトったけど上司に許可をもらったし、いつでもいけるわ』
「マジか! じゃあ早速頼むぜ」

 ルアンがドヤ顔で頷いた後、なにやらブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。
 すると庭に少しずつ文字が浮かび上がり、やがてそれは魔法陣を形成していることに気付く。

「あ……」
「どうしたサリア?」
「ふふ、私とお嬢様がゴブリンに襲われていた時にこれと同じものを見たの。そしてヒサトラさんがトラックでゴブリンを轢いたことを思い出して」
「ああ、本当に一番最初のころか」

 なにも分からない俺をトライドさんところまで連れて行ってくれたことを思い出すな。
 不幸中の幸い……いや、もしかしたら二人を助けるためにルアンがあそこに送ったのかもしれないけど、今となっては聞く必要もないだろう。

 人との縁は些細なことから繋がっていく。偶然でも必然だったとしても、出会ったあとからの選択肢でいくらでも変わるものだ。

「きれいね」
<あ”あ”ー>
 
 俺達はカーナビを外して(タブレットみたいなやつ)、トラックから降りると魔法陣の前に立ってその時を待つ。
 スライム達は魔法陣を取り囲み、ダイトは俺の横で静かに寝そべった。

<お前の母君か。やはり強い人間なのだろうな>
「確かに女手ひとつで俺を養ってきたわけだから強いのは強いだろうな」
「腕っぷしばかりじゃないからね、強さって」
<確かに……そうだな>

 ただ、母ちゃんは正義の人だから俺が荒れていたころも拳骨やびんたは食らっていた。そういう意味では元気だったんだけどまさか癌だなんてな……。

<見ろ、来るぞ……!!>

 ダイトが興奮気味に叫ぶと魔法陣の上に少しずつ人間のシルエットが浮かんできた。その姿がはっきりしてくると、それは間違いなく俺の母ちゃんだった。

 だが――

「こたつごと移動してきただと!?」
「え? あ、あれ? ここ、どこ? って今の声は……玖虎?」
「母ちゃん!」
「やっぱり!? あ、あれ、でもなんでさっきまで玖虎のことを忘れていたのかしら……」

 こたつに入ったまま困惑している母ちゃんに、カーナビ越しにルアンが説明を始める。
 ここは別世界で俺をここに連れて来たことで日本には居なくなっていて存在が記憶から抹消されていたことなどを。

「異世界……アニメや小説の世界って本当にあったのね。というか無事で良かったわ! 記憶に無かったけど! それであたしを呼んだのは会いたかったから?」
「ああ。それについては俺が話すよ。ちなみにこの世界から日本には戻れねえ」
「え!? ちょ、お仕事はどうなるのよ? 明日は夜勤だったんだけど」
「それについては母ちゃんがこっちに来た時点で『別の存在』が肩代わりしてくれるそうだから心配いらないぜ」

 母ちゃんは『そうなの?』と不思議そうな顔をしているが、そこはもはや重要ではないので本題へ。

「ここに呼んだのは……母ちゃん癌なんだろ? それもあんまり治る見込みがないらしいじゃないか」
「……知ってたの? そうね、思い出したから言うけどあんたに少しでもお金を残したくて働いていたわ。後2、3年がヤマだって言われてたかしら」
「らしいな。で、この世界にはそれを治す薬が存在するんだ」
「え?」

 そこで俺は葉っぱにくるんでいた牛乳瓶を取り出しこたつの上に置く。
 
「これを飲めば癌は完治する……はずだ。他の人が飲んだ時は治っていたよ」
『そのためにこっちへ呼んだのよ。さ、一気に飲み干して治療しちゃいましょう!』
「貴重な薬なんじゃないの?」
「……ヒサトラさんはお母さまを治すために素材を集めておりましたから。あ、初めまして私はサリアと言います」
 
 サリアが挨拶をすると母ちゃんの目が光る。

「まさか玖虎の彼女……! ヤンキーじゃない彼女を連れているですって!! 飲む飲む! 孫の顔を見るまで死ねないわっ!」
「ま、まあ、飲んでくれれば俺の目的は達成されるからな」
<あ”あ”あ”ー>
<!!>

 いつの間にかポンチョがこたつの縁に手をかけて母ちゃんを見上げ、スライム達も台の上でぴょこぴょこ飛び跳ねていた。
 
「あら、可愛い! ぬいぐるみ? ……まあいいや、まずは頂くとしますか――」
 
 母ちゃんが舌なめずりをして瓶のふたを開けたところで俺は違和感を感じる。サリアもそう思ったようで俺の袖を引きながら口を開く。

「……ヒサトラさん、薬の色って黄色じゃなかったっけ……?」
「……!? そうだ、黄色だ! なんで緑色をしているんだ!? 腐らないって言ってたのに……。ま、待ってくれ母ちゃんそれは――」
「青汁っ!!」

 俺が止める間もなく、謎の気合を入れながら一気に飲み干してしまった。
 だ、大丈夫なのか!?