異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

「ありがとうございますマトリアさん。材料を集めたら持ってくればいいですか?」
「それでええぞ。息子の命を救うために協力させておくれ。この歳でドラゴンの素材は厳しいからのう。旦那も強者の部類じゃったが同じく寄る年波にゃ勝てん」
「あれでか……?」

 庭に戻ると、シルバードラゴンの足をガンガン殴りつけているおっさんの姿があった。
 もちろんデイルさんである。

<はっはっは、やはり素手は無理だろう>
「得物がいるなこりゃ! いい経験をさせてもらった!」
 
 血が出ていないので拳が相当かてえんだろうなと推測できる。
 デイルさんがシルバードラゴンの足をバシバシ叩きながら笑うのを見て熟練の冒険者はやべぇなと戦慄する俺であった。

<む、戻ったかヒサトラ>
「おう、王都へ戻るぞ! 次の休みは海に行くぞ」
「なに? ゴルフではないのか!?」
「あー……じゃあ一日はゴルフにしますか」

 なにがそんなにソリッド様を引き付けるのかわからないが、俺の要望や色々としてくれている手前、一日くらいはいいかと頷く。すると満面の笑みでソリッド様が口を開く。

「おお! それはありがたい、ようやくこいつの使い道が分かるのだな」
「ソリッド様、ごるふとはなんですかな?」
「よくぞ聞いてくれたデイル殿。ここに居る異世界人のヒサトラ君の世界にあるスポーツだそうだ。……よっと……こいつを使うらしい」
「ふむ、珍しい形をした武器ですな」
「武器じゃねえ。とりあえず帰ったらどういうものか図で説明しますよ。場所は王都の外にある草原にしましょうか」

 今はその話題をする必要はないとソリッド様に告げる。するとデイルさんが顎に手を当てて俺を見た。
 
「異世界だと?」
「ああ、俺はこの世界の人間じゃねえんだ。ソリッド様達にはよくしてもらってるけどな」
「ほう……興味深いな」
「人数がいてもいいらしいから、私が会得して面白かったらローデリア国王も呼んでみるか」
「多分そっちの興味じゃねえと思いますよ? それとあまり広げないでくださいよ」

 トライドさん辺りは呼ばれそうだなと思うが、コースがなければそんない面白いものではない。せいぜいパターゴルフが関の山だろう。

「えっと、もう帰られるんですか? 食事などご用意しますけど」
「今日は遠慮しておくよ、シルバードラゴンと騎士数十人はちょっと重いからな」
「あはは、そうかもしれませんね。みなさん、本当にありがとうございました。別の形でお礼に参りますのでよろしくお願いします!」
「待っておるぞ異世界の勇者よ」
「ちげぇから」

 マトリアさんにツッコミを入れてからトラックに乗り込み、余裕そうだった老夫婦が目を丸くしてトラックが動くことに驚いていた。

「ちょ、ワシも乗ってみたい!!」
「俺もだ! あ、あああああ!? 行くのかぁぁぁ!?」

 夫婦を振り切って町を出る。
 どこまでついてくるつもりかわからないが、しばらく戻ってこないから乗せるわけにいくか!
 
<ワシは空からお主らを追うぞ。楽しみじゃのう>
 
 シルバードラゴンは上昇して雲の中へ消えるが、ダイトいわくしっかり追従しているらしい。
 焼き鳥でも食わせば満足してくれるか? 魚はまだ冷凍庫にあったっけか……?

 マグロはまた次回になりそうだなと思いつつ、俺達は王都へと凱旋した。


 ◆ ◇ ◆
 
<……では、さらばだ>
「うむ、楽しかったぞ」
「また遊びに行きますね」
<次はいつになるか分からんがな>
<わんわん!>

 ソリッド様やサリア、ダイトがそれぞれ別れの挨拶をするが俺は腕を組んだまま口をへの字にしてそれを見ていた。なぜならば――

「早く行けよ!? そのやりとりもう10回目だぞ!」
<う……わ、わかっとる! しかし、焼き鳥丼と炭火焼サバの味が忘れられんのじゃ!>
「あれは美味いからな」

 うんうんと頷くソリッド様の態度に顔を綻ばせるシルバードラゴン。
 俺はその様子を見て、足を拳で殴ってやる。

「そいつは嬉しいけど、ここにお前が居たら迷惑になるだろうが! ほら、巣に戻れよ」
<痛い!? うう、老い先短い者に辛い仕打ち……>
「後400年位生きるんだろうが」

 その言葉にそっぽを向く。
 昨日は楽しそうだったから嫌がる気持ちは分からんでもないが、この巨体はベヒーモスのダイトに比べたら相当デカいしさすがに王都に居場所はない。残念だがここはお帰りいただく他ないのだ。

<近くに棲めば……>
「あ、息子さんじゃないですか?」

 サリアが空に目を向けたので全員がそちらを見ると、青い鱗のドラゴンが降下しているところだった。
 もちろん大騒ぎ……にはならず、すでにシルバードラゴンが居るので『ああ、あそこね』みたいな反応のようだ。おかしくね?

<父さん、巣に居ないと思ったら……!! ほら、帰るよ、もう歳なんだから狩られちゃうだろ>
<嫌だぁぁぁ!? ワシここに住むんじゃぁぁぁぁ!>
「駄々っ子か!?」

 威風のあるシルバードラゴンも息子には勝てないようで背中をがっしり掴まれて上昇していく。

<すみません父が。また会いに来てくれると嬉しいです>
「ああ、またな! 魚を持って行くぜ!」
<あああああああ!?>

 ばっさばっさと翼をはためかせてドラゴン二頭は遠ざかって行った……。

「可愛いお爺さんでしたねー」
「まあ悪い気はしないんだが、もうすでにデカいのがいるからなあ」
<?>
「お前のことだよ!」
<きゅーん♪>

 ダイトの背中を叩いていると、アロンが俺の背中によじ登って来た。とりあえず魔物はこいつらだけで十分だよ。
 そう思いながら小さくなっていくドラゴンを見送るのだった。

 ……ちなみにオミロボンの素材である竜の牙は酔った勢いで爺さんが孫にお年玉をやるような気軽さでくれた。
 
 とりあえずゴルフが終わったらまたオールシャンの港町へ行かないとな
 目的はサンゴとマグロだが、俺はデッドリーベアの蜜について少し考えていることがあった――

「……雨か」
「ごるふって雨の中でもできるんですか?」
「そういう施設があれば出来なくはないけど、そういうのは作られてないからなあ」
<いいのかここで?>
「さすがに濡れるのを見ているのは心が痛い」
<ありがとうヒサトラ。……しかしあれはいいのか?>

 倉庫に鎮座したダイトがキャンプに使うチェアに座って黄昏ているソリッド様と横に並ぶ騎士に目を向けて前足を向ける。
 楽しみにしているのは分かっていたので俺達も色々ゴルフについて教えていた。
 コースは無いが、とりあえず数人で争い、穴にボールを早く入れるということだけだがまずはクラブでどうやって打つのかを試したいとソリッド様もワクワクしていたのだが――

「残酷な現実だ。この降りだと明日も無理そうだし、オールシャンに行って魚を入手しておこうかな」
「そうですね、折角ですしお魚を食べるとか!」
<うぉん♪>

 アロンがサリアの膝で小さく鳴き、美味しいものを食べられると舌を出す。善は急げと準備を始め、俺はソリッド様に声をかけた。

「ソリッド様、俺達はちょっとオールシャンに行ってきます。今日のところはお引き取りをお願いしていいですか?」
「あ? ……ああ、うん、そうか……ゴルフは……」
「この雨じゃ無理ですよ。明日、晴れるといいですね」
「……うむ! よし、皆の者、城へ戻るぞ! 女神ルアン様に祈りを捧げて明日晴れにしてもらうぞ……!!」

 また変なことを言い出した。
 塞ぎ込んでいるよりもいいかと苦笑しつつ俺達はトラックを走らせてオールシャンへ。

「こっちも結構降ってますね、お魚あるかしら?」
「雨上がりなら魚の食いつきがいいらしいけどな。今日は市場にはなにも無いかもしれないけど、それならあいつらの店で飯を食っていこうぜ」
「ですね!」

 とりあえず市場へ足を運ぶと、いつものおっちゃん連中が俺を見て笑いながら挨拶をしてくれた。目ぼしいものが無いか物色してみるが、大物は無さそうだ。

「なんか探しているのかい?」
「あー、この前あったマグロとキングサーモンがあればって思ったんだけどな」
「また大物狙いだな兄ちゃん。今日はこの天気だから雑魚しかねえやな」
「だな。それと聞きたいんだが、ジュエリーサンゴってのがこの辺にあるらしいんだが知っているかい?」

 俺が尋ねると、あちこちの店から声が上がる。
 
「あれが欲しいのかい? 珍しいねえ」
「おお、久しぶりに聞いたな!」
「ジュエリーサンゴねえ、どうするんだ?」
「えっと、ちょっと薬の材料にしたくて必要らしいんだよ。……やっぱ竜の牙みたいに採るのが難しいのか?」

 やはり珍しいらしく尋ねてみる。
 すると――

「え? いやいや、その辺にいっぱいあるぞ? 最近は欲しがる人も少なくなったからなあ」
「海の中にあるとキレイなんじゃが、空気に触れると一気にみすぼらしくなるからお土産にもならんしな! 食えもせんし、魚の餌じゃて」
「意外と普通の素材……」
 
 サリアの言う通り港町じゃポピュラーなものだったらしい。サンゴ特有の毒があるから食用にもならないしで欲しがる人は居ないのだとか。毒があるのに素材でいいのかみたいなことは思ったがそういうものなのだろう。

「薬の材料になるのか? ほーん、いくらでも持って行けばええと思う。が、今日はあいにくの雨だ、今度来た時に採って来てやるわい」
「助かるぜ爺さん。今日は魚もねえし、また今度来るぜ」
「おう、またな!」
 

 そして適当に魚を数匹購入してハアタとミアの店で昼食を摂ってから再び王都へ。
 ベヒーモス親子は見た目の割に俺達とあまり変わらない食事量で済むが、親父さん達はびっくりしていたな。
 シルバードラゴンはガチで見た目通りだから困ったが。

 そして王都へ戻り雨音を聞きながら久しぶりにゆっくりした休日を過ごすことができた。
 パソコンをいじるサリアと倉庫で重なって眠るベヒーモス親子を尻目に、適当に組んだハンモックに揺られて本を読み、結局その日は雨が止むことはなく終わった。明日はなにをするかなと考えていた。それくらいよく降っていたからだ。

 だが、翌日――


「ヒサトラ君! 晴れたぞ!!」
「うおおおおお!?」

 ――歓喜の声を上げたソリッド様によって起こされた。

「これなら出来るのだろう?」
「ふあ……おお、晴れてる……ですね、これならってソリッド様大丈夫ですか!?」
「ちょっと寝ていないが……平気だ」

 平気そうな顔じゃないんだが……
 しかしそんなことはお構いなしでソリッド様は目を輝やかせているので、約束は約束だしなとハンモックから飛びおりて親指を立てる。

「オッケー、それじゃ長いこと待たせたし行きましょうか! 広い土地で芝がそこそこあるところがいいですね」
「うむ、それは聞いていたから問題ない。トライドの領地に行く途中にある草原ならどうだろう?」
「ああ、いいですね」

 それじゃ、ということで出発だ。
 とりあえず足元でぐったりしている騎士達はいったん無視した。

<お、散歩か?>
<くぉん!>
「そんなところだ。たまには広い場所で走り回るのもいいだろ」
「お弁当作っていきますね!」

 そんな調子でひとまずゴルフをすることになったのだが――
「ぐがー……」
「あらら、寝ちゃいましたね」
「よく分かんねぇけど晴れるように祈ってたらしいな。もしかして徹夜でなんかやってたのか?」
<わふわふ>

 アロンがのぞき窓を見ながらコンテナの状況を確認して鳴いていたのでトラックを止めて後ろを見ると、騎士達は大人しく座っている……のかと思いきや――

「燃え尽きている……。まあ、もし魔物が出てもダイトが居るし、そっとしとこう」

 草原までは2時間程度だが少しでも休んでもらいたいところである。ソリッド様、いい人だけどたまに暴走するよなあ。それでも王都の家と庭はタダだし、俺から文句を言える立場ではないんだけどな。

 そんなこんなで到着した草原はボチボチ乾いていた。
 もう少し地面を踏み固めたいところだが、今日はゴルフクラブの使い方を教えるだけなのでいいかとティーを刺す場所をならしておく。

<きゅんきゅん♪>
「お前もやってくれるか? この辺を、こう、ペシペシってやるんだ」
<きゅーん♪>

 俺が足で踏み鳴らすとなにかがアロンの琴線に触れたらしくぺちぺちと叩きだす。
 サリアは火を魔道具で出してお昼を食べるスペースを乾かしていた。
 
「~♪」

 ……ああいうのは元の世界でもないから共存はできると思うな。バスレイはもうちょっと誇るべきである。

 それはともかくカップの穴を開けて、持ってきた物干し竿にタオルを結び付けて立てる。
 青いタオルだからティーを立てたところからでも十分に見えるな。

<わふ……わふ……>
「こら、タオルが破れるからダメだ」
<きゅふーん……>

 残念そうな声を上げるが、後でトランポリンで遊ばせれば満足するだろう。
 用意はできたのでとサリアの下へ戻り、乾かした場所にタープを立ててキャンプで使う椅子に座った。

<あれをどうするのだ?>
「あの下に穴があってな、このボールをこいつで打って入れるんだ」
<ほう、面白いことを考えるものだな>

 ダイトがアロンの弄ぶゴルフボールを見ながら興味深げにそんなことを言う。ある程度準備が終わり、到着から一時間ほど経過したころにようやく全員が起き出して来た。

「すまない、寝てしまっていたな。んー……いい天気だ、儀式をした甲斐が――」
「陛下、それは……」
「む、そうだな。さて、それじゃひとつご教授願おうか!」
「ソリッド様、その前に食事にしませんか? その後でも遅くはないかと」
「美味しそうですね、陛下いただいてからにしませんか?」
「そうだな、ここまでくればもう邪魔は入るまい」
「はは……」

 儀式とか怪しいワードが出たがスルーしておこう。
 それとソリッド様、それはフラグになるからやめてくれ。

 とは思ったが、意外とそんなことは無くご飯を食べた後も天気は崩れずついにソリッド様へゴルフを教えることとなった。

「――で、あのタオルがある物干し竿のところに穴があるので、そこに少ない打数で入れた人が勝ち、というゲームです」
「なるほど、クラブが沢山あるのは何故だ?」
「これは用途によって変わり、例えばこれ、ドライバーは遠くへ飛ばすために使います。ダイト、悪いんだが打った球を追って拾ってきてくれるか?」
<む? いいぞ>
「頼む。このティーを刺して皿に乗せてから……シュ!」
「おお!」

 久しぶりに打ったが結構いいインパクトをし、天高く飛んでいく。
 ダイトが球を拾いにいき、アロンもダッシュでついていった。

<きゅんきゅん!>
<仕方ないだろう、我の方が速いのだ>

 ダイトが球を咥えて戻って来るが、息子が取れなかったと抗議しているらしく髭をびよんびよん叩かれていた。
 まあ、機会はあるし次はアロンに頼むか。

 そこからアイアンとパターの使い方、俺の下手くそな絵をパソコンでサリアがしっかり書いてくれたホールで、こういう風に使うのだというレクチャーを続け、いよいよ実戦と相成った。

「アイアンで角度をつけてあげるのかっこいいな」
「俺はやっぱドライバーでぶっ放したいぜ」
「よし、ではやるか! あそこだな?」

 2000メートルくらい離れた場所からスタート。短いが慣れるまではこんなものだろう、そもそもカップを立てたが入るとも限らないしな。

 そしてソリッド様の第一打――

「ハッ!」
「おお!」
「どわっ!?」

 大きく空振り!!
 初スイングならこんなものだろうと俺は苦笑する。そして第二打も大きくすっころんだところで騎士が手を上げて口を開く。

「ぬう、球が小さいから難しいな」
「陛下、大振りはまずいのでは?」
「そうしないと飛ばせないだろう?」
「しかし、まずは当てることに心血を注いだ方がいいかと」

 なるほど、いい案だ。
 そこでスイングをコンパクトにしたところしっかりヒットし、数メートル飛ばす。

「お! いい感じだ! 次はヒサトラ君かね?」
「一応、勝負ごとなんで相手がいないと面白くないでしょうからやりますね。騎士さんも二人位混ざりません?」
「「「おう!!」」」

 俺もドライバーで適当に振ると、これまたいい感じでインパクトして1000メートルくらい飛んだ。

「ぐぬぬ、抜かされると悔しいな」
「はは、最終的に少ない回数でカップに入れれば勝ちなんで飛距離よりも正確さかもって思ってますけどね……ん?」
<きゅんきゅん!>
「あ!? お前、俺の打った球を持ってきたのか!?」
<きゅ~ん♪>
「ふふ、満足そうですよ」

 仕方ないヤツであるが、可愛いので許す。
 とりあえず俺が打つとアロンが取りに行くので、騎士に委ねゴルフ勝負が始まった。
「ふん!」
「陛下、ナイスショット!」
「ナイッショー!!」

 ――レクチャーから早くも4時間が経った。
 徐々に慣れてきたソリッド様や騎士達がそれなりの成果を上げており、楽しくやっていた。
 直線距離で池もバンカーも無いから距離を長く取ってるが、普段の鍛え方のせいか2000メートルをあっさりと越えるショットを放つ騎士達。
 ソリッド様も負けてはいない。が、この競技はカップに少ない打数で入れるゲームなので飛距離よりも繊細さの方が必要だ。

「ぬう、一打差か……!?」
「伊達に騎士団長をやっているわけじゃないってことで」
「流石っす団長!!」

「ふふ、楽しそうですねー」
「ゴルフセットが一組しかないけどこれくらいなら全然遊べるからな……っと」
<わふ!>

 サリアが遠巻きにソリッド様達のゴルフを見学している横で、俺はアロンとトランポリンで遊んでいたりする。
 じゃあダイトは? と思うかもしれないが、騎士達が力いっぱいぶっとばしたボールを拾いに行ったりして中々忙しいのだ。

「すんませんダイトさんー」
<うむ、力の加減が難しいようだな>
「っすねー」

 こんな感じだ。
 まあ、雨上がりのコンディションと即席のホールじゃまあ難しいよな。
 
 その後、少しコースを変えてみたり、アロンを遊ばせるついでにバンカーを作ったりなんかして和気藹々としていたが、日が暮れ始めたころにそろそろ帰るかと声をかけた。

「もうこんな時間か。もう少しダメか?」
「暗くなったらボールも見えませんしねえ」

 俺が苦笑しながらティーを引っこ抜き、物干し竿を回収していると、確かにとソリッド様も笑う。
 結局、魔物も来なかったので結果的になんの苦労もなく遊ぶことができた。
 片づけを終えるともう暗くなりつつあり、トラックに乗り込んでヘッドライトをつけて大きく迂回をし王都へ。

「いやあ、楽しかった。本当ならもっと遊べるんだろう?」
「ええ、さっき一つだけ見せましたけどホールは全部で18作るんですよ、全部を回ってトータルのスコアを競うってやつで」
「18!? あの大きいものを18も作るのか。あ、いや、500メートルくらいならいけるのか?」
「向こうの世界では山を切り開いたり、ここみたいな草原に人工芝を植えてやりますから大規模ですよ。だからお金もかかるし」

 クラブも高いしゴルフ場のレンタルもそこそこする。月一でやるにも結構しんどい価格だった気がする。
 それでも趣味がゴルフの人は天井知らずだからなあ。

「ふむ、貴族の遊びだということか?」
「いや、ホールを貸し出したり、レンタルクラブとかで庶民も遊んでましたよ。ただ、どちらかといえば部長とかそういう人がよくやってたなって」
「レンタル……ふむ、商売の匂いがするぞ。その話、ペールセンにしてみてくれないか?」
「構いませんけど?」
「アポは私が取っておく。サリア君、そのぱそこんとやらでゴルフと人工芝について――」
 
 なんか本気の目だったな……。
 まさか作るつもりか? 確かに土地は余っているが、人工芝とか難しいと思うんだが。
 まあ、俺が口を出すことでもないのでソリッド様の気が済むまでゴルフを教えるだけなんだけどな。
 
「ヒサトラ君、このゴルフクラブセットを借りてもいいか?」
「え? まあ、使わないですし差し上げてもいいくらいですけど」
「そ、そうか! あ、いやそれはダメだ。一先ず貸していただきたい」
「構いませんよ、あ、でも泥がついているしきちんと磨かないと……」
「それくらい私がやる」

 そこは下の人にやらせてもいいのではと思うが、よほど気に入ったらしいので子供のおもちゃみたいなものだろう。

「ゴルフ、楽しかったなあ」
 
 そう笑顔で口にするソリッド様に、少しは恩を返せていればいいんだけどな。
 そんなことを考えながら王都へ真っすぐ帰還となった――

 ◆ ◇ ◆


 ――ビルシュ国 会議室――

「諸君、遅くに呼び立ててすまない」
「いえ、構いませんが……いったいどうされたのです? 随分緊迫した空気が流れていますが……」
「もうちょっとでいい魔道具ができそうなんですけど……あふ……」
「こら、陛下の御前だぞ」

 ゴルフが終わった後、城に戻ったソリッドはゴルフクラブを磨いてから夕食を摂った。風呂に入っている間もヒサトラの言っていたことやサリアに見せてもらったゴルフについてをずっと考えていたが、即断即決だと各大臣を集めていた。

「うむ、我がビルシュ国で一大事業を始めることにしようと思って呼んだ。まず、こいつを見てくれ」
「これは……メイス、ですか?」
「いや――」

 そこでゴルフについてのレクチャーを始めるソリッド。
 固唾を飲んで話を聞いている大臣達は進むにつれてざわざわと騒ぎ出す。
 それもそのはずで、農林大臣にホールを作るのに適した芝探しを命じ、国土大臣に土地、産業大臣と採鉱大臣にゴルフクラブとボールなどの道具の生産といった話をしだしたからだ。
 壮大なゴルフ場を作るという夢を追うことにしたソリッドは出来る限りの力を使う。

「し、しかし、これほどの規模……娯楽にしては少しお金がかかりすぎでは……?」
「これを見てくれ」
「え? 凄くいい紙……それに絵が綺麗……!?」
「それはヒサトラ君がもっている「ぱそこん」と「ぷりんたあ」という魔道具で作った資料だ。その施設は一般人にも開放する。私が使う日は一日貸し切りにするが、基本的に順番で回ればいいのでいつでも遊べるぞ」
 
 そう言われて資料に目を通す産業大臣は目をカッと見開き冷や汗をかく。

「金額次第ですが、これはいいかもしれません……! 近くに宿や食堂を併設すれば日帰りを気にしなくていいですし……」
「おお、それはいいな。さすがだ、諸君らの意見も聞かせてくれ」

 そして会議は深夜まで及び、魔道具開発大臣のバスレイは特にやれることもないと取り残されていたのだった。

「くう……パソコンとぷりんたあ……ま、負けませんよ……!!」

 さて、ゴルフ場は完成するのだろうか……?
 
 という訳で、約束していたゴルフのレクチャーが終わり、帰ったその日、そのままペールセンさんとの話し合いも早々に済んだ。
 パソコンでゴルフについてプレゼンをしたところ、その場にいた全員がスタンディングオベーションをし、涙ぐんでいる商人も居た。プリンターと紙があったから資料を作って渡したんだけどそれも感動されていた。

「こっちの世界の紙はごわっとして書きにくいですからねえ」

 とはサリアの言葉だ。
 
 というか未開封の荷物はまだある。というか減っていないような……。
 ちなみに電化製品系はパソコンを含めてボチボチあるが、冷蔵庫みたいな大型家電がないのが残念である。まあ、もともと俺のではないけど。

 世の中にはいろんなものを頼む人が多く、宅配や運送トラックは無くてはならない存在で、こっちの世界でもそれは浸透しつつある。今はオンリーワンだが、いずれバスレイあたりが車を作ってくれるといいなと思う。

 そんなこんなで東西南北を駆ける俺達は今日も仕事を終えて自宅へ戻る。
 
「お疲れさん」
「うん、ヒサトラさんも! 明日は休みだけど、またオールシャンに?」
「だな。ジュエリーサンゴとキングサーモン、それとクロマグロを買いに行かないと」
「サンゴとマグロは分かるんですけど、サーモンはなんでなの?」

 俺の背中に抱き着き、腕を首に巻きつけながら耳元で尋ねてくる。
 薬の材料とシルバードラゴンの土産は認識しているが、サーモンについては不明なようだ。

「キングサーモンはこの後デッドリーベアの蜜を取りに行くのに使うつもりでな、ダイトなら交渉もできそうだから魚と交換してくれねえかなって」
<それはいい案だ。むやみに争う必要はないからな>
「だろ?」

 意思疎通ができるならまずは交渉だ。
 やはり熊には鮭がいいと思いキングサーモンをチョイスしたが、気に入ってくれるといいな。
 とりあえず早々に就寝して早朝、それも陽が昇る前から出発して市場へと向かう。

 ◆ ◇ ◆

「おう、来たな兄ちゃん! ほれ、クロマグロとキングサーモン二匹だ」
「お、いいねえ立派なもんだ。クロマグロは解体してもらえるかい? キングサーモンはそのまま冷凍するよ」
「任せときな」

 刺身でも食えそうなクロマグロ。解体中に見える大トロや中トロに目を奪われ、俺とアロンは釘付けになる。

「ヒサトラさんとアロンちゃん、涎出てますよ」
 
 おっと、いかんいかん……ああ、骨についた中落ちをネギトロにして食いたい……だが、それはシルバードラゴンとの晩餐まで待ちだ。とりあえず魚をコンテナの冷凍室へ放り込んだ後、ジュエリーサンゴについて漁師さんから話を聞くことに。

「すまねえ、ジュエリーサンゴを採りたいんだけどどうすりゃいい?」
「ああ、ならワシが案内してやるよ、ついて来な」

 市場にある店の一角を構える爺さんがもう売り切ったってことで連れて行ってくれるらしい。海岸沿いを進み、海水浴ができる砂浜を越え、岩が密集しているところへ到着。

「覗き込んでみい」
「どれ……」
「わあ、キレイ!」

 2、3メートルくらい水中下に陽の光を浴びて色とりどりになるサンゴが連なるサンゴ礁が見えた。
 水も透明度が高くはっきりと形がわかる。

「確かにいっぱいあるな……」
「好きなだけ持って行って構わんよ。ただ、空気に触れると色を失って文字通り死ぬっぽいがのう」
「ふむ……」

 俺はパンツ一丁で爺さんから渡されたナイフ(ダガーか?)を握り海の中へもぐりこむ。
 水中眼鏡と浮き輪、シュノーケルも積み荷に入っていて使うなら今でしょってことでフル装備だ。

 (悪ぃな、一株もらうぜ)

 岩の根元から切り離してゲット。
 そのまま陸地へあがると――

「ああ……」
<わふ>

 あっという間に灰色と化し「死んだ」と思える状態に変化した。

「薬に使えますかね?」
「どうかなあ、図鑑にはそこまで詳しく書いていたわけじゃねえし……」
「生きているのも持って行った方がいいかもですね。切り離しただけなら大丈夫そうですか?」
 
 持ってくる間はきれいだったから恐らく大丈夫だろう。
 だけど、折角生かして持って帰るならアクアリウムみたいにできないだろうか?

「爺さん、水槽……なるべくでかいやつが無いか? 売っているところでもいい」
「水槽か? そうだな、商店街にあると思うが……」
「オッケー。サリア、悪いけど台車を持って買って来てくれないか?」
「わかったわ。行こうアロンちゃん」
<わん!>

 さて、と。
 それじゃその間にサンゴを削り取る作業をするか――


 ◆ ◇ ◆


 それから数十分。
 俺は作業を終え、水面に顔を出してサリアを待っていると、ゴトゴト音を立てながらサリアが戻って来た。

<わぉーん!>
「買って来ましたよー!」
「助かる……ってでかっ!?」

 なるべく大きいヤツとは言ったが、俺の胴体くらいあるアロンが三頭くらい余裕でいける水槽が出てきたらびっくりする。これなら二、三個持って帰れそうだ。アリーの親父さんの分も必要だからな。

「水槽を海につけてくれ」

 そのまま海の中に沈めて、先ほど岩から削り出したジュエリーサンゴを三つ中に入れる。野球のグローブくらいの大きさなのでこれくらいあればいいだろう。
 それを今度は砂浜まで泳いで引っ張り、浅瀬で水を桶で捨ててから軽くし、台車に乗せる。

 「あ、さすがヒサトラさん! バッチリ!」
 「だろ? 後はこの辺の砂を入れてっと」
 「ほう、考えたね」
 「ああ、チリュウさん。ちょっとサンゴを分けてもらうよ」

 いつの間にか来ていた町長のチリュウさんに声をかけると、構わないと言って笑っていた。
 乱獲に注意すれば水槽に入れて家に飾るのもいいと思うみたいな話をする。

 チリュウさんと話しながら数時間待ってみたが枯れる様子もなかったのでこれでOKということだろう。
 俺はアクアリウムのようにしたいという思いから、海藻を突っ込み、汚れを浄化してくれるエビ類、それと小さい魚を数匹入れ込んでおいた。形から入るのは重要だ。

「そんじゃ帰るか」
<うむ。魚を食いたいぞ>

 トラックで留守番をしてくれていたダイトに苦笑しながら俺達は王都へ帰還。明日はデッドリーベアの蜜を手に入れるかな。
 



 ……その後サンゴが町のあちこちで飾られるようになったのはまた別の話である――
 
 ジュエリーサンゴを手に入れた俺達は次にデッドリーベアの蜜を手に入れる必要があると目標を決める。
 が、蜜をため込んでいる熊がいるかどうかは会ってみないと分からないらしい。オスはそれをせずにメスが溜め込むからというのが理由で、それは捕まえて初めて判明する。
 冬眠から出た後すぐ栄養補給ができる蜜は子熊にとって重要なのだとか。

 居場所は世界のあちこちに分布していて、この国にも存在するから一安心だ。とりあえず次の休みは熊を探すとして、今日のところは運送業。
 マグロやらキングサーモンやら買っているから金は稼がないと、飯が食えないのである。

 いつもどおりの作業着と帽子をサリア、ベヒーモス親子と一緒に装着してトラックを回す。
 しかし、そこで町が慌ただしいことに気づいた。

「なんか土方系の人がめちゃくちゃ多いな……?」
「家でも建てるのかしら? ……もしかしてゴルフ場……?」
「あり得なくはないけど……マジか?」

 通りに人が多く、ゆっくり走らせているとペールセンさんや商人、バスレイが着ていたような服を纏った人などが乗った馬車が前を進み、やがて町を出て行った。
 
「ロティリス領方向だな」
「他の方角にも行ってるわ、手分けしてどこかへ向かっている感じね」
<ふむ、ゴルフ場とやらを作るのか。横で見ている分にはかなり広かったが……>
「森を切り開いたりするから、動物や魔物が迷惑する可能性はあるかなあ」

 そこは上手いことやって欲しいものだ。
 人間の勝手で住処を追われるのはいくら魔物でも忍びない。

 そんな感じでソリッド様達はゴルフ場建設に乗り出したようだ。まあこの国のトップが決めたことなので口を挟む必要もないし、正直ちょっと完成したら楽しみでもある。

 という感じで平日に訪問者がおらず、仕事に集中できた。
 町から町へ移動して荷物や冒険者を運ぶ際、デッドリーベアの住処を知るものが居ないか尋ねていたが、結構強力な魔物らしくわざわざ依頼以外で会いに行くやつはいない。その依頼も滅多に上がってこない代物なのだとか。

 しかし――

「おう、デッドリーベアか! この前、ここから東にある山で見たぞ。子連れだったから刺激しないよう下山したけどまだいるんじゃねえかな?」
「お、本当かい! ここから東……おっけ、助かるよ!」

 ――仕事三日目のこと、とある町のギルドに荷物を運んだ際にそんな話を聞くことができたのだ。

 これは僥倖と地図を見ながらだいたいの場所に印をつけておき、次の休みに向かうことを決める。
 他の素材の情報も欲しかったが、今回の道中では残念ながら手掛かりが無かった。

「頑張ろうね、お母様のために!」
「だな。よし、もうひと踏ん張りして家に帰るぞ!」
<わおーん♪>


 ◆ ◇ ◆


 そんで休日。
 相変わらずソリッド様は忙しいようでウチに顔を出さなかった。変な気を使わなくて済むので助かる。そのままサリアとベヒーモス親子で出発。
 町は色々な人間が門から出たり入ったりしてそっちも相変わらずのようだ。

「大型の照明魔道具は丁寧に扱ってくださいねー! 壊したらわたしの徹夜の結晶が無駄になりますからぁぁぁぁ!!」

 遠くでバスレイの叫びも聞こえてくる。まあ、なにかしているのは間違いないということか。
 ゴルフに魔道具が絡むとロクなことにならないと思うが。

「すぐ見つかるといいわね」
「まあ、こっちにはダイトが居るしすぐじゃないか?」

 とか思っていたが――

「意外と見つからねえもんだな……」
「道沿いには出てこないのかしら?」
 
 影も形も姿が見えず、さらに他の魔物も出てこないためダイトに場所を聞いてもらうという作戦も使えない。
 すると、屋根の上から気まずそうなこえでダイトが呻く。

<……我のせいだと思う>
「なんだって?」
 
 窓から身を乗り出して聞いてみると、顔を下げてきたダイトが俺達へ言う。

<我が強者故、魔物たちが近づいてこないのだ。デッドリーベアもかなり強いが、我を人間でいうSランクとやらに相当するとデッドリーベアはBランクくらいだ。他の魔物もAランクがつけられそうな魔物はこの辺にはいないだろうし、引っ込まれている可能性が高い>
「むう」

 となるとダイトから離れて探索する必要がありそうだが、そうなると危険度が増す。
 でもまあ、それくらいで怯んでいては欲しいものは手に入らないものである。

「やらざるを得ないならそれくらいはな。サリアはここで待ってもらって、俺だけ探しに行くぜ」
「私も行く! ヒサトラさんだけにはできないもん」

 そう言って頬を膨らませているが、やっぱなにが起こるか分からないしな。俺達が強かったとしても、だ。
 だがダイトには考えがあるようで、再び口を開く。

<ここから森の者達に声をかけてみようではないか。それで来れば良し。来なければ匂いなどを辿って追うとしよう>
「あんまり刺激したくはねえが……」

 やれるだけのことはやるかとダイトに依頼すると俺達にはわからない言葉を大声で発し、山に響き渡る。
 もう慣れてしまったが最強の一角を担うベヒーモス! って感じの威厳が感じられる声だ。
 近くに居た鳥たちが慌てて飛び去って行くのが見える。

 数回ほど吠えてから山に静けさが戻る。
 しかし、しばらく待ってもそれらしい魔物姿を現さなかった。やっぱりベヒーモス相手には畏怖しているのかもしれない。

<ダメか……>
「まあ仕方ねえよ、とりあえず足使って探すとすっかね。その前に飯にしようぜ」
「はーい♪ どうせ魔物も来ないですし、シート敷いてお外で食べましょうか」
「だな、今日の卵焼きは俺が作ったんだぜ? ちょっと砂糖が入って甘いやつだ」
<きゅうん♪>

 水と弁当箱を広げ昼食が始まり、俺達はおにぎりやらソーセージやらに舌鼓を打つ。
 二つ目のおにぎりを手にしたところで視線を感じ、ふと茂みの方を見ると――

「おお!?」
「あら!?」
 
 ――二頭の熊が茂みから顔だけだし、涎を垂らしながらこちらを見ていた。
「おいダイト、ありゃあもしかして……」
<うむ、デッドリーベアの親子だ。しかもメスだ運がいいな>
<うぉふ!>

 茂みから顔を覗かせた二頭は確かに親子のようで、よく見ると一頭は顔が丸く小さい。
 俺達の弁当を物欲しそうに見ているので、卵焼きをチラつかせると子熊の方が身を乗り出してきた。

「くおん!」
<わんわん!!>
「くおん!?」
「こら、アロン威嚇するな。お前だけの弁当じゃねえんだし。ダイト、こっちに来るよう言ってくれるか?」
<承知した>

 ダイトがなにやらぺらぺらと親熊に話しかけると、子熊を抱えてのそりと出てくる。
 でけえ……立ったら3メートルくらいある巨体を揺らし、ダイトの近くへどすんと座り込んだ。

「ほら、これで足りるかわからんが食っていいぞ」
「くおおおおん♪」
<わおーん……>
 
 卵焼きを両手で掴んで食べる姿が可愛い。
 ダイトは自分の分が減ったと尻尾を垂らしていたが、お前はまた食えるだろ。んで、親熊と一緒におにぎりと玉子焼きをもうワンセット食べさせてやった。

「美味しいですねーアロンちゃん、クマちゃん」
<きゅーん♪>
「くおん♪」

 サリアに餌付けされながらみんなでしばらく飯を食っていた。やがて食べ終わり、ようやく本題に入れるとダイトに蜜の件を問うてもらう。

「ぐるう」
<……今年はあまり集められてないから少しで良ければ、と言っている>
「マジか。忍びねえが……こっちも命がかかってるからな。アレと交換でいいか聞いてもらおう」

 そう言って俺はコンテナに乗り込み、キングサーモンを二匹担いで目の前に置く。

「がぉぉぉおん!!」
「くぉぉぉぉん!!」
「うわ!? びっくりした!?」
「喜んでいるみたいね、万歳してるみたいで可愛い」

 二頭はキングサーモンを見るなり立ち上がって両腕を掲げて吠えた。目が輝いていたのでダイトに聞いてみるとご馳走がきたって感じでご機嫌らしい。

「それじゃ交換してくれるのか?」
「がる」
 
 いいらしい。
 すると子熊を置いて親熊がどこかへ去っていく。取りに行ってくれたのだろうか?

<わふ!>
「くおんくおん!」
「じゃれあってる、可愛いなあ……」

 サリアが子供二頭がじゃれ合っているのを見て癒され、そのサリアを見て俺が癒されるという正のスパイラルがこの場を包み、ほんわかした雰囲気が漂う。
 子熊は結構好きなので撫でたいが、懐いてしまうとアレなので遠巻きに見るだけである。
 しばらく二頭のじゃれ合いを眺めていると、親熊がなにやら木で出来た壺を持って戻って来た。

「がう、がうっがう」
「なんて?」
<これが集めた蜜だそうだ。壺の半分しか渡せないが、受け取ってくれと>

 熊がすっと俺の前に差し出したので両手で受け取ると結構ずっしりと入っていた。なんだっけ、あの老酒とか入れる瓶みたいな形をしていて自分で作ったのなら器用だと思う。
 それを地面に置いてキングサーモンを持たせると両手で抱えて一声鳴いた。

「くおーん……」
「がう。がうがう」
「名残惜しいみたいですね」

 子熊がアロンとがっぷり寄りながら切ない声をあげるも、母熊にもう一回声をかけられていた。
 とぼとぼと母親の下へ戻り、二頭は森の中へ。
 一瞬振り返った子熊が最後に一回だけ鳴くとそのまま森の中へ消えて行った。

<わおーん!>
「可愛かったね。お母さんも大人しかったし」
「そこはダイトが居るからだろ? やっぱでかいしあれが襲い掛かってきたら怖いぞ」
<ヒサトラの言う通りだな。我が意思疎通できるとは言え、もし居なかったら人間を襲ってもおかしくはない。まあ、今の個体は木の実や魚、猪なんかを主食にしているみたいだから人間は食っていないようだが>

 熊が人の味を覚えると怖いらしいからそこはベヒーモス様様ってところだ。
 ちょっとだけ名残惜しさを残しつつ、アロンを抱き上げてから俺達は山を下りる。また会いに来てもいいかもしれねえ、かな?

 そのまま途中の町に寄って食材を買い、山の幸や肉を買い込んで王都へ。
 明日は出かけずに休もうと酒も買い、トラックのヘッドライトで庭を照らして炭火焼肉を始めた。

「こっちの酒も美味いぜ……」
「私は果実酒だけ飲めるかな。んー美味しい♪」

 サリアが俺の隣でコップを傾けて嬉しそうな顔をしていて、顔がほころぶ。最近二人だけの時は敬語が消えてきているから嬉しい限り。

 ……そして素材も少しずつだが集まって来ていて運がいいと言わざるを得ない。残りも明後日からの仕事で情報収集をする必要があるし、頑張ろう。
 もし早めに集まったらルアンに言ってすぐ呼んでもらうことは可能だろうか? 明日カーナビに呼びかけてみるか。

「いい匂いがするじゃないか」
「あれ、ソリッド様? こんな時間にどうしたんですか?」
「少し休憩だ、私にも一杯貰えるかな?」
「もちろんいいですけど……忙しそうですね最近?」

 俺が酒を手渡すと毒見もせず飲んだ。信頼しすぎだろういくらなんでも。
 一気に半分くらい飲んだところでソリッド様がニヤリと笑う。

「まあ楽しみにしていてくれ。ゴルフ場計画はまだ始まったばかりだが、確実に前へ進んでいる!」
「ちょ、陛下話すの早すぎっす!?」
「話したくて仕方なかったんですね……」
「まあ、なんとなく分かってたからあんまり変わらんけど」
 
 そう言うと騎士達が笑い『そうですよねー』と庭に座り込み、下っ端の騎士が買い出しへ行く。
 そうなると宴会が始まるのは確実で、あっという間に庭が騒がしくなった。

「ゴルフクラブはオリハルコンで作ったらダメですからね」
「私専用で一本だけでも……!!」

 昔を思い出すなと思いながら、酒を飲みつつ楽しく過ごす俺であった。

 
 ――深夜

「……」

 俺はハンモックから抜け出すとトラックに乗り込んでキーを回し、カーナビの電源を入れる。
 そろそろなにかしら情報をくれても良さそうなもんだがなにやってんだろうな?

「さて……」

 俺は腕を組んで暗い画面に目を向ける。
 15分くらい経ったところで反応が無く、ダメかとカーナビに近づいて手を伸ばしたその時だった――

『おう!? デカい顔!?』
「余計なお世話だ!? 久しぶりだなルアン」
『そうね、二か月は経ったかしら? どう、そっちの生活は』

 相変わらずカメラの向きが違うのか。俺から見てルアンはそっぽを向いた状態で会話を続ける。

「おかげさんで楽しくやれているよ。母ちゃんの薬もなんとかなりそうだ」
『あら! それはいいわね! こっちはクソ同僚のせいでちょっと面倒なことになっているのよね』
「クソ同僚?」
『まあ、ちょっとヒサトラとも関連があるんだけどさ――』

 口を尖らせたルアンが話しだした内容はこうだ。
 なんでもこの世界はルアン以外にも別の女神が居て崇拝されているらしい。特になにかをするわけでなく、なんとなく恵みを与えてみたり、魔王が生まれたら人間に知恵を授けたり……そういうちょっかいをかけるのだとか。

 だが今回、本来ここへ来るはずだった人間ではなく俺をトラックごと呼んだのが気に入らないとかでもう一人の女神が上司に告げ口をした。
 そのせいでこっちに干渉しにくくなり、あまり出てこれないということだとかなんとかをブチブチ文句を言い出すルアン。
 しかし、上司も鬼では無く世界に重大な危機を及ぼしたであろうことを踏まえて判断としては悪くなかったとお咎めは無かったらしい。
 
『まあ、そんな感じで今もこそっと通信をしているわけだよスネーク』
「誰がスネークだ」

 それはソリッド様に言ってやって欲しい。

「とりあえず会えたのはありがたい。聞きたいことがあったからな」
『なに?』
「母ちゃんのことだ。薬が早めに完成したらこっちに呼ぶことはできるか? 三年以内に死ぬならまだ先はあるが、できれば俺も母ちゃんも安心したい」
『あー、なるほどね。どれくらいでできそうなの? それに合わせて儀式を行うわ。あのクソ女神に見つからないように』

 とりあえずそれは可能らしいので俺は安堵する。
 なら早いところ素材を集めるべきだな。ここのところ散財をしているが、冒険者に採って来てもらう選択肢も視野に入れていいかもしれない。

 本腰を入れるか……

「わかった、すぐに集めて薬を作る。お前がここに来れるかどうかの目安はあるか? ランダムだといざ頼みたいときに声をかけられないのは困る」
『そうねえ……夜2時位はこっちも静かだから呼んでくれれば応じられるかもしれないわ』
「オッケー、確実じゃないけどってことだな。よろしく頼む」
『任せといて! お母さんの容体はまだ安定しているから安心していいわ』

 そう言って明後日の方向へウインクするのを見た後、カーナビの電源を落として俺はシートに背を預けて目を瞑る。母ちゃんを助ける。そこさえクリアすれば後はどうにでもなる、また明後日から頑張るとするか――

 ◆ ◇ ◆


「いい芝を作ったぜ!」
「すげぇ、よく写真を見ただけで作れたな……」
「職人ってやつよ! じゃあなヒサトラ、俺達はこっちだ」
「おう」
 
 さて、ゴルフ場建設は着々と進んでいるようで、門の前で職人たちと別れる。
 俺達は今日も今日とて運送業をしながら情報を得るためあちこちのギルドやらに声をかけまくることにした。

「レッドスライムか……ちと面倒な相手だから値が張るぞ」
「そうなのか?」
「ああ、ベヒーモスが居るなら自分達でやった方が早いぜ? 瓶を持っていって捕まえりゃいくらでも絞れるだろ」

 ――残りはマンドラゴラの根、レッドスライムのしぼり汁、ロックウォールナッツの場所だが、スライムとナッツはそれほど問題にならないくらい有名なようで、すぐに手に入りそうだった。
 後は時間があれば、というところだがマンドラゴラの根が難しいようで、どの国にもいるけど、ごく少数しか生育していないのだとか。

「ならレッドスライムとロックウォールナッツを先に終わらせちゃいましょうよ」
「そうするか……レッドスライムは確か、南西の湿地帯にいるらしい。次の休みはそこだな」
<わおーん♪>

 そしてロックウォールナッツは商人が王都に運んできてくれたのですぐに売ってもらい、事なきを得ることができたが、湿地帯に到着した俺達を待っていたのはなかなかヘビーな状況だった。

「……居なくね?」
「なんか殺伐としてますね」

 話だと結構すぐ見つかるみたいな話だったんだが、スライムらしき影はどこに見当たらなかった……なにが起こっているんだ?
 湿地帯に降り立って探索をするがスライムらしき影が無い、ということともう一つ違和感があった。
 それは湿地帯なのにあまり湿地っぽくなく、むしろ干上がっているような感じもある。

「この前、雨が降ったのにこれはおかしいんじゃないか……?」
<そうだな、しかし確かにここはもっと沼地に近いような感じだった。息子もここで泥遊びをするのが好きだったのだが>
<きゅーん……>
「あらら、がっかりしているわね、よしよし」
<わん♪>

 サリアに抱っこされて少し機嫌が治ったアロンはさておき、スライムは水気がないと乾いて消えてしまうからそれでいないのかもしれんとダイトが言う。
 雨が降ってもこうなっているということは土地の性質が変わってしまったのか?
 他にもレッドスライムが居る場所はあるらしいし、また探すか……

<わんわん>
「あら、どうしたのアロンちゃん?」

 一応探索しておくかとウロウロしていると、なにかに気づいたアロンがサリアの腕から飛び出して草むらの中へ走っていく。
 俺達が追いかけていくと、アロンが立ち止まって吠えまくっていた。なんかあるのか……?
 草むらをかき分けるとそこには半ば干からびた赤いスライムが倒れて(?)いた。

「今にも消えそう……」
「おお、折角見つけたレッドスライムが!? 水筒の水をかけたら治るか……!」

 アロンがつついているレッドスライムに水をぶっかけてやると――

「お、艶が戻って来た!」
<どうやら復帰できたらしいな。仲間はどうした?>
<わふーん?>

 ダイトはスライム語も分かるのか、優秀だなと思っているとレッドスライムがプルプルと体を震わせたり飛び跳ねるなどしてなにかを訴えて始めた。

「ダイト、なんだって?」
<うむ、さっぱりわからん>
「なんだよ!? 言葉がわかるから尋ねたんじゃねえのか!」
<いや、言葉は通じるのだが喋らないから意思の疎通は一方通行なのだ>

 期待したのに酷い肩透かしだ……しかし、こっちの言葉が分かるのならまだやりようはあるか?

「すまん、お前のしぼり汁をもらうためにここまで来たんだ。少し分けてもらえないだろうか?」
「お願いします」

 俺とサリアがしゃがみ込んでそういうとレッドスライムがにゅっと伸びて頭を下げるようなしぐさをしたので恐らくOKっぽい。しかしその後きゅっと体の向きを変えて飛び跳ね――

「あ、どこ行くの!」
「ついてこいってか? 行ってみるか……」
<わふわふ!>

 遊べると思ったのかアロンが駆け出し俺達も後を追う。遠巻きにトカゲっぽい魔物が見えるがダイトに恐れをなして近づくことは無いので余裕である。

 そしてレッドスライムが飛び跳ねまくっているところを見るとそこには川の出口があった。
 本来、ここから水が出てくるはずがちょろちょろと少し流れ出る程度だった。湿地帯が干上がったのはこれが原因だと訴えているみたいだな。

「ゴミが詰まっているわけでもないし、上流でなんかあったなこりゃ。ダイト、確かめに連れて行ってくれるか? このままにしておいたら色々問題もありそうだ」
<よし、行ってみるか>

 ダイトの背中に乗って川の上流へ登っていく。
 細々と水がずっと流れているが、このまま進めば山に入るかと思っていると川の上にでかい岩が導線を塞いでいるのを発見した。
 近くの崖からここまで転がっている痕があったからもしかするとこの前の大雨でがけ崩れでもあったのかもしれない。

「こいつのせいか、にしてもでかいなあ」
「こんなのがあったら流れないわね……」

 レッドスライムがそうだ! と言いたげにびょこぴょこ飛び跳ねて憤慨している様子がなんとなくわかる。
 さて、後はこれをぶっ壊すだけだがいけるかな?

<ヒサトラ我が――>
「ちょっと下がってろみんな。でりゃぁぁぁぁ!!」

 前にオリハルコンをぶち割ったことがあるので岩ならいけるだろうという算段でバットを振るう。
 もちろん大岩は一撃で粉々になり、はまり込んでいる岩を細かく砕いたらドバっと水が流れ始めた。
 これにレッドスライムは大喜びで飛び跳ね、アロンと一緒にぐるぐる回る。

「良かったわね! それにしてもこれを一撃で砕くなんて……ヒサトラさん凄い……」
<わんわん!>
「まあ、なんかルアンのミスで魔力量とかおかしいらしいから身体能力も変なのかもしれないな。魔法は使えないけど……ってどうしたダイト?」
<いや、なんでもない……強くなったなヒサトラ>
「なんで父親目線なんだよ」

 俺が苦笑していると、レッドスライムが早く戻ろうと言いたげににゅっと体を伸ばして主張してきたのでとりあえずダイトに乗って川の流れを追って下っていくと俺達の降り立った湿地帯が少しずつ水が広がっていくのが見えた。土地自体が結構広いので水の浅い田んぼみたいな感じだな。

「嬉しそう。スライムって怖いって聞いてましたけど動きが可愛いわね」
「だな。お……?」

 湿地帯が水に満たされていくとぽこぽこと赤いものが浮いてくる。どうやら干上がっていたレッドスライムの仲間が復活したようだ。
 見つからなかったのは干からびて地面と同化していたからみたいで、アロンがたまたま見つけた奴はまだ原型が少し残っていたからのようだ。
 大喜びのレッドスライムは仲間意識が強いようで体を伸ばし何度も俺に頭(?)を下げていた。

「気にすんな、レッドスライムのしぼり汁を取りに来たから俺のためでもあるしな」
「でもどうやって採るのかしら?」

 サリアがレッドスライムを指でつつきながらそういうと、スライムが体を上手く使って俺の持っていた水筒をひったくると器用に蓋を開けた。

「あ!?」

 次の瞬間、レッドスライムが高く飛び上がり自らの身体を思いっきり捻った! スプリン〇マンみたいになった体から赤い汁が出てきて水筒に入っていく。

「なるほど、捩じれば出てくるのか……あ、おい無理すんな」

 レッドスライムは地面にぽてっと落ちた後、水分が抜けて半分干からびた体でよろよろ飛び、また捩じろうとしたのを慌てて止める。

「水に入れて戻してあげましょう」

 増えるわかめみたいな理論だが水につけると戻るのであながち間違っていない。
 そこからレッドスライムは数匹呼び寄せてくれ、みんなで体を捩じって水を出してくれた。やがて水筒がいっぱいになったところで終わりとなる。

「かなり溜まったな、ありがとよ」

 干からびたまま体を伸ばして親指の形を作るレッドスライムは結構賢いのかもしれない。
 その間、他のレッドスライムと泥遊びをしていたアロンを呼び戻し、洗ってからトラックへ戻る。
 
 すると――

「あれ? レッドスライムが乗って来たわ」
「お、どうしたんだお前? ……ついてくるつもりか?」

 ――ダッシュボードの上に飛び乗って来たレッドスライムに声をかけると小さく飛び跳ねたのでどうやらそうらしい。

<水を与えておけば生きていけるからいいのではないか?>
「まあ、小さいし可愛いけど……」
「よろしくね♪ 名前つけてあげないとレッドスライムは呼びにくいかな?」
「帰ったら考えるか。とりあえず王都へ戻るぞ」

 なんか居候が増えたが、実はコンテナに別のレッドスライムが数匹くっついていたのを知るのは王都へ戻ってからのことだったりする――