異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

「あ、やべ、とりあえず抜いてきたけど保存できんのかね?」
「魔力を込めた水に漬けておけば問題ありませんよ。これで足りるかどうかの方が問題ですね」
「なるほど、やり方は後で教えてもらうとしよう」

 さらに言うなら薬も誰かに作って貰わないといけないのでその人材探しもしないといけないんだよな。
 アリーの祖母がそういう図鑑を持っていたというなら、作れたりしないだろうか? 聞いてみるのもいいかもしれない。
 
 ダロンの背中に乗って悠々とトラックまで戻ると、騎士達が焚火をして待っているところに出くわした。
 やっぱり寒かったのかと思っていると、

「おお、戻ってきましたか。丁度焼けたところなのでどうですか?」
<ほほう、美味そうだ>

 チラリと視界を動かしたら大きな猪の毛皮があった。
 襲撃されたのかどうか分からないが、焼ける肉を余裕で見ているかぎり、さして苦労もせず殺ったのだろう。
 アロンとダイトが尻尾を振りながら焚火の前で待機するのを横目に、ソリッド様達へ声をかけた。
 
「ソリッド様、戻りましたよ」
「お帰りヒサトラ君。それが探していた花は見つかったかね?」
「キレイですわね。お母様のお薬に一歩近づいたのは良かったです」
「ええ、ありがとうございますリーザ様。残りの情報もあるといいんですけどね。あ、なんか肉を焼いたみたいですけど」
「む、それは気になるな。毒見役も居るし食うか」

 トラックから降りた二人と入れ違いに助手席へ乗り込むと、ダッシュボードに花を置いてから俺も合流。
 毛皮は他に使えるらしいので、俺が採って来たアイオライトと一緒にコンテナに積んで一路王都へ……ということはなく、ソリッド様達の目的である温泉を探すため下山し、周辺の町へ移動。

 ◆ ◇ ◆

「ああ、ここから少し登ったところにありますよ。その乗り物じゃちょっと無理ですが、町から道が出ているんで、歩いて行けます。……というか陛下がなぜここに……」
「天然の風呂というのを体験したくてな」
「いや、ゴルフバッグを担ぐのは関係ないですよ」
「では人払いをするよう町長へ

 やはりゴルフセットはおじさんには魅力的なのだろうか?
 使い方を知らないのに担いで歩くソリッド様にツッコミを入れるが気にした風もなく歩いていく。
 
 ということで山の麓にある町から徒歩で温泉へ向かっているんだけど意外や意外、道は整備されていて山のある一定の範囲は魔物が入って来れないように壁を作っているのだとか。ついでにキノコや山菜、果実なども採取できるため温泉以外でも潤っているようだ。

「男女別みたいだからわたくし達はこっちですね」
「それと毒見役のフェイシュさんと私、アリーさんですね」
「気を付けてな」
「お風呂だけですから大丈夫ですよ!」
「アロン、一緒に行ってこい」
<うぉふ!>

 俺の言葉に威勢よく鳴いてドヤ顔で女性陣の足元に移動。ちなみにダイトも居るが、風呂には入れないのでその辺で寝ててもらう。

<我、不憫>
「なら小さくなる技を掴めって。んじゃ、見張りは頼むぞ。飯はいい物食わせてやるから」
<承知した>

 最強種の一角は涎を垂らしながら頷いていた。
 風呂へ入ると、ヒノキの湯船に程よい温度のお湯が並々と溢れていて、俺は思わず感嘆の息を漏らした。

「……あ”あ”ー……気持ちいいなこりゃ……」
「熱すぎずぬるすぎずってのがいいっすね。騎士達が全員入れないのは惜しいけど」
「人数が多いから仕方ない。ともあれ、ひとつでも手がかりが手に入ったのは良かったな」

 並んで湯船に浸かっていたソリッド様が不意にそんなことを口にし、俺は苦笑しながら答える。

「そうですね。次の休みはデッドリーベアの蜜を採りに行きますし、その後のことも考えないといけませんからまだまだですよ」
「もう少し手伝えればなあ」
「いやいや、ソリッド様にはかなり助けてもらってますから……後は自分でやりますよ」
「そうか? ま、困ったことがあったらなんでも言ってくれ」

 ソリッド様はお湯をすくって顔を洗いながらそんなことを言ってくれる。
 正直、十分すぎるからお礼を言ってから口まで湯船に浸かって温泉を堪能することにした。

 ルアンのヤツ、そろそろ出てこないか?
 そう思っていると、同じく黙って温泉に入っていたビリーが口を開く。

「すみませんヒサトラさん、少しお話があるのですが――」
「ん? なんだ?」


 ◆ ◇ ◆


「普通のお湯と違いますのね?」
「お肌に良かったり、ケガに効いたりするって書いてありましたよ。特殊なお湯みたいです」
「それは面白いですわね」
「サリアさん肌きれいですねー」

 ヒサトラさんがオンセンと呼んでいた天然のお湯に浸かってまったりする私達。女性同士で話をするのが久しぶりだなと思いながらアグリアス様を思い浮かべる。元気にされているだろうか?

 それにしてもお薬は材料が必要というのは盲点だったかな? でも、この調子でいけばお母様の治療薬はできそうな気がします。材料について聞こうとしたところで、アリーが口を開きました。

「……多分、今頃ビリー達が頼んでいると思いますがサリアさんからもヒサトラさんにお願いをして欲しいんです」
「お願い、ですか?」
「あらあら、なにか深刻な顔ですけど?」

 リーザ様の言う通り、アリーが言い出しにくそうな顔で私の顔を見つめていた。しばらく黙っていたけど、すぐに決意の表情に変わり私の手を取って言う。

「……私の家は代々後を継ぐ際、試練があるのですが課せられたものがとても難しく、手をこまねいておりました。ですが、あの『とらっく』なら成し遂げられるかもと思い今回アリアの花について情報を提供しました。もちろんお礼もありますが、この件が終われば報酬もお渡しします」
「ちょ、ちょっと待ってください! あなたは一体何者なんですか?」
「それは――」

 その正体に一番反応したのは……リーザ様だった――
「へえー、南の国のねえ」
「はい。私はローデリア王国の貴族の一人でアリー=ホーランドと言います。この二人は私が試練を突破するためについてきてくれた者です」
「そっちの領主も大変だな。女性が領主になることが無いわけではないが珍しいな? いや、これ美味いな……!?」

 湯上り。
 お歳暮の中にあった冷えたフルーツジュースを飲みながら外でそんな話をしていた。
 そこで判明した事実だが、なんとアリーは領主の娘で、父親が病に臥せっているにも関わらず次期領主争いの真っ最中だとのことだ。アリーには兄弟がおらず、従兄弟と結婚を迫られているらしい。

「あの男と結婚するのは嫌なんです……だけど弱っている父を叔父が言いくるめようとしていまして……。先にお話しした通り試練をクリアしなければ家を継げません。女である私がそれは無理だろうと」
 
 どうも叔父もその息子も金目当てであまりいい性格をしているわけではないらしく、可愛い顔立ちのアリーだが顔が歪んでいた。怖い。
 まあ、そんなわけで一年かけて試練をクリアすれば家を継ぎ、好きな男と結婚できるという条件に臨んだってわけだ。

「その条件がドラゴンの鱗を手に入れること、か」
「はい。ローデリアにある山に棲む赤い竜の鱗を手に入れる……それが代々伝わる試練なんです。父もやりましたし、部屋に飾られていますよ」
「それで力をつけるために冒険者としてやっているのですが、残り二か月となってしまい達成できそうにありません。ですが、一枚でも奪って逃げきれればと思い、こうしてご相談させていただきました」

 ビリーが難しい顔で首を振る。アリーはその叔父息子との結婚は回避したいらしい。そこでサリアとリーザ様が拳を握って俺に声をかける。

「話を聞きましたがセクハラをする金に汚いクソ野郎みたいです! アリーのためにもここは力を貸しましょう!」
「そうですわ! 好きな人と結婚できないなんて許せません!」
「お、おう」
<わん>

 事情は分かったが、もうひとつ気になることがあるのでそっちについて聞いてみることにする。
 
「まあ、協力するのは次の休みなら構わないが……親父さん病気なんだろ? アリアの花を欲しがったのは回復も視野に入れているからじゃないのか?」
「……はい。利用したことは謝ります……」
「あ、いや、そうじゃねえんだ、ウチも母ちゃんの病気を治すため調査している訳だし、ついでに親父さんの分も手に入れておいた方がいいんじゃねえかなって」
「さすがヒサトラさん! 私もそう思ってました!」
「うわ!? よせって!?」

 サリアが歓喜の声を上げて抱き着いてきたので慌てて受け止める。サリアを抱っこしままアリーに目配せをすると、今まで緊張があったのだろう。一筋の涙が流れていた。

「ありがとう……ございます……」
「なあに、俺もこの世界に来てかなりみんなに世話になってるからな」

 ということで次はドラゴンの鱗をゲットし、継承できるようになったら次に治療薬の材料集めをすることを目標に行動しようということになった。

「別の国の事情ですが大丈夫なんですか?」
「ん? 別に構わないぞ? 他国だろうが人は人。協力し合うのが当然だろう」

 それが出来ない人間が国を預かると戦争を起こすのだと、珍しく真面目な顔で度量の高いことを口にし、騎士達から拍手が沸き起こっていた。

 しかし――

「……ゴルフはお預けか」

 やはりそこはソリッド様だったとさ。


 ◆ ◇ ◆


 そして温泉を堪能してすぐに王都へ戻ると、翌日からの仕事に備えて素早く飯を食って就寝。
 アリー達はどうするのかと言えば、ドラゴンのところへ行くまで仕事を手伝ってくれるとのことで、一緒に宅配をして回ることになった。

 まさかこんなことになるとは思わなかったが持ちつ持たれつだと思うので、出来る限り協力はしたいと考えている。特にドラゴンとなればベヒーモスであるダイトの力が必要になるかもしれないしな。

<ふあ……>
<きゅーん……>

 庭先であくびをする親子は特にドラゴンと聞いても特に気にしていないが、勝てるのだろうか? 一応、最強種だし戦ったこともありそうだ。
 そこから五日ほど宅配に従事し、アリー達が居ても特に問題なく仕事が終わる。
 五人で生活しているとそれはそれで楽しかった。
 ビリー・ジミーは兄弟で、ビリーの方がアリーの恋人なんだと。で、そのアリーはお嬢様らしく料理がまったくできないというのがそれっぽくて面白かったな。

 ビリーと結婚させるためにも頑張ってやらないとな。
 祖母はまだ生きているらしいが、達成するまでは家に戻れないそうなので俺の目的を果たすためにもここは一肌脱がねばならないのだ。

 そして休日、俺達はローデリア国に入ることになるのだが……

「ちょ、なんだこれは!?」
「トラックという乗り物だ。私はソリッド、ビルシュ国の王をやっている」
「ビルシュ国王様!? それに上に乗っているのは……」
「ベヒーモスだ。急で悪いがドラゴンの棲む山へ行かせてもらうぞ」
「あ、はい……お通り、ください……ええー……」

 なんとソリッド様もついてきていたりする。
 トラックが怪しまれれば先に進めないだろうということで、ビルシュ国側の騎士達と国境警備兵が証人としてついてきたというわけだ。いや、いいのかマジで?

「い、いいんでしょうか……」
「まあソリッド様には逆らえないしなあ……」
「早く終わらせてゴルフとやらをやるのだ! ヒサトラ君頼むぞ!」
「ま、早く終わらせるのは同意しますよ。……んじゃ行きますか!」
 というわけでやってきたのはドラゴンの棲む山である『リキトウ(さん)』。
 強そうな名前でいかにも居そうな感じがする。
 国に入ってから南に50kmほどの場所に位置するこの山は悪路だった。一応、冒険者達も狩りに利用するため道が無いわけではないんだけど、まあ獣道って感じだ。

 2NDに切り替え、ディーゼルエンジンの底力を見せつけ急こう配を登っていくと、騎士達がやんややんやと喝采していた。
 ダイトはコンテナから降りてトラックの前を歩いてくれており、魔物に対しての牽制と万が一ドラゴンに遭遇した場合に話をしてもらうようにしている。

「っと、そろそろ中腹だな。これ以上は流石にトラックじゃ無理だ」
「道も無くなっちゃいましたしね」
<わふ>

 ちょうど転回できそうな場所があったので下山準備をしてトラックから一旦降りる。
 ここからはダイトの背中に乗ってドラゴンの巣に行く必要がある。

「ソリッド様は残っていてくださいよ? 流石にドラゴン相手は騎士達も危ないでしょうし」
「まあ勝てなくはないっすけどね、多分? でも、鱗を拾ってくるだけなら待ちますよ。ベヒーモスの旦那が居れば大事にはならないっす。後、アイオライトを殴って壊せるヒサトラさんなら余裕っすね」
「まあそうだな」

 ソリッド様は聞き入れてくれて冒険者3人組と俺、サリアにアロンという組み合わせでさらに登っていく。
 ここもアノクタラ山脈と同じで標高が高く、最長で2000mはあるようだ。山脈は3000m級で1700mくらいでアリアの花を見つけた。

「ここは火山じゃないのか」
「普通の山ですね。火山はもっと南に行かないとないんですよ」
「ドラゴンが棲むくらいだからそうだと思ってた」
<ドラゴンも暑い場所を好むやつはそう多くないぞ?>

 意外である。
 火を吐くから平気かと思っていたが、そうでもないらしいや。
 そんなどうでもいい会話をしながら山の7割くらいを登ったところで目的の場所へ到着した。

「……あれが巣か。ここは想像通りなんだな」
<まあ、我もそうだが最強種と言っても生き物に変わりはないから他の動物と似ているところもある。というかあやつは――>
「ダイトさん、隠れられていないですよ」
<……きゅん>
<む、そうか>

 岩陰からこっそり覗くと銀色の鱗をし、体を丸めたドラゴンが鼻提灯を浮かべて寝ているのが見えた。木々を集めて作った巣には卵と鱗が落ちていて、これは絶好の機会だ。

「よし、アリー。お前の勇姿はしっかり残しておくから行ってこい。ビリー達は手伝えるんだよな?」
「はい! その魔道具があればあのドラ息子達にぐうの音も出ないくらいの証拠を突き付けられます!」
「行こうアリー、ジミー兄さん」

 そう言ってそろりと足を忍ばせて近づいていく3人。
 鱗は落ちているものの、巣の中にあるのでそれなりにハードルは高いので見ている俺達もドキドキである。
 ちなみにアリーが言っていた魔道具は俺のスマホで、動画の録画機能のことである。
 一度試しに撮ってみたので存在を知っている訳だな。

 まあ、現地で取って来たかどうかなんてのは監視役もいないし分からないと思うのだが、そこは嘘を吐きたくないと自身で行った。ちなみに鱗自体高価なので買ってもいいらしい。
 何故か? 基本生活費しか渡されないのでそれだけ稼ぐ力がある、もしくはドラゴンの巣へ向かってくれる冒険者を雇えるという『財力』を認めてもらえるんだと。

 流石に1年やそこらでそんな大金は用意できなかったのでこれがラストチャンスというわけ。
 
「頑張ってください……!!」
<わふ……!!>

 上手いこと鱗を三枚拾うのが見えて歓喜の笑みを浮かべるアリー。
 だが、そこで変な虫がドラゴンの鼻提灯に近づいていく。

「あ、まずい!? 早く戻れ!」
「は、はい」

 小声で注意喚起をするが遅かった……虫により鼻提灯が今、割られたのだ――

<んあ……? おっと、いかんいかんうっかり昼寝を……な!? 人間だと!>
「わあああ!? 起きた!!」
「急げ!」
<ぬう、岩陰にもいるのか? なにをしに来たのか知らんが、我がテリトリーに入ってきたこと、後悔するがいい!>
「うるさっ!?」

 鋭い咆哮を上げるドラゴンにアリー達が耳を抑えてしゃがみ込む。ここにいる俺達でもうるさいと感じるので近いあいつらはさらにキツイはずだ。
 このままでは殺られると、俺はダイトの背を叩いて踊り出る。

「こっちにも居るぜ!」
<む! そっちにも! って、貴様――>
 
 銀色のドラゴンの気を逸らすため、ダイトの背に乗ってバットを振って威嚇する俺。
 首をこちらにもたげて目を見開いたドラゴンは驚いたように口を開く。

<貴様……ベヒーモスではないか! おお、元気そうだな!>
<やはりシルバードラゴン、お前だったか。呑気に寝ておるからそうではないかと思ったわ。だから卵を盗まれるんだぞ?>
<ぬっはっは! 無精卵などくれてやっても構わんわい。有精卵ならかみ殺してやるがな? しかし……人間と一緒とはどういう風の吹き回しだ?>
「……随分親しげだな……ダイト、知り合いか?」

 俺以外のみんなも驚いた顔をして両者を見比べていた。
 すると、ダイトがドヤ顔で言う。

<うむ、この山を見てもしやと思ったがこいつは我の旧知の間柄であるシルバードラゴンだ>
「知り合い……」

 どうやら最強種同士、世間は狭いってことらしい。
 だけどシルバードラゴンが俺達を見て目を細める――
<ちょうど息子夫婦が出かけていてな、留守を預かっていたところなのだ>
<なるほどな。我は最近このヒサトラという男と契約をして、今は人間の町で悠々自適に暮らしておる。アロン……息子も成長しておるわ>
<わふ♪>
<いいのう。ウチのは嫁さんをもらうような歳だから可愛い盛りは終わってしもうた>

 あれから数十分。
 ドラゴンの巣は旧知を温める場となっていた。
 事情を話すと『いくらでも持って行け』とダイトの知り合い補正で簡単にもらえた。ちなみに一枚で人間の盾になりそうな鱗を数十枚もだ。
 ちなみにサリアに動画撮影してもらっていたが、バッチリ回収するところが写っていたのでぐうの音も出ないだろう。ドラゴンとベヒーモスに挟まれて引き攣った顔をしていたけどまあいいだろう。

 で、このシルバードラゴンはここに棲んでいるわけではなくこのドラゴンの息子夫婦が家主(?)らしく、久しぶりの夫婦でお出かけということで留守番を任されているのだとか。

「結構なお歳なんですか? ドラゴンってどれくらい生きるのか分からないですけど」
<うむ。ワシがざっと400年ほど生きておるな、後200年くらいで死ぬかのう。人間ならもうジジイじゃ。故にシルバードラゴン……>
「そっちのシルバーかよ!? というかそりゃ俺の世界のでしかも日本だけの和製英語だぞ、なんで知ってんだ……」
<びびっと……>
「来るのかよ……」

 由来は割愛するが、俺が生まれる相当前の鉄道会社ん時に出来て定着した名前らしいんだよな「シルバー=高齢者」って。なぜこいつが知っているのかわからんが、まあ大したことじゃねえしと話を続ける。

「とりあえずダイトの知り合いで良かった。悪いけど貰って帰るけど、タダでもらうのもなんか悪いな」
<生え変わりで取れるからワシにとっては処理してくれるならありがたいがのう>
「そっか。好物とかあるのか?」
<海に出ると戦いになるから魚はあまり食さんのう。でかい魚でもあればいいが、難しいじゃろ>

 ふむ、こいつも魚か。
 山に棲むとそういう機会はあまり無いらしく、魔物や動物の肉が主食なので海魚は貴重のようだ。
 気になるのは「戦いになる」部分だがあえて聞かないでおく。

<わんわん>
<ん? なんで戦いになるのか、だと? 海にもドラゴンがいるからのう、いわば縄張り争いみたいな感じじゃよ。今から100年前――>
 
 やべえ、年寄りの話が始まった。概ね同じ話を繰り返すことがいいから中々逃げられなくなること請け合いだ。さっさと用事を済ませるとか考えていると、サリアが空を見上げて指をさす。

「あ! なにか降りてきますよ!」
<あれもドラゴンだな。息子か?>
<おお、息子夫婦だ。戻って来たか……む、いかん!? おい、こいつらは客人じゃ!>
「やべえ……!」
<ヒサトラ、我の陰に!>
「それじゃサリアが間に合わねえ!」

 空に居たドラゴンのうち一体が、俺達に向かって火球を吐き出してきた。
 慌てたシルバードラゴンが庇うように火球をぶつけてくれるが、砕けた火球が飛散して俺達に降り注ぐ。
 アリー達は盾で防御。
 だが、サリアとアロンはなにもないのでこのままじゃ大やけどだ……!!

 しかし……!!

「きゃあぁぁ!?」
「これくらいなら……絶好球だ!」

 俺はサリアの前に立つと、外角高めの火球をバットで打ち返す!
 変なスイングになったが、続けて2発、3発と返しことなきを得る。

<ああああああああ!?>
「あ、悪ぃ!?」

 悲しいかな、打ち返した火球はすべてシルバードラゴンのケツにヒット。暑さには強そうな鱗だがヒットした音がえぐいので物理は通ったようだ。

 だがそこは歴戦のドラゴン。耐えた後に息子たちへ声をかける。

<お、おお……こやつらは大丈夫じゃ、お、降りてこい!>
「痛そうですね……」
「こっちも必死だったから勘弁してほしい」

 ◆ ◇ ◆

<客人でしたか……失礼しました……>
<てっきり狩りをしにきた冒険者かと>
「いや、とりあえず無事だったからいい。こっちもさっさと帰れば良かったしな」
「すみません、ご夫婦の巣だったと聞いています」

 俺とアリーが頭を下げる。
 すぐに誤解が解けて生え変わった爪と牙をくれたのだが、なんか悪いな。このサイズだとマグロくらいの大物を土産にしないと釣り合わない気がする。

<大丈夫か?>
<とうとう……限界みたいじゃ……。というのは冗談で、あれくらい屁でもない。尻だけに>
「そんじゃまた来るよ、色々ありがとうな」
<ワシの話をスルーした……!>

 暇なお年寄りの話はドラゴン夫婦にやってもらうとして、俺達はさすがにそろそろ退散を決め込むとする。ダイトの背に乗り、俺は三体のドラゴンに挨拶を。

「また来るよ。今度は海魚の土産を持ってくる」
<ほおう、そりゃ楽しみじゃて。ベヒーモス、また会おうぞ>
<我の名はダイトだ。これからはそう呼んでくれ>
<名前……>
<いいなあ>

 羨望のまなざしでアロンとダイトを見ていたが面倒くさいことになる前に退散だ退散。ドラゴン達に見送られ、俺達は巣を後にした。

「喋れるんですねドラゴンさんも」
<歳を経るとあらゆる言語に精通するようになるのだ>
「アロンも喋るんですよね?」
<うぉふ?>
<まだまだ先だがな。お前達が生きている間は難しいと思う>

 トラックに戻る途中、サリアの質問に答えてくれたが喋るようになるには後100年はかかるだろうとのことだ。長寿故に成長も緩やかなんだろうな。サリアが抱きかかえて残念と口にするが確かに俺もそう思った。

 目的の物は手に入れたし美味いものでも食って帰りますかね。


 ◆ ◇ ◆


 一方そのころ。

<すみません父さん、留守を預かってくれて>
<いい、いい。久しぶりの顔も見れたしな>
<不思議な人間でしたわね。特に火球を返した男は他とちょっと違うかと>
<うむ。ベヒーモスが契約を結ぶくらいだ、ただ者ではあるまい。ではワシも寝床へ戻るぞい>

 シルバードラゴンは大きく羽ばたき空を駆ける。
 しかしその時、後ろ髪を引かれるように空中で静止してリキトウ山を見据える。

<……こっそりついて行こうかのう?>

 それは無理だと誰もが突っ込みたくなる言葉を発しながら、シルバードラゴンは踵を返すのだった。
 
 ――リキトウ山からアリーの屋敷まで一気に走らせ、家の継承権は見事彼女のものとなった。
 従兄と叔父に関してはあくまでも失敗をした時の保険程度なので片田舎に戻る以外の策は無いとのこと。

 同じ貴族ではあるがやはり上位と下位が存在し、アリーの家の方が上なので従兄が上に行くためには結婚するしかないため躍起になっていたわけだ。

 その時の一部始終を紹介したいと思う。


 ◆ ◇ ◆


「久しいなアリー。諦めて逃げ帰って来たのかな?」
「いいえ叔父様。この通り、ドラゴンの巣から鱗を持ち帰ってきました」
「……え?」

 庭に出て来てもらい、拾ったり貰ったりした鱗に牙、爪などなど……それらを全部広げて見せてやると、親子は鼻水を垂らして立ち尽くす。いい表情だ、胸がスッとするやつよ。

「い、いや、そこに居る者達に手伝ってもらったのだろう? それでは認められない」
「ああ、それについてはこいつを見てくれ」
「なんだね君は? ……うお!? 大迫力……!」
「あ、あ、アリーが危ない!? って、なんだよこれ……魔道具か!?」

 ちょいちょいと肩を叩いて二人に動画を見せてやると、色々なことに度肝を抜かれていた。
 ひとしきり見せた後にスマホをしまう。

「まあそんなところだ。見ての通り俺達は見守っていただけで、手伝っちゃいない」
「ですです! 三人がドラゴンさんに襲われながらも手に入れた鱗なんです!」
「ぐぬ……! これが本物とは――」

 まだ抵抗する素振りを見せる叔父が鱗が本物か分からないと言いかけた瞬間、初老の男性がスッと現れて頭を下げて口を開く。

「いえ、旦那様。これらは全て本物でございますよ」
「カーークス!? お前なんですぐ本当のことを言うんだ!? ちょっとは主人のために嘘つくくらいするだろ!」
「わたくしは旦那様に仕えておりますが、自分の信念に従うべき時はその限りではありません。鑑定の目に自信がありますゆえ、嘘はつけません」
「おのれ……かっこいいことを……!」
「パパ、アリーは僕のモノにならないの……!?」
「「まあ無理だな」」

 一同が声を揃えてそう言うと、叔父が発狂しそうな勢いで持っていた杖を振り上げた。
 しかしその時、庭に影が差す。
 曇りかと思っていると――

<おお、見つけたぞ人間達! 美味いものを食わせてくれるのを待ちきれんかったからついてきたわい>
「シルバードラゴン!?」
「あわわわわわ……うーん……」
「パパァ!?」


 ◆ ◇ ◆


 ……という感じで完封したというわけ。

 アリーの親父さんもビリーのことは認めていて、結婚を許されていた。
 まあ、ドラゴンが町中に現れたということで現場は一時騒然となったが結果的にすべてが丸く収まってなによりだ。

「こんな格好で申し訳ない。私が病気でなければアリー達に苦労をかけることもなかったのだが……」
「いえ、俺も母親が病気で薬を探していますからね、お気になさらずに」

 ベッドで上半身を起こした状態で親父さんがすまなさそうに頭を下げてきたので、俺達はやんわりと返す。

「ありがとう。それと窓からドラゴンの頭らしきものが見えるのだがあれは……」
「お気になさらず」
「そ、そうかい?」

 サリアが笑顔でやんわりと返す。
 まだ飯を食わせるような時間ではないため、ベヒーモス親子と待ってもらっている。町の外に居てもらえばよかったような気がするが、説明もしたし、もはや後の祭りなのでこのままにしとこうと思う。

 そして親父さんは困惑しながら咳ばらいをすると俺達に向かって話し出す。

「君たちには世話になった。なにかお礼をしたいのだが、要望はないか?」
「それなら……アリーにとっての祖母にお会いしたいと思っています」
「母に?」

 そこでアリーが親父さんへ俺の意図を告げる。
 病の治療薬を俺が欲していること、その材料について婆さんが知っていること、そしてそれは親父さんにも使えるであろうという話をした。

「なんと、そなたの母君もか」
「病状は違うと思いますけど、治りにくい病気って意味では同じかなと」
「私はともかく、母君のために作ってもらいたいな。母は屋敷の裏庭に居を構えているので会いに――」
「話は聞かせてもらったよ! 人類は繁栄する!」
「おう!?」
<きゅん!?>

 背後の扉が開いて声高らかに叫ばれ驚く俺達と、目見開いて驚くアリーが口を開く。

「おばあ様!?」
「おお、アリーや無事じゃったか、良かったわい。私が手伝えれば良かったんだけどねえ」

 アリーの横でカラカラと笑う婆さんがどうやらそうらしい。
 サリアとあまり変わらない身長で顔は相応に老けてはいるが、昔は美人だったろうと思わせる顔立ちで、背筋もピンと張っていて想像の10倍若いと感じた。

「で、あんたが私の知識を欲しているやつかい?」
「ああ、俺はヒサトラ。母親を助けるため治療薬を探している異世界人だ」
「へえ! また、面白いことを言うヤツが来たもんだよ。若いころの爺さんに似ているねえ、もう少し私が若かったら付き合ってもいいくらいだよ」
「今でも結構美人だと思うけどな? だけど俺にはサリアが居る、残念だ」
「あ」

 俺がサリアを引き寄せると、婆さんは目を丸くした後、高らかに笑いながら俺の尻をバシバシ叩く。

「あっはっは! 素直だねあんた! 気に入った、治療薬について話をしてやるよ。もっとも、半分くらいは終わってそうな感じはするがね?」
「?」
「ま、ゆっくり話そうか。私はマトリア、この国でもそこそこの名を持つ魔法使いさ」

 そう言ってマトリアさんは俺にウインクをしながらサムズアップをする。元気でノリのいい婆さんだなと思いながら、裏庭にある家へと向かう。
 
 貴族といってもトライドさんみたいな領主というわけではないので、実はアリーの屋敷はそこまで大きくない。
 ただ、マトリアさんと旦那さんも一緒に住んでいるため庭に別宅を建てているのだという。
 結構、親とは別居していることが多いのが貴族らしいけどアリーの母親は早くに亡くなっていて、さらに親父さんが病に臥せっているので同居しているのだとか。
 俺と違い父子家庭ってやつだ。

 サリア、アリー、ビリー、ジミー、そして俺が屋敷からいったん外に出て庭に向かう。すると

<む、ヒサトラ終わったか?>
「いや、まだだ。シルバードラゴン、もうちょっと待てるか?」
<ジジイは暇じゃからゆっくりでええぞ。人間と話すのも面白いわい>
<我も待てるぞ>
「張り合うなよ」

 苦笑しながらダイトの背中を撫でてみんなの後を追うと、立派な花壇の中心に家があった。
 マトリアさんは指でついてこいと指示し、家の中へ。
 ちなみにソリッド様は他国の事情に関われないからとトラックで寝ていたりする。おいてくれば良かった。

「ふうん、ドラゴンだけじゃなくベヒーモスもかい。面白いヤツだねえホント」
「ん?」
「なんでもない、こっちだよ」

 さて、そんな一軒家にはいると普通のリビングにキッチンがあり、ぞろぞろと中へ入っていくとリビングのソファで寝転がっている爺さんがこちらに気づいた。

「お? どうしたマトリア、客か?」
「昼間っからゴロゴロしてんじゃないよ、たまには剣を振ったらどうだい」
「固いこと言うなよ、今日は休日だ」
「あんたは毎日が休日だろ? 紹介するよ、こいつは私の旦那だ」
 
 タンクトップのおっさんがシュタっとソファから立ち上がると190cmくらいはある体を震わせて笑う。
 
「はっはっは、俺の名はデイルってんだ。よろしくな」
「ヒサトラです」
「サ、サリアです」
<きゅん!>

 銀髪をオールバックにした大男は手もでかかった。サリアがびっくりし、物怖じしないアロンが一声鳴くと、頭に手を置いてから言う。

「おう、変わった犬だな?」
「それはベヒーモスの子だよ。あんたの好きそうなのが庭に居るから行って来な」
「なんだ? じゃあちょっと出てくるわ、ゆっくりしていきなよ兄ちゃんたち!」
「……慌ただしいな」
「爺さんが居るとうるさいからね、ベヒーモスとシルバードラゴンならちょうどいいよ」

 酷い。
 挨拶もそこそこに飛び出していったデイルさんをよそに俺達はマトリアさんについていくと地下室へと案内される。アリーが見た図鑑というのもここにあったものだそうだ。アリアの花を教えてもらった時はまだここに戻れるとは思っていなかったため、ぬか喜びはさせたくないと曖昧にしていたらしい。

「久しぶりなんですよ私も」
「小さい頃はよくこっちにいたもんだけど、学校に行き出してからはさっぱりだったからね」

 くっくと笑いながら地下室の灯りをつけると――

「わあ……」
「凄いな……!?」

 ――部屋にびっしりと本が詰まっていた。魔法使いの名に相応しいと感心するくらいには多い。

「まあ、魔法使いはこれくらい持っているもんさ。最近は魔道具が流行りだしたから魔法の修行をする人間も冒険者くらいになったがね」

 少し残念そうな声色でそう言った後、さっそく本題に入る。
 俺達はその辺の床に座り、聞く態勢を整えるとマトリアさんは本を片手に口を開く。

「さて……お主の探している万病治療薬の名は‟オポロミオ”と言ってな、伝承ではあらゆる病に聞いたと記されている」
「胡散臭い」
「くく、まったくじゃな。どの程度かという記述については不治の病が治ったくらいしか書かれておらん。だが、こうやって残っている限り信憑性はあるじゃろ」
「まあ、ルアンが『ある』と言っていた以上なにかしらはあるだろうし……それがそのオポビタンであって欲しいって感じだな」
「ヒサトラさんオポメミンですよ」
「オポロミオじゃ」

 栄養ドリンクみたいな名前や信憑性はどうでもいいとして、手に入れられるものは手に入れておくべきだろう。

「まあそのあたりのことはどうでもいい。材料のことを聞かせてくれ」
「とりあえずアリアの花とデッドリーベアの蜜は聞いていますけど」
「そうだね、で、竜の牙は手に入れられるから除外しようか」
「あ、それで少し揃っているって言ってたのか」

 頷くマトリアさん。
 そこからは微妙に手に入れにくそうなものが羅列される。

 材料は……

 ・アリアの花
 ・デッドリーベアの蜜
 ・ドラゴンの牙
 ・ジュエリーサンゴ
 ・レッドスライムのしぼり汁
 ・ロックウォールナッツ
 ・マンドラゴラの根っこ

 この七つだ。
 とりあえず上三つは終わっているが残り四つ。すぐに手に入るものなのか?

「ジュエリーサンゴはまあ漁師に頼めば出てくるじゃろ。お高いかもしれんがな。ロックウォールナッツは中身を取り出すのが面倒くさいわい。レッドスライムは湿地帯にいけばなんぼでもおるが、生け捕りが難しい」
「マンドラゴラは? こいつ、抜いたら叫ぶとか聞いたことがあるけど」
「ああ、そいつは楽じゃ。抜く前に土の中で黙らせてしまえばええ」

 麻痺させるとか口がある辺りをあらかじめ塞いでおくらしい。そんな方法があるとは……

 とりあえず面倒そうだが目標があるのはありがたいな。
「ありがとうございますマトリアさん。材料を集めたら持ってくればいいですか?」
「それでええぞ。息子の命を救うために協力させておくれ。この歳でドラゴンの素材は厳しいからのう。旦那も強者の部類じゃったが同じく寄る年波にゃ勝てん」
「あれでか……?」

 庭に戻ると、シルバードラゴンの足をガンガン殴りつけているおっさんの姿があった。
 もちろんデイルさんである。

<はっはっは、やはり素手は無理だろう>
「得物がいるなこりゃ! いい経験をさせてもらった!」
 
 血が出ていないので拳が相当かてえんだろうなと推測できる。
 デイルさんがシルバードラゴンの足をバシバシ叩きながら笑うのを見て熟練の冒険者はやべぇなと戦慄する俺であった。

<む、戻ったかヒサトラ>
「おう、王都へ戻るぞ! 次の休みは海に行くぞ」
「なに? ゴルフではないのか!?」
「あー……じゃあ一日はゴルフにしますか」

 なにがそんなにソリッド様を引き付けるのかわからないが、俺の要望や色々としてくれている手前、一日くらいはいいかと頷く。すると満面の笑みでソリッド様が口を開く。

「おお! それはありがたい、ようやくこいつの使い道が分かるのだな」
「ソリッド様、ごるふとはなんですかな?」
「よくぞ聞いてくれたデイル殿。ここに居る異世界人のヒサトラ君の世界にあるスポーツだそうだ。……よっと……こいつを使うらしい」
「ふむ、珍しい形をした武器ですな」
「武器じゃねえ。とりあえず帰ったらどういうものか図で説明しますよ。場所は王都の外にある草原にしましょうか」

 今はその話題をする必要はないとソリッド様に告げる。するとデイルさんが顎に手を当てて俺を見た。
 
「異世界だと?」
「ああ、俺はこの世界の人間じゃねえんだ。ソリッド様達にはよくしてもらってるけどな」
「ほう……興味深いな」
「人数がいてもいいらしいから、私が会得して面白かったらローデリア国王も呼んでみるか」
「多分そっちの興味じゃねえと思いますよ? それとあまり広げないでくださいよ」

 トライドさん辺りは呼ばれそうだなと思うが、コースがなければそんない面白いものではない。せいぜいパターゴルフが関の山だろう。

「えっと、もう帰られるんですか? 食事などご用意しますけど」
「今日は遠慮しておくよ、シルバードラゴンと騎士数十人はちょっと重いからな」
「あはは、そうかもしれませんね。みなさん、本当にありがとうございました。別の形でお礼に参りますのでよろしくお願いします!」
「待っておるぞ異世界の勇者よ」
「ちげぇから」

 マトリアさんにツッコミを入れてからトラックに乗り込み、余裕そうだった老夫婦が目を丸くしてトラックが動くことに驚いていた。

「ちょ、ワシも乗ってみたい!!」
「俺もだ! あ、あああああ!? 行くのかぁぁぁ!?」

 夫婦を振り切って町を出る。
 どこまでついてくるつもりかわからないが、しばらく戻ってこないから乗せるわけにいくか!
 
<ワシは空からお主らを追うぞ。楽しみじゃのう>
 
 シルバードラゴンは上昇して雲の中へ消えるが、ダイトいわくしっかり追従しているらしい。
 焼き鳥でも食わせば満足してくれるか? 魚はまだ冷凍庫にあったっけか……?

 マグロはまた次回になりそうだなと思いつつ、俺達は王都へと凱旋した。


 ◆ ◇ ◆
 
<……では、さらばだ>
「うむ、楽しかったぞ」
「また遊びに行きますね」
<次はいつになるか分からんがな>
<わんわん!>

 ソリッド様やサリア、ダイトがそれぞれ別れの挨拶をするが俺は腕を組んだまま口をへの字にしてそれを見ていた。なぜならば――

「早く行けよ!? そのやりとりもう10回目だぞ!」
<う……わ、わかっとる! しかし、焼き鳥丼と炭火焼サバの味が忘れられんのじゃ!>
「あれは美味いからな」

 うんうんと頷くソリッド様の態度に顔を綻ばせるシルバードラゴン。
 俺はその様子を見て、足を拳で殴ってやる。

「そいつは嬉しいけど、ここにお前が居たら迷惑になるだろうが! ほら、巣に戻れよ」
<痛い!? うう、老い先短い者に辛い仕打ち……>
「後400年位生きるんだろうが」

 その言葉にそっぽを向く。
 昨日は楽しそうだったから嫌がる気持ちは分からんでもないが、この巨体はベヒーモスのダイトに比べたら相当デカいしさすがに王都に居場所はない。残念だがここはお帰りいただく他ないのだ。

<近くに棲めば……>
「あ、息子さんじゃないですか?」

 サリアが空に目を向けたので全員がそちらを見ると、青い鱗のドラゴンが降下しているところだった。
 もちろん大騒ぎ……にはならず、すでにシルバードラゴンが居るので『ああ、あそこね』みたいな反応のようだ。おかしくね?

<父さん、巣に居ないと思ったら……!! ほら、帰るよ、もう歳なんだから狩られちゃうだろ>
<嫌だぁぁぁ!? ワシここに住むんじゃぁぁぁぁ!>
「駄々っ子か!?」

 威風のあるシルバードラゴンも息子には勝てないようで背中をがっしり掴まれて上昇していく。

<すみません父が。また会いに来てくれると嬉しいです>
「ああ、またな! 魚を持って行くぜ!」
<あああああああ!?>

 ばっさばっさと翼をはためかせてドラゴン二頭は遠ざかって行った……。

「可愛いお爺さんでしたねー」
「まあ悪い気はしないんだが、もうすでにデカいのがいるからなあ」
<?>
「お前のことだよ!」
<きゅーん♪>

 ダイトの背中を叩いていると、アロンが俺の背中によじ登って来た。とりあえず魔物はこいつらだけで十分だよ。
 そう思いながら小さくなっていくドラゴンを見送るのだった。

 ……ちなみにオミロボンの素材である竜の牙は酔った勢いで爺さんが孫にお年玉をやるような気軽さでくれた。
 
 とりあえずゴルフが終わったらまたオールシャンの港町へ行かないとな
 目的はサンゴとマグロだが、俺はデッドリーベアの蜜について少し考えていることがあった――

「……雨か」
「ごるふって雨の中でもできるんですか?」
「そういう施設があれば出来なくはないけど、そういうのは作られてないからなあ」
<いいのかここで?>
「さすがに濡れるのを見ているのは心が痛い」
<ありがとうヒサトラ。……しかしあれはいいのか?>

 倉庫に鎮座したダイトがキャンプに使うチェアに座って黄昏ているソリッド様と横に並ぶ騎士に目を向けて前足を向ける。
 楽しみにしているのは分かっていたので俺達も色々ゴルフについて教えていた。
 コースは無いが、とりあえず数人で争い、穴にボールを早く入れるということだけだがまずはクラブでどうやって打つのかを試したいとソリッド様もワクワクしていたのだが――

「残酷な現実だ。この降りだと明日も無理そうだし、オールシャンに行って魚を入手しておこうかな」
「そうですね、折角ですしお魚を食べるとか!」
<うぉん♪>

 アロンがサリアの膝で小さく鳴き、美味しいものを食べられると舌を出す。善は急げと準備を始め、俺はソリッド様に声をかけた。

「ソリッド様、俺達はちょっとオールシャンに行ってきます。今日のところはお引き取りをお願いしていいですか?」
「あ? ……ああ、うん、そうか……ゴルフは……」
「この雨じゃ無理ですよ。明日、晴れるといいですね」
「……うむ! よし、皆の者、城へ戻るぞ! 女神ルアン様に祈りを捧げて明日晴れにしてもらうぞ……!!」

 また変なことを言い出した。
 塞ぎ込んでいるよりもいいかと苦笑しつつ俺達はトラックを走らせてオールシャンへ。

「こっちも結構降ってますね、お魚あるかしら?」
「雨上がりなら魚の食いつきがいいらしいけどな。今日は市場にはなにも無いかもしれないけど、それならあいつらの店で飯を食っていこうぜ」
「ですね!」

 とりあえず市場へ足を運ぶと、いつものおっちゃん連中が俺を見て笑いながら挨拶をしてくれた。目ぼしいものが無いか物色してみるが、大物は無さそうだ。

「なんか探しているのかい?」
「あー、この前あったマグロとキングサーモンがあればって思ったんだけどな」
「また大物狙いだな兄ちゃん。今日はこの天気だから雑魚しかねえやな」
「だな。それと聞きたいんだが、ジュエリーサンゴってのがこの辺にあるらしいんだが知っているかい?」

 俺が尋ねると、あちこちの店から声が上がる。
 
「あれが欲しいのかい? 珍しいねえ」
「おお、久しぶりに聞いたな!」
「ジュエリーサンゴねえ、どうするんだ?」
「えっと、ちょっと薬の材料にしたくて必要らしいんだよ。……やっぱ竜の牙みたいに採るのが難しいのか?」

 やはり珍しいらしく尋ねてみる。
 すると――

「え? いやいや、その辺にいっぱいあるぞ? 最近は欲しがる人も少なくなったからなあ」
「海の中にあるとキレイなんじゃが、空気に触れると一気にみすぼらしくなるからお土産にもならんしな! 食えもせんし、魚の餌じゃて」
「意外と普通の素材……」
 
 サリアの言う通り港町じゃポピュラーなものだったらしい。サンゴ特有の毒があるから食用にもならないしで欲しがる人は居ないのだとか。毒があるのに素材でいいのかみたいなことは思ったがそういうものなのだろう。

「薬の材料になるのか? ほーん、いくらでも持って行けばええと思う。が、今日はあいにくの雨だ、今度来た時に採って来てやるわい」
「助かるぜ爺さん。今日は魚もねえし、また今度来るぜ」
「おう、またな!」
 

 そして適当に魚を数匹購入してハアタとミアの店で昼食を摂ってから再び王都へ。
 ベヒーモス親子は見た目の割に俺達とあまり変わらない食事量で済むが、親父さん達はびっくりしていたな。
 シルバードラゴンはガチで見た目通りだから困ったが。

 そして王都へ戻り雨音を聞きながら久しぶりにゆっくりした休日を過ごすことができた。
 パソコンをいじるサリアと倉庫で重なって眠るベヒーモス親子を尻目に、適当に組んだハンモックに揺られて本を読み、結局その日は雨が止むことはなく終わった。明日はなにをするかなと考えていた。それくらいよく降っていたからだ。

 だが、翌日――


「ヒサトラ君! 晴れたぞ!!」
「うおおおおお!?」

 ――歓喜の声を上げたソリッド様によって起こされた。

「これなら出来るのだろう?」
「ふあ……おお、晴れてる……ですね、これならってソリッド様大丈夫ですか!?」
「ちょっと寝ていないが……平気だ」

 平気そうな顔じゃないんだが……
 しかしそんなことはお構いなしでソリッド様は目を輝やかせているので、約束は約束だしなとハンモックから飛びおりて親指を立てる。

「オッケー、それじゃ長いこと待たせたし行きましょうか! 広い土地で芝がそこそこあるところがいいですね」
「うむ、それは聞いていたから問題ない。トライドの領地に行く途中にある草原ならどうだろう?」
「ああ、いいですね」

 それじゃ、ということで出発だ。
 とりあえず足元でぐったりしている騎士達はいったん無視した。

<お、散歩か?>
<くぉん!>
「そんなところだ。たまには広い場所で走り回るのもいいだろ」
「お弁当作っていきますね!」

 そんな調子でひとまずゴルフをすることになったのだが――
「ぐがー……」
「あらら、寝ちゃいましたね」
「よく分かんねぇけど晴れるように祈ってたらしいな。もしかして徹夜でなんかやってたのか?」
<わふわふ>

 アロンがのぞき窓を見ながらコンテナの状況を確認して鳴いていたのでトラックを止めて後ろを見ると、騎士達は大人しく座っている……のかと思いきや――

「燃え尽きている……。まあ、もし魔物が出てもダイトが居るし、そっとしとこう」

 草原までは2時間程度だが少しでも休んでもらいたいところである。ソリッド様、いい人だけどたまに暴走するよなあ。それでも王都の家と庭はタダだし、俺から文句を言える立場ではないんだけどな。

 そんなこんなで到着した草原はボチボチ乾いていた。
 もう少し地面を踏み固めたいところだが、今日はゴルフクラブの使い方を教えるだけなのでいいかとティーを刺す場所をならしておく。

<きゅんきゅん♪>
「お前もやってくれるか? この辺を、こう、ペシペシってやるんだ」
<きゅーん♪>

 俺が足で踏み鳴らすとなにかがアロンの琴線に触れたらしくぺちぺちと叩きだす。
 サリアは火を魔道具で出してお昼を食べるスペースを乾かしていた。
 
「~♪」

 ……ああいうのは元の世界でもないから共存はできると思うな。バスレイはもうちょっと誇るべきである。

 それはともかくカップの穴を開けて、持ってきた物干し竿にタオルを結び付けて立てる。
 青いタオルだからティーを立てたところからでも十分に見えるな。

<わふ……わふ……>
「こら、タオルが破れるからダメだ」
<きゅふーん……>

 残念そうな声を上げるが、後でトランポリンで遊ばせれば満足するだろう。
 用意はできたのでとサリアの下へ戻り、乾かした場所にタープを立ててキャンプで使う椅子に座った。

<あれをどうするのだ?>
「あの下に穴があってな、このボールをこいつで打って入れるんだ」
<ほう、面白いことを考えるものだな>

 ダイトがアロンの弄ぶゴルフボールを見ながら興味深げにそんなことを言う。ある程度準備が終わり、到着から一時間ほど経過したころにようやく全員が起き出して来た。

「すまない、寝てしまっていたな。んー……いい天気だ、儀式をした甲斐が――」
「陛下、それは……」
「む、そうだな。さて、それじゃひとつご教授願おうか!」
「ソリッド様、その前に食事にしませんか? その後でも遅くはないかと」
「美味しそうですね、陛下いただいてからにしませんか?」
「そうだな、ここまでくればもう邪魔は入るまい」
「はは……」

 儀式とか怪しいワードが出たがスルーしておこう。
 それとソリッド様、それはフラグになるからやめてくれ。

 とは思ったが、意外とそんなことは無くご飯を食べた後も天気は崩れずついにソリッド様へゴルフを教えることとなった。

「――で、あのタオルがある物干し竿のところに穴があるので、そこに少ない打数で入れた人が勝ち、というゲームです」
「なるほど、クラブが沢山あるのは何故だ?」
「これは用途によって変わり、例えばこれ、ドライバーは遠くへ飛ばすために使います。ダイト、悪いんだが打った球を追って拾ってきてくれるか?」
<む? いいぞ>
「頼む。このティーを刺して皿に乗せてから……シュ!」
「おお!」

 久しぶりに打ったが結構いいインパクトをし、天高く飛んでいく。
 ダイトが球を拾いにいき、アロンもダッシュでついていった。

<きゅんきゅん!>
<仕方ないだろう、我の方が速いのだ>

 ダイトが球を咥えて戻って来るが、息子が取れなかったと抗議しているらしく髭をびよんびよん叩かれていた。
 まあ、機会はあるし次はアロンに頼むか。

 そこからアイアンとパターの使い方、俺の下手くそな絵をパソコンでサリアがしっかり書いてくれたホールで、こういう風に使うのだというレクチャーを続け、いよいよ実戦と相成った。

「アイアンで角度をつけてあげるのかっこいいな」
「俺はやっぱドライバーでぶっ放したいぜ」
「よし、ではやるか! あそこだな?」

 2000メートルくらい離れた場所からスタート。短いが慣れるまではこんなものだろう、そもそもカップを立てたが入るとも限らないしな。

 そしてソリッド様の第一打――

「ハッ!」
「おお!」
「どわっ!?」

 大きく空振り!!
 初スイングならこんなものだろうと俺は苦笑する。そして第二打も大きくすっころんだところで騎士が手を上げて口を開く。

「ぬう、球が小さいから難しいな」
「陛下、大振りはまずいのでは?」
「そうしないと飛ばせないだろう?」
「しかし、まずは当てることに心血を注いだ方がいいかと」

 なるほど、いい案だ。
 そこでスイングをコンパクトにしたところしっかりヒットし、数メートル飛ばす。

「お! いい感じだ! 次はヒサトラ君かね?」
「一応、勝負ごとなんで相手がいないと面白くないでしょうからやりますね。騎士さんも二人位混ざりません?」
「「「おう!!」」」

 俺もドライバーで適当に振ると、これまたいい感じでインパクトして1000メートルくらい飛んだ。

「ぐぬぬ、抜かされると悔しいな」
「はは、最終的に少ない回数でカップに入れれば勝ちなんで飛距離よりも正確さかもって思ってますけどね……ん?」
<きゅんきゅん!>
「あ!? お前、俺の打った球を持ってきたのか!?」
<きゅ~ん♪>
「ふふ、満足そうですよ」

 仕方ないヤツであるが、可愛いので許す。
 とりあえず俺が打つとアロンが取りに行くので、騎士に委ねゴルフ勝負が始まった。