異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

 馬を乗せた後、道なりにトラックを走らせること数時間。
 森を抜け、自然溢れる草原に出たところでスピードを落として周囲を見渡す。

「……どっきりとかでもなさそうだな」
「どっきりってなんですの? それより、この動く鉄の塊すごいですわね! 馬車みたいに馬が引いている訳でもないですし」
「この鉄の塊の下では相当数の馬が働かされているのですよお嬢様」
「そうなんですの!? もしやシタタカもその仲間に……」
「サラッと嘘つくな!? 後、お前は見捨てようとしたろうが!」

 臆面もなくお嬢様を騙そうとするこの銀髪メイドは油断ならねえな……。それはそうと、これからどうしたものか。
 
 どういうことか?
 
 二人を送り届けた後のことを考えないといけないのだ。少なくとも自分の知らない土地で生活するには知識が足りなさすぎる。
 そうだな……幸い言葉は通じるし、助けた礼代わりに元の世界に戻る方法を知らないか聞いてみるか?

「あー、ちょっといいか? 俺は多分、別の世界からここに来たんだと思う。さっき聞いた地名は記憶にないし、トラックも見たことないんだろ?」
「別の世界、ですか?」
「ああ……人を轢きかけて目を瞑ったらさっきの状況だった。元の世界に戻る方法とか知ってたりしないか?」

 俺がそう尋ねると、二人は困った顔でを見合わせ、お互いを指さして『お前知ってる?』みたいな顔をする。やがて俺に向きなおると首を振った。
 
「……そうか。どうしたものかなあ、こいつもガソリンが無くなったら終わりだろうし、さっきみたいなのと戦うのも難しい」
「でしたら、わたくしの家へ来ませんか? 命の恩人です、お父様に話して別世界について知っている人が居ないか聞いてみましょう!」
「そうですね。わたしからのお礼はこのなまめかしい体を好きなように使ってもらう、ということでいいですか?」
「自分を安売りをするんじゃねえって。たまたま助けただけだし気にするな。親父さんに助けてもらったらお互い様だろ? とりあえずよろしく頼むぜアグリアスさん」
「アグリアスでいいですわ、ヒサトラ」
「サンキュー。というか二人はなんであんなところに居たんだ?」
「えっと……」
「わたしから話しましょう。実は――」

 まだ予断を許さない状況とはいえ、今後の身の振り方が確保できたのは良かった。
 たまたま出てきたところがゴブリンの群れの前でお嬢様を助けたなんて出来過ぎだ。でも藁をもすがりたい状況である。
 恩を着せるようで悪いが、いいところのお嬢さんならそれなりの情報が入ると思いたいところ。
 
 こういう異世界へ行くって話は深夜アニメとかでやっていたから知識がないわけじゃない。
 よくある話だと別の人間になったり、異世界到着の直後で誰かに助けられたりするものだが、まさか助ける側になるとは思わなかったぜ。

 おっと、それはともかくサリアの話はこうだ。
 隣の領地に婚約者とやらに会いに行くため馬車を走らせていたらしい。謀略とか逃げ出したとかではなく、愛する人の下へってやつだな。
 
 距離があるらしいのでメイドと二人だけと驚いたが、護衛やお供はゴブリン強襲のどさくさではぐれてしまったのだそうだ。
 まさに九死に一生を得たと嘘泣きをしながらサリアが言う。さては結構余裕があったなこいつ……?

「護衛は助けなくて良かったのか?」
「彼らはわたくしたちと違って弱くありませんし、お父様のところへ戻って救援に向かえば良いかと。あそこからなら先に進めば町もありますし」

 らしい。
 集団だと手ごわいが冒険者なら武器もあるし逃げ切れるはずとあっさり言い放つ。異世界とはかくも厳しいものなのだと背筋が寒くなった気がした。というか耐久力は高かったけどなあゴブリン。
 
 そんな話をしながらゆっくりとトラックを走らせていくうちに、日が暮れてくる。

「っと、暗くなってきたな。町はまだなのか?」
「あと少しですね。それにしてもこの乗り物は快適で素晴らしいです」
「なんだか小さいお部屋みたいですわ。ここはベッド、ですの?」
「ああ、俺のくっさい毛布があるから近寄るなよー」
「ほう……」
「むしろ積極的にいっただと!? こら、サリア、恥ずかしいから止めろ!!」

 
 ドタバタとしながらそこから30分ほど経過したところで、ようやく人口建造物が見えてきた。
 巨大な壁が左右に伸び、大きいはずの門が小さく見えるほど高さもある。
 城壁。いや町だから町壁か? そういうやつだと思うが、さっきの奇妙な生物、ゴブリンみたいなのが闊歩している世界なら町を守るために必要な措置だな。

 門が近づいて来たのでヘッドライトを消してブレーキをかける。
 窓を開けてやるとアグリアスが顔を出して手を振りながら、こちらを見て驚愕した顔の人物へ話し出す。

 鎧兜……ゲームかってくらいステレオタイプの二人である。
 たまーにこっちをチラリと見ながら困ったようにアグリアスと見比べていた。
 まあ得体のしれない乗り物に乗ったヤツを信用するのは難しいか。

「なあ、俺は外でもいいぞ。町の近くでトラックなら簡単に襲われたりしないだろうしな」
「いえ、命の恩人を外に放り出すなどロティリア家の恥ですわ。ではわたくしが家に戻ってお父様を呼んできますから、お待ちくださるかしら?」
「ああ、全然いいぜ」
「サリア、行きますわよ」
 
 アグリアスがサリアを呼ぶが返事は無い。俺が寝台へ目をやると――

「……ぐがー」
「毛布にくるまって寝ている……! こいつ本当にメイドか?」
「この子はいつもこんな感じですから。わたくしだけ帰ってきますわ」
 
 ため息を吐いて苦笑しながら兵士に導かれて町へと入っていくアグリアス。
 もし町に入れるならとは思うが、ダメだった時のために、トラックを切り返して門から少し離れた所へ駐車しておくことに。

 途端に静かになった車内。

 俺はようやく落ち着いて頭を使える状況になったと背をシートに預ける。そのまま頭の後ろで手を組んで天井を仰ぐ。
 信じがたいことだが、ここは夢でもなんでもなく異世界。
 
 考えてどうにかなることではないけど……

「……なんでこの世界に来たんだろうな……? あの男はどうなったのかとか知りたいことは多いんだが、答え合わせをしてくれる奴が居ないんだよな」

 俺がぽつりと呟いた瞬間、カーナビから眩しい光が放たれた――
 
「な、なんだ……!?」
 
 テレビにもなる現代の便利アイテムであるカーナビが急に動作を始め、車内に光が溢れだした。
 目を開けるのも難しいほどの光を手で庇いながら、なんとか薄目でカーナビの様子を確認する。すると程なくして光は収束し、再び元の静寂さを取り戻した……と思ったのだが――

<あーあー、聞こえる? なんだそこに居るじゃない。返事くらいしなさいよ、もうー……元気ですかー!!>

 ――カーナビに知らない女の子のドアップが表示され、どっかのレスラーみたいなことを言い出した。

 俺が口をパクパクさせていると、眉を顰めたカーナビの女の子と目が合い、妙に明るい口調で話し始めた。

「ごめんねー遅くなって! いきなりこっちの世界に来て驚いたでしょ? 異世界のアイテムに通信を繋げるのが難しくってさー」

 軽い。
 最初に感じたのはその口調。ヤンキー時代にいたギャルみたいだと言えばいいのだろうか?
 口調もそうだが、声も高いので耳ざわりである……。顔は美人寄りの可愛い系で、先程のアグリアスも美人だったがこいつもかなりいい容姿だ。
 
 だが、そんなことより気になるワードが出て来たので俺はカーナビを両手で掴んで口を開く。

「お、おい! 今なんて言った!? こっちの世界に来て驚いただと? もしかしてこの状況はお前のせいか……!!」
<はい!>

 満面の笑みで答えた。
 その瞬間、俺の怒りが爆発した。

「てんめぇぇぇぇ! 今すぐ元の場所に帰せ!!」
<んああああああああああああ!? 揺れる!? ダメ、止め……おろろろろろ……>

 カーナビから顔が消えて嗚咽が聞こえて来た。
 そこからしばらく待っていると半泣きの女の子がぬっとカーナビの画面に顔を出して抗議の声を上げる。

<ふざけんな! 私とこのカーナビはリンクしているんだからそんなことしたら頭が揺れるんだっての!>
「知るか! それより元の世界に戻れるんだろうな? 体が弱い母ちゃんを置いてきてるんだ。仕事も途中放棄だし、ペナルティが発生したらせっかくここまで築き上げた信頼が無くなっちまう!」
<あー……>

 俺が一気にまくし立てて怒鳴ると、女の子が冷や汗をかきながら目を逸らす。
 嫌な予感がするがなにかしらの答えを聞くまで黙っていると――


<私の名前はルアン! 世界と世界を管理する女神よ☆ あなたは運よく異世界に召喚された勇者! さあ、魔王を――>
「いきなり自己紹介するのかよ、それにんなわけあるか!? 運は悪い方だよなどう考えても! てめぇ一体なにを隠している? 薄情しねえとカーナビぶち割って鼻血ぶちまけさせるぞ?」
<あひゅん!? ……怒らない?>
「怒るに決まってんだろ。まあ一応、内容によるとだけ言っておこうか」
 
 その言葉に冷や汗を流しながら笑顔になるルアン。
 そして俺に状況を告げる。

<……あなたが地球でひき殺しかけた高校生、彼は将来物凄い人物になる予定なの。トラックに跳ねられて死ぬと地球という世界にとっての損害がとんでもないってわけ。だから慌てて転移魔法を使ってこっちの世界へ移動させたって感じよ>
「あいつが……。なんか二ートっぽい奴だったけどなあ」
<あの子、高校生で今はいじめられているけど、将来その悔しさをバネに研究者となるのよ>
「ふうん、まあ助かって良かったって感じか? で、俺はどうなる? お前が出て来たってことは戻れるってことでいいのか?」

 俺の言葉に笑顔のまま固まり、そして最悪の事態を、告げる。

<……無理です>
「は?」
<無理です……帰れません。この移動は一方通行なんです……あなたはもう、帰ることができません>
「おい!?」
<よってこの世界で生きていくしかありません。頑張ってくださああああああああああああああい!?>

 俺は怒りのあまりカーナビをグラグラと揺らして引導を渡す。
 画面に汚物がまき散らされてルアンの絵面がやばくなっていくが、俺には関係ないと力の限りぶん回す。

「はー……はー……」
<……>

 画面には親指を立てた右腕だけが映り、本人は消えた。 
 そこで俺はようやく冷静に今の状況を思い直して体が震える。帰れない? ここから? 絶対に?
 仕事はとか荷物とかそういうものより先に、俺はやはり母ちゃんが心配になる。

 今でこそ殆ど働かずにすんでいるけど俺を育てるために酷使した体はなかなか元に戻っていないためフルタイムは厳しい。俺が居なくなったら給料も入らなくなるので生活がきつくなるだろう。

 するとそこで復活したルアンが俺に語り掛けてくる。

<一応、あなたのお仕事の代わりは別の存在が成り代わって続行しているから問題ないわ。荷物が届かないってことはないわね。なんというか分身とはちょっと違うんだけど、人ひとりが消えるという世界の因果を修正するために生まれてくるって感じかしら>
「だからそこに割り込む余地がなくなる、とか?」
<あー。賢いわね、ヤンキーだった割に! ……ちょ、ストップ。カーナビを揺らしたら必要な情報が手に入らないわよ? それでもいいのかしら>

 女神を名乗るくせに脅迫じみた取引を持ち掛けてきやがる。とりあえず手を出すのは難しいのと、情報は大事なので大人しくしておいてやるか。

「チッ……早く話せ」
<ガチで怖い!? 次にあなたのお母さまのことだけど、調べたところによると癌にむしばまれているようね。あなたが居ても居なくても、余命三年くらいって判定よ>
「な……!?」

 馬鹿な!?
 今日も元気そうだったのに、後三年だって……!

「おい、マジかよ! 本当に戻れねえのか!? 最後を看取らないと後悔しか残らねえよ……!!」
<ごめん……>

 その謝罪はなんの謝罪だろうか……。
 俺は本気で泣きながらがっくりとシートに項垂れてしまう。改心してもダメなものはダメなのか……。

「くそ……このままトラックをどっかにぶつけて俺も死ぬか……」
<ちょちょちょ……!? まってまって! それをされると私の立場が!>
「知るか! っとでも今は無理か……サリアを降ろしてから――」
「……」
「うわお!?」

 気づけば俺の傍でじっとカーナビを見るサリアが居た。
 彼女はすぐに俺にハンカチを手渡しながら静かに口を開く――

 寝ていると思っていたサリアが涙を流す俺にハンカチを手渡してくれ、それで涙を拭う。女の前で泣くのを見せるとは情けない。そう思っていると、サリアがカーナビに向かって話しかけた。

「そのお姿。さては、女神ルアンですね?」
<えっと、はい、さっきそう名乗りましたから……って現地人が居たんですね、迂闊でした……>
「何故、疑問形で……」

 小さく首を傾げるサリアが尋ねると、ルアンはびくっとして敬語で返していた。
 なにかあるのかと黙って様子を見ていると、彼女は続ける。

「ヒサトラさん、この方は世界を見守っているとされる女神様です。彼女がこう言っているのであれば、恐らく元の世界に戻ることは難しいと思います」
「ああ、うん、それも聞いたけど……なにが言いたいんだ?」
「はい。戻ることは難しい……だけど、こちらに持ってくることはできる。違いますか?」
<え? まあ、それはできるわね>
「なら、ヒサトラさんの母上をこちらに呼び寄せればいいのではありませんか?」

 ……!
 なるほど賢い! 俺はサリアを見て目を丸くする。そうだ、俺が戻れないなら母ちゃんを呼べばいいのだ。
 期待を込めてルアンを見ると、物凄く面倒くさそうな顔でこちらを見ていた。

「……おい」
<ハッ!? い、いや、できなくはありませんよ? しかし、今、ヒサトラさんをこちらへ呼び寄せたことで力がね、ちょーっと足りないと言いますか……!>
「もし、ここで『できない』というのであれば、わたしは女神がクズ野郎だったと言いふらすことになるでしょう」
<!? や、やめなさい、そんなことをしたら私が力を失い、消滅してしまうでしょうが!?>
「くくく……わたしはメイド、ゴシップと噂話でストレスを解消する生き物ですよ? 明日には町、明後日には国中に広まっているでしょうね」
<ひいっ!?>

 サリアがくっくと笑いながらルアンを追いつめる。近所のおばちゃんかメイドは。そして消滅は嘘だろうけど、この怯え方。力が無くなると困るのは間違いなさそうだ。
 ともかく頭を抱えて呻く自称女神をとりあえず置いておき、サリアに小声で質問を投げかける。
 
「どういうことなんだ?」
「実在するとは思いませんでしたが、伝承では人間の信仰心が大事らしいのでカマをかけてみました。どうやら当たりだったようですのでこのまま追いつめましょう」
 
 よく分からないが好機らしいな。俺の自殺も都合が悪いようだし、ルアンのせいでここに来る羽目になったんだ、我儘を聞いてもらわねえとな。

「ルアンよ、俺はこのトラックですでに異彩を放っている。なぜ異世界の人間がここにいるかと尋ねられたらお前のせいだと言うだろうな。嘘じゃないし」
<な、なにを……?>
「そこで、ルアンの都合でこっちの世界に無理やり来た、と言えばどうなるかな?」
<あ!? そ、それだけは>
「なら、母ちゃんを呼ぶように手配をしてくれ。そうすりゃ俺もこの世界でなんとか生きてやるよ」

 俺が睨みつけるとルアンは冷や汗を流しながら黙り込み、しばらく無言の時間が訪れた。
 そして涙目で小さく頷いてから口を開いた。

<わ、分かったわ……確かにそっちの都合を考えないで呼んだのは軽率だったし……でも、お母さんをこっちへ呼ぶのは本気で力が無いわ。だから蓄えられるまでは待って欲しいの>
「ああ、癌が進行するまでになんとかできそうか?」
<やってみるわ。とりあえず、このカーナビは繋げておくから報告用に。……ごめんなさい……>
「鼻水を拭け。まあ、色々と聞きたいこともあるし願ったりだな」

 ようやく心からの謝罪を聞けたような気がして少し気が収まる思いがした。
 
 しかし、だ――

「……マジで帰れねえのか……」
<そうね……あの高校生が死ぬと本気で地球の損失が大きかったから……>
「まあまあ、こうなった以上ヒサトラさんはこの世界で生きていくしかありません。ファイト!」
「軽いなあ、お前……。向こうと違って食い物も生活習慣も違うし、一番の問題は金だ。仕事がすぐ見つかるとは思えねえ」
「ふむ」

 他にも色々あるが衣食住に職は重要な要素で、特に金を稼がないと衣食住にありつけない。と、そこで俺はルアンがカーナビに現れた理由を聞きそびれていることに気づいた。

「そういやなんか言いたいことがあったんじゃないか?」
<ん、そうだった! とりあえず押し切られたけど、今あなたが言った通り、この世界で生き抜くために知恵を与えようかと思ったのよ。まずはこれね>
「うおお!?」

 ルアンがカーナビから手をにゅっと出してきて思わずシートにべったりくっついてしまう。
 物理的に手渡せるのかよと思っていると、俺の様子をケラケラと笑いながら言う。

<冗談よ、まあホログラムみたいなものね。さておいて――>
「ヒサトラさんはビビリですねえ」
「人の袖を力強く掴んでいるくせに」
「……」

 俺の指摘にサリアが無言で目を逸らす。たまにいいことを言うんだが、基本的にはアホな子に見える
 それはいいとして、ルアンがカーナビ画面の向こう側で目を瞑り、なにかぶつぶつと唱えた瞬間に俺の目の前に光る袋が現れて膝の上に落ちた。

「こいつは……」
<この世界の貨幣ね。お札ってないからコインばかりよ>
「偽金じゃないだろうな……?」
<ああ、大丈夫よ向こうの世界でヒサトラさんの『代わり』ができたようにこのお金もあったものとして認識されるから。で、他には――>

そしてルアンが色々と説明してくれる。
それはもうサリアの顔が興奮状態になるくらいにはやばい話を、だ。
 ルアンがペラペラとこの世界で暮らすための心得やらを教えてくれる。
 
 まず、金はそこそこ生きていける程度にはあるらしい。これで食事と宿を見つけて欲しいと。
 次に、この世界は剣と魔法、そしてサリアたちが襲われていたように魔物と呼ばれるモンスターが闊歩する場所だとのこと。 
 マンガやゲーム、小説のように『ギルド』というものが存在し、様々な職業のギルドがあるのだそうだ。

 魔物退治なら冒険者ギルドで、商人が牛耳るのが商業ギルドといった感じだな。仕事の斡旋をしてくれるハローワークみたいな場所もあるから使いたいところだ。
 俺にも魔法が使えるようになっているのは興味深いが、訓練は必要らしいや。

 そのほか――

<このトラックも魔力で稼働するように改造して、ヒサトラさんの魔力と連動しているわ。だから魔力が尽きるまでなら動かすことも可能よ。それとトラックの積み荷はそのままもらってOKだから使いなさいな。なにが入っているか分からないけどね♪ 向こうの世界の道具とか食料なら大切した方がいいかもね>
「結構積んでいるから開封も大変だがなあ。でもガソリンがいらないのは助かるな」
「異世界の道具……興味ありますね」

 サリアが目を輝かせて俺を見るが、面倒ごとになりそうなので無視しておこう。
 するとそこでルアンがサリアに対して口を尖らせる。

<サリアさん、だっけ? ヒサトラさんもそうだけど私と出会ったことは内緒でお願いね。本当なら現地人と接触する前に説明したかったんだけど、まさか即手籠めにしているとは思わなかったから>
「してねぇよ!?」
「激しかったですねえ……ポッ」
「やめろ!?」
「ゴブリンをひき殺したあの勢いが」
「そっちか!?」
<ま、まあ、なんでもいいけどトラックも奇妙な存在でなおかつ女神と会ったことがあるなんて知られたら、変な宗教系とかに絡まれるわ。気をつけなさいよ?>


 神様に会ったなんていうのはアタオカ案件だから口にしたくはない。
 
「トラックはどう誤魔化すんだよ……」
「物凄い遠い土地に居る錬金術師とか魔法使いに作ってもらった、とかでいいんじゃないですか?」
「適当ー。でも、ま、それしかないか」
<別に異世界から来たでいいかもよ。この辺ってそこまで権力とかに固執している人間は居なさそうだし>
「そこは臨機応変でいくか。他には?」
<後はおいおい確認していこうかしらね。あんたのお母さんを呼ぶ準備をするからあんまり返事はできないかもしれないけど、女神スイッチをつけておくからどうしても相談したいことがあれば押していいわよ!>

 なんかカーナビの画面にいくつかタッチパネルのスイッチがありその一つに『女神』と書いていた。雑すぎる。

「まだあるか?」
<だいたいこんなところかしら。カーナビの地図はこっちのものに変更したし。また気になったら呼んでもらえる? そこのメイド、絶対に口外するんじゃないわよ>
「へいへい」
 
 ルアンが頬を膨らませてサリアに指をさすと、彼女は手をひらひらと振りながら適当に返事をする。

<本当に大丈夫かしらね……?>

 納得がいかなそうなルアンだが、なにかをするでもなく首を振る。

<それじゃ一旦お別れよ。あ、そうそう、ヒサトラさんの武器である金属バットは強化してあるから、防衛する時は使うといいわ! それじゃあね☆>

 それだけ言うとルアンの姿が消え、カーナビには俺達の顔が映りこんでいた。正直、トラックがある時点で隠し通せるものなどなにも無いということに気付き、頭を抱える。
 こいつは隠しておくのがいいかもしれないな……? 迷彩とかねえかな? 後で調べてみるかな。
 そんなことを考えていると、サリアが顔を覗き込みながら口を開く。

「これからどうします?」
「とりあえずアグリアスとサリアには知られているからこの町ではトラックを乗り入れるよ。とりあえず仕事を探さないといけねえなあ」
「他の町に行ったりとかはしないんですか?」
「うーん、あんまり良く知らない土地はウロウロしたくないんだよな。物語だと俺みたいなのが物凄い力を持っていて魔王を倒す、みたいな話はあるけどそういうのはないんだろ?」
「あー、魔王は5000年位前に討伐されたらしいですから無いですね」

 居たんだ、魔王。
 物騒じゃない時代で良かったと思いながらシートの角度を変えてにもたれかかると目を瞑って考える。
 
 とりあえず母ちゃんについてはルアンに任せるしかない。信用できるかは五分だが、こうなっては文字通り神頼みになるな……。
 いつになるか分からないので次は俺自身の身の振り方を考えなければならない。
 そこで隣に座っていたサリアが口元に手を添えて笑っていることに気づく。

「ふふふ」
「どうした?」
「いえ、まさかあの窮地で未知の乗り物に助けられて、モノホンの女神に会えるとは思わなかったな、と思いまして」
 
 モノホンってお前いつの時代の人間だよと思ったが異世界ではまだトレンドなのかもしれないので突っ込まないでおく。

「そして私とヒサトラさんは運命共同体。秘密を抱える者同士になりましたね」
「だな、ったく面倒くさいことになっちまったぜ。とりあえずこのことを誰かに喋るとロクなことにならないと思うから言うなよ? 悪いなこんなことに巻き込んじまって」

 俺はサリアに謝罪しておく。勝手に見たといえばそれまでだが、どちらにせよルアンの都合で見る羽目になったので謝っておくべきだろう。

「しがないメイドですし、アグリアス様もトラックはご存じになっているので話す相手もおりません。まあ、私は上も下も口が堅いので余裕ですがね? どちらかと言えばヒサトラさんの方が」

 しれっと卑猥な言葉を発するサリア。というかさっき噂話が娯楽とか言っていたような気がするが……? まあいいかと話を続ける。

「そういうことを言うんじゃない……。ま、金は貰ったし、しばらくはなんとかなるだろ。アグリアスの出方にもよるけど、家は見ての通り後ろに寝床があるから町の隅でも止めて貰えれば宿代はかからない」
「なるほど、いいですね。私がこっそり屋敷から食料を拝借して届けましょうか」
「泥棒だろそれは。そういうのはいい……っと、帰って来たか」
 
 ドアがノックされ、助手席に視線を向けると笑顔のアグリアスが手を振っていた。さて、どうなったかな?
 
「おお……なんだこれは……」
「で、でかい……鉄の塊か?」
「これが私の命を救ってくれた異世界の乗り物ですわ!」

 アグリアスが声高らかに宣言し、俺は眉間に指を置いて唸る。もう異世界の物だとばれてしまった。
 助手席を開けておいたが、一緒についてきた人間が数人、外で思い思いの言葉を口にしているのが聞こえてくる。
 そんな人たちはよそに、アグリアスが柔らかく微笑みながら車内に居る俺に言う。

「お父様に事情を話してきましたわ。とりあえずこの乗り物を町に入れてくださいますか? 場所は一緒に乗っていきますから」
「オッケー。おーい、近くに居る人達、トラックから離れてくれ! 門に向かう」

 こうなりゃなるようになるのを期待するしかないか。
 俺の言葉に慌てて離れていく人影……は15人くらいいた。野次馬根性がすげえな。バックミラーや窓を開けて目視による安全を確認しながら切り返す。

「こいつ……動くぞ……!」
「くっく……こういう時、慌てた方が負けなのよね」
「震えながらなにいってんだお前」

 さすがにこの鉄の塊が動くのはびびったのか雲の子を散らすように人影が離れて行く。
 俺はトラックをさっさと移動させ、開いた門の向こうへ入ると、古めかしいような懐かしいような建物がヘッドライトに照らされた。俺は周囲に目をやりながらゆっくりと進む。
 石畳がトラックの重量を耐えられるか分からないし、夜の町を眺めるってのもおつなものだと思ったからだ。
 
「こっちですわ」
「よし」

 アグリアスに誘導されて町の中心に向かうトラック。夜なので他に人が居ないのは助かるぜ。車同士ならすれ違いは無理だろってくらいしか道の幅がないので子供が居たりすると危ないからな。
 
 ちなみにこの町の名は『フレーシュ』というらしい。
 『王都』と呼ばれる、王様がいる町ではないが、領主というのが居るのでそれなりに大きい町だとのこと。町の中央にある時計塔から東西南北に分かれる大通りは商店や住宅街などに通じていて、やや北側にある丘に領主の屋敷……アグリアスの家がある。

 今回はその屋敷にある木の傍で停車することになった。微妙に隠れないので目立つな……。

「ここでいいのか? 目立たない?」
「ええ。今日は遅いので申し訳ありませんがひとまずということで。で、明日、改めてお話の場を設けさせてもらってもいいでしょうか?」
「俺は構わないぜ。色々聞きたいこともあるけど……ふあ、緊張が解けて眠くなったから、そうして欲しいくらいだ」
「ふふ、そうですわよね。では、ヒサトラさんもお屋敷でお休みになられてください」
「あー……」

 もはや急ぐ理由もないので、アグリアスの提案を受け入れることにした。
 彼女は屋敷で寝泊りをと言ってくれたが、丁重にお断りする。
 
「俺はトラックで寝るよ。こっちに来たばかりだし、夜にこいつから離れるのもちょっとな」
「そうですか……では、わたくしとサリアは戻りますので朝、呼びに来ますわね」
「よろしく頼むよ。……って、サリア俺の寝床で寝るんじゃない!?」
「フッ、流石はヒサトラさん。目ざといですね」
「いや、すぐ横でごそごそされたら気づくだろう……」
「ほら、戻りますわよサリア」
「ええー……カムバック、ヒサトラさん!」

 いやそれは出て行くお前だろと思いながら二人を見送り、俺は扉をロックしてから座席後ろの仮眠ベッドへ寝転がる。
 先ほどまでサリアやルアンが騒いでいたので急に静かになると寂しいものがあるな。

「っと、灯りは消すか」

 トラックはすでにバッテリーで動いていないらしいがなんとなく、バッテリーを気にして室内灯を消すと、月……でいいのか? その明かりが車内に差し込んでくる。

「この世界の月もキレイなもんだ。とりあえず言葉が通用するのが助かったな。これもルアンのおかげなんだろうか? あいつにはもう少し聞かないといけないことがあるが――」

 これから母ちゃんが来るまで、いや来てからもこっちで生活をしないといけねえんだよな……少なくとも、生活基盤だけはしっかりして迎えないと……。

「癌か……」

 たとえこっちに来たとしてもどれくらい生きられるのか?
 ルアンが病気を治療してこっちへ連れてくるくらいはできないものか。

 いや……ここは異世界だ、癌が治るエリクサーとか回復魔法みたいなものを探すのもいいかもしれない。

「金はある」

 移動手段は……目立つがトラックを使えば問題ないだろう。

「どうせ失うものはなにも無し、だな」

 せめて俺を生んで良かったと思われるくらいの親孝行はしない……と、な……。


 俺は疲れた体を休ませるためあっさりと意識を手放した――


 ◆ ◇ ◆


『さて、と、これから忙しくなるわね。まあ、いきなり異世界にぶっ飛ばされて怒らないヤツの方が珍しいけど』

 私はカーナビに繋がっているパソコンのモニターを見ながらひとり呟く。
 今はなにも写っていない真っ黒な画面。
 
 実際、あれはギリギリだった。
 
 本来ならあの高校生は糸の切れた人形のようにくず折れてあの世行き……ではなく異世界へ、ということになったのだけど、もしあの子が異世界へ行っていたら、彼はその世界を壊す存在、いわゆる魔王と呼ばれる者になっていた。

 地球の神がそれとなく教えてくれたおかげで回避できたが、神協会においてグレーゾーンのやり取りなので少し背中に冷たいものが走ったのは事実だけどさ。

『ま、世界が壊れるよりいいしね。ヒサトラさんには申し訳ないけど、お母さんを含めてしっかりバックアップしてあげるから許してねー! さ、力を回復させるために寝るわよお♪』

 魔王の脅威を退けた私は力の回復のため眠る。
 念のため、ヒサトラさんの母親をモニターに映してから――
「あ、開かない……」
「鍵をかけられるんですね、窓もただの硝子では無さそうだから割れないでしょうね。ヒサトラさん、起きてますか?」

 外でなにやらざわつく声が聞こえてきて俺は目を覚ます。
 窓のカーテンを開けるとそこには足場に乗ったサリアが居て目が合う。俺に気づくと彼女は笑顔で手を振ってきた。
 トラックの座席は高い位置にあるので、足場を利用して登るのだが彼女はドアが開かないにも関わらず、器用にそこへ立っていた。

「ロックを外すから降りてろ」
「はい」

 ドア開けるとサリア、アグリアスの順で乗り込んでくる。
 
「おはようございますわ、ヒサトラさん!」
「よく眠れましたか? 世界が変わっても枕は変わらないから大丈夫ですかね?」
「ま、悪くないよ。トラックで寝るのは慣れているしな」

 元気いいなと思いながら、俺はホルダーに差していたペットボトルの水を飲みながら返事をする。
 そこでアグリアスが朝食に招きたいということと、昨日話していた『お父様』との顔合わせに来て欲しいと言う。

 ま、昼間ならいたずらされることもあるまいかと承諾してトラックから降りて背を伸ばす。

「んー……。なんか空気がうめえな! 都会の淀んだもとは全然ちげえ」
「ヒサトラさんの居たところも気になりますね。ではお嬢様、行きましょうか」
「こちらですわ」

 アグリアスの後をついていきながら改めて周囲を見渡すと、トラックを止めた場所は敷地内のほんの入り口に過ぎず、さらに奥へと続く道に大きな屋敷が立っていた。
 
「げ!?」

 屋敷へ入るとずらりと並んだメイドと執事に出迎えられ、階段の上から声をかけられた。

「アグリアス、その方かい?」
「はい、お父様。彼がわたくし達を助けてくれたヒサトラさんです」
「そうか、いや、話は聞いたよ娘のピンチをよく助けてくれた。私はトライド、本当にありがとう」
「偶然ですからそんなに頭を下げんでくださいよ」

 貴族ってやつは偉そうなもんだと勝手に思っていたがそうでもないらしい。アグリアスが礼儀正しい娘だったから親がまともってのは当然と言えばそうなんだが。むしろ俺の口が悪いから申し訳ないくらいだ。会社のおやっさんとか俺の口調とかあんま気にしなかったからなあ……。
 
「いい男だな君は。立ち話もなんだし、食事にしよう」

 早速、ということで朝飯にしようと言い俺はサリアに押されながら食堂へと移動。
 朝はエネルギーチャージ式のゼリーと栄養ドリンクを嗜む俺には豪華としか言いようがない暖かいパンやスープ、キレイなサラダにフルーツが並んでいた。

「いただきます……!」
「む、なにかねその呪文は?」
「え? あ、こっちの世界にはねえのかな。ええっと俺の居た世界では食材を作ってくれた人や料理を作ってくれた人、素材に感謝してから食べるんっすよ。『命をいただきます』って意味もあったかな? 動物も植物も生きてるって母ちゃんが言ってた気がします」

 まあ、学生時代は荒れていたのでそんなことを考えたことは無かったけどな。母ちゃんが倒れた時に子供のころ言われていたことに気づいたって感じだ。

「ほう、なにか教典でもありそうな感じだな」
「そんな大層なもんじゃないっすよ」
「いただきます! うん、いいかもしれませんわ。お父様、我が家はこれからこの挨拶を使っては如何でしょう?」
「いただきます……ふむ、悪くないかもしれん。考えておこう」

 なんか壮大な感じになってしまい恐縮だが、それはそれとして食事をいただくことに。
 
 柔らかくて暖かいパンにチーズ。それと目玉焼きにハムらしき肉とフルーツジュースという組み合わせは洋食の朝食という感じだ。俺は米の方が好きだがパンも嫌いではない。
 というかバターが濃くて美味いなこれ……

「さて、ヒサトラ君」
「あ、はい」
「重ねて娘を助けてくれたこと、感謝する。視察に行った先でゴブリンに襲われるとは運が無かった……昼間の街道なら冒険者もいたので問題ないと思ったのだが」
「無事で良かったですよ。他の人達が心配ですけど」
「早朝に討伐と捜索の部隊を200人向かわせたから問題ないだろう。娘を襲ったゴブリン共に最大限の恐怖を与えた上で皆殺しにせねば気が済まん」
「げほっげほっ!?」
「大丈夫ですかヒサトラさん」

 おう、バイレンス!?
 ヤンキーだった俺も真っ青の発言にむせていると、サリアがタオルを渡してくれる。
 
 こっちじゃ人型の生き物を殺すのに抵抗はないんだろうなあ……俺は喧嘩くらいはしたことあるが、バットで頭を殴ったらどうなるかはわかるのでさすがにそんな凶行には及んだりはしなかった。
 タバコも身体に悪いからすぐ止めたしな。酒は……飲んでたか。

「まあ、こっちはそういうことなのでとりあえずは安心してもらっていい。とりあえず今は君のことだ、この後どうするつもりなんだ? 異世界からの来訪者……例が無いわけではないが、戻れるアテはあるのかい?」
「ええっと、どうやら元の世界には戻れな――ほぶ!?」
「(ヒサトラさん、女神様のことは話せないですよ)」

 サリアが俺の首筋にチョップを入れて言葉を止めてから小声で忠告をしてくれる。確かに自分のことは言うなという話だったか。

「戻れるかはちょっと分からないですね。もしあるとしてもこっちの世界で暮らしていかなければならないと考えています。家は……あのトラックがあるので、もし良かったらどこか空いている敷地をお借りできればと……あとは仕事を探すつもりです」
「なるほど……もちろん命の恩人に出て行けなど言わぬよ。むしろそれくらいでいいのか?」
「ええ、土地も安くはないでしょう? とりあえずトラックを置いてから考えますよ」
「承知した! バックアップは任せてくれ。すまないが私は先に席を立たせてもらうよ。ゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」

 
 トライドさんは笑みを浮かべながら席を立つと食堂を後にした。
 ここに俺を連れて来たアグリアスは俺を見ながら不敵な笑みを浮かべているし、なにをするつもりなんだ……?
 というわけで朝食を終えた俺はトラックへと戻っていた。
 明るい内に積み荷のチェックと車の状態を確認しておきたいからだ。

 しかし――

「……なぜついてきたんだ?」
「嫌ですよヒサトラさん。私達は運命共同体じゃないですか」
「面白そうですもの!」

 ――アグリアスとサリアがにこにこ笑顔で後に続いていた。企業秘密ってわけじゃないがこの二人にも仕事があるだろうに。

「サリアはメイドの仕事をしなくていいのか?」
「はい。本日づけでヒサトラさんのメイドとなりましたので問題ありません」
「ふーん、大変だな……って俺の!? どういうことだよ!?」
「フフフ、これはわたくしからのプレゼントですわ。この世界にきて心細いと思いますし、一人でも付き人が居れば便利ですわよ」
「お給金はアグリアス様から出ているのでご心配なく」
「俺はいいけど、お世話されるほどやることは無いと思うぜ?」

 スカートをつまんでお辞儀をするサリアに肩を竦めながら返すと、トラックの荷台を開く操作をする。
 木にぶつからない位置であることを確認して動き出すウイングに二人が目を輝かせていると――

「ぶるひーん……」
「うお!?」

 寂し気に泣く馬をが顔を覗かせた。そういえば必死に走って来たのを乗せたっけ。色々あって忘れてた。
 
「あら! そういえばシタタカを乗せていましたわね」
「そうだったな……よしよし、降ろしてやるから大人しくしてろよー」
「ひひん!」

 馬は俺達に気づくと嬉しそうにいなないて大人しく待ってくれ、程なくして昇降機で下におろすと自由になった。
 俺の顔に首を擦りつけてきたあと、アグリアスの前に寄り添う。

「後で厩舎へ連れて行くからその辺で休んでいなさいな」
 
 馬はその場に座り込んでうとうとし始めたので、こいつはこれでいいだろうとトラックへ目を向ける。
 
「さて……」

 配達する依頼は結構な件数があったから積み荷は相当ある。
 冷蔵・冷凍機能が無いけど、まだ一日しか経っていないし、特に腐りやすいものは無かったはずだ。
 食い物はあったとしてもお菓子とか乾物系だろう。

「この箱、紙ですか? 凄く上等な紙を使っていますわね」
「ダンボールはこの世界に無いのか。俺の世界じゃそれほどでもねえけど……あ、いや、ダンボールで家を作るようなやつもいるし上等といえばそうなのか?」

 とりあえず近くにあったダンボールをカッターで開けようとポケットから取り出したら今度はサリアが軽く拍手をしてきた。

「なるほど、やはり戦士ですね。小さいながらも武器を隠し持っているとは」
「いや、さすがにこれはで戦うのは無理だからな? っと、中はなんだ?」

 カッターで事件を起こすやつもいるが、ダンボール程しっくりはこない。
 さて、そんなことより出てきたものはというと――

「ほう、コーヒーセットか、それに高級なやつだぞこれ」
「高いやつ……!!」
「目の色を変えるな! おう、力強っ!?」

 あんまり詳しくはないがNANAMEIというコーヒーメーカーで、そこそこお高いというくらいは知っている。
 ドリップコーヒーなのでお湯さえあればすぐ飲めるのはありがたい。

「これは後で飲んでみようぜ。コーヒーって知ってる?」
「こーひー? いえ、わたくしは存じ上げませんわ。お父様なら知っているかもしれませんけど」
「朝食は紅茶だったし、知らないかもなあ。まあ男は結構好きだから親父さんにもご馳走するよ」
「いいですわね!」

 他人の荷物なので気は引けるが、どうせ置いていても賞味期限がくるし、無駄にするのも勿体ない。
 そこから二つほど開封し、漫画とフィギュアが出てきた。まあ、よくある積み荷である。

「おーい、ヒサトラ君ー!」
「あ、親父さん……じゃなかったトライドさん。どうしました?」
「はっはっは、親父さんで構わんよ! 君の住む場所を探したから伝えに来たんだ」

 早っ!?
 
 食堂を出てからまだ二時間程度だぞ? そんな驚く俺にトライドさんは笑いながら続ける。

「では案内するので、私もその『とらっく』とやらに乗せてはもらえないだろうか?」
「え? そりゃ構いませんけど貴族の方が乗るにはちょっと……。汚れるかもしれないんだけど……」
「わたくしは乗りましたわよ」
「あれは緊急事態だったからで……あ、サリア、さっさと乗り込むんじゃない。三人乗りだから俺とトライドさんとアグリアスが乗ったらもう無理だ」
 「……寝床があるじゃないですか」
 「違反になるだろ……」

 とは言ったものの、別に元の世界じゃないし大丈夫か?
 
「オッケー。なら、みんな乗り込んでくれ! トラックを動かすぞ!」
「おお、こりゃ凄いな!」
「ゴブリンもこれで体当たりすれば一撃ですわよ、頼もしいことこの上ないですわ!」
「……Zzz」

 大興奮の親子に仕事をする気が無いメイドというメンツに苦笑しながら俺はトラックのアクセルを踏み込む。
 すると俺とトラックが『繋がった』感覚があった。

「これが魔力を使うってことか?」
「魔力を使っているのかね?」
「えっと、この乗り物は俺の魔力で動く、らしいです」
「魔道具の類みたいですわね、こんな大きなものは見たことありませんけど」
「うむ。これは面白いぞ……」

 親父さんが目を輝かせて車内を見まわし『これはなにかね?』と質問攻めに合いながら町中を進む。
 それと住んでいる人に話をしていたのか、トラックが通る道は大通りなのにみんな端に寄ってくれており、スムーズに進む。

 そして到着したのは――

「こ、これは……」
「どうかね? 『とらっく』を置くスペースがあるだろう? それにやはり家はあった方がいい。こちらもプレゼントしよう」
「いいですね、流石は旦那様」
「はっはっは、そうだろうそうだろう!」

 ――庭付き一戸建て、という向こうの世界なら夢のような物件だった。

 ドヤ顔のトライドさんに満足気なアグリアスに褒めちぎるサリアという絵面に呆然としていたが、すぐにハッとなって口を開く俺。

「いやいや、さすがに一軒家はもらえませんよ!?」
「なあに娘を助けてくれたんだ、これくらいは安いよ。中古だし」
「ええー……」
「頂いておきましょう、ヒサトラさん。家があると仕事をするにも便利ですよ?」
「うーん……」

 俺が悩んでいると、トライドさんが『では、仕事の話をしよう』と話題を切り替えてきた。

「仕事、ですか?」
「うむ。君のこのとらっくで娘を本来向かうはずだった隣の領へ送ってくれないだろうか? この家が報酬と言えば納得してくれるかな?」
「なるほど……」

 親父さんはどうしても俺に譲りたいらしい。
 仕事として請け負うならまあ、悪い話じゃないか?
 
「それで詳しい話をしたいのだが」
「はい。俺もそう思ってます。ですが……」

 トライドさんはトラックの座席から俺達を見下ろしながら不敵に笑う。よほど気に入ったらしい。
 
「お父様、そこではお話がしにくいですわ。お家の内覧を含めて中でお話しませんか?」
「む、そ、そうだな……」

 酷く残念そうだ。
 散歩に出るくらいなら乗せてもいいけど、町中は大通り以外トラックが移動できる道はなさそうなんだよな。

 とりあえずトライドさんは不服そうな顔をしながらトラックから降りて家の玄関へ。
 彼が扉を開けた後、その鍵を俺に投げて渡してくれた。

「おっと……!」
「今日から君の家だ。鍵は失くさないでくれよ? さ、入ってくれ」
「お邪魔します……いや、ただいまなのか?」
「ふふ」

 トライドさんとアグリアスが先に入り、いつの間にか背後に立っていたサリアが柔和に笑っていた。彼女が最後に入り扉を閉める。
 靴は脱がないタイプの欧米方式の家屋だった。玄関に足を踏み入れて周囲を見渡すと、すぐにキッチンが目に入り、テーブルがあった。奥に続く通路があるから『なんDK』かわからないけどプライベートは守られそうでなによりである。

 椅子に座るとサリアが横に立ちスン……と澄ましていた。

「座らないのか?」
「私はメイドなので。旦那様、それではお話を」
「うむ」

 そういうものなのか……ま、とりあえず今日のところはお任せといこう。
 
「昨日、娘を送り届けてくれたが本来は隣の領……サーディスの婚約者に会いに行く予定だった。向こうも心配しているだろうから再度向かって欲しい。これが今回の依頼だ」

 テーブルで腕を組み、鋭い視線をしながら殺しの依頼みたいな言い方をする。でも内容としてはそれなりに深刻だなと思うので俺はすぐに頷いた。

「なるほど。それは全然構いませんよ、道さえ判ればお運びしましょう」
「いいかね? いやあ助かるよヒサトラ君! では、昼までに準備して出発と行こうじゃないか」
「わかりました。ここで待っていればいいですかね?」
「そうですわね。ベリアス様にお土産も持って行きましょう、ゴブリンに奪われましたし」

 俺が承諾すると二人は喜び、ハイタッチをする。護衛とか必要だろうか? そんなことを考えているとトライドさんが口を開いた。

「とらっくなら護衛はそれほど必要なさそうだ。ギルドで一人か二人雇うとしよう」
「大丈夫、ですかね?」
「いざとなれば突っ切ってしまえばいいかと。あのスピードについてこれるのはスピンタイガーかアックスウルフくらいなものでしょう。もしくはヒサトラさんが戦えば……」
「いやいや、俺は魔物ってのと戦えるほど強くはねえよ!? バットくらいしかねえし」
「あのお荷物にあった光る剣は?」
「あー……ゴミだぞ」

 荷物の中に戦隊もののおもちゃが入っていてサリアが気に入っていたのを思い出す。もちろんプラスチック製なので役には立たない……。
 俺が戦うのは却下し、護衛はお願いしますと伝えたところでロティリア親子は準備をすると立ち去っていく。

 残された俺とサリアは部屋を物色しとくかとリビングから移動をすることにした。

「そういや母親はいないのか?」
「奥様ですか? いらっしゃいますよ。朝食に顔を出さないのはいつものことです」
「体が弱いとかか?」

 母ちゃんを思い出して嫌な予感が首をもたげるが、

「いえ、ただの寝坊です。いつもは……そうですね、そろそろ目が覚めるくらいじゃないでしょうか」
「なんだよ……!? まあ、両親が揃っているのはいいことだな」
「そうですね」

 ふと寂し気な顔をしたか? と、思ったがすぐに笑顔になり、寝室のベッドにダイブしてニヤリと笑みを浮かべる。

「さあ、わたしの胸のなかへっ!」
「やかましい」
 
 サリアを引っぱたき家を探索すると、見た目より奥行がある物件だった。
 風呂は水を入れて薪で沸かすタイプのものみたいで、木でできたバスタブがちょこんとあった。シャワーなんてあるはずもないので簡単なものだ。

 トイレは汲み取り式……かと思ったが意外なことに水洗だった。
 こっちも木でできていて、椅子に穴が空いたって感じのものだな。流す時は魔法石とかいうものが壁に仕込まれており、それに触れると便器内に繋がっているもう一つの魔法石から水が出て下水へ行くのだそう。

 下水から町はずれの処理場があって、そこでまあ色々してたい肥にしたり魔物除けにしたりと加工されるのだ。汚れ仕事だけあって給料はいいらしい。むう。

 古代ローマやシュメール人が住んでいた遺跡には上下水道が発達していたらしいから魔法が使えるこの世界でちゃんとしたトイレがあってもおかしくないか。ああいう授業は楽しかったのでよく覚えている。

 んで、部屋は二つで2DKってところだ。
 母ちゃんがいつか来ても一つ使ってもらえるな。

「あ、わたしの部屋がありませんね。お母様が来るまで使わせてもらってもいいでしょうか?」
「あれ? 家は?」
「わたしは住み込みで働いていますから、お嬢様と同じお屋敷に部屋があります。だけど、ここまで距離があるのでできればここに住み込みをしてお世話させてもらえればと」
「んー……若い女の子が一緒ってのはなあ」
「旦那様にも相談してみましょう、増築できないか」
 
 あんまり迷惑をかけたくないのでサリアを俺につける話を無しにした方が早いと思うな……

「ヒサトラさーん、行きますわよ!」
「お、もう来たのか」
「はりきってましたからね」

 サリアが笑ながら俺の横に立って歩き出す。
 そして外に出ると――
「えーっと……」
「よーし、早速行こうではないか!!」
「わくわく!」

 外に出てみると親父さんが余所行きの服と荷物を持ち、使用人と思われる人が荷車を引き、挨拶で渡すであろう品物を持ってきていた。

 アグリアスも白いブラウスに青いスカートにつばの広い帽子とアクセサリー数点を身に着け、こちらも着飾っている。彼女は分かるけど……

「あの、トライドさんも行くんですか?」
「ああ! 『とらっく』に乗ってみたいからな。さっき乗ったがもっとスピードが出るんだろう? 馬車よりも速いとアグリアスから聞いた。ぜひ一緒に……!!」
「家は? 奥さん、まだ寝ているんでしょう?」
「問題ない」

 そう言って荷台の布を剥がすと――

「ぐー」

「奥様ー!?」
「なにぃ!?」
 
 珍しくサリアが驚いた声を上げ、俺は荷台の女性と同じくどっちにも驚いた。
 まだ寝ているアグリアスの母親は若く見え、姉と言われても納得するほどの見た目である。

「屋敷に誰も居なくて大丈夫、なんですかね……」
「舞踏会などは一家で出るから心配せずとも問題ないぞ?」

 使用人を残しているし、とのこと。
 魔法で造られた金庫とかもあるので、よほどのことが無い限り金が奪われたりということもないそうだ。

「ま、まあ、そこまで言うなら俺は構いませんよ。えっと、それじゃ荷物は後ろで、奥さんは寝台……はサリアが乗るか? 仕方ない上を使うか」
「上?」

 俺は先に乗り込むと、サンルーフ部分の一部を取り外して覗き込む。
 完全に寝に入ろうと思ったらこの改造したベッドみたいにしている部分で寝るのだが、いつも使っている訳じゃないから汚れてるんだよな……元々、今回のトラックは押し付けられたものなので自分の毛布と枕だけ持ってきていたんだ。

 とはいえ――

「ふうん、扇風機があるな。カークリーナーも置いてったのか? シガーソケットに差して使えるかな」

 臭かったりはしないが前に乗っていたヤツが色々と置いていたらしく、生活感溢れるアイテムが転がっていた。
 カーバッテリーに寝袋、ミニ冷蔵庫なんて置くなよ……と思ったが、冷蔵庫はちょっと嬉しいかもしれない。

「どうです?」
「おう!? 心臓に悪いだろ!? うーん、ここに寝かせようと思ったんだけど持ち上げるのが大変だな……」
「ではここに寝かせましょう。私が一緒にここに座るので」
「スペースは……まあ、あるか……トライドさん、ここに乗せましょう」
「おお!」

 そこからアグリアスと二人で乗せたのだが、この騒ぎでも起きないあたりこの人の寝坊助は相当なもののようだ。
 荷物もコンテナに載せ、全員が乗り込んだところでエンジンをスタートさせる。

「うむ、この音は心をくすぐるな」

 何故かエンジン音にうっとりするトライドさん。
 でもヤンキー時代、バイクの音をカッコいいと思っていた俺はなんとなくわかる。

「よし、それじゃ異世界の初仕事と行きますかね!」
「おー」

 ハンドルを切り、大通りをもう一度ゆっくり進む。
 そうしていると、子供が走りながら手を振っているのが見えた。

「おう、危ないからあんまり近づくなよー」
「うん! かっけえなこれ!! 兄ちゃんのか!」
「そうだぞ」
「俺も乗せてくれよー」
「帰ったら考えてやるよ」

 門に辿り着くまで子供はついてきて目を輝かせていた。
 暇なときにでも乗せてやるかな?

「少し出てくる!」
「ええ!? トライド様!?」

 そら驚くわな……
 それでも出してくれと合図をするトライドさんに苦笑しつつ、俺はアクセルを踏み込み速度を上げていく。

「おお……おおおお!」
「窓、少し開けときますね」
「ま、魔法かねこれは!」
「ヒサトラさんが開けるんですのよ」

 手元のスイッチで窓を開けると感動に震えていた。ここまで喜んでくれると俺も嬉しいので、アクセルをもう少しだけ踏む。
 なんせ周りにはなにもない草原だ、森に入るまではそれでもいいだろう。

「凄いですね、来た時よりも速いんじゃありませんか?」
「ああ、燃料のことが気になっていたからな。だけど俺の魔力とやらで動くようになったらしいし、どれくらいもつのか試したいってのもある」

 燃料メータはフルを指していて、特にエンジンや駆動に問題はない。
 真後ろから覗き込んでくるサリアに答えながら俺はナビを起動させる。電子音と共に後部のカメラが起動し、ついでに時間も表示された。

「これはなんですの?」
「後ろにコンテナがあって見えないだろ? これで後ろが見えるって寸法さ。まあ、ここじゃ他に車が走っていないからあんま意味ないけど」

 時計は必要なんだよな。
 どれくらい走行したら魔力が減るのか、とか調べておいて損はないはずだ。

「ううむ……速い……これは品物を届けるのに最適……いや、兵士とか運べば戦争も実は……是非手元に……しかしアグリアスを嫁にはやれん……」
「トライドさん?」
「ひぅ!? な、なにかね?」
「いや、深刻な顔をしていましたけど、酔いました?」
「酔う? 酒は飲んどらんぞ?」
「あー、そういうのじゃなくてですね――」

 俺が説明をしようとしたところで、背後から声が聞こえてきた。

「あー、良く寝たわぁ。メイ、顔洗うから手伝ってぇ……」
「おはようございます奥様」
「あれぇ? 今日はサリアだっけ……? ふあ、誰でもいいから洗面所に連れて行ってぇ」
「残念ながら、それは叶いません。こちらをどうぞ」
「なにー? えっ!? アグリアス? それにあなたぁ? ……ここは?」

 呑気な声でそういう奥さん。
 旦那と娘に気づいた後、周囲を見渡した後、呟く。

「私、いつの間にお出かけしたのかしらぁ?」
 
 どうやら寝坊助は性格によるものらしいな……にゅっと寝台から顔を出して俺と目が合う。

「あら、どなたぁ?」
「初めまして、俺はヒノ ヒサトラと言います。今は皆さんを隣の領地までお連れしているところですよ」
「ああ、昨日アグリアスちゃんが言っていた助けてくれた人! ありがとうざいました、私はエレノーラですよぅ」
「いえいえ、とりあえずそこで申し訳ないんですが、到着までもう少しお待ちいただければ」
「わかったわぁ。……あ」
「ん?」

 了承してくれたがすぐに奥さんは小さく声を漏らす。

「どうしました?」
「……おトイレに行きたくなっちゃった……」

 声だけじゃなく違うものも漏れそうだと言い出したので、俺はとりあえず一旦トラックを止めることにした――